ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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第128話 「走る亀裂」

「実はごにょごにょ…」

 

静かな部室、兵藤だけに集中したみんなの咎めるような視線。何が起こったかを理解しかねていた俺にそっと近づいたゼノヴィアが耳打ちする。

 

俺が教室を出た後、レイヴェルさんの母から魔方陣を介した挨拶があったらしい。兵藤に娘のレイヴェルさんを変な虫がつかないように守ってほしいと、そしてゆくゆくは上級悪魔になった時には『僧侶』として眷属に加えてやってほしいとも遠回しに伝えてきたのだ。

 

ニュアンスからして”そういう”ことだろう。要するに兵藤なら娘の将来を託せると言っているのだ。

 

しかしその会話が昨日から不安定だった部長さんの繊細な心に触れてしまったらしく、兵藤にとって自分はどういう存在なのかと尋ねたところ、部長だと返してしまいそれが彼女の乙女心を大きく傷つけてしまったという。

 

俺でもわかる。彼女は部長という肩書ではなく、リアスという一人の女の子の名前で呼んでほしかったのだ。そこを兵藤は気づけなかった。

 

「あー…」

 

「今のはまずいよ、イッセー君」

 

「まずいって…なにがだよ?」

 

「…女性陣が苦労するのがよくわかったよ」

 

普段は笑って空気をごまかす木場すらも、今回はどうしようもないと息を吐いた。

 

「イッセーさん、どうしてわかってあげられないんですか…!?」

 

「今までの中で一番最低です」

 

「流石の私でも今のはどうかと思うぞ」

 

「イッセー君、それはリアスさんが可哀そうよ」

 

普段は仲のいい皆が口々に兵藤を非難する。

 

オカ研に6月から入部して以来、こんな光景は今まで見たことがない。あの天使のように優しく温厚なアーシアさんや紫藤さんですら、兵藤を責めているというだけで今回がどれほど深刻な事態かが理解できた。

 

「深海は…」

 

救いを求めるように兵藤が俺に目を向けた。その視線に同情の念を感じるも、今回ははっきり俺の意見を告げなければならない。

 

「いや…それはさすがに擁護…しかねる」

 

「お、お前もかよ!」

 

今までトラブルを起こしてきた彼だが、今回は流石にどうあがいても擁護できない。もちろん覗きは言語道断だが、今回の発言はこれまでの彼女との深い付き合いを裏切るもの。

 

「…あの、俺、今から謝りに」

 

「今行ってもまた彼女を傷つけるだけですわ。お止めなさい」

 

「そんな…」

 

部屋から駆け出そうとする兵藤を朱乃さんが鋭い一言で止めた。ただただ、この場に静かながらもものすごく居心地の悪いものが流れていく。

 

「ギャスパー、俺ってそんなにだめか…?」

 

「えーっと…はい、とても…だめだと思います…」

 

険悪な雰囲気におどおどしながらもギャスパー君は己の意見を明示した。あの兵藤を尊敬するギャスパー君ですら、彼の言動を是とすることはできなかった。

 

「あ、あの…私と、お母さまのせいですよね…?すみません…」

 

「気にしなくていいのよ、今まで彼女の思いに気付かなかった…いえ、向き合ってこなかったイッセー君が悪いのよ」

 

試合と学園祭を前に、オカ研は最大の困難に直面してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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喧嘩があったとはいえ、日に日に近づく学園祭を前に一日でも準備をさぼることはできない。その後、とりあえず準備作業だけはしようということで今日も作業が始まった。

 

兵藤を除く俺と木場、ギャスパー君は百均の店から飾りつけに必要な品々を補充しに買い出しに向かった。今回の出し物は旧校舎をフルに使うので当然かなりの量が必要になる。それ故に買いだす量は多いと判断され、数人がかりで向かったわけだ。

 

「よし、買い忘れはないな」

 

「入念にチェックしたからね」

 

メモ用紙と袋の中身を照らし合わせ、万が一にも買い忘れがないようにとチェックする。二度買い出しに行くのも手間だし、大工作業もまだ終わったわけじゃない。今頃、兵藤が一人で励んでいるはずだ。

