ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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第164話「雄々しき拳」

 

「ははっ!大王バアルの次期当主様も参戦か!やっぱ曹操の見立ては正解だったな!ここにくりゃ強ぇ奴らと戦えるってな!!」

 

「サイラオーグ…!」

 

ヘラクレスは更なる強者の登場に興奮と歓喜の笑い声をあげ、リアスたちは突然の参戦に驚く。

 

「丁度旧魔王派の残党を屠って来たところでな。…英雄派のデータで見た、奴が幹部の一人だな」

 

そしてサイラオーグは次々に一瞥する。空から響く戦闘音、何人か欠けたグレモリー眷属、ヘラクレスに強い敵意を込めた目で睨みつける傷ついたシトリー眷属、そして彼女らが守る子供たちを乗せたバス。

 

「…状況は大体わかった」

 

瞑目し息を吐いたのち、サイラオーグは静かにヘラクレスに問うた。

 

「問おう、何故子どもたちを狙った?」

 

「我々は元々、超獣鬼がどこまで攻め込むことができるか見学しに来ただけだ。その道中、彼らと遭遇したものでな」

 

「俺はヴリトラたちを焚きつけるダシにしただけだぜ?ばったり出くわして、そいつらを守ってるもんだから攻撃されたくなけりゃ戦えってな!」

 

悪びれもせず答えるヘラクレスに、バスの近くで待機するシトリー眷属の『僧侶』花戒は苛烈な怒りを乗せた目で睨む。

 

「卑怯者…!あんたのせいで元ちゃんも会長も…!」

 

ヘラクレスたち三幹部はシトリー眷属を相手にしつつ、戦法を取っていた。それもありバスの護衛により一層意識を向けざるを得なくなったことで苦戦を強いられたのだ。

 

「うぅ…」

 

傍らで横たわっていた匙が、うめき声を上げながら起き上がろうとしていた。

 

「匙!無理しないで!」

 

「そうはいくか…子供たちが…おっぱいドラゴンの人形を…大事に握ってたんだ…!」

 

「…」

 

サイラオーグは静かに匙の言葉に耳を傾ける。痛みに呻き、体のバランスを崩して血を吐く匙はそれでも立ち上がることをやめない。悔し涙が流れるその目に滾る怒りと戦意の炎は未だ絶えることはない。

 

「ここで立ち上がらなけりゃ…一生あいつに向き合えなくなっちまう…!!」

 

「…そうか」

 

ヘラクレスを見据えるサイラオーグの眼差しが少しばかり細くなる。

 

「英雄派というからには英雄を目指すにふさわしい勇敢な戦士の集いかと思っていた。…だが失望した。貴様のような野蛮な外道がいたとはな」

 

愚直なサイラオーグの率直な感想にヘラクレスはやはり悪びれもせず、煽り返す。

 

「はん!俺とあんたじゃあ英雄の捉え方が違うんだよ、滅びも魔力も使えない無能のバアルさんよぉ?赤龍帝もそうだったけどよ、悪魔のくせに魔力を使えないなんて恥ずかしくないのか?」

 

「言わせておけば…!」

 

自分たちと夢と誇りをかけて全力でぶつかったサイラオーグだけでなく、愛する男すら悪意を持って貶されたことにリアスは怒りを覚える。煽りに食って掛かろうとするがそれをサイラオーグは静かに片手で制した。

 

「それに俺はヘラクレスの魂を継ぐ男だぜ?その偉大なヘラクレスに退治されたネメアの獅子の力を使ってるたぁ、運のねえ奴だな!獅子の力を使わなきゃ今の俺には勝てねえってのによ!」

 

それでも饒舌に罵倒と挑発を繰り返すヘラクレス。しかしサイラオーグはほんの少したりとも怒りを示すことはなかった。代わりに静かに言葉を吐く。

 

「…よかろう。ならば俺も覚悟を決めよう」

 

「ほら、使ってみろよ!じゃなきゃ敗北必須だぜ?使ったなら使ったでてめえの首を絞め殺してやんよ!ヘラクレスの神話みてえにな!」

 

