ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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皆が気になるアレについてディオドラが喋ってくれるそうです。

それと、62、59話の書き忘れた内容を追加しました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ




第63話 「目覚めるは覇の理」

オーラの爆発がおさまり、視界を暴虐的に塗りつぶすような光が消えた。そしてようやく、変わり果てた神殿が姿を見せる。

 

天井は完全に吹き飛び、今はなき天井を支える柱のいくつかは残されている。そしてその床は爆発で吹き飛んだ瓦礫とヒビだらけだ。人間界でなら、観光資源としての価値は十分にある大きく芸術的だった神殿の見る影も形もない。

 

「やった、のか?」

 

力を一気に解放した疲労感に肩で息をする兵藤が言う。

 

先ほどまで全力をぶつけ合ったネクロムとディオドラがどこにも見当たらない。

 

「…爆発の寸前、ネクロムのオーラが突然消えたのを感じました」

 

「逃げたのか」

 

今回は決着はつけられずじまいか。だがいつか、またあいつと相対するときが来る。その時こそ、決着を…。

 

〔オヤスミー〕

 

突然の音声と共に、変身が解除されてしまいドライバーが自動で開いて眼魂が飛び出すように排出される。

 

宙に飛び出た眼魂を反射的にキャッチする。掴んだフーディーニ眼魂はすっかり色が抜け落ちていた。

 

オオメダマを発動し全霊力を消費した眼魂はこうなり、再チャージまで一週間ほどを要するのだ。

 

「お疲れ様だ」

 

軽く労いの言葉をかけてやる。意思のようなものがあるとは聞いたが、それは一体どこまで明確なものなのだろう…?

 

「確認のために、探しましょう」

 

部長の一声で俺達は辺りを見渡して、まだかもしれないディオドラの捜索を始める。

 

「部長、俺はアーシアの結界を何とかしてみます」

 

「頼んだわ」

 

その中で兵藤だけはアーシアさんのもとに向かう。

 

これだけの破壊にも関わらず、結界の装置だけは健在だ。残された壁から這い出た、様々な魔法文字が浮かび上がる蛇の彫刻が彼女の手足を拘束している。相当頑丈にできているってことは、何か奴らにとって重要な意味合いが…?

 

結界のことはさておき、俺がやるべきはディオドラの捜索だ。

 

瓦礫が散らばる神殿、ふときらりと光るものが転がっているのを見つけた。

 

何かと思って拾ってみると、それは眼魂だった。近くにもいくつか転がっていたのでそれも全て拾い上げる。

 

逃げる際に落としたのだろう、あれだけの攻撃をまともに受ければただでは済まないはずだ、素早く判断をしたのだな。

 

「眼魂は返してもらうぞ」

 

これで眼魂は3つから6つだ。個数としては向こうの方が依然として多いが、今は増えたことに喜ぶべきか。

 

「いたぞ!」

 

少し離れたところでゼノヴィアが声を上げた。それを聞いてすぐさま俺達は駆け付ける。

 

ゼノヴィアの指さす場所に、確かにディオドラはいた。

 

「う…あ……」

 

ボロボロ、という言葉を体現したような状態。洒落た貴族服も無残にすすけて所々破れ、全身から血が流れて傷だらけだ。かろうじて生きてはいるが、右腕が完全に消し飛んでいる。

 

手当てをしなければ直に死ぬだろう。だが、ゼノヴィアはそれを待てないようだ。

 

「しぶといな、今私がとどめを…」

 

「待ってゼノヴィア。彼にはまだ聞きたいことがあるの」

 

冷たい表情でデュランダルを構えて、天を向いたまま仰向けのディオドラの首目掛けて降り下ろそうとするゼノヴィアを部長さんが制止した。

 

「…そういうなら」

 

しぶしぶ彼女はデュランダルを収める。明らかに納得していない様子だ。だが自分の友達をあんな目に合わせられたら当然か。

 

ドゴッと、硬い物を強く殴りつける音が聞こえた。

 

「アーシア、待ってろ。すぐ壊してやるからな!」

 

兵藤がアーシアさんを捕える結界を攻撃しているのだ。だが結界には傷一つつかない。

 

「くそ、こいつ硬ぇ…!」

 

それを見た木場も聖魔剣を作り出して攻撃に加わる。部長さんもそれに続いて滅びの魔力を枷にぶつける。しかし一向に切断される気配も、壊れる気配もない。

 

