ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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この作品も気付けば50話…あっという間です。

ちなみに最近話題のライドウォッチ投票、自分はもちろんシンスペクターに投票しました。商品化されたら絶対綺麗だろうなぁ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター



第50話 「取り戻すための」

「…ん」

 

目を覚ますと見知らぬ天井だ。そしてこの身を包み込むような柔らかい感触は布団。気怠いながらも状況を確認しようとゆっくり上体を起こす。

 

部屋の内装はグレモリー本邸ほどではないにせよ豪華なもの。見覚えがある、俺達がさっきまでいたホテルのものだ。

 

視線を下ろして初めて気づいた。

 

「今の俺、半裸じゃん」

 

貴族やらが集まるパーティーに相応しい礼装をしてたが、病衣でもなく今まで着ていた服を上の方だけ全部脱がしたといった様相。

 

凛にやられた酷い怪我の一切はなく、完全に元の状態に戻っている。アルジェントさんが治してくれたのか?

だが血が足りてないのかまだ元気が出ない。アザゼル先生の言った通りだな。神器の治癒は怪我は治せても失った体力や血は戻らない。

 

どうやら俺はあいつにやられた後治療されてここに運ばれたらしい。しかしなんでホテルの一室に?

 

ていうかまたこれか!アルギスとかヴァーリの時もそうだけど最近俺やられ過ぎじゃないか?そもそもあいつの『液状化』はチートだろ、何のために八極拳を学んだと思っているんだ!直接攻撃が効かないとか八極拳が意味ねえじゃねえか!

 

「目が覚めましたか」

 

意識の外からかけられた声にびっくりし、反射的に向くとそこにいたのはイレブンさん。相も変わらずのサイバースーツと物静かな表情が混ざり合って奇妙な雰囲気を醸し出している。

 

「イレブンさん…」

 

「ホテルの部屋を一時的にけが人の収容に使っているようです、死亡者は多く出ましたがけが人自体は四大セラフラファエルとアーシア・アルジェントの尽力で最小限に抑えられました」

 

アルジェントさんは大分活躍したんだな、よかった。多分、けが人が少ないのはラファエルさんがいたからか?死んでいなければ大体の傷は治せるレベルの治癒能力を持っているらしいし。

 

今思い返せば、あの状況は悲惨だった。大勢の悪魔たちの集まるパーティーで魔力攻撃に耐性のある人形の襲撃。参加している悪魔の大半は貴族悪魔、そしてそのほとんどが強力な魔力攻撃を得意としている。

 

名家の悪魔と言う者は大体が自分の生まれ持った魔力に頼るばかりで修行など自分の戦闘技術を磨くようなことはあまりしない。その血に流れる強大な魔力で部長さんや会長さんは悪魔の中でも修行をする珍しいタイプだ。だがそうでない連中に魔力の効かない人形をぶつければどうなるかは言うまでもないだろう。

 

自身の誇りを、プライドの根源とも呼べる代々継がれてきた魔力が通用しないという現実に心もプライドも砕かれた悪魔は人形たちの蹂躙の格好の餌食だ。その結果がこの襲撃の惨状。

 

悪魔と言う種の痛いところを突かれたな。集まる悪魔の多くは貴族だし、貴族程自分の魔力に自信があるから修行しない。仮にそうでない悪魔でも一定のパワーがなければあの人形の固さは突破できない。

 

…凛の奴、ホントになんてことをしてくれたんだ。

 

「とにかく今回はポラリス様が今手が離せないようですので代わりに私が来ました」

 

「いつも暇してそうな感じなのにか」

 

あの人が暇こいてるところなんてよく見るぞ。最近はキバを見てたりスマ〇ラもしてたしな。

 

「ああ見えても日々情報を収集し、兵器の開発に勤しんでいます。暇と言ってはいけません、決して」

 

決しての部分を誇張するな、余計に暇人に見えるだろうが。

 

不意にイレブンさんの赤い目が俺の顔を見る。

 

「随分とくたびれた顔をしていますね」

 

「…」

 

見て分かるほどに今の俺はそうなってるか。それは当然だ、なんせ実の妹に殺されかけたんだからな。そう、仲の良かったと心から言える、自分の誇りとも呼べる実の妹に…。

 

