ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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第98話 「希望の箱舟」

『世界を脱出し、神の手の届かぬ新天地を目指すために妾達は次元航行母艦を極秘裏に建造した。残った民間人や仲間たちと共に世界を見捨てることにしたのじゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海沿岸沿いにあるごく小さな町。そこはディンギルの脅威によって既に廃墟と化し、人気のなく閑散としており冷たい風が寂しく吹く。

 

夜になれば幽霊の一つでも現れそうで、誰も近寄ろうとしない雰囲気を持つその町の地下にそれはあった。

 

「本当にここにあるのですか?」

 

「ああ、何度も出入りしていたから間違いないよ」

 

かつんかつんと冷たい鉄の音を鳴らしながら一歩一歩アルタイルたちは階段を下りていく。一段、また一段と歩むたびに鉄の音と混じる足音が薄い暗闇の中に溶けて消えていった。

 

電気もほとんど通らずわずかな明かりが照らす空間で彼らが見下ろす先にあるのは巨大な戦艦を格納するための広大なドックだった。

 

「アルタイルが支援していたマーメイドたちの秘密ドック…アレの建造にはもってこいだな」

 

「だろ?まあ、俺もこんなことで使うことになるなんて思ってなかったけど」

 

「俺が横流したメタルフォートレスはここに格納していたんだな」

 

カノープスは広大なスペースを持つこのドックを見渡す。革命戦以来使われることなく、誰の手も付けられなかったようで設備も万全の状態だ。

 

ポラリスがふとポケットから取り出した鈍い銀色のUSBに視線を落とす。

 

「ソルの手掛かりを追う中で発見した時空の歪みの研究データ…これを利用すれば人為的に時空の歪みを起こし、別の世界に行くことも可能じゃ」

 

それまで社会を支配していたシャスターを破壊し、新体制を樹立したポラリスは復興の傍ら独自にソルの行方を追っていた。足取りがつかめず手掛かりも巧妙に隠蔽され、苦心する彼女がやっとの思いで発見した研究所跡地で見つけたのはかつて戦斗怜亜たちが通ってこの世界に現れた時空の歪みに関する研究データだった。

 

そこには時空の歪みそのものやそれを自発的に引き起こす方法などの研究の資料があり、それを見てポラリスたちはディンギル襲来後に彼がこの世界にディンギルを招いたのだと結論付けた。

 

「俺のメタルフォートレス、デネボラのキラーマシーンの技術の集大成、次元航行母艦『NOAH』に生き残った者達を乗せ、発生させた時空の歪みを通じて異世界に逃げる…『NOAH計画』か、よくこんな大胆な計画を思いついたな」

 

「臆病者と罵られるじゃろうが、勝てないのなら戦わなければいい。本当はこんな手を使いたくなかったがそれしか方法がない…もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいくまい」

 

と、顔を伏せながら言うポラリスの言葉に沈黙が流れる。皆、生きることを諦めてはいないが戦いに疲れ切っていた。誰も彼女の言葉を否定する者はいなかった。

 

「…可能な限り、各地で抗戦を続ける戦力や避難している市民たちと合流してここに集めましょう」

 

「NOAH本体の設計開発はカノープスとデネボラ、次元航行システムの開発は妾で行う。民間人の避難はアルタイルに任せる」

 

「ああ、この箱舟に一人でも多くの命を乗せるんだ」

 

アルタイルたちはこくりと頷く。

 

鋼鉄の箱舟を作り出し、人々を乗せてこの世界から旅立つ。それが彼らのこの世界での最後のミッションだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この母艦は妾とイレブンの二人暮らしにしては大きすぎるじゃろう?何万もの人間を収容するため、この大きさになっておったのじゃ。これでもまだ、昔に比べると小さくなったのじゃがな」

 

「…この『NOAH』は文字通り、お前たちにとっての聖書に記されたノアの箱舟だったんだな」

 

「そうじゃ、妾達はこの船とまだ見ぬ世界に夢と希望を託した。あるいはいつの日か、神を倒す術を見つけ我らの世界を取り戻すことを夢見てな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NOAHを建造するために再利用されたポラリスたちの秘密ドック。最初に彼女たちが訪れた時には何もなかったその空間に巨大な鋼鉄の母艦が建造されつつあった。

 

作業を行うロボや作業用バトルドレスたちを遠めに、一仕事の後で一息吐こうとアルタイルたち4人が地上から運び出したぼろぼろのソファに腰かけていた。

 

