ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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いよいよ戦闘シーンに入っていきます。ヘルキャット編の最後でさらっと手に入れているあの眼魂のお披露目もそろそろ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ




第56話 「決戦前の裏で」

来るべくして来たレーティングゲーム決戦の夜、俺がいるのは試合専用に作られたバトルフィールド、そのすぐ近くの空間に隣接するVIP用の観戦室が存在する空間だ。

 

急ごしらえではあるがVIP用なだけあって今歩いている廊下も高級ホテルと遜色ないレベルに作られている。ゲーム用のフィールド同様に用が済めばすぐに崩されるのだが、もったいないくらいだ。

 

今頃部長さん達はオカ研の部室に集まって、試合開始と同時に起こるフィールドへの転移を待っているはずだ。

 

一応俺と紫藤さん、そして先生は一足先に観戦室に行くという話をゼノヴィアに通してある。だが、決戦を前にした緊張感と一緒に見送りがない寂しさももしかしたら感じているのかもしれない。

 

しかし実際のところ、俺がここにいるのは試合を観るためでなくディオドラと結託してテロを仕掛けてくるであろう『禍の団』の数ある派閥の中でも最大級の勢力を持つ旧魔王派の殲滅作戦に備えるためだ。

 

そして試合、あるいは向こうが攻撃を始めるまでの何もない時間を、俺は共に廊下を歩く紫藤さんとのおしゃべりに費やしていた。

 

彼女とは一緒にアザゼル先生の連絡で指定された駒王町のとあるビルに足を運び、この空間に転移してきて以来行動を共にしている。

 

「ディオドラの野郎、本当に仕掛けてくるのか?」

 

ここにきてからと言うもの、行われるであろう大規模な戦闘を前に緊張をしてもいるが、実際にあいつが仕掛けてくるかどうか不安でもある。

 

各勢力のVIP達を集めて準備しておいて、いざ試合って時に肝心の相手が何もしかけてこなかったら肩透かしもいいところだ。

 

「これだけ準備してるってことがその証拠だと思うわ。他のセラフ様と一緒に御使いも大勢集まってるの」

 

「天界も随分なこったな」

 

「でもミカエル様たちが言うのだから間違いないわ」

 

天界の実力者でもあり、権力者でもあるセラフたちがさらに教会で実力者だった戦士たちを連れて参戦か。

 

「…まあ、何も起こらないに越したことはないけど」

 

「そうね、何事も穏やかに済むのが一番だわ」

 

普通に試合が始まって、部長さん達がディオドラをぶっ飛ばして勝つのが一番いいんだけどな。

 

ふっと思い出したように紫藤さんが話を切り出した。

 

「思ったんだけど、私たちこうして会話を交わすのは初めてじゃない?」

 

…言われてみればそうだ。

 

「確かに。エクスカリバーの一件も基本的に別行動だったし、最後には離脱してたな」

 

こっちに派遣されてからでも基本的にはオカ研、あるいはクラスメイトと一緒にいたし今のように二人っきりの状況はなかった。

 

紫藤さんもエクスカリバーの事件を思い出したか、少し苦い顔を見せた。

 

「私のせいでフリードにエクスカリバーの一本が渡ってしまったことは一生の恥ね、でもあれ以来天使化もしてさらに腕を磨いたつもりよ?」

 

「じゃあ、今度の戦いでは期待していいのかな?」

 

「もちのろんよ!」

 

自信もたっぷりに笑む紫藤さん。

 

御使いの中でもQ、J、そしてAは特に実力や功績が認められた者が選ばれている。つまりは聖剣の使い手でもあった紫藤さんの実力は教会だけでなく選んだ本人、つまりミカエルさんからも評価されてるということになる。

 

天使長のA、文字通りの天界のA。その活躍のほどに期待させてもらうとしよう。

 

少しは気がほぐれた俺は、さらに会話を別の話題へと移す。

 

「そうだ、天王寺と上柚木はどうだった?」

 

今は教会の戦士である紫藤さんは幼い頃を駒王町で過ごした。その時天王寺や上柚木、とくに兵藤と仲が良くなり一緒に森や公園を駆け回ったそうだ。

 

話を聞けば、この体の主とも面識があったみたいだが…。

 

あれから随分と時が経ち、大きくなった彼らとの再会はどうだったのだろう。

 

