あれは嘘だ。
Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
キャプテンゴーストから吹き飛ばされ、重力のままに俺は落下していく。どれだけ落ちても地面が見えない高さだ。たとえ再変身しても地面に叩きつけられて即死は免れないだろう。
(すみません、サーゼクスさん、アザゼル先生)
脳裏によぎるのは俺を信頼し、道を切り開いて送り出してくれた指導者たちの姿。二人の期待に応えることができず、無様に敗れ去った自分への不甲斐なさに心が苦しい。
(助けてやれなくてごめんな、兵藤、ゼノヴィア、オカ研の皆)
それから絶えることなく記憶の中の仲間の顔が思い返される。同じ時間、同じ体験という思い出を共有したこと、血を吐きながらも肩を並べて強敵と戦ったこと。
もう少しであいつらのもとにたどり着くという所で、届かない。
(…俺、ゼノヴィアに告っておけばよかったかな)
こんな時になって、今までのあいつとの関係への後悔が色濃くなっていく。もうちょっとあいつに素直になっておけば、あいつの思いにこたえておけばこんなことを今になって後悔することもなかっただろうに。
こうして体が落下していくように、気持ちも自然と沈んでいった。
(……)
ふと視界に不思議なものがちらりと映る。何か緑色の液体のように不定形の物だ。いや、ただの気のせいだろう。
味方にここまで進んだものなんてオカ研以外に誰もいるはずがない。あいつらを除けばそれこそディオドラと凛ぐらいしかいないし、何より二人は敵。俺はもう助からない身だ。このまま誰にも気づかれることのないまま、俺は死ぬ。
瞬きを数回する。
…どうにも気のせいではないらしい。確かにそれは真っすぐとこっちに伸びてきている。
しかもそれは俺の落下する速度に負けず劣らずのスピードで迫ってくる。
「…!?」
やがて落下する俺に追いつくと、するりと俺の腕を包み込むように巻き付いた。
「!」
どうやら向こうから引っ張られているらしく、次第に落下のスピードが遅くなっていく。そして完全に停止したかと思えば、今度はギュンと引き上げられる。
突然の出来事に訳も分からず、為されるがままに重力に従うだけだった俺は重力に逆らって空に近づくような感覚を覚えた。
「うわぁっ!!?」
引き上げられた俺は一気に神殿の方へと引っ張られ、神殿に突っ込んだまま動かぬキャプテンゴーストの甲板へと全身を叩きつけられるように着地した。
「いってぇ…」
全身を打ちつけた痛みによる呻きを、口内の血と一緒にぷっと吐き捨てる。あのままどこまで行けばあるかもわからない地面に叩きつけられるよりは、生きられる分だけましだ。
数秒前まで死を待つばかりだと思っていた俺はあっという間に戻ってきたのだ。
未だ戦闘による痛みが走る体を起こして、立ち上がる。
「おわっ…戻ったのか」
引き上げられた俺が立ったのは半ば神殿の瓦礫に埋もれたキャプテンゴースト。船体は傾いたままで、船首から先は煙が濃密に蔓延していて神殿の中を見ることはできない。
周囲には誰も、いや俺以外にはたった一人しかいなかった。信じ難いが、そいつならさっきの俺を助けた液体も合点が行く。だが同時に、そんなことがあるはずがないのだ。
しかし、この状況を見るにそいつしかいない。
「まさか、お前が助けたのか?」
「……」
ネクロムの姿で、静かに立つ凛。無言ではあるが不思議と今までのような敵意は感じられない。
「どうして俺を……」
