ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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物語を面白くするうえで重要なことって『掘り下げ』だと思います。
キャラを掘り下げる、設定を掘り下げる。
物語に重厚感を出したり、キャラの魅力を出すうえで欠かせないこと。



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



第40話 「初めての冥界観光」

「「「お帰りなさいませお嬢様ッ!!」」」

 

到着した駅のホームに降りた瞬間、怒号にも似た兵士たちの熱烈な歓迎の声が放たれた。

突然の出来事に俺の心臓は跳ね上がる。

 

「「ぎゃあああああ!!?」」

 

悲鳴にも似た驚愕の声がギャスパー君の声と重なる。

 

俺達の前に並ぶのは鎧で身を固めた兵士たち。続く花火、兵士たちと共に並ぶ楽隊たちの雄大な音楽、彼らはずらりと並び視覚だけでなく聴覚からも存分に歓迎の意を訴えている。

 

「もう二人ともびっくりして…」

 

「俺も声を上げる所だったぜ…」

 

兵藤も危なかったと息を吐く。

よく見ると並んでいるのは兵士たちだけではない。

 

「リアスお嬢様、おかえりなさいませ」

 

ピシッと整った燕尾服に身を包む執事やメイドたちもいる。

すると並ぶ兵士たちの中から見知った顔のメイドさんが俺たちの前に現れた。

 

「お帰りなさいませリアスお嬢様、道中無事で何よりです」

 

銀髪のメイド、グレイフィアさん。恭しく一礼すると先の道へと俺たちを促す。

 

「さあ、本邸まで馬車で移動しましょう、眷属の方々もご一緒に」

 

その言葉で俺たちは歩みを再開する。

 

歩き、駅を出るとそこで待っていたのは馬車だった。

馬車を引く馬は俺が知る馬よりも幾分か大きく、所々でフォルムに違いが見られる。

 

「何か俺の知っている馬よりかなりデカくないか?…あと眷属じゃない俺だけ徒歩なんてないですよね?」

 

「勿論、紀伊国さんもご一緒に」

 

グレイフィアさんの返事に安心を覚え、メイドさんや執事さん達に荷物を預けて馬車に乗り込む。

俺が乗り込んだのは二番目の馬車。共に乗り込んだのは木場、ギャスパー君、そして塔城さん。残りのメンバーは一番目の馬車にグレイフィアさんと一緒だ。

 

やがて御者が縄を引き緩やかに馬が歩き始める。同時にパカラッパカラッという心地いい音が耳を打つ。

馬車が進むと同時に移り行く景色を窓から眺める。

 

舗装された道、剪定された並木、中世ヨーロッパのような街並み、それらが否応なしに俺がようやくファンタジー世界に入り込んだのだと認識させてくる。

 

俺のいた世界ではありえない光景、それが俺の胸中に興奮を生んだ。

 

「すごいな…」

 

本日何度目かもわからない感想が思わず漏れる。

それを聞いた隣に座る木場がふふと笑う。

 

「多分、本邸を見たらもっと驚くよ」

 

「おおーそれは楽しみにしておくか」

 

俺もふっと微笑み返す。今度は右隣に座るギャスパー君に声をかけた。

 

「ところでギャスパー君大丈夫?」

 

駅で一緒に悲鳴を上げたり、出発前に皆を騒がせたりした俺が言うべきセリフではないと思うが。

 

「人目があり過ぎて落ち着かないです…。段ボールが恋しい…」

 

おどおどを引きずるギャスパー君。安住の地である段ボールは執事さん達に預けてしまったからな。部長さん宅に着くまでは我慢だ。

 

 

 

 

 

 

道を進む。やがて前方に巨大な城のようなものが見えてきた。まるで一国の王が構えるような壮大な城。

馬が歩みを進めるたびに俺達は少しずつそこへの距離を縮めていく。

 

俺達が向かっているのは部長さんの本邸。そしてどう見てもこの馬車はあの城へと進んでいる。

 

…規模がデカすぎてすぐには受け入れられなかった。

 

「…なあ、もしかしてこれが部長さんの家…なわけないよね?」

 

恐る恐る木場に訊ねる。

 

「そのまさかだよ。ちなみに部長の家は幾つもあってあれが本邸だよ」

 

「…もう、驚き疲れたな」

 