 

「じゃ、さっさと戻るぞ」

 

こうしている間にも女性陣が飾りつけの制作に奮闘している…のだろうか。部長さんや兵藤のケア然り、まだあの出来事が尾を引いて作業に入れていない可能性もある。

 

二人の様子が気になるから、早く戻りたいところだ。

 

「…まったく、あいつにも困ったもんだ」

 

夕陽が暮れ始め、夜の薄暗い青色が混じり始める空に俺はため息をついた。

 

「先輩は女の子の体が好きなのにこういったところは鈍いです」

 

「女性のおっぱいを原動力にするおっぱいドラゴンともあろうものが、女の子一人救えないとはなぁ」

 

こんなことが冥界に知れ渡ったら、おっぱいドラゴンのイメージダウン間違いなしだ。「おっぱいドラゴン、リアス姫を泣かす」ってな。友人がそんな風にメディアに取り上げられるのは嫌だな。

 

「うーん」

 

隣で片手に買い物袋を引っさげながら考え込むように唸る木場。

 

「どうした?」

 

「なんでイッセー君が部長の気持ちに気付けなかったのか考えてたんだ。同居してるんだからそれなりに気持ちの変化にも気づけたはずなのに」

 

「確かにそうですね…」

 

木場の言う通りだ。長く同居して気が知れているのなら彼女の勝手や表情などの些細な変化を気づくことができるはず。兵藤の話を聞く限り、積極的かつやや過激なアプローチもしているようだから、それこそ彼女の好意に気付かないはずがない。そもそも部長さんはなんとも思ってない相手におっぱいを触らせたりするような人間じゃないのにな。

 

それなのに、あいつは今回の事態を招いてしまった。

 

「考えられる理由としては、単に鈍すぎるだけなのかそれとも…」

 

天王寺というまさしくそれだと言うべき身近な例がいる上に普段の振る舞いから、俺にはそうとしか考えられないが。

 

「女性関係で過去に何かしらの問題を抱えていた…とかかな」

 

そう思っていた俺にとって、考えもしなかった可能性を木場は推測した。

 

「…どういうことですか?」

 

「昔、イッセー君が女性関係でトラブルがあってまた繰り返さないためにあえてそういう関係になるのを避けてるんじゃないかなって」

 

「女性関係なら覗きで頻繁にトラブルを起こしてるぞ」

 

「いや、恋愛でだよ。まあ、僕の考えすぎかもしれないけどね」

 

可能性としては考えられないこともないが、あいつに限ってそんなことがあるだろうか。

 

「先輩が女性のトラブルですか…」

 

「んー…」

 

「ギャスパー君は何か思いついたかい?」

 

「すみません…僕にはわからないです」

 

「俺も同じくだ。鈍すぎるという線が一番だと思うが…」

 

俺とギャスパー君二人そろって、かぶりを振る。

 

元々覗きなんてしょうもないことをやらかして女子からの反感を買うような奴だったし、あいつに限って元カノとかいるはずが…。

 

そう考えながら空を仰ぐと、視界の隅に濡れ羽色のカラスがかあかあと泣きながら空へ羽ばたいていくのが見えた。薄暗くなりつつある夕暮れ空に飛ぶカラス。特になんともない、夕暮れ時では見慣れた光景だ。

 

…カラス?

 

普段は見ても何も思うことはない日常に溶け込みきったその姿が、俺にある出来事を思い出させた。

 

「あ、そういえばあいつ、元カノがいたな」

 

「えぇっ!?先輩に元カノが!?」

 

ギャスパー君は信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚いた。普段のあいつを知っているからこそそんな過去があったとは思わないだろう。

 

「レイナーレっていう堕天使なんだけど、あいつの神器を危険視した堕天使上層部が兵藤を殺すように命じられて近づいてきたんだよ」

 

「久しぶりにその名前を聞いたよ、そんなこともあったね」

 

懐かしさを感じたように木場がふっと笑った。

 

「レイナーレって、アーシア先輩の話を聞いた時に出てきた堕天使ですよね。でも上層部って…もしかしてアザゼル先生ですか!?」

 

