「あなた、一体何者?」
暗い廃工場内に凛とした声が響く。
ある日の夜、リアスと朱乃は書類仕事を終えて帰路に着く途中怪しげな魔力を感知して急ぎ現場に駆け付けたところ、奇妙な光景を目にした。
咎った耳が特徴的な中年男性の悪魔が黒いマントをなびかせ洒落た仮面を着けたガタイのいい謎めいた男に銃を突きつけられている。悪魔の方はリアスの顔を見るや否や二人の介入に気を取られた男の隙をついて強制転移魔方陣で消えたのだ。
そして今、残された男とうら若き二人の美少女は穴の開いて月光が差し込む工場で対峙している。
数秒の沈黙の後、男が静かに口を開いた。
「俺の名は…ラブハンター」
「ラブ…ハンター…?」
容姿に似合わぬ可笑しなフレーズに朱乃は首を傾げた。
「そう!俺の名はラブハンター ル・シエル!闇夜に紛れ悪を討つ狩人!ではさらば!」
男は頷き、高らかに名乗りを上げると黒いマントを翻して走り去っていく。
「ちょっ、待ちなさい!」
リアスの制止も聞かずに男は工場の裏口を抜けていってしまう。
「…一体、なんだったのかしら…?」
リアスの呟きは、夜闇に溶けるように消えた。
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「――ということがあったのよ」
一息置いて部長さんが事の顛末を話し終える。
時は6月の月末の放課後、俺たちオカ研の部員が集まったところで部長さんと姫島先輩が昨夜あったという出来事について語りだしたのだ。
それにしても変な人もいるもんだ。でも何でもありな異形の世界だからそういうのがあってもおかしくないというのがな。
「そして今朝、大公アガレス家からはぐれ悪魔討伐の依頼が来たわ。標的はこの男。昨夜見た悪魔と一致した」
そう言って部長さんは一枚の書類を見せた。貼られた写真には中年男性の悪魔の顔写真が写っている。
ちなみに大公アガレス家は名門悪魔から成る元七十二柱の第二位の家だそうだ。現魔王派、旧魔王派、そして第一位のバアル家を筆頭とする大王派の仲立ちをしているらしい。所謂、中間管理職だ。
「この男は魔術師の家の出で元は慎ましい性格だったのだけれど、悪魔に転生してからは増大した自身の力に溺れて次第に性格が粗暴な物に変わっていったらしいわ」
力に溺れた、か。もしかすると俺もこのスペクターの力を得てそうなる可能性もあったのかもしれない。いや、あったではなく今もあるのかもれない。
いずれにせよ力にはそれ相応の責任が伴う。過ぎた力は人を変える、謙虚であることの大事さというものを感じた。
「既に幾つもの町で騒ぎを起こしているようです、これ以上放っておくわけにはいきませんわ」
姫島先輩が厳しい目で言う。
「片方ははぐれ悪魔だと判明しましたけどもう一人の方は…」
木場が顎に手を当てて唸る。そう、部長さんたちが遭遇したのははぐれ悪魔だけではない、もう一人いる。はぐれ悪魔を追い詰めていたという謎の男。
「問題はそこよ。オーラの感じからして神器持ちの人間のようね。そして、あの状況から察するに異形と互角以上に渡り合える身体能力の持ち主…本当に何者なのかしら」
書類を机に置き、部長さんは思案の海に浸かり始めた。
「ルシエルか…」
最近聞いたワードだ。天王寺の兄、大和さんがフランス外人部隊で使っているというコードネーム。