あいつはヘタレな俺と違って何事も積極的に行動していた。さながら今で言う天王寺のように。勉強もできてクラスの上位に常に入り、いつもクラスの輪の中心にいた。俺はそんなあいつを心から誇りに思っていた。

 

なのにこのざまだ。

 

すっとイレブンさんの目が鋭くなる。

 

「それは肉体のダメージによるものでなく、精神的なダメージからきてる…違いますか?」

 

…全部お見通しってわけか。

 

そして音もなく、俺にいつの間にか出したビームソードの切っ先を突き付けた。

 

「ネクロムに変身する少女との関係を、話してもらいましょうか」

 

「…!」

 

冷たい表情でイレブンさんは迫る。普段から塔城さんのように涼しい表情で何を考えているのかわからないイレブンさんだが、今のイレブンさんにはその表情の中に存在する様々な感情は一切なく、ただただ冷たい敵意にも近い疑いの意だけが満ちている。

 

「彼女は私たちの因縁の敵、その眷属です。回答次第ではあなたに手荒な手段を使うことも辞しません」

 

さらにイレブンさんは顔をぐいっと近づける。

 

「もし仮に、あなたが敵と繋がっていたとしたら…ポラリス様の許可なしでこの場であなたを斬殺することもあり得ますよ」

 

有無を言わせぬ気迫。模擬戦でもここまでの気迫は見せなかった。兵藤やゼノヴィアが俺のことについて追及するのとは訳が違う。イレブンさんは回答次第では本気で俺を殺す気だ。

 

…ここは、大人しく言うしかないか。精神的に弱った今の俺にイレブンさんの言葉を断る気力など残っていなかった。

 

半ば諦めるように俺は語る。

 

「あいつは…俺の元居た世界での妹です。名前は深海凛。明るくて…」

 

言葉を進めるたびに思い出すのは前世でのあいつと過ごした日常。

 

ちょっとしつこく感じてしまうくらいに底抜けに明るく、でもそんなあいつと過ごす何もない、それでも優しい日常が好きだった。

 

「優しくて…」

 

『運命のあるがままに、ここで果てろ』

 

それと入り混じってよぎる、俺の心を冷たく突きさすものはさっきの戦い、変わり果てたあいつの姿。

 

『紀伊国悠、お前を抹殺する』

 

冷酷で、無感情に自分の命を狙ってくる妹の姿。

それが否応なく突き付けてくる残酷な現実に湧き出る物を堪えきれず、目からこぼれ始める。

 

「俺の自慢の妹で…!」

 

楽しかった思い出と今の息苦しい現実が俺の心の中でぐちゃぐちゃにせめぎ合う。

無茶苦茶な心をシンプルに言い表すならこの一言だろう。

 

つらい。もう、それだけしかない。

 

「あんなことを言うような、人を傷つけるような奴じゃなかったッ…!」

 

嗚咽を漏らしながら言い切る。垂れ流す鼻水と涙が白い掛布団を汚した。

 

「……」

 

イレブンさんは何も言わない。

 

「どうして?何で俺はあいつに殺されないといけないんだ…!?俺はそんなにあいつに憎まれるような兄だったのか!?」

 

泣き叫ぶような心からの慟哭が室内に響く。

 

わからないことだらけの今。だがそれに囚われた俺は苦しむ。以前、戦う決心をつける前のように深い迷いの霧に心の視界は塞がれた。

 

「なあイレブンさん、あいつが眷属ってどういうことなんだよ!?なんであいつはあんな風に変わったんだ!?」

 

イレブンさんは凛が敵の眷属だと言った。なら、何かしら今の彼女に関する持っているはずだ。今の俺にはそれだけが頼りだ。

 

荒れ狂う感情に飲まれ、イレブンさんの手を掴む。

 

「教えてくれよ!!」

 

一通り叫びきったところで無理がたたったか喉が痛み、咳き込む。

一時的な感情の昂ぶりも次第に冷めていった。

 

「ハァ…ゲホッ…あいつは、ひき逃げ事故に遭って死んだ。死んだはずだった。俺が知ってるのはそれだけです」

 

話すことは全て話した。あとは向こうがどう受け取るかだ。

全てを聞いたイレブンさんは瞑目し、息を吐いた。

 

「…わかりました。あなたの目と言葉に嘘偽りはないようです」

 

通じた、のか。

 

ややぽかんとした俺の顔を一瞥し、ビームソードをデータ化しウェポンクラウドに戻した。

 

