ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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第101話 「秘めてきた思い」

「…で、ウリエル。彼と実際に会った感想はどうだった?」

 

会議が終わり、誰もいなくなった会議室。会議の時のような賑わう議論も緊張感も失われ、静けさが戻って来たその部屋で椅子に腰かけたままのウリエルとポラリスは二人っきりで語らっていた。

 

彼女がこの世界に来てからの最初の協力者であり、レジスタンスでもイレブンに次いで付き合いの長いウリエルはポラリスとの間で他の協力者とは違う気の置けない関係を築いていた。時々NOAHに招かれ、今のように今後に関する真面目な話やそれとは関係のない雑談を繰り広げることも少なくはない。

 

だが二人の関係は恋人のような男女間の関係でもなければ、かといってただの協力者としての余所余所しさのある残るものでもない、当人たちにしかその距離感を正確につかむことのできない独特なものだ。

 

「深海悠河、彼なら問題ない。…悠のことも上手くいきそうな気がする」

 

グラスの水を啜り、ウリエルは答える。

 

彼が悠改め悠河と出会ったのは先日のロキ戦が初めてだった。ポラリスの嘆願でウリエルはイレギュラーなパワーアップを遂げたロキの対処に自ら出向き、足止めを仕掛けてきたフェンリルのクローンを討伐した。

 

単にロキの対処だけでなく今のグレモリー眷属、特に深海悠河の観察も兼ねて赴いたが今までのような見聞だけでなく実際に会うことで確信できた。人格、実力、彼がウリエルの信用に足り得る相手であることに。

 

「まだ悠河の心の奥深くで眠っているであろう悠の意識…その扱いは悩ましいところではあるな。今のあ奴は一つの体に二つの魂を有する状態。魔物や竜の魂を宿す神器所有者とは違い、通常の人間のキャパシティを越えておる。もし悠が覚醒し悠河の魂と衝突するようなことになれば……最悪、どちらかが消える可能性もある」

 

「二人に限ってそんなことはないだろう。どちらも不毛な争いは望まない。きっと、二人はうまく共存できるはずだ…むしろ、そうであってほしい」

 

「それがベストなのじゃが…色々面倒ごとが起こるが最悪、どちらかの意識をデータ化してクローンの体にインストールするのも手か」

 

「それが君には可能だと知ってはいるが、時々君は恐ろしいことを言うな…」

 

彼女の案にかなりひいたウリエルは会話の傍らで会議用に用意した資料を整理するポラリスに目をくれる。

 

「君の方はどうなんだ?深海悠河のことをどう思う?」

 

「個人的に妾はあ奴を好いておるよ。ひたむきで真っすぐで、なにより特撮ヒーローなど趣味の話ができる相手は貴重じゃ。イレブンは特撮ヒーローにはハマってくれず、寂しい思いをしてきたからのう。ディンギルの思惑を覆すイレギュラーな戦力としても一人の人間としても、あ奴とは良好な関係を維持したいと思っておる」

 

「ほう」

 

「まあ勿論、男女間の関係は求めてないがな。そういう感情はとうの昔に枯れ果てたしゼノヴィアに申し訳ないからのう」

 

くすくすとポラリスは気軽な調子で冗談を飛ばして笑う。しかし今の彼女の話は紛れもない本心だった。稽古や日々の何気ない雑談、モニター越しに見る彼の戦いぶりから彼女は悠河の人間性を観察し、好ましいものだと素直に評価していた。

 

「だから妾はこの一か月であ奴が妹を取り戻せるよう協力したいと本気で思っておる。ソルの二の舞は御免だし、できることなら最悪の結末を迎えて彼が大いに苦しむ姿は見とうない。助けられなかった時は、後のことは後じゃよ」

 

「私も同感だ。彼の気持ちは痛いほどわかる。だからこそ、彼に肉親を失うような目には合って欲しくない」

 