「小さいときは仲良くなってすぐにイギリスに行ったし、先月も任務であまり話せなかったけど、今度はゆっくりと話せてよかったわ。とくに綾瀬ちゃんは同じクリスチャン同士でもっとお話ししたいわね!」

 

ほほう、クリスチャン繋がりでかなりのブランクはあったけどすぐに上柚木と打ち解けたか。これでアーシアさん、ゼノヴィア、上柚木を混ぜてクリスチャンカルテットの完成だな。

 

「飛鳥君はこれといって変わらないわね。…もしかして、綾瀬ちゃんとくっついたり?」

 

「仲は良好なんだけど鈍感野郎でなぁ……残念なことに向こうの好意に気付いてないのが現状だ」

 

長いブランクがあった紫藤さんにそう言われるってことは、本当にあいつは昔から変わってないんだろうな。

 

上柚木はあいつにツンツンした言葉や態度を取るが、それは長い付き合いで互いの勝手をわかっているうえでのものだ。一体どういう育ち方をすればあの鈍感さは身に付くのだろうか?それとも生まれ持った性か。

 

…もしかして、ずっと近くにいたからこそ思いに気付いていないとか?灯台下暗し、とも言うし。

 

「はーそれは苦労するわね…いっそ、私が恋のキューピッドになってみるのもいいかも?」

 

話を聞く紫藤さんも流石に同情するような表情を見せた。

 

「紫藤さんは恋のキューピッドどころか本物の天使じゃないか」

 

「あ、わかっちゃった?」

 

てへぺろと笑う紫藤さん。本人の天真爛漫な性格も相まって文字通りの天使のてへぺろは破壊力抜群の可愛さだ。

 

「飛鳥君が色々大変だったってことも聞いたけど…あれ、確かお兄さんがいたんだっけ?」

 

「ああ、大和さんなら今フランスで働いてるよ。お土産にくれた有名店のチョコは最高だったな」

 

例のタコパの後、俺とゼノヴィアで大和さんからもらったお土産を食べたが非常に美味だった。チョコ以外にも日本だとあまりないようなお菓子もあって凄くフランスの食に興味をそそられた。

 

「フランスなの?私も何度か行ったけどあそこの食べ物は絶品ね!私もこっちに来るとき買ってきたらよかったかしら?」

 

「うーん、まあでも今度また日本に帰ってくるときに頼むか」

 

紫藤さんも口にしたことがあるらしく、嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

…まあ、よほどのことがない限りはちゃんとこっちに帰ってくることもまたあるだろう。あの人が向かった戦場で不運に見舞われることがないよう祈るばかりだ。

 

「ほうほう、それにしても紀伊国君はあれから随分とがっしりとした体つきになったわねー」

 

隣を歩く紫藤さんが感心気に俺の体つきを下から上へと見る。

 

夏休みの修行でがっちり鍛えたし、聖剣事件以降の時間のブランクもあって変化が目に見える形で認識されたのだろう。転生したてのひょろっひょろのもやしから、我ながらよくまあここまでしっかりした体つきに持っていけたな。

 

「そりゃ夏休みを費やせばね、でもそんなに強くはなってないさ」

 

ガンマイザー相手に白星をつけることはできたがその後すぐに凛に黒星をつけられてしまった。

 

…俺、強くなっているのか?もちろんイレブンさんとの模擬戦にせよ努力は惜しんでいない。しかしそれに合うだけの結果があまり感じられないのだ。

 

これから先、色んな面で不安だな。戦闘も然り、自分の事情然り。

 

「そんなことないわよ?私もあの新聞見たわ、すごいじゃない!」

 

「…その記事の話はちょっと恥ずかしいからやめてくれ」

 

キラキラした目で紫藤さんは俺を褒めてくれるが、大勢の目にさらされるのが苦手な自分にはあの記事は少しきつい物がある。

 

ネタを提供した悪魔たちが何をどう話したかは知らないが、どうにも記事を読んでみると話が盛られてちょっとしたヒーロー扱いされている。

 

これからの人生にこの記事がずっと付いて回るかもしれないと考えると、恥ずかしさ極まって穴に入りたくなるのだ。

 

…いや、逆に考えるんだ。ヒーロー扱いされてるだけだからまだましなのだと。兵藤みたいに人気でもおっぱいドラゴンみたいな変な通り名をつけられなかっただけましなんだ。

 

そうだ、きっとそうなんだ。と、胸中で繰り返し呟いて自分を納得させる。いっそ、立場的にメディアの露出も何度か経験してるだろう部長さんに相談してみようか?