「まあ、そうなるかな」

 

「それじゃ、アザゼル先生はイッセー先輩を殺そうとしてたんですか…?」

 

慕っている先生がまさかそんなことをするはずがない、信じられないという目で尋ねてくるギャスパー君。

 

今でこそ仲がいいものの、昔は悪魔と堕天使で敵対していたのだ。それでも今の二人の関係しか知らない者にとってはかつてそうであったという事実はにわかには信じがたいだろう。

 

「あの時のイッセー君はただの人間だったから神滅具の力を制御できなくて暴走する可能性があったんだよ。だから、災いの芽を摘むためにそうしたんだろうね」

 

「そうだったんですか…先輩も、僕と同じように暴走を危険視されてたんですね」

 

ギャスパー君もかつては制御できない神器の力に悩み、恐れていた。もしかすると上層部から同じように抹殺の指令が下る可能性もあったかもしれない。

 

「その任務の過程で、レイナーレは兵藤に近づき彼女になった。あの時のあいつは初めて彼女ができたってすごく喜んでたな。デートプランとか恋愛経験のない俺にどうしたらいいか電話かけてきたこともあったぞ」

 

「へぇ…!」

 

「ふふっ、なんというかイッセー君らしいね」

 

木場やギャスパー君もそこまでは知らなかったらしく面白そうに笑った。あいつの喜びようは今でも覚えている。あの時はなんで恋愛経験のない俺にかけてくるんだ、嫌味かと思っていたがまさかあんな悲劇が起こるとは考えもしなかった。

 

「で、初めてのデートの終盤で舞い上がってる所をブスリとやられたわけだ」

 

「…驚いたと同時に悲しかっただろうね、イッセー君」

 

噴水のある公園で血を流して倒れる兵藤とそれを見下ろすレイナーレ。あの光景はまだこの世界に来て間もない俺の脳裏に深く焼き付いている。あいつは当時、数少ないこの世界での友人の一人だったから、それがいともあっけなく殺されてしまったという事実は非常にショックで、容易に受け入れがたかった。

 

「で、その後俺はレイナーレへの復讐に燃えて異形の世界に足を突っ込みだしたってわけだ」

 

「そんなことがあったんですね」

 

「知らないのも仕方ないよ、ギャスパー君がまだ引きこもっているときの出来事だったからね」

 

言われてみればあの時はまだギャスパー君は自室に封印をかけられて閉じ込められていた…というよりは引きこもっていたな。あの時ギャスパー君がいたら何か変わった…りはしないか。

 

「…もしかして」

 

数か月前の出来事を振り返り、懐かしさを感じ始めたころに木場がふと声を上げる。

 

「どうした木場?」

 

「…あの時は深いことは考えなかったけど、今、この状況で振り返って思ったことがあるんだ」

 

「?」

 

「イッセー君は、レイナーレのことを引きずっているんじゃないかって」

 

「…そういうことか!」

 

木場の推測とレイナーレの件が繋がり、ようやく合点が行った。今まで俺にとってあの出来事は初めて友を殺された怒りと復讐心に燃えたという出来事でしかなかった。

 

が、それを今回の喧嘩を機に兵藤の視点から振り返り、考えたことで今になって気づいた。あいつにとって、あの事件がどういうものだったかということに。あの事件はあいつにとって、ただアーシアさんや部長さんたちとの出会いというだけのものではなかった。

 

「どういうことですか?」

 

「イッセー君はレイナーレに、初めての彼女に裏切られて殺された。それがきっかけで、イッセー君はまたそうなるんじゃないかって怖がってるんじゃないかな」

 

いまいちピンと来ていないギャスパー君に木場が説明する。

 

そう、今回あの事件を振り返ったうえで大事なのは、あいつがグレモリー眷属の悪魔に転生したことではなく、元カノに殺されたということだ。

 

心を許した相手に裏切られたのはさぞ堪えたことだろう。その傷跡は俺たち、あるいは本人ですら気づかない所でまだ癒えずに残っていたのだ。

 

