Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
「…ん」
意識の緩やかな覚醒と共に、瞼がゆっくりと持ち上げられる。開かれた瞳にまず最初に映ったのは真っ白な天上。
寝起きで力の入らない体ながらどうにかおもむろに上体を起こして辺りを見渡す。清潔感のある白い内装、見慣れた医療用ベッド、窓から見えるのは赤紫色の空の元に広がる中世ヨーロッパ風の街並み。そして俺が着ているのは戦いでボロボロになったはずの制服ではなく、青い患者服だ。
窓の向こうに広がる光景は、記憶の中にある以前見た光景と一致する。
「…グレモリー領の街」
夏休み期間に訪れた冥界、グレモリー領の光景そのものだ。部屋の内装と窓の外から見える風景を照らし合わせるに、俺は今グレモリー領の病院にいるらしい。
ロキ戦が終わって匙と話している途中で記憶が途切れていることからして、そのまま倒れた俺はここに運び込まれたのだろう。
最新の記憶を整理して状況把握を始めたその時、ガラガラとこの病室と廊下を繋ぐドアが開かれる。
「お、丁度目が覚めたか。無事に起きたようで安心したぜ」
さらっとこの病室に入って来たのは堕天使らしい黒いフォーマルなスーツに身を固めたアザゼル先生だった。
「先生…」
「ここは冥界の病院だ、戦いの後お前は疲労でぶっ倒れたのさ」
「…やはりそうですか」
そう言って先生は部屋の隅に置かれた椅子を持ち運び、俺がベッドの傍らに置くと腰を下ろす。
「俺の体、どこかイカれてたりしてませんか?」
それでも拭えない心配を先生に訊ねる。あれだけの激しい反動を受けたのだ、フェニックスの涙3本分を飲んだとはいえまだ不安は残る。
「んー、特にそういうのは聞いてないな。ただかなりの疲労が蓄積してたようだ。このご時世でまずそんな贅沢な使い方をする奴はいないが、フェニックスの涙を3個分も飲めば大体のダメージはなくなる。なーに、その様子ならベッドで寝てりゃすぐに元気になるさ」
だがその心配を和らげるような軽く、明るい調子で先生は答えてくれた。先生がそう言うならと、俺も心に弱々しくも脈打つ不安を鎮める。
「ご苦労だったな。お前の奮闘は聞いている、しばらくは休め」
ふっと安心させるような微笑みを浮かべて言う先生。
「それと…お前の事情もな」
「…!」
事情と言う言葉に、俺はふっと顔色を変える。
「色々合点が行ったよ、異世界…まさか実在するとは思いもしなかったがな。ここまで状況が揃っている以上は認めるしかない」
その口ぶりから察するに、いち勢力のトップとして様々な知識を持つ先生も異世界の存在は信じていなかったようだ。それだけ異世界という概念がこの世界に存在しなかい、人智を越えたものに溢れる異形界においても異質なものであるという証拠だと、俺は改めて認識した。
「深海悠河、それがお前の真名か」
「…はい」
「んんっ、悠河。お前は何のためにこの世界に来た?」
呼び名も変えて、すっと改まった表情で先生は真剣に訊ねた。
俺がこの世界に来た目的、理由か。転生するときから今ここに至るまでの自分を思い返しながら答える。
「…最初は、状況に流されるままでそんなこと何も考えていませんでした。でも皆と出会って、日常を過ごす中でこの日常が大切に思えたから、それを守りたいと思ってます」
最初は憧れたヒーローの力を使えるのだと無邪気に喜んでいたっけな。…だが、喜ぶだけで俺は全くと言っていいほどここに来た後のことは何も考えていなかった。
だが今は違う。この世界で新たな生活と、仲間や友という繋がりを得た。家族のいない今の俺にとってそれらは生きるための大きな力になった。
目的なんて最初はなかった。でもそんなことは今はどうでもいい。胸を張って言える。この世界で得たそれを守りたいから俺はこの世界で生きるのだと。
「ならそれでいい。お前が生きる目的を得たのなら、それをがむしゃらに全うしろ。俺もお前を信じてるからな」
まるで我が子の成長を喜ぶ親のように先生はにっと笑って頭をわしゃわしゃと撫でた。
子供扱いされているようで気恥ずかしい感じはしたが、悪くない気分だ。先生もまた、俺を受け入れてくれたことに変わりないのだから。
「ああそれと、お前の言う異世界に関する情報は極秘事項にさせてもらう。イッセーの身に起こった乳神の件もそうだが会談の件然り、しばらく対応に追われそうだ。まあシトリー眷属には話してもいいぜ」