「ふふ、ガルドラボークの前で言えば怒られるな。互いに甘々なリーダーよのう」

 

「だが言われて悪い気はしないな」

 

ウリエルとポラリス、天界とレジスタンスをまとめ上げる二人のリーダーは談笑する。互いの悠河への本心を打ち明け、談笑しながらも彼の助けになるという思いを強くした。

 

そんなウリエルの目がすっと細くなった。

 

「…君は嘘つきだな。E×Eの情報、それに私とラファエルの秘密を伏せるとは」

 

「優しい嘘つきだと言ってほしいのう。流石に一度にあそこまで言ってしまうのは酷じゃろ」

 

今回の会議でポラリスはディンギル、神竜戦争、自身の過去など多くの情報を悠とゼノヴィアに公開した。だが彼女が持つ全ての重要な情報を公開したわけではない。今回公開されなかった情報の多くは、彼女が意図的に伏せた。

 

「ふっ、自分の世界を滅ぼされたという君の話も大概だがな」

 

「相当な時が流れたとはいえ、まだあの過去を話すのは辛い物がある。あまり話したくはないが…妾が妾であるために、あの過去は決して忘れてはならぬ。記憶を薄れさせないためにも今回は彼に話したのじゃ」

 

あの過去はポラリスにとってのトラウマであり、今を生きるための原動力でもある。数々の異世界を巡り、忘却の彼方へと追いやるようなときが過ぎた今でも、彼女はそれを決して忘れない。

 

「…私は君のようになりたくはないよ」

 

「妾の方から願い下げするわい、あんな思いをするのは妾とイレブンだけで十分じゃ」

 

そんな彼女の目が資料の中のとある項目に止まる。

 

「E×E、ディンギル…何故、この世界はこうも強大な敵に狙われ、破滅の運命を辿ろうとするのじゃろうな?」

 

今目を通すE×Eの資料を卓に置き、ポラリスはやがてこの世界に来る数々の脅威を思い浮かべる。

 

三柱の邪神を頂点とするE×E《エヴィー・エトゥルデ》を名乗る機械生命体、そして彼女らが目下敵対するディンギル。そのどちらもいずれは竜域に侵略行為を働き、甚大な被害をもたらす勢力だ。

 

だが何故、この世界ばかりがそれらの強大な勢力の標的にされてしまうのか。たまたま彼らがたどり着いただけか、彼らの住む世界と近い次元に存在するからか。それとも彼らのような脅威を引き寄せる何かがこの竜域にはあるのか。彼女はそれが不思議でならなかった。

 

「この世界が竜域、竜の世界だからじゃないのか?古くから言われているだろう、竜は力を呼ぶと。世界そのものが竜のものとなれば…」

 

「なるほどのう…だとしたら、奴等の言う『竜は悪魔だ』というセリフはあながち間違いではないな。竜もまた、ディンギルたちと同じく破滅をもたらす存在なのか。ディンギルは逆に竜たちに破滅をもたらされるのを恐れておるのか?」

 

首を捻って言うウリエルの回答にポラリスはしっくりくるものを得た。

 

神話の時代と比べればその数は激減したとはいえ、未だ多くの龍は住処を移し健在している。特に龍王は元龍王も含めて5体は存命しており、内一体と彼らを凌駕する力を秘めた天龍は神器に封印されながらもその意識は覚醒している。

 

そして極めつけに次元の狭間を泳ぐ赤龍神帝グレートレッドと無限を体現するドラゴン、オーフィス。世界のどんな強者も敵わないドラゴンの存在はある意味、この世界の頂点には神ではなく竜が君臨し、世界は竜のものであるという証左にも思える。

 

そして強い力は更なる強い力を呼び、ドラゴンは強い力を呼ぶ。最強の2体のドラゴンや天龍、龍王の存在がある意味E×Eやディンギルのような災厄を呼ぶのだと言っても過言ではないだろう。

 

