Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
ロスヴァイセ先生に兵藤たち共々しこたま怒られた翌日。修学旅行3日目の最初の予定は。
「映画村や!!」
受付を終えて進んだ俺たちの前に広がるのは、時代劇さながらの古めかしい木造建築が建ち並ぶ景観。ビルが建つ現代において当たり前のように存在するこの時代錯誤の光景を前に、タイムスリップしたかのような錯覚すら覚える。
そう、ここは京都映画村。時代劇のセットにも使われ、一般にも開放されている有名な撮影所だ。
「こんな場所が京都にあったのか!」
今日一つ目だというのに、ゼノヴィアはいきなり昨日最後の金閣寺並みの興奮と共にずいずいと先頭を進む。
「元気がいいわね、彼女」
そんな彼女の背に皆やれやれと苦笑しつつも、俺たちは後に着いて行く。
通りを挟むは江戸時代特有の町屋。ずらりと並んだそれらが放つ木造の独特な雰囲気が、この時代錯誤な感覚を生み出している。
「ここって、時代劇の撮影でよく使われるんですよね」
「せやで、僕も兄ちゃんと昔はよう見とったわ」
時代錯誤だというのに、逆に新鮮味を感じるこの通りは歩くだけでも楽しい。ここを予定に入れておいて大正解だった。
「サムライはいないのか!?」
「彼女、よほど侍が好きなのね」
周囲の景色を落ち着きなく見渡してはしゃぐゼノヴィアの姿を見て、一つの妙案が思い浮かんだ。早速それを実行しようと、隣の天王寺に声をかける。
「天王寺、ここに来たならサムライになってみるか?」
「お、それ名案やな!ってなれるんか!?」
「勿論、ここは映画村だぞ?」
そう言ってパンフレットのあるページを見せ、にやりと口角を上げた。
俺達上柚木班は貰ったマップを見ながらとある場所へ向かった。それを見ればきっと、ゼノヴィアも喜んでくれるはずだ。
この映画村にはここの景観に合った着物などの昔の衣装をレンタルし、写真を撮ってもらえるサービスがある。衣装のみのレンタルもでき、かつら、化粧などオプションが増えるにつれ価格も上がる仕様だ。
手慣れたスタッフの方々のヘルプの下、着替えを終えた俺と天王寺は待っていた班員たちの前に堂々と姿を現す。
「どや!似合ってるか?」
黒い袴と羽織を着こなし、腰に黒鞘に納まった刀を帯刀するのは天王寺。元々整った顔立ちという素材とサムライの衣装が組み合わさり、普段の二倍増しにカッコよく見える。まさしくサムライと言った出で立ちを自信たっぷりの笑みを浮かべながら俺たちに見せつける。
「すごく様になってるな。流石二枚目だ」
「おお…天王寺がサムライに!」
「天王寺君、ホントにかっこいい……」
「い、いいんじゃないかしら?」
一人上柚木はいつになく顔を赤くして目と顔をあちこちに泳がせている。それほど天王寺がカッコよく見えて直視できないくらい彼女のハートにどストライクだったのだろうか。
「そういう悠君だって、新撰組の衣装似合ってるで!」
「そうか?」
一方の俺は新撰組の衣装を頼んで着させてもらった。白いダンダラ模様がデザインされた浅葱色の羽織が特徴的な新撰組隊士になり切った格好だ。
「やはり悠には青が似合うな!」
「決まってますね!」
「へえ、似合ってるじゃない」
天王寺だけでなく女子三人からも好評のようだ。眼魂を持っているから坂本龍馬にしてみようかなとも悩んでいたが、これはこれで正解だったみたいだ。
「…それじゃ、写真を撮ってもらうか」
