Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
翌日の朝、北欧に戻ったロスヴァイセ先生と塔城さんを除く俺たちオカ研は兵藤家の広い玄関に集まった。昨夜、アザゼル先生から兵藤家にとある客人が訪れるからそれを出迎えてほしいという連絡があったからだ。
おまけにどうやらただの客人ではないらしい。先生曰く、絶対にお前たちは不満を漏らすが絶対に攻撃はするな、だそうな。殺意を抱いてもおかしくないとすら言われるほどだが、俺たちとあまりよくない関係を持っている客人がなぜここに訪れるのか。
今のところそういったことになるような関係を持っているのはヴァーリチームくらいだが…あいつらがまたここに堂々と足を踏み入れるようなことがあっていいのか。だが彼らと考えるには一度は共闘した関係だし、殺意というのはまた違う気もする。
「塔城さんは今どうなっている?」
「安倍先輩が特別な薬を調合してくれたおかげで落ち着いてるよ。ただ、安静にするようにってことで今も部屋で休んでる」
「そうか…サーゼクス様が来た時からもう始まってたんだな」
その客人が来るまでの待ち時間、俺たちの話題は昨晩の塔城さんの異変のことだった。どうやら猫又である彼女に発情期が訪れ、昨夜兵藤に子作りを迫ったらしい。迫られているところを部長さんが発見し、テニス部部長であり異形関係者でもある安倍清芽先輩の力を借りることで事なきを得たという。
「猫又の発情期…猫由来の妖怪らしいと言えばそうだがまさかそんなことになるとはな」
「僕も聞いた時はびっくりしたよ。今までこんなことはなかったからね」
「小猫ちゃん…大丈夫でしょうか」
俺たち男子組はそれぞれの心配を口にする。おそらく部長さんと兵藤の恋人同士の関係性を間近で見たことがきっかけだろうというのが部長さんの推測だ。意中の相手が他の女の子とラブラブなのは彼女にとってつらく、焦りを生むものだっただろう。それが結果として、発情期の到来という目に見える形で現れたという。
「薬で抑えても今後体にどんな影響が出るかわからないから、俺が頑張ってエロいことするのを我慢するしかないんだとよ。まだ体が小さいから妊娠して出産すると命に係わるかもだからな」
「塔城さんも苦しいだろうに、お前も辛いんだな…テストもあるし、心底同情するよ」
テストに加えて年がら年中発情期な兵藤にとって、ヤる気満々の彼女とエッチをするなという生殺しはさぞ苦しかろうに…同情の念を抱かざるを得ない。それに発情期で交わるのも彼女にとって本意ではないだろう。
彼女の心身両方のために、兵藤は我慢しなければならないのだ。テストや昇格試験、今回の訪問と言い相も変わらず、いろんな出来事が畳みかけてくることで。
「本当だよ…それより、先生はまだか?」
「そろそろ時間になるわね」
部長さんは腕時計に目をやって言う。そのわずか数秒後にピンポーンと、インターホンの音が鳴り訪問者の来訪を告げる。
「時間通りに来たか」
その音色は俺たちの空気を緊張させるには十分すぎた。先生は絶対に敵意を持つなと言われているが、いやでもそんなことを言われたら警戒するに決まっている。
部長さんは一人玄関のドアに進むと、意を決したようにドアノブを握りガチャリと開ける。
外にいたのは俺たちを集めた張本人であるアザゼル先生と…。
「ドライグ、久しい」
黒いゴスロリ服を着て長い黒髪を垂らす幼女、禍の団の首領にして無限の龍神、オーフィスがいた。アルル以上に全く感情の読めない表情で出迎えた俺たちを見渡し、兵藤…というよりその中にいる天龍のドライグに感情のない声色で挨拶をする。
「!?」
「え!?」
「なっ!?」
「お前は…!!」
「お、おおおおおオーフィスぅ!!?」
どうせヴァーリチームなんじゃないかという俺たちの予想をはるかに超えたとんでもない人物の訪問に、俺たちは大いに面食らい、驚きに口をあんぐりと開けて叫び、目を限界まで見開いた。
どうして禍の団のボスである龍神オーフィスがここにいるのか?まさか、オーフィスが先生の言っていた客人?だとしたら、先生は禍の団と繋がって…!?