エネルゲイアを滅ぼすだの、俺を殺すだの言ったと思えば今度は俺を助けた。過激な言動と行動、そして先の過激さとは離れた突然の行動との矛盾が俺の心を戸惑わせる。
困惑していると、おもむろに凛が一歩踏み出す。何かを求めるように、縋るように手を伸ばしながら。
しかし急にその手を引っ込め、頭を押さえ始めた。
「う…!」
「どうした?」
急な凛の異変に、俺は心配の声をかけながら一歩近づいた。
頭を抱えるその様子から、何か頭痛に悩まされているように感じる。
うめき声を上げる凛は突然、空いた手で空を切るように横殴る。近くにいたせいで腕を胴に叩きつけられてしまった俺は神殿の中、煙の先へと飛ばされてしまう。
「がっ!?」
短い声を上げて再び宙を飛ぶ俺。心配して近づいたらこのざまか。半分気遣ったことを後悔しながら、そのまま今度こそ地面に叩きつけられるかと思いきや。
横合いから素早く飛び出した誰かが俺を抱きとめた。
落下しては引き上げられ、さらにまだ状況を飲み込めぬまま殴り飛ばされたりと状況に流されに流されまくって半ば混乱している俺はさらに混乱した。しかし、そんな矢先に心に声が聞こえた。
「大丈夫か、悠」
聞き慣れた声、それでいて安心と頼もしさを覚えるその声の主は。
「ゼノヴィア…?」
顔を上げれば、確かに走馬灯のように巡った仲間の一人、ゼノヴィアがそこにいた。軽く微笑みながら、なんと俺をお姫様抱っこしているのだ。
そして同時に、今の俺がどういう風になっているのかに気付いた。
これどう考えても逆だろ。折角助けてもらったのに彼女には悪いがなんか男として恥ずかしいし、情けない感じがする。
…でも、彼女の顔を見て何より心が安らいだ。戻ってこれたのだという実感がそこにはあった。
「出会って早々、私の胸を揉むなんて随分大胆だね」
まさかの再会に内心嬉しく思っていると、ふとゼノヴィアが一言付け加えた。
胸を揉む?
一瞬何を言っているのか分からなかった。
「え?……ん!?」
ゆっくりと視線を顔から下へと軽く動かす。すると何とも見事に、傷ついて爆炎にややすす汚れた手が彼女の豊かな胸を揉むように掴んでいるではないか。
…Oh.
「ああああごめんなさいごめんなさいぃぃ!!」
混乱も冷めぬままにこの事態、ついに軽いパニック状態に陥ってしまった。慌てて手を引っ込め、お姫様抱っこされたまま謝罪の言葉を何度も叫ぶ。
やばい、出会い頭に失礼にもほどがあるだろ俺!!なんて酷いことをしてしまったんだ!!彼女との関係が悪くなったら自分の家なのに居心地悪くなっちまうだろうが!
そんな風に絶賛パニック中の俺だが、彼女の反応は俺の予想とは違った。
「謝ることじゃない、むしろ奥手な君が一歩踏み出したと思うと嬉しいよ」
咎めたり、怒るどころかむしろ喜んでいる。
えぇ…。
内心、軽く引いた。奥手なのは自覚してるけど、これは一歩どころか50歩、いやそれ以上だ。俺達まだそういう関係じゃないし?こういうのは兵藤の専売特許だろう。
「でも普段からもっと大胆になってくれると、もっと嬉しいな」
「…善処する」
多分、一度でもこいつのペースに完全に乗ったらずっとそのままになるだろう。あいつは主に使えるという夢を失った反動もあって、今の女性にできることをするという夢に燃えている。なんでよりによって子作りなんだ…おしゃれとかいろいろあっただろうに。
それにしても、あいつは本当に子作りしたいという思いだけなのか?たまに俺に惚れてるんじゃないかと勘違いしそうになる時がある。…まあ、流石にそれはないか。こんな嘘つきでチキンの俺になんて。