 

そう考えているうちに何となく気付いた。

 

「…思ったんだけど天使になってもその戦闘服は変わらないんだな」

 

隣を歩く紫藤さんが身に纏う、ゼノヴィアも使っている黒いぴっちりとした戦闘服。初めて会って、共にフリードと戦った時の者と同じだ。

 

傍から見る分にはちょっと目のやり場に困るくらいに出るとこが出るようになっているが動きやすそうではある。それに戦闘服と言うからにはやはり特殊な素材が使われていそうだ。

 

「着慣れたってのもあるし、動きやすいってのもあるし…天使になっても、変わらないものはあるのよ。ゼノヴィアだって悪魔になった今でもこれを着てるんでしょ?」

 

「確かにそうだけど…」

 

多分、あいつに聞いてもまるっきり同じ答えを出しそうだ。

 

「変わらないもの、か」

 

俺も凛も、平穏な日常を送っていた頃とは環境も、色々なものが変わった。凛の場合は変わって『しまった』というべきか。

 

俺の知る凛であれば決して自分の手下に人を襲わせるようなことはしない。これも、ポラリスさんの言を信じるなら『敵』が原因なのだろう。奴が何らかの手法で凛をこっちの世界に転生させ、あまつさえ狡猾にも心に忍び寄って願いを叶える代わりに洗脳まがいの術をかけた。

 

早いところ、あいつを正気に戻してやりたい。心配とあいつにできなかった話をしたいという思いもあって、どくどくと脈打つように俺の心に焦りを生む。

 

兄として、妹が危険な連中に妙なことをされているのなら看過できない。何としてでも、あいつを助けなければ。

 

「ねえ、ところでさ。ゼノヴィアと一緒に暮らしてるんでしょ?」

 

「ああ、そうだけど」

 

いきなりあいつの話題になるとはな。教会時代によくコンビを組んだ仲だと言うしやはり気になるか。

 

かくいう紫藤さんは他のオカ研女子と同じ様に、兵藤の家に住むことになった。部屋なら有り余ってるぐらいだし、一人で暮らすより知った顔といた方が楽しいだろう。

 

興味に瞳を輝かせて、笑顔で紫藤さんはずいっと顔を寄せて迫った。

 

「ズバリ、ゼノヴィアとはどういう関係!?」

 

「なっ!?」

 

いきなりその話に行く!?まさか俺の知らない間に桐生さんがいらないことを吹き込んだのか!?

 

「あ、その…えっと」

 

当然戸惑い、俺のしどろもどろな反応がかえって紫藤さんの追及の手を激しくする。

 

ええい、別に本当にそういう関係ではないんだ!!なのになぜ戸惑う、俺!?

 

「何々?返答に困ることでもあったの!?」

 

「いやー…別にやましいことなんて何一つ」

 

「若いもんはええの、はしゃぐ元気が有り余っておるわい」

 

突然会話に割って入って来たのは男の声。年季の入って少々しわがれていることから年を召した者だとわかった。

 

誰かと振り向くと、そこにいたのは思った通り、年老いた男。長い長い白髭を顎に蓄え、左目に義眼らしきものがはめ込まれている。所作の節々に威厳を感じる白いローブを纏った老人だ。

 

この顔を見て、合宿で一通り各勢力のお偉いさんの顔と名前を覚えた俺はすぐにこの人物が何者かわかった。

 

「北欧の主神、オーディン様」

 

この人こそ、北ヨーロッパ北欧神話に登場し、神の世界『アースガルズ』に住まう神々を統べる主神、オーディン。

 

北欧神話は今まで、悪神ロキを筆頭にしてかつての日本のような鎖国政策を取っていたが三大勢力の和平を機に政策を転換し、外向きになりつつあるという。

 

アザゼル先生やサーゼクスさんと同じ、一勢力のトップを前にして今まで紫藤さんとの会話で和らいでいた心が一気に緊張する。あの人たちは特別フランクだったからよかっただけでこの人もそうだとは限らない。無礼の無いように振る舞わなければ。