驚き、困惑、怒り、いくつもの感情が俺の中を駆け回り、思考と混ざり合ってごちゃごちゃになっていく。
いくら遊び心満載の先生とは言え、ドッキリならたちが悪いにもほどがある。家に世界を震撼させるテロリストのボスがやってきましたなんて夢であってほしい、というか現実でそんなことがあってたまるか。
何はともあれ、敵襲であることには変わりない。敵のボス自らお出ましとは…奴らもいよいよ本気で俺たちを潰しにかかろうという魂胆か!
「ッ…!!」
驚きののち、正気に返って一斉に俺たちは戦闘態勢に入る。木場やゼノヴィアはそれぞれの剣を構え、兵藤は神滅具の籠手を装着する。
〔ソウル・レゾナンス!〕
俺もドライバーを腰に出して、左手にプライムトリガーを、右手にスペクター眼魂を握り即座に変身せんとするが、アザゼル先生が大慌てで俺たちとオーフィスの間に割って入った。
「待て待て待て!だから言ったろ!誰が来ても殺意は抱くなよって!!大体俺が束になっても勝てない龍神にお前らが勝てるわけないだろ!!攻撃はやめろ、こいつも攻撃しないから!」
「先生、これはどういうことですか!?」
「アザゼル、あなた自分が何をしているかわかっているの!?このドラゴンは全勢力を敵に回し、被害を与えている組織の親玉!倒すべき敵なのよ!?それをよりによって同盟の中心であるこの町の、この家に入れるなんて…!!」
当然、俺たちは不満を駄々洩れにして先生を非難する。
奴は禍の団の首領、曹操やシャルバたち旧魔王派を束ねるヴァーリ以上に許されざる存在だ。奴の蛇で強化された部下がこれまで各地にどれだけの被害を与えてきたことか。それに対抗する同盟の中心地であるこの町に足を踏み入れていい道理はどこにもない。
「大体、この家に来れたってことは警備の目を欺いてきたってことですよね」
「敵の首魁と通じるなんて、これは明確な協定違反よ!そもそもヴァーリですらアウトなのに…サーゼクス様やミカエル様に糾弾されても文句は言えないわ!一番和平を訴えてきたあなたがどうして…!!」
「わかっている。だが今回の訪問がうまくいけば禍の団を終わらせられるかもしれないんだ。お前らの想像通り、俺は今多くの目を騙してこいつをここに連れてきている。誰に何を言われても、お前たちに攻撃されても文句は言えん」
特に怒髪冠を衝く勢いで先生を問い詰める部長さんを先生は宥めながらオーフィスをかばう。果たして、和平を推進してきた先生が和平を壊す組織の長をかばうこの場面を大衆が見たらどれだけの非難の嵐が巻き起こることだろうか。
未来志向の和平のみならず、禍の団の脅威に対抗するという協定の根幹を揺るがす行為をその協定を積極的に訴えてきた先生自身が破るとは、先生は今までの自分の行動の積み重ねを自分で無に帰すつもりなのか?
「だが俺はヴァーリからこいつの話を聞いて、話し合いができる、必要だと判断した。俺たちも、禍の団の連中も、オーフィスのことを何も知らないし、知ろうとも知らなかったんだ。これはチャンスだ。頼む、どうかこいつの話を聞いてやってくれ」
「……」
俺たちの目を真っすぐ見据えて、さらには頭を深々と下げた先生の懇願が長い沈黙を呼ぶ。俺も含めて、皆この到底受け入れがたい来訪者をどうするか考えているのだ。その沈黙は、皆にある程度の冷静さを取り戻させた。
「…和平を訴えてきたあなただからこそ、ね。わかったわ、ここはあなたを信じることにするわ」
鼻を鳴らしながらも、一番最初に折れたのは部長さんだった。不満の色はまだ見て取れるが、一通り怒りをぶつけたことで幾分か普段の冷静さを取り戻せたようだ。感情を抑えて状況判断できる点も彼女が『王』たる所以だ。
俺も一度、大きく深呼吸して冷静さを頭に呼び戻す。湧いた怒りと驚きが、保冷材で熱いものが冷やされるように落ち着いていき状況把握するための思考に変わる。
「…正直もやもやするが戦力で言っても勝てる道理はないし、ここは話し合いをするしかないな」
そもそもの話、今の俺たちが力を合わせたところで全勢力でぶっちぎりのトップの実力を持つ龍神に勝てるわけがない。それにここで戦えば民間人にも被害が出ることは確実。奴の存在そのものが俺たちにとっての不利なのだ。
いずれにせよ、俺たちはオーフィスの要求を飲むしかない。
