ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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リアルで色々あって筆がのらなくなってしまい、遅れてしまいました。エタるつもりは毛頭ないのでご安心を。まだまだ書きたいことがたくさんあるので。

ちなみに今まで何をしていたかと言うとジョジョ3部を見たりギアスを見たりしてました。いい作品を見るのはいい刺激になりますね。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


第53話 「転生天使」

「というわけで、今日からこの町でお世話になります、ミカエル様の遣いとして来ました紫藤イリナです!初めての方もそうでない方も今後よろしくお願いします!」 

 

その日の放課後、青い空に夕陽のオレンジが少し混じった光が窓から差し込むオカ研の部室、そこにいつものオカ研メンバーだけでなく会長さんも集まり転校してきた紫藤さんとの顔合わせが始まった。

 

皆、柔和に微笑んで拍手を送り、天界から送られてきた紫藤さんを受け入れてくれた。かつては緊急事態のため一時的な協力関係を結んだものの敵対していたが、和平を結んだ今ではこうして天使、教会側の人間と悪魔が争うことなく同じ場所で仲良くできる、これも和平の象徴と言えばそうなのだろう。

 

再会を一番喜んでいたのはゼノヴィアだ。和平を結ぶ前は一悪魔と悪魔祓いという立場として戦うことになるのではと気にかけていたのもあって一際眩しい笑顔を見せていた。

 

その様子を傍から見ていて、本当に良かったと心から思った。友であれ家族であれ、親しい人と殺し合うなんて悲しいことはあってほしくない。

 

「ええ、歓迎するわ、紫藤イリナさん」

 

かつては悪魔側の者として敵対していた部長さんも頬を緩めて紫藤さんを歓迎している。

 

紫藤さんは今回、ミカエルさんの命で天界側のスタッフとしてこの町に派遣されたのだ。紫藤さん曰くミカエルさんが三大勢力の重要な拠点とも呼べるこの場所に天界側のスタッフがいないことを以前から気にしていての今回の派遣。

 

言われてみれば、確かに和平会談の会場になった場所で堕天使や悪魔のスタッフが多くいる(らしい)のに天界側の人や天使が今までいなかったな。でも今のままでも十分機能しているみたいだし気にしたことはなかった。

 

相変わらずな底抜けの明るさを見せ、場を和ませる紫藤さんに歓迎ムードの中、アザゼル先生は一石を投じる質問を紫藤さんにした。

 

「一応聞いておくがお前さん、聖書の神の死は知っているんだろう?」

 

「先生!?」

 

「アザゼル先生、それをイリナに言ったら…!!」

 

兼ねてより危惧していた事実に兵藤やゼノヴィアたちがぎょっと目を見開く。場が静まり、暖かな雰囲気が凍り付くのを感じた。

 

以前の様子やゼノヴィアの話によればアルジェントさんに負けず劣らず信仰の厚い人だったはず。そんな人にゼノヴィアやアルジェントさんに多大なショックを与えた事実をさらりと教えていいのだろうか?

 

二人が俺と同じことをを心配していたところにアザゼル先生のあの発言、と言った具合か。

 

「和平会談の会場にもなった三大勢力の重要拠点とも呼べるここにミカエルの使いという関係者として来たってことは、それを知ってて当然だろうが」

 

「確かに…」

 

しかしアザゼル先生は冷静に、おいおいと慌てる俺達に嘆息した。

 

言われてみればそうだが…。

 

一応、現時点で『聖書の神の死』はトップシークレットとされておりそれを知るのは和平会談に参加した者や魔王、セラフ等の各勢力の上層部陣のみ。先生の発言が正しければ、この町で動いている堕天使、悪魔のスタッフにも知られているみたいだ。

 

質問された紫藤さんは悲し気に、それでいて大きく頷く。

 

「はい、安心してイッセー君、ゼノヴィア、私はもう知ってるの。でもミカエル様からそれを聞いた時は本当にショックで、悲しくて、涙が出て…一日中泣いて…一週間寝込んで本当にショックだったんですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

話が進むにつれて顔がくしゃっと歪み、涙がこぼれついには込み上げてくる感情を抑えきれずテーブルに突っ伏して大号泣を始めてしまった。

 

今は気丈に明るく振る舞ってはいるが、やはり一信徒としてそう簡単に受け入れることのできない事実のようだ。

 

「わかるぞイリナ」

 

「その気持ち、痛いくらいわかります」

 

