神殺しのエネイブル   作:ヴリゴラカス

6 / 34
転生と衝撃の宣告

「があっ!」

 

 唯一の弱点である心臓を穿たれ、吸血鬼の体が数歩後ずさった。そのまま全身の力が抜け、自らの血でできた血の池に大の字で倒れ込む。

 当然俺もただでは済まなかった。後ずさった時に奴の腕が外れたせいで地面に落ち、ボールよろしく数度バウンドしたきり動けない。

 内臓避け(オーガンスルー)で即死することは避けられたが、致命傷に近い傷を負っては俺も危ない。このまま放置されれば出血多量で死ぬだろう。神相手に相討ちに持ち込めたら上々かもしれんが、俺はこんなところで死ぬなんてゴメンだ。

 どうにか処置しようと苦闘していると、山の方から青い光━━━━イレアナがこちらに向かって飛んできた。

 

「直ぐに処置を始めるから、気を確かに持って!」

 

 どうやら何らかの魔術で決戦を観測し、終結を理解して駆けつけてくれたらしい。よかった、これで死なずに済む……!

 倒れている俺の傍に跪いたイレアナは俺の傷に手を当て、呪文を唱えていく。

 すると、傷の周辺が淡く輝きだし、出血が止まった。全身に響くような激痛もかなり和らいでいる。これが治療魔術の威力ってやつか。現代医療も真っ青だな。

 首だけを持ち上げて、吸血鬼の様子を伺うと、奴は仰向けに倒れ伏したままだった。

 その姿を見て、改めて自分が神に勝ったことを実感する。俺は、勝ったんだ。

 

「もう現れおったか、愚者の母よ。血と死の臭いを嗅ぎ付けることにかけては、余をも凌いでおるなそなたは」

 

「あらあら、あなた様らしくもない言い様ですこと。あたくしはあらゆる災いをもたらした女。当然、禍つ神在るところにも現れますわ」

 

 吸血鬼が呟いた言葉に答えるように、女の声が辺りに響いた。

 この声は……アリアに似ている……?いや別人か。アニメ声ではあるが、ちっこいあいつには無い大人の艶っぽさがある。

 

 首を回して声がした方をみやると、一人の美少女が()()()()()

 ちんまい体にピンクブロンドのツインテールといい、寄せることすらできないまっ平らすぎる胸といい、アリアにそっくりな少女だった。

 だが、その気配の強大さは人間のものじゃない。まさか、新手の神か……!?

 神を倒したと思ったらもう一柱来たという、あんまりな事態に軽く絶望するが、神の側は争うつもりは無いらしい。俺と目が合うと、にっこり笑って近づいてくる。

 

「はじめまして、かしらね。貴方があたし達の新しい息子でしょう?あたしの名前は分かるかしら?」

 

 そう聞かれて、答えをだすべくアゴニザンテが発動した頭を働かせる。

 愚者の母、あらゆる災いをもたらした女とくれば━━━━

 

「━━━━パンドラがあんたの名前か?」

 

「せいかーい!初めての()()()()()()()()が賢くてうれしいわ。あなた達神殺しの義理の母親が、あたしことパンドラよ。これからはお母さんって呼んでね!」

 

 パンドラは俺がきちんとあてたのがよほど嬉しかったのか、目に見えてテンションが上がっている。

 お母さん……?いや、それよりも気になることを言ってませんでしたかね?

 

「異世界……だって……?」

 

「そうよ。あなたはこの世界にやって来た異世界人。この世界で初めての異世界出身の神殺しになったの。長い神殺しの歴史の中でも、史上初よ」

 

 ……マジかよ。薄々そうじゃないかなーって思ってはいたが、神から断言されてしまうと心にくるものがあるな。どうすりゃいいんだこれから。

 現実に打ちのめされている俺をよそに、パンドラが俺に掌を向けてくる。すると━━

 

「がああああッ!?」

 

「大丈夫!?」

 

 突然すさまじい激痛が俺の全身を襲った。

 イレアナが即座に治療しようとするが、その魔術が()()()()()()()

 なんだこれは!?胸の痛みさえ遥かに凌ぐ、骨という骨が鋳とかされるような痛みは一体━━━━!?