「そうだね、それに先生には世話になっている。ここは剣を収めるとするよ」
「私も同じ考えですわ」
皆をまとめ上げる部長さんと俺が一応納得する姿勢を見せると、それに追随するようにみんな敵意を収めていく。どうにか衝突は避けられたようだ。
それに普通に考えて、これまで俺たちのために動いてくれたアザゼル先生が今更俺たちを裏切るなんて考えられない。先生は今後の情勢を考え、今回の行動を実行に移した…ということにしておこうか。
「それで、これからどうすればいいの?とりあえずお茶の一つ出した方がいいのかしら?それにヴァーリチームは?」
部長さんがため息をついて訊くと、オーフィスの背後に魔方陣が二つ出現し、光と共にその二人が現れた。
その二人とは当初俺たちが予想していたヴァーリチーム、そのメンバーの猫又の黒歌と魔法使いのルフェイだった。
「や」
「ご機嫌用、お初の方もいらっしゃるようですがわたくし、ヴァーリチーム所属のルフェイ・ペンドラゴンと申します。こちらはフェンリルちゃんです」
黒歌が軽く手を振り、ルフェイは礼儀正しくお辞儀すると、その傍らに控える灰色の毛並みが美しい狼を撫でた。
…え?こちらは…なんて言った?フェンリル?
「フェンリルぅ!?」
「えぇ!?」
「なんだって!?」
「あのフェンリルが…」
オーフィスに次ぐ二度目の衝撃が俺たちの間を駆け巡る。
過去のロキ戦の記憶の中のフェンリルと比較して、ゴールデンレトリーバー並みのサイズとかなり小さくなっているがそのただならぬ気配は健在のようだ。この場に全勢力でトップクラスに強い存在が二人…いや二匹も。
ヴァーリはあの戦いで覇龍を使い、フェンリルを拉致したんだっけ。まさかこんなペットみたいな感じの大型犬になって再び相まみえることになろうとは。フェンリル本人も思いもしなかっただろう。
「ちょっとちょっと!私もいるわよ?」
「げ、黒歌!」
俺たちがフェンリルに驚かされてばかりいると、構ってほしいと言わんばかりにいきなり兵藤に黒歌が抱き着いた。その豊満な胸を押し当てられた兵藤はまんざらでもなさそうに鼻の下を伸ばす。
「相変わらずおっぱいが好きみたいねー。それにスペクターは残念ね、クソ猿がいなくて」
「いなくていいわ」
今の俺にはあいつとコントする余裕などないのだ。
「我、話がしたい」
「だそうだ。とりあえず家に上げてやれ。これで失敗したら俺の首が物理的に飛ぶからな」
念を押すように言うオーフィスを見て、先生は話を進めるために提案する。
こうして俺たちは、龍神と対談することとなった。
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玄関先で一触即発の展開から10分後。
「お茶ですわ」
「ありがとうございます」
リビングに上がったオーフィスとルフェイ、黒歌にお茶を入れる朱乃さん。いつもの穏やかな笑みはどこか警戒心の混ざったものに変わっている。フェンリルはと言うと、床で丸まってすやすやと寝息を立てている。無防備もいいところだがあの狼だ、少しでも手を出した瞬間にずたずたにされるのだろう。
「……」
雰囲気は微妙にピりついていながらも、来訪時と比べると落ち着きを取り戻していた。俺たちは相手の出方を窺うように誰も喋ろうとしない一方で向こうは空気を読まずお気楽に菓子をつまむ黒歌の影響か緩い感じだ。
逆にあの龍神に何を話しかければいいというのか。俺たちが絶対に勝てない相手に、下手に機嫌を損ねるようなことを言えばまず間違いなく町が跡形もなく消えてなくなる。最悪全面戦争の可能性だってあるのだ。向こうがどういう話をしたいのかは知らないが、こちらは不用意なことは言えないのだ。
オーフィスは何を考えているかわからず何も言わない。こちらは何が起こるかわからないので誰も彼女と喋りたくない。そんな空気を我知らない黒歌以外の両サイドの気まずい沈黙が、しばらく続いたころ。
「ありゃ?スペクター、童貞臭くないわね。童貞卒業したのね」
「おい…ッ!!」
世界を左右するかもしれない対面の緊張なんぞ知ったことではないと言わんばかりに黒歌が俺に話しかけてきた。
なんでこのタイミングで俺に話しかけてくるんだよ!!やめろよ、テロリストの親玉の前で人の性事情を暴露するの!!恥ずかしすぎて死にたくなるだろ!!一回死んでるけど!!