「貴様相手に獅子の鎧は使わん」

 

「…は?」

 

ヘラクレスは言葉を無くした。

 

この男は一体何を言っているのか。獅子の力を解放しなければ勝てないと念押しで言ったのになぜその真逆の決断を下すのか。

 

勿論ヘラクレスは兵藤一誠とサイラオーグの戦いを映像で見ている。それを見て、やはり英雄化と禁手を併用すれば勝てる相手だと踏んでいた。今の自分から放たれている強大なオーラは当然サイラオーグに認識され、鎧を着なければ勝てない敵だと思われているはず。

 

それなのになぜこの男は本気を出さないのか。

 

「もう一度言う。貴様のような三流の戦士に本気は出さない。赤龍帝に劣る貴様に獅子の鎧は使わないと言っている」

 

挑発の念押しで返されたのは意地の念押し。嘗められたものだと額に青筋を浮かべるヘラクレス。勇ましいヘラクレスの魂を継ぐ自分を弱者と断じられ、黙ってなどいられない。

 

「…いいぜ、使わねえってんならあの世で後悔しても知らねえぞ!」

 

〈BGM:闘志果てしなく(遊戯王ゼアル)〉

 

無能の男のプライドなぞ所詮たかが知れている。使わないなら使わないで一方的に蹂躙するまで。

 

そう決めたヘラクレスは手元にパーカーと同じ色をしたダイナマイトを創造。その鍛え上げられた腕力で思いっきりサイラオーグへ投げつけた。

 

しかしサイラオーグは躱さない。そのままダイナマイトが命中すると同時に派手な爆発に呑まれた。

 

「まだまだぁ!」

 

さらに果敢に攻め立てるヘラクレスがサイラオーグとの距離を詰め、紫と赤が入り混じったオーラを纏った拳を分厚い胸に打ち込んだ。

 

瞬間、凄まじい爆発が巻き起こる。英雄化なしの通常時とは比較にならない破壊力を真正面からサイラオーグは受けた。

 

「ノーベルっつう偉人の眼魂の力だ!神器と組み合わせることで、爆破できないものはこの世にねえ!」

 

ダイナマイトを発明したノーベル眼魂と、ヘラクレスが元来持つ神器『巨人の悪戯《バリアント・デトネイション》』。この二つの力を同時に発動することで、ヘラクレスは接触した個所を爆破する能力をより更なる高みへと至らせていた。

 

「…」

 

黙々と上がる爆炎と煙が晴れる。それに隠されていたサイラオーグの肉は爆ぜ、血に染まっていた。だがやはりサイラオーグは全く動じない。まるでダメージが通っていないかのように。

 

「まだ終わんねえぞ!」

 

後退し距離を取ったヘラクレスは矢継ぎ早にダイナマイトを創造、一発一発に神器の爆発力を付与しサイラオーグ目掛けて蹴飛ばし、次々にダイナマイトの爆発を浴びせた。

 

ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!

 

爆発が起きては爆発が起き、その爆発の中から更なる爆発が起こる。敵を完膚なきまでに叩きのめし、爆殺する殺意と暴力の輝きにサイラオーグは絶えず晒された。

 

「ハハハハハッ!どうした木偶の坊!恐ろしくて動けなくなったか!?無能には相応しい末路だ!!」

 

心の赴くままに暴虐を続けたヘラクレス、爆炎が失せるとやはりそこにいたのは血まみれなのに呼吸一つ乱さず、敢然と立つサイラオーグの姿だ。

 

「…は」

 

流石のヘラクレスも軽く戦慄した。まさかこれだけ攻撃しても全く倒れないとは露程も思わなかった。どこからどう見てもかなりのダメージを受けている。なのにどうして血を吐くことも膝を突くことも、顔を痛みに歪めることもしないのか。

 

そのヘラクレスに、ついにサイラオーグが一歩踏み込んだ。

 

「俺の番だ」

 

姿がかき消える。次に現れたのはヘラクレスの目と鼻の先。この中でもっともスピードに優れた木場でさえ目に追えないほどの速度だった。

 

ドゴッ!!