「は……はは」

 

すると今にも消えそうな弱々しい笑い声が聞こえた。その声を上げたのは、大ダメージを負い倒れたディオドラだった。口元を笑みで歪めて俺達を見ている。

 

「その結界は…壊れないさ。何せ結界系最強クラスの神滅具……『絶霧《ディメンション・ロスト》』の禁手で作られてるからね。僕や関係者の合図、僕が死ぬか、アーシアが神器を使えば…その結界は効果を発揮する」

 

「『絶霧』だと…!?」

 

先生から聞いた13ある神滅具、その中でも上位に位置するモノの一つだ。霧を使って様々な結界を生成できる神滅具だと聞いた。面倒な神器使いが『禍の団』に所属しているようだ。

 

「それで、その効果とは何なの?」

 

部長さんはつとめて冷静にディオドラに問い詰める。その言葉に一層ディオドラは笑みを深めた。

 

「結界が発動すれば彼女の強力な回復の力を増幅し『反転』させ、このフィールドにいる者全てを死滅させる仕様さ」

 

「何ですって!?」

 

ディオドラが明かした事実に、戦慄が駆け抜ける。驚くと同時に背筋をひやりとした物が駆けた。

 

今にしてやっと俺達がとんでもないことをしでかすところだったことに気付いた。あの攻撃でディオドラが死んでいたら、結界が発動して俺達はおろか離れたところで戦うサーゼクスさんやアザゼル先生たちVIPも全滅するところだったのだ。

 

「貴様ァ!!」

 

「やめろ、今のそいつを手荒に扱うな!」

 

どこまでも卑劣な行いにゼノヴィアの怒りが爆発し、倒れたディオドラの胸倉を掴み上げて無理矢理立たせた。

 

そんな彼女を咄嗟に声を荒げて止める。今のこいつを下手に刺激するわけにはいかないのだ。

 

「シトリー戦で使った『反転』の技術が流出している…堕天使内に裏切り者がいるってことね」

 

「前回の一戦も、この作戦のためにシトリーを利用した可能性も…!」

 

『反転』を開発し、シトリーに提供したのはシェムハザ副総督たちグリゴリだ。副総督が裏切り者とは考えにくい、だがシトリーの強化に携わった人員である程度犯人の候補を絞れるはず。

 

「…アーシア、先に謝っとく」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

そんな中兵藤が倍加を発動させ、力を高め始めた。でもこいつの話じゃ力づくでは破壊できないのでは…?

 

ディオドラはそれを見てかすれるような笑い声をあげ、血に汚れた顔を醜悪な笑みで歪める。

 

「はは…無駄な足掻きだ…言ったろ、壊せないって……君たちを道連れにしてやる…今、結界を」

 

「ドレスブレイク!!」

 

「いやぁっ!!」

 

結界が壊れた。彫刻のような枷が一瞬で木っ端みじんになり、それと一緒にアーシアさんの初めて会った時と同じシスター服も弾け飛ぶ。そこからアーシアさんが生まれたままの姿を晒した。

 

解放されたアーシアさんはすぐに大事なところを隠そうと、屈みこみ手で胸を隠す。

 

「あ、え?」

 

俺も、ディオドラも揃って間抜けな声を漏らした。

 

えっ……ドレスブレイク?え、倍加した力で殴り壊すんじゃないの?ちょ、どういうこと?

 

ついさっきその凶悪な仕様が明かされた結界が、神滅具の力で生み出され破壊は困難とされた結界がいともたやすく解除されたことに皆唖然とした。

 

「い、イッセー…これは?」

 

引きつった声で、部長さんは問うた。

 

「いや、アーシアの体にびったりついてたんでそれも服と認識してアーシアのすっぽんぽんを妄想すれば行けるかなと思ったんですけど…多分禁手状態と倍加を合わせて無理矢理突破できたんじゃないかなって」

 

禁手の鎧が解除され、頭をぽりぽりとかいてあいつは説明する。とりあえず、言わせてくれ。

 

「なんじゃそりゃァァァ!?」

 

結果的に助かったのはよかったけど、もうちょっとマシな方法はなかったのか!?お前ヴァーリの時もこんなノリでいっちゃったけど、本当にそれでいいのか!?

 

「あー……」

 

ディオドラだって口をポカーンと開けて唖然としているぞ!こんな解除方法向こうだって想定してないっていうかできるわけないもんな!想定外オブ想定外だろ!