「…そういえば、レイナーレの奴。奴のデートが退屈でつまらなかっただの酷評していたな。心の底から任務とは言えデートした兵藤のことを馬鹿にしていたよ」

 

「うん、イッセー君のことだから、初めての彼女ができて本当に嬉しかったんだと思う。絶対に大事にしようって思ったんだろうね。…でも、そんなイッセー君の思いは砕かれてしまった。精一杯頑張って考えたデートプランもつまらないと一蹴されて…殺されたことに意識が行っていたけど内心ではすごく傷ついたに違いないよ」

 

木場の言う通りあいつは馬鹿だから本当に、ただ純粋に喜んだだろう。そしてこんな自分を好いてくれる相手を一途に思い、大事にしたいと心の底から願ったはずだ。

 

「だから、部長やアーシアさんたちもあの時と同じように裏切られて馬鹿にされるんじゃないかって思ってるんだと思う」

 

それをあいつは明確な悪意を持って踏みにじった。兵藤を殺害するという任務を達成するだけならここまで回りくどいことをする必要はなかったはず。なのに、あいつはわざわざ初めての彼女として近づいて、あいつに希望を与えて、そしてそれを無残に、惨たらしくぐちゃぐちゃにした。

 

レイナーレの本心は奴の言葉の節々に感情と共に表れていた。デートの最中だってずっと隣で笑っている兵藤の隣で内心ではクソガキだの、人間風情だのとコケにしていただろう。なんとも悪辣極まりないやり方だ。

 

「でも、アーシア先輩たちに限って絶対にそんなことは…!」

 

「そうだ、でもトラウマってのはそう簡単に乗り越えられるものじゃない。1%でも可能性があるって考えるだけで震えて何もできなくなるんだ。ギャスパー君だって、制御できない神器で人が停止させられるのが怖かっただろう?それをすぐに克服できなかったのと同じだ」

 

前世では電車の脱線事故が死因だったため、一時期の俺は列車がトラウマになっていて初めて冥界に行くために列車に乗った時、動悸が激しくなったりと体調を悪くした。正直今でも完全に克服できたわけではない。もしかしたらそうなるかもしれない、そう思うと嫌な汗が噴き出すのだ。

 

トラウマとは人の記憶と心に残り、長きにわたって強く締め付ける鍵のない足枷のようなものだ。

 

「…本人の口から聞かない限りは推測の域を出ないけど、一番有力な説だな。よし、帰ったら直接聞いてみるか」

 

「そうだね、早く戻ろう」

 

俺たちは兵藤から聞かなければならない。本当にレイナーレが与えた傷が残っているのかを。もしそうなら、木場の推測通りなら、一刻も早く朱乃さんたちに伝えなければならない。あいつだって悪意を持って部長さんの思いを踏みにじったわけではないのだと。

 

その思いが、帰路を歩く俺たちを足早にさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰って来たのか」

 

帰ってきた俺たちを出迎えてくれたのはゼノヴィアだった。その表情は未だ晴れやかではない。

 

「ゼノヴィア」

 

「その後、部長とイッセー君の様子はどうだい?」

 

「部長はまだ部屋に閉じこもったままだ。一応朱乃副部長がケアしたおかげでどうにか落ち着いてはいるみたいだが…」

 

「そうか…」

 

やはりあの傷はそう簡単に癒えないか。時間が必要だな。それと、また兵藤と向き合うことが必要のようだ。

 

「イッセー先輩は?」

 

「…ついてきてくれ」

 

ゼノヴィアは答えを返す代わりに、旧校舎の多く存在する空き部屋の一室の前へ俺たちを連れてきた。その部屋は俺たちが買い出しに出る前、兵藤が作業するためにと移動した部屋だった。ここで兵藤は出し物の一つであるお祓いのために畳を敷くなどの模様替えをしていたはず。

 

僅かながら開いたドアの隙間から、その様子が少し窺えた。

 

「…おっと」

 

「なんだってみんな半裸でおしくらまんじゅうしてるんだ…?」

 

「見てはいけない物が見えてしまいます…」

 

