神殺しのエネイブル   作:ヴリゴラカス

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救出と初めての眷属

 時は過ぎ、陽が晴れた空高く昇る正午より少し前。俺は指定された廃城に忍び込もうとしていた。ちなみに供はいない。俺がやろうとしている潜入には大人数は不向きだし、相手に感づかれてイレアナを殺される可能性もあったからだ。

 

 指定された刻限より前に現地入りした俺は、まず相手の布陣を探るため、権能を使って使い魔を作り出した。狼、こうもり、蛇などの動物を創り、周囲の自然に紛れ込ませて相手の様子を見ようと考えたわけだ。どうやら俺の権能は自分の体を変化させることに特化しているらしく、体の一部を分離させれば使い魔の生産は簡単だった。

山に城が飲み込まれたような周囲ゆえか、敵に見つからずに周囲を探れたよ。城自体もあちこちが崩れていて、内部構造の把握も楽だったしな。

 その結果、イレアナが廃城の中心部の柱に縛られていること、相手方が数十人も城をぐるりと取り巻き、RPGを大量に所持していること、索敵を監視カメラなどの機械に頼っていることが分かった。恐らく、カンピオーネの肉体は魔術が通りにくいことを考慮し、あえて物理的な近代兵器や機械を選択したんだろう。RPGなら威力のわりに安価に手に入るし、闇マーケットに多く流れていてもおかしくない。

 この状況と俺の手札である権能を考慮すると、最も避けるべき事態は俺が救出する前に、イレアナを始末されることだ。合流さえできれば、奴らの武器では俺の守りを突破できないからな。

 

 そんな推測を立てつつ、蛇に変身して廃城を目指す。三方向を山に囲まれた地形を利用し、城の背部にあたる山の急斜面の岩肌を伝っていく。蛇の姿なら監視カメラでも容易に俺だと判断はつくまい。赤外線カメラだとしても、捕捉するのは難しいはず。

 その予想は正しかったようで、妨害もなく城の中に入ることができた。そして予め使い魔で調べてあった監視カメラの死角にはいって人型に戻り、持ってきていた輸血パックから血を飲む。

 クリスティアンが手配した血はとっくに飲んだから、権能は問題なく全力で振るえるんだが……血を飲んだ時、変化していればヒステリアモードになれることがわかってしまったのだ。血を飲んだ時に感じる恍惚感が、どうやらトリガーになっているらしい。名づけるなら吸血鬼のヒステリアモード(ヒステリア・ヴァンパイア)ってところか。いつもの血流を感じると同時に血を飲んだことによる興奮が合わさり、少々危険そうな高揚感があるな。

 

 ヒスったのを確認し、今度はコウモリに変化してイレアナが拘束されている中心部へむかう。人間には通れないような隙間や穴を通るルートは既に確保してあったので、労せずして彼女のところにたどり着いた。

 

 「王様!?」

 

 「助けに来たよ。イレアナ!」

 

 俺の姿を見つけてイレアナが驚いているが、俺の存在がばれた今、攻撃がこの城に届くのも時間の問題だ。急がないと。

 変化した爪の一振りで拘束を解き、イレアナを抱えると可能な限り素早く離脱を図る。

 

 「きゃあああっ!」

 

 急加速にイレアナが悲鳴をあげるが、スピードを落とすわけにはいかない。悪いが我慢してもらうしかない。

 

 ドオオォオオオン!ドオオォオオオン!

 

 案の定矢継ぎ早にRPGが着弾し、廃城が崩れだした。次々と豪雨のように降り注いでくる瓦礫をかわし、比較的崩壊が遅い部分をヒステリアモードの洞察力で見切って縫うように飛ぶ。

 最短距離で進んだ結果、数分もしないうちに出口に到達する。そのまま外に飛び出すと、相手が空中の俺達を狙ってきた。

 だがRPGはもともと、対空用じゃない。数は多くても、外れる軌道のものも多かった━━━━はずだった。

 なんと、弾頭がまるでミサイルのように、かわした俺達をホーミングし追跡してきた!

 それを見たイレアナが教えてくれた。

 

 「王様!あれ、魔術が掛かってる!」

 

 なるほど。俺ではなく、他のものに魔術を使って狙ってきたか。少しは頭を使ったようだな。

 だが、イレアナを救出し、広い場所へ出てしまえばこっちのものだ。

 

 「イレアナ。少しの間だけ腕を離すから、しっかりしがみついていてくれないかい?俺から離れることのないように」

 

 イレアナが頷いてくれたので抱えていた腕を解き、DEとベレッタを抜銃する。

 そしてそのまま、四方から向かってきた弾頭をフルオートで迎撃した。

 

 ババババババババッ! ドドドドオンッ!