 

しかし、オーディン様の次の発言はそんな硬い雰囲気とは程遠い物だった。

 

「…ほぉー、教会の女戦士のコスチュームはいつ見てもええのう」

 

…うーん、このエロじじい的発言。

 

オーディン様は顎髭を手でいじりながら、紫藤さんのぴっちりした戦闘服でくっきり浮き出る体を舐めるように見る。

 

「…オーディン様にお褒めいただき光栄です」

 

紫藤さんも主神相手に変なことは言えないから、恭しい態度を取るしかない。若干間があったぞ、内心ひいてるだろ。

 

「オーディン様、ミカエル様のAに色目を使わないでください。あなたもそんなにかしこまらなくてもいいんですよ?」

 

言動に見た目も揃ってエロ親父と呼ぶにピッタリなオーディン様だが、流石にこの状況を見かねたらしくオーディン様のお付きの女性が厳しく諫める。ルックスは長い銀髪で、仕事のできる女、と言うイメージがある中々の美人だ。

 

「ええじゃろう、そうやって身持ちが硬すぎるから男が寄ってこんのじゃろうが」

 

「な!」

 

うんざりげなオーディン様の一言。

 

何気ない悪口だが、言われた側である付き人には十分すぎるほどの衝撃を与えた。

 

付き人は一瞬ビクッとすると大きく動揺しわなわなと震え始める。

 

「そ、そんなこと言わないでください!私だって…私だってぇ!!うううう!!!」

 

綺麗な顔を真っ赤にしてくしゃっと顔を歪め、ついには嗚咽を漏らし始めてしまった。

 

「…婚期ネタが地雷なんだな」

 

「ああはなりたくないわねー…」

 

二人揃って小声で思ったことをぼそりと漏らす。

 

「ああ気にせんでよい、付きのロスヴァイセはいつもこんな調子なんじゃ…ああ、またゲンドゥルに小言を言われそうじゃのう」

 

俺達の雰囲気で何となく思ったことを察したオーディン様が言う。

 

「…苦労なさってるんですね」

 

「いやーそれがの、ロスヴァイセはこうでもかなりの美人だし、いじり甲斐もあるから案外楽しいんじゃよ」

 

ダメだ、もうこの人のイメージが北欧の一番偉い主神からただのエロじじいになってしまう!反省する気もないのかよ!

 

「二人で楽しい会話の際中にすまんかったの、わしらはこれからアザゼルたち小童どもと話をせにゃならん。じゃあの」

 

それだけ言って、オーディン様は杖をかつかつ鳴らしながら歩き去って行った。

 

「ああ、待ってくださいオーディン様ぁ!」

 

遅れてお付きのロスヴァイセさんもバタバタと慌ててオーディン様の後を走って追う。

 

その二人の後姿を、二人のペースに置いてけぼりにされたまま眺めた。

 

あれが北欧のトップか…。

 

「…どこのトップもああいうのしかいないのだろうか」

 

「少なくともミカエル様はまともよ?でもウリエル様は……」

 

その時、全身に悪寒が走った。

 

この手の感覚は前にも感じたことがある。これはそう、異形が張った結界に入った時と同じものだ。

 

目の前にいる紫藤さんも感じたようで、すぐに明るい表情から警戒のそれに切り替える。

 

「なんだ?」

 

「敵が結界を張ったわ。敵襲ね!」

 

そして矢庭に目の前にいくつか魔方陣が出現する。描かれた紋様は会談の時に見たものと同じ。

 

「早速お出ましか!」

 

直後に魔方陣からぞろぞろと出でたのはこの廊下に姿を現したのは角をはやし、斧や剣など刃に殺意の光が宿る武器を握る悪魔たち。数は3、いや4人と言ったところか。

 

このタイミング、もはや確定だ。旧魔王派の悪魔たち、本当に襲撃してきやがった!