「わかりました」
流石に異世界絡みの情報は公にはできないか。テロで揺れるこのご時世に異世界となれば、更なる混乱を招くことになるのは容易に想像がつく。
「お前たちの活躍もあって、会談は上手くいった。ロキの反乱で北欧も多少はごたついているがどうにかなりそうだ。お前らには感謝しかないよ」
「ロキは…」
「あいつはあれ以来目を覚ましていない。おかげでユグドラシルの力の入手経路も分からずじまいだ。ロキの側近だったヴァルキリーも一人、行方をくらませている。小猫の話によると、ネクロムとアンドロマリウスの悪魔が連れて行ったそうだが」
戦いの後、ポラリスさんとネクロムが交戦し、アルギスがロキの部下を一人拉致していったことは塔城さんから聞いている。
あの戦いで凛が得たものは三つ。5つの眼魂とロキの力の源になっていたユグドラシルの右腕、そしてロキの部下だ。この3つ、特にユグドラシルの力はこれからの大きな混乱の元になる予感がしてならない。
「ロキの奴、あれだけ派手に反乱を起こしておきながら意外にも奴は他の反和平派の神や派閥に協力を呼びかけなかったらしい。今回の事件は全て、奴の独断とのことだ」
と、先生は意外な情報を明かす。俺は内心でロキの不可解な行動に疑問符を立てた。
革命を目指すなら、普通は志を同じくする仲間を作り結束した方が勢力の拡大につながる。俺達と戦った時もプラセクトの他にその仲間たちを呼べば勝てたかもしれないのに何故だ?
「どうしてですか?」
「多分、ユグドラシルを手にしたことで増大した個の力に溺れたのさ。北欧のためと言いながら、結局は自分しか信じていなかったんだろうよ。他人がいなくとも自分一人で全てどうにかできると、己の力を過信した。自分が主神になるという発言も、その驕りから出た言葉だろうな」
先生は推測交じりに、今なお目覚めぬロキの心中を察するような遠い目で語る。
強大な力を得たことによる驕り、か。それはつい先日プライムスペクターの力を手に入れた俺も他人事ではない。
「…お前も気を付けろよ。今回の戦いでお前さんはロキを圧倒するほどの強い力を手にした。強大な力は時に己の目を曇らせ、驕りを生む。ロキだけじゃない、オーフィスの蛇を貰った旧魔王派のディオドラやシャルバも、カテレアもそうだったろうさ。奴等みたいに驕るようになったら終わりだ、いいな?」
普段の軽い調子とは打って変わって真剣な表情で語る先生の話を俺はしっかり聞き、心に戒めるように深く刻みこむ。
「…わかってます。でも、俺にはそうなった時止めてくれる仲間がいますから。俺はあいつらを信じます」
きっとロキには自分を信じてくれる仲間はいても、自分が信じる仲間はいなかったのだろう。だから自分の信念と増大した個の力に固執し、酔いしれてしまった。その証拠に奴は最後まで意見を曲げず、倒れる時も自分無き北欧の未来を案じていた。
でも俺には心から信じたいと願う仲間がいる。俺がロキのようになり間違った道を進んだ時、彼らならそれをきっと引き留めてくれる。
「ふっ、あいつらも責任重大だ。どうやら本当に吹っ切れたみたいだな」
「あいつらのおかげですよ」
俺には皆に返しても返しきれない恩がある。俺の心は彼らに救われたのだ。だから、この力は俺が信じ、信じてくれる人たちのために使う。それが俺の恩返しだ。
「そうか…そう言えば朱乃とバラキエルだが、あの戦いがきっかけで二人の関係がいい方向に変わったよ。あの親子を長年見てきた俺としては胸のすく思いだ。イッセーには感謝しかない」
「それはよかった」
ロキ戦の前までいがみ合っていた親子の関係の変化にほっと安堵の息をこぼす。
朱乃さんは兵藤のパイリンガルによりバラキエルさんに本心を明かし、ようやく長年その心を縛り続けてきた憎しみと言う鎖から解き放たれた。これでやっと、朱乃さんも前に進めるのかな。
「…さっきからコロコロ話は変わってすまない。それだけ話したいことが色々あってな。お前の新しい力はポラリスに渡したんだったな」
「はい、解析とデチューンの両方をするとのことです」
「なるほど、つまり奴はそれをできるだけの知識と技術を持っているってことだ。となれば、何かしらの組織か勢力に属していると考えるのが普通だが…」
先生はふむと顎に手をやり、この出来事からポラリスさんの素性を推察する。
本当のことを言えば、属しているというよりは自分で組織を立ち上げて率いているというのが正しいが。
