ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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焦った…。本来は昨日投稿する所、執筆途中でフリーズしてしまい保存されなかった部分を元に戻す作業で遅れてしまいました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



第36話 「和平と祈り」

「ごふぅあっ!!!」

 

赤い流星の直撃を受けたヴァーリは大量の鮮血を吐き散らした。蹴りが炸裂すると同時に砕けた鎧の破片が赤いオーラの奔流に飲まれて消える。

 

ヴァーリを喰らう赤い流星は先にある森をなぎ倒しながらそのまま直進した。木々を裂き、砕き、壊し、荒らし、ついに森を抜け出る頃、蹴りが刺さる足を引き再び力強く伸ばして龍のオーラごとヴァーリを吹っ飛ばした。

 

赤い龍がド派手に破壊の跡を残しながら遠のいていく。数瞬後、破壊の跡の向こう側で爆発が起こった。轟音の後に余波が俺たちを軽く襲う。

 

「っ…」

 

両腕をクロスして踏ん張って耐える。余波に晒される地面が軽く砂煙を巻き上げた。

 

やがて余波は消え、周りの面子は元の態勢へと戻った。俺は直撃の寸前、ヴァーリへの拘束を解いた鎖をじゃらじゃらと引き戻しながら思った。

 

「…すげえ」

 

それしか言葉が出なかった。全開になったドラゴンの暴力的なまでの力。神と魔王に喧嘩を売ったという『二天龍』の絶大なオーラ。それは俺の心を圧倒し、赤龍帝という名をしかと刻み付けた。

 

「なんつー威力だよ…!乳の恨みは恐ろしいな!」

 

アザゼルが木々がなぎ倒された跡を見て言う。赤い龍が通った跡には奔流に飲まれて木が丸ごと消えていたり無残に折れて切り株のようになっているなど無茶苦茶な様相だった。

 

いやあんたもカテレアと戦った時に似たことやったろ。その人から見ても今の一撃は凄まじい物なのか。

 

「とにかく、二人を追いましょう」

 

部長さんの言葉を受けて、俺たちはなぎ倒された木々の跡を通って兵藤たちの方へ向かった。

 

森を抜けると激しい乱戦が校庭で繰り広げられているのが見えた。

 

「アーシアさん、回復を」

 

「はい!」

 

アルジェントさんの治癒を受ける腕に火傷を負った木場。

 

「雷よ!」

 

「隙だらけです」

 

天から雷を降らせる朱乃さんと、小柄な体躯を活かして戦場をかき乱す塔城さん。

 

二人は時間停止を受けていたがギャスパー君の救出に伴い能力が解除されたようだ。無論、それ以外の人も停止していた眼魂も復活している。

 

「椿、背中は任せました」

 

「はい、会長!」

 

水でできた獣を操り、魔術師たちに食らいつかせる会長さん。無防備を晒す会長さんを守るようにその近くで薙刀を振るう副会長さんこと、真羅椿さん。

 

「ルシファー様とレヴィアタン様をお守りしろォ!」

 

「邪な魔法使いどもめ、ミカエル様には指一本触れさせん!」

 

空中では復活した各勢力の警備兵たちが物量で魔術師たちを殲滅して回っている。光の槍や魔力、そして魔術師たちの魔法が飛び交い夜空を美しく彩る。

 

「時間停止も解除されて、こっちが攻める側に変わったな」

 

魔術師たちはもう心配する必要はなさそうだ。この調子ならすぐに片付くだろう。問題は…。

 

視界を乱戦が繰り広げられる空から校庭へと下ろす。

 

「ハァ…ハァ…」

 

そこで肩で息をして辛うじて立っているのがやっとという様子を見せるのは兵藤。さっきの技は相当な威力の分、かなり消耗するようだ。そんな兵藤にアザゼルが声をかけた。

 

「おい赤龍帝!俺がさっきの技を命名してやろう。『赤い龍《ウェルシュ・ドラゴン》』と共に放つ必殺の一撃…『ウェルシュ・レッド・ストライク』なんてのはどうだ?」

 