 

「……取り敢えず、服をどうにかしないとね」

 

いち早く正気に戻った部長さんが魔方陣をアーシアさんに展開し光が弾けると、あっという間にいつもの制服姿に変わった。

 

よかったよかった、さすがに生まれたままの状態を続けられたら健全な男子高校生にとって股間的にきつい、うん。

 

「イッセーさん、私…信じてました、絶対に来てくれるって」

 

「そうか、でもディオドラにいろいろ言われて辛かっただろ?」

 

「はい…でも、イッセーさん達が戦う所を見ていて、自分も泣いてるだけじゃダメだって…そう思えたんです」

 

アーシアさんもこの戦いを経て成長したようだ。戦うだけが強くなる方法じゃないってことだな。

 

「アーシア!本当に、助けられてよかったなぁ…!!今度は絶対に守り抜いてやるからな!!」

 

「ゼノヴィアさんが守ってくれるなら私も心強いです」

 

涙で目をウルウルさせるゼノヴィアがアーシアさんに抱き着いた。以前は魔女呼ばわりしたぐらいだったのに、本当に仲がよくなったんだな、2人は。

 

兵藤とゼノヴィア以外の面子は俺達の中でもより喜びに震える2人とアーシアさんの様子を見守る。

 

本当に良かった、それしか言えない。険しい道のりの先にあったハッピーエンド、心からの安堵と喜びに俺も自然と微笑んだ。

 

「は…はは…」

 

それを見た近くのディオドラが乾いた笑みをこぼした。

 

途端に脱力したように、ばたりと後ろに倒れこむ。

 

「どうして…どうしてなんだ…どうして何もかも……うまくいかないんだ」

 

血まみれの奴の顔に一筋の涙が走る。とても悲し気に、奴は呟く。さっきまで悪意たっぷりの表情を浮かべていたやつとは思えない表情だ。

 

「僕はただ、僕を認めてほしかっただけなのに……」

 

それはさっきまで俺達と敵対していた『禍の団』のディオドラ・アスタロトではない。ただ一人の少年ディオドラ・アスタロトの姿だった。

 

「誰かにありのままの自分を見てもらいたい、認めてもらいたい。誰だってそう思うわ。私だって、イッセーと出会うまで強く思ってたもの」

 

凛と、そしてどこか優しさすらある声色で奴に部長さんが語りかける。

 

「でもあなたは方法を間違えた。あなたのやったことは彼女たちの心の隙に漬け込み弄んだだけの卑劣な行為よ」

 

「…わかっていたさ、そんなこと。あんなことしたって…彼女たちは本当に僕を見てくれるわけじゃないんだって。でもそうでもしないと…僕は……自分を保てなかった」

 

今にも泣き出しそうに顔を赤くしながら…というかもう血で赤いが、奴は自分の思いを吐露する。

 

「結局…僕はグラシャラボラスの次期当主を殺して、『禍の団』に下って、自分の欲望のために…周囲を振り回し続けただけだ。…こんな自分が、誰かに認めてもらえるはずなんて最初からなかったんだ」

 

溢れ出しそうな感情を抑えながら、自嘲気味に奴は笑う。

 

「本当にそうかしら?」

 

だがそれは部長さんによって一蹴された。

 

「あなたが与えたのは悲しみだけじゃないわ」

 

部長さんがアーシアさんに視線をやると、アーシアさんがディオドラの下に近づく。

 

「ディオドラさん、あなたはたくさんの人を傷つけてきました。……でも、私はあなたのおかげでイッセーさん達や、学校の友達に出会えました。何より、家族の温もりに触れることができました」

 

アーシアさんは幼少期から教会に育てられてきた。神器の力を使い人の役に立ち、感謝されるようになったが一方で彼女は親しい者のいない孤独を抱えた。

 

しかし、悪魔であるディオドラを治療した一件で教会を追放され、流れ流れて駒王町に行き、兵藤と出会ったことで彼女の人生は大きく変わった。

 

ディオドラと出会わなければ、アーシアさんは兵藤たちに出会うこともなかった。そう、皮肉なことに一番最初にアーシアさんの世界を広げたのは兵藤ではなく、悪意を持って近づいたディオドラだったのだ。

 

「それだけは、ディオドラさんに感謝しています」

 

「…!」

 