「NOAH計画を始動してから、皆の表情が明るくなったな」

 

「連戦で疲れっぱなしの兵士たちも良い顔をするようになったしのう、皆、異世界で何をしようかと談笑しておるわい」

 

と、ポラリスは遠くで集まっているバトルドレスの少女たちを一瞥する。向こうで彼女らは戦友らと談笑しながら自らの新天地での未来設計図をしたためているのだ。

 

「この船は、皆の希望を背負っているのですね」

 

デネボラはそう言って、建造途中のNOAHを見上げた。船として大まかな形はでき始めてはいるがまだまだ完成には程遠い。計画の根幹を成す次元航行システムも基礎的な理論は完成したがそれを物理的な形にはできていない。

 

だが計画は着実に進行していた。その事実が彼らだけでなくここに集まった皆を元気づけた。長らくディンギルの脅威という暴風雨に晒され続けた彼らにとってもはやこの船は唯一の生きる希望になっていたのだ。

 

「なあなあ、カノープスや皆は異世界に行ったら何をしたい?」

 

ふとアルタイルが興味津々といった様子でカノープスに話を振った。

 

「まだNOAHが完成したわけじゃないんだぞ、そんなこと考えていない」

 

「またそう言って、カノープスは素直じゃないなぁ」

 

と、アルタイルは笑いながらからかうような言葉をかける。そんなアルタイルの態度にやれやれと息を吐くカノープス。

 

「……そうだな、今まで通りメタルフォートレスの研究をしたくもあるが、一度は捨てたサッカー選手になる夢に再挑戦してみるのも悪くないかもしれない」

 

「そっか、今の体ならサッカーもできるからね」

 

「ある意味、お前のおかげでもあるがな。そう言うお前はどうだ」

 

ふっと微笑むカノープスはアルタイルに問い返す。

 

「俺は…もし異世界に人の文明があったら、バトルドレスの技術を困っている人を助けるために使いたいな。元々は争いのためじゃなく、人の生活に役立てるために作ったんだからね」

 

「相変わらずお人好しだな、アルタイルは」

 

そうカノープスは一蹴する。だが嫌な顔はしていない。むしろそれでこそアルタイルだと信頼の色が表れていた。

 

「私はロボづくりを一からやり直してみたいですね。新しい環境で、新しい物を作ってみたいです。今度こそ、平和利用できるモノを目指します」

 

と、にっこりしながら言うのはデネボラ。かつての彼女の発明はシャスターによって人間を殺戮、捕獲するために利用されてしまった。ディンギルとの戦いを終えた後は、今度こそ彼女が少女時代に抱いた夢を本来の形で叶えたいという思いがあった。

 

「ポラリスはどうですか?」

 

と、デネボラの問いとともに3人の視線がポラリスに集まる。一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、数秒の逡巡のの後に答えた。

 

「妾は…普通の暮らしがしたい」

 

「普通の暮らし?」

 

「今までずっと裏工作じゃったり、戦いじゃったり、デスクワークで働き詰めだったからの。戦いから離れてイレブンと二人で、慎ましい普通の生活を送ってみたくなった。時々おぬしらにちょっかいをかけに行くのも面白そうじゃ」

 

「「「……」」」

 

ポラリスの口からそのような願望を聞くことになるとは思わなかったのか、アルタイルたちは揃って口をぽかんと開けた。

 

「何じゃその表情は」

 

「いや…お前からそういう答えが来るとは思わなくてな」

 

「でもすごくいいと思う」

 

「イレブンもきっと喜びますよ」

 

ぽかんとした表情を切り替え、アルタイルとデネボラは笑顔を見せる。

 

「そうじゃな…イレブンにはずっと支えられてきたから、今度からはしっかり労ってやりたいのう」

 

ふとポラリスたちは建造途中のNOAHを見上げる。

 

「NOAH…妾達の箱舟」

 

残された命を乗せ、新たな未来へと運ぶ鋼鉄の箱舟はまだ未完成だ。だがそれでも彼女らが夢を見、生きる希望を持つには十分すぎるほどのものだった。

 

「妾達も、夢を託そう」

 

建造途中のNOAHを見上げるポラリスたちの表情には、夜空の星のような希望の煌めきが瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…じゃが、矮小な人間の企みなど神には筒抜けじゃった』