「せやな!待っとってな!」
衣装のお披露目もすんだところで、いよいよ俺たち男子は写真を撮ってもらう。間違いなく、その写真はこの場所での思い出を象徴する一枚となるだろう。
撮られた写真に写っていたのは纏う衣装に恥じない勇ましい表情を決めた俺と天王寺。いつも明るい笑顔を絶やさない天王寺にしては珍しい表情だ。
だが珍しいはずなのに、珍しい物を見たという実感がなぜか湧かない。なぜだろうか。勇ましい顔つきの天王寺なんて、日頃あいつと一緒にいればまず見ることなんてないのに。
その由なんて、この時は知るはずもなかった。
俺達二人の写真撮影が終わると、今度は女子三人の着替えの番になる。
三人という人数と女子というのもあって着替えに時間がかかっているようで、15分ほど待った後ようやく更衣室から三人が姿を現した。
「「おお…」」
出揃った可憐な三人を見て、そろって感嘆の声を上げる。
まず中央の上柚木は橙色の地にデザインされた桜に艶やかな色合いの蝶が舞う着物を選んだようだ。クラス、いや学年においてもトップクラスの美人と称される彼女の美しさがより一層際立っていた。
「大奥にいそうなべっぴんさんやな。ホンマにキレイや…!」
「ほ、本当に?」
照れ交じりながらも、若干嬉しそうに追及する。
「僕は嘘つかん、綺麗やで」
「な…うぁ…ちょ、真っすぐに変なこと言わないでよバカ!」
「いだぁ!なんでや!?」
真っすぐに褒め言葉をかけてくれる天王寺に対してついに照れくささが暴発したか、上柚木が天王寺にチョップを食らわせにかかった。
周囲の好意に気付かない天王寺も天王寺だが、好意を寄せる上柚木もツンデレで真っすぐに思いを表現できないところがある。果たして、二人が結ばれるときが来るのか。
「うぅ…藍那ちゃんは綾瀬ちゃんとは違って、ごっつかわいらしい感じがするわ!」
御影さんは赤地に白椿の柄に彩られた町娘の衣装だ。確かに天王寺の言う通り、上柚木と比較すれば素朴な感じはあるがむしろそれが本人の気質とベストマッチしているように思える。
「ほ、本当!?嬉しいな…」
意中の相手から褒められて、御影さんはやけに照れ臭そうだ。
後から聞いた話だと、自分から華美でない着物を希望したらしい。俺と同じ様なことを考えたらしく自分のイメージに合うと思ったからだそうな。
そして最後のゼノヴィアは…。
「ど、どうだ?日本の着物を着るのは初めてなんだが…」
着る者の色気と美しさを引き立てる、青をベースに艶やかな色が混じり合う華美な花魁の衣装だ。彼女が前にも増して放つ色気と美しさに俺はあっという間に虜にされてしまう。
「……」
彼女に訊ねられたことにも気づかず、つい見とれて無言になってしまった。
「どうした?」
「あっ、いや、こんなにきれいなゼノヴィアを見たのは初めてだから見とれてしまった。すごく似合ってるし、本当に綺麗だ」
「…!そうか…!」
思ったままの本心を伝えると、えらく嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔も衣装に負けじと綺麗で輝かしいものだ。そう喜んでくれるなら、ここに連れてきた甲斐があった。
「見せつけてくれるわね」
「熱いわー!」
「私もいつかは…」
と、自分でも意識せずに惚気ているとニヤニヤする上柚木達から茶々が入った。
逆にお前らもいつかは俺たちと同じことを言うかもしれないんだぞ!いつかはな!