「サイボーグの私が言うのもアレなように思うでしょうが、心眼は鍛えていますから」

 

再び椅子に腰を下ろしたイレブンさんは静かに語り始める。

 

「彼女は『叶えし者《キラツ》』です」

 

「キラツ…?」

 

「叶えし者と書いてキラツ。私たちの敵は願いを持つ者に己の力を授けて願いを叶え、眷属とします。その眷属たちの信心は眷属に力を授けた者の力となって還元され、眷属たちは己の願いを叶えてくれた者に従順なしもべのようになる」

 

…まるで電王のイマジンとオーズのヤミーを足して二で割ったような感じだな。イマジンは契約者の願いを自分なりの強引な解釈ではあるが叶え、ヤミーは親の願い、欲望を満たして溜めたセルメダルは主たるグリードに還元される。

 

「従順なしもべと言っても個人差がありますが、5つのステージの内少なくともステージ3以上は間違いないでしょ

う。ステージ3からは人格の崩壊、あるいは変異が始まりますから」

 

「人格の変異…」

 

ステージってのは病気で言う進行具合のようなものだろうか。それが人格の変異を含むのならあいつの変わりようも説明がつく。

 

「ちなみに、ステージ5に達した者の魂は与えられた力に魂が耐えきれず焼失します」

 

「!!?」

 

「この世界では死者の魂はその者の属する宗教、あるいは神話の世界に行くようですが与えられた力に耐え切れず焼失した魂はどこに行くこともありません。文字通り、消えてなくなります」

 

それって悪魔や天使のような異形のように魂が消滅するってことかよ…!

 

この世界で人間が死ぬとその魂は、属する宗教や神話体系の死後の世界…キリスト教でいえば天国や地獄に行く。しかし人間ではない人外の魂は消滅状態になるそうだ。だから、人外は悪魔の駒のような復活はできない。

 

「あいつを助ける方法はないのか!?」

 

「…正直言って厳しいでしょう。彼らの力は洗脳にも似た効果を発揮しますから、しかし魔法で洗脳されているわけではないので同じように魔法や特別な術で助けることもできません」

 

難しい顔でイレブンさんは首を横に振る。

 

「ならあいつの願いを叶えた敵を倒すというのは!?」

 

「それは現時点では不可能な話です。まず敵の本体自体がこの世界に存在しませんから」

 

敵がこの世界にいないって…。それじゃあどうすれば?

 

というより俺はレジスタンスの敵についてまだ何も知らないぞ。それってレジスタンスのメンバーとして大丈夫なのか?

 

だがこれはいい機会だ、この場で聞くとしよう。

 

「あんたらの言う敵って、何者なんだ?」

 

「それは今話すべき事柄ではありません」

 

イレブンさんは頑として口を割らない。ここまで踏み込んでも話してくれないか。

 

「俺を信用できないから話せないのか?」

 

「いえ、単に時期が早いというのとあなたのため…とポラリス様から仰せつかっています」

 

「?」

 

俺のため?何か俺にとってまずいものなのか?

 

…いやまさか魔王とかセラフ、はたまた色んな神話の神に喧嘩売る気じゃないよね?死ぬよ?俺、身も心も残らないよ?特に強者ランキング2位の破壊の神、シヴァとかランキングにたくさん食い込むような猛者揃いのインド神話とかマジで無理だからね?

 

「なら、どうすればあいつを元に戻せる?」

 

元を絶つことはできない、魔法で元に戻すことはできない。なら一体何をすれば元のあいつに戻せるのか?

 

毅然とした表情で、イレブンさんは答えた。

 

「彼女自身が、彼女の心で呪縛を断ち切ること。それ以外に方法はありません」

 

「あいつの心で…」

 

心の呪縛で闇落ちしたライダー、ね。ホント、あいつは最強とかイキってたムッキーかよ。あいつはそれと真逆で不気味なくらい静かだが。

 

…難しいな。間違いなく外部的なものによる助けが必要だろう。あいつの心に強く響くものが。

 

俺の名前を言っても反応がなかったみたいだし…あれ、そもそも俺は本当に元の名前を言ったか?意識を失う寸前だったからかそこのとこの記憶が曖昧だ。

 

だがこれだけは言える。

 

「…なら、俺は今のあいつを知らなければならないな」

 