「結局、ポラリスとか言う野郎の素性は何もわからずじまいか。まあ、何を考えているかは知らねえがこっちに味方してくれるのならありがてえ」
先生としてもポラリスさんの存在は歓迎している部分はあるんだな。昨今テロで賑わうこのご時世、猫の手も借りたいというようにどんな敵にも対処できる戦力は欲しいか。
「リアスから預かったメモリも、仕事がひと段落着いたら確認する。…どうにも、この中身はとんでもない気がしてならねえ。ま、ただの予感だがな」
窓の向こうに広がる空へと目をやり、先生は神妙そうに眉を顰める。
俺としても早くあのメモリの情報を知りたいところだが、肝心のメモリをまだ忙しい先生が持っているとなれば気長に先生の仕事が落ち着くのを待つしかない。情報を知りたいのは俺だけじゃないのだから。
話に区切りがついたところで、ふと先生は腰を上げた。
「…そろそろ時間だ、まだ仕事が残ってるんでな。大人しくベッドで寝てるんだぞ」
「流石にあの戦いの後で気力も残ってないのでゆっくりしますよ。まだ忙しいのに、わざわざありがとうございました」
「気にすんな。お前が何者だろうと、俺はお前の先生だよ」
最後に笑顔を残して、先生は病室を後にした。
…先生も、お人好しだな。俺みたいな不確定要素を手元に置いて、信じるなんて。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
後日無事に退院し、冥界から人間界に戻った俺は自宅からある場所に赴き、その少女と対峙していた。
「待って居ったぞ」
サイバーチックな内装の部屋で脚を組んで椅子に腰かける少女。その傍らにイレブンさんを従えるレジスタンスのリーダー、ポラリスさんがルビーのような赤い双眸をこちらに向けている。
そう、ここは次元航行母艦『NOAH』。ロキ戦の前に予定され、出席を要請されたレジスタンスの会議に参加するため俺はここに来た。
「よくぞロキを倒した。妾は神との戦いを乗り越えたおぬしを迎える日を心待ちにしておったのじゃ」
膝の上で両手を重ねる彼女は相も変わらずの底の読めない微笑みをたたえている。
「どういう意味だ?」
「すぐにわかる。では、会場にあんな…」
そう言って彼女が立ち上がった時だった。驚いたように口を開けたまま固まり、言葉が途中で止まる。その視線はずっと俺の方に向けられている。
ポラリスさんが俺に対して動揺を露わにした表情を向けることはもちろん、見ること自体初めてだ。怪訝そうに眉を上げて俺はその理由を問う。
「…そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔してどうしたんで」
「悠、その女は何者だ?」
背後から聞こえたのはこの場にいるはずのない者の声。そんなことあるはずがないと思いながらも、ゆっくりと、ゆっくりと、顔を背後に向ける。
「ぜ、ぜぜゼノヴィア!!?どうしてここに…!!」
グレモリー眷属の『騎士』、俺の家の同居人のゼノヴィアが腕を組んで背後に立っていた。
ここを知るはずのない彼女がなぜかここにいる。驚愕のあまりに手と口が震え、目が限界を越えんばかりに開く。
「半開きになっていたドアに入ったらここに通じていた」
「あ」
「……」
剣のように鋭い咎めるような視線がイレブンさんとポラリスさんから送られてくる。
しまった、戦いの後の気のゆるみを引きずってしまっていたか。今まで来るときには注意していたはずなのに、気が緩んでそれを忘れてしまった。ここまで来てしまった以上、もはや隠しようも、弁明のしようもない。
「こ、この人は…」
「…ハァ」
どうしようもなく慌てふためく俺にポラリスさんは観念したかのような息を盛大に吐いた。
そんな彼女の前に、イレブンさんが組織の秘密を守らんとする剣呑な眼差しを宿して出た。
「ここを知られたからには…」
「まあ待て、折角の来客を手荒く扱うな。これもきっと、運命なのじゃろう」
そんな彼女をポラリスさんは手で制す。そしてふっと軽く笑みを浮かべると、思いもよらぬ言葉を口にした。
「妾がポラリスじゃ、前の戦いはご苦労じゃったな」
「!!?」
「ポラリス様!?」
俺もイレブンさんも、彼女の予想外の行動に目を限界まで見開いて驚いた。
あれほど自分の素性を隠したがっていた彼女がこうもあっさりと明かすとは思わなかった。一体何を考えている…!?