思わぬアーシアさんの感謝の言葉に、奴は目を見開いた。

 

「他の聖女たちも同じなんじゃないかしら。経緯はどうであれ、あなたのおかげで教会だけの狭かったアーシアの、彼女たちの世界は広がった。そうでなくて?」

 

「あ……うぅ…あぁぁ」

 

表情が驚愕からくしゃっと歪んで変わり、嗚咽が漏れだす。今まで何とかせき止めてきた感情の波が、溢れ出し始めたのだ。

 

「あなたの行いは決して是にはならないけど、あなたの行いで結果的に幸せになれた人もいるのも事実よ」

 

「アアアアアアアアアアアアッ!!」

 

部長さんのその言葉が契機になった。言葉にならない叫びを上げて泣きじゃくる。ただの子供のように長年積もりに積もった感情と、心に抱え続けた慟哭を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、ディオドラは落ち着いた。泣いて泣いて泣きまくって赤く腫れた目で天を仰ぎ見ている。

 

「…僕の負けだ、殺してくれ」

 

力なく奴は言う。戦意もすっかり抜けたと判断して、一応アーシアさんが神器の力で回復はさせてある。完全に消し飛んだ右腕はどうしようもなかったが。

 

…最初にアーシアさんと会った時は悪意を持って近づいた奴が、今度は本心を打ち明け、悪意の抜け切った状態で治療されている。何か因果を感じるな。

 

勿論、特にダメージが酷かった俺と兵藤、そして朱乃さんも回復済みだ。というか今回けが人多すぎだし、その怪我の度合いも結構酷い。ホント、凛の奴滅茶苦茶強いんだな。叶えし者ってのは皆あんなバカげた力を発揮するモノなのか?

 

「あなたは殺さないわ、このまま魔王様たちに引き渡す。生きて罪を償いなさい」

 

ディオドラの言葉に部長さんはかぶりを振る。奴は部長さんの言葉にフッと笑う。

 

「…流石、サーゼクスの妹だ。君は甘いな」

 

「甘々なのは重々承知よ」

 

倒れたままの奴に、部長さんは手を差し出した。

 

「他人に誇れる自分を目指しなさい。そうすれば、おのずと周りはあなたを認めてくれるはずよ」

 

「…こんな僕を、誰が認めてくれるというんだい……?」

 

「それはあなたの今後次第よ。行動次第であなたは変われる。周囲の評価だっていずれは変えられる。そのためにも、己と向き合う所から始めなさい」

 

部長さんの言う通りだ、里に疎んじられていた少年がやがてその里の英雄になって皆の評価をひっくり返す忍者漫画だってあるくらいだからな。

 

自分の行い次第で他人の評価も自分も変えられる、か。いい話を聞いたな。

 

「…うあっ」

 

そう思った矢先、全身の力が予兆なく急に抜けていく。恐らく今まで体を動かしてきた仙術の効果が切れたのだ。

 

立つことすらできなくなり、ぐらりと視界が地面に近づいていく。

 

しかし地面と激突する寸前で誰かが腕を掴み、肩を貸してくれたおかげで事なきを得た。

 

「う…?」

 

「全く、お前はどこまで心配をかければ気が済むんだ」

 

肩を貸し、俺にやれやれと言葉をかけたのはゼノヴィアだった。今回の件で本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。何か、お詫びにあいつの喜ぶことができればいいが。

 

「悪い…そうだ、今日はもう動けそうにない。夕飯はお前に任せた」

 

「ペペロンチーノでいいなら夕飯を作ってもいいぞ」

 

「ペペロンチーノか、いいな。たまにはお前の作った料理が食べてみたい」

 

精いっぱい戦った後だから疲れもあるし、何より腹も減った。ここはガッツリ系の味で腹を満たしたいものだ。

 

…あれ、今動けないから夕飯までに手は動かせるようにならないとゼノヴィアにパスタを食べさせてもらう形になるのでは?

 

それって、俗にカップルがやるような…やばい、顔が赤くなってきた。

 

「…やっぱり妬けるわね」

 

「お似合いかもしれません」

 

「や、やめてくれ…」

 

茶化さないでくれ、俺達はそんな関係じゃないから…。

 

不意にネクロムにやられて落下した時に思い返したことを思い出した。

 

ちらりとゼノヴィアの横顔を見る。部長さん達の言葉にどこかまんざらでもない様子だ。

 

…もうちょっと、俺も素直になってみるか。

 

「…そう言えば、あなたに一つ訊きたいことがあったわ」

 

ふと思い出したように部長さんが、治療された今でも力なく倒れたままのディオドラに話を振る。

 

「『7つの仮面』とは何かしら?」

 

7つの仮面…?何のことだ?