 

「現魔王たちに与する輩は全て始末してやろう」

 

「景気づけにまずはてめえらから血祭りにあげてやらぁ!」

 

血気盛んに自分の得物を振り回しながらチンピラじみたセリフを吐く悪魔たち。ゲームでよくある三下のセリフをよくもまあはっきり言えるもんだ。

 

天真爛漫ないつもの表情から、戦う者の顔へと切り替えた紫藤さんが隣で声をかける。

 

「紀伊国君、行くわよ!」

 

「ああ!」

 

応じて即座にゴーストドライバーを召喚、スペクター眼魂を握り起動させてドライバーに叩き込むように差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ドキドキゴースト!〕

 

素早くスペクターの姿へと変身し、敵対する悪魔たちとにらみ合う。隣では紫藤さんが天使の力を解放し、頭上に光輪を浮かべる。白い翼まで出さないのはここが廊下という狭い空間で邪魔になるからだろう。

 

気合入れに、拳を叩いて一声を放つ。

 

「片っ端からぶちのめす!」

 

「主に代わってお仕置きよ!」

 

俺達が発した決め台詞じみた言葉が、開戦の狼煙を上げた。

 

「調子に乗るな人間風情が!」

 

「天使の羽根で手羽先でも作ってやらぁ!」

 

チンピラのような怒声を張り上げて、武器を構えて悪魔たちが猛進してきた。

 

「ふっ!」

 

果敢に向かってくる悪魔をさらりと受け流し、後頭部に裏拳を決める。

 

続いて回し蹴り、敵の横っ腹を打ち廊下の壁に叩きつけた。

 

「せいやっ!」

 

紫藤さんは天使の力、『光力』で生み出した光の剣で応戦する。元エクスカリバー使いと言うのもあって次々に悪魔たちを切り伏せていく剣さばきは見事なものだ。

 

「この先に天界の兵士たちの詰め所があるわ、彼らと合流しましょう!」

 

「了解!」

 

そうする間にも続々と展開する魔方陣。湧いては向かってくる敵を沈めながら、紫藤さんの案内に従って廊下を駆け抜ける。

 

ここがやられてるってことはディオドラや部長さん達がいるであろうバトルフィールドもやられているはずだ。早いところ皆の無事が確認できればいいんだが…。

 

内心に不安を抱きながらも、紫藤さんと力を合わせて既に戦場と化した廊下を馳せた。

 

 

 

 

 

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本来行われる予定だったリアス・グレモリーとディオドラ・アスタロトのレーティングゲーム形式の試合。

 

試合専用のフィールドは冥界特有の赤紫色の空、高く突き出たごつごつとした岩々、そしてその中で一際強い存在感を放つ神殿群。それが今回のフィールドの景色だった。

 

しかし試合用に作られたフィールドで現在進行形で発生している戦いは予定された通りの試合ではない。

 

試合開始数秒前と言うときに大規模な結界が張られ、さらに転移魔方陣からぞろぞろと『禍の団』旧魔王派の悪魔たちがフィールドはもちろん観戦室にもなだれ込んできたのだ。

 

突然のハプニングにもちろん試合は急遽中止、しかしあらかじめこれを予期していたVIP達が連れてきた戦力とのぶつかり合いが始まった。

 

リタイヤ時の転移機能は結界が張られると同時に停止させられている。つまりゲームではなく、本物の命を懸けた戦いだ。おまけにVIP達が連れてきた戦力が集まって規模の大きなものとなったのも相まって、戦争の様相を呈している。

 

そして旧魔王派の軍勢と、各勢力の戦力が激突する前線から離れた場所に突き出た巨岩。

 

戦場で繰り広げられる爆音や怒声はその最前線から距離を置いたこの場所にも聞こえる。その岩陰から戦場を眺めるのは一組の男女。

 

片や黒スーツを着こなす、精悍な顔立ちの短い銀髪の男、天王寺大和。そしてミステリアスな雰囲気を醸し出す宵闇のような色合いの、一種の芸術品とも見まがう黒髪の女、クレプス。

 

今回の戦いにおいて上の指示で後方支援を命じられた二人だ。クレプスは両手の中で生まれる光…魔方陣の術式を編み、大和は双眼鏡で生まれて初めて見る、さながら戦争のような大多数の異形同士の戦闘をその目に焼き付けていた。

 

「…クレプス」

 

「何かしら」

 

大和はゆっくりと双眼鏡を下ろす。双眼鏡越しに見た光景が、大和の心をつかんで離さない。

 

「これは夢か?まるで聖書の様を描いた絵画みたいな光景じゃないか」

 

