「本当によろしかったんですか?事前に貸し切りにすることもできましたが」
「いいんだよ。賑わいぶりも、京都の醍醐味みたいなもんだろう」
「同感。聞いていた以上に多くの人種がいる。興味深い」
神獣討伐を果たした俺とイレアナは、大手を振って京都観光を楽しんでいた。
最初はバスツアーにでも参加しようかと思っていたが、正史編纂委員会が車と運転手を用意してくれたことに加え、冬姫というガイド役もついたので車で回っている。
今は三人で車に乗り、清水寺に向かっているところだ。
「冬姫さんの説明も色々学べてありがたい。日本に来た甲斐があった」
「そ、それは良かったです。ご要望があったら、何でも言ってくださいね。私は遠山さん達のガイドですから!」
イレアナの言葉に機嫌を良くした冬姫が、まっ平らな胸を張ってそう言う。少し調子にのって来てるようなので、
「役目を果たしてくれてるのはいいが、誇大広告はもうやめてくれよ。話がややこしくなるからな」
と、釘を刺しておいた。
「はうっ……!その節は申し訳ありませんでした。嬉しかったのでつい……」
痛いところを突かれ、見る間に萎れる冬姫。その様子に罪悪感を覚えないでもないが、コイツはすぐ調子にのってやらかす悪癖があるみたいだからな。強めに言っとくくらいが丁度だろうよ。
先日も、ガイド役に任命されたことを連城の当主に伝える際、あろうことか「カンピオーネの側近として認められた」と言ったらしいし。
問題児が側近になったと勘違いした連城家は、蜂の巣をつついたような騒ぎになったという。挙げ句、当主が直接俺のところに確認に来る事態にまでなった。
……まあ、俺が事ここに至った経緯を洗いざらい喋ると、今度は平謝りされたんだがな。猛進娘に振り回される様があまりに哀れで、同情を禁じ得なかったね。
「先のようなことがないよう、私が見張らせてもらう。一緒に行動をする以上、冬姫さんにも少しは落ち着いてもらわないと」
「面目ないです……」
「余裕のある名家とはいえ、家や親に迷惑をかけるのは良くない。この着物だってとんでもない価値があるし、店には相当な無理をさせたはず」
そう冬姫を諭すイレアナは、自分の着ている服を指差す。
自分で言ったように、彼女の装いはいつものテンプル騎士のそれではない。真紅の鮫小紋と、白地に赤いまんじゅう菊が描かれた名古屋帯を組み合わせてある、純和風の着物姿だ。透き通るような白い髪と、
これらは連城家から紹介された呉服屋で手に入れたもの。娘が迷惑をかけた償いをしたいと当主が申し出たので、イレアナが好きなものを買えるよう店に話を通してもらった。
そのときに買った物のうち、最も質が良く気に入っていたのが今着ている着物だ。
呪術師、それも最上位の家格を有する四家の一角が贔屓にする店だけあり、鎧を凌ぐ物理的防御力と強力な呪詛すらも退ける霊的防御力を有する品を出してくれた。かつて天皇家に供されていたものに匹敵する性能をもつシロモノらしい。見た目には全くそうは見えんが。
……俺が眷属に与えた加護があれば、その両方の機能を遥かに高水準でこなせるんだが……それは言わぬが花なんだろうなあ。元々頑として報酬の分け前を受け取ろうとしなかったイレアナへの褒美も兼ねる提案だったし、機能云々について口出しするのも野暮ってもんだ。
そういえば、彼女が買ってた着物のなかに何故か打掛があったな……あれ、俺の記憶が正しければ未婚の女性が着るものじゃないはずなんだけど。冬姫と一緒に選んでいたし、意味を全く知らずに選んでたわけでもないと思うが、どうしてわざわざ買ったのやら。まあ、女性の行動が謎なのはいつものことだし、好きに選べと言った手前指摘はしなかったが。
解き明かせない謎について考えているうちに、車は清水寺の駐車場についたようだ。他の二人と共に車を降り、両脇に土産物屋がひしめく参道を歩いていく。
そういや、来れなかった連中にも何かしら買っておいてやらないとな。冬姫にいいところを聞いてみよう。
「なあ冬姫。京都の土産物といや八ツ橋なんかが有名どころだが、どこかオススメの店知らないか?ルーマニアに残ってる
「は、はいッ!この近くに丁度よい店がありますから、買ってきます!少々お待ちください!」
俺の問いかけを聞いて、急いで駆け出そうとする冬姫。コイツ、パシリ根性が板につきすぎだろ。