朱乃さん、アーシアさん、塔城さん、紫藤さんの四人が服をはだけさせて兵藤に優しく抱き着いている。アーシアさんは神器の力を、塔城さんは仙術を使っているようで中心の兵藤がほのかな緑と白い光に包まれていた。

 

胸の先端にあるピンク色の突起が見えそうで見えない絶妙なポジションに男子組の俺たちは、若干唾をのんだ。

 

そして朱乃さんたちに抱擁される兵藤は、涙を流していた。まるで怖い目に遭った後、恐怖におびえ泣きじゃくる子供のように。

 

「あの後みんなで話し合って、私たちはイッセーのあるトラウマに気付いた。そこでイッセーを癒そうということでこうしているわけだ」

 

「トラウマってまさか…」

 

「ついさっき、イッセーから話してくれた。イッセーはレイナーレという堕天使の件で、女性との恋愛にトラウマができてしまったみたいなんだ」

 

「やっぱりそうだったんだね」

 

「木場先輩の思った通りでしたね」

 

俺たちの推測は完全に当たっていたみたいだ。木場の奴、試合を前に頭と勘が冴えているな。

 

「またレイナーレみたいに裏切られるんじゃないかと、彼は部長やアーシアたちを怖がって先の関係に進めないでいる。…鈍いのは私だな。イッセーのトラウマに気付けず、内心おびえる彼を責めてしまった」

 

「あの時いなかったお前はまだ仕方ないところもある。でも俺や木場、あの事件にかかわった俺たちはすぐに気づくべきだったんだ」

 

ゼノヴィアは一瞬、部屋の中の兵藤に目をやるとばつの悪そうに目を伏せた。

 

悪魔への転生、レイナーレ達堕天使との戦いの中で誰にも顧みられず、忘れ去られていたあいつの心の傷。この出来事は、兵藤の見えない傷をないがしろにしていた俺たちへの罰だ。

 

「最近加入したばかりなので、イッセー君にそんな過去があったこととは思いませんでした」

 

「ロスヴァイセ先生」

 

ミーティングの後、教師の仕事が残っているからとアザゼル先生と一緒に出ていったが戻っていたのか。

 

「…恋愛経験のない私では彼の支えになることはできません。教師として生徒の悩みに気付けず、何もしてやれないことがこんなに悔しいだなんて」

 

まだ教師になってから日の浅いロスヴァイセ先生が、その表情いっぱいに悔しさと悲しみをにじませながら顔を俯かせた。そう思うことができるロスヴァイセ先生なら、きっといい先生になれるよ。

 

「うぅ…みんな、ありがとう。皆がそう言うなら本当だよな。…約束しよう、一万年たったって俺たちみんな、ずっと一緒にいよう。アーシア、朱乃さん、小猫ちゃん、イリナ、みんな大好きだ」

 

「はい、ずっと一緒です!私もイッセーさんが大好きです!」

 

「そう言ってもらえるなんて、私は幸せ者ですわ」

 

「私もずっと、先輩とお付き合いします」

 

「そ、そう?面と向かって言われると、照れるわね…!」

 

扉の向こうでこれまでの苦しみを打ち明けた兵藤はずっと引っかかっていたつっかえが取れたような晴れやかな表情をしていた。もう兵藤は心配なさそうだ。

 

あとはこれから、部長さんとどう向き合っていくのか。これからの試合、そして学園祭は間違いなく二人にとってターニングポイントになるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そこは旧魔王派のアジトの一室。昨日の神祖の仮面回収任務の報告に訪れたクレプスは目下、リーダーたるクルゼレイ・アスモデウスの怒りに触れていた。

 

「神祖の仮面を奪われただと!!?」

 

「はい、突如乱入してきたアンドロマリウスともう一人の戦士に奪われました」

 

「貴様、我々がどれほど調査に手間をかけてきたと思っている!!それでこのざま…ッ!!ふざけるのも大概にしろ!!」

 

淡々と報告するクレプスの姿が癇に障り、状況を理解していないのかとクルゼレイは卓を叩きあげて怒鳴り上げる。色欲を司るアスモデウスの悪魔が、これでは憤怒を司る凶魔王サタンのようだと内心クレプスはせせら笑った。