と思いはするも、やはりオーフィスの手前余計なことは言えないのでうまいこと言い返そうにも言い返せなかった。
考えてみろ、もしオーフィスがあんな顔をしておいて部下の侮辱を許さない仲間思いのドラゴンだったら俺がヒートアップしてちょーっとでも黒歌に変なことを言ったらその瞬間に怒りスイッチオン、この町はボンだ。
「ねえねえ、誰とヤったの?」
そんな俺の考えとは裏腹に黒歌はガンガン訊いてくる。さっと女性陣を見渡して、ぴたりとゼノヴィアに視線を止めて彼女のもとにぴょいとすり寄ると、くんくんと彼女の体を舐めるように鼻を近づけてにおいをかいでいく。
「なにを…!?」
「へぇーデュランダル使いとヤったのね。赤龍帝ちん以上にスペクターは男だったのねー」
困惑する彼女の匂いを吟味し、悪戯っぽく黒歌は笑う。
「「うるせえよ!」」
堅苦しい場にそぐわない発言をする自由奔放な彼女に対して俺と兵藤は声を揃えて言い返した。このやり取りに他のメンバーも耐え切れず苦笑する。ただ一人、オーフィスを除いて。
そのオーフィスがなんともないように俺たちのやり取りを眺めてからぽつりと一言。
「…スペクター、デュランダル使いと交尾する?」
「うぉぉぉぉぉいッ!!?」
一番話に入ってほしくない奴が入って来たぁぁ!!というか無限の龍神って童貞の言葉の意味知っているんかい!!誰が教えた!!?知識まで無限とか言わないよな!?
「…で、あのーそ、それで…俺に一体、何の用でしょうか…?」
黒歌のおふざけのおかげで空気の緊張がほぐれたこともありこれ以上変な方向に話を逸らすわけにはと思ったのか、機転を利かせた兵藤がオーフィスに用件を尋ねた。話し合いに来たという割に向こうは何も言わないのだから、こちらから聞くことになったじゃないか。
「ドライグ、天龍やめる?」
「?」
「んー…?」
ようやく口を開いたオーフィスが投げかけたのは単刀直入と言えばそうだが、イマイチ理解できない質問だった。誰も理解できなかったようで、一斉にみんなの頭上にはてなマークが浮かび上がる。
「宿主、今までと違う成長をしている。ヴァーリも同じ。我、とても不思議」
なるほど、つまり彼女は二天龍の成長に強い興味を示していると。
「曹操、バアルとの戦い。ドライグ、違う進化をした。紅の鎧、割れの知っている限り初めてのこと」
兵藤のパワーアップもすべて向こうには筒抜けだと。そして彼女が知っているということは当然、曹操の耳にも入っていることだろう。京都の時は進化前のトリアイナで押せたが、対策を持ち込んでいるであろう次に戦う時が恐ろしい。
「だから知りたい。ドライグ、何になる?」
「ど、ドライグ…何か言ってくれ…」
難しい質問を受けて答えに困った兵藤は左手を軽く叩いて、籠手に宿るドライグに助けを求めた。
二天龍と呼ばれる、ドラゴンの中では龍神の次に強いとされる存在ならいい答えを返せるかもしれない。
『俺にもわからん、こいつが何になりたいのかはな。だが、歴代と比較して面白い成長をしようとしているのは確かだ』
すると左手の甲が籠手の宝玉と同じ緑色に発光して、ドライグが俺たちにも聞こえるようなはっきりとした声でオーフィスの問いに答えた。
「二天龍、我を無限、グレートレッドを夢幻として覇龍の呪文に混ぜた。なぜ覇王になろうとした?」
『…力を求めた結果だ。その末に俺は滅ぼされた。それ以外の方法が思いつかなかったのだ』
「そもそも、『覇』とはなに?禍の団、『覇』を求める。でも、我も、グレートレッドも『覇』ではない。わからない」
『最初から強い存在に『覇』を理解できるはずがない。無から生じたお前と、夢幻の幻想から生まれたグレートレッドはそもそも次元が違う。オーフィスよ、お前はなぜ次元の狭間から抜け出してこの世界に現れ、何故故郷を取り戻そうと思った?』
「我も質問する、ドライグ、『覇』を捨てる?違う存在、目指す?その先に、何がある?」