「兵藤一誠たちはそうではない。むしろ私たちの希望だ。彼無くして運命の打破はあり得ない」

 

しかしウリエルは固くかぶりを振る。

 

彼は兵藤一誠が救世の希望であることをレジスタンスの誰よりも知っている。超既視感の夢の中などで彼の戦いぶりを見てきたウリエルは万に一つも兵藤一誠が世界の脅威になることなどあり得ないのだということを世界の誰よりも確信しているのだ。

 

「そうじゃな。ディンギルに破滅をもたらすのは我々じゃからのう」

 

と、ポラリスは手元の資料を手に取ってほくそ笑む。そこに書かれているのはレジスタンスの最重要事項、プロジェクトロンギヌスの概要である。

 

レジスタンスに与する者、特にポラリスにとってこの計画の完遂は悲願だ。今までの旅やこの世界で得たもの、ウリエルの情報をもとに彼女はこの計画を綿密に練り上げその実現に奔走してきた。

 

そして計画にないイレギュラーは起こった。更なる異界からやって来た深海兄弟はそれぞれポラリス側、ディンギル側に付き正史の流れに沿いながらも本来あり得ない二人の介入は予測不可能なイレギュラーを引き起こす。

 

グレモリー眷属たちと協力し、絆を深めて彼らの助けになりながら力を付ける悠河は容認できる。しかし上級ディンギルのアルルに憑依され彼女が本来行使していただろうネクロムの力とその体を奴等の企みの一助にされている凛には客観的に見て容認しがたい部分がある。

 

本来ならすぐに対処すべきではあるが、悠河の事情や過去のソルの凶行もあってどうにか彼女を助けたい思いもある。彼女を助けて、こちら側に引き入れさらなるイレギュラーの戦力増強につながれば彼女としては万々歳だ。しかしそう思う一方で悠河を無視して彼女ごとアルルを潰せば、悠河との不和を生むことにはなるが結果として今後の大きな憂いを排除できるという冷徹な考えも彼女の中にはあった。

 

そんな二つの思いに彼女は板挟みにされていた。だが悠河のように思いの狭間で大いに悩み、苦しんでいるわけではない。数多くの経験を積み、様々な選択を迫られてきた彼女はいざとなれば躊躇なく冷徹な判断を下せるし、凛が救われようと彼女ごとアルルが滅ぼされようとどっちに転んでも彼女の利になることには違いない。だからこそ、彼女は期限付きとはいえ悠河にすべてを任せる判断をした。

 

「…天王寺大和は?」

 

ほくそ笑むポラリスにウリエルは細めた目をやると、ふいに問いかける。ウリエルが将来のことで憂う事柄は二つ。一つはディンギルやE×E襲来による世界の終末。そしてもう一つは天王寺大和という男のことだ。

 

「フランス外人部隊に所属していたはずが、いつの間にか除隊しておった。日本に帰ったわけでもなく、それっきり足取りがつかめぬ」

 

ディンギルや叶えし者たちの動向、神祖の仮面の調査など多岐にわたる情報を収集する傍らでポラリスはウリエルの依頼で彼の足取りを調査していた。

 

しかし数か月前に突然の除隊以来、彼はその行方を完全にくらませた。弟の飛鳥への連絡は変わらず取り続けているようだが、あいも変わらず商社で働いていると言っておりそこから今の彼の所在につながる情報は全くない。

 

「…嫌な予感がする」

 

芽生えた悪寒に眉を顰めるウリエル。まだ鮮明に覚えている過去の光景が脳裏によぎり、彼を震えさせる。

 

「そうじゃな…『また』彼が魔王になるかもしれぬな」

 

「そんなことにはさせない!…絶対にだ」

 

ふとした彼女の言葉がウリエルを熱くさせた。がたっと立ち上がり声を荒げる彼にも彼女は普段の飄々とした態度を崩さない。

 