「『ウェルシュ・レッド・ストライク』…」

 

噛みしめるように言葉を繰り返す兵藤。女性の衣服を弾け飛ばすドレスブレイク、生み出した魔力の玉を籠手の力で倍加、圧倒的な質量にして打ち出すドラゴン・ショットに続く第三の技。放出した赤いオーラを龍の形にして共に蹴撃を放つ絶技。その威力のほどは、後方の森が示している。

 

『相棒、さっきの技だが今のお前のキャパシティでは完全な禁手になっても一度の戦闘につき一回が限界だろう。今だって鎧が解除されるのも時間の問題だ』

 

「マジかよ…」

 

籠手から聞こえる声に軽く気を落とした様子で答える兵藤。籠手に宿る龍、ドライグの話は続く。

 

『さっきはお前の怒りで増したパワーと白龍皇の籠手で奪った力があったからこそできた。あれはお前のレベルを数十段飛び越した技だ。使えたのは奇跡のようなものだということを覚えておけ』

 

「…わかった」

 

鎧で顔が見えないが声色からして真剣な表情で兵藤は頷く。

 

あいつのレベルを数十段飛び越した、か。それを可能にしてしまうあいつと赤龍帝の力とその相性も相当なものだと思う。真っすぐで情に厚いあいつは感情で神器の力を引き出すことに優れている。それはここまでの域に達してしまうほどの物。

 

…案外、今後禍の団とやらが来ても大丈夫なんじゃないか?乳への思いであそこまでパワーアップできるくらいだし。

 

「しっかしまあ、随分派手にぶっ飛ばしたな」

 

俺がそう考えているとアザゼルが兵藤の向こうで倒れ伏す鎧を纏った男を見て言う。

 

「……」

 

校庭に大の字で地に伏すヴァーリは大量の血をぶちまけて沈黙している。鎧は完膚なきまでに破壊しつくされ静止したままでピクリとも動かない。

 

…勝った、のか?

 

その思いを裏切るかのような調子で、その笑い声は聞こえた。

 

「…フフフ」

 

「!!」

 

間違いなく声はヴァーリの方から上がった。ゆっくりと上体を起こし、地を踏みしめて立ち上がる。

 

鎧は立ち上がる際に一瞬で修復されてしまった。

 

「あいつまだ立てるのかよ…!?」

 

戦慄に震える声を兵藤が上げる。ヴァーリもまた肩で息をしており深刻なダメージを受けたことをふらつく動きが示している。

 

これでも戦えるのか…!

 

「…兵藤一誠。君は俺の想像以上だ」

 

俺の戦慄をよそに首をコキコキと鳴らして腕を回しながら奴は言う。その言葉から感じ取れる戦意、依然衰えず。

 

「アルビオン、『覇龍』を使う。奴は俺の本気を出すにふさわしい相手だ」

 

再び奴の闘志に火がともる。

 

まだやろうっていうのか…!戦闘狂は怖いもんだな、これでも戦おうなんて言うとは。それにまだ奥の手を残してもいるようだ。向こうにも必殺技か、強化フォームのようなものがあるというのか…?

 

『ヴァーリ、そのダメージでこれ以上の戦闘は危険だ。その上『覇龍』を使おうなど…!』

 

「我目覚めるは、覇の理に―」

 

『自重しろヴァーリ!』

 

アルビオンの話に耳を貸さず、奴は呪文のような言の葉を詠唱し始める。仰々しくもどこか悲しさを感じさせるフレーズ。詠唱を始めると同時にヴァーリの鎧が仄かな光を放ち始め、大気が震え始めた。

 

危険を感じ取った俺は即座にガンガンハンドを召喚した。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

流れる動作で銃を構え、詠唱途中のヴァーリに向ける。

 

変身途中のヒーローを邪魔してはいけないというのは暗黙のルールではあるがそうも言っていられない。このまま奴が更なる力を解放すれば今度こそ全滅するかもしれない。そうなる前に確実に仕留める!

