ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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こういう誰かを励ます回になると筆が乗る自分。

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第30話 「自分の生き方」

ある日の放課後、ギャスパー君は再び旧校舎の封印がかけられていた一室に閉じこもってしまった。俺も何故彼が再び引きこもってしまったのかよくわからない。

 

だが、話を聞く限り兵藤が悪魔の仕事でギャスパー君を連れて行き、相手の時間を止めてしまったことが原因らしい。兵藤やギャスパー君に悪意はなく、人慣れさせるための行動だという。

 

…彼が抱える問題は思った以上に深刻なようだ。 

 

ギャスパー君は純血の吸血鬼たる父と妾の母の間に生まれた。純血を悪魔以上に尊ぶ貴族社会の中でギャスパー君は家族、兄弟にすら疎まれ、その制御できない時間停止能力を恐れられた。

 

やがて家から追い出され、路頭に暮れるギャスパー君はヴァンパイアハンターに狙われて命を落としたところを部長に拾われたのだ。

 

何かにつけて怯える性格も納得の境遇を、彼は生きてきた。

 

今、ギャスパー君が閉じこもっている部屋の前で兵藤が呼びかけているらしい。呼びかけの効果は薄いかもしれないが一応、ギャスパー君が心配な俺も様子を見に行こうと思って一室に足を運んでいる最中だ。

 

廊下を歩き例の部屋がある曲がり角に突き当たろうというとき、兵藤の声が聞こえた。

 

だが呼びかけらしい声ではない、何かを語るような静かな声だった。気になった俺は邪魔をしてはいけないと足を止めて曲がり角でこっそり話を聞くことにした。

 

「…ドラゴンの力を使うたびに自分が自分でなくなっていくような気がして怖いんだ。悪魔もドラゴンも分からないことだらけだけど、それでも俺は前に進もうと思う」

 

「……」

 

兵藤は自分の左腕を厳しい表情で見つめる。その左腕は一見何の異常もない普通の手に見えるがライザー戦の不完全な禁手の代償としてドラゴンと化している。

 

今は定期的に朱乃さんが龍の気を抜くことで人の形を取っているが、それがなければすぐに龍の手に戻るそうだ。

 

しかし兵藤の声ははっきり聞こえるがギャスパー君の声はドア越しということもあって聞き取れないな。

 

もうちょっと近づいて耳を澄ませる。

 

「レーティングゲームの時、俺たちは負けたんだ。仲間が皆、目の前で散っていって俺と紀伊国、部長だけ残ってその紀伊国もやられてしまった。仲間が倒れる中無力に俺だけ残って…その時、部長が泣いていたんだ。俺はもうあんな悔しい思いをしたくない、部長の涙を見たくないだから…前に進むんだ」

 

(…あいつ、そんなことを考えていたのか)

 

あいつの目には悔しさと決意が宿っていた。

 

ライザー戦、俺も勝利は目前と言うあの時隙を突かれてやられてしまった。あの試合で負けたのはあいつの責任じゃない、俺の責任だ。あいつが悔やむことは何一つない、責めるべきは兵藤自身ではなく俺だ。

 

前にそう言ったことがあるのにあいつはなお自分を責め、そして悔しさを前に進む原動力にしたのだ。

 

「…僕はその時いませんでした…僕がいても、迷惑をかけるだけです。引きこもりで、人見知りで、神器をろくに使えないし…皆嫌がるだけです」

 

ギィと言う音を立ててドアが少しばかり開かれ、その隙間からギャスパー君の顔が見えた。その顔は涙を堪えるものだった。

 

「そうか、でも俺はお前のことを怖がらねえし、逆にお前が何かに怖がるんなら俺がそれをドラゴンの力でぶっ飛ばしてやる!悪魔ではお前の方が先輩だけど、年で言ったら俺の方が先輩だ。だからずっと面倒を見てやる」

 

ニッと笑う兵藤は微かに開いたドアの隙間の奥にいるギャスパー君に見せるように腕を伸ばした。

 

「何なら俺の血を飲むか?アザゼルも言ってたろ、俺の血を飲めば補助が出来るって」

 

兵藤は自分の腕をトントンと叩く。しかしギャスパー君は迷う表情を見せて首を横に振った。

 

「…嫌なんです、直接人から血を吸うのが…それにこれ以上力が高まったらどうなるか…」

 