 

 二丁の銃口で幾度もマズルフラッシュが閃くと、過たず命中した銃弾が弾頭を爆裂させ、爆炎と衝撃波を撒き散らす。

 これだけやれば、一旦は打ち止めだろう。呼び出すにしても、再攻撃までは多少の時間がかかる。

 こっちから反撃するなら今だ。

 呪力を目に集中させて視力を高め、使い魔で調べてあった敵の居場所の知識と照らし合わせて索敵を行う。……見つけたぞ。RPGの軌道から察していたが、やはり移動していなかったか。

 集中させた呪力を目から奴らに向けて放出すると、()()()()()()()()()()()()()のがわかる。

 これは吸血鬼の権能の一部である、呪縛の魔眼だ。かつて吸血鬼が使っていたから俺もできるかと思ったが、案の定だったな。

 全力の魔眼を受けた魔術師たちが微動だにしなくなったのを確認し、その場から飛び去りながらクリスティアンに携帯電話で連絡をとる。

 

 「クリスティアンか?俺だ」

 

 『王よ。あなた様が連絡をくださったということは、我らが出陣すべき時が来たのですか?』

 

 「ああ。イレアナは無事救出できた。あとは奴らを拘束すればけりが付くだろう。尤も、俺の権能で呪縛しておいたから、丸一日は何もできないだろうがな」

 

 『おお……!姪を助けていただいたばかりか、そこまでしてくださったのですか。あの子の叔父として、結社の一員として、心からの感謝を述べさせていただきます』

 

 俺としては当然のことをやっただけなんだが……えらく感激されてるな。魔王の人助けは、よっぽど珍しいらしい。

 

 『私をはじめとする精鋭はそちらに向かいますが、半分ほどの人員はブラジョフに残しておきます。何かあれば、お申し付けください』

 

 「わかった。そちらも万が一がないようにな」

 

 『心得ております。お任せください』

 

 頼もしいクリスティアンの返事を聞いて電話を切ると、イレアナが神妙な顔で俺に礼を言ってきた。

 

 「王様。助けてくれて本当にありがとう」

 

 「気にしなくていいさ。俺は当然のことをやっただけだ。それに、欧州では『男が女の荷物を持つのは義務であり名誉だ』というらしいしね。ルーマニアでは違うのかい?」

 

 そう言われたイレアナは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。レキと同じで、弄り甲斐がありそうな子だね。

 そんなやり取りをしつつそれなりの時間飛行を続け、ブラジョフに到着した。

 俺から降ろされたイレアナは、何か思い詰めているような顔で部屋に入ってしまう。

 無理もないか。荒事に慣れている身だとしても、拐われて敵陣に一人きりだった彼女の心痛と疲労は察するに余りある。今はそっとしておき、元気になるのを待つしかない。

 その間の時間を有効に使おうと、俺は結社のメンバーに神話関連の書籍を持ってきてもらった。

 勉強が苦手な俺が、こんな似合わない物を借りた理由は単純だ。経緯はどうあれ俺がカンピオーネになった以上、神々との戦いは避けられない。その時に備えて知識を蓄え、勝利できるように準備しておく必要があるからだ。敵に関する情報源があるのに使わない手はないしな。

 ……とりあえず近場の神話を集めてもらったが、凄まじい量の本だ。スラヴ神話、ギリシャ神話、北欧神話等々メジャーな分だけでこんなにあるのかよ。土着の民間信仰まで含めたら、どれだけの量になるやら。これは猾経(カッコウ)使わなきゃ覚えられんな。

 

 本の山に辟易しながらもざっと目を通すこと数時間。途中の食事時間を差し引いても相当な時間読み続けていたが、十分の一も減っていない。

 既に夜も更けている時間帯だ。根を詰めすぎたか。

 固まった体を解そうと両腕を伸ばしていると、ノックの音が聞こえてきた。

 

 「王様。起きてる?」

 

 この声はイレアナか。塞ぎこんでいたように見えたが、立ち直ったみたいだな。よかった。

 

 「起きてるぞ。どうした?」

 

 扉を開けて入ってきたイレアナは、何かを固く決意した目で俺を見据えると、とんでもない爆弾発言をしてきた。

 

 「お願いします。私を吸血鬼にしてください」

 

 ……はい?要するに、人間をやめて俺の眷属になるってことか!?