紫藤さんの悲しみにうんうんと首を振るアルジェントさんたち教会組。この中でもキリスト教を信仰する者だけに通ずる思いがあるのだろう。

 

「ううっ…ありがとう二人とも…アーシアさんもあの時は『魔女』だなんて言って本当にごめんなさい、それだけじゃない、ゼノヴィアにだって私はひどいことを」

 

涙をぬぐい、一息ついて再び落ち着きを取り戻した。

 

お、また例の『魔女事件』か。俺がゼノヴィア達と初めて遭遇するほんの10分ほど前に起きた、木場や兵藤の怒りの火をイグニッションしたというゼノヴィアと紫藤さんの発言。

 

あの時、あの場にいたら今のゼノヴィアに対する感情も多少は変わっていただろうか。…いや、アルジェントさんももうゼノヴィアを許しているみたいだし、この件に関しては考える必要は今更ないな。

 

「いえ、もう気にしないでください。これから主を信じる人同士、仲良くできたらいいんです」

 

「アーシアの言う通りだ、あの時はやぶれかぶれで行動した私にも非があった。許してくれ、イリナ」

 

「アーシアさん、ゼノヴィア…!」

 

「「「ああ、主よ!」」」

 

…最終的にそうなる流れなのな。これからはここが一層賑やかになりそうだなぁ。

 

そんな新教会トリオを微笑ましく見て苦笑するアザゼル先生。

 

「ふっ、ミカエルの野郎、こっちはもう十分だって言ったのにな…そういえばその気配、お前さん例の『御使い《ブレイブ・セイント》』か」

 

おやおや、今月一回目の知らないワードだ。この世界に来てから毎月一回以上は知らない単語を出される。夏休みの間の勉強であらかた異形界での知らない単語はなくなったと思ったがそうは上手くいかないみたいだ。

 

「気配?…確かに、以前とは違うわね」

 

部長さん達もアザゼル先生の話を聞いて紫藤さんの気配を探ったらしく、以前とは違う気配に違和感を感じたようだ。オーラを感じるとか俺はただの人間だからわからないぞ、ドラゴンボール的なノリやめろ。

 

「…先生、ブレイブ・聖闘士《セイント》ってなんですか?」

 

話についていけなくなって置いてけぼりにされる前に聞くことにした。

 

セイントというならアテナを守る88人の戦士たちの親戚だろうか。ていうかアテナだったら神話が違うぞ。ギリシャ神話だろ。

 

ちなみにこの世界では北欧神話、インド神話などの神々は悪魔や天使が実在するように存在している。数ある神話の中には神話だけがあり、その神話にまつわる神が実在しない神話もあるらしいが…そういった神話は人間が創り出した所謂『人工神話』なんて呼ばれている。

 

その代表格がかの有名なクトゥルフ神話だ、シュメールやらメソポタミアのあたりの神話もそうらしい。昔の人も、二次創作や一次創作を書くような感覚でそういう神話を考えたりしたのだろうか。

 

「なんかセイントの字が違う気がしたが…まあいい、一言で言えば悪魔の駒による転生悪魔の天使版だ」

 

「転生天使ということですね」

 

アザゼル先生の話に木場がさらにかみ砕いて補足する。

 

なるほど転生天使か!今まで悪魔のみとされていた転生システムの天使版がついに完成したのか。

 

兵藤もなるほどと声を出して理解した。お前も分からなかったのかい。

 

「ああ、『悪魔の駒』や俺が流した人工神器の技術を組み込んで完成させたらしい。チェスをモチーフとする転生悪魔と違い、そのモデルはトランプだ」

 

「リーダーの10名のセラフ様達をKとしてそれぞれ12人のメンバーで構成するの。ポーカーでいう『役』のシステムも組み込まれて面白いのよ!」

 

トランプと来たか。悪魔と堕天使の技術で作られた転生天使のシステム、これもまた和平の象徴だな。

 

「…もしかしたら、お前やアルジェントさんが転生悪魔じゃなくて転生天使になる未来なんてのもあったかもな」

 

もしゼノヴィアがコカビエルのカミングアウトの時にあの場にいなくて教会に戻っていたなら、今紫藤さんと一緒に天使として俺達と再会する、なんてことになったかもしれない。

 

「だが私は悪魔だ。今更もしもの話をしてもしょうがない、今の道を歩むだけさ…それに、いい『もしも』は現実になったしな」

 