それだけこの数時間で新しい物を多く見て、感じてきた。

この世界には本当に驚かされてばかりだ。

 

馬車はその後も緩やかに歩みを進めた。

 

 

 

 

「着いたか」

 

馬が歩みを止めた。木場を先頭に俺達は馬車から降りていく。

 

降りた後、ここまで馬車を引っ張ってくれた馬に労いの意味を込めて、手を目いっぱい伸ばして自分よりも背丈の高い馬を撫でてやった。その行為に馬はまんざらでもないように嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「…先輩は動物が好きなんですね」

 

今までぼんやりしていた様子の塔城さんが不意に言った。

 

「ん?まあね、ペットを飼おうにもうちはガジェットたちで間に合ってるからなぁ」

 

エサは必要としないし従順で多機能なガジェットたちには助けられる場面も多い。だが4匹と数が増えたことで少々騒がしくし過ぎてしまう場面も出始めた。賑やかなのはいいがもうちょっと静かにしてくれたら助かるのだが。

 

ガチャっと木の音交じりの音を立てながら玄関のドアが開かれる。

開かれた城内からいの一番にと飛び出す影があった。

 

「お帰りなさい!リアスお姉さま!」

 

喜びに満ちた声で挨拶したのは部長さんと同じ紅髪の少年。

まだ幼さが残りながらも端正な顔を破顔させ、部長さんに抱き着いた。

 

「ただいま。見ないうちに大きくなったわね」

 

それを部長さんは大らかな微笑みを浮かべながら受け止めた。

 

…誰だろう、姉というワードや見たところ血のつながりがあるのは確かだ。

 

抱擁を交わした後、部長さんが俺達に向き直る。

 

「紹介するわ、この子はミリキャス・グレモリー。お兄様の子供よ」

 

「サーゼクス様の!?」

 

あの人子供がいたのか!いやでも大戦が終わって数百年は経ってるし人間からすれば相当な、万単位を生きる悪魔からすればまだまだであろう年だからいてもおかしくはないだろう。でもいざこうしてみると驚きだな。

 

「ええ、ほらミリキャス。挨拶なさい」

 

「はい、初めまして皆さん!ミリキャス・グレモリーと言います、よろしくお願いします!」

 

ミリキャス君は礼儀正しく挨拶する。

 

…俺達より年下の子がしっかりしているのを見ているともどかしさのようなものを感じる。

この子に比べたら俺は…多分サーゼクスさんの子だから大きくなったらやたらめったら強くなるんだろうな。

 

あれ、そういえばサーゼクスさんの奥さんって一体…?

 

「さあ屋敷に入りましょう」

 

そこまで考える前にグレイフィアさんが促す。

疑問を脳の片隅に置き、俺達はグレイフィアさんの先導の下屋敷の中を進む。

 

「こんなに豪華な所はヴァチカン以来だ」

 

俺と同じ様に歩きながら辺りを見回すゼノヴィアが言う。

 

「ヴァチカンってお前が以前居たっていう所だろ?」

 

「ああ。悪魔になり主の不在を知った今、あの地の土を踏めなくなってしまったけどね。猊下や先生たちは元気にしているだろうか…」

 

どこか遠い目でゼノヴィアは天井を仰いだ。

 

ゼノヴィアにも世話になった人ってのがいるんだな。俺がこうなのだからきっとその人たちは何倍も世話を焼いてきたに違いな…。

 

「む、何か失礼なことを考えなかったか?」

 

ふと刃のような視線が向けられた。

 

「お前が気にしなくていいことだよ。あと兵藤、お前いちいちメイドさんのこと気にかけてんのわかってるからな」

 

「げっ何故にばれた…」

 

兵藤はメイドさんとすれ違うたびにじろじろと目を向ける。というか性欲の権化だの言われるこいつが向けないわけがない。

 

どうせ綺麗だとかおっぱい大きいとか思ってんだろ。

 

すぐさま話を聞いた部長さんが抗議の声を上げた。

 

「イッセー!あなた私というものがありながら…!」

 

「あらリアス、帰ってきたのね」

 

突然割り込んできた声。前方を向くとそこには亜麻色の髪の少女がいた。

悪魔と言う種族の女性の例に漏れず綺麗な顔と目をしている。

 

部長さんはその人を見て狼狽を露わにしたが持ち前の切り替えの早さをすぐに発揮した。

 

「お、お母さま…!ただいま帰りましたわ」

 

…えっ。今お母さまって言った?