震える声で言う。その声を震えさせるものは初めて見た異形同士の大勢の戦闘…聖書や神話の一場面を描いたような光景の衝撃。外人部隊時代に何度か戦場に足を踏み入れはしたが、それとは訳が違う。

 

銃弾の代わりに飛び交うのは魔力や光の槍、そして振るわれるのは剣や斧、あるいは光の槍。兵器開発が進んで銃、あるいは戦車が主流となった人間界の戦場でこれらのものが使われる戦場など世界のどこにもありはしない。

 

「残念だけど現実よ。今日午前6時に起きて以来、あなたは一度も寝ていないわ」

 

「ほんとによく俺を監視しているよ」

 

彼の内心を知ってか知らずかクレプスはあくまでも事務的に返して来る。うんざりそうに軽く笑む。

 

「…外人部隊をやめて命のやり取りから離れたと思ったらこれか。どうやら俺は業が深いらしいな」

 

すっと大和は目を細めると、懐から煙草を一本取り出し火をつける。

 

大和が旧魔王派に依頼された仕事は一つ、『7つある神祖の仮面を探し出すこと』。だがふたを開けてみればクレプスの情報を基に世界各地をひっきりなしに飛び回り、挙句にこんな大規模な戦闘に参加する羽目にもなった。

 

一度だけ、悪魔と共に行動していることから現地の悪魔祓いに目を付けられたこともあった。外人部隊時代と比べればきつい訓練はないものの、より身近に、常日頃から命を奪われるかもしれないという危険と隣り合わせの職場環境。

 

文句なら腐るほどある。だがそれ相応の外人部隊時代よりも高額な金を積まれ、さらには『人質』を取られている彼は言いにくい立場にあった。

 

「この戦いに文句があるのならシャルバやクルゼレイに言いなさい。私としても『仮面』の捜索に参加したいのよ」

 

大和に一瞥をくれることなく、結界を組む作業に勤しむクレプスは彼の言葉を軽く流した。

 

「そんなに仮面とやらが気になるのか?」

 

「余計な詮索はNGと言ったはずだけど」

 

「はいはいわかったよ」

 

それとなく探りを入れるが、すげない返事を返されてしまう。余計な詮索はなし、まるで嫌なことを聞かれないための魔法の言葉のようだと大和は最近感じている。

 

「しかしこちらの戦力はざっとベルゼブブと数を揃えた兵士、これだけであの戦力に勝てるとは到底思えないが」

 

大和はスーツ裏のポケットからがさっと折りたたまれた紙を取り出す。

 

「オーディン、アザゼル、ルシファー、オリュンポスの神々、帝釈天、セラフ。彼らを一人でも打ち取れば多額のボーナスを支払う用意ができてるわ」

 

そこには本来このフィールドで行われるはずだったグレモリーとアスタロトの一戦を観戦しに来る各勢力の要人たちの顔写真と名前、そして金額が記されている。

 

現魔王のサーゼクス・ルシファーに掛けられた額が一番高いのは旧魔王派らしさだが、仕事に必要ではないと判断され、異形の情勢をほとんど知らされていない大和には知る由もない。

 

しかし今回の作戦に参加するにあたって旧魔王派の情報を戦力も含めてほんの一部だけ知らされた。

 

紙をさらりと目を通す大和は、眉を顰める。

 

「…ブリーフィングの時から思っていたが、天使も悪魔も神も、有名所勢揃いのオールスターじゃないか」

 

「そうね」

 

「ハッ、こんな弱っちい人間に神を倒せるとは到底思えないんだがな。遠回しに死ねと言ってるようにしか聞こえないが」

 

「私もあなたが神を討ってくれるとは期待してないわ、だからある程度働いたらさっさと戦場から引き上げるわよ。あなたには別の仕事を任せたいから」

 

「そうだろうと思ってはいたが、『期待してない』とはっきり言われるとちょっとへこむな…」

 

素っ気なく返すクレプスに、大和は軽くため息を吐く。

 

事実、渡された紙に名を連ねているのはアザゼル、ルシファー、オーディン、さらには須弥山の帝釈天と異形の世界に身を置いたり、そうでなくとも神話の知識がある人から見ると恐ろしい面子ばかりだ。

 

「…もしかしたら最後の戦場になるかもしれん。一つ聞かせろ」

 