あいつが何故、敵の眷属になったのか。何を願ったのか。俺は昔のあいつのことを知っていても今のあいつのことについては何も知らない。

 

そして今のあいつを知るには当然、また戦わなければならない。あいつにまた傷つけられようとも今のあいつと向き合わなければならないのだ。

 

「…俺は元のあいつを取り戻したい。そして、この世界で生きていられる居場所を用意してやりたい」

 

転生したての頃、俺の居場所を最初に作ってくれたのは天王寺と上柚木だった。あいつらはこの世界で最初に手を差し伸べてくれた最初の友達。今でもあいつらには感謝している。無論、こんなどうしようもない俺を受け入れてくれたオカ研にもだ。

 

きっと、凛も戻ってきたら俺のように自分の居場所に悩むだろう。だから、兄として俺は助けてやらなくちゃならない。

 

「決めた、俺はあいつと戦う。ただし今までのように敵を倒すためとは違う。取り戻し、救うための戦いをする!」

 

それは宣言だった。これからの俺の戦いの指針、そして覚悟とも呼べるもの。

 

ひとえに戦いといっても目的によってその毛色は全く異なる。ただ敵を殲滅するだけの戦い、要所を防衛するための戦いと様々だ。

 

戦う相手を救うために戦うなんて偉い人が聞けば腹を抱えておかしいと虚仮にして笑うだろう。だがこれだけは譲れない。譲れないものを胸に秘して、これからの激戦を戦い抜くのだ。

 

イレブンさんは俺の決意を固めた様子を子の成長を見守る親のように優しい表情で見てくれた。

 

「…あなたも、随分な妹思いのお兄さんですね」

 

ぼそりと呟いたイレブンさんの言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

「それはどういう…?」

 

あなた『も』という言い方、まるで過去にも同じようなことがあったかのようだ。

 

イレブンさんはどこか懐かしむような、それでいて悲し気な表情で語りだす。

 

「ポラリス様のかつての仲間にあなたのような妹思いの方がいました。その方は妹を亡くしてから闇に堕ち、妹を生き返らせようと狂気の域にすら踏み込んで…」

 

そこまで言いかけたところで話を切った。

 

何気に初めて聞いたぞ、ポラリスさんの過去にまつわる話。あの人どうにも自分の過去について話したがらないからな、異世界巡りの話はしてくれるが自分の元居た世界についてはかたくなに話さない。

 

何かまずい物を抱えているのか知らないが、レジスタンスにいる以上いずれはあの人に話してもらうつもりだ。

 

「この話は忘れてください。あの人は自分の過去に触れられるのが嫌なようですから」

 

話が終わったのかイレブンさんは腰を上げる。

 

「ポラリス様には私から話を通しておきます。事情を知ればちゃんと動いてくれる人です」

 

そんなことは知ってるよ。じゃなきゃ眼魂の位置情報を教えてくれたり、俺を立ち直らせたりしないだろうし。眼魂の方は敵に取られてしまったが。

 

しかし眼魂が全部取られてしまったのは痛い。今手元にあるのはゴーストドライバーとスペクター眼魂、そしてコブラケータイだけだ。他のガジェットたちは帰ってこないし…もしかしたらそれもあいつに取られてしまったのかも。

 

「それと救うべき対象とはいえ敵であることを忘れないでください。容赦なくあなたにも、あなたの仲間にも攻撃を仕掛けてきます」

 

「…わかってますよ」

 

「もし彼女がグレモリー眷族たちを手にかけてしまえば、あなたといえど彼女を殺さなければならなくなってしまうかもしれない。そうなる前に彼女を解放してください」

 

厳しい言葉を交えてイレブンさんは言う。

 

もし、あいつが部長さんでもアルジェントさんでも、誰か一人でも仲間を殺したらその時はたとえようやく再会できた妹だとしても…覚悟しなければならないだろう。むしろそうしようと残された仲間たちが動くはずだ。情愛の深い部長さんが兵藤やアルジェントさんたちを殺されたら間違いなく復讐に走るだろう。そうなれば俺でもあいつを庇い切れなくなるかもしれない。

 

愛情が強ければ強いほど、反動で生まれる憎しみは深くなる。

 

だがそうはさせない。そんな最悪の結果になる前に、させないために俺があいつを救う。

 

「それと最後に見舞いの品です」

 

