現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
先制の案内の下、ホテルから抜け出した俺はグレモリー眷属のメンバーと合流し街中のとある風情のある料亭へ訪れた。
名は『大楽』。そこに今回皆を呼んだ魔王様がいるのだという。中に入ると、外観に違わぬ輪の雰囲気たっぷりの通路を抜けて個室に通される。
戸を開けて、部屋の中で待っていたのは。
「やっほー!グレモリー眷属とシトリー眷属の皆♪この間ぶりね!」
俺たちの顔を見るや、天真爛漫を体現するような可愛らしい明るい笑顔で迎え入れたのはセラフォルー・レヴィアタンさん。この和室に馴染むように彼女も着物を着こなしていた。
「お久しぶりです」
「もう、そんなに硬くしなくたっていいのよ?レヴィアたんでいいからね♪」
「え、あっ、はい…」
彼女のきゃぴきゃぴとしたオーラに気圧され、思わずそらした目線の先にいたのは。
「匙」
「よっ。紀伊国…じゃなくて、深海なのか。修学旅行、楽しんでるか?」
座布団の上に座す匙たち生徒会組。『騎士』の巡さん、『戦車』の由良さん、『僧侶』の花戒さんと草下さんたち2年生もこちらに気付くと手を振ったりするなどして会釈した。
シトリー眷属にも俺の事情やポラリスさんがもたらしたディンギルの情報は行き渡っている。変に前世絡みのことを隠し必要もないから気が楽だ。
…ただ、こういう事態で集まり、顔を合わせることはあっても基本匙や会長さん以外の生徒会組とは接点がないに等しいので隠す隠さない以前の所もあるが。
「勿論、早速伏見稲荷に行ってきたぜ」
「マジか、明日行く予定なんだよ。今日の午後は先生の手伝いで何もできなかった…」
「それはお疲れだな…」
匙の話で苦労を思い出したように、他の生徒会組の表情もやや疲れたものになった。彼らの働きが明日の楽しい散策で報われることを願うばかりだ。
「さ、座って。ここの京野菜、美味しいからどんどん食べてってね♪お代は全部アザゼルちゃん持ちだから!」
レヴィアタン様に勧められて俺達も続々と座布団に座る。既に背の低いテーブルの上に並べられた京野菜たっぷりの料理の数々が、出来立てであることの所作として温かな湯気を立ち昇らせる。
「じゃんけんに負けたんだよ」
ふと先生に視線をやると、やや不満そうな顔をした。
「よし、じゃあどんどん食べてお代増やすぞ」
「そうだな」
「ちったぁ遠慮しろお前ら!」
それからレヴィアタン様に勧められるがままに、俺たちは卓に並んだ料理を堪能した。夕食後ということでそこまで入らないだろうと思っていたが、これがなかなか美味で箸が進んだ。
食事もひと段落着いたところで、俺の方から本題を訊ねた。
「それで、レヴィアタン様は何故この京都に?」
「私は魔王の中でも外交担当だから、京都の妖怪と協力体制を作るために来たのよ!」
四大魔王の中でも現アスモデウス様は軍事担当、レーティングゲームの創始者の現ベルゼブブ様は技術担当、そして目の前にいるレヴィアタンさんは他の勢力との外交に携わっている。
ぶっちゃけ自分の妹が授業参観のこと黙っていたから天界に攻め込もうかなんて言い出す人に外交を任せていいのだろうかと思いはしたが、逆に四大魔王の中でもサーゼクスさんと並ぶ民衆受けの良さとその素直さと底抜けの明るい性格があればこそ他の勢力と対話を任されたのかもしれない。
…それかもしくは、魔王のリーダーたるルシファーということで職務の多いサーゼクスさん以外の魔王様が性質上あまり外交に向かないからか。会ったことがないから判断しようがないが。
「けれど…今、大変なことになっているみたいでね」
きゃぴきゃぴとした表情が一転、難しい表情に変わる。
「大変なこと、というのは?」
「ここにすむ妖怪からの連絡によると、つい先日ここ一帯の妖怪を統べる九尾の御大将が行方不明になっているそうなの」
それは大事件だな。協力体制を結ぼうにも、交渉する相手がいないならどうしようもない。レヴィアタン様も大いに面食らったことだろう。
しかし九尾と言えば、狐の妖怪か。…狐の妖怪?今日、それらしき少女を見かけたような。