 

引き金を指に当てた瞬間、ヴァーリの隣に黒い影が降った。

 

「よっと…迎えに来たぜぃ、ヴァーリ」

 

現れたのは中国の武将が着るような赤い鎧を纏う茶髪の青年だ。おちゃらけた雰囲気の中に確かな戦意も滲んでいる。

 

「美猴か、邪魔をするな」

 

鳴動するオーラをそのままに不機嫌そうにヴァーリが返す。二人は仲間なようだ。これはどうしたものか…。

 

「何だよ、折角遠路はるばる極東の島国に来たってのによ。本部の奴等から連絡だ。作戦が失敗したならとっとと帰って来いってさ。アース神族とやりあうってよ」

 

「…そうか」

 

返事と同時に放っていた不機嫌とオーラを鎮めた。同時に奴から感じる戦意も次第に冷めていった。

 

ひとまず、危機は去ったか。

 

そんな中、警戒の面持ちで兵藤が半歩前に出た。

 

「てめえ、何者だ?」

 

兵藤の質問に答えたのはアザゼルだった。

 

「奴は闘戦勝仏の末裔…メジャーな名前で言うなら、西遊記の孫悟空だ」

 

「ええええええ!?」

 

驚愕の表情で兵藤が声を上げた。俺も仮面の下で驚いている。

 

こいつが西遊記の孫悟空…!戦いの最後にこれまたとんでもない人物が出てきたな!

 

孫悟空…俺の世界の世界的なアニメの主人公が同じ名前だったな。アニメの孫悟空=西遊記の孫悟空ではないがアニメの方にも筋斗雲や如意棒といったオリジナルの要素はあるしもしかしたら…。

 

「おいお前、かめはめ波とか出せるのか?」

 

試しに訊いてみることにした。このパワーバランスがすごいことになってるファンタジーの世界なら逆があってもいいよね?

 

「んだよそれ?亀をハメてどうすんだよ?」

 

「じゃあ金髪になるのか?それとも赤か?青か?」

 

「…ヴァーリ、あいつ何なんだ?」

 

俺の質問のラッシュにうんざりした様子で孫悟空はヴァーリに訊ねた。

 

「紀伊国悠、奴がコカビエルを倒した人間だ」

 

「おっは、マジかよ!」

 

ヴァーリの返事を聞いた途端に嬉しそうに俺の方を見た。

 

まーた戦闘狂に目を付けられるのか…勘弁してくれよ…。

 

「…正確に言えば、あいつは孫悟空の力を継いだ猿の妖怪だ」

 

それを見かねたようなアザゼルの補足説明。それを聞いて俺はちょっとばかりがっかりした。

 

「なんだ本物じゃないのか…道理でできないわけだ」

 

折角同じ名前繋がりでいろいろできるかと思ったのにな。

 

俺の落胆を見て奴が額に軽く青筋を立てて言った。

 

「おうお前表出ろい、お前絶対俺っちをナメてるだろ、そのナメた態度を取れないようにしてやらぁ」

 

「いやもう表に出てるじゃん、ここ外だよ?」

 

「細かいことはいいんだよ!俺っちと勝負しろい!」

 

「美猴、奴のペースに乗るな。それだから黒歌にバカ猿呼ばわりされるんだ」

 

「やかましいわ!ってかあいつ陰でそんなこと言ってたのかよ!」

 

…あいつらにはまだ黒歌っていう仲間がいるのか。ヴァーリ一人でこれなのに孫悟空のほかにもまだいるってのか。それにしてもあいつ見ていて楽しいな。俺ももう少しいじってみるか。

 

そう思いつつボソッと呟く。

 

「…バカ猿」

 

「お前まで言うなってんだよ!やっぱテメエはここでぶっ倒してやらァ!ウッキィーッ!!」

 

かなり小声で言ったがちゃんと耳に届いたらしく怒髪天を衝く勢いで動きを大きくして声を上げる。

 