「…高まるのが怖いか。でもなギャスパー、正直に言って俺はお前の能力は羨ましいぜ。だって時間を止められるんだろ?その間に好きなことやりたい放題じゃないか!最高だぜ!!」

 

ウキウキで自分が時間停止能力を使えたらという話を始める兵藤。やれスカートの中を覗くだ、おっぱいに触るだの妄想を滝のように垂れ流す。その様子にギャスパー君は呆れている…いや、心底驚いている様子だ。

 

…お前はホントにブレないな。でもその明るさとバカ加減で木場やアルジェントさんを救ってきたんだな。

 

ギャスパー君が不意に微笑んだ。

 

「…イッセー先輩はすごいですね。今までこの力が羨ましいなんて言われたこと、ありませんでした。それにそんな方法まで思いついてしまうなんて…先輩は煩悩と勇気、夢に溢れてます。…ちょっとだけ、希望が湧いてきました」

 

そう話す声は涙を堪えるようなものではなく、どこか嬉しそうなものだった。

 

…本当にお前はいい奴だ、すごい奴だよ。あれほど震え上がっていたギャスパー君ですら勇気づけてしまうお前の前向きさに心の中で俺は敬意を表した。…しかしだ。

 

 

 

…何故だ。

何故なんだ。

何故このタイミングで鼻がむずむずする!?

 

「…ひっ……」

 

くしゃみしてむずむずから解き放たれたいという気持ちと話の邪魔をしてはいけないという思いがせめぎ合う。

 

せめぎ合う間にもむずむずは高まるばかり。

拮抗が崩れ、爆発するのにそう時間はかからなかった。

 

「…ひっ…くしゃんッ!」

 

爆発、そして爆音。音が廊下に響き渡った。

 

「ぎゃっ!?」

 

曲がり角の奥で小さな悲鳴が上がった。俺は観念して二人の前に姿を現した。

 

「ああ…失礼、続けてくれ」

 

「いや、俺はあらかた話すことは終わったぜ」

 

ドアの前に腰を下ろしていた兵藤が言う。

 

「そうか…なら、俺もちょっと喋ろうかな」

 

ギャスパー君がいる部屋のドアへと歩を進め、兵藤の隣で腰を下ろしてドアに背を預けた。

 

一息ついて、静かに語り始める。

 

「俺も君みたいに怯えていたころがある」

 

突然の告白に驚いたらしくドアの隙間から反応が返ってきた。

 

「紀伊国先輩もですか…?」

 

「え、お前もかよ!?」

 

ギャスパー君だけでなく兵藤も俺の告白に驚いていた。そう言えば兵藤にもこの話は詳しくしてなかったか。

 

「まあ聞け…ある日突然力を手に入れて、堕天使を殺した…戦う覚悟もないような奴がいきなりそれをやってしまったらどうなると思う?」

 

「…自分の行いが怖くなる…?」

 

ドアの隙間からギャスパー君の声が返ってきた。

 

「そう、堕天使だって言葉を解し、心がある。それって人と同じなんだ。だから人を殺したように思えて…それで俺は殺しが出来てしまう自分の力と自分のしたことが怖くなって戦わない道を選んだ」

 

思い出すのはかつての俺の弱さ。自分の取り返しのつかないことをしたという恐怖に囚われていたあの頃。あの時の俺は無責任に逃げていた。

 

「…でもコカビエル戦を経て気付かされたんだ。自分の大切な者を失わない、守るためには戦うしかないんだって、破滅の運命を変えるのは立ち向かう選択をした者だけなんだって。そして俺にはそれが出来る力がある、だから辛いものだとわかっているけど戦う道を選んだ」

 

「…」

 

俺はポラリスさんの叱咤でそれを知らされた、思い知らされた、そして覚悟した。自分の力の責任から逃げていた俺は、大切な者を守るために戦うという責任の取り方を選んだ。

 

…俺はもう、兵藤がレイナーレに殺されたように大切な者を失いたくないから。あんな喪失感を味わいたくないから。やや年季の入った天井を仰ぎ見る。

 

「…結局力は全部使い方次第なんだ。人を傷つけることも出来れば役に立つ使い方だってある。こいつみたいに悪魔と皆が恐れる赤龍帝の力を変態なことに使う奴だっているしな」

 

「そこは言わなくていいだろ…」

 

げんなりとした表情で兵藤が突っ込む。赤龍帝の力をそんなことに使うのは後にも先にもお前ひとりだと思うぞ。

 