「お前がポラリスだと…?」
名乗った彼女を驚愕交じりに怪訝そうに見つめるゼノヴィア。
「お前、女だったのか。私はてっきり男だと…」
彼女の足元から頭のてっぺんまでを舐めるように見るとそう言った。
ヘルブロスの姿で皆の前に出てきた時には体型や声がボイスチェンジャーとスーツの影響で男っぽくなっていた。いざ本当の姿を見てそう驚くのも無理はない。
「まあ妾の性別なぞどうでもよい…早速じゃが、単刀直入に言おう。その方がおぬしの性に合うじゃろ」
「……」
次に彼女の口から出る言葉に備えるように、ゼノヴィアの目の鋭さは増す。警戒する彼女に、ポラリスさんはさっと右手を差し出す。
「我々レジスタンスに加わってくれまいか?妾達はおぬしの気高き意思と揺るぎない力を必要としておるのじゃ」
「「なっ!!?」」
真剣な表情でゼノヴィアにまさかの勧誘の言葉をかけたポラリスさんに俺とイレブンさんは揃って大いに驚く。
レジスタンスの存在がバレた途端に、逆に勧誘をかけるだと!?情報漏洩防止にしてはやり方が大胆過ぎないか!?
「何?レジスタンスだと…?」
「そうじゃ、妾達は強者を欲しておる。人類を守り、世界を救うという強い意志を秘めた強者じゃ。そこの紀伊国悠には既に我々に協力してもらっておる。妾は早い段階から彼が異界の者であると気づき、アプローチをかけていた。彼の力が、これからの世界に必要だと思うてな」
「ポラリスさん!?」
「何?」
今までポラリスさんに向いていた向日葵色の瞳が再び俺に移った。
「いっ、あ、うん…まあ、色々事情があってだな。これも皆には…秘密にしていた」
バツの悪く、言葉に詰まりながらも俺は正直に答える。いや、そうするしかなかった。ここまで来た以上、隠すことなどできない。
「…そうか」
しかし彼女は何も咎めなかった。代わりに、一つの問いを投げかけた。
「一つ聞かせてくれ、お前はこいつを信じているのか?」
ゼノヴィアの目に疑いや嫌悪の色は不思議なくらいにない。代わりにあるのは俺の偽りなき本心を求める思いだ。
…彼女が切に求めるというのなら、俺はその思いに応えたい。ここで真実を話すことは俺からのゼノヴィア達への信頼の証明にもなる。ここで嘘を吐けば、俺はまたあの嘘つきへと逆戻りだ。
未だ尾を引く動揺を一呼吸おいてどうにか鎮め、静かに、だが意思の強さを込めて答える。
「…この人が何を考えているのかは知らないけど、少なくともこの人が本気で兵藤たちを傷つけるようには思えない。俺を奮い立たせてくれたこの人を、俺は信じてみたい」
戦いから逃げ出し、全てを見捨てる破滅の道へと進もうとした俺はこの人の言葉のおかげで奮い立ち、未来へとつながる光の道へと戻ることが出来た。この人なくして、今の俺は語れないほどに俺はポラリスさんにも大恩がある。
グレモリー眷属もそうだが、俺にはポラリスさんを切り捨てることは出来ない。この人が俺が大事にしたい仲間たちを助けるというのなら俺は信じたい。この人の意思を。
俺の答えを受け止めるように彼女は深く瞑目する。
「…ポラリス、お前は何を目的に悠をレジスタンスとやらに引き入れた?お前は本当に私たちの味方なのか?」
そして目を開くと、今までと比べるといくらか棘の抜けた雰囲気で一度手を引っ込めて腕組む彼女に問うた。
「味方じゃよ。妾達の行いはグレモリー眷属はもちろん、全勢力神話にとって利になるものじゃ。別に、悠をスパイにして彼を足掛かりに内部からグレモリー眷属を潰そうなんてことは微塵も考えておらんよ。おぬしが信仰を捧げる聖書の神に誓ってもいい。君たちを害する一切の行為はしない、とな」
「……」
疑われる余地の一切もないと自信もたっぷりにポラリスさんは答える。聖書の神に誓うと言う言葉に、ゼノヴィアは押し黙る。ポラリスさんの無害を証明する言葉に自らそこまで言えるだけの絶対の自信を感じ取ったのだ。