写真撮影を終え、出来栄えに満足した俺たち一行が次に向かったのはお化け屋敷のアトラクションだ。
映画を製作している会社が経営しているだけあって、内部のセットも脅かす役者もプロと力の入れ具合が半端ないと評判のそこには長蛇の列ができていた。
長い待ち時間の果てにようやく巡って来た番、アトラクションの入口で扉の向こうに待ち受ける恐怖
「天王寺君、私…」
「大丈夫、僕が藍那ちゃんを守ったる。安心して僕にしっかりついてきいや!」
不安そうに天王寺を見上げる御影さんの肩をポンポンと叩いて、天王寺は何とも威勢のいい言葉を吐いて頼もしさをアピールする。
その余裕、どこまで続くかな…?俺自身も心配だが。
果たして、彼の威勢はあっけなく挫かれた。息継ぐ間もなくおどかしかけてくる幽霊に扮装したプロの俳優たち、精巧に作られた俺たちの意表を突く仕掛け、それらがうすぼんやりとついたライトだけが頼りの暗闇の中で襲い掛かって来た。
「ひぃぃぃっ!?」
「ちょ、どこ触ってんのよバカ!」
「いだぁ!?幽霊も怖いけど綾瀬ちゃんも怖いわぁ!」
さっきから天王寺の悲鳴が鳴りやまない。薄暗闇の中でも彼の位置だけはその元気のいい悲鳴のおかげではっきり特定できていた。
「最初の威勢の良さは何処に…」
こんな時でも愉快さを俺たちに提供してくれる天王寺に苦い笑いしていると、俺のすぐ隣から扉が開き、おどろおどろしい血濡れの女性が姿を現した。
「ぎょああああっ!?」
思わず天王寺並みの悲鳴を上げ、びっくりして腰が引けた。
「ハハハっ!」
仕掛けの奇襲を受けた俺の姿にゼノヴィアは愉快そうに笑った。
「はぁー…怖かったです…」
「ほんま怖かった…」
それからも続いた数々のドッキリに驚かされながらも、どうにか無事に外に出ることが出来た。ほっと胸をなでおろす御影さんの隣で、天王寺が掻き続けた冷汗を拭った。
「ゼノヴィア、あなた全然驚かなかったわね…」
お化け屋敷では上柚木もそこそこビビっていた。ただし、仕掛けと言うよりはむしろすぐ近くにいた天王寺の悲鳴にびっくりしていたようだが。
「むしろ、天王寺君と紀伊国君の反応を楽しんでましたよね」
「こういうのに慣れているからね」
過去に教会の悪魔祓いで本物の幽霊を相手にしてきたということか?彼女にとって本物と比べれば、プロの仕掛けなど取るに足らないのだろう。
「肝が太いわー…」
「そういえば、大和さんは肝試しが苦手だって言ってたわね」
上柚木が突然思い出したように懐かしい名前を言う。フランスの外人部隊に所属しているという大和さん、天王寺曰く連絡の回数は少ないながらもちゃんと取れているというからには無事に生きているみたいだ。
「あの人が?」
「なんでも、『飛鳥の人が良すぎて本物が寄って来る』…とか」
「前にも言うたけど、そんなんたまたまやろ。幽霊なんておらへんわ!」
と、呆れたように笑って幽霊の存在を否定する。
持ち前の明るさで生きた女の子だけでなく幽霊までもたらしこんでしまうとは、オカ研の多くのメンバーから好意を寄せられる兵藤でもそんなことできないぞ。
いや…もしかしたら、あいつもいつかは幽霊の女の子に好かれる時が来るのか?木場と言い兵藤と言い、どうして俺の周りの男子はこうも女子の注目を集めるのだろうか。
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続いて訪れた観光地は嵐山。周囲に広がる山々は紅葉によって煌煌と燃え滾る炎のように赤く染まっており、秋の風物詩とも呼べる虫の声と乾いた風の音が心地いい。
川沿いの通りを彩る紅葉に風流を感じながら俺たち一行は澄んだ川沿いの通りを進む。
「はぁー山景色がええところやな!空気がおいしいわ!」