この通り、転生したての時は悪魔になったことに悩んでいたがこうして吹っ切れたようだ。和平が結ばれ天使との敵対関係が消え、そして今友としての再会をはたすことも出来た。気になることも聖書などの聖なるものに触れられないくらいで今までとほぼ変わらない生活を送れるようになった。

 

「で、『御使い』としてのお前さんの札はなんだ?」

 

この町にいる異形のスタッフの中でも上位にいる者が集う中でも一際落ち着いた余裕すら感じる態度を見せ。ぞんざいに足を投げ出すアザゼル先生がじろりと紫藤さんを見る。その質問に紫藤さんは口の端を上げ自慢げに笑う。

 

「ふっふっふ…私の札はスペードのAです!ミカエル様のAというだけでもー十分!これからはミカエル様のために生きるのよォォォ!!」

 

信仰心と使命感に昂る紫藤さんの背に純白の翼が生え、頭上に光輪が浮かび、さらには手の甲に赤くAの文字が浮かび上がった。まるで某キングオブハートのようだ。

 

「スペードのAね…」

 

つまりブレイドだ。職業ライダーだ、オンドゥルだ、ライトニングソニックだ。AとかJとか記号文字の札は同じ御使いでも位が高そうだ。一応、紫藤さんはエクスカリバーを使っていたしそれなりに教会の戦士の中でも上位に位置する実力者だろう。

 

ところでさっきから、今までの発言の節々にミカエルさんへのリスペクトを感じるのが気になるのだが…。

 

「もしかして、聖書の神の次はミカエル様…」

 

「ミカエル様のおかげで、私のように自分を見失わずに済んだんだな」

 

呆れも入り混じった様子で兵藤とゼノヴィアがやれやれと微笑む。

 

ゼノヴィアみたいにショックを受けたが代わりとなる者があったから自暴自棄にならずに済んだようだ。

聖書の神という生きる糧を失ったが、ミカエルさんという新しい光を得たおかげで今こうして変わらない明るさをふりまいている、といったところか。

 

「ちなみに他の天使はどんなスートが?」

 

「今はセラフのみに御使い制度が導入されていて、ウリエル様がダイヤ、ラファエル様がクラブ、ガブリエル様がハートよ。将来的には他の上級天使にも御使いの札を導入する予定らしいわ」

 

パーティーの時に会ったラファエルさんはクラブ担当か。しかしどうしてもクラブと聞くとあの最強(笑)のライダーが頭に浮かんでしょうがない。

 

「聞くところガブリエルの御使いは全員女性で構成されてるそうだな。しかも美女揃いと来た」

 

「マジっすか!?」

 

「先輩」

 

「いてて!」

 

アザゼル先生の話に食いついたのはやはり兵藤。それをジト目でつねるのは当たり前のように膝の上に乗る塔城さん。夏休みの一件で完全に落ちたな、あれは。

 

話によるとガブリエルは天界一の美女なんだそうだ。実際に会ったことはないが写真を見るだけでも相当な美女であることが伝わって来た。

 

「トランプがモチーフなら、やはりジョーカーもいるの?」

 

部長さんの疑問。どのスートにも当てはまらないがあらゆるカードになれるジョーカーの存在はトランプをモデルにしてる『御使い』のシステムにおいて避けては通れないものだろう。

 

「ジョーカーはまだ正式に決定してはいないわ。でも、最強の悪魔祓いと名高いデュリオ先輩が最有力候補らしいです」

 

「ほぉー、デュリオといやぁ例の『煌天雷獄』の所有者か」

 

ゼニス・テンペスト、13ある神を滅ぼす具現、神滅具の中で2番目に強いと言われる神器だな。それの使い手が天界陣営にいるのか。しかもそいつは最強の悪魔祓いらしい。

 

…最強と言われる神滅具、『黄昏の聖槍』の所持者はどこにいるんだろう?成り立ちが教会関係らしいから天界にいても何らおかしくはないのだが。

 

「積極的に御使い制度導入を進言したウリエル様とラファエル様は早い段階で12人全員を決めたそうです。…何と言うか、実力者ぞろいなんだけど個性的な人が多いわ」

 

そう言う紫藤さんの顔がそのキャラが濃いとされる面子が頭の中に浮かび上がったのか若干引き気味だ。

 

「「「「……」」」」

 

皆が言いたそうな顔をしてるから俺も心の中で言っておこう。

 