ウッキーって、やっぱり猿じゃん。バカ猿ってあだ名まんまじゃないか。

 

そんな様子のバカ猿をヴァーリが冷静に宥めた。

 

「おい、奴と戦ってどうする。本部に帰るんじゃなかったのか?」

 

「アアン!?…ああ、そういやそうだな」

 

奴の言葉を聞いて一応の落ち着きを取り戻したらしく渋々ながらも怒りを鎮めた。。

 

「ま、俺っちは初代と違って自由気ままに生きるのさ。俺は美猴ってんだ。初めまして、赤龍帝」

 

バカ猿…美猴は気安い調子で挨拶すると、耳に手を当てて耳穴から棒を出現させる。手慣れた動きでくるくる回すと地面に突き立てる。

 

すると突いた箇所から、じわじわと黒い霧のようなものが溢れ出てきた。同時にその中にいる二人は地面に沈み込もうとしていた。

 

「逃げる気か!」

 

「ッ!待て!」

 

兵藤が半歩踏み出した瞬間、纏っていた鎧が赤い光となって消えた。同時に大きくふらりとよろめいた。

 

倒れる体を無理やり踏み込み堪える。腕に目をやれば、禁手を補助していたリングが灰となってサァーという音を立てて飛んで行った。

 

やっぱりもう限界だったか。とどめまで行かなかったのは残念だがあそこまで追い詰めただけでも御の字だろう。

 

「くっ…アザゼル!あのリングはないのか!?」

 

兵藤が弾かれたようにアザゼルの方へと振り向いた。アザゼルは渋い顔でかぶりを振った。

 

「無理だ、あれはあくまで緊急用だ。あれを一つ作るのに恐ろしく長い時間がかかる。量産は無理だし多用すれば完全な禁手に至る可能性も消える」

 

「くそ…!」

 

アザゼルの返事に苦虫を嚙み潰したような表情で闇に消えゆくヴァーリを睨みつける。

闇に沈みゆく中、奴は言った。

 

「兵藤一誠、俺には他に戦いたい連中が山ほどいる。君はその中の一人になった。今度戦うときのためにもっと強くなれよ、俺のライバル」

 

「お前今度会ったら棍で殴り倒してやるからな!覚えとけよ!!」

 

「今度会ったら棍で殴り倒すって、暑くなるこの時期に涼しいダジャレをありがとうな」

 

「ムッキィーッ!!」

 

その言葉だけ残して、奴はこの場から消え去った。二人が消えたと同時に闇も霧散し後には何も残さなかった。

 

…バカ猿の最後のセリフ、明らかに俺に向けて言ってたよね?

 

 

 

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ヴァーリが去ってすぐに校庭の魔術師たちとの戦闘も終わり、死体の片付けや生き残りを冥界や天界の役所へと転移する作業が始まった。

 

勢力ごとに異なる色の遺体収納袋に魔術師たちの死体を詰め、悪態をつく生き残りたちと一緒に役所に転送される。それを横目に俺は…。

 

「…はー、アルジェントさんの治癒は落ち着くなー」

 

地に尻をつけて、アルジェントさんの治癒を受けていた。

 

腹に両手が当てられ、仄かな緑色の光が漏れ出る。戦闘で受けた傷の痛みが引いていくのと同時に心に安らぐような安心感が広がる。ある程度治癒をかけたところでアルジェントさんが神器の指輪を嵌めた手を引いた。

 

「応急処置なのであまり激しく動かないでくださいね」

 

「了解、ありがとう」

 

まだ心配そうな顔をしているアルジェントさんに礼を言って立ち上がる。まだ他にけがをしている仲間や兵士がいるので自分一人だけゆっくりという訳にはいかないのだ。

 

それにしてもアルジェントさんは本当に優しいな。事情を知っているとはいえ、こんなにいい人なのに追放してしまうなんて教会はひどいものだと思う。

 