 

「ええ、私がリアスの母、ヴァネラナ・グレモリーです。娘が世話になってますね」

 

俺の心中を見透かしたような発言、そして自己紹介。

 

…ああそうか、悪魔は魔力を使えば見た目を変えられるんだった。だから母と言う言葉に不釣り合いな若々しい容姿をしているのか。

 

「あなたが兵藤一誠君ですね?」

 

「は、はい!」

 

弾かれたようにカチカチな動作で背筋をしっかり伸ばす兵藤。

ヴェネラナさんは相手の緊張を溶かすように優し気に微笑んだ。

 

「婚約パーティーの時より、一段とたくましくなりましたね」

 

「ありが…あっ……やべ」

 

褒め言葉に緊張が安堵の表情へと変わろうとした瞬間、兵藤の顔が固まった。

 

思い出したのだろう、婚約パーティーの大胆な公言を。

 

固まった表情は数瞬の間をおいて、慌てふためいたものへと変わった。

 

「いや、あの時はその!あのーえーっとライザーの野郎をそのー!」

 

文にもなっていないような言葉が次から次へと飛び出す。

 

親の前で娘の処女をもらうなんて発言は流石にまずいよね。俺だったら恥ずかしくて逃げてた。

 

ヴェネラナさんはそんなわたわたする兵藤の様子に楽し気に笑った。

 

「ふふっ、あの一件は私たちも急ぎ過ぎたと反省しておりますわ。気になさらず」

 

「あっはい…」

 

ヴェネラナさんの話を聞き、安堵の息を深く吐いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺達は各々に割り振られた部屋へと案内された。

 

のだが…。

 

「いやなんでお前がここにいるんだよ!?」

 

「部屋が広くて寂しくなってね、君の部屋で過ごすことにした」

 

どうやら、ここでも振り回されることになりそうだ。

 

 

 

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それから数時間後、広々としたダイニングルームでグレモリー一家、眷属そして俺を交えた夕飯が始まった。

天井に吊るされ宝石が煌めくシャンデリア、一体何万するのだろうと思うような惚れ惚れするような美しい椅子とテーブル、長いダイニングテーブルの上にずらりと並んだ豪華な料理、いよいよもって俺は貴族の世界に入ったのだと思わされる。

 

俺は給仕された料理を内心緊張で震え上がりながらステーキを切り分け、ゆっくりと口に運ぶ。

 

普段は談笑し、一日の出来事を語らう楽しい夕飯。それをこんなにもピリピリした心持で食事するのは前世も含めて初めてだ。

 

何故俺がこんな気持ちになっているのか?

ピリピリする理由その一。出された食事の豪勢さ。

 

今俺の目の前には都会の高級料理店に足を運ばなければまず直に目にすることのないだろう料理がいくつも並んでいる。かぐわしい香りが漂うステーキ、それを彩るソースや適度な大きさに刻まれた野菜。中には人間界で見たことのない料理や食材もある。こういう豪華な料理を一度は食べたいなーと思ったことはあるが、実際に食べて思った。

 

やっぱり、一般の家庭料理が一番です。いや勿論高級な料理もおいしいんだけどどうしても見栄えがいいからちょっと食べるのがもったいない気がしてしまう。それを気にせず気楽に味わえるのが家庭料理。白米イズサイコー。

 

そして理由その二、この優雅な雰囲気。

この静けさ。…といっても完全に静かという訳ではなく部長さんの父さんや母さん、そして部長さんの四人が話をしながら食事が進んでいる。

 

でもこの場所の高貴な雰囲気がその場にいるに相応しい振る舞いを求めている気がする。それもあって俺は委縮してしまい彼らの楽し気な会話に耳を傾ける余裕が持てない。

 

この豪勢な場所、そしてテーブルマナーが生み出す独特の雰囲気がどうにも俺を落ち着かせない。

 

「……」

 

人は何事も真似から入るものだと言ったキャラがいたがこの状況下ではまったくもってその通りだと肯定できる。

 

(こういう場のテーブルマナーが全く分からん…)