あ ん た が 言 う な 。

 

でもあの紫藤さんをもって個性的と言わしめるメンバーがどんな人か興味が沸くな。

 

「ゼノヴィアはネロを知ってるでしょ?彼がウリエル様のAに選ばれたのよ」

 

「あいつか、懐かしいな。少し苦手だったが…」

 

ゼノヴィアはそのウリエルのAに選ばれた人と面識があるようだ。その反応からすでにキャラの濃さが窺える。

 

「ま、ミカエルとガブリエルはどっちかというと信仰心重視、ウリエルとラファエルは実力重視の面子ってこったな」

 

アザゼル先生が年長者らしく話をまとめてくれた。

 

ミカエルさんとガブリエルたち古参組と大戦で武勲を上げて成り上がったウリエルとラファエルさん新参組。政治面でもそのスタンスの違いが表れているらしいが穏健なミカエルさんらしく対立することなくまとめ上げ上手くやっているらしい。

 

「さらに今後は、『悪魔の駒』の悪魔と『御使い』の天使でレーティングゲームをしてみたいとミカエル様はおっしゃっていました。悪魔のようにレーティングゲームで競い合い、力を高めていきたいそうです!」

 

「神が死んで純粋な天使が増えなくなったから、『御使い』制度で天使の頭数を増やして自軍の強化、さらには交流戦と題して不満の発散、代理戦争か。考えたな、ミカエル…いや、ウリエルもか」

 

楽しそうに語る紫藤さんの話にアザゼル先生は興味深いとにやりと笑む。

 

先月和平を結び、長年敵対してきた三大勢力は大戦でのダメージから将来を見据え手を取り合うことになった。しかし、当然ながら敵対してきた長い長い年月の中で生まれた憎しみといった負の感情が消えることはない。今でも和平を解消すべきと声を上げる悪魔の政治家だっている。教会にも同じことを言う信徒は多いし、堕天使だってコカビエルのような武闘派がいないとは限らない。

 

そう言う輩が暴走して、現体制憎しの旧魔王派がいる『禍の団』のような大きな組織になる前に不満を解消する機会を設けようという腹だ。教会の戦士たちに関していえばまだ和平を結んでいない吸血鬼へのヴァンパイアハントが続いているらしい。そのおかげで最悪の事態にはなっていないという。

 

ただ仲良くしようと交流をするだけでなくそういう負の面、デメリットを克服するためのシステムも未来のために必要だ。特に、和平を結び始めて時間がそう経っていない今はなおさらだ。

 

「天使もレーティングゲームに参戦ね…将来のゲーム環境が激変しそうだわ」

 

レーティングゲームの公式参戦を目標にする部長さんにとっては大きなニュース。公式戦の上位ランカーに天使が名を連ねるということも起こりそうだ。

 

会長さんや兵藤たちレーティングゲームに参加する悪魔は天使と悪魔が入り乱れて戦う未来のゲームを想像したか、口の端を上げて滾る者や興味深そうにする者などそれぞれ色んな反応を見せる。

 

まあ俺は人間だからレーティングゲームには参加できないけどな。悪魔の駒で何度か転生を試みたけど全て失敗に終わったし…もしかしたら、御使いならなれるんじゃないか?でも多分、俺には宗教に緩い日本人らしく信仰心なんてないからやっぱりダメか。

 

「ふと思ったんですけど堕天使には転生システムはないんですか?」

 

天使と悪魔にはあって堕天使にはないというのはどうだろう。頭数的には一番堕天使が少ないらしいし、技術力に優れた堕天使の長たるアザゼル先生ならすぐに完成させてしまいそうだが…。

 

「転生システムがなくたって堕天使は増えるさ。天使のようにうかつに子作りができないなんてことはないし、勝手に堕天してこっちに来る天使もいる。そんだけで十分だ」

 

そもそも作らなくても増えるから十分ってか。そもそも悪魔が転生システムを作ったのも自軍強化だけでなく単純にただでさえ増えにくい悪魔の数が減ってしまったから増やさなければならないというのもあったからだったな。

 

天使は子作りの際、一切の欲を抱いたらダメ、さらにはそれ以前にもいくつかの手順を踏まないといけないらしく相当に行為をこなすためのハードルが高いそうだ。純潔の象徴たる天使は肉欲に溺れたらその時点で堕天する。出生率が極めて低い悪魔とはまた違った理由で、天使とは増えにくい種族なのだ。