「それってまさか…」
「そのまさかよ、アザゼルちゃんから報告を聞いたけどその通りなの。多分、というより間違いなくあなたたちを襲ったのはその御大将の娘よ」
あの狐耳の少女か。母を助けたい一心で部下を率いて俺達に襲撃をかけるとは、まだ幼いながらも、しっかりした芯を持っていると見た。まあ襲った俺達は一切事件に関係ないんだが。
「そして今どき、そんなことをしでかす連中といやぁ一つしかねえ」
ぐびっと酒を呷る先生が言う。その先の言葉が読めた俺は先生の言葉を継ぐ。
「禍の団か」
「正解」
「お、お前らまた厄介ごとに首突っ込んだのか…」
声を震わせ、眉をピクつかせる匙。また、とは心外だな。
「突っ込んだんじゃない、巻き込まれたんだよ…全く、楽しい楽しい修学旅行にさっそく厄介ごとを起こしてくれたな。俺が怒りたい気分だ」
早速修学旅行を台無しにするような事件を起こしてくれた首謀者の顔を拝んでみたいところだ。当然拝めたら、怒りを込めて殴って落とし前付けさせるけどな。
「俺達教師の側としても、生徒の面倒を見るので手一杯なんだが…やってくれるぜ」
忌々し気に吐く先生はやってられないと言わんばかりにさらに酒を飲む。
「いずれにせよ、この件はまだ公にはできないわ。私は京都の妖怪と協力しながらどうにかことを収めるつもりよ」
「俺も独自で動くとしよう。連中にしっかり落とし前をつけさてやらねえとな」
「先生、俺たちは…」
こんな大ごとになった以上、俺達生徒も何もしないという訳にはいかないだろう。楽しい修学旅行の時間が削られるのは口惜しいが、危機を前にそうは言ってられない。
「何かあったら呼ぶ。でもお前らにとって貴重な修学旅行だ、俺達大人ができるだけ何とかするからお前たちは楽しんでくれ」
「そうよ?私も京都を楽しんじゃうから、皆も楽しんでいってね!」
にこっと笑いかけるレヴィアタン様はいかにも楽しむ気満々だ。俺達生徒はもちろん、大人たちも大いに楽しむようだ。
この事件、先生たちで解決できるならそれに越したことはないが…。そううまくはいかないだろうな。
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翌日の朝、ホテルのロビーに集まったのは俺と天王寺、ゼノヴィアと御影さん、そして上柚木。上柚木班の5人がそれぞれ鞄を持って班長の上柚木の指示の下、入念な予定と荷物の確認を行う。
「さて、忘れ物はないかしら?」
「ばっちり荷物はチェック済みだよ」
「右、じゃなくて左に同じ!」
「わ、忘れ物はありません!」
「3度もチェックした。1000%忘れ物はない」
財布も持ったしスマホ、飲み物の用意もばっちりだ。
全員の確認を終えると、ふっと上柚木が笑った。
「それじゃ、京都ツアーに行くわよ」
一番最初に訪れた観光地は二条城。江戸時代に徳川家康によって造営されたこの城は城にしては珍しく、平屋のような低さながらも随所に施された金色の装飾が美しい。
今、俺たちの眼前に建つ御殿こそ二の丸御殿。国宝に指定されるこの御殿は二条城において最も有名な場所と言っても過言ではない。
「色んな国の城を見てきたが、やはりこの国の城の様式は変わっているな。私の思っていた城よりも随分と低くて小さいが…」
自身にとって初めての日本の城となるこの二条城を、興味深そうに見回しながらゼノヴィアが言う。
「ゼノヴィアはんは色んな国に行ったことあるんか?」
「む、そうだな。しご…じゃなくて事情があって色んな国を飛び回っていたんだ」
仕事っていうのは教会の戦士として各地の悪魔を退治することだろう。一般人の手前、そんなことは言えないからぼやかしたって感じか。
「へー!」
「でしたら、今度その時のお話を聞いてみたいです」
「僕も僕も!」
「私も興味あるわ」
「わかった、ならバスに乗った時に話すよ」
皆、ゼノヴィアの昔話に興味津々だった。そう言えば、彼女の教会時代の話はあまり聞かないな。多分こっちが聞かないから言わないだけなのかもだが。今度、二人になった時に聞いてみよう。
江戸時代初期に確立されたという書院造の建物内を、どこか厳かな心持ちでぎしぎしと木の軋むような音と共に歩く。