 

「その件に関して、こちらに責任があることは重々承知しております」

 

「だったら…」

 

「しかし、他の仮面の手掛かりを得ることはできました」

 

「何?」

 

いよいよ拳を振り上げようとしたその時に舞い込んだクレプスの報告が、クルゼレイの振り上げた腕をぴたと止めた。

 

「人間界の日本の奈良という地域で見つけた旧レヴィアタンの遺跡に、仮面と一緒に他の仮面のありかのヒントがありました。そこに…」

 

「だったら一刻も早く、他の仮面を確保しろ!これ以上下賤な者どもに奪われてなるものかッ!!わかったらさっさと行け、この鈍間が!!」

 

「御意」

 

クレプスは恭しく膝をつき首を垂れると、静かに部屋を後にする。報告の終わりを待たずに話をぶった切り、怒り狂うクルゼレイとは対照に最後まで彼女は表情をピクリとも動かすことなく、ごく冷静な振る舞いで報告を終えた。

 

「くそっ!…カテレアがいれば、彼女こそ仮面に相応しい魔王になれたというのに」

 

部屋を出る寸前、クルゼレイの毒づきが聞こえた。その声に秘められた悲嘆と失われた者への切望を彼女は感じたが、それが彼女の凍てついた心を動かすことはない。

 

「…彼もシャルバも、神祖にふさわしくないわ」

 

彼らに近づいてよくわかった。なぜ旧魔王の血族という大きな影響力を持つ存在が筆頭に立ちながら、今のように何度も現魔王派に大敗を喫し、こそこそとした活動を強いられているのか。

 

もちろん、戦力や実力の差もある。だが彼らは旧魔王という偉大な先祖を持つ彼らは受け継いできた血筋と魔力を過信し、驕り上がっている。血筋が起因するプライドだけはやたら高いばかりに彼らは卑しき身分の者にも自身を超える力を持つ存在が発生しうるということにすら気づけない。

 

そして彼らは悪魔社会を自分たちの家が一番栄華を誇っていた時代に戻そうとしている。大方悪魔の駒を廃止しようとも考えているだろうが、ここまで多大な変化をもたらした以上そんなことができるはずもない。そもそも旧魔王が天界と戦争していた時代とは情勢が違う。冥界と密にかかわる人間界の文明の進歩、そして戦争による疲弊と種の存亡の危機。これまでの旧魔王たちのやり方では限界があった。

 

悪魔社会はそんな時代の流れに応じるべく、変わるべくして変わった。それがサーゼクスたちの出現であり、今の旧魔王の血族の衰退だ。今までとは違う彼らのやり方とアジュカが生み出した悪魔の駒は間違いなく、危機に陥った悪魔という種を救った。それをクルゼレイたちは否定している。

 

ようするに彼らは現実が見えていないのだ。新体制で庶民からの支持を集める魔王サーゼクスたち、そして彼らが見下す元人間の転生悪魔である兵藤一誠の存在をいまだ受け入れられずにいる。敗北を繰り返してなお、彼らは自身の正当性を信じてやまない。血筋と正当性だけで彼らは勝てると思い上がっているのだ。その程度の器では、仮に彼らの血筋に対応する仮面を見つけたところで適合し得ないだろう。

 

変わらない物は存在しない。変わらない物はただ廃れていくのみ。このままでは、彼らは滅びの道を歩むだけだ。それすら、彼らは気づきやしないだろうが。それを理解しているからこそ、あのリリンやベルフェゴール家、マモン家は呼びかけに応じなかったのだろう。

 

「ベルゼブブもアスモデウスもどうだっていい。私はただ、あの人に会えればなんだっていい」

 

つまらぬ俗物のことなど、クレプスは歯牙にもかけない。彼女はただ、二度と戻らぬあの後姿を呼び戻すために動いている。

 

だから彼女は、那由他の鈴を名乗った。失われた那由他を取り戻す呼び鈴として。

 

 




次回、「聖地アグレアス」
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