ウェポンクラウドから何かを実体化させ、ベッドの隣の棚に置いた。

 

眼魂だ。…あれ、今まで持ってなかった眼魂も混ざってるな。

 

「ポラリス様が奪われた眼魂の一部を取り戻しました。しかし依然として多くの眼魂が向こうに渡っています、ガンマイザーも合わせて気を付けてください」

 

それだけ言い残して踵を返し、部屋のドアから基地へと帰っていった。

 

俺は一人この部屋に残され、静けさがこの場に戻ってきた。

 

「キラツ、か」

 

レジスタンスが打倒を掲げる敵に関する初の情報。願いを叶えて眷属を増やすというなら戦いは一筋縄ではいかないみたいだ。そういうことができるなら人の心の弱みに付け込むのも上手そうだしな。

 

旧魔王派とかヴァーリとか、英雄派なんてのもいる『禍の団』のテロにもひやひやしてるのに全く。休む暇もないのかね。

 

だが一度戦うと決めた以上は、しっかり戦う。俺はもう大切な人を失いたくないからな。失って後悔しないために俺はこの力を使う。それが俺の力の責任だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また一休みしようと横になろうと思ったその時、扉をノックする音が聞こえた。

 

「…紀伊国先輩」

 

ギイッと扉を開けイレブンさんと入れ替わるように部屋に入ってきたのは塔城さん。

どこかバツの悪そうな表情のままこちらに近づく。

 

「塔城さん、どうした?」

 

「先輩がここにいるって聞いて…あ、イッセー先輩たちは毒霧を吸ったので検査してます。裕斗先輩たちは後始末の手伝いをしてるみたいです」

 

毒霧を?まさか兵藤の方でも敵の襲撃があったのか?

 

塔城さんは一瞬棚の上の眼魂に目をやると、椅子に腰かけた。

 

「あの…私、先輩にも心配かけて悪いことを言ったりしてしまいました。ごめんなさい…」

 

申し訳なさそうに顔を俯かせて謝る塔城さん。

 

多分、修行する前にどこか冷たい態度を取ったことを言っているのだろう。どこかボーっとして、考え込むような姿が気になって声をかけると、素っ気なく冷たくあしらうようなことを言われた。

 

「いやいや、無事に帰って来たならそれで十分だよ」

 

まあ本人がそれを気にしててちゃんと謝ってくるならそれでいい。相手に悪いことをしたならちゃんと謝る。小学生でもできることだ。…でも、大人になるにつれて子供でもできることができなくなっていくのは悲しいな。それが大人になるということなのだろうか。

 

笑って返すと、塔城さんは一瞬黙り込んだ。

 

その表情に幾つもの色が見えた。躊躇い、恐怖、悲しみ、そして勇気。

 

そして塔城さんは意を決した表情で話し出した。

 

「今回はそれだけじゃなくて、先輩にも話しておこうと思って…」

 

「?」

 

それから塔城さんは自らの秘していた過去について語りだした。

 

かつて、塔城さんは白音という一匹の猫又だった。自分の姉である黒歌という猫又と仲が良く、どんなときも二人で過ごし、同じ時間を共有した。

 

ある日、両親を失った二人はある悪魔に引き取られ、姉はその眷属悪魔となった。そのおかげで二人はまた今まで通り共に暮らすことができ、両親を失いはしたが幸せな時間は続く。

 

…はずだった。

 

悪魔の駒で転生悪魔になった黒歌は眠っていた才能が目覚め、その力は日に日に増大していった。優れた妖術使いの多い種族の血を引く彼女は悪魔の魔力、さらには使い手がごく限られた『仙術』まで身に着けた彼女はとうとう力に溺れ、主を殺しはぐれ悪魔となってしまった。

 

血に濡れた姉の姿に深く恐怖を刻み付けられてしまった彼女は保護されるが、上層部は暴走した黒歌と同じ血を引く彼女を恐れた。

 

彼女も暴走する前に、処分した方がいいのでは、と。

 

しかしそこに現れたのがサーゼクスさん。妹に罪はないと必死に上層部を説得し、自分が監視するということで事を収めたのだ。

 

部長さんに引き取られた彼女は長い年月をかけてようやく落ち着いて生活ができるようになった。

 