 

 

 

 

 

 

 

 

NOAHが完成し、いよいよ次元航行システムを起動させ世界を旅立つ日。皆が待ちに待ち焦がれたその日の到来。しかしその旅立ちは決して穏やかなものではなかった。

 

時空の歪みを作り出すためのエネルギーを生成するNOAHの低く唸るようなエンジン音の中に、突如ブーブーとけたたましく非常事態を告げる警報が割り込みドック内に鳴り響く。突然の警報に、完成したNOAHに乗り込んでいたアルタイルたちは動揺した。

 

「何事じゃ!?」

 

「何者かがドックに通じる通路に侵入したようです。上空にディンギルの反応を複数感知しました」

 

彼女らが集まるブリッジのコンソールを操作し、非常時でもイレブンは冷静に状況を主人たるポラリスに報告する。

 

ブリッジに備え付けられたモニターには秘密ドックへ通じる通路を進む大勢の叶えし者たちの姿が映っていた。ビーム兵器で行く手を阻むキラーマシーンや隔壁を破壊しては着実にNOHAが格納されているドックへと近づいていく。

 

「地上でカモフラージュしていたメタルフォートレスはどうなった!?」

 

丁度その時、地上に設置されてある隠しカメラとの中継が繋がり、地上の様子がモニターに映し出される。

 

瓦礫と完膚なきまでに破壊された夥しい量のメタルフォートレスの残骸、その上に悠然と佇む青い鎧を纏う神。

その様相が、嫌が応にも地上で起こった出来事を理解させる。

 

「…全滅です」

 

「…バレたのか」

 

拳を握り、苦々し気にアルタイルが表情を歪める。

 

メタルフォートレスは自動車や建造物などに変形する機構を備え、カモフラージュに長けている。このドックを拠点とした時、防衛のために地上にある町の風景をディンギルに悟られぬようこっそりと残っている建物をメタルフォートレスたちにすり替えていた。だがその苦労も全て無駄足に終わった。

 

モニターに映る惨状にアルタイルたちが歯噛みする中、一人ポラリスはコンソールに備えられたキーボードを高速で叩き、モニターに表示された情報を基にそれを計算していた。

 

「敵がNOAHを格納するドックに到達する時間を算出した」

 

「!」

 

「10分じゃ」

 

「10分だと…!」

 

カノープスとデネボラは愕然とブリッジ中央のモニターに表示されているメッセージを見上げる。そこに表示されているのは本作戦の要、次元航行システムが起動し異世界へのゲートを開くのにかかる時間。

 

「次元航行システム起動までの時間は30分…くそっ、ここで僕たちの夢は終わるのか…!?」

 

悔しさに目一杯顔を歪め、アルタイルは肘掛けに拳を叩きつけた。

 

その間にも、彼らの希望を破壊せんとする神の手は迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『数少ない民間人の収容が完了し、ようやく発進しようというところで奴等は襲撃してきた。苛烈な攻撃は船に及び、多くの人間が犠牲になった。時間稼ぎに出た仲間たちも尽く返り討ちにされ、希望の実現を見ずして死んでいった』

 

 

 

 

 

 

 

ディンギルたちはとっくにポラリスたちの計画に気付いていた。東京戦線以来めっきり彼女たちが姿を見せなくなっていたことを不審に思い、民間人に紛れた叶えし者たちを通じて彼女たちが立ち上げた『NOAH計画』について知った。

 

だがあえて泳がせておいた。それは人間が何をしようと決して神には届かぬという余裕の表れであるとともに、計画が達成する寸前で全てをご破算にすることで彼女らの希望を完膚なきまでに潰してやろうという悪辣な考えがあったからだ。

 

「…仕方ない、俺が行く」

 

刻一刻と神の攻撃の手が迫り、警報が鳴り響く中、カノープスが覚悟を決めた表情で言う。

 

「僕も行くよ」

 

「ダメだ。アルタイル、お前は残れ」

 

続こうとするアルタイルをカノープスは鋭い言葉で制す。

 

「どうしてだ!?お前だけ死なせるなんて…!」

 

だがアルタイルは彼の意を受け入れられなかった。学生時代から今に至るまで続く彼らの友情、みすみす死地へ赴こうとする友を彼が止めるのは必然だった。

 

「リーダーのお前だけは生き残らなければならない。俺たちの希望は2つ。この船と、お前だ」

 