「悠を引き入れたのは彼が異界から来たイレギュラーな存在である故、興味があったからじゃ。彼が閉ざされた未来を変え、妾達の敵に打ち勝つ存在になりうるかもしれないと。本人の前で言うのもなんじゃが、何が起こるかわからない分、手元に置く方が把握しやすいからの」
それは俺も初耳だな。気になる部分は多々あるが、理由としては大体わかった。知らないうちに俺は随分とポラリスさんの期待を背負っていたみたいだ。
というか俺の前で手元に置いておいた方がいいなんて言ってくれるじゃないか。裏で凄く悪いことを企んでる奴のセリフみたいだ。
…いやまさか、本当に悪いことを企んで俺はその片棒を担がされてるとかないよね?
「他に質問はあるか?」
「お前が本気で私たちの味方だと言うのは今の態度でよくわかった…いいだろう。私もレジスタンスとやらに入ってやる」
「!」
ゼノヴィアは俺の目の前に来ると優しく微笑みを浮かべ、ポンと両肩に手を置いた。
「君が私たちを傷つけようなんて悪意がないことくらいとっくの昔に分かり切っている。これも、私たちを助けたいと思ったから彼女に協力しているんだろう?私が君を疑うなんてことするはずがないさ」
「…!」
「それに、私は君の真実を知った時に決めた。もう君一人だけに全てを背負わせないと。君が信じるのなら私も彼女を信じて、この秘密も一緒に背負ってやる。運命共有体という奴だ」
「そこまで俺のことをお前は…」
一途に俺を見つめる切なる思いを秘めたその瞳と声色に俺はひどく心を打たれた。まだ隠し事をしていた俺を何一つ咎めず、信じ抜くと言うのだ。
共有体じゃなくて共同体だというツッコミはさておいて、一体どこまで彼女は俺に一途なのだろうか。そんなことを言われたら俺は…。
俺に向けていた微笑みがふっと消えると、ポラリスさんの方を振り向いた。
「悠は信じるがお前を完全に信じたわけじゃない。悠を裏切るようなことをすればすぐにでも私はお前を斬って悠と共にこの組織を抜ける。いいな」
警告を飛ばしつつ、きっと刃のように鋭い視線をポラリスさんに向ける。
「ふ…ふふ…」
だがそれに対するポラリスさんの反応はこれまた予想外のものだった。いつも何を考えているか読めない表情を浮かべるポラリスさんの顔がくしゃっと歪む。
「ハハハハハッ!!ハハハハハ!!おぬしも、随分と好かれたものよのう!ハハハハハッ!」
そして椅子の背もたれをバンバンと叩きながら腹を抱え、口を大きく開けて大爆笑し始めた。今まで真面目な雰囲気だった中で急に爆笑を始めたポラリスさんに何事かと俺達は若干困惑した。
一体どこにツボったのだろう。ヴァーリがフェンリルを道連れにした時のロキと言い、最近よくわからないところでツボる人が周りに多い。やはり俺にはポラリスという人を読むことは出来そうにない。
「ポラリス様…」
「ハハッ!はは…ハァ…」
ひとしきり笑い、ようやく落ち着いたところでポラリスさんは乱れた美しい髪を整え、咳払いをする。既にその表情には大爆笑の余韻など一切なく、完璧に普段の調子へと切り替わっていた。
「よろしい、交渉成立じゃな」
それからにやりと口角を上げたポラリスさんは再び右手を差し出し、ゼノヴィアもそれに応じて握手を交わす。そしてゼノヴィアがこちらにくるりと向くと、ニっと笑う。
「というわけだ、これからは私もレジスタンスとやらで君と一緒に働くからよろしく頼むぞ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
急すぎる展開、まさかの決断。喉から驚愕の叫びがとめどなく溢れ、開いた口が塞がらない。
「!!…よろしかったのですか?」
「構わん、無茶苦茶じゃが彼女の言うことは一理ある。以前から妾達の存在を秘密にしておくことが悠の精神的負担になるとは考えておったからな。一人くらいなら、この際丁度いいじゃろ」
普段は冷静なイレブンさんも動揺を隠せない様子だ。