 

ちらっとこういった場のテーブルマナーをわきまえていそうな他の部員の動きを見様見真似しながら食事を進める。ちなみに今の俺と同じ状況でいそうなのは兵藤、アルジェントさん、ゼノヴィアだけだった。

 

それ以外の部員は実に手慣れた手つきでフォークやナイフを扱う。特に隣の木場とか容姿端麗も相まってすごい様になっている。今度は料理だけじゃなくテーブルマナーも教えてもらおうかな。

 

一応後ろには執事さん達が控えている。聞けば色々と教えてくれるのだろうがそんなことをする人は誰一人として

この場にいないし、そうしてこの場にいる人に笑われたり変に思われたりしたら緊張がリミットオーバーアクセルシンクロして俺の心が死ぬ。

 

アルジェントさんはややぎこちないながらもきちんと魚を切り分けている。隣に座る朱乃さんは感心気な目で見てうんうんと頷く。なるほど、魚はそうやって食べるのか。

 

一方ゼノヴィアは魚を大胆に切り分けた。大振りに切った魚を豪快に頬張る。その様子を何か言いたげな目で見るギャスパー君。…それやっちゃダメだったのね。てか骨大丈夫か?

 

残る兵藤はあまり食事に手がついていないようだ。緊張からか顔が引きつっている。

 

…だが俺が一番気になるのはこの三人ではない、塔城さんだ。

伏し気味の顔に暗い影が差し、あまり食事が進んでいない。よくお菓子を食べている姿を見るし食欲旺盛な人かと思っていたが今の姿にはそんな要素など見る影もなかった。

 

どうにも最近の塔城さんはおかしい。

元々感情をあまり表に出す人ではないのだが最近はずっと物憂げな顔をしている。冥界への道中、話しかけてみたりもしたが今まで以上に薄い反応しか返ってこなかった。

 

一体何が彼女を悩ませているのだろう?

 

「そんなに僕の料理が気になるかい?」

 

そんなことを考えていたら木場が不意に話しかけてきた。

 

流石にやり過ぎたか…。これを機にテーブルマナーを、いやでも部長さんの両親の手前、恥ずかしくて言えない…。

 

それでもテーブルマナーのことを恥ずかしくて言えない俺はいきなりのことで狼狽えながらも俺は下手くそなごまかしをした。

 

「え、いやあ別に?単に目が勝手に泳いだだけと言うか…」

 

「皆君が見ていることに気付いているよ」

 

「え?あ」

 

気が付けばこの会食に参加した全員の視線が俺に注がれていた。

部長さんの両親も、オカ研の皆も全て。

 

「あ…ああ…あ……」

 

途端に火口目掛けて一気に湧き上がるマグマの如く恥ずかしさが溢れ、頭が真っ白になりかけた。

 

「紀伊国君、どうかしたかな?」

 

優しく部長さんのお父さんが問いかける。

 

「い…いや、あの…」

 

緊張で自分でも何を言っているのかわからない。

 

もうここまで来た以上、素直に言ったほうがいいだろう。

 

目まぐるしく目は泳ぎ、汗を垂らしながら、我慢できずに俺は緊張の原因を吐き出した。

 

「…テーブルマナーが…わかりません」

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

翌日、兵藤を除いたオカルト研究部メンバーは観光にと街を練り歩いた。

 

何故兵藤がいないのかと言うとあいつはミリキャス君と一緒に勉強だと。

…あいつも一緒に城巡りしたかっただろうに。しかしあいつは積極的に勉強に励むような柄ではないと思うのだが。何があったのだろうか?

 

俺たちは主にグレモリー家が所有する城を見て回ったのだがこれがまたすごい。

本邸と負けず劣らずの大きさ、そして荘厳さに俺は圧倒された。人間界ならヨーロッパに行かないとまず見れないような光景をたくさん見ることが出来た。もちろん、部長さんの家の所有物なので入場料などは一切ない。

 

城巡りと言い待遇の厚さと言い部長さん様様といったところだ。この二日間で部長さんの凄さを改めて感じた。

列車持ってたり城持ってたり、人間界の富豪でもそんな奴はそうそういないだろう。

 