「でも、親友のお前を…」

 

「俺の夢をお前に託す、九頭竜の大学に通っていたあの時みたいにな。…お前にしかできないんだ、頼む」

 

「ッ…」

 

カノープスの固い決意と言葉に押されたアルタイルは言い返す言葉もなかった。

 

覚悟を決めたカノープスの隣に、すっとデネボラが並ぶ。

 

「私も行きます。ポラリスはアルタイルと一緒に残ってください。アルタイルを支える頭脳が必要ですから」

 

「デネボラ…!」

 

更に彼女に続く者達がいた。

 

「「私たちもお供します」」

 

声を揃えて毅然と前に出たのはデネボラの側近、Type,Ⅴとカノープスの部下、Type,Ⅶの二人だった。

 

「カノープス様、ドジな私ですけど最後まであなたを守らせてください」

 

「セブン…最後まで、迷惑をかける。すまないな」

 

長い薄青髪の毅然とした彼女の姿に、心動かされたカノープスはそれまでの彼女との記憶を思い出すように瞑目する。

 

元は監視の意味合いも込めてベガから彼の下に送られてきた彼女。感情制御回路の影響で無味淡白な性格だった彼女はポラリスの協力を得て回路を解除されたことで変わった。

 

人間らしい感情を得た代わりにドジを連発するようになり度々カノープスを苦労させたが、心を取り戻したことで真の意味で彼の仲間になったのだ。

 

「デネボラ様。あの時はシャスターに支配され、私はあなたに銃を向けました。でも今度こそ、私はあなたを守る盾になりたい。お願いします、私も連れて行ってください」

 

「ファイブ…」

 

かつて、Type.Ⅴは脳に仕込まれた感情制御回路をポラリスに解除してもらわなかったゆえにシャスターの支配から逃れられず、自分が従い、シャスターに反旗を翻したデネボラを襲った。

 

感情制御回路は元来イレブンやセブン、スリーたちにも仕込まれており、ポラリスの好意で解除してもらっていた。人体をベースにするサイボーグである彼女らにそれを仕込むことで、あくまで機械という道具として与えられた任務を効率的に、粛々と全うさせるためのものだ。

 

しかし、回路込みで機械としての本来の形にこだわるデネボラの意志でファイブだけは解除処置を加えられていなかった。そのこだわりがシャスター破壊作戦で仇となってしまったのだ。

 

それを悔やんだデネボラであったが、それ以上に悔しんだのはファイブ自身だった。イレブンたちのように主に忠を尽くすどころか銃を向け、傷つけてしまったことを、自分にはどうしようもなかったとはいえずっと彼女は後悔し続けてきた。

 

その贖罪を、彼女はデネボラへの忠を命を懸けて全うすることで果たそうというのだ。

 

「…わかりました。ファイブ、一緒に戦いましょう!」

 

「ありがとうございます…!」

 

彼女の意をデネボラは受け入れる。主の了承に感謝するように、深々とファイブは頭を下げた。

 

「ポラリス、アルタイルを頼む。俺たちを抜きにして出発してもいい、作戦を完遂させてくれ」

 

絶対の決意を宿すカノープスたち4人の眼差しにポラリスは苦い顔をしながらも重い首を渋々縦に振った。

 

「…承知した」

 

彼女の言葉を受けると踵を返し、虚空にスクリーンを展開するとマイクとカメラ機能を起動する。民間人たちを収容するシェルターに備え付けられたモニターにカノープスの仏頂面が映った。

 

「全バトルドレス、マーメイドに告げる。この秘密ドックにディンギルたちが攻撃を仕掛けてきた」

 

カノープスは下手に明かせばパニックを起こしかねない情報であるにもかかわらず、堂々と今起こっている襲撃を船の搭乗員全員に話す。当然、船の各ブロックの様子を捉えるモニター、そこに映る民間人や兵士たちに動揺の色が走る。

 

「カノープス、お前何を…!」

 

「このままいけば次元航行が始まる前に艦は破壊され、俺達は全滅する。次元航行システムの稼働率は現在80%だ、始動と出航までそう時間はかからない。だがそれよりも早く敵はこちらに到達する」

 

カノープスは淡々と現状を伝える。その度に、民衆の不安は増していく。

 