大和はふと空を見上げる。もしかすると最後に見上げるかもしれない空は人間界の慣れ親しんだ青でない、気味悪さすらある紫色の空。

 

彼女は期を見て撤退すると言ったが、何が起こるかわからないのが戦場だ。しかも今回の戦いは多数の神も参戦しており、最悪鉢合わせる可能性だってある。この戦いを生還するか死ぬかで言ったら死のほうが高いだろう。

 

「詮索はNGと言ったはずだけど」

 

「一緒に死ぬかもしれない仲じゃないか、一つくらいいいだろう。本当は山ほどあるが」

 

「…言ってみなさい」

 

涼しい表情を渋々と言った様子でほんの少しばかり崩して了承を得たような反応をしたのを見て、大和は話す。

 

「なんでお前はこの旧魔王派とやらに入ったんだ?」

 

自分がこの場にいる理由は明確だ。仕事、そして家族を養うための金を手にするため。家族のことは大丈夫だろう、自分と言う二人を人質に取る理由がなくなる…つまり自分が死ねばきっと解放される。

 

だがそうなれば、自分の背負ってきた苦労を飛鳥一人に押し付けてしまう。それだけは避けたい、苦労するのは今まで家族に迷惑をかけてきた自分だけで十分だ。そうさせないためにも自分は死ねない。

 

だが命を落とすかもしれないこの戦場にこの女が立つ理由は何か?必要以上に語らない、物静かでミステリアスな雰囲気、それがクレプスと言う人物がいかなる者かを掴めなくしている。

 

それがかえって大和の好奇心を掻き立てた。昔から大和はそうだった。自分が興味を持ったものに対して、貪欲なまでに知識を求めてきた彼の性。それが今でも中二病を患っている原因なのだが。

 

だが少なくとも、この女が単に任務だとか組織の命令と言ったものだけで動いていないと感じた。ブリーフィングの際に会った旧魔王派の構成員とは明らかに違うモノがある。

 

彼は気になった、その端麗で、能面のような表情に何を秘めているのか。一体何が彼女を動かしているのかが。

 

「しつこい男は嫌いよ。……でも、あなたのしつこさに免じてほんの少しだけ教えてあげるわ」

 

彼女はついに折れた。

 

普段は無口で、自分の得意なギャグを披露したりそれとなく会話に混ぜてもつまらない反応しか返さなかった彼女が、初めて自分について語ってくれる。

 

そう思った大和は自然に唾を飲んだ。そして同時に見た。

 

一瞬だが自分に目をやったクレプスの表情に何か複雑な思いの色が浮かんだのを。

 

「私のやりたいことが、彼らにとっても利になると判断したからよ。忠誠なんてものはない。私と彼らの関係は悪魔らしく、『利用し、利用される』だけのもの。彼らの方も私のことをそう思っているわ」

 

「?」

 

「その関係はあなたも例外じゃないのよ。あなたは私たちが与える任務をこなし、家族を養っていくための金を手にする、私たちはあなたに仮面を探させ、それを手にする。文句はないはず、『ギブアンドテイク』でいきましょう」

 

「…お前は」

 

「ル・シエル。結界の準備が整ったわ、始めて頂戴」

 

大和の発しようとした言葉を遮るように魔方陣が完成し、すぐさまクレプスはそれを辺りに展開する。様々な文字が描かれたそれは自分達を中心に岩を覆うと、すぐにその姿を消した。

 

クレプスが展開したのは辺りの景色へカモフラージュ、またこれからの大和の攻撃で発生する音を消す特殊な結界だ。上級悪魔クラスでもこの結界の存在にはよほどその手の結界に秀でた者でなければ気付かないだろう。

 

もっとも、それに詳しい北欧のオーディンにはすぐにばれてしまうだろうが。

 

クレプスが仕事を終えたのを見て、大和は言いたいことはあるものの死ぬその先の言葉を喉奥で止める。これ以上の会話はないと理解した。

 

息を吸って、吐く。

 

そして、すぐに心持を切り替える。相手の認識の外から撃ち抜く狙撃手のものへと。

 

「…やれやれ、ブラック企業も真っ青なブラックホールな組織に入ってしまったもんだ」

 

大和はたばこの煙を吹かすと自嘲気味に笑う。

 