 

皆の視線が、問われたディオドラに自然と集まった。

 

「…それは、アグレアスと同じ旧魔王の遺産さ。『神祖の七大罪』と呼ばれる悪魔たちが創り出した魔道具、僕たち旧魔王派の最優先事項、それが人間の抱える七つの大罪になぞらえた『神祖の仮面』だ」

 

質問に奴は淡々と答えた。

 

「『神祖の七大罪』?」

 

…初めて聞いたぞ。そんな中二感満載ワード。

 

七大罪と言えば、スペクターの最終形態『シンスペクター』を思い出す。あの眼魂もおそらくどこかに散ったと思うんだが、今は何処に…?

 

「かつて旧魔王時代に存在した7人の悪魔。四大魔王『傲慢』のルシファー、『色欲』のアスモデウス、『暴食』のベルゼブブ、『嫉妬』のレヴィアタン、さらに現番外の悪魔から『強欲』のマモン、『怠惰』のベルフェゴール。そして最後に…」

 

一拍置いて、その名を告げた。

 

「ルシファーも恐れた『那由他の災厄』と呼ばれし悪魔、『憤怒』のサタンだ」

 

「サタンだと?」

 

聞かない名だ、いや聞いたことはあるがそれは魔王を意味する言葉としてだ。悪魔の頂点に君臨する魔王、その中のトップたるルシファーすら恐れる悪魔がいたとは。

 

「今でこそ魔王を指すただの言葉だけど、過去にいたんだよ。サタンと言う名の悪魔がね。他の6人のように子孫を残すことなく、四大天使と戦って滅んだ悪魔さ。その戦いで、前ウリエルとラファエルは死んだ」

 

四大天使とやり合って2人を道連れにする強さ、そりゃルシファーも恐れるわけだ。

 

部長さんはさらに問い質す。

 

「それで、その仮面はどういう力を秘めているの?」

 

「単純な話、パワーアップアイテムさ。それを被るだけで魔王の力が手に入る。仮面に対応した魔王の能力を発揮できるらしい」

 

つまり、オーフィスの蛇のようなものか。あれは話に聞けば飲み込むことで効果を発揮するものだが、今度はかぶることで効果を発揮するのか。

 

「…でも、ただのパワーアップアイテムならオーフィスの蛇で十分では?」

 

朱乃さんの言う通りだ。魔王の作ったパワーアップアイテムと世界最強が作ったパワーアップアイテム。どっちが強いか、どっちが欲しいかなんて言うまでもなく世界最強の方を取るだろう。

 

…もしかしたら、重ね掛けして使うという考えかもしれないが。

 

「…そうだね、それだけならシャルバ達も僕もあそこまで欲しがらなかっただろう。間違いなくあれは今の悪魔社会を根底からひっくり返す。あの仮面の本当の価値は……」

 

そこまで言いかけた時、兵藤の足元がきらりと光る。足元の光はすぐに魔方陣へと変じ、その光量を増していく。

 

「イッセー離れて!」

 

それに危機を感じた部長さんが叫ぶが、一瞬反応が遅れた。

 

「イッセーさん!!」

 

アーシアさんが叫んで、寄ると兵藤をどんと突き飛ばした。次の瞬間、さっきまで兵藤がいた場所に光の柱が立ち昇り、兵藤の代わりにアーシアさんが光に飲まれる。

 

「アーシア!」

 

光が屹立すること数秒、それは消えた。飲み込まれたアーシアさんを残すことなく。

 

残された俺達はあまりにも急な出来事に呆然とする。

 

「アーシア…?」

 

「何が起こったんだ……」

 

「何…だと…」

 

「アーシア?おいアーシア!?どこに行ったんだよ!?」

 

突然すぎる出来事に衝撃を隠せない、理解が追い付かない。ハッピーエンドに向かおうとしていたこの場の雰囲気が一気に凍てついた。

 

辺りを見渡しても、どれだけ呼びかけてもアーシアさんはどこにもいないし、うんともすんとも言わない。ただ何もない静けさだけが、返ってくるのみ。

 

これは一体……どういうことなんだ?