それにしても案外、向こうも軽いノリだな。ちゃんとそこも見抜いていたならもっと早く対処してほしかったんだが…。
「それに…これから見せるものを見れば、おぬしたちは嫌でも妾達の正当性を信じる。絶対にな。おぬしが来たのがこのタイミングで本当に良かったわい」
付け加えるように不敵なまでの自信に満ちた、意味深な笑みを浮かべた。
「…どういうことだ?」
「これから協力者を呼び集めた会議を行う。訊きたいことがあれば、移動しながらでもしようかの」
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
傷一つない近未来風の廊下を、俺とゼノヴィアはポラリスさんとイレブンさんに先導されて歩く。
移動中に俺はポラリスさんとの今までの関係を彼女に洗いざらい話していた。
「つまり、君たちの関係はコカビエルとの戦いが終わった時から始まったんだな」
「もっと言えば、俺がレイナーレって言う堕天使の事件に関わって心に傷を負った時、助けてくれたのがポラリスさんだ」
「…なるほど」
俺は彼女に説明しながら、その時の出来事をまるで自分の子供時代の写真が収められたアルバムを見返すが如く、鮮明に思い出す。
「この人の言葉がなければ俺は立ち上がれなかったし、今こうやってお前と一緒にいることもなかった。この人には返しきれない恩がある。あの時助けてくれたこの人を俺は信じたいと思ったから、レジスタンスに入った」
そう真面目に言うと、プっとゼノヴィアが小さく吹きだした。
「君はあのポラリスと言う女のことが好きなのか?」
「ぶほぉ!!?」
それからぶつけられた思わぬ質問に彼女の倍以上の勢いで噴き出した。
「いやそんなわけないって!むしろ俺もこの人のことわからないことだらけで判断に困ってるんだよ」
大袈裟な身振り手振りを加えて彼女の疑問を否定する。
それだけはありえない、彼女は俺にとっての恩人であり、協力関係を結んだ…あえて言うなら上司だ。そこに俺の男と女の関係に類される感情が湧くことなどありえない。
「身から出た錆とはいえ、本人の前でそう言われると悲しいのう」
「ポラリス様を侮辱するとは…」
「ごめんなさいすみませんでした」
そんなことを言っていたら、前方の二人から悲しい言葉と静かな怒りのこもった声が投げかけられたので速攻で俺は非礼を謝罪した。
普段は冷静沈着なイレブンさんはポラリスさんに対する非礼に対して非常に厳しい。主人への無礼には静かながらも厳しく対処する忠誠心の高さもポラリスさんが信頼を寄せる理由だろうか。
「この家に、こんな空間があるとは知らなかった」
歩きながら初めて足を踏み入れるゼノヴィアはあっちこっちに目をやる。
俺達が住んでいる家と繋がっているのに、普段の家とは雰囲気もまるで違う空間に驚いているようだ。
「ここは紀伊国宅ではない。そこのドアを介して我らが母艦『NOAH』へと空間を繋げておるのじゃ」
「…どこでも〇アのようなものか」
前を歩くポラリスさんは彼女に目をくれないながらも答えを寄こす。めちゃくちゃわかりやすい例えだけど、ゼノヴィアの口からそんな言葉が出てくるとは。
長い長い廊下を歩き、それから一分後、俺達は大きなドアを前にして足を止めた。
一人前に出たポラリスさんがドアに備え付けられたコンソールに数字を高速で入力し、手をかざすと認証が完了。分厚い鋼鉄のドアがシャッと素早く横開くと、その先に広がる空間が明らかになる。
その部屋は夜空を思わせるようだった。床や天井、壁のあちこちに流れ星のような青い光のラインがひた走る。そこまで広くはない部屋の中央に、洒落た円卓が一つ置かれている。
円卓を囲む椅子に座るのは4人の男女と、宙に映しだされる2つのモニターに映る美男美女。
開けられたドアから姿を現した俺達に一斉に彼らの視線が向けられる。
「ん?聞いた話より一人多くないか?」
