「があっ!」
唯一の弱点である心臓を穿たれ、吸血鬼の体が数歩後ずさった。そのまま全身の力が抜け、自らの血でできた血の池に大の字で倒れ込む。
当然俺もただでは済まなかった。後ずさった時に奴の腕が外れたせいで地面に落ち、ボールよろしく数度バウンドしたきり動けない。
どうにか処置しようと苦闘していると、山の方から青い光━━━━イレアナがこちらに向かって飛んできた。
「直ぐに処置を始めるから、気を確かに持って!」
どうやら何らかの魔術で決戦を観測し、終結を理解して駆けつけてくれたらしい。よかった、これで死なずに済む……!
倒れている俺の傍に跪いたイレアナは俺の傷に手を当て、呪文を唱えていく。
すると、傷の周辺が淡く輝きだし、出血が止まった。全身に響くような激痛もかなり和らいでいる。これが治療魔術の威力ってやつか。現代医療も真っ青だな。
首だけを持ち上げて、吸血鬼の様子を伺うと、奴は仰向けに倒れ伏したままだった。
その姿を見て、改めて自分が神に勝ったことを実感する。俺は、勝ったんだ。
「もう現れおったか、愚者の母よ。血と死の臭いを嗅ぎ付けることにかけては、余をも凌いでおるなそなたは」
「あらあら、あなた様らしくもない言い様ですこと。あたくしはあらゆる災いをもたらした女。当然、禍つ神在るところにも現れますわ」
吸血鬼が呟いた言葉に答えるように、女の声が辺りに響いた。
この声は……アリアに似ている……?いや別人か。アニメ声ではあるが、ちっこいあいつには無い大人の艶っぽさがある。
首を回して声がした方をみやると、一人の美少女が
ちんまい体にピンクブロンドのツインテールといい、寄せることすらできないまっ平らすぎる胸といい、アリアにそっくりな少女だった。
だが、その気配の強大さは人間のものじゃない。まさか、新手の神か……!?
神を倒したと思ったらもう一柱来たという、あんまりな事態に軽く絶望するが、神の側は争うつもりは無いらしい。俺と目が合うと、にっこり笑って近づいてくる。
「はじめまして、かしらね。貴方があたし達の新しい息子でしょう?あたしの名前は分かるかしら?」
そう聞かれて、答えをだすべくアゴニザンテが発動した頭を働かせる。
愚者の母、あらゆる災いをもたらした女とくれば━━━━
「━━━━パンドラがあんたの名前か?」
「せいかーい!初めての
パンドラは俺がきちんとあてたのがよほど嬉しかったのか、目に見えてテンションが上がっている。
お母さん……?いや、それよりも気になることを言ってませんでしたかね?
「異世界……だって……?」
「そうよ。あなたはこの世界にやって来た異世界人。この世界で初めての異世界出身の神殺しになったの。長い神殺しの歴史の中でも、史上初よ」
……マジかよ。薄々そうじゃないかなーって思ってはいたが、神から断言されてしまうと心にくるものがあるな。どうすりゃいいんだこれから。
現実に打ちのめされている俺をよそに、パンドラが俺に掌を向けてくる。すると━━
「がああああッ!?」
「大丈夫!?」
突然すさまじい激痛が俺の全身を襲った。
イレアナが即座に治療しようとするが、その魔術が
なんだこれは!?胸の痛みさえ遥かに凌ぐ、骨という骨が鋳とかされるような痛みは一体━━━━!?