「だからお前の力もちゃんと向き合って制御できるようになれば、皆の役に立つ使い方が出来る。お前が踏ん張った先にはきっとあの時ああしてよかったって言える未来が待ってるんだ」

 

「…でも、僕は紀伊国先輩のようには…」

 

そう返すギャスパー君の声はまだおどおどした物だった。まだ彼は力への恐怖に囚われ勇気を振り絞れずにいる。

 

「いや俺もお前と同じだよ。ヘタレでお前の悲鳴にびっくりするビビり野郎さ。…でも同じだからこそお前にだって出来る。俺は何度でも助けるからさ、一歩踏み出してみろ。お前のなけなしでも勇気ある一歩を」

 

俺が思いつく精一杯の言葉で呼びかける。口下手だけど彼を勇気づけたいという思いを乗せた言葉。返事はすぐには返ってこなかった。

 

…彼に、届いただろうか?

 

「…イッセー先輩、紀伊国先輩。僕にも勇気ある一歩を踏み出せますか?先輩のように強くなれますか?」

 

扉がさらに開きそこからギャスパー君がはっきりと顔を出す。その表情は何かを期待するような表情だった。…ああ、やっぱり俺と同じだ。

 

「ああ、やってみろギャスパー!失敗しても俺たちが何度でも支えてやるからさ!」

 

「お前がそうありたいと思って立ち向かえば必ずなれる。俺が保証するよ」

 

ポンポンとギャスパー君の頭を撫でてやる。まるで昔の自分を見ているようだ。だからこそ、俺も彼が気になったんだろう。そして彼を支えてやりたいと切に思っている。

 

その後、ギャスパー君が部屋を開放してその中で話をすることにした。兵藤が「俺の左手はドラゴンが宿る手、俺の右手は部長のおっぱいに触れた手だ!」としょうもないことを言ってはギャスパー君は楽しそうに笑った。

 

俺もゼノヴィアとの生活で面白いことを語った。ギャスパー君はゼノヴィアの知らない一面を知って驚いたし兵藤は楽しそうだなと笑ってくれた。

 

談笑の途中、さらなる影が部屋に現れた。

 

「…取り込み中だったかい?」

 

ドアからこちらの様子を見るのは木場。

 

「いや、いいところに来た!俺たち男子組で最高の戦術が出来そうだ」

 

兵藤が手招きして木場を呼んだ。

 

「最高の戦術?」

 

「いいね、聞かせてくれ」

 

木場は興味深そうに集まりに足を運んだ。兵藤が思いついた男子組でできる最高の戦術とは一体…?

 

「まずギャスパーが敵の動きを止める。その間俺は力をためてドレスブレイクを仕込む。以上だ」

 

「それ俺たちいらなくね?」

 

自分でもびっくりするほど鋭く冷静なツッコミが出た。

木場に至っては軽く言葉を失っている。

 

てかやっぱり時間停止能力でさえそういう使い方を思いついてしまうのか…。ギャスパー君が悩む能力をそんな方向に考えてしまうとは、ここまでくるととんだポジティブ変態馬鹿だな…。

 

「馬鹿!俺が溜めてる最中に敵が襲ってくるかもしれないだろ!?木場の禁手とお前の力で守るんだよ!ギャスパーが止めて、俺が溜めて、お前たちは守る。完璧な布陣だ!」

 

拳をグッと握り、力説しながら俺たちを次々と指さす。

 

「…ねえイッセー君、一度真剣に自分の力の使い方について考えようよ。ドライグが泣くよ?」

 

「…うん、俺も英雄の力をそんな風に使おうとは思わないぞ」

 

俺と木場、二人そろって憐憫に満ちた眼差しを送る。

逆にどうすれば英雄の力をそう言った方面に使えるか…フーディーニの飛行能力で風を起こしてスカートめくりとか?

 

…いやいや、俺は何を考えているんだ!?こいつの話を聞いているうちにエロが移ってしまったのか!?