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ!自分の言ってることが解ってるのか!?それをやったら、もう人間には戻れないんだぞ!」

 

 彼女の言う人間の眷属化は、確かに可能だ。吸血と同時に、俺の血液を送り込めばいい。眷属となれば吸血鬼の特性と、何らかの異能が発現することまでは判明している。

 だが、イレアナに告げた通り人間に戻れず、俺に絶対に逆らえなくなる。俺の命令がどんなものであれ、従わざるを得なくなるのだ。

 俺にそんな他人の尊厳を奪うような真似をするつもりは一切ないが、やろうと思えばこの現実でバイオハザードを引き起こせるだろう。それもゾンビなんかではなく、人の知性と人外の能力を兼ね備えた吸血鬼の軍団を使ってな。

 

 「それも承知の上です。どうかお願いします」

 

 その場で土下座までしだしたイレアナに、俺は内心頭を抱えてしまう。

 彼女の意思は固く、ちょっとやそっとでは引き下がりそうにない。かといって、本当に吸血鬼化させるわけにもいかない。

 

 「……どうなるにせよ、それを決めるのはクリスティアンに相談してからだ。俺の一存で決めるわけにはいかん。今日のところは帰って寝てくれ」

 

 「……分かりました」

 

 かなり不満そうだったが、一先ず先送りにはできたみたいだ。イレアナは土下座をやめて部屋を出てくれた。

 よかった。クリスティアンが聞けば反対するだろうし、立ち消えにできるだろう。

 ━━━━そう思っていたのだが。

 次の日の午前中に帰還してきたクリスティアンに相談すると、前もって電話ででも聞いていたのか、なんと問題ないと答えられてしまった。

 

 「あの子は自分が王のアキレス腱となったことを悔いているのです。もっと自分が強ければと。神々との戦いにも供ができるようになりたいといっておりました」

 

 「でも人間じゃなくなるんだぞ。それはあまりに重い十字架だと思うが」

 

 「もとより人の身では神に対抗できません。それだけでなく、あの子はほかの結社や邪術師からも身を守れるようにせねばなりません。先の結社のように王を利用せんとする不届き者が、再び現れないとも限りませんからね。王の価値はそれだけ重いのです」

 

 ……突きつけられた正論に、ぐうの音も出ない。おまけにクリスティアンに頭まで下げられては、無碍に扱うわけにもいかなくなった。

 

 「イレアナ。本当にいいんだな?」

 

 「当然です。これは私が望んだこと」

 

 彼女の部屋に向かい最終確認のつもりで尋ねると、一切の迷いなくそう返された。ここまで言われてしまうと、俺も覚悟を決めなくちゃならないか。

 

 「わかった。お前がそのつもりなら、俺も受け入れよう。━━━━夜を統べる者が命ず。汝は余に血と命を捧げよ。引き換えに余は、汝に力と臣下の座を与えん!」

 

 腹をくくった俺は、変化して眷属化の聖句を唱え始める。

 

 「我が臣下よ、主たる王の祝福を受け入れよ!」

 

 聖句を唱え終わると同時に口を開いて犬歯を伸ばし、それをイレアナの首筋に突き立てた。一拍遅れて、温かい彼女の血がのどを潤す。

 ━━━━甘い。血液パックの血とはまるで違う、高級な果実酒のような豊潤さだ。これが乙女の血か。

 血を味わうのもそこそこに、今度は俺の血を注ぎ入れる。

 

 「あっ……!」

 

 それを感じたイレアナが、妖艶なうめき声をあげて体を震わせた。

 しかし、あまり注ぎ続ける訳にもいかないみたいだな。やりすぎると、しばらくの間権能が使えなくなりそうだ。

 眷属化を終えると、イレアナの姿は一変していた。

 バイオレットだった髪は透き通るような銀髪に、灰色だった瞳は真紅に変わっている。無事に成功したらしい。

 

 「改めて御挨拶申し上げます。このイレアナ・ルナリアは永久(とわ)にあなた様にお仕えいたします。末永く、御寵愛をいただきとうございます」

 

 そう言って俺に礼をする彼女の姿は、まるで雪の精のように美しかった。

 

 




おまけとして、権能の詳細を乗せます。

高貴なる吸血鬼(noble vampire)

遠山キンジがまつろわぬ小竜公(ドラクル)より簒奪した最初の権能。
吸血鬼に変化し、その特性を身につけることができる。特性として挙げられるのは、怪力、再生能力、魔眼、変身、眷属化など。ただし、吸血鬼に縁ある存在にしか変身できず、強力な変身体には使用に関して条件がつくこともある。また、眷属化に力を割きすぎた場合、一か月間は権能自体が使用不能になるリスクがある。
その伝承から、日中は大量の血が行使に必要となるが、曇天であったり、光が差さない場所であれば問題ない。
総括すると非常に汎用性が高い権能である。が、性質上特化した権能相手では地力で劣るという欠点も持つ。(例として挙げれば、力では教主の権能には及ばない)
作者が設定したコンセプトはずばり、『変身』と『不死身』。キンジのヒステリアモードによる変身と、原作でみせる不死身ぶりを要素として取り入れた。

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