ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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最初にシトリーファンに謝っておきます、シトリー戦カットしてすみません。
シトリー戦はダイジェストでお送りします。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


第51話 「冥界合宿のヘルキャット」

次元の狭間を走るグレモリー家専用列車。冥界での予定のすべてを終え、この列車は人間界に向かっている。列車らしい緩やかな揺れを感じながら俺はギャスパー君とチェスに興じていたのだが…。

 

「チェックメイトです」

 

「ぎゃはぁ!?」

 

ギャスパー君の宣言が俺の敗北を突き付ける。

 

ギャスパー君以外ともチェスで対決したが、結果は4戦4敗。つまり全敗。もっと言えば俺はオカ研のメンバーとチェスをして今まで一度も勝ったことがない。

 

一度負け、今度こそはともう一戦すれば負け、きっと次はと思えばまた負ける。この繰り返しだ。

 

「悠、お前この中で一番チェスが弱いんじゃないか?」

 

「やめて…俺のライフはとっくに0よ…」

 

ゼノヴィアの何気ない言葉が俺の心にぐさりと突き刺さった。

 

「俺に負けるとか、言っちゃ悪いが相当だぞ…」

 

「ちーん……」

 

俺と並んでチェスの弱さに定評がある兵藤にすらこう言われる始末。俺はどうすればいい…?どこぞの敗者になりたがってたエレガントな男ではないが俺は…勝者になりたい…。

 

「まあそんなに落ち込むなよ、人には得手不得手があるもんさ。お前の場合不得手がチェスだったってだけだ」

 

落ち込んでいたら見かねたのかアザゼル先生の慰めまで飛んできた。

 

…そうだな、俺もムキにならず一歩引いてみるべきか。いっそ割り切ろう、その方が疲れなくて済む。

 

「そういえば結局、パーティー会場を襲撃したのは『禍の団』ってことになったのか」

 

近頃の冥界のニュースでは大々的に俺達が巻き込まれたテロが報道されている。アンドロマリウスの血が絶えていなかったことも一緒に報道され、今回の事件は旧魔王派とヴァーリチームの両方による襲撃ということになっている。

 

「アルギスが本当に『禍の団』所属かわからないけど、ヴァーリチームの黒歌がいたから結果的にはそうなったみたいだね」

 

…俺の中では既にアルギスが凛の部下であるということから恐らく『叶えし者』だろうとほぼ確定しているんだが、『禍の団』でないとはいえ今回の襲撃を起こしたことには変わりない。

 

「襲撃に使われた人形は捜査のためにラファエルが停止させたもんを回収しようとしたんだが突然砂になって消えちまいやがった。魔力耐性があるってもんだから解析して今後の戦いに役立てたかったんだがな」

 

証拠隠滅か。ガンマイザーといい凛を駒にしている敵といいまだまだ謎が多い。凛のことはもちろんそれも含めて今後明らかにしていきたいところだ。

 

「アーシア、お前大活躍だったんだってな!流石だぜ!」

 

「そんな、私よりもラファエル様の方が…」

 

照れながらもアルジェントさんは謙遜する。修行で身に着けた治癒のオーラを飛ばす技が早速活躍したらしい。

先の試合や襲撃では見ることがなかったから、今後の戦いでの披露に期待しよう。

 

しかしこの場にいるオカ研メンバーの中で一人、部長さんの表情は浮かない。どうにも先日の試合のことを気にしているようだ。

 

「今回のゲーム、まんまとソーナの読み通りになってしまったわ」

 

あんな襲撃もあったが、その後無事シトリーとグレモリーの試合は行われた。

 

どこからともなく匙がヴァジュラの雷に目覚めたことを聞きつけた上層部や各勢力から招いたゲストが、試合を通じて見たがっていたこともあって予定通り行われることになったのだ。

 

開始早々に偵察に出たギャスパー君が『僧侶』の二人組が張った感知結界と捕縛結界のコンボの罠にかかってリタイヤになるなど、修行でパワーアップしたシトリー眷属は凄まじかった。

 

それにはゲームの舞台が駒王町近くのデパートを模したもので、フィールドを破壊しつくしてはならないというルールがあったことで兵藤やゼノヴィアなどの大火力持ちがメインのグレモリー眷族が本領を発揮しにくいこともあった。しかしその中でも、両陣営が修行を経てパワーアップしたことを印象付ける一戦だった。

 