「NOAHの出航のためには誰かがNOAHを下りて時間稼ぎをする必要がある。ディンギル共と奴等に魂を売ったバカの足止めをな。だが今NOAHを下りるということはつまり、異世界で神の脅威から離れ、新たな平穏を掴む未来を捨てることになる」

 

カノープスはあえて冷酷な事実を告げる。そんなことは言わなくても皆分かり切っていた。今この船を降りれば希望のないこの世界に置き去りにされてしまうことぐらいは。

 

「俺とデネボラはこの船を下りる。今からこの船の出航のためディンギルたちを足止めする」

 

それは自殺を宣言するに等しい行為だった。民間人やバトルドレス、マーメイドたちが見せていた不安の色はカノープスの発言によって驚愕の色に一気に変わる。

 

「…もしもだ、己の生きる希望を、赤の他人に託せるお人好しのバカがいたら俺についてきてほしい。見知らぬ誰かのために命を賭して戦う覚悟がある奴は俺やデネボラと一緒に、皆の夢を叶えるためにクソったれディンギル共と戦おうじゃないか。余裕こいて俺達を見下すディンギル共に一泡吹かしてやろう。そして笑って祝おうじゃないか、俺達が抱き、託した夢の船出を」

 

自分が如何に愚かな願い事をしているかはカノープス自身が一番よくわかっている。誰が好き好んで船を下りて敵を足止めするという自殺行為に着いて行くだろうか。

 

だがそうしなければ全滅する。ようやく完成したNOAHという彼らの希望は悪辣な神の手に砕かれてしまうだろう。

 

最新鋭のバトルドレスと兵器を持つ彼ら4人の力だけでは大量の叶えし者たちを足止めすることはできない、だから皆の力が必要なのだ。その皆を動かすために、今カノープスの胸に煌煌と燃え盛る決意の炎を皆に伝えなければ、この状況を打破することは出来ない。

 

かつてのカノープスは孤独だった。雷鳥超という少年だった頃は友もなく、交通事故で足を失いサッカー選手になる夢も失った。だが後にアルタイルとなる戦斗怜亜の出会いが全てを変えた。彼の明るさが、凍てついた彼の心に熱い炎を灯した。

 

普段はそれを抑え、冷静に行動してきた彼だが今は違う。この身が燃え尽きるほどに燃やし、熱意のままに訴えかける。

 

自分達が助かる見込みはない。だがそれでも、己を犠牲にしてでもこの箱舟だけは出航させなければならない。

 

夢を捨てたのではない、新たな夢を抱いたのだ。NOAHを出航させ、皆の未来を切り開くという夢を。

 

そして、その切望と熱意の証明に思いっきり頭を下げる。

 

「頼む。お前たちの命を、俺にくれ」

 

 

 

 

 

 

 

『激しい攻撃を受け、船は半壊しながらも奇跡的に次元の狭間へと抜けた。しかしその時すでにこの船には…』

 

 

 

 

 

 

 

彼の言葉は多くの人間の心を動かした。カノープスの魂の訴えによって多くのバトルドレスとマーメイドたちは戦意を震え上がらせ、夢の船出のために己の未来を捨てて船を降り、覚悟を決めてディンギルと叶えし者たちの迎撃に向かった。

 

最大戦力をぶつけた東京戦線ですら破れなかった相手だ。勝てるはずもない、生き残る見込みがないのはわかっている。

 

だが勝敗はどうでもよかった。彼らの未来も思いも、全てNOAHに託した。いつか辿り着く世界で、彼らの思いを継ぎ、叶えてくれる者がいると信じているから。

 

NOAHのブリッジで二人、アルタイルとポラリスは懸命に次元航行システムの制御のためにキーボードを叩きシステムをコントロールしていた。

 

共に船に残ったイレブンとスリーは船内の民間人に紛れ込れ、シェルター内で暴動を起こしている叶えし者たちの鎮圧に向かっている。カノープスの訴えに応じず、残ったバトルドレスの中に叶えし者がいたのだ。大勢の戦闘員がいなくなったこの時をこれ幸いにと暴れ始めた。

 

故にこのブリッジにいる者はアルタイルとポラリス二人だけだ。

 

船を下りたカノープスとデネボラ、かけた二人の手を埋め合わせる勢いで二人は猛烈にその甲斐あって、モニター中央のシステム稼働率を示す数値は順調に伸びていった。

 

「システム稼働率、97%。いける、行けるぞ!」

 