 

「おいお前ら、そんな目で俺を見るな!…よし、折角オカ研男子が集まったんだ。こうなったら男同士腹を割って話そうじゃないか!第一回『女の子のこんなところが好きだ選手権』!俺はおっぱいと脚だ!」

 

抗議する兵藤がパンと手を叩いていきなり話を切り出した。

 

「なんでそうなる…」

 

仲を深めたいという気持ちは分かったがなぜそれを主題に選んだ?兵藤が意気揚々とおっぱいの魅力を語り始める。

 

木場とギャスパー君は嫌がってはなく、普通に楽しそうに苦笑している。…まあ、ギャスパー君が嫌じゃないって言うなら俺もそうではないが。でも、苦笑するギャスパー君の手は震えている。

 

やはりそう簡単には恐怖から抜け出せないか。話の途中でギャスパー君が申し訳なさそうな声色で提案した。

 

「すみません、段ボールの中でもいいですか?この中にいた方が落ち着くんで…」

 

「いいぞギャスパー!そうだ、これも被ってみろ!」

 

提案を快諾した兵藤が手に持った紙袋に穴を二つ開けて、それをギャスパー君にかぶせた。

 

すると袋を被ったギャスパー君の完成だ。開いた二つの黒々とした穴から赤い瞳がキラッと光る。…中々、インパクトが強いな。女装に加えて頭には紙袋、普通の人が見たら軽くビビりそうだ。

 

「お、おおお…これいいですね…!似合いますか!?」

 

「おうバッチリだ!」

 

歓喜に震えるギャスパー君をサムズアップして褒める兵藤。

そうしてギャスパー君は部屋の奥から段ボールを持ってきて中に入った。

 

「やっぱり、段ボールの中は落ち着きますねぇ……」

 

段ボールの中から安堵の声が聞こえた。部屋に引きこもるならまだしも、どこにでも持っていける段ボールならいいか!なんだかまともな感覚がマヒしている気がする。でも、こうしてオカ研男子で談笑するのは楽しい。

 

こうして夜通し、オカ研男子の猥談が始まった。

意外にも木場はスケベだった。調子にのって俺のフェチを語ったら皆意外だという風に笑った。

 

何でだよ、誰にだってフェチはあるだろ!

 

 

 

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次の休日、夕飯を食べ終えて一人俺は皿洗いに取り掛かっていた。洗剤を付けたスポンジでパスタ皿を洗う。

 

今日の夕飯はカルボナーラ。皿にこびりついた白いソースと蛇口から流れ出る水が混ざり合いシンクは薄い乳白色の水に濡れていた。カウンターの向こうのテーブルで頬図絵をつくゼノヴィアの表情は浮かない。

 

最近、どうにもゼノヴィアの様子がおかしい。何かと思いつめた表情をして俺が何事かと尋ねては何でもないとはぐらかされてしまう。

 

何か、学校で困ったことがあったのだろうか。しかしゼノヴィアは学校で起こったことをすぐに話したがるタイプだ。その線は薄いか。

 

「…ゼノヴィア、そろそろ話したらどうだ?一体何があったんだ?」

 

「…悠」

 

「どうした」

 

俯き気味に彼女は語り始めた。

 

彼女が口を開くまでに色んな感情が浮かんでは消えた。迷い、決心、後悔、そして悲しみ。

 

「…私は前からずっと考えてきたんだ、本当に悪魔に転生してよかったのかと」

 

「…ほう」

 

語りだしたゼノヴィアの目は俺ではなくピカピカのテーブルに映る自分を見ている。

 

「私は今までの信仰を裏切って今の生活を手に入れた。もう祈ることも聖書を読むことも十字架を握ることもできない。施設の仲間や同僚、先輩にも合わせる顔がない…それにいずれは親友と剣を交えることにもなるかもしれない」

 

「…」

 

俺はゼノヴィアの告白を黙って聞いた。今まで聖剣使いの誇りがあるがゆえに誰にも言えず内にため込んでいた弱音、後悔。それをせき止めていたダムが今、彼女自身の決意によって開かれた。

 

親友とは紫藤さんのことをさしているのだろう。所属する勢力が敵対している以上、仕方のないことではある。

 

二人の間にどんな絆があろうとも、敵対しあう勢力関係はその絆を裂く。俺は二人はどういう関係なのかは詳しくは知らない。でもこの様子を見る限り互いを信頼しあう仲間であったのは確かだ。

 

「もちろん信仰を捨てる気はない…でも、今の私は主に仇成す悪魔だ。アーシアを悪く言うつもりはないが悪魔が信仰を抱き生きるなんて滑稽な話だ。幼いころから主に信仰を捧げることを胸に生きてきた私は時々、悪魔であるは故に信仰を捧げられないことが酷く辛く感じる。それで時々思うんだ、そうなるくらいなら私は教会に残って罰を受けた方が良かったのかもしれない、と…ふっ、破れかぶれで信仰に背いて悪魔になったクリスチャンにはふさわしい罰だね」

 