しかし、先の襲撃が起きるほんの少し前、パーティーに黒歌が紛れ込ませた黒猫を発見した塔城さんはそれを追って森に出た。そこで『禍の団』ヴァーリチームに所属した姉と久方ぶりの再会を果たした。

 

変わらず力に溺れた姉にかつての恐怖が蘇るが、そんな自分に必死に手を差し伸べ、言葉を投げかけさらには禁手に覚醒した兵藤のおかげで絶縁を宣言し、再びこの場に戻ってこれた。

 

これがパーティー会場の襲撃の裏で塔城さん、兵藤、そして部長さんに起こった出来事のあらまし。

 

やっぱり、塔城さんも過去に重い物を抱えていたのか。力に溺れ手の届かない所に行ってしまった、優しくて仲の良かった姉…。

 

それに兵藤の奴、乳首をつついて禁手になるとか意味不明すぎるぞ。いや完全な禁手になったのはいいけどさ…。もうちょっとエロなしで危機的状況で覚醒バーン!みたいにならなかったの?ドライグはどう思ってんだろうか。そろそろストライキ起こすんじゃないか?

 

「…私、猫又の力が怖くて…あの時の姉さまみたいになるのが嫌で…それで今まで使わなかったんです。でもそうしたらイッセー先輩や裕斗先輩たちに追い抜かれて、『戦車』なのに弱い自分に焦って、それでも猫又の力を使いたくなくて…修行の時、オーバーワークで倒れてしまいました」

 

そう言えば塔城さんがオーバーワークで倒れたってアザゼル先生が言ってたな。修行の前の気合の入りようも周りの強さに焦りを感じたからか。全部つながった。

 

…自分も同じような再会を果たしたばっかりだからどうしても意識してしまうな。でもこっちは兄で、塔城さんは妹と上下関係は逆だけど。

 

思い切って、聞いてみるか。

 

「塔城さんは、自分のお姉さんをどうしたい?」

 

突然の問い。俺の意図するものが飲み込めず、塔城さんは戸惑う。

 

「それはどういう…?」

 

「もし黒歌ってのがまた部長さんたちを襲ったら…自分の姉を殺してでも止める?」

 

そう、似たようなことをついさっき経験した他人だからこそ聞けること。俺は確かめたかった。もしも最悪の結果になってしまったら、他の人ならどうするのかを。

 

難しい顔で数秒悩んでから塔城さんは答えた。

 

「私はもう、姉さまと縁を切ったようなものです。それでも、私には姉さまを殺すなんてことはできません…」

 

「…だよね」

 

自分の肉親なんてそう軽々しく殺せるものじゃないよな。絶縁宣言をした塔城さんですら躊躇するくらいだし。

 

それを聞いて確信を深めた。俺に凛は殺せない。まだ兄としての愛情を残した俺には絶対にそんなことはできない。

 

…我ながら甘々な兄だ。殺されかけても憎めないんだからな。

 

「姉さまの前ではああ言ったけど、まだ怖いのは事実です。でもこの一件で吹っ切れました」

 

塔城さんの瞳に決意の光が生まれた。深い霧の中で、進むべき道を照らし出さんとする眩い光が。

 

「まずは自分の猫又の力と向き合ってみることにします。それが今の私にできる精一杯です」

 

「…そっか」

 

塔城さんもエクスカリバーの事件の時の木場のように吹っ切れたみたいだ。己の過去と向き合い、乗り越え進む意思を手に入れた。

 

なら、俺もくよくよしてられないな。自分の迷いや恐れを断ち切り、障害をぶち破ってあいつらと一緒に道を進むなら迷ってなんていられない。

 

決意は出来た。

 

(絶対に、取り戻す)

 

大切な日常を、仲間を失わないために、そして妹を敵の魔手から解放するために俺は戦う。

 

バッドエンドなんてまっぴらごめんだ。ハッピーエンドに向かって俺は今を生きる。

 

妹との残酷な再会は俺に絶望を与えもしたが、新たな覚悟をももたらしたのだった。




ホントはポラリスに説教させようかと思ったけどイレブンの出番が少ないことに気付いて任せることにしました。

そろそろ悠がシスコン呼ばわりされそうな気がする。というか凛が戻ってきたら今までの反動でそうなるかもしれない。もしそうなったら原作キャラや本作のキャラを集めてシスコン&ブラコンの集いを外伝でする(かもしれない)。

次回、「冥界合宿のヘルキャット」

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