アルタイルが喜びに口角を上げたその時、船全体を揺らす大きな震動が彼女らを襲った。

 

「ぐぅ…!」

 

「この揺れは…」

 

凄まじい震動に思わず二人はチェアから身を投げ出されてしまう。硬い床に身を打ちつけて幾分転がった。

 

「まさか、ここまで来て…!」

 

二人は悟る。4人やバトルドレスたちの奮闘も空しく、ドックに繋がる隔壁を突破されてしまったのだと。

 

モニターには今の船の損害を伝えるメッセージが次から次へと表示されていった。

 

「Eブロック、被害甚大!」

 

「Cブロックもだ、でもあそこには収容した民間人たちが…!」

 

Cブロックの破壊と言う事実にアルタイルが顔を真っ青にする。そのブロックには1万人もの民間人たちが集まっている。そこを

 

「…まだだ、まだFとD、Gブロックにも収容シェルターがある。エンジン部もまだ無事だ。そこをやられる前に何としてでも…!」

 

溢れ出す感情をどうにか抑え込んで、努めて冷静さを保ちながらポラリスは作業を続ける。

 

今ここで手を止めれば全てが台無しになってしまう。それだけは避けなければならない。例え再び死者を出すことになっても、残った者達のために彼女にはこの船を動かさなければならない責任がある。

 

命を捨てて足止めをしてくれたカノープスたちのためにも、ここで止まるわけにはいかないのだ。

 

しかしまたも、大きな爆音と震動が彼らを襲う。爆音の大きさも先ほどより大きく、ブリッジの近くが攻撃されたと二人は理解した。チェアにしっかり掴まってどうにか身を持っていかれそうな震動をこらえた。

 

その時、ビシィと天面から裂けるような音がした。それと同時にハッとした表情でアルタイルがポラリスを突き飛ばす。

 

「ポラリス!」

 

「!」

 

何が起こったかもわからぬまま突き飛ばされたポラリスはどさりと倒れる。それと入れ替わるように先ほどまで彼女が立っていた場所にガラガラと大きな瓦礫が落ちてきた。

 

「うっ…げほっ……ッ!!」

 

舞い上がる煙にせき込むポラリス。煙が晴れ、瓦礫の山が姿を現すとその中に埋もれた彼の姿を見て衝撃のあまりに呆然とした。

 

「あ…ある、たいる…?」

 

「…う」

 

ごぶっと血を吐き、苦悶に表情を歪めるアルタイル。腹部から下が完全に瓦礫に押しつぶされていた。

 

「おぬし、足が…!」

 

瓦礫の隙間からじわりと大量の血が広がる。同時に彼女は悟った。もう、アルタイルは助からないと。

 

「どうして妾を庇った…!真に生き残るべきはおぬしの方…」

 

「そりゃ…仲間のピンチを…放っておけないからに、決まっているだろう…?」

 

こんな状況であっても、アルタイルは太陽のような明るい笑みを弱々しいながらも浮かべる。

 

「お前という奴はッ…」

 

ぶわっとポラリスの目から涙が溢れる。自分より、他人を優先してしまう彼の優しさはいつも彼女たちを救ってきた。今まで通りだ、ただし今度は、己の命を引き換えにだが。

 

「ははっ、カノープスに…怒られるなぁ。生き残れって言われ…たのに」

 

「お前…死ぬな!お前が死んだら、誰が皆をまとめ上げる…!?」

 

前のめりに倒れ、瓦礫に胴体を潰されたアルタイルの手を涙ながらにさっと握る。

 

「…ポラリス…最後の、頼みを…聞いてくれ」

 

「…」

 

悲しみに肩を震わせながらも、アルタイルの言葉を聞き逃すまいとポラリスはこくりと頷いた。

 

「何が起こるか、わからないこの旅で……きっと、皆は迷うこともある。そんな時は君が…みんなを…導いて。昔の船人たちを導いた…北極星…みたいに」

 

「アルタイル…ッ!!」

 

その言葉を最後に、彼は事切れた。真っ先にシャスターの支配に異を唱え、反旗を翻した科学者。人の未来を人の手に取り戻そうとした革命軍のリーダー、その最後だった。

 

仲間の無慈悲な死に悲嘆に耽る間もなく続けてポラリスを襲ってきたのは今までよりさらに一段と大きな爆音と揺れだった。

 

「がっ!」

 