その中の一人である、小洒落た椅子に腰かけている顎髭を生やしモノクルをかけた茶髪ではなく文字通りの赤毛の男がゼノヴィアの姿を見るやそう言う。
ガタイもよく、顔つきも粗野なイメージがあるがその静かな佇まいにはイメージに反する知性を感じた。
「彼女は飛び入りじゃ、詳しい事情は後で説明する」
「了解」
それっきり男は追及をやめて、卓に両肘を突いて両手を組んだ。
「ここは…」
一室に集まった者達を見渡すゼノヴィアが、その中の二人を目にして血相を変えた。
「う、ウリエル様!!?それにラファエル様も…!!」
「な…!!?」
言われてみると、つい最近ロキとの戦いで居合わせたウリエルさんとラファエルさんの二人がこの場に揃っていた。
彼らがここにいる理由など一つしかない。四大セラフの中でも新顔に類される二人がここにいるということはつまり、彼らはレジスタンスの協力者ということだ。
「お久しぶりです」
「二日ぶりだな。たこ焼きはどうだった?」
二人は俺達の緊張を溶かすような、朗らかな笑みを浮かべて挨拶する。信徒としては主と同じく敬うべき天使の最上に位するウリエルさんを前にゼノヴィアは体が緊張で固まりながらも、その時の喜びを思い出すように声を震わせながら感想を述べた。
「こ、これに勝る物はないほどの美味でした…!」
「そうか、ありがとう」
動揺冷めぬゼノヴィアの返答にウリエルさんはにっこりと笑顔を返した。
『私たちもいますよ』
『初めまして~』
さらに見慣れた金髪の穏やかな顔立ちをした青年と、ウェーブの入ったブロンドヘアーのにこやかな笑顔をした美女が宙に浮かび上がる映像の中で声を上げる。
その二人を俺達はよく知っている。
「「み、みみみみみミカエル様ァ!!?ガブリエル様も!!?」」
俺とゼノヴィアは二人そろって驚愕の表情をより色濃い物にしていく。
ガブリエル様は画面越しとは言え初対面だが、まさか天界トップのミカエル様までがこのレジスタンスに協力しているとは…これはもう実質、天界陣営はレジスタンスに掌握されていると言っても過言ではないな。
それにしてもこんなに驚いた彼女を見るのは初めてだ。異世界のことを話した時もここまで反応はしなかったぞ。
「四大セラフ全員が、レジスタンスの協力者だったのか…!!」
「そうじゃ、最初はウリエルとラファエルだけじゃったが芋づる式で残る二人も引き入れた」
『芋づる式で協力していまーす』
ふわふわした調子でガブリエル様が言う。ガブリエル様は初めて会ったが、こういうキャラなんだな。確か、ガブリエル様の率いる12人のハートの御使い全員が女性で構成されているのだとか。
さらに天界一の美女とも謳われるガブリエル様のファンは悪魔にも多い。噂に聞けば、セラフォルー・レヴィアタンさんは彼女をライバル視しているという。恐らく彼女らのライバル関係(多分一方的なものだろうが)は三大勢力の和平が結ばれても終わることはないだろう。
「待て、それじゃあイリナは…」
『いえ、彼女はこの組織については認知していません。我々四大セラフだけの秘密です』
「そうか…」
ミカエルさんの答えにゼノヴィアはどこか残念そうな表情を見せた。親友として隠し事をせず共に秘密を共有しておきたかった思いもあるのだろう。
「私とラファエルの御使いには、特別な事情故に全て話してあるがな」
と、ウリエルさん。
ということはロキ戦で俺達と一緒に戦ったメリイさんはレジスタンスのことを知っているのか。それぞれの御使いが12人、計24人か。またレジスタンスの勢力が一気に拡大したな。
「確かに四大セラフ様全員がお前の味方に付いているとなれば、私もお前を信じるほかないな」
「妾の言った通りじゃろう?」
と、どや顔でうんうんと頷くポラリスさん。
敬虔なクリスチャンであるゼノヴィアにとって、セラフ様達は本来悪魔である自分の最上位の存在である魔王以上に忠を捧げる存在。そんな彼らがポラリスさんを認めているとなれば彼女も不信を抱く余地はない。