「俺らの町周辺は山に囲まれてないからな」
「流石、国の名勝地に指定されてるだけあるわね」
合宿で山籠もりしたとはいえ、冥界の空はこんなにも澄んだ青空ではない。冥界の風情をけなすつもりではないが、やはり慣れ親しんだ青空が好きだ。
「ねえ、折角なら向こうの茶屋に立ち寄ってみない?ああいう風情の店に行ってみたかったの」
赤い紅葉の景色を楽しみながら歩いていると、上柚木がふと通りの一角に建つ茶屋を指さし、提案する。
「いいですね、私も行ってみたいです」
「ええで!」
ただ歩きながら景色を楽しむのも良いが、茶でも飲んでゆっくり休みながら紅葉を見るのも悪くない。班員の全員の即決で、渡月橋へ向かう俺たちは休憩がてら茶屋に寄ることになった。
こうして立ち寄った茶屋の中は人が空いていて賑やかさから離れた落ち着いた雰囲気に満ちていた。
がやがやと喋る騒がしい観光客の姿も耳をくすぐる雑音もなく、茶の深みと団子の甘さを堪能できる静かな雰囲気の店内で、静かにやり取りを繰り広げるどちらも黒の衣服で身を固めた男女がいた。
「クレプス、その黒ゴマ団子を一本…いや一玉譲ってくれないか?代わりに俺の紫芋団子を交換しよう」
「いやよ、食べたいなら自分で頼んだらどう?」
「ケチな奴め」
黒スーツを着た見覚えのある人物が、宵闇のような深い色をした長髪の美女と団子を食べている。
思わぬ人物との遭遇に、一番に目をかっぴらいて驚いたのは飛鳥だった。
「お兄ちゃん!?何でここに!?」
静かな店内でいきなり呼びかけられ、男もこちらを怪訝そうに振り向くと一瞬で精悍な顔を喜びの色に染め上げた。
「飛鳥!」
そう、紫芋の餡が口元に付いているこの男は天王寺飛鳥の兄、天王寺大和。家族に内緒でフランス外人部隊で戦っている神器所有者でもある。
「お兄ちゃん京都に居ったんか!連絡してくれたらよかったのに!」
「いやたまたま出張先で京都に来ていてな。そう言えばお前、修学旅行だったな」
「せやで、あまり連絡取れんやったけどお兄ちゃんも元気そうでよかったわ!」
「ああ…そうだな」
兄との思わぬ再会に満面の笑みを浮かべる天王寺。一方で大和さんはどこか陰りのある笑いを見せた。軍務が忙しくて疲れているのだろうか?
笑う天王寺から、大和さんの視線が俺たちに移った。
「君たちも一緒か…飛鳥が班を組むなら君たちだろうと思っていた」
「ええ、飛鳥に一番に誘われたわ」
「ホントはイッセー君たちも誘いたかったんやけど、全員入れたらごっつ班員多なるから渋々断念したわ…」
「それだけ大切な友が多いということだ。人間関係がうまくいっているようでお兄ちゃんは嬉しいよ」
思えば天王寺は俺らのグループに置いて中心的存在だ。兵藤がオカ研における中心であるように、天王寺は一般人込みの俺らのクラスでのグループの中心。陽キャ…いやそれを越えて太陽と呼んでも過言ではないだろう。持ち前の明るさ、積極性が周囲の人間を自然に引き寄せるのだ。
「君は?」
そして最後に大和さんの視線が一人へと固定される。俺達上柚木班の中でただ一人、彼と完全に初対面である御影さんに。
「く、クラスメイトで同じ班の御影藍那です…うわさに聞いてた天王寺君のお兄さんですね」
人見知りのせいかおどおどして居る御影さんに、大和さんはふっと精悍な顔に優し気な微笑みを浮かべた。
「そうか、俺は飛鳥の兄の天王寺大和だ。飛鳥は俺のことを何と言っていた?」
「カレーにちくわを入れるけど、すごくかっこいいお兄ちゃんだって…」
「ほう、飛鳥はそんなことを…」
実の弟からの評価を聞くと照れくさそうににやにやし出す。ああ、そう言えば大和さんはカレーにちくわを入れるんだっけか。組み合わせ的にどうなんだと思うんだが…おいしいのか?