「おお、金だ」
棟内を進むたびに威風堂々とした存在感をその黄金色と共に放つ松の障壁画を見かけるが、それが視界に入るたびにその美しさに足を止めてしまいそうになる。
「あっ、ここ教科書で見たぞ!」
ゼノヴィアが指をさして声を上げたのは梅の花と松が描かれた障壁画。後から知ったがここの黒書院と呼ばれる場所は将軍家に近しい大名や公家の越権に使われていたという。
彼女が言っているのは多分、日本史の教科書で大政奉還の辺りで掲載される図のことだ。確かに自分も大政奉還といえば、あの絵が思い浮かぶ。
「ちなみにさっきから歩くたびにぎしぎし音が鳴っているけど、そうなるように造られているからなのよ」
「どうしてだ?」
「鴬張りといって、ここを歩けば軋む音が鳴るからそれで夜間でも侵入者がわかるっていう仕組みなの」
「そんな仕組みがあったんですね…」
上柚木の博識な解説に床を見下ろし感嘆の声を上げる御影さん。
「ニンジャが歩いてもバレるのか?」
ふとした疑問を投げかけるのはゼノヴィア。思いもよらぬ疑問に若干上柚木は戸惑いの表情を見せる。
「それは…バレるんじゃないかしら」
「おお、ニンジャの侵入も暴く日本の建築、恐るべしだな……」
するとゼノヴィアは感嘆の面持ちを見せた。外国人ってのはどうしてニンジャやサムライに憧れじみた思いを抱くのだろうか。
最後に和の風情たっぷりの庭園の景観をその眼に焼き付け、幕末の雰囲気残る二条城を後にした俺たちが次に向かったのは、北野天満宮。
本殿へと参拝するために俺たちは一際大きく、立派な作りの三光門をくぐる。この三光とは太陽、月、そして夜空に輝く星のことを指しており、太陽と月を表す彫刻がどこかにある。
上柚木がその話をすると、班はその太陽と月の彫刻を探してみようということになり。
「あったで、太陽の彫刻!」
「月の彫刻見つけました!」
天王寺と御影さんが元気よく発見を知らせる。
「星の彫刻はどこだ?」
「星だけないの。ちょうどこの門の真上の空に北極星が輝くから、それが彫刻の代わりになってるのよ。『星欠けの三光門』なんてここの七不思議になっているそうよ」
「北極星…」
馴染みの人の名前の由来になっているその単語に思わず苦笑する。
ふと脳内に、この三光門の上空でピカーンと瞬く北極星…ポラリスさんのどや顔を思い浮かべてしまった。
『妾がいつでも見守っておるぞ』
普通にスキエンティアとかを使って俺らのスマホ経由でマジでいつでも俺たちの動向見てそう。
三光門の話はほどほどに、目的の本殿へと進む。来るのを待っていたぞと言わんばかりに重厚な存在感を持つ本殿の堂々かつな外観に自然と心が引き締まるような感じがした。
「ここに祀られているのは学問の神様、菅原道真公よ」
「菅原道真?人の名前だが神様なのか?」
「昔は政府の役人だったんだけど、道真に反感を抱いていた貴族たちに無実の罪を着せられて左遷。死後に彼の左遷に関わった人たちや都が災厄に見舞われたことから彼の怨霊の仕業だと恐れられて、それを鎮めるために神様としてここに祀られるようになったのよ」
「ム…人が神になって祀られる…か」
博識な上柚木の解説に、ゼノヴィアは少し理解できないといった難しい表情を浮かべる。
「キリスト教で言うなら、敬虔な信徒が死後に聖人として列聖するのと似た様なモノよ」
「なるほど、それならわかりやすいな」
と、彼女の補足に今度は得心したと手をポンと叩いた。家がキリスト教だという彼女だからこそゼノヴィアの感覚に合わせた補足解説ができたのだろう。
「上柚木は物知りだな」
「勉学は学生の本分よ。行く前にしっかり調べておいたわ」
上柚木は誇るわけでも威張るわけでもなく、何でもないことのように言う。
流石は学年トップクラスの成績を誇る優等生。その凛然たる立ち振る舞いと優秀な成績から彼女が会長さんの跡を継ぐ次期生徒会長になるのではという声も多くはないらしい。彼女を近くで見る俺自身も、彼女が生徒会長になっても立派に務めを果たしてくれるという確信があるのだから違いない。
「皆、お参りしていくで!学生やからしっかりテストでいい点数取れたり受験がうまくいくようお願いせんとな!」