弱々しく自嘲するゼノヴィア。その姿にいつも見る豪快さは微塵もない。悩みを抱え苦しむ年相応の儚い少女の姿だった。

 

それは叫びだった。彼女の心に生まれた新しい環境、自身の変化に適応する過程で生じたひずみ。今までと今の間に生じた亀裂。今までは何とか新しい環境への好奇心で誤魔化し気丈に振る舞ってきたが今の生活になれたところで誤魔化しきれなくなったひずみは限界を超えこうして彼女の心を痛めつけている。

 

急激な変化に心が追い付くはずもなかったのだ。今まで誤魔化してきた分、一気に来た。ひずみに苦しむ彼女は失ったものに囚われ今を肯定しきれないでいるのだ。

 

洗い終えた皿を食器乾燥機の中に入れてスイッチを押して、言う。

 

「…お前は今の生活をどう思っている?」

 

「えっ」

 

弾かれたようにテーブルに映る自分から俺の方へと向いた。

思いもよらぬ答えだったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。

 

「俺が作った美味しいごはんを食べて、桐生さんやオカルト研究部の皆とだべって、学園で勉強して、あったかい布団で寝る今の生活をどう思っているんだ?」

 

「それは…毎日が楽しい。知らないことだらけだけど、皆が親切に色んなことを教えてくれるし私によくしてくれる」

 

「じゃあそれでいいじゃないか。幸せに感じるなら悪魔に転生するというお前の選択は間違ってないってことだ。悪魔に転生しなかったらお前は食べるものもない、安心して寝られる場所もない、助けてくれる者もいないもっとつらい日々を送ってたかもな」

 

「…!」

 

彼女は俺の言葉にはっとした表情を見せた。

 

主の不在を知り異端とされた彼女は教会を追放された。部長さんが拾わなければ今でも孤独に生きていただろう。そんな彼女が今の生活を幸せに思っている。昔がどうであれ、今が幸せならそれでいいじゃないか。

 

「悪魔になってお祈りができなくなったけど、出来なくなったことの代わりにたくさん楽しいことが出来るようになった。悪魔が主を信仰しちゃいけないなんてルールがあるか?部長さんが言ったんだろ?悪魔は欲のままに生きるもんだって、だったらお前は主を信仰したいっていう欲に生きていいんだよ」

 

「悠…」

 

悪魔は聖書だったり聖水といった祝福をかけられたものがダメではあるが、アルジェントさんのようにそういった心を抱くことにはダメージはない。なら、信仰の心を持ち続けることは出来るはずだ。

 

「それに案外紫藤さんのこともなんとかなるかもしれない。悪い”もしも”が起こることを考えるよりいい”もしも”を考える方がいいだろう?」

 

「いい…”もしも”…?」

 

「例えば、悪魔でもお祈りが出来るようになるかもしれないとか、紫藤さんも悪魔に転生したから戦わなくてもいいようになるかもしれないとかさ」

 

「本当にそんなことがあるのか!?」

 

「いやわからない。でもお前が悪魔に転生したように人生何が起こるかわからないもんだよ。もしもの可能性はゼロじゃない、起こるかもしれないってことだ」

 

そう、俺が異世界に仮面ライダーの力を持って転生したように。前世の時はまさか今俺がこうしているなんて思いもしなかった。

 

人生塞翁が馬とはよく言ったものだ。誰も運命の行く末を予測し完璧に当てることなんてできない。でも行く末を少しでも良くしようと足掻くことはできる。

 

「それに、こんなどうしようもなくヘタレな俺の家で過ごしてくれるんだ。俺はお前の面倒をしっかり見るし、わからないところがあれば教える。悩みがあればこんな風に何でも言ってほしい」

 

今まで俺は一人暮らしでずっと苦労してきた。家事は全部ひとりで回さないといけないし、夕飯、朝飯を作っても一緒に食べる人は誰もいない。

 

でもこいつが来て全てが変わった。リビングでその日起こったことを楽しそうに話してくれるし、食事中のリアクションもしっかりしてくれる。料理を作った身としては食べる側が美味しいと言ってくれると嬉しいしモチベーションも上がる。元々ゼノヴィアは質素な食事をしてきたので味に関しては事細かに指摘せず、多分何を食べてもおいしいというだろう。

 

勉強だって彼女にとっては大変かもしれないが、教える側としては受け手と会話もできるから楽しい。

 