ひたむきなのはいいことだが…やっぱり教会育ちの聖剣使いの心情はわからんなぁ。
会話も程々に彼女の腕から下ろしてもらう。
「紀伊国!」
そんな俺達の下に兵藤たちオカ研のメンバーが駆けつけてきた。幸い目立った傷はなく、ディオドラに攫われたアーシアさん以外誰一人欠けていない。
「かなり傷ついてきたのね…大丈夫?」
部長さんが心配そうに声をかけてくる。他の皆も嬉しさ半分、心配半分と言った表情だ。
何しろ今の俺は爆炎ですす汚れ、背中に喰らった一撃で肩から背にかけての切り傷から血が滲んでいる。おまけにノブナガ+ヒミコのオメガフィニッシュで全身にスーツが軽減できなかった衝撃で所々赤くなってもいる。
「一応大丈夫です。まだやれます」
強がりで言ったが嘘だ。正直に言って、しんどい。今すぐにでも休みたい気分だ。だがここまで来て何の役にも立たないというのは自分が許さない。ここで休むという行為はサーゼクスさんたちの思いへの裏切りに他ならない。
「そう…」
俺の返事に皆納得のいかない表情をしている。俺が無理して言っているのは流石にばれるか。
…俺、皆に心配かけっぱなしだな。無茶して、傷ついてばかりなのは重々承知だ。だが、もうちょびっとばかし、無茶をさせてもらおう。休むのはそれからでいい。
「お前、キャプテンゴーストをこんなにして…何があったんだよ?」
兵藤が動かぬキャプテンゴーストを指さして言う。確かに、あのダイナミックな突入というか墜落はその場に居合わせた皆には衝撃的だっただろう。
「それは…」
「騒がしく乱入してきたと思ったら見せつけてくれるじゃないか、紀伊国悠」
不機嫌も露わに会話に乱入してきたのは、神殿の奥にある玉座に腰かけ肘をつくディオドラだった。
もはや旧校舎に現れた時のような、優し気な雰囲気はどこにもない。既にテロに加担して、裏切りが発覚しているから本性を隠す必要もなくなったわけだ。
「ディオドラの奴、ここにいたのか」
「僕を無視して話を進めるなんて、酷く不快だよ。低俗な人間ごときが僕と言う高貴な悪魔を無視しようだなんて自惚れにもほどがあるってものだね」
顔を歪めて不平を垂れ流すディオドラ。そしてその隣には蛇のような装置に巻き付かれ囚われたアーシアさんの姿もあった。
「アーシアさんも」
見たところ外傷はない。だが目元が赤く腫れているし濡れている。そして何より、悲しみの色が幼さの残る顔にあった。もしかして泣いたのか?
「てめえ、フリードから聞いたぜ。お前の胸糞悪い『趣味』のことを!」
「そうかい。口の軽そうな男だと思ったけど、思った通りだったね」
怒りに眉を顰める兵藤は奴を指さし糾弾する。しかし本人はこれと言って気にする様子もない。
「趣味?というよりフリード?」
また俺の知らない所で話が進んでないか?
フリードと言えば、聖剣事件の時に戦った銀髪のエクソシストだ。教会に属するエクソシストとは思えないくらいに下品で凶暴な男だった。そして複数のエクスカリバーの能力を使いこなす強敵でもあった。
「聖剣事件の後、禍の団に拾われて改造されて生き延びてたんだよ」
「でも、裕斗先輩がやっつけました!」
「そうか…あいつまた俺らにちょっかいかけに来たのか」
木場とギャスパー君が捕捉する。
最初はレイナーレの部下として兵藤たちと相対し、次はコカビエルの部下、そして今度は『禍の団』の実験体か。
よほど兵藤たちと縁があったんだろうな、俺はなかったみたいだが。