「随分と熱くなるのう。常々言うがその優しさは美徳じゃ。だが大局を見失い私情に走るのは愚行でしかないよ」

 

彼女の目と言葉が、彼の一瞬にして感情を冷ましていく。

 

「…わかっている。禍の団との戦いはディンギルやE×E共の戦争の前哨戦でしかない。私やミカエルも準備を整えるさ、そのために軍備を増強してきた」

 

「それでいい。妾やイレブン、彼も備えるよ。いずれ来る、第二次神竜戦争のためにな」

 

そう言って彼女がまとめ上げた資料の一番上には、中央に青いコアが埋め込まれた白と灰色のドライバーが描かれていた。

 

彼女が練り上げた計画が、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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会議が終わり、俺は自分の部屋に戻った。当然、同じ扉から入って来たゼノヴィアも一緒だ。

 

「まさか、裏であんな女と繋がっていたとはね」

 

「ごめん…」

 

「責めてるわけじゃない。君も君なりに私たちのことを考えてくれていたんだろう?私も君と同じになった今、気にすることはないさ」

 

「……」

 

「ガルドラボークに言われたことを気にしているのか?」

 

俺の表情に差す影に気付くゼノヴィア。彼女の言う通り、今の俺はポラリスとの関係を隠していたことより、ガルドラボークさんに指摘されたことを気にかけていた。

 

「…あの人の言い分に俺は何一つ言い返せなかった。あの人の言っていることが正しいのはわかってる、でも俺は…唯一の妹を見捨てることなんでできない」

 

前の世界で俺は凛を事故で無くした。突然すぎる、理不尽な事故に俺は犯人を恨んだ。何度そいつに凛と同じ様な苦しい目に遭わせてやりたいと思ったか。だが恨んだ犯人もその事故で一緒に死んだことでやり場のない悲しみと怒りを抱えて生きてきた。

 

そんな中、俺は異世界でもう二度と会えないと思っていた妹に会えた。厳密に言えば俺が会ったのは彼女の体に憑依していたアルルだったが、それでも俺は妹と過ごす日々を取り戻す機会を手に入れた。逃したくない、今度こそ世の理不尽から妹を守ってやりたい。

 

「それをあの人は甘いだの、エゴイストだと言う。俺は本当に今のままでいいんだろうか」

 

凛を救う、それは俺が戦い続けてきた理由の一つでもある。今まで誰も否定しなかったそれを真っ向から否定された今、俺の中に揺らぎが生じていた。果たしてそんな個人的な感情を抱いたまま戦い続けていいのだろうか?

 

「それでもいいんじゃないかな」

 

「えっ」

 

しかしそんな悩みを彼女はばっさりと切り捨てた。あまりにもあっさりとした返答に俺はきょとんとした。

 

「あの時言い返したところで現状は何も変わらない。ああいう男を認めさせるには言葉より行動だ。君が為すべきことを成し遂げればガルドラボークはいやでも君を認める」

 

いつものように大胆不敵に笑む彼女はぐっと拳を握る。

 

「妹を助け、アルルを打ち倒す。そうすれば誰も文句なんて言わないさ。言葉より行動だ。言い返すより、見返してやれ」

 

「…ははっ」

 

何て挑戦的で、短絡的だろう。考えることをはなっからやめて、愚直に為すと決めたことを為す。彼女の挑戦的な言葉にさっきまで悩んでいたのが馬鹿らしくなって思わず笑いがこぼれた。

 

「何か変なことでも言ったか?」

 

「いや、お前らしいなって…でもお前の言うことももっともだ」

 

迷いを完全に晴らし、己に気合を入れ直すために自分の両頬をパンパンと軽く叩く。

 

「妹を助ける、そこを曲げたらダメだよな。そうだ、凛を解放する、アルルはぶっ飛ばす!あの人に言われる前からそれは決まっていた。変わることはない。為すべきことは全部成し遂げて、言いたい放題だったあの人にぎゃふんと言わせてみせるさ」