 

「ッ!!?」

 

〈BGM終了〉

 

サイラオーグの大きな拳がヘラクレスの腹に叩き込まれた。体の芯を突き抜け、大気すら揺るがす一撃に意識が一瞬飛びかける。

 

その威力に軽々と吹き飛ばされた彼の体は、ビルの外壁に激突し大きなヒビを入れるのだった。そして前のめりに倒れるヘラクレスは血反吐を吐き、想像以上のダメージに悶絶する。

 

「なんだっ、これ…!!」

 

「どうした、お前がバカにした赤龍帝はこれを何度受けても向かってきたぞ」

 

「…!!」

 

蹲るヘラクレスは怒りの眼で睨み返す。

 

「貴様の攻撃には信念がない」

 

〈BGM:我が命をかけて!(仮面ライダーリバイス)〉

 

そしてサイラオーグは断じる。

 

先ほど受けた攻撃は確かに高い威力があった。だが体と心の芯に届く重みは全くと言っていいほど感じられなかった。英雄を語るなら、英雄になりたいと真に思うなら相応の信念は持ち合わせているはず。

 

しかしここまで受けたどの攻撃にも信念の重みがなかった。だからどんな逆境においても気高い意志を持ち、揺るがぬ確たる信念を持って戦い続けるサイラオーグに通じない。

 

「貴様にとって英雄とは暴力を振るうための建前でしかないのだろうな。そのような男が…真に英雄に相応しい赤龍帝に勝るはずがないッ!!」

 

「うるせえ!!」

 

これ以上聞いていられるかとヘラクレスはばっと立ち上がった。顔を血と怒りで真っ赤にし、殺意を込めた眼差しで突き刺すように睨んだ。

 

「ノーベルの力と禁手がありゃ…無能を消し飛ばすなんざわけねんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

吼えるヘラクレス、彼の全身に次々に大型ミサイルがせり出すと火を噴いて次々に空へと発射された。ロスヴァイセが過去に受けて一度は敗北に追い込まれた禁手、『超人による悪意の波動《デトネイション・マイティ・コメット》』の力だ。

 

宙に躍り出て真っすぐサイラオーグたちに向かう6つのミサイルが突如として割れ、さらにそこから無数のダイナマイトが飛び散り、あるいはミサイルのように飛んでくる。無差別に、無秩序にばらまかれたそれが周囲を爆破していく。

 

地面が削れ、焼け、ビルが砕け、木々が焼失する。目に見える全てを破壊せんとするヘラクレスの暴威をまさしく具現化した攻撃だった。

 

「なんて攻撃だ…」

 

「やけを起こしたわね…!この範囲、子どもたちが巻き込まれるわ!」

 

あらゆるものを爆破遷都する攻撃に戦慄するリアスたち。しかしそれを冷静に見据えるサイラオーグが、拳を強く握り、腕に力を込める。色濃く、確かな闘気を帯びたその拳をサイラオーグは気合と共に突き出す。

 

「ぬんッ!!!」

 

拳が空を叩く。その衝撃は先ほどヘラクレスが巻き起こした爆発音に勝るほどの轟音を起こした。拳圧と闘気が空を伝い、放たれたミサイルとダイナマイトの数々を圧迫し空中で爆散せしめた。

 

「なんだと…!!?」

 

絶句するヘラクレス。自分の全力を目の前で破られた。しかもただの拳一発で。その事実を受け入れろというのが無理な話だ。

 

「!」

 

しかし討ち漏らしたいくつかのダイナマイトがサイラオーグ後方のリアスたち目掛けて落ちてくる。その一発一発が禁手のミサイルには及ばないにせよ、通常の神器を遥かに超える破壊力を秘めている。それを認めたリアスたちは迎撃すべくオーラを手に込めるが。

 

「下がってください」

 

