俺達が『深紅の月夜』の拠点である黒の教会に帰還すると、俺を尋問した男━━━━イレアナの叔父であるクリスティアン・ルナリアにはとても驚かれた。
聞けば、イレアナは俺を救出するために彼の反対を無視して単身で出ていったため、彼女が生きて帰れるとは思っていなかったらしい。
助けられた俺が言うのもなんだが、イレアナには結社の命令違反という、かなり危ない橋を渡らせたみたいだな。彼女が居なきゃ俺は死んでただろうから、後でちゃんと礼をしとかないと。
「それで、神の様子はどうだった?こちらは市民の避難誘導で手一杯でな。神の監視まで手が回っていなかったのだ」
これは……俺が奴を殺したのも知らないみたいだな。急な事態ではあったし、仕方がないとは思うが。
「吸血鬼なら、俺が殺したぞ」
事実を簡潔に伝えると、クリスティアンは絶句していた。ややあって彼は震える声で、
「本当に、殺したのか……?」
と、聞いてきた。
神を殺したなんて冗談にもならんような話だが、事実は事実だ。納得してもらうしかないだろう。
「本当だ。なんなら、試してみるか?」
そう提案すると、クリスティアンは真剣な顔で頷いた。
「そうさせていただきたい。事が事だけに、そうですかと認めるわけにはいかないのでね。我が武芸と魔術によって試させてもらう。イレアナ、立会人を頼めるか?」
「分かった」
それから俺達は夜の闇に乗じ、町の外で人払いの術を使って場を整えた。
しかしこの体になってから、夜でもよくみえるな。今までは素では夜目が利かなかったんだが。これも神殺しの体の特徴かね。
光源が月明かり位しかないのに、前に立つクリスティアンの武器の有無から服の皺まで見えるとは。
「武器を持ってないが、準備は出来ているのか?クリスティアン」
「問題ない。こちらはいつ始めてもかまわない」
今彼が武器を持っていないのは、恐らく俺に対策をとられにくくするためだろう。決闘が始まれば、召喚の術とやらで取り寄せるはずだ。
他の魔術師達は距離をとり、俺達を囲むように円形に配置されている。新たな神殺し誕生の真偽がはっきりするとあって、皆緊張した様子だったな。
「それでは、始め!」
俺の後方に陣取るイレアナの開始宣言を受け、クリスティアンが武器を召還する。あれは……デザートイーグルか?それに、ロングソードだな。
デザートイーグルはいろいろな図形や文字が彫り込まれており、まるで観賞用だ。なんらかの魔銃だろう。ロングソードのほうは一見すると普通だが、何かの仕掛けはしてあるだろうな。
それらを俺に向けて構えたクリスティアンを見た途端、集中力が増すのを感じた。
神殺しの体はどうやら、戦闘に入ると自動で体調が整うらしい。便利なもんだ。
「では参る!」
クリスティアンがそう言い放ち、一直線にこちらに向かってきながら発砲する。
銃から放たれたのは弾丸ではなく、直径一メートルはあろうかという火球だった。
だが、そんなすさまじい技を前にしても、俺に危機感は湧かなかった。ヒステリアモードでもない素なのに。それどころか、この程度の魔術などどうとでもなるという気さえする。
試しに素手で火球を払ってみると、それだけであっけなく消え去ってしまった。
「くっ!」
距離を詰めてきたクリスティアンが、歯噛みしながらも剣を振るってくる。その技の冴えはかつて見た白雪やジャンヌにも匹敵するだろう。
だが、今の俺にはどうすればしのげるかわかる。首を狙う切り上げを体を傾けて躱し、続けざまの心臓を狙った突きを白羽取ることさえできた。
クリスティアンは即座に剣を捨てて距離をとり、目隠し代わりの火球でこちらを牽制すると同時に新たな武器を召喚する。召喚された何本もの剣は、
どうやら本気で来るらしいな。あれをすべて同時に操れるとなると、今のままでは少々厳しいか。
そう状況を分析していると、急に何かがなじんだような感覚とともに、全能感が湧き上がってくる。
「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり。我が名において万人に告ぐ。
自然と頭に浮かぶ言葉を唱えると、強い何かが俺の体を覆いながら造り替えていくのがわかった。それを見て、クリスティアンが茫然と呟く。
「吸血鬼の権能……。本当に弑逆されたのか……」
「今度はこっちの番だ」
俺は数メートルの距離を一歩で踏破し、クリスティアンに軽いジャブを放った━━━━つもりだった。
「ぐはあっ!」
クリスティアンは反応することすらできずにまともに受け、数十メートルもきりもみ回転しながら吹っ飛んでいく。
うわーやっちまったよ……。軽く入れたつもりでこれって、身体能力上がりすぎだろ。人間に本気出したら相手が死ぬなこれは。
「そ、そこまで!」
イレアナもさすがにまずいと思ったのか、慌てて終了の宣言をした。そのままクリスティアンのところへ向かって走っていく。治療するつもりだろう。俺も放置するわけにはいかず、彼女についていく。
彼のところにたどり着くころには、多くの魔術師が集まって治療していた。怪我の度合いを聞くと、命に別状は無いらしい。殺してなくてよかったよ。
「王よ。御言葉を疑ってしまった私の不明を、どうかお許し下さい」
「それはしょうがないさ。言われたからって信じられる内容でもないしな。それより、こっちもやり過ぎて悪かったな」
上体を起こして謝罪してくるクリスティアンに、俺も謝っておく。その時、俺の袖が引っ張られた。
そちらを向くと、イレアナが鏡を持って立っていた。
「この鏡を見て」
そう言われるままに鏡を覗きこんでみると……
「うわっ。これが俺なのかよ……」
鏡に映っていたのは、見慣れた俺の顔ではなかった。黒かったはずの髪の毛は透き通るような銀色になり、爬虫類みたいな縦長い瞳孔と真紅の瞳を持っていた。おまけに口元には長い犬歯が覗いている。
完全に吸血鬼の顔だなこりゃ。散々人から人間やめたとか化け物とか言われてきたが、文字通りの人外になっちまったよ。
「それで、これからどうされますか?日本に帰られるのであれば、飛行機を手配いたしますが」
「日本に帰るかどうかか……」
クリスティアンの問いは、今の俺には答えられないものだった。ここが異世界である以上、俺には戸籍どころかパスポートすらないということになる。そうなると、必然的に密入国しかないわけだ。どうしたものかな……。
「とりあえずは、俺の身の回りの物を揃えておいてくれないか?スマホとかな」
「かしこまりました」
先のことは後で考えるとして、俺自身の基盤を整えなければ始まらない。結社のコネでも使ってどうにかできないか聞いてみよう。
そんなことを考えながら、俺は夜空を見上げるのだった。