 

「それでこそ、私が認めた男だよ」

 

結局はやるべきことは変わらないのだ。やるべきことはやり通すしかない。結果を残せば必ず周りは認めてくれる。今までのグレモリー眷属や俺がそうだったように。

 

だから今回も同じように、凛を助けてアルルをぶっ飛ばす。そうすればあれだけ否定的だったガルドラボークさんも文句は言えないだろう。

 

考える前に動く、言葉より行動を重んじる彼女らしい言葉は俺の迷いをあっという間に吹き消してくれた。

 

だがまだ俺には気になることがあった。それは悩みというよりは、心配に近い事柄だ。

 

「…なあ、本当に良かったのか?」

 

「何がだ?」

 

「いや、お前がレジスタンスに入ったことだよ。お前も一緒に来る必要なんてないのに」

 

急なゼノヴィアのレジスタンス入りはその場に居合わせた俺を大いに驚かせた。あまり深く物事を考えない彼女らしい大胆な行動。しかしディンギルとの敵対を宣言してレジスタンスの目的と一致したとはいえ、聞かずにはいられなかった。

 

彼女が悪魔に転生した時は聖書の神の不在を知り、精神的に参っていたのもあって半ばやけくそ気味だったが今回は違う。もっと精神的に余裕があった。それなのに後先考えずに勢いだけでこんな選択をして後悔することになっては責任を取り切れない。

 

今までそうだった俺は兎も角、彼女は仲間に隠し事を作ることになってしまった。あんなにも心配かけてくれた彼女に自分の都合に付き合わせ、挙句の果てに負担を背負わせるなんてしていいのだろうか。

 

「いいんだ。これは私がそうしたいと望んだことだ」

 

だが俺の憂慮とは逆に、彼女はむしろすがすがしさすらある表情でそう言い切った。逆に何故、彼女がそれを望んだのか不思議に思った。

 

「私だけだ」

 

「?」

 

「私だけが君の全部を知っている。そう思うと、なんだか君を独り占めしているような気がするんだ。それがとても…嬉しくて」

 

「そ、そうなのか…?」

 

俺を独り占めできて嬉しいなんてあの話し合いの中でそんなことを考えていたのか…。そう思われるのは悪い気はしないが。本人が気にしていないなら、それでいいか。

 

「君の事情もこの数日で大体わかった。他の世界から来たこと、レジスタンスと繋がっていたこと、そして妹を取り戻したいと思っていること…君が抱えてきたものは全てわかったよ。でももう一人で苦しむ必要はない、私がいるからな」

 

全てを明かした今、こちらに向けてくれる彼女の笑顔が今までになく太陽のように明るくて陽光のように心安らぐ温かなものに感じた。彼女の笑顔がここまで安らぎ、心にしみわたるものに感じたのは初めてだ。

 

「…ありがとう。こんな俺についてきてくれて」

 

「礼はいらないさ、むしろ君だからこそついてきたんだからな」

 

彼女が寄せてくれる優しさに礼の言葉がぽつりと出た。それに彼女は微笑み返す。

 

彼女が心配してくれなければ俺はとっくに心が砕けていたかもしれない。彼女の優しさがあったからこそ、彼女がいてくれたからこそ今の楽しい毎日が、今の俺がある。

 

「……」

 

今この部屋には二人っきり、仄かな月光が窓から差し込む夜。そして今俺達の間に流れるこの雰囲気。今ならいける気がする。

 

「…あ、あの、その。俺から…言いたいことがある」

 

おずおずと俺は話を切り出す。俺が隠してきた全てが明かされた今、ようやくこの思いを言える。

 

「何だ?言ってみろ」

 

「その…今まで俺は自分のこと隠してきて…仲間にすら黙ってる自分がこんなことを思うのはおこがましいって…ずっと思ってきた」

 