俺の脳裏に一つの可能性がよぎったが…いや、まさかな。家族を第一に思うあの人がわざわざ向こうからこっちの事情に突っ込む理由が思いつかない。
「…」
皆がそれぞれ男の正体の推察を始め、黄昏時の部室を沈黙が支配した。
それから数分した時だった。
「…バキューン」
「!!?」
突然、塔城さんがぼそりと呟いた言葉に心底驚いた。物静かな塔城さんの口からそんな派手な言葉が出るとは思わなかったのだ。
驚く俺に気付いた塔城さん。
「一昔前、ラブハンター ルシエルっていうアニメがあったんです。多分それと関係しているんじゃないかと思って」
「小猫ちゃんそんなことまで知ってるのか…」
塔城さんは音楽やファッション、アニメなど幅広い分野の知識を持っている。塔城さんが学園のマスコットと持て囃されるのはその容姿だけでなく知識もあっての物だろう。
「とにかく、今夜の活動は休止。二人一組ではぐれ悪魔の捜索に出るわ。いいわね?」
「「はい!」」
俺たちは揃って威勢のいい声を上げる。
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「いやー夜は涼しいなー」
その日の夜、夜の町を俺と姫島先輩の二人で歩く。計画は予め目を付けた潜伏場所になりそうな箇所を2人1組の4ペアで回るというものだ。
ペアはくじ引きで決まった。…というのも部長さんたちが兵藤を巡ってピリピリし始めたからだ。俺と木場で何とか場を鎮めながら兵藤は木場と同行する、そのほかの組み合わせはくじ引きで決めるよう流れを導いた。
渋々ながら兵藤ガールズは納得しその結果、俺と姫島先輩、部長さんと塔城さん、アルジェントさんとゼノヴィアという組み合わせが誕生した。他にも各々の使い魔やガジェットを動員して捜索にあたらせている。
「…嫌味じゃないですけどもしかして、俺じゃなくて兵藤と町を歩きたかったですか?」
俺は何気なく隣を歩く姫島先輩にそう訊ねてみた。兵藤を巡る争いに姫島先輩も参加していたからだ。
「…そうね、本当はそうだけど紀伊国君が妥協案を出してくれてよかったわ。いらない気苦労をかけてしまってごめんね」
姫島先輩はやや寂し気な表情ながらもそう返す。
「いえいえ、いいんですよ」
あいつは色んな人に好かれているな。…確か前の昼休みにハーレム王になりたいとか言ってた。多分アルジェントさんはレイナーレの一件で既にあいつに好意を持って、部長さんはライザーとの一件であいつに特別な感情を抱いたはずだ。
事実、時折アルジェントさんと二人で兵藤の取り合いをしていることがある。まあなんというか、傍から見れば好きな男の取り合いと言うか。それでも間柄は恋人関係ではないという。
…あいつ、普通にあの二人に告白すればすんなりと行くんじゃね?なんでそういう関係に発展しないんだ?あいつの方も間違いなく二人に好意を抱いているはずだ。
だって少なくとも部長さんに関してはあいつ、助っ人を頼みに来た時はっきり俺の目の前で「部長さんが好きだ」とか言ってたし婚約パーティーの時だって「処女は俺のモンだ」とか「部長を返せ」と公言してた。
…これどう見ても両想いって奴だよね?あいつはハーレム王になるとか言うくらいだし積極的に攻めるタイプだと思うけどな。どうしてあいつは告白とかそういった恋愛寄りのことをしないんだろうか?