 

「痛いのは分かるけど、我慢しなさい。これは、あなたが人を超えた魔王となるための代償なのだから」

 

「代……償……?」

 

 息も絶え絶えに俺がそう聞くと、パンドラは笑顔で、

 

「そう。あなたはこれから転生を遂げることになる。人を超えた魔王━━━神殺しにね。その痛みは体をつくりかえているが故のものなの」

 

 と、爆弾発言をしてくれた。

 人に無断で、なんてことしてくれんだよ。マジでショッカーみたく人体改造されてるってのか。

 パンドラの言葉を裏付けるかのように、俺の胸の穴が盛り上がった肉によって塞がれていき、全身にある無数の傷まで綺麗に消えていく。

 パンドラは万雷の喝采を浴びる歌手であるかのように、両手を広げて謳う。

 

「さあ小竜公(ドラクル)様!異世界人にして、7人目の魔王となるこの子━━━━遠山キンジに、憎悪と祝福の言霊を捧げて頂戴━━━!」

 

「良かろう!遠山キンジよ、余を倒した男よ!貴様は余の血と領土を簒奪した最初の神殺しとなる。何者よりも強く、誇り高く在れ!さすれば、貴様は永遠に夜の覇者として君臨するであろう!そなたの行く手に艱難辛苦と、栄光があらんことを!」

 

 その憎悪(祝福)の言葉を遺して吸血鬼の体は灰と化していき、残った灰も風に吹き散らされて消えてゆく。

 その光景を見届けた俺は立ち上がってパンドラに向き直り、改めて質問する。

 

「で、パンドラはこの世界から元の世界へ帰る方法について、何か知らないかい?」

 

「母さんとつけてちょうだい。詳しくは知らないけれど、旅の神か時空神の権能くらいしかないと思うわ。世界間移動なんて、神にとっても簡単ではないし」

 

 ちょっとむくれた顔をしたものの、パンドラはちゃんと答えてくれた。その顔が唐突に曇る。

 

「ごめんね。新しい息子と色々話したいのはやまやまなんだけど、もう現世にいられる限界が近いの。三途の川一歩手前まで来てくれれば、また会えるんだけど……」

 

「三途の川まではよく行くから大丈夫さ。ありがとう。パンドラ義母(かあ)さん」

 

 俺はパンドラに軽口で応じ、ヒステリアモードだったこともあって━━━━礼代わりに彼女の願いを叶えてやる。

 するとボボボッ、とパンドラは顔を真っ赤に染めてうろたえだした。

 今の急速赤面術、アリアのスピードに近かったな。ホントにあいつにそっくりだよ。

 

「え、ちょっ。こんなに素直に言ってくれる息子、はじめてなんだけど。……コホン。これからあんたも大変だと思うけど、頑張りなさいよ」

 

 慌てぶりをごまかすように咳払いしたパンドラは、激励を残して消えていった。

 やっぱりいいな。母さんと呼べる存在がいるってのは。

 らしくもないノスタルジーに浸りながらも、治療の礼を言おうとイレアナを見ると……二柱もの神を間近で見たせいか、完全にフリーズしていた。

 

「大丈夫かい。イレアナ?」

 

 心配した俺が肩をゆすってやると何度か瞬きして再起動したが━━━━いきなり俺の足元にひざまずいた。

 

「遠山王の御即位はまことに喜ばしく。つきましては、私の身一つでどうかこれまでの無作法をお許しいただきたく」

 

 本当にどうしたんだろう。なんか王族に対する陳謝みたいないわれようなんだが。

 

「今までの扱いなんて気にしていないさ。それより、王様扱いの理由を聞いてもいいかな?ああ、言葉遣いは今までのままでいいよ」

 

 俺の言葉が予想外だったせいか、イレアナは呆気にとられた顔をしたが……気を取り直して説明を始めてくれた。

 

「パンドラ様も仰っていたけど、神を倒した人間は神の権能を簒奪してその力を得る。その偉業を成し遂げた人達を、魔術師達は王として敬うの。まつろわぬ神と唯一戦える力を持つから」

 

 早い話が人類の最終兵器ってところか。神の権能を奪えるなら、確かにそうなるだろうな。

 

「そんな方々を、私達はカンピオーネと呼んでいる。人類代表として戦ってもらう代わりに、他の人間全てから奉仕を受ける権利を持つチャンピオンだから」

 

 ってことは法に縛られない超法規的存在でもある訳か。公安零課みたいなもんかな。俺はそんなとんでもないものになってしまったのか。

 

「俺の同族はどんな連中なんだい?」

 

「当代では他に六人いらっしゃって、ヨーロッパに三人、アメリカと中国、あとはアフリカに一人ずつ居る。いずれもかなり変わった方々」

 

 変わりもんの同族が三人もヨーロッパにいるのかよ。あんまり関わりたくないなぁ。

 ……どうせ関わるんだろうけど。俺の経験上。

 

「聞きたいことは聞いたし、そろそろ帰ろうか。帰りの案内もよろしく頼むよ」

 

「御意に」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺達は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。