前に出たロスヴァイセが防御の魔法陣を前面に展開する。降り注いできたダイナマイトが魔法陣に触れるや否や続々と爆発を起こすが、魔法陣にヒビ一つ入ることはなかった。

 

「北欧で学んだ強力な防御魔法です。『戦車』の特性が合わさることで禁手の攻撃でも耐えられるようですね。…あなたに負けて以来、私に足りなかった防御を見直しました」

 

中級悪魔の試験会場に向かう前にリアスたちと別れたロスヴァイセは一人北欧に戻り、防御魔法を学んだ。

これまで多彩な攻撃魔法で敵を圧倒してきたロスヴァイセ。しかしヘラクレスとサイラオーグという自身の攻撃が通じず、それを上回る攻撃で押してくる相手との戦いを経て彼女は考えを改めた。

 

『戦車』の特性は攻撃力と防御力の上昇。攻撃魔法を得意としてきた彼女は防御に目を向けることがなかった。それでは与えられた駒の特性を生かしきることができない。これから先、激化する戦いにおいて必ずネックになってくるこの課題と向き合う時は今だ。

 

そう決意を固め、ロスヴァイセは一度単身で北欧に戻る選択肢を取ったのだ。そしてその成果は今の攻撃をもって証明された。

 

ロスヴァイセの視線に気づいたサイラオーグは誇らしげに笑み返す。

 

「それでこそリアスの眷属だ。俺も兵藤一誠に負けて以来、鍛え直した。例え生身であろうと、あの真紅の鎧に負けぬようにな。まだその域には及ばんが、いずれは届いて見せる」

 

一誠への敗北以来、サイラオーグは大王派でありながら自身を支援してきた政治家とのパイプをすべて失った。魔力を持たず、その夢を疎まれる彼からすれば悪魔社会で成り上がるうえで致命的であるにもかかわらず、サイラオーグは諦めなかった。

 

体を癒すや否や、すぐに眷属たちと共に修行に励んだ。己と同じく敗北の味をかみしめ、それでもなお前進することをやめず、負けた自分を超えるために鍛えてきたのだ。

 

そんな二人の成長を前に、ヘラクレスは完全に余裕をなくした。

 

自慢の全力の攻撃をただの拳打一発で打ち消され、あげく防がれてしまった。屈辱以外の何物でもない。しかも自分の攻撃に信念がないという妄言を吐かれたのだ。彼のプライドは大いに傷つけられた、到底許されるものではない。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな!!俺はヘラクレスの魂を継ぐ男だ!!負けるはずがねえ!!こうなった力を全開放して、辺り一面ごと全部爆破してやる!!」

 

「!!」

 

顔を真っ赤にして、青筋立てて激怒するヘラクレスのオーラが一気に膨れ上がる。その上がり具合にリアスたちは冷や汗をかいた。あのオーラをこのまま爆発させられたら自分たちはただではすまないし、周囲の被害は甚大。何よりバスの中にいる子供たちはこの距離であれば間違いなく犠牲になってしまう。

 

「てめえらも、ガキも全部吹っ飛べ!!」

 

怒りでいっぱいになった心のままに叫び散らしたその時、ヘラクレスの全身に激しいスパークが走る。

 

「ッ!!?」

 

驚くヘラクレス。体が思うように動かない。力の増大が止まり、それどころか急激に力が弱まっていく。

 

ついには眼魂がヘラクレスの体から抜け出て、サイラオーグたちの方へと転がっていった。

そして力の核となる眼魂の喪失により、ヘラクレスが纏っていたパーカーゴーストは光の粒となって失せた。

 

「どういうことだ!?なんで勝手に英雄化が解除される!?」

 

ヘラクレスは勿論、ゲオルクも突然目の前で発生した現象に驚きを隠せない。これまでの英雄化の実験で蓄積したデータから導き出された結論はただ一つ。

 

「…まさか、親和率が急激に落ちて維持できなくなったのか」

 

元々ヘラクレスとノーベルは他の幹部と比べ親和率が低い方であった。

 