難しい質問、それに対する答え、そして最後にさらに難しい質問の応酬。ようやく対等にオーフィスと語り合えたかと思いきやもっと話が難しく、入りにくいものになってしまった。
「…先輩、意味わかりますか?」
「…よくわからないけどとてつもなく重要で貴重な話をしているのはわかる」
「そうだ、天龍と龍神の会話なんて滅多に聞けるもんじゃねえ」
ギャスパー君に聞かれるが俺もわからん。アザゼル先生は興味深いと二人の会話に耳を傾けていた。
「ドライグ、天龍をやめて乳龍帝になる?乳をもむと進化する?」
『うぐ…オーフィス、お前までそれを…!!あっ…う、意識が…途切れてきた…相棒、早く薬を!カウンセラーを呼んでくれ!』
乳というワードが出たとたんに、ドライグが過呼吸を起こし始めた。兵藤の左手の光が、点滅が彼の状態異常を示すがごとく激しくなる。
ドライグ…ここまで精神を病んでいたのか。兼ねてから兵藤のおっぱいがらみで気苦労が絶えないと聞いていたが薬とカウンセラーに頼るようになってしまったとは。
「ドライグ!?待ってろ、ほら薬だ!」
慌てた兵藤はポケットに忍ばせておいた小瓶を取り出して、中身の液体を左手にぶっかけた。すると点滅が瞬く間に収まり、光が安定し始めた。
『済まない…あぁ…この薬は効くなぁ…』
薬の効果は抜群だったようでドライグは温泉に浸かったおっさんのように気持ちよさげな声を上げた。この一連の流れを見た俺は何とも言えない気分になってしまった。
これが三大勢力が恐れた二天龍の末路か…。まさかおっぱいという概念に押しつぶされようとは。
「我、もっと見たい。今のドライグの所有者、もっと見たい」
オーフィスはさらに興味津々と言った様子で、兵藤とドライグのやり取りを眺める。えぇ…。
「精神的にやられて薬漬けになってしまった天龍が見たいのか…」
「ん」
感想をぼそりと呟くと、ふとオーフィスの目線が俺に移った。やばい、と彼女の目に捉えられて俺の背筋が緊張が一気に高まり、びしっとこれまでにないほど真っすぐに伸びる。
いや無理、俺にまであんな難しい質問されたら答えきれない…!!
「スペクター、懐かしいにおいがする。でも彼じゃない。なぜ?」
と、以前にも聞かれた質問を投げかけてきた。
「?」
「懐かしいにおい?」
兵藤が覇龍で暴走した後も同じことを言われたな。しかし黒歌といい今日はよくニオイのことで指摘を受けるな…俺の体臭はきついのだろうか?
「オーフィスが懐かしいって…いつの話だ?」
と、先生が尋ねると。
「我が、獣と戦った頃。ディンギルが、竜域にやってきたころ」
「「「「「「!!?」」」」」」
「そ、それって…!!」
ディンギルがこの世界にやって来た時代と言えば、神竜戦争にほかならない。
「その時のことをもっと聞かせてくれ!あの時代に何があった!?」
ディンギルというワードはドライグとオーフィスの会話で興味という熱を帯び始めていた先生の熱を一気に上げることとなった。アザゼル先生はがばっと前のめりになってオーフィスに訊く。
「我も、よく覚えてない。でも、少し覚えてる」
オーフィスはそんなアザゼル先生に驚くこともなく淡々と語る。
「我とグレートレッド、次元の狭間にいた。でも、ディンギル、獣を我らに送り込んで、戦った」
「獣…?」
「その時、世界はディンギルと、戦争してた。五竜と神と仲間たち、ディンギルを神域へ、押し返した。でも、五竜と神、いなくなった」
俺たちは熱心に、真摯にオーフィスの話に耳を傾ける。今のこの話は世界から消えた記憶を解き明かす大事な手掛かりなのだ。
神と獣…ポラリスさんの情報にないワードだ。おそらく獣の方は話を聞くにグレートレッドとオーフィスに差し向けられるほどの力を持った強大な存在だろう。
神の方は特に強い疑問がある。ディンギルに立ち向かった五竜の仲間なら、なぜその存在だけポラリスさんあるいは六華閃は把握できていないのか?