「来年は受験だから、しっかりお参りしないと…」
優等生らしく、勉学のことなら真剣だと引き締まった表情で上柚木は本殿へ向かう。
将来のことはまだ考えていない。だが多分受験はするだろうし学生である以上は勉学に励まなくてはならない。
ここでしっかり、成績向上、学業成就を学問の神様に願っていこう。
本殿にてしっかりとこれからの学生生活の無事と勉学向上を祈願して北野天満宮から次の観光地への移動中。太陽が温かい昼時になり、歩いて腹も空いたということで上柚木班は道中に見つけた個人店のうどん屋で昼食を取ることにした。
選んだメニューは俺と御影さんはシンプルイズベストなかけうどん。ゼノヴィアはがっつり力を付けたいということで肉うどん、上柚木はこの店の名物だという京野菜を存分に使った野菜うどんなるメニューだ。
もちろん肉うどんなどのトッピングがあるうどんもおいしいが、やはりその店のあらゆるうどんのベースが知れるかけうどんが一番というのが俺の好みだ。
そう、俺のうどんには七味もいらない。うどんを彩る具材はネギと天かす、そしてかまぼこで十分なのだ。
「お出汁が効いててすごくおいしいです」
「口コミとか調べずに入ったけど正解だったな」
店に入る前に何もスマホで調べなかったが、学問でないにせよ伏見稲荷や北野天満宮でお参りした甲斐があったみたいだ。おかげでこんなに美味しいうどん屋に巡り合えた。
食事の途中、どこか不思議そうな様子で天王寺が俺のうどんを眺めていた。
「どうした?」
「…悠君のうどん、昔と比べてえらいシンプルになったな」
「え、前はどんなのだった?」
「ごっつトッピング乗せてたで。天ぷらとか、七味とか。食べきれるかなって心配したけど、けろっとたいらげとったわ」
「…昔の俺って割と大食いだったのか」
もしかして彼女らの知る昔の俺ってもうちょっと太ってたりするのか?だとしたら、入院生活でちょうどいい塩梅に痩せられたのかもしれないな。
向かい合って座る上柚木とゼノヴィアは。
「外国の人って、麺を啜って食べるのが苦手って聞いたけど。ゼノヴィアは大丈夫なのかしら?」
「ん、私も最初は苦手だったが周りを見ていたら自然と自分もこうなったんだ」
「あー、うちに来た頃はそうだったな。麺類作った時に俺が麺啜るのちょっと嫌そうっていうか、なんだそれみたいな顔してたの思い出した」
まだうちに来たばかりのころは生活の中でまだ文化の壁や違いを感じることが多々あったな。むしろ他の国はそういう文化があるのかと勉強になるとも思ったが。
「へぇー、私のママはどうだったかしら。今度聞いてみるわ」
「上柚木さんのお母さんはドイツ人なんですよね?」
と、訊ねる御影さん。この修学旅行では上柚木との接点は皆無だったらしく、度々上柚木と接する彼女の態度にはたどたどしさが見えた。
「そうよ、最近パパが遺跡の調査で帰ってこれてないから、私が修学旅行に行くってなった時は寂しそうにしていたわ」
「遺跡の調査ってことは、お父さんは考古学者ですか?」
「ええ、その手の発掘物のマニアでよく家に持ち帰って来るの。私もママもよくわからないけど」
「僕も何度か会ったことあるけど、ホンマにええ人やったなぁ」
天王寺は過去の思い出を懐かしむように言う。昔から二人と友好関係があるのなら、この体の主も会ったことがあるだろうな。
「うん、とても優しくていいパパなの。将来はパパの手伝いをするのもいいかもしれないわ」
自分の父を語る上柚木の表情はとても優しくて、誇らしげなものだった。本当に慕われているいいお父さんなんだな。
俺の父さんは…俺みたいにどこにでもいる普通の父親だったな。就学して、特に有名でもない平凡な会社に入って、結婚して、俺と凛が生まれて。
特に俺に対してスパルタでもなければ放置していたわけでもない。ただ、俺に将来のことはきちんと考えろとか、著名な企業に入るか公務員になれと言ってくるような将来に関してはやたら俺を自分の敷いたレールに乗せたがる人だった。
…今頃どうしているだろうか。凛が死んで、ようやく傷が癒えたところで俺が死んで悲しんでいるのだろうか。