 

しかし堕天使は欲を持ったがゆえに翼を黒く染め、光輪を失った天使であるためそういうリスクはない。さらには悪魔のように光が苦手という訳でもなく、数が少ないがある意味では堕天使は他の悪魔や天使よりも優れていると言える。

 

「…話はほどほどにして、歓迎会へと移りましょう」

 

転生天使の話題からズレ始めた話を会長さんが、学校の行事の運営に携わる生徒会をまとめ上げるリーダーらしく戻してくれた。

 

そして紫藤さんは一息を吐き、改まる。この場にいる皆の視線が再び紫藤さん一人に集まった。

 

「言うまでもなく、今まで私は教会の戦士として悪魔を何人も倒してきました。しかしミカエル様の考えもそうですが、私自身皆と仲良くしたいと思ってました!私以外にも何人か『御使い』がこっちに来る予定もあるので、その人たち共々よろしくお願いします!」

 

天真爛漫に笑顔を見せる紫藤さんの言葉で顔合わせ会は終わった。

 

こうして話が終わると、今度は紫藤さんの歓迎会が始まった。運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、会話を交わして新たな仲間との交友関係を築き始める。

 

新学期の出だしとして、好調な一日となったのであった。

 

 

 

 

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紫藤さんの転校から数日後、学校では近く行われる体育祭に備えての練習が始まった。

どこのクラスも一位を取らんとやる気を出して練習に臨んでいる。

 

「お前には負けないぞ、イリナ!」

 

「私だって!」

 

青髪をなびかせるゼノヴィアと栗毛色のツインテールが目を引く紫藤さん、対抗心をめらめらと燃やす二人がグラウンドを走って競争している。お前らは本番同じグループだろうが、競ってどうすんだ。

 

ちなみに転校してきた紫藤さんだが、本人の気質やオカ研組だけでなく上柚木や天王寺達幼馴染の存在もあってすぐにクラスになじむことができた。夏休み明けというクラスでの交友関係も固まってきたタイミングでの転校に少し心配もしたが杞憂に終わった。

 

そうしてグラウンドを爆走する二人を眺める俺は借り物競争に出ることになった。流石に理不尽なものを指定されることはないだろうが競争なので走る練習ぐらいはしておこうと、同じく借り物競争に出る紫藤さんとグラウンドを何度か走ったのだが教会の戦士らしく、おまけに天使かもあって体力は抜群で軽い汗はかいたが体力が切れた様子は全く見せなかった。

 

俺は人間だから素のスペックで言えばオカ研最弱だ。鍛えたって何年も前から教会の戦士として戦い続けてきた紫藤さんとのスペック差が埋まらないのは当然だ。同じ元一般人とはいえ兵藤だって、悪魔に転生したおかげでそのスペックの伸びは人間の俺とは段違い。

 

どこまで行ったって、俺は弱っちい人間のままだ。…だが、そのおかげで戦いの中でも心を無くさずにいられるのかもしれない。

 

「おおっ、あの女子乳揺れがいいな」

 

「彼女は確か隣のクラスの…」

 

一息つく俺の隣ではいつものエロ3人衆が女子の観察だ。高校での体育の時間、運動する女子にとって乳揺れはつきものだ。中にはそれとは無縁な人だっているが。もちろんそれが誰かとは言わない、決してだ。

 

「こいつらの目に気付いた女子からあらぬ疑いをかけられる前に離れるか…」

 

「あ、紀伊国お前逃げるのか!」

 

そっと離れようと歩を数歩進めたら兵藤に気付かれてしまった。こいつ、夏休みのサバイバルから一層感覚が鋭くなったな。相当タンニーンさんに絞られたようだ。

 

「逃げるとは人聞きの悪いな。俺は」

 

「よう兵藤、紀伊国」

 

そんな俺達に話しかけてきたのは生徒会の匙。俺らと同じ様に体操服を着ているが生徒会の仕事なのか巻き尺やらを片手に持っている。

 

「匙か」

 

「兵藤、どーせ変なこと考えてたんだろ、程々にしとけよ」

 

先のやり取りを聞いていたらしく匙は呆れ半分の声色で兵藤を窘める。

 

話に聞けば初対面は同じ『兵士』ということで敵意交じりに対抗心を燃やしていたそうだが、エクスカリバーの事件や先月の試合を経て認めたらしく敵意のない純粋な対抗心へと変化したみたいだ。