序盤で兵藤と塔城さんのコンビが匙と仁村さんの『兵士』コンビと遭遇し、仁村さんはキックボクシングを駆使して猫又の力を解放した塔城さんと渡り合ったが、仙術で気の流れを乱され動きが鈍くなった隙を突かれ倒された。

 

同時進行で始まった木場とゼノヴィアの『騎士』コンビと相対したのは『戦車』の由良さんと『騎士』の巡さん、そして『女王』の副会長、真羅先輩。

 

由良さんはグリゴリの試作兵器を、巡さんは『創星六華閃』の天峰家の当主、天峰天叢雲《あまがみねむらくも》が打った刀と今まで愛用していたという日本刀の二刀流でゼノヴィアと打ち合う。対するゼノヴィアも兵藤から貸してもらったアスカロンとデュランダルの二刀流で迎え撃った。

 

聖剣の共鳴で威力の倍増した二刀流で二対一ながらも互角以上の立ち回りを見せたゼノヴィア。ついに巡さんに必殺の一撃を叩き込もうとしたところを由良さんが割り込み防御された。防御を力技で破りそのまま由良さんを切り伏せたゼノヴィアだったが、その隙を突かれて二刀流の連撃を受けてリタイヤ、巡さんが勝利を収めた。

 

木場と副会長さんとの戦いでは副会長さんが薙刀とカウンター系神器『追憶の鏡』を使って木場の得意とする近接戦をなるべく避けながら戦う。

 

途中で朱乃さんが駆け付け、修行の成果である雷に堕天使の光を付与した『雷光』で強烈な一撃を巡さんに見舞った。向こうも堕天使側が開発した新しい能力『反転』でしのごうとしたが急ごしらえの練度不足もあって光の部分を反転しきれずにそのままリタイヤ。

 

巡さんを倒した朱乃さんも加わり2対1となった副会長さんとの戦い。雷光の雨を駆け抜ける副会長さんに木場がカウンターを見越して聖魔剣でなく魔剣で攻撃、カウンターを喰らいながらもゼノヴィアがリタイヤ直前に使用権を譲渡したデュランダルの波動を浴びせ、辛くも木場が勝利した。

 

本陣では部長さんとアルジェントさんに『僧侶』の二人と会長さんが対峙。会長さんと部長さんの一騎打ちが始まった。会長さんの緻密な魔力操作が生み出す水の魔力と部長さんの威力特化の滅びの魔力がぶつかり合う。

 

その途中で塔城さんが合流し、即座に草下さんに近接戦を仕掛けて完封した。そして一騎打ちの中でアルジェントさんがダメージを負った部長さんを回復しようと回復フィールドを展開した時、『僧侶』の花戒さんが『反転』を発動、強力な回復の力は凶悪なダメージへと変化しアルジェントさんをリタイヤさせた。

 

間一髪部長さんは反転した回復フィールドから逃れたがアルジェントさんのリタイヤに気を取られた一瞬の隙を突かれ、会長さんの一斉攻撃を受けてついにリタイヤしてしまい、勝負はシトリー眷属の勝利に終わった。

 

会長さんは部長さんが『王』たる自分が負ければゲームの負けになってしまうため貴重な回復要員であるアルジェントさんと一緒に本陣に向かうことを想定し、あえて部長さんとの一騎打ちに臨んだ。そしてダメージを負えば必ず献身的な性格であるアルジェントさんは治癒の力を使う。そして反転したダメージでアルジェントさんがやられたらきっと情愛の深い部長さんに隙が生まれる。

 

相手の性格を全て読んだ上で会長さんは策を編み、勝利を収めた。会合で会長さんを笑った上層部の悪魔たちはいい顔をしないだろうな。

 

最も観戦者が注目した戦いは兵藤と匙の一騎打ちだ。補助なしで禁手を30分間発動できる…ただし変身までに2分かかる兵藤に対し匙は、神器のラインを自由自在に扱い、感心するような創意工夫に満ちた使い方を見せて対抗した。

 

しかしどうやらヴァジュラの雷はその威力と引き換えに寿命を削るほどの負担を強いる物らしくあくまで匙はラインの能力を使って戦った。

 

そして戦いの中でついに兵藤の禁手が発動。強烈なパワーと猛烈なスピードで一気に形勢は兵藤に傾いた。

 

だが最後の最後で匙は使った。兵藤が最後の一撃にと顔面にパンチを見舞おうとした時、カウンターでヴァジュラの雷を纏ったパンチをクロスカウンターで叩き込んだのだ。

 