別に前の世界に戻りたいと願っているわけではない。ただ、前の世界に心残りはあるかと聞かれたら俺は残された人間のことだと迷わず答える。
自分で言うのもなんだが他人の恨みを買うような生き方をしたつもりはないので家族も、友人も、きっと悲嘆に暮れているだろう。それとも、その悲しみを乗り越えて元の生活に戻ったのだろうか。
今更俺が何を想おうと、それを知る術はない。前世と言う過去に戻ることは出来ない。俺はただ、前に進むしかないのだ。
時間の流れは早く、俺たちは二日目最後の観光地へとたどり着いた。
「うぉぉっ!本当に金だ!」
「ホンマにキレイやなぁ!」
鹿苑寺こと金閣寺舎利殿の黄金に輝く棟を目の当たりにして、ゼノヴィアと天王寺は子供のような興奮に目を輝かせていた。晴れた天気ゆえに陰りなく綺麗に湖面に映る鏡富士ならぬ鏡金閣寺も本物に負けず劣らず見事だ。
「写真で見るよりも綺麗ね」
「お母さんとお父さんのために写真を…」
隣で御影さんはパシャパシャとスマホで金閣寺を撮り始める。どれ、俺も写真を一枚撮っておくか。
「文字通りの金ぴか…」
「ここに来て本当に良かった…」
今日一番の興奮と感動の余韻に浸るように、はしゃいでいた天王寺とゼノヴィアは深く息を吐く。
「せや。よし、班で写真撮ろ!」
と、早速スマホを手にした天王寺が自分の思い付きをすぐに実行せんと動き出す。彼の一声で、皆一斉にとことこと天王寺の下へ集まる。
今回の撮影は昨日とは違って自撮りスタイルなので、それぞれカメラの写る範囲に収まろうとぎゅっと詰める。
「藍那ちゃんもうちょい僕の方に詰めてもええで!」
「えっ、うん…!」
「ゼノヴィア、もうちょっと俺の方に…」
「もっとか?いいぞ」
「あなた達ね…」
何か上柚木が言いたげだが、カメラの手前仏頂面を晒すわけにもいかないのでどうにか抑えた様子だ。
「よし、いくで!」
元気のいい彼の合図で、各々がスマホのカメラに向けて笑顔を浮かべたりピースをしたりする。
「いぇい!」
早速撮った写真を拝まんと天王寺は収めた写真を画面に映し、俺たちもそれを覗き見る。
わりと窮屈に集まった俺たちが、カメラ目線で笑顔を向けている。上柚木は昨日と変わらない調子だが、御影さんは昨日と比較するとより幸せそうな笑顔の様に見える。
「自撮りスタイルだけど金閣寺も良い感じで写ってるな」
「あんた、写真撮影の才能でもあるんじゃないの?」
「そ、それほどでも~!」
上柚木から珍しく素直に賛辞の言葉をかけられ、今までにも増して天王寺が照れくさそうだ。
しかし、天王寺が写真を撮るのが上手で助かった。修学旅行を振り返る写真に困ることはなさそうだ。
金閣寺を離れ、帰路の途中で土産を買いに行こうという御影さんの提案で俺たちは売店へと向かう。
舎利殿だけでなく紅葉に彩られた道も十分に風情があって心落ち着くものだ。こういう所に来ないと、こんな豊かな自然と調和した景色は見られないな。
今日の予定はここで最後だ。一つ、したいと思いついたことがあった。今までは緊張もあって言い出せなかったが、言うなら今しかない。
そう決心した俺はたまたま一番後ろを歩くゼノヴィアに歩みを合わせ、そっと声をかける。
「な、なあゼノヴィア」
「どうした?」
「その…手、繋いでいかない?」
緊張を振り払って、思い切って彼女に提案する。
男女間の関係になった彼女と一緒に巡る折角の修学旅行なのだから、こういうことの一つや二つはしたかった。
一瞬ぽかんとした顔をした彼女は。
「ふふっ、お安い御用だ。小猫から借りた恋愛漫画にもあったぞ」
柔らかな笑顔で快諾してくれた。そして彼女はそっと手を差し出す。少しのドキドキを抑えながら迷わず、差し出された手を取り優しく繋ぐ。
「……」
手を繋ぐ。言葉にすればなんてことのない行為にこんなにも、今凄くドキドキしている。だが悪いドキドキではない、初めて彼女と身を合わせた時と同じ幸福感を感じるドキドキだ。
手から伝わる彼女の体温に心だけでなく、自然と体が温かくなり頬がやや赤くなるのを感じた。ちらりと隣の彼女を見れば同じことを考えていたのかやや頬が赤く染まっていた。