半神の眼魂を作れない中、どうにかヘラクレスの神器に合った眼魂を選ぶことで親和率の低さをカバーしようという考えによりノーベルが選ばれた。テストを重ね、神器と眼魂の力の併用もしっかり身に着けて安定性を得たはずだった。

 

「どうやらノーベルも貴様の在り方に否を突き付けたようだな」

 

「ノーベルは元々土木建設のため、人のためにダイナマイトを発明したそうよ。あなたのような、ただ相手を傷つけるためだけに使う男を認めるはずがないわ!」

 

サイラオーグとリアスはこの現象に眼魂に宿る意志を感じていた。

 

眼魂には微かにだが意志がある。リアスは悠河からそう聞かされていた。過去に悠河は戦う覚悟を決めていなかった時、フーディーニ眼魂を起動できなかった。それはある種、迷いと恐れという鎖に縛られた心を脱出王の魂は見抜いていたからかもしれないと。

 

話を知らないサイラオーグでも、そうとしか思えなかった。英雄を目指す男が道を外れて英雄の力を使った結果、英雄に見放されたのだ。

 

「ライオンさん、がんばれー!!」

 

「負けるなー!!」

 

後方でシトリー眷属に守られるバスから、子供たちの声援がサイラオーグへ寄せられる。ぴりついた状況とは真反対に明るく無垢な声に、サイラオーグは笑みをこぼした。

 

「ハハハハハ!!子供からの声援とは、これほどまでに嬉しいものなのだな!兵藤一誠…お前が子供たちのヒーローになろうとする理由もよくわかるぞ」

 

「調子に乗ってんじゃ…」

 

激憤のヘラクレスがダイナマイトを手に握り、子どもたちへ投げつけようとする瞬間、サイラオーグが眼前に迫り二度目の拳を叩き込んだ。

 

「がはぁ!!」

 

血を吐き散らし、何度もバウンドして転がっていくヘラクレス。立ち上がっていられないほどの一撃にヘラクレスはその場に蹲った。

 

「子供に声援を貰えないような者が…未来ある子どもに牙を剥ける者が英雄を語るな!!」

 

「クソォ!!」

 

断じられ、思わず地面を殴りつけた。だが戦いはまだ終わっていない、まだ負けたわけではない。

 

そう判断した彼はすかさずポケットからピストル型の注射器を取り出した。そのアイテムを見たリアスたちの表情が焦りの色に変わる。

 

「気を付けて!あれは魔王の血で神器をパワーアップするドーピング剤よ!」

 

「ふぅー…ふぅー…!!」

 

荒い呼吸と血走った目でヘラクレスは注射器を首元に添える。しかし、最後の一押しができない。

完全に冷静さを失った彼だがこれを使えばもう後戻りはできなくなる。勇ましい英雄を目指し、それを体現してきたと自負する彼の心にほんの僅かに残った弱さが疼き出していた。

 

「いいだろう、使うがいい。俺はお前がどんな力を使おうと、真正面から受けて立ち、打ち砕いてみせようッ!!」

 

「ッ!!」

 

威風堂々たるサイラオーグの言葉が、とうとう彼の心を折った。精神的にも、実力的にも彼の方が全く持って上だった。そうと認めざるを得なくなり、それを認めてしまった。だがそれは自分がこれまでに築き上げてきたプライドを否定する行為だ。それだけは、それだけは。

 

極限の精神状態で過呼吸気味に目を真っ赤にした彼は突然乱暴に注射器を投げ捨てると。

 

「く…っそったれぇぇぇぇぇ!!!」

 

ばっと立ち上がると涙を流しながらプライドもなく、構えもなく、力もなく、ただがむしゃらにヘラクレスはサイラオーグへ一矢報いようと殴りかかろうと走るのだった。

 

「…腐っても英雄を目指す男よ。最後まで諦めないその闘志、認めよう」

 

向かってくるヘラクレスの拳を弾き、初めて構えを取るサイラオーグ。

 

「この一撃で果てるがいいッ!!」

 

ズドン!!