両者ともに倒れ、リタイヤ。最後まで目を離せない白熱の戦いに、夢を背負い主のために血反吐を吐いて死力を尽くして戦った二人の姿に各勢力のゲストも唸ったという。

 

俺も思わず拍手するくらいに凄かった。スタンディングオベーションというやつだ。ここまで心を動かされる試合はスポーツでも見たことがない。今でもあいつらの闘志を燃やし尽くしたあの姿は脳裏に焼き付いている。

 

試合の後、匙はサーゼクスさんから勲章を授与されたらしい。格上である天龍に龍王が引き分けに持ち込むというある意味ジャイアント・キリングを成し遂げた彼を北欧神話から招かれたゲスト・主神のオーディンも称賛の言葉を送ったようだ。

 

主にグレモリー側にいるからわかりづらいけど、シトリー側も本当に頑張ったんだな。今度会ったら祝いの言葉の一つでもかけてラーメンでも奢るか。

 

「…部長さん、眷属じゃない俺がいうのもなんですけど、次があるじゃないですか。悪魔の寿命はそれこそ一万年以上もあるんでしょ?幾らでもチャンスは巡ってきますよ。少なくとも100年しか生きられない俺以上には」

 

1万年もあればチャンスなんて腐るほどある。それに、レーティングゲームの公式参戦を目指すというなら一試合の負けなんて気にしていたら勝てる試合も勝てないだろう。

 

「…そうね。あなたの言う通りだわ」

 

俺の言葉で元気を取り戻したか、表情を明るくしながらもいつもの凛とした雰囲気が戻った。

 

「次は勝つ。今度こそソーナにぎゃふんと言わせてやりたいわ。ね、皆?」

 

冗談交じりの宣言に皆が破顔した。それでこそグレモリー眷族だ。それに、長くて楽しい旅行の終わりだから笑って終わりたいしな。

 

「しかしほんと、今年の夏休みは濃密過ぎたぜ…」

 

「得る物が多い有意義な夏休みになったと思うよ」

 

木場と兵藤の言う通りだ、異世界転生から約4か月。最初の夏休みはかくも忙しいものになるなんてつゆとも思わなかった。冥界で悪魔の文化と言うものを直に体験し、山で八極拳を学び、果てには死んだはずの妹とまさかの再会を果たした。前世でここまでカルピスの原液並みに濃密な夏休みはなかったぞ。

 

「宿題をやっておいて正解だったよ、思った以上にやる時間がなかった」

 

柔らかな触り心地の椅子に腰かけるゼノヴィアが言う。

 

「そうだなぁ…あ、今度かき氷でも食べるか?」

 

今年の夏休み、あまり夏っぽいことしてないからな。残りの夏休みはこいつと夏っぽいことして過ごすのもいいかもな。確か家にかき氷機があったはずだが…。

 

「かき氷か、いいな!」

 

「あ”!!」

 

会話の途中、いきなり兵藤が目と口を大きく開いて固まった。

 

「どうしたのイッセー?」

 

「俺まだ宿題終わってねええ!!」

 

そして頭を抱えて絶望の表情で叫んだ。

 

あー…出たな、夏休みあるある。遊び惚けすぎて宿題に全然手をつけなかった結果最後に苦労する奴。

 

俺もよくそれをしでかすタイプだったんだが、やる気を見せて宿題に取り組むゼノヴィアの姿を見て今年は頑張った。おかげで残りの休みはゆっくりできそうだ。

 

「どうしようあと一週間しかない!帰ったらすぐ取り掛からないと!」

 

顔を真っ青にして慌てだす兵藤。

 

「イッセーさん、私がお助けします!」

 

「学年が下なので私は助けになりませんが…」

 

「イッセー君の家に住んでいる以上は私もたっぷり勉強を教えて差し上げますわ」

 

次々と兵藤宅に住む兵藤ガールズが我こそはと名乗りを上げる。

 

ちなみに黒歌関係のイベントで今まで厳しい態度を取っていた塔城さんもついに落ちたようだ。今も兵藤の膝の上に座って機嫌の良さそうな顔をしている。もうあいつ十分ハーレム作れてね?