「いや、そこまではせんでいい。俺もついてくから。イレアナはどうする?」
「もちろん同行する。冬姫さん、その店ってどのくらいの種類があるの?」
吸血鬼になっても女子は女子なのか、イレアナは未知の甘味に目を輝かせ興味津々といった様子だ。世界が変わっても、女子の好みって変わらないんだな。
それからは名品といっていい八ツ橋を三人で楽しんだり、イレアナが清水焼きの絵付けに挑戦してみたりと参道周辺を大いに満喫してから音羽の滝へと向かった。
そうして京都旅行を楽しみ、清水の舞台と名高い崖に差し掛かった頃──俄に風が吹き荒れ始めた。
最初はそよ風程度だったが、みるみる内に激しさを増していき始め……数分と経たずに台風を彷彿とさせる暴風になってしまったのだ。
居合わせた他の観光客達が悲鳴や困惑の声を漏らしながら引き返すなか、
「王様、もしかしてこの風は……」
イレアナが言い淀んだとおり、これは自然なものじゃあない。超自然の風だ。それも、時を経て強まりこの周囲を囲んでいる。明らかに何かの意図を感じるぞ。俺達をここから逃がすまいとしているかのような、な。まったく……神獣はわけなく片付いたと思ったらこれかよ。つくづくトラブルに愛されてんな、俺は。
「……!」
風の吹く方向を睨み付けていると、唐突に体に力が漲り始めた。この兆候、間違いない。宿敵が、まつろわぬ神が近づいてるんだ。
そう考えた次の瞬間、曇天が割れた。
天を裂いて現れたのは、巨大な鳥だった。ルビーのような真紅の瞳に鷺に似た純白の体。ここまでなら自然の鳥でもあり得るが、大きさが尋常じゃない。翼長が数十メートルはある、特撮怪獣並みの大怪鳥だ。
奴は俺と目が合った瞬間、こちらに突進し──その姿を青年に変えて舞台に降り立った。
「これは驚いた。戯れにさ迷いでてみれば、よもや我らの宿敵たる神殺しと邂逅しようとは。なんたる僥倖か!その上、貴殿からは大地と闇の精気を感じる。我ら《鋼》の郎党が征すべき敵手としてこの上なし!」
心底楽しげに語る男は動きやすそうな白い装束に直剣を提げ、勾玉の首飾りを掛けた出で立ちだ。おまけに髪型は所謂みずらを結っている。明らかに古代日本──それも貴人の服装だな。ついでに《鋼》の軍神ときた。この時点で正体が割れつつあるな。
「さて神殺しよ、不倶戴天の仇敵たる我らが会したからには、たどる道は一つしかないわけだが。その前に、我が武勲の一つとなる貴殿の名を聞きたい」
警戒を露に身構えるこちらを歯牙にも掛けず、名前を聞いてきやがった。こいつの正体が俺の考え通りなら、納得の豪胆さだが。やれやれ、何でこんな大物とばっかり出くわすかね。
「……遠山キンジだ」
「ほう!その髪と目にその名前……貴殿はやはりここ倭の國より出でた神殺しか!これは是が非でも、我らのどちらがより強壮なるか雌雄を決さねばなるまいな!」
同郷のカンピオーネが相手と知って、余計にテンションが上がってる。ただでさえ血の気が多そうなやつなのに、完全に目をつけられたか。こりゃ逃げたところで追ってくるな。交戦は避けられないだろう。
覚悟をきめた俺は、念話でイレアナに泡を吹いてる冬姫をこっそり連れ出させ、一対一で軍神と対峙する。
「時に神殺しよ、君は私の名を知っているかね?思い当たっているのならば、是非聞きたいものだが」
去っていく二人には目もくれず、軍神はそう問うてきた。
……ああ、知ってるとも。巨大な神鳥の姿の軍神──それも日本神話の英雄神とくれば、候補は一つだけだ。魔術師どころか、神話知識に疎い俺や一般民衆ですら思い浮かぶだろうよ。それほどのビッグネームだ。
こいつこそ日本の東西を問わず戦い、記紀神話を代表する《鋼》の英雄神。ヤマタノオロチを倒したスサノオと双璧を成す戦歴と知名度を誇るであろう、日本神話屈指の大英雄。
その名は──
「──ヤマトタケル。父である天皇の命に従い、数多のまつろわぬ氏族と怪物、そして神々を討伐した『まつろわす者』──それがあんただ。違うか?」
そう答えてやると目の前の男は完爾と微笑み、高らかに言いはなった。
「いかにもそのとおり!私こそがヤマトタケルに相違なし。さあ同郷の神殺し遠山キンジよ、我らのいずれが倭の國において最強なるか決めようぞ。いざ組まん!」