玉座に座るディオドラはふっと笑うとおもむろに腰を上げた。
「そう、彼の言う通りさ。僕はね、教会の汚れを知らない敬虔なシスターを堕とすのが大好きなんだよ。純真無垢な彼女たちが僕という悪魔との関係で葛藤し、祝福された神の側から僕たち悪魔へと下り、最後に快楽に落ちていく様を見るのはたまらない快感さ、丁度彼女のようなシスターをね!!」
大きな身振り手振りと共に悪辣な己の趣味を奴は生き生きと語る。それはまるで、趣味を通り越して人生の生きがいとでもいうかのようだ。
俺は唖然とした。あの張り付いたような笑顔の裏にここまで悪意に満ちた物が隠されていたというのか。
俗に言う快楽堕ち、そう言うジャンルがあるのは知ってるし、それを好む人もいるのも知っている。だがそれをリアルでやってのけるのを趣味にしている奴は初めてだ。
断言しよう、反吐が出る。
その感情は単に奴の悪辣さへの怒りであるが、やはり俺の周りにアーシアさんやゼノヴィアがいるのが大きい。彼女たちの心を悪意を以て弄び、貶め、挙句の果てにかどわかして犯そうなど想像しただけでも拳が怒りに震える。
「下種が…!!」
心底嫌悪感に満ちた言葉をゼノヴィアは吐き捨てる。敬虔な信徒であり、アーシアさんの友達でもある彼女には
あいつの趣味がとても腹立たしく感じるだろう。
「君たちなら僕の眷属たちを突破してくるだろうし、それまでの暇つぶしにと思って彼女にも話してあげたよ。君たちに見せたかったなぁ…全部僕の掌で転がされていたことを知ったその時の彼女の顔と来たら!」
心底嬉しそうな表情を見せ、アーシアさんに目線をやる。
「あの時はわざとケガして、彼女が治療するように仕込んだんだ。悪魔を治療した聖女、その結末がどうなるかはもちろんご存知だよね?」
「吐き気を催す邪悪か、こいつは…!!」
あまりにも外道なこいつの本性に俺も思わず怒りの言葉が出た。純粋な彼女の善意すら、こいつは自分の欲望のために利用したのか。
あの時のアーシアさんは善意だけで奴を助けたんだろう。例え、彼女の生活の規範となる聖書に敵と記された悪魔だった奴を。疑うことを知らない純粋な彼女は夢にも思わなかったはずだ。全て結果的に自身を貶めるために、そうするよう奴に計算されたモノだと。
自分の善意を真正面から、よりによって本人に否定された彼女はどれほどつらかっただろうか、その心情は推し量り切れるものではない。
「暇つぶしでやることじゃないだろ…!」
「まあ、君たちが早く来ても話すつもりだったけどね」
睨む兵藤の声が怒りに震えている。対してディオドラはそんなものはないかのように涼しい顔で突き刺すような視線を流す。
「そもそもの話、本当ならもっと早くアーシアを手に入れる予定だった。レイナーレとかいう堕天使に神器を抜かれて死んだ所に僕が駒を与えて転生させるつもりだった、だったはずなのにッ!」
しかし喜びから一転、今度は怒りの感情を見せる。
レイナーレだと?
あいつ、そんなに前からアーシアさんに手を付けようとしていたのか。それって軽くストーカーの域なんじゃ…。
「君たちが邪魔をした!!ゲームの組み合わせが決まった時は喜びに震えたよ、やっと僕の趣味を邪魔した不届き者を潰せるってさァ!!」
ディオドラは声を荒げて俺らを指さす。
「もう誰にも僕の邪魔はさせない。君たちを始末して、僕は更なる高みへと登り詰めるんだ」
その目は歪んだ決意に満ちていた。歪んでいるが、とても強いものだ。何か、趣味に絡んだこと以外に別の理由でもあるのか?