「お前のおかげなんだ、俺がこうして楽しい毎日を送れるのは。…だから恩返しと言ってはなんだけど俺はお前が楽しい日本暮らしが出来るように色々計画を立てて実行に移すさ」

 

俺は生活を通して彼女に日本の暮らし、文化を楽しく教えるつもりだ。初詣だったり日本の食べ物だったり豆まきだったり。彼女の浮世離れに振り回されてばかりいるが、そんな日常も悪くない。

 

俺は自分の胸をドンと叩く。

 

「だから、自分の選択に胸を張れ。もしできないなら、将来あの時の選択は間違ってなかったって笑って言えるようにこれから俺が全力でお前の生活を楽しくしてやる。お前が無くした物の分、しっかり埋め合わせしてやる」

 

ここに来るまでに彼女は多くのものを失った。それは彼女の生き方の指針だったり、心を支える者だった。でもここにきてそれに負けないくらい多くのものを得た。そしてそれは今の彼女の生活を支え、彩っている。

 

無くした物はしょうがない、だからそれ以上にたくさんの物で埋め合わせる。それが今、俺が彼女にしてやれることだ。

 

「う…うぅ…!」

 

その時、彼女の顔がくしゃっと歪んだ。目から涙が流れ顔は真っ赤になっていく。

 

「ちょ、ゼノヴィア!?」

 

「うわあああああん!!!」

 

そしてガタっと椅子から立ち上がると泣きながら俺に抱き着いてきた。俺の体をがしりと抱き服が涙に濡れ、布越しに柔らかい何かが押し付けられる感触がする。

 

「おいおいマジか…」

 

今にして思えば凄く恥ずかしいことを言ってしまった。もう後には引けない。

 

…でもあれは紛れもない俺の本心だ。そして決意でもある。俺の日常を明るくしてくれた彼女へ精一杯の感謝と礼の気持ちを持って尽くすこと。

 

また一つ、俺の生きる目的が増えた。

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

それから10分は泣き続け、ようやく落ち着きを取り戻したゼノヴィアは泣き止んだ。

 

「ああ、済まないね。見苦しいところを見せてしまった」

 

頬に涙の跡が薄っすらと残るが赤々とした顔も元の色に戻り、完全にいつものゼノヴィアに戻った。いや、いつもよりスッキリした顔をしている。

 

「…君の言うとおりだ。私はもっと、あの時の選択に胸を張るべきなんだ。そうでなければ皆に失礼だ」

 

そう悟った彼女の口元は笑んでいる。

 

「それに、後ろを向くより前を向いていい”もしも”を考えた方が良さそうだ」

 

輝くような笑顔で彼女は言った。一切の憑き物の取れた表情。澄み渡る青空のようだ。

 

「い、いいさ…こんな俺の言葉が響いてくれたなら何よりだ」

 

彼女の笑顔に俺は少しドキッとして目線をそらした。

 

いつも俺を振り回してばかりいるのに何だって笑顔はこんなにも…。この笑顔だけで、俺が頑張って言葉を振り絞った甲斐はあった。

 

元々気の利いた言葉は苦手だが、心に響いたのなら俺も相談に乗った甲斐がある。

お茶でも出すかと思い、キッチンに足を運ぼうとした時。

 

ピンポーン!

 

来客を告げるインターホンの音が鳴った。

 

もう夜は9時を過ぎているんだが、こんな時間に一体誰が…?

 

「私が出よう」

 

ゼノヴィアがすたすたとリビングと廊下を繋ぐドアのすぐ隣の壁に取り付けられたドアホンへと向かい応対した。

 

「はい……なっ!?…はい、少しおまちを」

 

途中、酷く狼狽した声を上げて通話を切った。

 

「誰が来たんだ?」

 

ゼノヴィアが驚く人物って誰だ?まさか噂をすれば影が差す、で紫藤さんが来たとか?

 

彼女がゆっくりとこちらを向いた。汗をたらして、目を見開きながら。

 

「ミカエル様が来た」

 

予想の遥か斜め上を突き抜け、今までの人生の中で一番の大物が我が家にやってきた。

 




ゼノヴィアをヒロインとして扱う上で避けては通れない話だと思って書きました。

ドキレディでも語りましたが、悠はミッテルト戦を経てスペクターの力に内心恐怖を抱いていたため無意識に力を抑えていました。レイナーレに苦戦していた原因の一つです。コカビエル戦で吹っ切れてからはそんなリミッターもなくなりました。

次回、「天使長がインターホン押してやってくる」
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