同じ一年の塔城さんと一緒にいたギャスパー君の下へ歩みを進める。

 

「あ、紀伊国先輩」

 

「ギャスパー君も無事でよかったよ。ただでさえビビりなのに敵に捕まるなんてさぞ怖い思いをしたろうに」

 

その時のことを思い出したのか、少し暗い顔をしたがすぐに明るい顔に切り替わった。

 

「…はい、でもイッセー先輩と部長が助けてくれたんです。どうしようもない僕を絶対に見捨てない、だから恐れるな、前を向いて進め!って言ってくれました」

 

「へぇ、バカみたいに真っすぐなあいつらしい言葉だ」

 

嬉しそうな表情でギャスパー君は語る。

 

俺らみたいなヘタレはそういう言葉に弱いんだよな。俺も先月そんな感じの言葉をかけられたからその気持ちがよくわかる。

 

ギャスパー君がさらに付け加える。

 

「あとキ〇タマついてるならお前も男を見せてみろとも言ってくれました」

 

「あー…」

 

…まあ、それも兵藤らしいと言えばらしいセリフだな。

 

その後もギャスパー君と塔城さんと話をしていると、視界の隅にミカエルさんと木場が何かを話しているのが映った。

 

「ミカエル様、聖剣使いの件、お願いします」

 

「ええ。聖剣研究の件に関しては今後、一切の犠牲を出さないことをあなたからいただいた聖魔剣に誓いましょう」

 

木場の言葉にミカエルさんが深々と頷く。

 

なるほど、今後自分が遭ったような目に遭う者を出さないようミカエルさんに直訴したのか。聖剣計画も首謀者のバルパーは死に、計画も潰れたとはいえ研究自体は人工的に聖剣使いとなった紫藤さんを見て分かるように続いている。聖剣研究に人生を狂わされた木場はそれが気が気でないのだろう。

 

木場と話を終えたミカエルさんの前に兵藤が歩み寄った。

 

「あの!ミカエルさん、アーシアがお祈りでダメージを受けるのはシステムのせいなんですよね?」

 

悪魔が聖書の神に祈りを捧げると軽い頭痛のようなものが走るという。信徒でない兵藤たちは関係ない話だが教会で暮らしてきたアルジェントさんやゼノヴィアはその習慣が抜けずに度々お祈りをしてはダメージを受けてきた。

 

学校でも、家でもいろんなところで俺はその光景を目にしてきた。そのたびに彼女は寂し気な目をしていたのだ。

 

突然の質問に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの微笑をたたえた表情で答えた。

 

「はい、これは神が健在の時でもそうだったのですがシステムが祈りをささげた悪魔や堕天使に軽いダメージを与えるようになっています」

 

「!」

 

その話を聞いた瞬間、俺の脳裏に一つの可能性がよぎった。

 

祈りをささげた悪魔や堕天使がダメージを受けるのは悪魔が元来持つどうにもできない体質ではなく、システムによるもの。そのシステムは神なき今、『熾天使』たちが動かしている。…つまり、ミカエルさん達は困難ではあるがシステムにある程度干渉する術を持っている。

 

そこまで思考がたどり着いた時、俺は弾かれたようにミカエルさんの方を向いた。

 

「なら、一つだけお願いがあります」

 

思考の途中、兵藤がミカエルさんに更なる話を持ち掛けようとした。

 

「っ!ミカエルさん、俺もどうしてもお願いしたいことが!」

 

あいつの話が終わっていないにもかかわらず、はやる気持ちを抑えられない俺は慌てて駆け寄り、会話に割り込む。

 

もし俺の考えが正しければ…!