「…私は今まで男に何て興味はなかったの」
そうこう考えているうちに俺の話で切り出しやすくなったのか、姫島先輩は語り始めた。
「そうなんですか?」
男に興味がないってことはそれつまり…ゲフンゲフン、おっといかん。そういう妄想は兵藤の専売特許だ。
「ええ、でも一誠君がみんなのためにがむしゃらに頑張っていく姿を見て私の心が少しずつ変わっていったわ。決定打はコカビエルとの戦いの時、一誠君が落ちる私を受け止めてくれたことかしら」
コカビエル戦の時、そんなこともあったな。あいつにとっては何も考えずやったことだろうがあれがきっかけになるなんて、人の心はわからないものだ。
「あれですか…姫島先輩も乙女なんですね」
「お姉さまなんて言われるけど、私は年相応の少女だってことかしらね」
「うふふ」と楽し気に姫島先輩は笑う。
「ゼノヴィアちゃんとの暮らしはどう?困ったことはないかしら?」
「あいつなかなか浮世離れしてますね。新鮮な反応が面白い反面、色々振り回されてます」
俺は苦笑交じりに嘆息する。
実は昨日、二人で庭の草むしりをしていたら雑草の多さに業を煮やしたゼノヴィアがデュランダルでまとめて切ろうとしたのだ。そんなことをすれば庭どころか俺の家がぶった切られかねないので冷汗たらしながら慌てて止めたが。
「でも、あいつが来て毎日が楽しくなりましたね。今まで一人暮らしだったていうのもあるんでしょうけど、あいつが来てくれて本当に良かったです」
一人暮らしの時と比べ、同居人が増えたことで断然賑やかになりそして安心できるようになった。一緒に住む人がいることで自分の家をより帰る場所と思えるようになったのだ。
「うふふ、紀伊国君も隅に置けないわね」
何か含みを持たせたような笑いを姫島先輩がした。…俺何か変なことを言っただろうか。
ひとしきり姫島先輩が笑った後、両者の間に沈黙が戻ってきた。
ふとコカビエル戦の話で思い出したことがある。姫島先輩がコカビエルに攻撃した時、奴は「この波動はバラキエルのものか」と言っていた。そしてその言葉に反応してか姫島先輩は激昂したように続く言葉を遮ったのだ。
姫島先輩はその苛烈な雷攻撃から「雷の巫女」と呼ばれている。奴はその雷を見てバラキエルの名を出した。話に出てきたバラキエルと姫島先輩に何か関係があるのだろうか?
「…あの、姫島先輩」
気になる事柄であるが姫島先輩のあの反応から見てデリケートな問題なのかもしれない。でももしかしたら良好な雰囲気に任せて聞きだせるのではないだろうかと言う一縷の望みをかけて、意を決して訊ねた。
すると俺の様子を見て何やらおかしそうに姫島先輩は笑ったのだ。
「うふふ、紀伊国君もオカルト研究部の部員なんだから『朱乃さん』と呼んでいいのよ?」
「えっ、朱乃さん、ですか…?」
俺は突然の話に戸惑った。
思えばオカ研の皆は姫島先輩のことを朱乃さんと呼んでいる、年下の木場や兵藤でさえだ。ゼノヴィアは副部長と呼ぶこともあるが姫島先輩呼びしているのは自分だけ。
「女の子を名前呼びはちょっと緊張します…」
「同じ戦場を戦った者同士、今更そんなことを気にする間柄ではなくて?」
「…そうですね」
姫島先輩の言うことも一理あるし、本人が望んでいるというのなら…。
「あの、あ、朱乃さんはバラ…」
その時、誰もが聞いたことのあるクラシックのメロディーに似た音楽が鳴りだす。コブラケータイの着信音だ。
すぐにポケットに入れていたコブラケータイを取り出して通話を始める。
俺は普段オカ研やら天王寺たちとのやり取りはスマホで、レジスタンスや異形絡み、魔方陣を介しての通話はコブラケータイを使うという風にしている。
「もしもし」
返事するかのように通話している向こう側からドゴ!という何かが砕けるような音が聞こえた。
数秒後、聞こえてきたのは部長さんの声だった。
『潜伏場所を特定できたわ、場所はポイント6の廃ビルよ。既に交戦しているから急いで頂戴!』
有無を言わせない勢いで通話は切られた。
「…はぐれ悪魔の位置を捕捉したそうです、行きましょう」
俺の話に朱乃さんはうんと頷いた。談笑していた和やかな雰囲気を即座に切り替えて俺たちははぐれ悪魔が潜伏しているという場所に向かって、夜の町を駆けだした。