ディオドラ・アスタロト。『禍の団』と通じているだけかと思いきやとんでもないクソ野郎だ。こいつは何としても倒さなければならない。
「…実は私、フリードに一つだけ感謝していることがあるの」
奴の話を聞き終え、今度は部長さんが切り出す。嵐の前の静けさを思わせるようにとても静かな一言だ。
「へえ、『シグルド機関』の失敗作にかい?」
紅髪を揺らして一歩前に出た。恐ろしい怒りと、オーラを伴って。
「あなたの趣味を知ったおかげで、私も本気の本気であなたを消しにかかれるわ」
雄然と部長さんは立つ。既に濃密なまでの紅いオーラが全身から滲み出ている。瞳にかつてない憤怒の光を輝かせ、近づく者全てがオーラで消滅しそうな荒々しさに満ちている。
近くの兵藤もその様子に息を呑んだ。
「ふっ。やれるものならやってみるがいいさ」
そんな彼女を前にしてもディオドラは微塵も怯えない。二人の間で、燃え滾る闘志に輝く視線が交差する。今にも破られそうな緊張感に満ちた静けさ、どちらかが1mでも動けばすぐに戦闘は始まりそうだ。
それを感じ取り、他の皆も表情をきっと引き締め戦闘態勢へと入っていく。
しかしそんな中で俺だけが、何か妙な引っかかりを覚えていた。
ディオドラへの怒りに気を取られて、何かを忘れているような…。
「悪運のいい者だな」
「!?」
緊張感に震えるこの場に横槍を入れた第三者の声。感情の読み取れないその声の方へ、弾かれたようにこの場にいる皆が一斉に振り向いた。
その視線の先は瓦礫に埋もれたキャプテンゴースト。瓦礫の上に立つ、その女。名を深海凛、仮面ライダーネクロム。
軽く跳躍するとディオドラの隣に並び、俺達の前に立ちはだかる。
「まさか、このタイミングで邪魔をされるとは思わなかった」
邪魔?
内心で彼女の言葉に疑問を浮かべる。邪魔も何も、俺を助けたのは彼女自身だ。何がどうなっている?
「なんだあいつ!?」
「部長、このオーラは相当な手練れですわ」
「みたいね」
つとめて冷静を保つ俺とは違って、オカ研の皆の表情に戦慄の色が浮かぶ。俺には異形や神器のオーラは変身しなければ感じることができない。しかし悪魔である故、素で感知できる皆には今のあいつが強大なオーラを放っているように見えるようだ。
「あいつがお前をここまで追いつめたのか?」
「ああ、強いぞ。前に話した『ネクロム』だ」
「…あれがネクロムか」
表情をこわばらせてゼノヴィアが呟いた。
パーティー会場襲撃の一件で現れた凛だが、ネクロムの情報は既に皆に共有している。液状化や、眼魂を使用できることもしっかり説明した。そのうち戦うことにもなるだろうし、その時に何の情報もないままあのレベルの強敵と戦うのは危険すぎる。
その正体が俺の妹であるなど、一部の情報は伏せてはいるが。
「何だかよくわからないけど、君は敵かな?それとも味方なのかな?」
「兵藤一誠たちに仇成すという意味では味方だ」
「そうかい、なら力を貸してもらおうかな」
俺達に敵対する者同士でディオドラと凛が短く言葉を交わす。オカ研VSディオドラ&凛、と言うべきか。
様々な眼魂を使い、液状化で攻撃を無効にできる凛とオーフィスの蛇で力を増したディオドラ。苦戦は免れないだろう。
「あ、あの…」
新たな敵の出現に一段と緊張が増す中、おずおずと挙手をしたのはなんとギャスパー君だった。俺達の視線がギャスパー君に集まる。
「あの敵は、女性なんですか?」
「ん?そうだけど」
質問の意図は理解できなかったが、取り敢えず答えた。
俺の答えにうんうんと頷くと、ギャスパー君ははっきりと言った。
「相手が女性なら、イッセー先輩の出番だと思います!」
「…へ?」
俺は一瞬その言葉の意味が理解できなかった。
だが俺以外の皆は瞬時に理解できたようで、ハッとした。
「ッ!そうだわ!イッセーの乳技があれば!」
「そうだ!よく言ったぞギャスパー!」
「イッセー君の技で戦闘を優位に進められる!」
強敵への打開策が見え、希望の色に皆の顔が明るくなる。困惑する俺一人を除いて。
「え、ちょ」
そういうことかよ!!あいつにドレスブレイクを使うつもりか!