「ところで、飛鳥は勉強しているか?テストはちゃんと点数取れてるか?」
「勉強は…時々見てあげてるけど、飲み込みが早くて高い水準を保ってる。一部馬鹿な所もあるけどね」
「そうか、流石は俺の弟だ」
彼女らしいピリ辛な言葉も交えた上柚木の話に誇らしげに笑う。天王寺はクラスの中でも上の下くらいの成績だったはずだ。バイトもしながら学業もおろそかにしないとは流石と言うほかない。
「大和さんは天王寺くんのことが大好きなんですね」
御影さんの言葉。何でもない会話の一部のはずが、それは大和さんのとある感情のトリガーとなる。
「当たり前だ、こんなによくできたかわいい弟を好きにならないわけがないだろう!俺は飛鳥のいいところを10個挙げろと言われたら1000個は即座に答えられる、飛鳥語り選手権20年連続グランプリの俺を越えられない女に飛鳥はやらん!」
突然スイッチが入ったように、大和さんの言葉に一気に熱がこもる。夜間に入れたばかりの水が唐突に沸騰したかのようにグッと拳を握り、内にぐつぐつと滾る思いを饒舌に、それでいて楽しそうに語りだす。
「「「「……」」」」
いきなりテンションが通常からスーパーハイテンションに上がった大和さんを前に、困惑のあまり俺たちは何も言えなかった。
前からブラコンなところがあるとは聞いていたけど本当だったんだな。というか飛鳥語り選手権って何だ、それの参加者ってほかにいるのか?やはり大和さん、疲れているのか…。
困惑する俺たちの様子にハッと我に返ったか、んんと咳払いをした。
「…すまない、久しぶりに昂ってしまった」
一瞬でブラコン兄から切り替わり、いつものクールながらもお茶目な兄へと戻った。
「お前、大変だな」
「あはは……」
どこか同情するような目でゼノヴィアが話しかけると、天王寺もリアクションに困ったか苦笑いするしかなかった。
「…そういえば、隣の方は?」
ふと気になったのは先ほどまで大和さんが会話をしていた女性。クールビューティーかそれともミステリアスレディーか。放つ雰囲気はどこか常人が近寄りがたい冷たいものがある。若くそこらのモデルでは敵わないほどに見惚れる宵闇のような黒髪の美女だ。
「あぁ…彼女は」
「どうも、クレプスと言います。大和の仕事上のパートナーです」
話題が自分に移ったことに気付くと、ぺこりと礼儀正しく頭を下げ、クレプスさんは挨拶する。なんとなくだが、この人は仕事にプライベートは持ち込まないタイプの人だろうか。
「そうなんやな。お兄ちゃんの仕事ぶりはどうですか?」
仕事上のパートナーという言葉に食いついたのは天王寺だった。連絡は取っていても仕事の内容はほぼ聞かされていないらしく、それだけに彼の仕事に関わる人に仕事をしている兄のことを聞きたかったのだろう。
「いい働きをしているわ。成果はさておきね」
「へえ!お兄ちゃんの仕事のこと色々聞きたいんやけど時間が無くなりそうや…せや、今度お兄ちゃんの電話に出てきてくれませんか?」
「…いいわよ」
「……」
二人のやり取りに大和さんがものすごく何かを言いたげな複雑な表情をしていた。もしかして大和さんは日頃クレプスさんの尻にでも敷かれているのだろうか。
湯呑の茶を空にしたクレプスさんが矢庭に立ち上がった。
「…大和、そろそろ時間よ。勘定を済ませて行きましょう」
「そ、そうだな…」
彼女に続くように大和さんも立ち上がり、レジへと向かった。俺の隣を大和さんが通った時。
「飛鳥を頼む」
小声で大和さんから耳打ちを受けた。俺以外の人は誰もそれに気づいた様子はない。
「?」
一体どう言う意味だ?まさか、近々大きな戦闘を控えているとか?場合によっては帰らぬ人になるかもしれないとでも言いたいのか?
急な耳打ちに戸惑う俺をよそに向こうで二人は精算を済ませると、こっちに戻って来た。
「またな飛鳥、時間に余裕ができたら連絡する。Au revoir!」
「じゃあね!」
硬い絆と愛で結ばれた兄弟は笑顔を交わし合う。
最後にそう言い残して、嵐山の通りに流れるへと二人は消えていった。
「お兄ちゃん、久しぶりに会うたけど相変わらずやなぁ」
短いながらも久しぶりの兄との対面に弟の天王寺はとても嬉しそうな顔をしていた。大和さんが天王寺に向けるものほどでないにせよ、天王寺もまた兄のことを尊敬し好いているのだ。
「前にも増して中二病とブラコン加減に磨きがかかってたわね」
「でも、弟思いのいいお兄さんだと思いますよ」
上柚木や御影さんも愉快な兄に苦笑していた。
性格は違っていても人を笑顔にする面を持っている所が、やはり天王寺と兄弟なんだなと強く感じる。
大和さんとの再会の余韻に浸り和んでいると、ただ一人真剣な表情をしているゼノヴィアがそっと口を寄せて耳打った。
「悠、さっきの女は悪魔だ」
「何?」
思いもよらぬ言葉に、小声で訊き返す。
「どうしてわかった?」
「長年悪魔と戦った私には悪魔の気配が分かる」
彼女がそう言うなら、疑う理由はない。だが、外人部隊にいるはずの大和さんがなぜ悪魔と共に行動しているのか?それに考えてみれば、どうしてこの京都に滞在しているのか?単なる休暇にしては悪魔と行動を共にしている点が引っかかる。
それに今の京都は異形関係の話なら妖怪の御大将が攫われているという大荒れもいいところだ。このタイミングでこんな出来事があれば、いやでもある可能性が浮かび上がってくる。
まさか…いや、大和さんがこの件に絡んでいるとは思いたくない。もしそうなら俺は…あの人と戦えるのか?