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連絡を受けた俺と朱乃さんはもうすぐ取り壊しになるという町の廃ビルに駆け付けた。ビルの壁や柱には随所にヒビが走っており、人気も備品もなく夜の暗闇と相まって不気味な雰囲気を醸し出してるが生憎そんなものに構っている状況ではない。
俺たちは二人一組で、ビルの中を逃げるはぐれ悪魔を追撃するように攻撃を仕掛けようやく追い詰めた。そして今、塔城さんが魔法攻撃の合間を縫って接近戦に持ち込んでいた。
「えいっ」
「ぐあっ!」
空を切る塔城さんの拳がはぐれ悪魔の顔面に突き刺さる。
『戦車』の駒の特性により増したパワーで大きく後ろに吹っ飛んでいく。
悪魔は何度か横転した後、強く柱に体を打ち付けた。
「はあ…はぁ…」
戦闘のダメージに息を荒げる悪魔。よく見ると体のあちこちに切り傷が出来ている。俺が来るまでの間、木場の攻撃を受けたのだろう。受けていたのがゼノヴィアの攻撃ならデュランダルの聖なる力で既に消滅しているはずだ。
「諦めなさい、あなたは詰んだのよ」
はぐれ悪魔を見下ろし悠然と告げる部長さん。その手には既に赤い滅びの力を滾らせている。それを見たはぐれ悪魔は悔しそうにぎりぎりと歯を食いしばった。
「く…だったらよぉ!」
はぐれ悪魔は咄嗟に両腕を突き出して光…いや、魔力で作った鋭い先端を持つ触手を伸ばす。触手の一つが部長さんに猛進するが木場がその間に割り込んで即座に切り裂いた。
その間、もう一つの触手がアルジェントさんの腕に絡みつく。
「きゃっ!」
「へへっ!」
か細い悲鳴を上げるアルジェントさんを悪魔はにたりと笑って触手で引っ張り強引に自分の胸に寄せる。
「テメエ、アーシアを!」
「どうした、攻撃しないのか!?」
男はゆっくりと立ち上がり下卑た笑みを浮かべてアルジェントさんを抑える。俺たちは心のゆるみを突かれた結果アルジェントさんを人質に取られ、たたらを踏むことになってしまった。部長さんは「くっ…!」と言いながら滅びの力を収めた。
なんて無様なことだ…、俺たちにはコカビエルと戦い生き残ったという自負から心のゆるみがあったのかもしれない。コカビエルクラスじゃないから楽に倒せるだろう。その慢心が今の事態を生んでしまった。
恐怖に怯えるアルジェントさんの目にうっすらと涙が見え始めた。悪魔はじりじりと窓際に後ずさる。
「へっへ…魔王の妹だの言われてるオメエらに俺が唯一勝ってるものは何だと思う?」
「卑怯よ…!」
悪魔は満足げに笑みを深めて俺たちに問いかけた。部長さんは心底悔しそうに、そして苛烈な怒りを滾らせた目ではぐれ悪魔を睨む。
「場数だよ…!俺はてめえらみてえなガキンチョよりもよっぽど戦術や引き時ってもんを心得てんのさ!!情に厚いと言われるグレモリーの悪魔はてめえの眷属ごと俺に攻撃でき…」
その時、窓に黒い影が映りこんだ。
ガシャアアアアン!!
「ぐえっ!?」
ガラスの割れる音と男の苦痛に呻く声が聞こえたのはほぼ同時だった。矢庭にはぐれ悪魔の背後の窓に現れた何者かが窓を蹴破り、勢いをそのままに無防備を晒すその背に蹴りを叩き込んだのだ。
死角からの思わぬ攻撃、手が緩んでアルジェントさんが解放される。突然の解放によろめくアルジェントさんに兵藤が駆け寄り、彼女を守るように前に出た。一方の悪魔はそのまま倒れこみ、強く顔面を打ち付けた。
その男は黒だった。その身に纏う黒スーツ、風になびく黒マント、そしてこの場を支配する夜の闇がその印象を強く際立たせる。ガタイのいい男の顔は洒落た仮面に隠れておりまるでドラマに出てくる怪盗と言った風貌だ。
「くそ…がっ!」
地に伏す悪魔が急いで起き上がろうとしたところに続いて銃声、黒マントの男が無言で倒れたはぐれ悪魔の両脚に銃弾をぶち込んだのだ。はぐれ悪魔は再び痛みに呻いて起き上がりかけた上半身を地につけた。逆転の機会を掴もうとしたはぐれ悪魔は再び地面を舐めることになった。
「これで貴様はチェックメイトだ」
見覚えのある黒い銃をくるくると回しながら男は宣言した。
…声も聞き覚えがある。まさか大和さんなのか?