いや待って、兄である俺の前で女性の衣服を弾け飛ばす技を妹に使おうっていうのか!?
「なるほど!よっしゃ、俺のドレスブレイクで変身解除させてやるぜ!!」
技の使い手である兵藤はギャスパー君の提案に意気揚々と手をわしゃわしゃさせ、既に籠手を装着した腕を突き出す。
女性が身に纏っているものを弾け飛ばすドレスブレイク。この理屈で行けば、ダメージを与えることなく一撃で変身を解除させることも不可能事ではないはずだ。
しかし、知らないとはいえ兄の前で妹をひん剥こうなんていい度胸じゃないか。俺はあいつを止めるつもりでいるが流石にそんな目に合わせるのは許容できない。
「いやいやちょちょちょ!!」
今にも飛び出しそうな兵藤、そんな彼の肩を俺は慌てて掴んでとどめた。
それには兄として妹を卑猥な目に遭わせまいとするだけではない、もう一つの理由がある。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「あ…いや、あー」
落ち着くために一度咳払いして間を置く。
「いやだめだ。あいつは体を『液状化』させて直接攻撃を無効にできる。触れられないんじゃあそれは発動できないはずだ」
あいつの液状化は直接攻撃や銃撃を無効化する。それが自分の意志で発動するものなのか、それともオートで発動するのかは知らないがドレスブレイクが相手に直接触れるという過程を踏まなければならない以上、効果は期待できないだろう。
「液状化…有効打が見えたとすっかり忘れていたわ」
「イッセー君の技が効かない女性がいるなんて…!」
「ドレスブレイクは効かないのか…ドレスブレイクは」
兵藤も俺の情報に驚くが、すぐに意味深な笑みに表情を変えた。
「どうした?」
「直接攻撃は効かないんだな?ならもう一つの技の出番だ!」
…もう一つの技?
え、何それ。ああいう類というか、同じベクトルの技が他にもあるのか?もうドレスブレイクで十分な気がするんだが。十分と言うか、そもそもあっちゃいけないとも思うけど。
「さあ、行くぜ!」
〔Boost!〕
赤龍帝の籠手から音声が鳴り、その力を蓄えた。
〔Explodion!〕
更なる音声で、その力は解放され使用者たる兵藤に流れる。
「煩悩解放!広がれ俺の快適空間ッ!!」
そして増大した自身の力から、兵藤は奇妙な現象を引き起こす。
あいつを中心に、何かピンク色の靄のようなものが発生し瞬く間にディオドラや凛を含んだ俺達を飲み込みその領域に取り込んだのだ。
「なんだこれ…?」
自分は特に違和感は感じないし、多分女性を対象にした技なんだろうが女性陣が何らかの異変を見せる様子はない。
どういう技なのか、全く読めないぞ。
「『乳語翻訳《パイリンガル》』!!」
そして最後に、技名を叫んだ。…技名か?
「……」
ディオドラも、部長さんも、皆沈黙した。それは呆れのようでもあり、あいつの飛躍した技のアイデアへのツッコミか。
「ぱ、パイリンガル?」
パイリンガル…バイリンガルとおっぱいを掛け合わせたのだろうか。しかしよくもまあこんな頭の悪そうな技名を思いついたな。
「これは一体どんな効果があるんだ?」
「この空間は…その…あ…」
言葉に詰まりながらも、何かを言おうとしている。
…顔を赤くして恥ずかしそうだから、多分ろくでもない内容なんだろうな。
「女性の胸の声を聞く技なんです…」
「…い?」
あまりにふざけた答えが返って来て、思わず思考がフリーズした。
胸、つまりおっぱい?おっぱいの声?ナニソレドユコト?
「つまり相手の考えていることが読めるってことさ」
それって凛のお……。
や、やめろ!!いくら敵とはいえ兄として妹にそんな品のない技をかけることは許せん!!お兄ちゃん許しませんよ!?