「痛いのは分かるけど、我慢しなさい。これは、あなたが人を超えた魔王となるための代償なのだから」
「代……償……?」
息も絶え絶えに俺がそう聞くと、パンドラは笑顔で、
「そう。あなたはこれから転生を遂げることになる。人を超えた魔王━━━神殺しにね。その痛みは体をつくりかえているが故のものなの」
と、爆弾発言をしてくれた。
人に無断で、なんてことしてくれんだよ。マジでショッカーみたく人体改造されてるってのか。
パンドラの言葉を裏付けるかのように、俺の胸の穴が盛り上がった肉によって塞がれていき、全身にある無数の傷まで綺麗に消えていく。
パンドラは万雷の喝采を浴びる歌手であるかのように、両手を広げて謳う。
「さあ
「良かろう!遠山キンジよ、余を倒した男よ!貴様は余の血と領土を簒奪した最初の神殺しとなる。何者よりも強く、誇り高く在れ!さすれば、貴様は永遠に夜の覇者として君臨するであろう!そなたの行く手に艱難辛苦と、栄光があらんことを!」
その
その光景を見届けた俺は立ち上がってパンドラに向き直り、改めて質問する。
「で、パンドラはこの世界から元の世界へ帰る方法について、何か知らないかい?」
「母さんとつけてちょうだい。詳しくは知らないけれど、旅の神か時空神の権能くらいしかないと思うわ。世界間移動なんて、神にとっても簡単ではないし」
ちょっとむくれた顔をしたものの、パンドラはちゃんと答えてくれた。その顔が唐突に曇る。
「ごめんね。新しい息子と色々話したいのはやまやまなんだけど、もう現世にいられる限界が近いの。三途の川一歩手前まで来てくれれば、また会えるんだけど……」
「三途の川まではよく行くから大丈夫さ。ありがとう。パンドラ
俺はパンドラに軽口で応じ、ヒステリアモードだったこともあって━━━━礼代わりに彼女の願いを叶えてやる。
するとボボボッ、とパンドラは顔を真っ赤に染めてうろたえだした。
今の急速赤面術、アリアのスピードに近かったな。ホントにあいつにそっくりだよ。
「え、ちょっ。こんなに素直に言ってくれる息子、はじめてなんだけど。……コホン。これからあんたも大変だと思うけど、頑張りなさいよ」
慌てぶりをごまかすように咳払いしたパンドラは、激励を残して消えていった。
やっぱりいいな。母さんと呼べる存在がいるってのは。
らしくもないノスタルジーに浸りながらも、治療の礼を言おうとイレアナを見ると……二柱もの神を間近で見たせいか、完全にフリーズしていた。
「大丈夫かい。イレアナ?」
心配した俺が肩をゆすってやると何度か瞬きして再起動したが━━━━いきなり俺の足元にひざまずいた。
「遠山王の御即位はまことに喜ばしく。つきましては、私の身一つでどうかこれまでの無作法をお許しいただきたく」
本当にどうしたんだろう。なんか王族に対する陳謝みたいないわれようなんだが。
「今までの扱いなんて気にしていないさ。それより、王様扱いの理由を聞いてもいいかな?ああ、言葉遣いは今までのままでいいよ」
俺の言葉が予想外だったせいか、イレアナは呆気にとられた顔をしたが……気を取り直して説明を始めてくれた。
「パンドラ様も仰っていたけど、神を倒した人間は神の権能を簒奪してその力を得る。その偉業を成し遂げた人達を、魔術師達は王として敬うの。まつろわぬ神と唯一戦える力を持つから」
早い話が人類の最終兵器ってところか。神の権能を奪えるなら、確かにそうなるだろうな。
「そんな方々を、私達はカンピオーネと呼んでいる。人類代表として戦ってもらう代わりに、他の人間全てから奉仕を受ける権利を持つチャンピオンだから」
ってことは法に縛られない超法規的存在でもある訳か。公安零課みたいなもんかな。俺はそんなとんでもないものになってしまったのか。
「俺の同族はどんな連中なんだい?」
「当代では他に六人いらっしゃって、ヨーロッパに三人、アメリカと中国、あとはアフリカに一人ずつ居る。いずれもかなり変わった方々」
変わりもんの同族が三人もヨーロッパにいるのかよ。あんまり関わりたくないなぁ。
……どうせ関わるんだろうけど。俺の経験上。
「聞きたいことは聞いたし、そろそろ帰ろうか。帰りの案内もよろしく頼むよ」
「御意に」
そんなやり取りをしつつ、俺達は帰路につくのだった。