突然の乱入者に驚きながらも俺たちは警戒の色を残しながら男を見据える。
「あなたは…」
「また会ったな、紅髪の少女よ。そして他の者は初めましてだ、俺の名はラブハンター ル・シエル!」
キザったらしい口調で男はハットの唾を撫でる。
こいつがラブハンタール・シエル…キャラがぶっ飛び過ぎててあの硬派で優しい感じの大和さんと大きくかけ離れているが、あの銃は間違いなく大和さんの神器と同じものだ。それにハットから僅かに銀髪がはみ出している。キャラを除けば神器、ガタイの良さ、声、そして髪の色、全てが一致する。間違いなく彼は…。
「…あんた大和さんでしょ」
「ッ!?や、大和とは一体誰の事かな…?」
俺の問いかけに男は一瞬動揺したのか声を跳ね上げた。それに続く声は微かに震えている。
図星かー…。追い打ちをかけるように俺はその思考に至った根拠を並べ立てる。
「声と体格でバレバレだしその銃大和さんが使ってるのと同じ物だし」
「ギクッ」
あ、今ギクッって言ったぞ。
「なあ、大和さんって…まさか天王寺のお兄さんのことか?」
俺のやり取りを見て警戒心を薄めたのか兵藤が訊ねてきた。
「ああ…ってお前知ってるのか?」
「そりゃ俺も小さい頃は大和さんと遊んだりもしてたぞ、あの人昔から変わってたなー」
兵藤は昔を懐かしむような声色で答えた。そう言えば、昔肝試ししたとか大和さんが語ってたな。
「…あなた、彼と知り合いなのかしら?」
今度は驚いた感じで部長さんが訊ねてきた。
「はい、まあクラスメイトのお兄さんです。あ、大和さん。天王寺がカレーにちくわを入れるのやめてほしいって言ってましたよ」
「な…飛鳥が…!?そんな…あれはカレーの新しい境地を拓くための試みが…いいいや!俺は飛鳥なる人物は知らない!」
俺の言葉に男はさらなる動揺を見せる。
今飛鳥って言ったぞ。俺は天王寺としか言っていないのに。天王寺からちくわの話を聞いた時はマジかと軽く驚いたものだ。もっとましなものを入れられなかったのか?レンコンとか。
「頑固だなぁ…もういい加減諦めたらどうです?天王寺大和さん」
俺ははっきり名前を言ってやった。
「…はあ、紀伊国君。こういうヒーローの正体を詮索するのは野暮と言うものだぞ」
黒マントの男は大きく息を吐いて、洒落たマスクを外した。マスクの裏の短い銀髪を垂らす勇ましい顔が、割れた窓から侵入する月光に照らされた。そしてそれは、つい最近見た顔でもあった。
「初めましてだな、俺は天王寺大和。駒王学園2年の天王寺飛鳥の兄だ」
「ほ、本当に大和さんだ…」
「お、一誠君か。何年ぶりだ?大きくなったな」
「ははは!」と兵藤の顔を見て愉快そうに笑う大和さん。正体を明かしてからのその様子からか他の部員達の警戒の色が薄れていった。
「部長さん、一応あの人は悪魔の存在を知っていますよ」
もっと話しやすくなるよう、俺は部長さんに教えた。一応あの銃を神器だと認識しているようだし薄々感づいているかもしれないが。
「なら、一々気にする必要もないわね…私はリアス・グレモリー。彼らグレモリー眷属を率いる上級悪魔よ」
部長さんは堂々と自己紹介した。
「なに、上級悪魔だと…!?一誠君も悪魔なのか?」
「ええ…まあ色々あって」
「男子三日会わざれば刮目して見よとはいうが…数年になれば人間でなくなるのか」
大和さんは驚愕の吐息をこぼす。多分そうなるのはほんの一部だと思う、うん。