 

三度目の重い拳がヘラクレスの腹に真っすぐ突き刺さった。衝撃が突き抜け、白目をむくヘラクレスは意識を刈り取られてその場に倒れる。

 

かくして英雄を目指した男の口から、怒りの言葉も罵倒の言葉も溢れなくなった。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

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そこは混沌の世界。無数の色が万華鏡のように入り乱れ、空気もなく、熱さも寒さもない、ただ静寂だけが広がる世界。

 

本来なら次元の狭間を遊泳し、守護するとされる赤龍神帝グレートレッド以外何物も生物は存在しないとされる…はずだった。

 

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

男の渾身の絶叫が響いた。男、というにはそもそも人間の形すらしてない赤い鎧から男の声が発せられたというべきか。

 

無機質な赤い鎧がまるで人間のように慌てふためいている。しかしその中には何もない。だが目に見えないものは確かにそこにあった。

 

「俺、死んだのか!?二度目か!?触った感覚も、手もねえし!!これじゃあリアスたちとエッチなことできねえじゃねえかぁぁぁ!!!もう童貞卒業なんてレベルじゃねえぞぉぉ!!」

 

兵藤一誠は次元の狭間で力尽きた後、目覚めたときにはすでにこの状態になっていた。朧気ながらも覚えている記憶、そして鎧を解除した時にあるはずなのにない腕。そこから一誠は今の自分の状態を悟った。

 

それを捕捉するようなドライグの説明で、一誠は今の状態を把握した。

 

『死んだ感想がそれか…』

 

絶叫する相棒に籠手が点滅し、ドライグは呆れ気味に言う。バカは死んでも治らないという言葉もあるようだが、今の一誠を見ると本当にそうなのだとつくづく思わされる。

 

「ああ…くそ…もっと皆のおっぱいを揉みたかったなぁ…拝みたかったなぁ…」

 

絶望に項垂れる一誠。ごてごてし、とげとげした鎧の体では愛する人の胸を揉むことも、交わることもできない。ただ傷つけてしまうだけだ。

 

魂だけの状態なので、当然悪魔の駒もない。ドライグに駒は龍門を通じて転送されたと聞いたから、リアスたちのもとに行ったのだろうと想像はついた。

 

一誠の今の体も勿論だが、もう一つ彼を驚かせる点があった。

 

「しかもここ、グレートレッドの上ってどうなってんだよォォォォォォォォ!!!」

 

そう、彼らがいるのはかの赤龍神帝グレートレッドの背中の上である。次元の狭間を孤独で自由に泳ぐかの真龍の背に一誠はいた。またしても叫ぶ一誠などその巨体と比べると米粒のようなもので、その叫びも気に留めるほどのものでもない。

 

一誠はシャルバ戦後に力尽きた後、呪いで滅んだ肉体から魂が解放された。そしてそれは偶然にも通りかかったグレートレッドにオーフィス共々拾われ今に至ったのだ。

 

『これまでのことを考えると、グレートレッドもまたお前に引き寄せられたような気がしてならんな。ただでさえ旧魔王や堕天使幹部、悪神に聖槍と強者との遭遇率が異常に高いのだ。ここまで来たとしてもさして驚くこともないな』

 

「はぁ…もうわけわかんねえよ。また死ぬしグレートレッドに拾われるし。ていうか、魂だけでも生きれるんだな。俺…」

 

手を握っては開いてを繰り返し、感触を確かめる。しかし何も触れた感触がない。目は見える、喋ることができる、音を聞くことはできる。手足を動かすことはできる。だが触覚だけはない。この奇妙な感覚は一誠を大いに戸惑わせた。

 

『…いや、本来ならお前は今頃魂も毒に侵され消滅していた。本来はな』

 

「は?どういうことだよ」

 

ドライグの声のトーンが一段下がった。それに怪訝な様子で一誠は問い詰める。

 

『歴代の残留思念が…身代わりになってお前を毒から守ったのだ』

 

「…嘘だろ」

 