 

「…ふふっ、では二人同時に言ってみてください」

 

急に話に割り込んできた俺を咎めることもせず、何かを察したようにミカエルさんは微笑んだ。

 

俺たちは一度互いの顔を見合わせてから、口を開いた。

 

「「ゼノヴィア(アーシア)が祈る分のダメージをなしにできませんか?」」

 

「!」

 

同時に発せられる言葉、そして思わず再び互いの顔を見合わせる。

 

互いに同じ様なことを考えていたなんてな…。

 

ミカエルさんは俺たちの様子を見て楽しそうに苦笑した。

 

「わかりました、なんとかシステムを調整してみましょう。二人位、祈ってもダメージを受けない悪魔がいてもいいでしょう」

 

「やった…!」

 

ミカエルさんの快諾を受け、歓喜の声を兵藤が上げた。俺も安堵の息を漏らして口元を緩ませた。

 

よかった…ミカエルさんが話の通じる人、というよりは天使でよかった!オファーを断ったのにこんな頼みごとを引き受けてくれるなんてミカエルさんは本当にお人好しだなぁ!俺はミカエルさんの厚意がありがたくてうれしくてたまらなかった。

 

ミカエルさんの視線がゼノヴィアと彼女を治癒するアルジェントさんへと移った。

 

「アーシアさん、ゼノヴィアさん。あなた達に一つ問います。神は不在です、聖書は読めず十字架を握ることも出来ません。それでも神に祈りを捧げますか?」

 

ミカエルさんは真剣な表情で問うている。

 

キリスト教の教えの根幹をなす聖書の神、その不在を知り、悪魔に転生して主の祝福を受ける物から遠ざかってしまった今でも変わらず二人は信仰心を抱いているのかを。

 

二人はそれに迷うことなく答えた。

 

「はい、できることなら私は今までと変わらず主に祈りを捧げたいです」

 

アルジェントさんは両の手を合わせ、祈るように瞑目する。

 

「私も。主への感謝と、ミカエル様の感謝を込めて」

 

「…!」

 

ゼノヴィアの言葉にミカエルさんがはっとした表情を浮かべる。それはすぐ、悔いに満ちた物となった。

 

「…あなた達を異端にしてしまい申し訳ありません。あなた達のような敬虔な信徒が悪魔に転生し、苦しんでしまったこと。それはこちらの罪で…」

 

そしてなんと、頭まで下げ始めた。天使長直々の謝罪に二人とも、いや俺たちも驚き戸惑っている。

 

そんなミカエルさんをゼノヴィアは落ち着いて諫めた。

 

「いえ、謝らないでください。悪魔に転生したことを後悔した時期もありましたが、代わりに色んな物に触れ、頼れる仲間を得ました。悪魔に転生することはただ大切なものを失うだけじゃなかった。教会にいたころにはできなかったこと、知らなかったことが今の私の日常を彩っています」

 

話に間を置いたゼノヴィアが俺を一瞥した。

 

「彼に教えられたんです、『自分の選択に胸を張れ、じゃないとお前を大切に思ってくれる人達に失礼だ』と。その言葉で私は後悔から解放されました。今は胸を張って言えます、私は今の生活が大好きです」

 

「…!」

 

昨日はあれだけ苦悩に満ちた表情をしていたゼノヴィアが、天使長の前で今の生活が好きだとはっきり言えた。

 

俺はそれを見て胸のすく思いだった。

 

「私も今の生活に満足しています。イッセーさんのお母様が作ってくれる温かい料理、私を支えてくれる、助けてくれる皆さんの温かい心。失ったものの代わりにたくさんの大切なものを得ました。今更ミカエル様が気にする必要はありません」

 

アルジェントさんも優しく微笑をたたえた表情で語る。

 

アルジェントさんも兵藤の家族に良くしてもらって暖かい生活を送れているようだ。教会から追放され、堕天使に利用され死んだ彼女が手にした当たり前の温もり。それはどれほど彼女の心を救ったことだろうか。

 

二人の思いを聞いたミカエルさんの悔いに満ちた表情が少し和らいだ。

 

「…あなた達の寛大な心に感謝します。ゼノヴィア、デュランダルはあなたに任せます。あなたが扱うなら心配することはないでしょう」

 

「はい、先代の使い手たちに恥じない剣士になってみせます」

 