「…まて、グレモリーといえばあのソロモン七十二柱の第56位の公爵か!?」
今度はどこかキラキラした目で部長さんに訊ねてきた。そう言えばこの人はファンタジーものが好きなんだったな…。
「え、ええ。そうよ…」
部長さんは突然の豹変に不意を突かれて狼狽した様子で答える。
「マジか!伝承通りの赤髪、まさかこんな有名な悪魔と出会うことになるとは…」
肯定の返事を受け、悪魔を恐れるどころか感動したといった様子だ。
この場にいる人の中で一番最年長のはずなのに一番子供っぽい反応をしてる…。
感動に浸りかける大和さんの前に、ゼノヴィアが一歩進み出た。
「天王寺大和、あなたは何故この事件に?」
おっとそうだった、この人のペースに乗せられてすっかり聞くのを忘れる所だった。
「…そうだな、事の発端は二日前だ」
一瞬で子供みたいなわくわくした表情が真面目で硬派な表情に切り替わった。
窓から見える夜天、その高くに輝く月を一瞥して大和さんは話し始める。
「俺がコンビニでカレールゥを買いに行った帰りに怪しげな男…こいつを見かけた。」
大和さんはそう言って地に這いつくばるはぐれ悪魔に目をやる。視線に気づいた悪魔が唸り声を上げるが大和さんは意に介さない。
というか、コンビニで何を買ったかまで言わなくていいだろ。カレールゥってもしかしてまたちくわカレーを…。
「あんなクオリティの高いファンタジーチックなローブを纏う男に俺は興味が沸いた…いや、心躍った。あわよくばどこでそれを売っているのか聞こうと思ってな。そう思って話しかけたら魔法で攻撃されたよ」
大和さんは話を止めて懐から煙草を取り出そうとしたが「おっと失敬」と言って再びポケットの中に入れ直した。
大和さんは喫煙者でもある。…別にタバコが好きという訳ではなく大和さんのことだから単にカッコつけたくてタバコ吸ってる可能性もありそうだ。
ファンタジーチックなローブに興味が沸いたかー…。もし中二病が迸る大和さんが異形の世界にどっぷりと足を突っ込んだら一体どんなことになるだろう。魔王であるサーゼクスさんに会うだけで狂喜乱舞するのではないだろうか。
「どうにかやり過ごした俺は空に輝く月を見て思った。…闇に潜む悪を討つには俺も闇に紛れる戦士になるしかない、とな」
「は?」
今、真っすぐ進んでいた電車がガタンと音を立ててレールを分岐した、そんな音が聞こえたような気がした。
…何か、流れ変わったな。
「あの中二心くすぐるローブを見たからだろうな。俺はその心の赴くままに闇に紛れる戦士の設定を、衣装を考えた!それがこれだ!」
ヒートアップしていく大和さんの言葉に熱が乗り、動きには激しさが宿る。遂にはバサっと大きくマントを見せるように広げた。
「闇に紛れるための漆黒のマント!素顔を隠しミステリアスな雰囲気を醸し出すための仮面!…ああ、ちなみに名前は一昔前の俺そっくりな主人公が出ていたアニメからとった。初めて見た時は度肝を抜かれたな」
「…確かに、本物そっくりというより本物」
本物を知る塔城さんがそこまで言うってことは相当そっくりなんだろうな。
そして遂にテンション・フォルティッシモと言わんばかりの高ぶりで言った。
「そうして改良を積み重ね、誕生したのがこの俺!ラブハンター ル・シエルだ!!」
俺は素で思った。もうこの人はダメかもしれない。