これだけ豪華なものを見て、豪邸で過ごしてきっと帰る頃にはちっとやそっとの金持ちの家では全く驚くこともすごいと思うこともなくなっているだろうな。この二日間で確かに自分の価値観が変わるのも感じた。

 

ちなみに城以外では…。

 

 

 

「いい乗り心地だね、アーシア」

 

「はい!ラクダさん可愛いですねー」

 

「木場、お前ラクダより馬に乗った方が絶対似合ってるぞ」

 

「イッセー君もきっと同じことを言ったと思うよ」

 

「あら、リアスは乗らなくていいの?」

 

「私がラクダがあまり好きではないのを知ってて言ってるでしょう…」

 

道中のラクダ園で乗馬…いや、乗ラクダ体験をしたりした。

乗ってみると思った以上に高く、触り心地はそこまで気持ちいい物ではなかったが貴重な経験になった。

そして冥界のラクダはミツコブだった。あと部長さんがラクダが苦手という意外な事実も判明した。

 

他にも…。

 

「アイスクリーム頭痛がする…!鋭い…痛みが…やってくる…!」

 

「こういうのを映えと言うのだろうか?」

 

「グレモリー領の名物料理はグレモリー家が紅髪の一族ということもあって赤い物が多いのよ」

 

「イッセーさんと一緒に食べたかったです…」

 

「小猫ちゃん、食べる?」

 

「……うん」

 

道中、美味しそうなスイーツショップに立ち寄っては冥界のスイーツを堪能したりもした。

ミルクやイチゴなどの赤い果実を使った素朴な味が舌、いや心にしみた。

 

 

そして今、俺達は最後の城を訪れ、バルコニーに出てそこからの眺めを堪能していた。

眼下に広がるレンガ造りの街の向こうには雄大な山々がそそり立ち、見渡す限りの緑が広がっている。

 

「風が気持ちいいね」

 

高所ということでやや強く吹く風に短い青髪をなびかせながらゼノヴィアは言う。

 

「そうだなー、冥界の風もだいぶ慣れてきたなー」

 

人間界の街並みと違って自然の残る街並みと穏やかな風からか間延びした返事になる。

 

「俺はずっと日本にいたからこういうガッツリ西洋式の建物は初めてだ」

 

「私からすればこの城もこの風景も私の故郷をもっとすごくしたものといった感じだ」

 

「…なあ、お前の出身ってどこなんだ?」

 

彼女は生活を共にしていても自分の過去のことはまず口に出さない。

もしかするとまだ教会を追放されたことが糸を引いているのかもしれないし親の顔を知らないということからあまり人に聞かせられるものではないのかもしれない。それもあって俺の方から聞くというのも避けてきた。

 

でもこの穏やかな雰囲気に任せればうまくいくかもしれない。そう思ってなるべく当たり障りのない疑問からぶつけることにした。

 

「うーん、一応イタリアの教会の施設で育ったからイタリア出身になるのかな」

 

彼女は自分なりの配慮を今まで込めてきた俺の考えに反して割とあっさり目に回答をよこした。

もしかしてそんなに暗い話でもなかったりするのか…?

 

イタリアといったらピザとかパスタだよな。一度でいいから本場の味、食べてみたいな…。

あとは「情熱」って意味の名のギャング組織がいたりしたな。

 

剣や信仰しか知らない彼女がピザやパスタを作れるはずもなく我が家の料理人は俺のみだ。

作れたらなと思ったりしたのだが。

 

「イタリアか…あ、もしかして初対面の時喋ってたのってイタリア語だったのか」

 

「そうだね。簡単なところならBuon giorno!とかCiao!なんて言った感じかな」

 

当たり前だが流暢にイタリア語を話して見せるゼノヴィア。

 

お、今チャオって言ったか。これが本場のチャオか。

 

「あ、今のやつ。チャオの方もう一回言って」

 

ビルドを見た身としてそのワードは気になる。折角だし本場のチャオを習得してみるか。

 

俺が興味を引いたのが意外だったのか一瞬目をぱちくりさせたがすぐに咳払いし、言った。

 

「Ciao!」

 

「Ciaオ!」

 

「違うぞ、Ciao!だ」

 

「Ciao!」

 

「そうだ」

 

うんうんと得意げに頷くゼノヴィア。普段は教えられる側だから逆に回ったのが楽しかったのだろう。

 