心温まるながらも胸の内にしこりを残した大和さんの再会の後、彼の去った茶屋で一休みしてから再び上柚木班は行動を開始する。
嵐山の象徴とも呼べる橋、渡月橋を目指して歩く一行はとある班と遭遇する。
「あれ、木場だ」
「やあ、紀伊国君。渡月橋は見てきたかい?」
同じく修学旅行に行っていた木場だ。別クラスのため、俺たち二年のオカ研の誰とも同じ班になることはなかった。やって来る俺たちに気付くと、彼らしい爽やかな笑みで俺たちを迎えてくれた。
「いや、映画村からまだ来たばっかだ」
「実は昨日、僕の班も映画村に行ったんだよ。すごく楽しいところだったね」
「お前も行ったのか。あそこは良かったなぁ…新撰組の衣装とか着たぞ」
「え、新撰組かい?」
急に新撰組に反応を示した。嫌いとも好きとも違う、何か特別な感情が混じっているように見えた。
「木場は何か着なかったのか?」
「新撰組はちょっと恐れ多いから、若侍の衣装を着たよ」
「ほう。なら、あとで写真見せてくれ」
「もちろん、イッセー君にも見せないとね」
エクスカリバーの一件から何か木場から兵藤に向けるものがただの友情と言うよりはそれ以上のもののように思える。まああの一件は彼の人生にひと段落を付けるものだったのは間違いないし、それを率先して助けてくれた兵藤に大きな恩を感じているのは間違いない。
…いや、それは流石に考えすぎか。まさか、腐った女子たちが好むようなものじゃないだろうな?
「そうだ、近くにイッセー君もいるから、折角なら声をかけていったらどうだい?」
「なら、そうするか」
会話もひと段落着いて、それじゃあと別れようとしたその時。
「ん?」
どこからともなく発生した霧が、俺たちの周囲を取り囲む。今の今までなかった明らかに不自然な霧に不審がるのは俺と木場、ゼノヴィアだけで他の人は全く気付く様子すらない。
霧はどこかぬめりとした感触を持っていて、肌をゆっくりと撫でてくる。
視界を徐々に侵食する霧の濃度はだんだんと増していき、やがて目に映る全てが濃霧の中に飲み込まれてしまった。
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濃霧が晴れると、周囲の景色はそのままに、俺と木場、ゼノヴィア以外は周りには誰もいなくなっていた。
「これは一体…」
日常から非日常へ。あまりに唐突に起こったこの奇怪な現象に理解が追い付かない。
「悠、あそこにイッセーたちが」
何が起きてもおかしくないこの状況に警戒心を抱いていると、ゼノヴィアが唐突に指さす方向…渡月橋には兵藤やアーシアさん、紫藤さんがいた。あいつらもあの霧に飲まれてしまったのか?
「イッセー君たちと合流しよう」
「ああ」
木場の提案にこくりと頷いて急ぎ合流しようと、俺達三人は渡月橋へと駆け出す。
「兵藤!」
向かった渡月橋にいた三人は俺たちの姿に気付くと、安堵の表情を見せた。それと同時に俺は4人目の存在に気付く。
「って九重も!?何でここに!?」
彼の傍には昨日会った九尾の娘もいた。どうして彼女がこの場に居合わせているんだ?