相棒の言葉なのに、信じられなかった。あれだけ過去にしつこく覇龍を使えと迫って来た歴代の思念が消えたことに。

 

咄嗟に一誠は神器の奥深くに潜り、歴代の思念たちを探す。以前は覇龍に取り込まれ怨念と化していた歴代も、紅の鎧に一誠が目覚めたことで憑き物が落ちたかのように元気を取り戻していた。

 

「…いない」

 

探しても探しても、誰もいない。そこにあったのはもぬけの殻になった白い部屋だけ。

 

『体は手遅れだったから手放すしかなかった。体を失えば次に毒に侵されるのは魂だ。だがお前を死なせるわけにはいかないと歴代が身代わりになって呪いを受けている間に…お前の魂を抜いて鎧に定着させた』

 

「…」

 

『少しでもタイミングが遅れていれば、お前は今ここにはいない』

 

精神が現実世界に戻って来る。白い背景がいつの間にか次元の狭間特有の混沌色に変わっていた。

 

呆然となる一誠。流れる涙もないのにふと涙がこぼれたような気がした。魂だけの体になり、失ったはずの顔がくしゃっと歪むような感覚を覚えた。

 

「なんだよ…まだろくに話してないのに…王道を見せるって決めたのに…やっとあの人たちは覇龍の呪いから解放されたんだ!明るい顔になれたんだ!!」

 

『…ああ。俺もできれば呪縛から抜け出せた歴代たちと話したかった』

 

「こんなこと…ねえよ」

 

やりきれなさに一誠は拳を強く握りしめた。相棒の悲しみがドライグにも深く伝わってくる。

 

悲しいのはドライグも同じだった。歴代の中でも特に自分とその力を深く知ろうとしている一誠と深い絆で結ばれているが、過去の所有者に対し何も思うことがなかったわけではない。

 

彼らもまた自身の力を使いこなし、共に戦う戦友だった。他愛のない言葉を交わし、死線を潜り抜けてきた。だが誰も彼も碌な最期を迎えなかった。白龍皇との宿命の戦いで覇龍を発動させ、力に呑まれながら宿敵を倒しやがて力尽きた者。白に覇龍を使われ、覇龍に目覚める前に敗れた者。あるいは白龍皇と出会う前に戦死した者。

 

悲惨な最期を迎え、神器に宿る負の思念に囚われてしまい彼らと言葉を交わすことさえできなくなっていたが、一誠のおかげで自分を取り戻せた。相棒の進化も勿論だが、歴代の解放もどれだけ嬉しかったことか。

 

歴代も同じことを感じていたかもしれない。だからこそ、彼らはその遺志を生前の相棒であるドライグに託した。

 

『だから、最後のメッセージを預かっている。歴代たちの最後の願いだ。聞いてやってくれ』

 

「!」

 

籠手の宝玉から光が放たれて、その映像を空中に映し出した。

 

どれだけ探してもいなかった歴代赤龍帝の思念達。老若男女問わない全員が椅子に腰かけ、両手の人差し指で何かを押すような動作をした。

 

「「「「「「「ずむずむいやーん!」」」」」」」

 

「…話す前に一回殴りたかったな」

 

晴れやかな表情から放たれた一言にげんなりする一誠。さっきの悲しみを返してほしいとさえ思った。

 

そんな彼は映像の隅に一人の男がいるのを発見した。それはかつて、紅の鎧を覚醒する際に歴代の思念を鎮め、助けてくれた男だ。

 

『おケツもいいものだよ』

 

「白龍皇もいるんかい!!」

 

突っ込まずにはいられなかった。赤龍帝の先輩だけでなく、白龍皇の先輩までも自分の色欲に汚染されていたとは。

 

「…とりあえず、ありがとうございました!」

 

悲しみも吹き飛び、ばぐった頭から振り絞った言葉はなぜか感謝の言葉だった。色々あったがこれだけは思った。

 

歴代の遺志を無駄にはしないと。そのためにも、一誠は再び前進することを決めた。

 

一誠は大事なことを思い出す。

 