いや待て、もしかしたら凛の本心が聞けるかもしれない。もしそうなら、俺が抱える問題の一つが大きく前進することに繋がる。
しかし兄として、そんな低俗な技に妹がかけられるのを見過ごしていいのか…?
「…仮にも伝説のドラゴンの力をそういう技に使おうなんて哀れに思うよ」
ディオドラにまで言われてるぞオイ!可哀そうなものを見るような目で!お前は本当にそれでいいのか!?
「さぁ、君の胸の内を教えてくれ!」
「…………」
長い沈黙が続いた。
「…どうだ、何か聞こえたか?」
恐る恐る俺は兵藤に訊ねる。
「おかしい」
「は?」
兵藤の返答は意外なものだった。
「おっぱいの声が聞こえない」
「はぁ!?」
「何ですって!?」
「そんな!?」
「何だと!?」
思いもよらぬ結果に、俺達は異口同音に驚愕した。
「もしかしてギャー君と同じじょそ…」
「いやいや!!いいやそれはない、あいつは確かに女だ!女だった!」
塔城さんの推測を、絶対にありえないという思いで否定する。
嘘だろ、俺の妹が転生したら弟になってましただ!?そんなことあってたまるか!!俺は泣くぞ!!
「反応はあるんだ、でも何というか…聞こえないんだ」
「はぁ?」
「何て言うか、その…遠いようなそうでないような…?」
兵藤も、兵藤自身にのみ理解できる現象を何とか説明しようと言葉を絞り出すように答える。
「それはどういうことなんだ!?」
「わかんねえよ俺にも!こんなこと初めてだ」
「っ…」
ちらりと凛を見る。何をするわけでも言う訳でもなく、ただ沈黙を貫いている。
「……」
正直に言って、今のあいつのことを知れたと思ったら逆に一気に謎が増えたぞ。エネルゲイアしかり、俺を助けたことしかり。
「イッセーの乳技が効かないというなら」
予想外の展開に困惑する俺達を背に、ざっとゼノヴィアが前に出た。
「私たちらしく、真っ向勝負で挑もうじゃないか」
雄々しく聖剣デュランダルを構え、切っ先を奴らに向ける。戦意に満ち満ちた彼女の言葉が、皆の戦闘モードのスイッチを切り替えた。
「そうね」
さっと紅髪を撫でた部長さんがディオドラを睥睨する。
「覚悟なさい、ディオドラ。あなたの腐りきった性根を滅ぼし潰してあげるわ」
叩き潰す、じゃなくて滅ぼし潰すか。滅びの力を使う部長さんらしいセリフだ。
「はっ!最強の存在、オーフィスの力を得た僕によくもそんな口が利けるね」
対するディオドラは余裕を見せる。この人数を相手にしてこの態度、相当貰った力に自信があるらしい。アガレスの時のようにうまくいくと思っているのか。
ディオドラには好き勝手言われたこともあって一発決めたい思いはある。だが、俺が戦うべきはその隣に立つ者だ。
「お前はここで、俺が止める」
ディオドラの横に並び、俺達と敵対している凛。
色々と疑問はあるが、いずれにせよ今のあいつが世界に影響を及ぼしかねない危険であることに変わりはない。
力が及ばないとしても、兄として、推進大使としてここで彼女と戦う以外に道はないのだ。
…もしかすると、最悪の展開も覚悟しておかなければならないかもしれない。
「…ドラゴンは強き力を呼び、特異点は更なる特異点を呼ぶというのか」
忌々し気に、凛は言う。その言葉に憎悪を感じる。
…特異点?
俺の疑問をよそに、悠然たる構えを取った。そして最後に、挑発的に言い放つ。
「かかってこい、貴様ら『特異点』はまとめて潰す」
今回で凛について色々ヒントを出しました。答え合わせはまだ先ですが…。
そしてやはり共闘展開はライダーとのクロスオーバーにおいて欠かせないでしょう。
次回、「『普通』の悪魔」