外人部隊に入って、それなりに死戦はくぐってきたがやはり戦場の空気には慣れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故フランス外人部隊に配属されていた彼が今こうして一般の人間なら一生知り得ない異形の世界に足を踏み入れているのか、それは8月の終わりごろのことだった。

 

ある日の夜、いつものように基地で心地のいい夜風に当たりながら酒を呷っていた。同じ苦労を分かち合うバカたちと賑やかに飲む酒も美味いが、ある時ふと夜空を見上げた時ふと『遠く離れても家族と同じ空を見てる』と感じたのだ。散々家族に迷惑をかけてきた自分でも、まだこうして家族とのつながりがある。それがたまらなく一人家族を思い、身を粉にする大和の心の救いになった。

 

それ以来、こうして一人で夜風に晒されながら酒を飲むようになった。

 

しかしその一人での安らぎに、静かに水を差すように悪魔は現れた。

 

『フランス外人部隊所属、コードネーム『ル・シエル』…天王寺大和ね』

 

『…誰だ?』

 

一言で言うなら美女だった。夜闇に紛れそうな黒い髪、女性らしさに満ちたスタイル、一声かけようものならどんな男もその美女に見とれてしまうだろう。

 

しかしその女は挨拶するどころか、いきなり大和自身の名前のみならず家族構成、経歴のすべてを喋りだしたのだ。

 

『…!!』

 

動揺した。同時に恐怖した。

 

突然目の前で見知らぬ女が自分のすべてを洗いざらいに話しだしたのだ。知らない人間に自分のすべてを知られている、これを恐怖と言わずして何という。

 

『そう警戒する必要はないわ。別にあなたを取って食おうというわけじゃない』

 

『…だったら、俺の警戒を解かせるためにも名を名乗ったらどうだ』

 

動揺に震えそうな声と揺らぎそうな表情を努めて抑えながら、唸るように問うた。

 

『私はクレプス。端的に言うと、悪魔ね』

 

『悪魔…リアス・グレモリーと同じ悪魔か?』

 

『ええ、その認識で間違いないわ』

 

『…お前にはリアス・グレモリーのような人間味や優しさは感じられない。俺の罪深い魂でも攫いに来たか?』

 

『いいえ、むしろあなたにもっといい仕事を紹介しに来たのだけれど』

 

『何?』

 

思わぬ返答に大和は虚を取られる。

 

『あなたに頼みたい仕事があるの。とても大事な、世界を股にかけた宝探しよ』

 

世界を股にかけた宝探し。それは大和にとってとても好奇心を揺さぶれる言葉だった。しかしそれは普段の大和の話だ。

 

今こうして得体の知れない自分の個人情報を握っている女に同じことを言われても1mも大和の心が揺さぶられることはなかった。

 

『…断ると言ったら?』

 

『あなたの可愛い弟さんも、入院中の母も揃って永久の眠りにつくことになる』

 

『…辞書を読んだことはあるか?そういうのは仕事紹介じゃなくて脅しって言うんだよ』

 

次の日の朝、突然上官から除隊を宣告されあっさりとフランス外人部隊所属のル・シエルからただの天王寺大和へと戻った。通常ならあり得ない出来事だが、恐らくあの女が裏で手を回したのだろう。

 

そうして自然に流れるように再びクレプスと出会い、半ば強引に契約を結ばされた。大和は哀れにも家族を人質に取られ、顔も知らぬ上司のために、指令のままに世界各地、時折冥界をも飛び回るようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く望みもしない、予想だにしなかった状況に今彼は置かれている。だが、大和の行動には常に自分の家族への思いが、父に託された者を守り抜くという決意があった。それは今でも変わることはない。

 

「だが任されたからには仕事はきっちりこなす。それが俺の流儀だ」

 

トランクケースにしまわれた、真新しいスナイパーライフル銃を取り出して構える。

 

外観は一般に流通しているものと何ら変わらない。だがこのライフルは対異形用に設計されている。そのスペックは一般のライフル銃と比較にならないほどだ。

 

スコープ越しに覗く戦場は、戦いの炎と削り合う命を象徴する血に彩られていた。




実はクルゼレイは原作と違って作戦に参加してません。

飛鳥って人質に取られてるの?悠たちが気付くんじゃね?と思っている方。
ここがクレプスの意地悪なところです。

次回、「戦火を越える怪船」

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