俺の視線に気づいた彼女がふと顔をこちらに向けると、ニコッと笑った。その笑顔に、ドキドキで固まっていた俺の表情も緩んだ。
今、とても幸せだ。この時間がずっと続けばいいのに。
「羨ましいです…」
「「あっ」」
二人の世界に足を踏み入れようとした俺たちの更に後ろから声をかけたのは御影さんだった。しかし彼女のありがたい心遣いのおかげで前方の二人にまで話が拡大することはなかった。
まじでありがとう御影さん。
こっそり手を繋ぎながら歩き、たどり着いた売店で各自お土産を選び、買ってきた俺達は他の観光客の邪魔になるまいと店から少し離れたところで再び集まる。
「皆はお守りを買ったのか?ゼノヴィアと上柚木は北野天満宮でも買ってたみたいだけど」
と、二人にすいと視線をやる。
「本当に悩んだんだ。だが二等を追う者は一等をも得ずというから考えた末に大切な一つを選んだ」
「二頭じゃなくて二兎、一等じゃなくて一兎な。兎だぞ」
俺のツッコミもさておいて、彼女は購入したお守りを堂々と皆に見せる。彼女らしく青いお守りが日の光に照らされて光る。
「学業成就。この学園生活を楽しみつくし、勉学に励む。それが駒王学園の生徒としての私の願いだ」
彼女にとって、学園生活とは今までの侵攻に費やしてきた人生とは全く無縁だった未知の世界だ。そのすべてが彼女には眩しく、楽しいもののように思えるのだ。勉強が当然のものになっていて嫌だと思ってしまう俺たちの当たり前は彼女の当たり前ではない。それを彼女と出会ってから痛感した。
「ゼノヴィアはんは学園が好きなんやな!」
「ああ、この学園に入ってからは毎日が新鮮で楽しいよ」
そう語る彼女の笑顔は心から楽しいという思いに満ちていた。
それに続くように、他の皆もお守りを取り出しては見せた。
「わ、私は縁結びのお守りです…」
「私は北野天満宮で学業成就を、それとここでえん…びも」
「僕は家内安全、交通安全のお守りや!うちは兄ちゃんが海外、母ちゃんが入院しとるからな。京都の神様に守ってもらうようお願いするわ!」
何とも、彼ららしいチョイスだ。祈願するものもお守りの色も、全てが彼らを象徴しているようにも見える。
「悠君は?」
「俺は…これだ」
最後に振られた俺は白い小さな紙袋からそれを取り出す。
「厄除け祈願。俺だけじゃなく、周りの皆から災いが遠ざかることを願うよ」
異形の世界に関わる以上は命のやり取りをすることは決して少なくはない。特にここの所激戦が続きっぱなしだ。いつロキ以上の敵が現れるかもわからない。もしかすると、今度こそ身内から戦死者をだすことになるかもしれない。
そうならないためにも、パワースポットの多い京都で身内の厄除けをしっかりと祈願したいのだ。勢力で言えば俺は三大勢力側だから日本神話の神々には我知らずかもしれないが、日本神話の神々の勢力圏であるこの国で生まれ育ったものとして、俺は切に皆の無事を願う。
「縁結びはいらないくらいにラブラブと考えていいのかしら」
「まあそうだな…っておいっ!」
それぞれお守りを買って、今日の予定をすべて終えたことでホテルへの帰路に着こうとした時だった。
「あ、いました!」
銀髪を揺らして、ばたばたとこっちに駆け寄って来る見た顔の美人がいた。
やがてこっちに追いつくと、やや息切れ気味に両膝に手をついてはあはあと息を整え出した。
「ロスヴァイセ先生、どうされたんですか?」
「ちょっと…し…紀伊国君とゼノヴィアさんに大事な話があって…」
「え、大丈夫ですけど」
「よかった…」
この中で俺とゼノヴィアを指名したということは間違いなく異形関係か。もしや、昨日話に出た妖怪の事件に進展が?
「天王寺達は先に行ってくれ、後で追いつくから」
「う、うん。わかったわ」
「待っとるからな!」
それとなく察し、天王寺達を先に行かせて、息が整って落ち着いた先生から本題を聞き出す。
「どうしたんですか?そんなに息を切らして」
「実は妖怪たちとの誤解が解けました。向こうが襲撃してしまったあなたたちにが謝罪したいと」
「…!」
どうやら今回は、いい知らせのようだ。
そのうち悠と生徒会組の交流を外伝でかくつもりです。
次回、「妖の世界」