「残った獣、聖書の神に封印された。我が覚えていること、それだけ」
「聖書の神に封印された獣…いや、まさかな」
先生はオーフィスの語る獣について何か心当たりがあるようだが、ありえないと首を横に振る。
「つまり悠は神竜戦争時代の人物と何か関係があるってことね」
「ちなみに、その五竜と一緒にいなくなった神ってどんな…?」
兵藤が問いかけると、オーフィスは数秒黙ってからぽつりと答える。
「我、忘れた」
「は?」
俺たちの口から一斉に「は?」の一言が合唱団もびっくりするほど綺麗に揃って飛び出した。
えっ、肝心の名前を忘れてるの?口ぶりからして結構付き合いのあるっぽい感じだったよね?
「彼の名前、思い出せない。多分、次元の障壁、ずっと見張ってたせい。でも、とてもいい神、だった」
「神…?」
「我が覚えているの、それだけ。どうして、スペクター、同じ匂い、する?」
と、まじまじと俺を見つめるオーフィス。その質問に俺は唸りながら首を傾げた。
「俺にもわからない…どんな神だったんだ?青い髪の女神か?」
俺とかかわりがある神と言えば護衛任務をしたオーディン様か、俺を転生させた女神くらいしかいない。オーディン様なら今この世界にいるわけだし、女神に至っては別の世界の存在だ。ダメもとでそうじゃないのかと聞いては見るが…。
「違う、男だった」
オーフィスはかぶりを振る。
「うーん…それじゃあ、俺もわからない」
「…そう」
最後のオーフィスの声は、少しだけ悲しそうな声色だった。あの無感情なオーフィスがそんな反応を取るほどとはいよいよどんな人物だったのか興味が湧いてくる。
その反応以降、彼女がこれ以上話すことはなかった。そのタイミングを見計らって話が終わったと判断したか、俺と兵藤の肩にポンとアザゼル先生が手を置いた。
「…というわけで数日だけオーフィスをここにおいてくれないか?どういう理由かはわからないが、イッセー、お前を見たいそうだ。見るだけならいいだろう?」
「イッセーがいいなら私もかまわないわ。ただし、警戒は最大限にさせてもらう。それでいいなら、これ以上は何も言わないわ」
と、先生と部長さんは話を纏めるように言う。兵藤も二人の意見にこくりと頷いて。
「俺は大丈夫です。ただ、試験が近いんでそれに配慮だけしてもらえるなら…」
「決まりだな。毎度済まないな、お前たちにばかり負担をかけさせてしまって。どうにか試験期間と被らないようにできないか考えたが…事情が事情だったのであきらめるしかなかった。だがこれは上手くいけば情勢がいいように大きく変わるチャンスなんだ」
先生は重ね重ね申し訳なさそうに言う。
つまり今、俺たち…特に兵藤に世界の命運がかかっていると言っても過言ではないわけだ。ちょうど俺たちは学生生活の命運がかかっているテストと対峙しなければならないというのに。
それだけの重大な責を任されたからにはこちらもきちんとやり遂げてやろうじゃないか。おまけに先生の社会的、肉体的な命もかかっているようなものだからな。これまで先生にお世話になって来た以上、先生のためにもいい結果をもたらしたいものだ。
「オーフィス、黒歌、ルフェイ、こいつらは大事な試験を控えている。邪魔だけはしないようにしてくれないか?」
「わかった」
「私はのんびりくつろぐにゃん」
三人はすんなりと先生のお願いを了承する。邪魔はしないだろうけど絶対何か起こらないわけないよね、これ。
というわけで、試験期間中、龍神たちが兵藤の家に滞在することになった。
オーフィスの口からとんでもない事実が明かされました。ちなみにオーフィスはその時からグレートレッドのことをいいように思っていなくて、渋々共闘した感じです。
本当なら次元の障壁の記憶封印を受けないくらい強いオーフィスですが、健気にも障壁の向こう側からディンギルたちが来ないようにずっと孤独に監視し続けていました。その間に強力な障壁の力に数千年以上も当てられ続けたせいで戦争の記憶がおぼろげになっています。
次回、「中級悪魔昇格試験」