ゼノヴィアはミカエルさんの言葉に気を引き締めた表情で返した。

 

…取り敢えず、ここで話は終わったか。

 

「…よっしゃ!!やったなアーシア!これからは好きなだけ祈っていいぞ!!」

 

「はい!イッセーさん!」

 

話が終わったのを見て、兵藤が嬉しそうな顔でアルジェントさんの肩を叩く。アルジェントさんも満面の笑みで返した。

 

「悠…私は」

 

すこし気恥ずかしそうに視線を泳がせるゼノヴィア。

 

いつもは堂々としている彼女がこんな様子を見せるなんて珍しい。俺の前でミカエルさんに話したことが恥ずかしかったのだろうか。俺は笑顔でそんな彼女を受け入れた。

 

「よかったなゼノヴィア。俺が言ったとおりだっただろ?いい”もしも”を考えた方がいいって」

 

悪魔になった今でもこうして再びお祈りすることができるようになった。

 

和平も実現した今、紫藤さんと戦うこともきっとないだろう。人生塞翁が馬とはよく言ったものだ。…本当に。

 

「…そうだな、ありがとう。悠」

 

口元を笑ませ、まだ気恥ずかしさに頬を赤らめた表情で言った。

 

…そんなに恥ずかしいか?

 

喜びに満ちる俺たちの様子を温かい目で見守るミカエルさんに、アザゼルが歩み寄った。

 

「ミカエル、ヴァラハラと須弥山への報告は任せたぞ。魔王や堕天使が報告しても胡散臭いようにしか見えないだろうからな」

 

「ええ、『神』への報告は任せてください」

 

アザゼルの頼みに頷くと、ミカエルさんは待機していた天使の軍勢に合図を出して、軍勢と共に夜空へと飛び立っていった。

 

続くように堕天使の軍勢も校庭に魔方陣を開き、転移の光に飲まれて消えていく。

 

「後始末はサーゼクスに任せる。俺は帰って寝るわ」

 

アザゼルはそう言い残して踵を後にする。数歩歩いた後、矢庭にこちら側に振りむいた。

 

「そうだ、赤龍帝。俺は当分この町に滞在する予定だから『僧侶』共々神器に関して色々アドバイスしてやるよ。折角のレアな神器、制御できてないままなのはもったいないからな」

 

そう言って兵藤たちを指さしたのち、今度は俺の方へと目線が移る。

 

「あとついでに紀伊国悠、お前の神器もじっくり調べさせてもらうからな!」

 

ビシッと俺を指さして好奇心に溢れて抑えきれないといったようなワクワクした目で俺を見てくる。

 

…この数時間で、この人が本当に神器が大好きだってことを強く実感したな。調べてもらうついでに俺も神器のことを色々聞いてみようかな。

 

「じゃ、また会おうぜ」

 

手を軽く振って豪胆、エゴの塊とも称された堕天使総督は軽い足取りで会場となった校舎を後にした。

 

「…さて、俺たちも帰るか」

 

アザゼルが帰っていくのを見送った後、振り返る。

 

振り返った先のゼノヴィアはうんと頷いた。そして楽し気な表情で笑いかけた。

 

「折角だ、帰ったら一緒に風呂に入らないか?一緒に疲れを落とそうじゃないか」

 

「えっ!?喜んで…じゃない!いやいや!勘弁してくれよ!」

 

二人で風呂に入るなんてそりゃちょっと恥ずかしいよ…。俺だってそういうことをしてみたいとは思うけど、俺の場合緊張とかドキドキの方が勝ってできない。そういうところを含めて、自分がヘタレなのだとつくづく実感する。

 

「ふふっ、冗談だよ。今日はお祈りができるようになっただけで十分だ。私が先に風呂に入ってもいいか?」

 

「あ、ああ。それならどうぞどうぞ…」

 

彼女にしては珍しく、悪戯っぽく笑った。またお祈りができるようになったから嬉しくてテンションが上がったんだろうな。

 