天界を統べる四人の熾天使。これだけの面子を引き込んだとなれば、クリスチャンでなくともその正当性も疑いようのない確たるものになる。
「ちなみにそちらの方は…」
そう言って俺はセラフ様の他にいる二人の男女に目を向ける。セラフたちと向かい合って座る赤毛の男と、赤い長髪の美女。セラフたちと同席する彼らは一体何者なのか。
「ふっ、反応の薄さはデュランダル使いはクリスチャンだから仕方ないが、もうちょっと俺らにもびっくりしてもいいんじゃないか?」
ようやく自分達に目が向いたと、若干呆れ気味に赤毛の男は肩をすくめた。
「ま、それはさておきだ。俺は創星六華閃のジャフリール家当主のガルドラボーク・ジャフリールだ。よろしく」
「そ、創星六華閃…!」
男が気の良さそうな笑みと共に名乗りを上げ、ネームバリューも十分のその肩書に俺は息を呑む。
創星六華閃とは武器職人の名家。伝説級の武具を次々に創作する彼らは各勢力のしがらみにとらわれず、武器を与えるにふさわしいと見込んだ強者にのみその鍛冶の腕を振るう。その当主は神話に記されし武具の名を継ぐと言われており、中でもジャフリール家は魔導書を専門とする創星六華閃において異色の存在だ。
四大セラフほどではないにせよ、かなりの大物だ。全勢力が彼らの生み出す武具を喉から手が出るほど欲している中で創星六華閃は世界各地の武器職人たちと独自のコミュニティを築き、不純な心を抱く強者たちの横暴や不当な要求から弱い鍛冶職人たちを守っているのだとか。
「同じく創星六華閃、エレイド家当主のレーヴァテイン・エレイド。あんたが今のデュランダル使いかい?」
ガルドラボークさんの隣の席に座る赤と青のオッドアイが特徴的で、スタイル抜群の長い赤毛の美女も名乗りを上げる。
エレイド家は剣の鍛冶職人の家であり、六華閃きっての武闘派だ。創星六華閃歴代当主の中でもエレイド家は屈指の実力者を輩出しているという。
「そうだ」
名のある創星六華閃の指名にもゼノヴィアは物怖じせずに堂々と答える。
「あんたの活躍は聞いているよ、いつか伝説の剣を振るう剣士同士で剣を交えようじゃないか」
堂々とした彼女の様子に満足そうに笑むと、ヴァーリたちのように好戦的ではあるが人懐っこさも感じる笑顔でゼノヴィアを迎えた。
創星六華閃は単に武具を作るだけでなく、当主たちは戦闘においてもその武器の名手であると言われている。なんでも、武器をより深く知るために使い方も極めるのだとか。鍛冶職人にしては武闘派の色が強いところもまた創星六華閃の特色の一つと言える。
「本当はサイン家の当主、スダルシャナも出席する予定だったんだが…先日、英雄派の幹部たちの襲撃を受けて死んだ。一人娘はまだ我々のことを知らされていないし、どうなることやら」
「残る3家は、創星六華閃の本来の使命を忘れているからな。期待はできん」
そう語るガルドラボークさんの表情には、今後への憂慮と故人を悼むような複雑な感情の色が広がっていた。それとは反対に、不満げにレーヴァテインさんは鼻を鳴らす。
四大セラフ全員と創星六華閃2家の当主。この壮観な著名人たちの集いとそれを実現したポラリスさんに俺は感嘆の念を覚えた。
「…あんた、とんでもない人達を協力者にしていたんだな」
「まだ表舞台に立たないとはいえ、準備には人員と資源、金がいる。情報ならスキエンティアとイレブンのおかげで幾らでも調達できるが、それだけではな」
そしてポラリスさんがかつかつと靴音を立てて円卓へと歩みを進め、空白の席に腰を下ろす。その隣にイレブンさんが背筋を正して控える。
「さて、では揃ったところで始めようか。今後の我ら、レジスタンスの活動について協議を行う」
まさかのゼノヴィア、レジスタンスに加入。
今回も色々ありましたが次回は内容の濃さ1000%の説明回です。
次回、「真なる神」