 

「まずは…保健体育から教えた方がいいかしら?」

 

朱乃さんは自分の胸をぬるりと撫で、艶やかな笑みを兵藤に向ける。

 

エロい(確信)。オカ研女子の中でエロさで言えばぶっちぎりで朱乃さんが一位だと思うね。部長さんやゼノヴィアもかなりのものだと思うが兵藤に浮気を誘う朱乃さんの大胆過ぎるエロさには…。

 

…って俺は何の話をしてるんだ?乳首ついて禁手になった兵藤の影響か?いやいや仮にも仮面ライダーの力を使う者として断じてそういう頭のぶっ飛んだパワーアップだけはしたくないぞ。

 

「はいよろこんで!!」

 

鼻の下を伸ばす兵藤は実に嬉しそうな表情だ。おい、宿題をやるんじゃないのか。

 

「ちょっと朱乃!やっぱり私のイッセーに手を出そうとするのね!?これだから私は兄様の案に…!」

 

文句を飛ばす部長さんが朱乃さんに詰め寄ろうとした時。

 

『駒王町駅に到着ー、駒王町駅に到着ー、足元にご注意くださいー』

 

車内アナウンスが鳴り、目的地の到着を告げた。窓を見るといつの間にか約一か月前に見た駒王町駅地下のホームの光景があった。

 

ついに帰って来たか、人間界に。冥界と違ってまだ暑い夏が続いてるから地上に上がったら久しぶりの暑さを感じることになるな。

 

取り敢えず、これだけは言っておこう。喉に力を込めて腹の奥から声を発する。

 

「ついに…ついに戻っt」

 

「さあ、荷物を持って家に帰るわよ」

 

「はい」

 

部長さんによる遠慮のないキャンセルを喰らった。それくらい言わせてくれよ。

 

荷物を持って続々と列車から降りる俺達。

 

やっぱ空気が違うな。冥界はぬるりとした物があるんだが慣れ親しんだ人間界はさらりというべきか。程よい温度の冥界と違って人間界の空気はより温度…暑さや寒さというものを感じる。

 

さて、家に帰ったらまずは掃除からかな。

 

「おいおいおい!お前、アーシアに何の用だ!?」

 

家に着いた後のことを考えようとしたら後ろから聞こえた兵藤の怒声に意識を引っ張られた。

 

何事かと振り向くとアルジェントさんに詰め寄ろうとしている謎の男の前に兵藤が割り込んでいる。

 

男はにこやかな表情でいかにも優し気な雰囲気を出している。

 

…誰だ?少なくともここにいる時点で異形関係者なのは間違いないが。

 

「彼がなぜここに…?」

 

俺以外のメンバーは彼に見覚えがあるようだ。

 

「…朱乃さん。あの人は?」

 

「?あ、そういえば紀伊国君は会合にいませんでしたわね」

 

会合?…あ、もしかして俺がアルギスと戦ってた間にルシファードであったっていう若手悪魔が集まった会合のことか?

 

「彼はディオドラ・アスタロト。若手悪魔の会合にも参加したアスタロト家の次期当主ですわ」

 

へぇー、アスタロト家の次期当主か。確か現魔王のアジュカ・ベルゼブブも元はアスタロトの人なんだっけ。

若手悪魔の会合は参加してないから知らなくて当然だな。

 

ディオドラは片膝を突き、優しくアルジェントさんの手を取った。さながら少女漫画のワンシーンのように。

 

「アーシア、君を迎えに来たんだ。この再会は運命だ――僕の妻になってはくれないか?」

 

そしてプロポーズを……ん?プロポーズ?

 

ディオドラが、アルジェントさんに?

 

「ええええええええええええっ!!?」

 

この場にいたアルジェントさんとディオドラ以外の全員の声が揃った絶叫。

 

一難去ってまた一難、俺達を取り巻く災難は夏休みが終わっても去りそうにない。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

冥界の人里離れた森の奥。『禍の団』旧魔王派のアジトにて激昂するものが一人いた。

 

「何なのだあのアンドロマリウスの男は!?我らの名前を使って好き放題にやりおってッ!!」

 

怒りを抑えきれないといった形相で卓に拳を叩きつける男。貴族らしい豪奢な装飾が施された服とマントを身に纏い、長い茶髪を垂らす彼はシャルバ・ベルゼブブ。彼こそが前ベルゼブブの血を引き、その血筋と圧倒的な力を以て『禍の団』旧魔王派を率いるリーダーである。

 

「無駄な騒ぎを起こしてくれたおかげで他の派閥から無断でことを起こしたとバッシングの嵐!現魔王を支持するもの共を叩けたのはいい…だが我々の名を勝手に使い好き勝手やってくれたことは気に食わんッ!!」

 