会議の時以上の緊張、そして話を進めようとするたびに込み上げてくる気恥ずかしさに絡みつかれながらも、俺はそれから抜け出ようと必死に足掻くように思いを口にしていく。

 

ロキとの戦いまで俺はレジスタンスのことも異世界のことも、自分に関することは何もかもゼノヴィアや兵藤たちに伏せて一緒に戦ってきた。仲間に信じられながらも、自分のことを何一つ言わずにいるのが自分はあいつらをは仲間だと言っておきながら信じてないんだと感じて、辛かった。言えない自分が悔しかったし、万が一あいつらが愛想が尽きた時のことが怖くて仕方なかった。

 

でも何より苦しかったのが、こんなにも自分に好意を寄せてくれるゼノヴィアの思いに応えられなかったことだった。ずっと彼女の行為に応えたかった。でも自分みたいな嘘つきが、そんなことをするのはおこがましいのだという思いが俺をがんじがらめにして、もっともらしい理由を付けて彼女の誘いを拒絶し続けてしまった。

 

そうして俺は心にふっと沸いたその思いを、押し殺した。

 

「でも、お前がフェンリルに一回殺されるのを見て、本当にどうしようもないくらいに悲しくなって…今までも俺のことをこんなに心配してくれて…やっぱり、俺はそうなんだってわかった」

 

だが度重なる戦いで傷つく彼女の姿を見るたびに、悲しくなった。果てにはウリエルさんが時間を巻き戻したとはいえ一度は死なせてしまった。ロキに力を封じられて戦えなくなり、ただのお荷物になった俺を助けるために果敢にも彼女は命を散らした。

 

目の前の彼女の窮地に何もできず、死なせてしまった時の嘆きは今も胸の内に残っている。強い悔恨の念で自分を責めた。どうして今まで彼女の好意に応えようとせず、逃げてきたのか。俺に拒絶されたまま死んでいった彼女が報われないじゃないかと。

 

彼女を失ってようやく押し殺していた感情を強く認識し、認めざるを得なくなった。

 

俺は彼女のことが…。

 

「?」

 

「あ、あのだな!」

 

長らく秘め続けてきた思いを、ありったけの勇気を振り絞って吐き出す。

 

「お、俺。お前のことが…ずっと…言えなかったけど……ずっと!」

 

そして最も重要な言葉を、半ば叫ぶように言う。

 

「好きだったんだよ!」

 

「!!」

 

「でももう嘘はつかない。俺はお前のことが好きだ、ずっと好きだったんだよ。だから、俺と付き合ってくれ。俺の恋人になってくれ!!」

 

畳みかけるように思いの奔流を言葉にして頭をぐいんと下げ、彼女の意思を求める手をバッと差し出す。

 

俺はこういうことを言うのは初めてだし、何一つ捻った言葉は思いつかない。だからストレートに言う。これしかやり方はわからない。

 

これが今まで押し込めてきた彼女に対する思いの全て。全てを彼女に告げた、悔いはない。例え、散々拒絶し逃げ続けてきた俺が逆に彼女に拒絶されることになろうとも。

 

しばらくしても彼女はうんともすんとも言わなかった。彼女の反応が気になってちらりと顔を上げて見ると。

 

「…しい」

 

肩をわなわなと震わせて、目元を手で押さえている。

 

「…な、何か傷つくようなことでも言った?」

 

「いや、嬉しいんだ。涙が出るほど…嬉しい。今まで君に言われたことの中で一番嬉しい言葉だ…!」

 

抑えていた手を彼女は拭うと、隠されていた赤く染まった顔が明らかになる。涙を流しながら満面の笑みを見せる、泣き笑いをしていた。

 

「実を言うと、私も同じことを君に言おうと思っていた。でも、この喜びをかみしめることが出来たから、言われる側でよかったと心の底から思うよ」

 

「と、いうことは…」

 