「そうだ!!オーフィスは!?オーフィスはどうなった!?」

 

あたふたと辺りをせわしなく見渡し、彼女を探す。ここに来た最大の要因は彼女を助けようとせんがためにシャルバに挑んだからだ。自分の死後にまた何者かに攫われたとあっては悔やんでも悔やみきれない。

 

首をあちこちに振って見渡す最中、ゴスロリ衣装の黒髪の少女の姿が遠くに見えた。

 

「そこか!オーフィス!」

 

すぐに彼女のもとへ駆け寄る一誠。探された当の本人は。

 

「えいえい」

 

へちゃりと座り込んだオーフィスがぺちぺちと小さな手で地面…もとい、グレートレッドを叩いている。

その様子に彼女の無邪気さがありありと表れていた。

 

「…お前、まさかそれでグレートレッドを倒すつもりか?」

 

「我、倒す」

 

色々あってもまだそこは一貫しているなと思った。

 

「てか、冥界には行かなかったのか?皆待ってるのに」

 

『一番皆が待っているのはお前だぞ相棒』

 

「そうだった」

 

「ここ、我の故郷。イッセーとドライグ、グレートレッドがいる。だからここにいる」

 

「…」

 

どう返せばいいのかわからなかった。故郷だからいる、宿敵のグレートレッドがいるからいる。それはわかる。だが、自分たちの存在も理由に挙げられるとは思わなかった。

 

どうして、と尋ねようとしたその時、三人…グレートレッドを入れれば四人はとあるものを発見する。

 

「…ドライグ、あれなんだ?」

 

一誠が指さす先にあるのは次元の狭間に浮かび上がる巨大な魔法陣。幾重にも細かい文字が何十何百何千と刻まれたそれは仄かな光を放っている。

 

一誠はそれを壁のように感じた。まるでここから先は通行禁止だと告げるような存在感がある。

 

『わからん、何かの結界のように見えるが…見たことのない術式だ。相当強固に作られているな』

 

「あれ、竜域と神域の境界。結界が神域の侵略を防いでる」

 

オーフィスだけはそれを知っていた。過去、次元の狭間の静寂に浸る中でずっとそれを見守り続けてきた。最初は大切な誰かのためにという行動は、いつしか結界の影響を永き時をかけて受け続けたことでその誰かがオーフィスの中から抜け落ちてしまった。

 

「ならあの向こうにディンギルの世界が…」

 

『嫌なオーラをひしひしと感じるぞ。それにここからでもわかる。あの向こうにとてつもない何かがいるな』

 

結界の向こうにある何かの強大極まりないプレッシャーを感じるドライグ。その声は自然と険しいものになっていた。

 

さらに一誠は一つ、気になるものを発見する。

 

「…あれ、グレートレッドのニキビか?」

 

グレートレッドの赤い鱗の上にせりあがった白い肉の塊。どくんどくんと脈打つそれは赤と黒の仄かな光を帯びていた。

 

『自分の体をニキビ呼ばわりするのか…』

 

「…え、俺の体!?」

 

『そうだ。あの繭の中にお前の新たな肉体が培養されている。グレートレッドの肉体と、オーフィスの力でな。敵対するはずの龍神と真龍の共同作業だ』

 

信じられないと一誠は口をぽかんと開ける。

 

『お前は生まれ変わる。人間から悪魔に、悪魔から…ドラゴンにな』

 




結局英雄化を使っても勝てなかったどころか見放されたヘラクレス。間違いなく原作以上にはダメージを与えました。ロスヴァイセの防御もさすがにサイラオーグがほぼ全弾を撃ち落さずそのまま全部受けていたら破られてました。

彼にはグレンさんから頂いたノーベル魂の眼魂を合わせました。きっとヘラクレス以上に悠河は使いこなしてくれるでしょう。グレンさん、ありがとうございました。

次回はジャンヌの戦闘回です。しばらくぶりの登場となったゼノヴィアたちの見せ場です。

次回、「御旗掲げし聖女」
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