知識とそれを実現してしまう行動力と身体能力を兼ね備えてしまった中二病、それが大和さんだ。
この場にいる皆の顔が引きつってるもん、あの優しいアルジェントさんでさえ困惑してる。はぐれ悪魔だって「こいつ頭がおかしいんじゃねえか」みたいな顔になってるし。
こんなぶっ飛んだやつが実は外人部隊やってますなんて誰が思うだろうか。いや思わない。
「…んん!ちなみにさっきのダイナミックな侵入方はどうやって?」
驚きを咳払いして振り払い、兵藤が訊ねた。
「ああ、あれは上階の柱にロープを巻き付けて窓から下りた。下で戦闘が行われているのは音でわかるからな。後は音の移動で位置を探り当ててタイミングを見計らって突入した、といった感じだ」
大和さんはそう言って自分の腰に巻かれたロープを見せる。その後、ガラスの鋭い破片を一つ拾うとさっとロープを切り裂いた。
「ざっと話はこんなものか」
「あなた本当に何者なの…?」
「…おっと、もうこんな時間だ。あまり帰りが遅いと飛鳥が心配するのでな、ここらでお暇するとしよう」
部長さんの問いをはぐらかすように大和さんは腕時計を見て言った。
その問いに答えると自分が天王寺に隠していることをばらしてしまう訳だから答えられるはずもない。
「…一誠君、紀伊国君。俺の可愛い弟をこれからも頼む」
「大和さん…」
どこか憂いを帯びた表情で言うその姿は俺たちを騒がせたラブハンターではなく、弟思いの優しい兄のものだった。俺たちが言葉を返す間もなく大和さんは乱れたハットをくいっと直し、マントをばさりと広げ駆け出した。
「では、Au revoir(さようなら)!」
大和さんは颯爽と俺たちの間を横切り、この階を後にした。後ろから「ハーハッハッハ!!」と高らかな笑い声が聞こえてくる。やがてその声も聞こえなくなり、夜の静寂だけがこの場に残された。
「…嵐のように現れ、そして去って行ったわね」
「本当にそうですね…」
俺はこの日、大和さんがぶっ飛んだキャラの持ち主であることを再認識した。
あの人の超個性的な立ち振る舞いは俺だけでなく、初対面であるオカ研の皆の記憶に大きな爪痕を残したのだった。
その後、部長さんがあのはぐれ悪魔を滅びの魔力で消し飛ばして一件落着した。
天王寺のカレーからもちくわは消えたという。
「ちなみにこれが本家ラブハンターです」
「これ大和さんそのものじゃん」
本編がシリアス過ぎると作者の心も潰れてしまうのでたまには外伝で息抜きさせてください。こういう掘り下げとギャグを兼ねた回を書いてみたかった。
ちなみに次章での外伝はレジスタンス組を掘り下げます。
これで停止教室のヴァンパイア編は完結です。
これから動き出す物語に備えてゼノヴィアとの関係だったり悠の立場を明確にするなど色々と固めることが主な目的でした。
次章から冥界合宿のヘルキャット編。眼魂のことについて踏み込んだり、物語が動き始めます。次回更新をお楽しみに!
次章予告
「ここがグレモリー領か…!」
合宿の舞台は冥界。
「あの方の手を煩わせることなく、眼魂を回収して君を消そうか」
その裏で暗躍するのは断絶したはずの名家。
「全く、こういう催しに水を差す連中はつきものだな!」
華やかな催しに横槍を入れる者も。
「お前…なんでここに…」
再会、それは運命の悪戯。
死霊強襲編 第二章 冥界合宿のヘルキャット
「紀伊国悠、お前を抹殺する」
〔CRASH THE INVADOR!〕