「君の申し出を喜んで受けよう。私からもよろしく頼むよ」

 

「やった……!!」

 

表情を思いっきり喜びにクシャっと歪めて天井を仰ぐ。飛び跳ねるくらいに嬉しかった。緊張の反動と言わんばかりに歓喜の感情が体中を駆け巡る。

 

俺の全身を使った喜びっぷりに彼女も愉快そうに苦笑した。

 

「ふふっ、そんなに嬉しいか?私もだよ。…なあ、君とそういう関係になれた時、最初にしたいと思っていたことがあるんだ」

 

「実は俺も…」

 

「ふふっ、これが偉人電人というやつだな」

 

それは以心伝心だというツッコミはさておき、その行為がそれだという確信に動かされて俺達は自然にそっと互いの距離を詰め、密着する。俺たちの間に、ぴたりと手と手を合わせ、脈打つ彼女の鼓動を直に感じる。

 

「……」

 

切ないものを訴えてくる彼女の眼差しが彼女を求める思いをより強く煽る。

 

だんだんと近づく距離。止まらない、躊躇わない。そしてそのまま互いの唇を重ね合わせる。

 

柔らかくて、温かい。この感触が俺の心を幸福な感情で満たしていく。

 

俺にとっても、恐らく彼女にとってもファーストキス。俺にここまで好意を抱いてくれる女の子も、こんな経験も前の世界ではなかった。今感じる全てが新しくて、何より幸せだ。ようやく交わった俺達の思いに浸るようにキスはしばし続いた。

 

やがて唇をすっと離す。

 

「な、なんか…恥ずかしいな」

 

慣れないことに込み上げる気恥ずかしさが俺の顔を今までになく真っ赤に染める。

 

「ふふっ、そんなに照れる必要はない。これからもっと、私たちは親密になるからな」

 

そんな俺に悪戯っぽく笑みを浮かべると、突然俺をベッドに突き飛ばした。

 

「おわっ…!」

 

柔らかなベッドは勢いよく倒れる体を優しく受け止める。さらに後追うゼノヴィアもベッドの上に上がると、横になった俺の体にずんと馬乗りになった。

 

「君と私の関係は恋人、ちゃんと手順を踏んだ恋人同士の行為なら君もためらう理由はないだろう?」

 

さらに息継ぐ間もなくさっとシャツを脱ぎ捨てると、手際よくブラジャーのホックを外し、ほっぽり出す。

 

惜しげもなく露わになった豊満な胸は突然の行動に困惑している俺の情欲を煽る。

 

「それに…私を散々待たせてきたんだ。今夜は、たっぷり私に付き合ってもらうからな」

 

「……」

 

今度こそはと、切ない思いに潤む瞳が真っすぐ情熱的に俺の戸惑いを映し出す。

 

俺は彼女の裸体を前に、いつものように慌てふためいて手で目を覆い隠したり、目を背けたりはしなかった。

 

彼女への告白が成功したことで俺の中で、何かが変わっていた。

 

「その……俺も、初めてだから、痛い思いをさせるかもしれないけど…」

 

「構わないよ、私も初めてなんだ。でも君が相手ならいくらでも耐えられるさ」

 

「…なら」

 

ばっと上体を起こして、目線を同じくして彼女の両肩に手を添える。

 

「我慢してきたのは俺も同じだ。もう、我慢しないからな」

 

「ふふっ、そう来なくっちゃな」

 

その言葉を口火に、俺はまた唇を彼女の艶やかな艶を持つ唇へ添える。唇から唇へ、俺から彼女、彼女から俺へと互いの熱が伝わる。

 

思いを通わせるその行為に夢中になって、舌を絡め合う。お互い募りに募らせた想いが溶け合い、一つになっていく。

 

その夜、互いに心にしたためてきた真なる愛を確かめ合った。




次回で実に長かったラグナロク編は終了です。

次回、「放課後のラグナロク」

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