…さて、和平は結ばれたけど明日からは変わらず学校だ。それまでに修復が終わっているといいけど。

 

仲間のために力を尽くして戦って生き残った先には楽しい明日が待ってるもんだ。

 

 

 

20○○年、7月。魔王サーゼクス・ルシファーと堕天使総督アザゼル、そして天使長ミカエル率いる三大勢力間で和平協定が調印。会談が行われた会場となった町の名を取り、本協定は『駒王協定』と呼ばれることになる。

 

 

そして、聖剣エクスカリバーを強奪し戦争を企てたコカビエル討伐の功績をたたえて三大勢力首脳陣はグレモリー眷属協力者、紀伊国悠を『駒王和平協定推進大使』に任命した。そして彼は、所有する神器から流れる音声から『スペクター』と呼ばれるようになる。

 

 

「おめでとう、紀伊国君」

 

「よくやった、紀伊国悠」

 

「そう気負わなくても大丈夫ですよ」

 

「いや、家に突撃して任命式やりますか普通!?」

 

次の日の夜、クラッカーを鳴らした後笑顔で拍手するフリーダム過ぎるトップたちに俺はついていけなかった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「あーあ、結局和平は成立か」

 

校舎の屋上に腰かけ、戦闘の後始末に精を出す悪魔たちを俯瞰する男はつまらなそうに自身のふわふわした茶髪をいじる。如何にも高価なブーツを履いた脚を宙に投げ出し、一定のリズムで揺らす。

 

「カリエルもへまをやらかしたようだし、あの方にどう報告すればいいか」

 

面倒気に男は息を吐く。

 

彼の仲間である天使カリエルは天使長ミカエルの護衛として会談に参加し、禍の団が事を起こした後タイミングを見計らって魔王サーゼクス・ルシファーを一刺しし、和平を結ぼうとする三大勢力間の関係にヒビを入れる任務を受けていた。

 

しかし現実は以前自身が任された任務のターゲットとなっていたイレギュラー、紀伊国悠によって阻まれカリエルはせめて真実を闇に葬ろうと自害した。サーゼクスは今校庭で首脳陣と会話を交わしている。

 

おもむろに腰を上げ、魔方陣を開く。

 

「やはり、運命を動かせるのは『特異点』だけということかな」

 

あの方から聞いた、世界の運命を左右する類まれなる運命力を持つ者達。歴史に残る有名人の多くは『特異点』だという。この世界の運命を変えられるのは『特異点』と神だけ。

 

なら、そうでない自分にできることはあの方の都合がいいように事が運ぶよう自分なりにお膳立てすることだ。

 

一瞬、天使長ミカエルと会話する兵藤一誠と紀伊国悠を睨んでからおもむろに夜空を見上げると、白く光る月が見えた。それはすぐ、流れる雲に隠れてしまう。

 

「…和平を結んだからといって、すぐに平和な時代になるとは思わないことですね」

 

物事には反動がある。この和平を機に、各勢力の反乱分子が大きく動くことだろう。

その最たる例が『禍の団』のテロだ。旧魔王の血筋が率いる旧魔王派、『黄昏の聖槍』の曹操が率いる英雄派。そしていずれは…。

 

魔方陣が光を放ち始めたところで思考をやめる。

 

いずれにせよ、既にこの世界は破滅の未来へと歩みを始めた。三大勢力の和平など、世界の滅亡など自分には関係ない、あの方たちの前では何の意味もなさない。

 

あの方に出会い、救っていただいたあの日からあの方のために全てを捧げ、尽力すると決めた。そのためにあの方にとって都合が悪い存在は抹消しなければならない。

 

いずれ来たる、『解放』の日のために。

 

 

 

 

 

 

 




イッセーが新技をゲット。そのうち悠とダブルキックなんてことも…?

ゼノヴィアが祈りでダメージを受けるシーンがない?…こちらには外伝という手があります。

次回、「停止教室のヴァンパイア」

停止教室のヴァンパイア編最終回、ついに…。

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