「京都を案内しておったのじゃ。そうしていたら一緒に巻き込まれた」
「そうか…ところで皆もあの霧に?」
「ああ、いきなりぬめっとした霧に飲まれたんだ」
「俺たちも同じだ、何か異常なことが起こっている」
景色はさっきまで変わらぬ嵐山のもの。しかし行きかっていた人々は忽然と姿を消しており、風の音に混じっていた虫や鳥の鳴き声すら聞こえない。
「さっきの霧…ディオドラさんに捕まった時、神殿の奥でこの霧に包まれてあの装置に囚われたんです」
「そうか、考えられるのは…『絶霧《ディメンション・ロスト》』」
アーシアさんの話を聞き、思い至ったらしく木場が呟く。
「先生やディオドラが話していた神滅具の一つだよ」
「確か、霧に触れたものを好きな場所に転移させる上位の神滅具だったか。この現象と霧、二つから導き出されるのはそれしかないな」
先生から夏の合宿で色々教わったおかげですぐに神滅具のことは頭の引き出しから出せる。ということは疑いようもなく、敵側の神滅具の使い手がこちらに来ているという証拠だ。
「お前ら、無事か!?」
状況把握を進めていると、いきなり空から声が降って来た。堕天使の翼を背にするアザゼル先生が空から俺たちの前に現れたのだ。
「先生!」
「見た限り、俺たちだけを霧の力を使ってレーティングゲームの技術が一部使われた空間に強制的に転移させたみたいだ。周辺の風景もきれいにトレースしてやがるな」
「レーティングゲームの技術…」
妖怪たちも裏京都の形成にそれに近しい術が絡んでいると言っていたな。…いや、今回の件で妖怪は俺たちの味方だ。ならやはり、この状況を引き起こしたのは…。
「流石はアザゼル総督。素晴らしい状況把握力だ」
突然会話に割って入ったのは、若い男の声だった。
「誰だ!?」
知らない人物の登場に、俺たちは一段と警戒のレベルを引き上げる。一斉に声が聞こえた渡月橋の向こうの方へと睨むような視線を送ると、やがて向こうの景色を遮る濃霧の中から一団が現れた。
学生服のような衣装に身を固める男女入り混じった集団。その顔つきはまさしく戦士のものだ。
そして集団の先頭に立つ三人の男はそれぞれ異なる衣装を身に纏っていた。三人のうち、右の銀髪の優しそうな雰囲気の男は学生服の上に羽織る教会の戦士に似た衣装と言い、どこかで会ったような錯覚を覚える。
左の若い黒髪の男は腰に煌びやかな装飾が施された日本刀を帯刀し、戦国時代の武将の甲冑を纏っており、あの学生服の集団の中でも特に一際浮いた存在感を放っていた。その自信と覇気に満ち溢れた立ち姿から、強敵であることを否が応にも予感させてくる。
「初めまして、グレモリーの諸君」
立ち位置とオーラからしていかにもリーダーだと言わんばかりの中央の漢服の男が、彼らを代表するように堂々と挨拶の言葉を述べる。
「俺は曹操。かの三国志の英雄、曹操の子孫にして禍の団英雄派のリーダーだ」
「英雄派のリーダーだと…」
リーダー直々に出張って来るとは大層な自信だ。それに奴の名前…曹操とか言ったか。英雄派は神器所有者や歴史にその名を刻んだ英雄たちの子孫たちで構成されていると聞く。三国志はよく知らないが、となれば両脇にいる男たちも何かしらの英雄の子孫なのか…?
曹操と名乗る男の手に光が集まると、輝く槍が現れる。神々しさすら感じるその槍に周りの皆が圧倒されたようにごくりと息を呑んだ。
「そして、最強の神滅具『黄昏の聖槍《トゥルー・ロンギヌス》』の使い手でもある。以後、お見知り置きを」
悠「何か異常なことが起こっている…!大丈夫ですかブチャラティ!?大丈夫ですかブチャラティ!?大丈夫ですか大丈夫ですか大丈夫ですか大丈夫ですか!?大 丈 夫 で す か ブ チ ャ ラ テ ィ 」
いよいよ次回は戦闘回です。本作オリキャラの信長の戦闘シーンもあるのでお楽しみに。
次回、「極彩色の宝界」