最初のパーティーの襲撃から数日、再びアンドロマリウスの男による似たような手口を使ってのテロが行われ旧魔王派にも一部混乱をもたらしている。

 

旧魔王派にとってルシファー、レヴィアタン、アスモデウス、そしてベルゼブブの名は特別な意味と重みを持つ。そんな名を持って生まれた彼らはその名と家に誇りを抱いてきた。それをどこの誰とも知らない馬の骨に使われた、この事実がシャルバには耐えがたい苦痛だった。

 

「落ち着けシャルバ。気持ちはわかる、だが…」

 

そんな彼を諫める黒髪の男はクルゼレイ・アスモデウス。シャルバと同じく前四大魔王であるアスモデウスの血筋。前レヴィアタンの血統、カテレア・レヴィアタンを失った旧魔王派においてシャルバと並ぶ実力者である。

 

「…まさか、あの事件の腹いせのつもりか?」

 

旧四大魔王の中でもベルゼブブ、アスモデウスの両家にのみ伝わる極秘事項。ふとシャルバは思い出す。

旧魔王派と新政府派の抗争、その時に起きた旧魔王派の汚点ともいえる事件を。

 

「そうとしか考えられん。それなら我々旧魔王派にこのようなことをしたのも納得がいく」

 

「馬鹿馬鹿しい。アンドロマリウスの亡霊が今更我らにたてつこうなど…!」

 

「旧魔王派の筆頭、真なるベルゼブブの血を引く者ともあろうお方が、今の激情にかられた姿を見られたら部下たちはどう思うでしょう?」

 

「「!?」」

 

突然会話に入り込んだ第三者の声にガタっと勢いよく彼らは立ち上がる。

 

弾かれたように振り向いた先にいたのは女。宵闇のように麗しい黒髪と瞳、そして黒い衣装に身を包んだまさしく黒そのものを思わせる謎めいた美女が部屋の隅にいつの間にか静かに佇んでいた。

 

「何者だ!?」

 

「誰だ、一体どうやってここに?」

 

警戒心を露わにする二人を前に、女は微塵も臆さない。それどころか女は恭しく跪いて見せた。

 

「お初にお目にかかります、真なる魔王の血を引く方々。この度、私はあなた達に危害を加えに来たのではありません」

 

両手を上げ、敵意がないことを見せる。

その様子を見て二人は警戒心を薄めた。

 

「…小娘よ。貴様の名は何という?」

 

シャルバが一歩前に出て名を訊ねる。

 

「――クレプス。『那由他の鈴』と呼んでいただいても結構です」

 

女―クレプスは丁寧な物言いで語る。

 

「それでクレプスとやら、貴様は如何なる用があって来たのだ?」

 

「あなた方旧魔王派は今、戦力に困っているのでは?」

 

単刀直入にクレプスは話を切り出した。クレプスの鋭い指摘に二人が眉をひそめた。

 

「…いきなり痛いところを突くとはな、小娘」

 

「旧魔王派の実力者はあなた方二人のみ、真なるルシファーの血を引くヴァーリ・ルシファーは誘いを蹴り強者探しの旅に現を抜かしている」

 

「もとより混じり物のルシファーなぞ、本当の悪魔たる旧魔王派に相応しくないわ」

 

吐き捨てるようにシャルバが言う。

 

旧魔王時代の体制を目指す彼らにとって悪魔とは純血の上級悪魔のことを指す。同じ四大魔王たるルシファーの血を引いているとはいえ、人間とのハーフでさらには独断行動を許されている彼の存在もまたシャルバには面白い物ではない。

 

「戦力不足、そして先日の騒動でますますあなた達は悪魔界での立場を無くしていく。『禍の団』に参加はしていないとはいえ旧魔王を尊び裏であなた方を支援する政治家たちも肩身の狭い思いをするでしょうね」

 

「何が言いたいのだ、侮辱の言のみというならこの場で消して…」

 

怒りの色を濃くした声色、シャルバはうっすら青筋を立て『禍の団』が開発した最新兵器を装着した右腕をそっとクレプスに向ける。

 

一歩間違えれば間違いなくこの世から消滅する。今彼女の命はシャルバが握っていると言ってもいい。そんな状況にあってなお彼女は顔色一つ変えず話を続けた。

 

「そう焦らないでください、今日はあなた方に窮地を突破するための吉報をお持ちしたのです」

 