 

「そうだ匙。夏休みの試合、凄かったな」

 

この言葉に一切の世辞はない、純粋に思ったことをそのまま言葉にしただけだ。

 

今度匙と会ったら話そうと思っていたことだ。まさか禁手に目覚めた兵藤に真正面から戦って引き分けに持ち込むなんて誰も思わなかった。俺だって思わなかった。龍王と天龍、誰もが赤龍帝の勝利を確信していたところにこの結果だ、驚かないはずがない。

 

レーティングゲームを見る側になって、初めての試合。死力を尽くした両者の激闘に俺は心を奪われ、目をくぎ付けにされた。

 

「ありがとな。勝ったのはいいけどさ、後で会長にこっぴどく怒られたよ。『私が許可した時以外は絶対にヴァジュラの雷を使うな』ってさ」

 

匙も俺にはっきりそう言われて照れくさいらしく、頬をかきながら苦笑する。

 

…うん、会長さんってイメージ通り怒ったら怖い人なんだよな。エクスカリバーの事件で部長さんと同時進行で匙の尻を叩く会長さんの姿を思い出す。

 

「確か、寿命を削る技なんだっけか」

 

「ああ、アザゼル先生もびっくりしてたぜ。こんな現象を起こしたヴリトラ系神器使いは初めてだってな」

 

匙は嬉しそうに笑う。自信すら感じるその様に夏休み間での成長が垣間見える。

 

息を吐き、表情を喜びの物から真剣な表情に切り替わった。

 

「あの時はお前に勝ちたいって思いで使ったけど、今後は使わないようにするよ。使い過ぎて死んだら、会長への思いを遂げられなくなるからな」

 

そう、こいつも兵藤と同じ自分の主に恋い焦がれる『兵士』だ。できちゃった婚したいと豪語するくらいには好意を寄せているのだが…結構進んだスキンシップまで行った兵藤と違い、どうにもそっち方面には関係が全くと言っていいほど進んでいないらしい。哀れ、匙。

 

「ところでその包帯は?」

 

兵藤の目についたのが匙の左腕に巻かれた包帯。それは腕の広い範囲を覆うように巻かれている。レーティングゲームでのけがならリタイヤ後に治療されたはずだ。そうでないのにこんなに大きいケガを負うとしたら一体?

 

「これか、あんまり人に見せたくないんだけどな……」

 

苦い顔をしながら匙は包帯を取って見せた。

 

それは怪我ではない、痣だ。おどろおどろしささえ感じる黒い蛇、雷のようなバチバチとしたものを帯びた蛇のような痣が左腕に巻き付くように浮かび上がっている。

 

あまり近寄りたくない類のものだ、嫌なものがうっすらとだが俺にも感じられた。

 

…でも一般生徒が見たらこうとしか思わないだろう。

 

「タトゥーを掘ったのか…」

 

「お前、生徒会なのに…」

 

俺達二人揃って眉をひそめてひいた。

 

夏のイメチェンにしてはちょっとやり過ぎかな、いくら周りの連中がイメチェンしてるからと言ってもこれは流石に会長が怒るぞ。

 

俺たちの反応に匙は苦笑した。

 

「違ぇよ、アザゼル先生の話によると赤龍帝の覚醒やヴァジュラの発現でヴリトラの力が高まって魂が目覚めかけているんじゃねえかって話だ。それが表に出た結果がこれさ、ちょっと不気味な感じで俺は嫌なんだけどなぁ」

 

ヴァジュラの雷か、俺も人伝には聞いた。パーティー会場の襲撃、そこで現れたガンマイザーと交戦中に電撃を浴び続けた匙の身に発現したと。

 

それクウガのライジングパワーじゃんと驚いたのは記憶に新しい。俺もそろそろ朱乃さんの雷光みたいなパワーアップイベント欲しいぞ。というかマジでディープスペクター眼魂はどこにあるの?