「あ、そうだゼノヴィア、今度お前の…」

 

そこから先を遮るように、音は聞こえた。

スマホではなくコブラケータイの着信音。

 

「んん?誰だ?」

 

胡乱気な声を漏らしながらも俺はショルダーバッグからケータイを取り出す。

画面を開き見ると記されていた発信元はレジスタンスだった。俺はケータイをそっと閉じてギャスパー君と談笑していた部長さんに訊ねた。

 

「…トイレどこですか?」

 

「部屋に戻って廊下に出て、そのまま直進したらあるわ」

 

「ありがとうございます」と手短に告げて俺は部長さんが言ったとおりに城内を早歩きし、トイレにたどり着く。個室のドアを開けて入り、コブラケータイを開き通話する。

 

「もしもし」

 

『おうお主、冥界を楽しんでおるか?』

 

聞こえたのはポラリスさんの声。その声色からつかみどころのない性格が窺える。

 

「…まあな、それで何の用だ?」

 

『なんじゃ、つれない奴じゃな。もっとあの料理がおいしいとか聞きたかったのじゃがのう』

 

俺の無愛想な返事にわざとらしく残念がる声が返ってきた。

 

「それなら赤い夕陽亭のナポリタンがいいぞ、結構赤かったけどな」

 

道中定食屋に立ち寄った俺は、昨夜部長さんのお父さん直伝のテーブルマナーをしっかり披露した。後で教えてくれとゼノヴィアとアルジェントさんにせがまれたりもしたが。

 

『さらっと辛い物を勧めるでない』

 

クソ、バレたか。飄々としたあの顔があの赤いナポリタンの辛さに蹂躙される様を見たかったんだけどな。

 

『内心舌打ちしているおぬしに耳寄りな情報を持ってきたぞ、ここグレモリー領で眼魂の反応が感知された』

 

話は変わり、もたらされた情報に一気に興味が沸く。

 

「何…?場所はどこだ?」

 

興味を惹かれた俺は食い気味に訊ねた。

 

散らばった眼魂の多くは駒王町にあったが残る眼魂のありかは未だに分からずじまいだった。

現在はポラリスさんの助けも借りて捜索に当たっているが一つも見つかることはなく、俺を悩ませていた。

 

フーディーニは後に聞いた話によれば魔王城の屋根に突き刺さるように転がっていたのを音を聞きつけたサーゼクスさんが拾ったのだとか。…下手したら一生回収できなかったよね?なんで冥界にも散らばってるの?

 

「そう急くな、詳しい場所は後でメールで送る。反応が感知された場所は…」

 

一拍置き、その場所の名を言った。

 

「『魔烈の裂け目』じゃ」

 

 




おまけ サブキャラの集い in cafe パート1

朝の薄暗さもすっかり消え、太陽が高く昇り始めた午前10時。
その少年は駅前のカフェを訪れた。

「いらっしゃい!って飛鳥君か」

「おはようございます、マスター!」

陽光を背にカフェに入るのは銀色混じりの灰桜色の髪を持つ少年、天王寺飛鳥。
それをニコニコと陽気な様子で迎える中年の男性はカフェの店主。頭に被ったパナマ帽は彼のトレードマークでもある。

カフェの内装は控えめに抑えられた赤や黄色、緑といった色が所々に使われ、オシャレかつカジュアルなものだ。
緩やかにカーブしたカウンター席も備えてあり、カウンターの壁に書かれた言葉はイタリア語で「誕生」という意味を持つ単語である。

「今日は休みだったね、もう君を待ってるっていう女の子が2人来てるよ」

このカフェは飛鳥がバイトしている店でもある。真面目で明るい飛鳥はバイトであるにも関わらずその接客態度から老若男女問わず常連達にもっぱら人気だ。たまーに彼目当てで訪れる客もいるとかいないとか。

「え、本当ですか!?」

「飛鳥、遅いわよ」

驚く飛鳥の背にキツイ声がかけられる。振り向く飛鳥。そこには…。



ヘルキャット編を通してまあ出番がない飛鳥や桐生たち日常組にスポットライトを当てるために始まりました。ED後のCパートみたいな物と思ってもらえば。

ちなみに活動報告で新技を募集しています。興味がある方は是非。

次回、「魔烈の裂け目」

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