クレプスは跪いたまま小型の魔方陣を展開し、そこから古ぼけて黄ばんだ紙の束を取り出し二人に差し出した。

向けた右手でそのまま受け取るシャルバは古ぼけた紙に疑問符を浮かべる。

 

「何だこれは?」

 

パラパラとめくるクルゼレイが紙の中にあるモノを見つけた。赤い厳めしい紋章のようなものが署名の上に大きく押されている。

 

「シャルバ、これは間違いない。前アスモデウスが使っていた押印だ」

 

自分の家に代々伝わる前アスモデウスが使っていたとされる金印。それの模様に酷似している。

 

「いやそれだけではない、ベルゼブブもルシファーも、レヴィアタンもあるぞ!これは…ベルフェゴールか?しかしこの紋章は今まで見たことが…」

 

「これは前魔王による公式…それも極秘の書類だ。小娘、いやクレプスよ。これをどこで手に入れた?」

 

「訳あって私は前魔王に詳しいのです。それはともかくご覧になってほしいのは書類の中身です」

 

クレプスに勧められるままに書類をパラパラとめくるシャルバとクルゼレイ。

 

二人の目線があるページでぴたりと止まった。

 

「『神祖の仮面』…だと?」

 

悪魔文字でそう書かれた言葉にクルゼレイは胡乱気な声で漏らす。

 

「はい、前魔王方が存命の時代、冥界には四大魔王を含めた七人の強力な悪魔がいました」

 

「…聞いたことがある。その七人の悪魔は人間の持つ七つの大罪になぞらえて『神祖の七大罪』と呼ばれていたと」

 

かつて悪魔が住まう冥界には7人の悪魔がいた。内4人は四大魔王として悪魔という種の頂点に君臨し、2人は72柱の家には入らなかったがそれでも魔王に並ぶほどの強大な力を持つ者として大きな影響力を持った。そして残る一人はかのルシファーにすら匹敵する実力者として天使や堕天使だけでなく同胞たる悪魔にすら恐れられた。

 

しかし、先の大戦で7人は全滅。彼らの死は悪魔社会に大きな衝撃を与えたが6人の血は今も旧魔王派、そして番外の悪魔《エキストラ・デーモン》として脈々と受け継がれている。

 

「『神祖の七大罪』は生前、自分達の支配体制を後世まで続く盤石の物にするために七つの仮面を作ったのです。そしてそれは、今の時代に残っている」

 

資料を読み進めていく二人の表情が次第に驚愕と喜びのものに変わっていく。その資料に記された内容のあまりの衝撃に震えさえした。

 

「な…これは…ッ!本当なのか!?」

 

「…なるほど、これがあれば『禍の団』だけでなく冥界に真なる魔王の威光を蘇らせることができる!!素晴らしいぞ!!」

 

拳を握り、口の端を上げ歓喜に震える。険しい状況に直面しつつある彼らの心に希望と野望の業火が燃え上がる。

そのテンションのまま、シャルバはクレプスへと顔を向ける。

 

「クレプスよ、一つ問おう。お前の目的はなんだ?」

 

「――私の願いはただ一つ。あなた方とこの仮面に相応しい者が仮面を手にし、七人の真なる魔王の力をもって腑抜けた冥界を壊すこと。それのみです」

 

そう語るクレプスの表情に浮かぶものが何か、自分達に心地いい言葉と情報を並べられた今の二人には見えなかった。

 

「…よかろう、実に気に入った!!」

 

満足げに頷くシャルバ。それと対照的に冷静なクルゼレイが問うた。

 

「仮面を探すアテはあるのか?」

 

「すでにいくつか目星はつけてあります。それに…それを探す優秀な『猟犬』も」

 

「『猟犬』…とな」

 

「ええ。彼ならきっと…全ての仮面を見つけ出してくれます」

 

そう言って笑みを深めながら新たな書類を魔方陣から取り出す。

 

先ほどの極秘書類と違って真新しく白い紙には銀髪の精悍な男の顔写真と、その経歴が記されていたのだった。

 




尺の都合でカットしたシトリー戦、かなり原作と変わりました。

というわけでヘルキャット編はこれにて終了です。アルギス、そして凛(ネクロム)の登場と物語が大きく動いた章でした。旧魔王派も怪しい動きを見せ、原作以上の災厄を引き起こすことでしょう。そして眼魂争奪戦がスタートします。オーズのグリードとのメダル争奪戦のようなの感じでできればと思っています。

次回は外伝です。レジスタンス組にスポットライトを当てます。次章予告もあるのでお見逃しなく。

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