 

「…ヴリトラの呪い、とか?」

 

もしかしてと前置いて兵藤が言う。

 

「おいやめろよ、俺が一番気にしてること言わないでくれ。ヴリトラっていい伝説を遺してないんだよ」

 

ため息交じりに匙は肩をすくめる。まあヴリトラは龍王であると同時に邪龍でもあるらしいしな。

 

「そういえば、ヴリトラの力が高まってるのならそろそろお前もバラ…」

 

「匙、油を売る暇があるならテント設営のチェックを急ぎなさい」

 

突然会話に割り込んできた厳しい声の主は会長さん。いつものように鋭い目線を飛ばしながらキラッと眼鏡を光らせる。

 

「は、はい!悪いな、話はまた今度だ」

 

会長さんの登場に先まで談笑していた匙もビクンと背筋を正し、早々に話を切り上げてしまった。

 

踵を返して仕事に戻ろうとするあいつに最後にともう一言声をかける。

 

「そうだ、そのうちいい試合を見せてくれたお礼にラーメンでも奢るよ」

 

「おっ、そうか楽しみにしとくぜ」

 

俺の言葉にニッと笑って匙は走り去っていった。

 

あいつも頑張ってるよな、生徒会の仕事やりながら悪魔の契約の仕事だってやってる、夢に向かって着実に歩みを進めている。兵藤も悪魔の仕事をこなし、多分自覚はしていないだろうけど間違いなくハーレム王という夢を猛進している。

 

…それに比べて俺はどうだ?夢と言う夢を持たず、ポラリスさんやイレブンさんと模擬戦して力をつけてはいる。つけてはいるがそれは何のためだ?

 

仲間を、大切な人たちを守るため?それもある、だがそれには将来性と言うものがない。タンニーンさんにも指摘された通り俺個人の行動の指針、願望に過ぎない。

 

俺の進む道はどこに繋がっている?そもそも今の俺は道ではなくただ道とも呼べない果てない荒野の中をただなんとなく前に進んでいるだけではないのか?

 

タンニーンさんと話して以来、あの二人を見るたびに、会長さんや部長さんを見るたびに度々そう思ってしまうのだ。

 

戦うという道を進む覚悟はできたが、それで最終的にどこを目指しているかが分からない。

 

自問自答、底の見えない闇をたたえる思考の海にひとりでに沈みかけた矢先。

 

「おい、どうしたんだぼーっとして」

 

「…あ」

 

聞きなれた友の声が耳を打ち、我に返る。

心配そうに俺の顔を見る兵藤に、誤魔化すように笑いを作り返事する。

 

「何でもない。ほら、俺に構ってないでペアのアルジェントさんと練習したらどうだ」

 

視界の隅にポツンといるアルジェントさんの方へと指さす。

 

こいつは昨日のクラスでの出場する競技決めの際にアルジェントさんと二人三脚で出ることになった。桐生さんにかまかけられてものの見事に引っかかったことでペアが成立したのだ。

 

そんな兵藤は、兵藤はどこかときょろきょろしているアルジェントさんの姿を見ると『やべっ』と言ってアルジェントさんの方へと慌てて走り出した。

 

「…やれやれ」

 

自然とため息が漏れ出た。兵藤にではない、自分に対してのだ。

 

我ながら、悩みごとの多い人生だと思う。レジスタンス然り、自分の将来然り、悩みごとのなさそうに真っすぐ道を突き進める兵藤や匙が羨ましく思えてくる。

 

だが立ち止まって考えることが出来る程今は余裕はない。『禍の団』のテロも活発になり、目的の知れない凛達『叶えし者』の存在もあっていつ戦いに駆り出されるかわからない状況では一瞬の思考の隙が命どりになりかねない。

 

「ま、まずは走って気分転換でもするかな」

 

沈みかけた気持ちを取り直すためにも、腰を落として屈伸し、もう一度準備体操から始めるのだった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「ここもスカね」

 

「過程に見合わない結果というのは辛いな」

 

「通信。……わかったわ」

 

「どうした、クレプス?」

 

「近々トップが直々に動くらしいから今度の戦いに参加しろ、とのことよ」

 

「…俺達の仕事は神祖の仮面とやらの捜索じゃないのか?」

 

「私は何も仕事はそれ『だけ』とは言ってないわ。いずれにせよ、あなたには参加するしないを選択する余地はないのよ」

 

「人質を取って脅して、人をいいなりにしておいてよく言うよ」

 

「あら、報酬は外人部隊の時以上に用意しているわ。家族を養いたいあなたにとって文句はないはずだけど?」

 

「ちっ!」

 

「話は終わり、拠点に戻るわよ…ル・シエル」

 




将来の夢があっても長生きできるからやりたいことを途中でやり切ってしまって虚無になる人が多い悪魔じゃないのに将来的なことが考え付かなくて虚無な悠。

次回、「お似合いのコンビ」

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