振動に襲われて鉄の床に頭を打ちつけてしまう。だが痛みをこらえ、立ち上がる。こんなもの、目の前で友を失った痛みに比べれば取るに足らない。

 

「うぅ…ああああああ!」

 

流れる涙をそのままに、溢れる感情を原動力にして再びキーボードをかつてない高速で打ち込む。

 

全ては散って逝った仲間のために。全ての思いを一身に受け、彼女は全力を尽くしてシステムを制御する。

 

そして待ち焦がれたその時は来た。

 

「システム稼働率100%…!」

 

モニターに表示されたそのメッセージにポラリスは息を切らしながらふっと泣き笑う。

 

「アルタイル、カノープス、デネボラ。お前たちの夢が、今……!」

 

彼女の脳裏に散って行った仲間たちの顔がいくつもよぎる。彼らの思いが今、結実したのだ。

 

しかしそのメッセージを上書きするように、さらなるメッセージが現れた。

 

F、D、Gブロック、被害甚大。それと一緒に表示されたそれぞれの状況を示す映像には敵の攻撃によって外壁ごと跡形もなく消し飛び、焼けたシェルターの様子が映っていた。民間人を収容していたシェルターが全て破壊されてしまったのだ。

 

「あ」

 

そうして全てが真っ白な光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『一人でも多くの命を救おうと足掻きに足掻いた結果、誰一人救えず、全てを失った…今でも夢に見るよ。死んでいった仲間たちの苦しむ姿を』

 

 

 

 

 

 

 

こうしてポラリスは自分の世界から脱出した。世界を脅かすディンギルの脅威から逃れ、カノープスたちの望み通り船は出航した。

 

船体は半分以上を破壊され、外壁が吹っ飛び船内を晒したまま万華鏡のように混沌の色が目まぐるしく変わる世界を航行する。あれだけの猛攻を受け、ここまで破壊されたのにもかかわらずだ。エンジン部の損傷は奇跡的になく、停止していないのは奇跡と言っても過言ではない。

 

どうにか出航し、安全を手に入れたはずのポラリスはブリッジでモニターを見つめたまま一人立ち尽くしていた。

 

「どうしよう……」

 

呼吸や目の渇きすら忘れて、ただ愕然と目を限界まで見開いたまま、脱力しその場にうなだれる。民間人を収容していたブロックはすべて破壊されてしまった。それはつまり。

 

一人絶望に暮れる中、ガタンとブリッジと廊下を繋ぐ鉄のドアが開かれる。

 

「ポラリス様!」

 

息も絶え絶えにドアを開けたのはイレブンだった。シェルターの暴動を鎮圧し、別のブロックに向かおうとしていた彼女は間一髪、ディンギルの攻撃から免れたのだ。

 

「ポラリス様、スリーが私を庇って…」

 

返り血を浴びて頬と髪を血に染め、瞳に涙をたたえてふらふらと室内へ進む。

 

黒い血を流すその手に握られているのはスリーが愛用していたビームウィップだった。叶えし者の凶刃からイレブンを守り、スリーは刺し違えた。

 

セブンに次いで付き合いの長い彼女の死は彼女の心に大きな悲嘆の影を落とした。

 

「いれ……ぶん」

 

入室に気付いたポラリスが、うなだれたまま首だけをゆっくりイレブンの方に向けた。

 

「ポラリス様…?」

 

目を見てすぐに彼女は気付いた。ポラリスが正気を失っていることに。そして彼女の視線はポラリスのすぐそばの瓦礫にうずもれている者に移る。

 

「あ、アルタイル様!」

 

瓦礫に胴を押しつぶされて倒れているその姿を見て慌てて彼の下へ走り寄る。夥しい出血量が彼女に彼の死を悟らせるのに数秒もかからなかった。

 

「そんな…!」

 

沈痛そうにイレブンは表情を歪める。彼女にとってもアルタイルとは主であるポラリスとは違って頼れるリーダー、太陽のような存在であった。そんな彼の死が、彼女の心に深い悲しみの影を落とす。

 

「どうしよう……いきのこったの……わらわと、いれぶんだけ……」

 

どうしようもなく震えて、今にも消えてしまいそうなほどにか細い声がポラリスから発せられた。

 

「みんな……しんじゃった」

 




エンジン部やブリッジに直撃しなかったのはカノープスたちが身を挺して攻撃を妨害したため。

次回、「討神の決意」

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