 

「赤龍帝を消すつもりだったが、邪魔が入ったな。とはいえサプライズは上手くいったようだ。お気に召したかな、グレモリーの諸君」

 

そんなこの場に水を差すように、新たな男の声が聞こえた。

 

「誰だ!?」

 

声が聞こえた方へばっと振り向くと、宙に浮く男がいた。黒いマント、軽鎧を纏う茶髪の男の立ち振る舞いには上級悪魔らしい高貴さがあった。

 

「お初にお目にかかる。私はシャルバ・ベルゼブブ。旧魔王派を率いるリーダーにして、真なる魔王ベルゼブブの血を継ぐものだ」

 

男、シャルバは恭しく威厳のある言葉遣いで名乗る、自分がベルゼブブの血族であると。

 

「旧魔王派のリーダーだと…!」

 

「あのカテレアと同格なのは間違いないわね…」

 

ここまできて敵の大ボスのお出ましか…!レヴィアタン、ルシファーの次はベルゼブブ。戦闘は免れないだろう、だが激戦をようやく切り抜け、疲れ切った俺達の状態では…。

 

静かながらも突き刺すような敵意を秘めた視線が、部長さんを貫く。

 

「いきなりだがサーゼクスの妹君よ、貴公には死んでいただく。理由は言わずともわかるだろう」

 

「あなた…直接魔王様に決闘を挑まずこんな卑劣な手段に出るなんて、旧魔王の血族として誇りはないの!?」

 

「偉大なる前魔王が戦死されてすぐにクーデターを起こし、玉座を奪い取った盗人魔王の血族が誇りを謳うか。それに貴様らに『旧』魔王と呼ばれるのは甚だしく不快だな」

 

部長さんの言葉に背筋が凍るような恐ろしい憎悪を滾らせて奴は返す。

 

サーゼクスさん達を盗人呼ばわりか、旧魔王と現魔王の対立は相当深い物のようだ。特に旧魔王側のサーゼクスさん達に向ける憎しみは底知れない。あのカテレアも現レヴィアタンのセラフォルーさんに激しい憎悪を向けていた。

 

「それはともかくサーゼクス達は後回しだ。仮面の力を手に入れ、万全の状態で奴らを叩く。それまでに可能な限り敵の戦力を削っておきたいのだよ」

 

…仮面。こいつもディオドラが言ってた神祖の仮面とやらを狙っている。ただのパワーアップアイテムというだけでなく、どうやらそれ以上の価値がシャルバ達にはあるというが…。

 

ふと、シャルバの視線がディオドラに移る。

 

「シャルバ…」

 

「…情けない、実に情けないな、ディオドラ。魔王を目指す者が敵にほだされ涙を流すとは。おまけにいらぬことまでべらべら喋ってくれたな」

 

「…僕は、もう……」

 

「オーフィスの蛇を与え、あの娘の情報もくれてやった。なのにアガレスの試合で勝手に蛇を使い計画を狂わせ、挙句の果てにこのざまだ。貴公は勝手と無能が過ぎる」

 

深い失望を込めて、ディオドラに告げる。

 

「だが、彼奴等をここまで追いつめたことは評価しよう。お前を消した後、お前が求めた『神祖の暴食の仮面』は私が手に入れる」

 

マントを翻し、右腕をディオドラに向ける。そこには何かの装置のようなものが取り付けられていた。

 

「や、やめ…」

 

装置が光を放つ。するとディオドラの足元が光り魔方陣が出現し、そこに光の柱が高く屹立する。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

断末魔の悲鳴を上げ、ディオドラが光に消えていく。光がおさまると、さっきのアーシアさんと同じ様にディオドラが姿を消していた。

 

あの光、アーシアさんの時と同じ…ということはあいつが!

 

「お前…!アーシアとディオドラに何をしたんだ!!」

 

兵藤が叫ぶように問い詰める。

 

「アーシア…あの聖女か。彼女はこの装置の力で次元の狭間に飛ばした」

 

「次元の狭間…!?」

 

シャルバはさらりととんでもないことを何でもないかのように答えた。次元の狭間ってまさか、冥界に来た時に通ったあの空間か?

 

「あの空間では生物は活動できない。やがて無が彼女を飲み込み、跡形もなく消えてなくなる」

 

そして俺達に分かりやすく、もっとも聞きたくなかったことを付け加えた。

 

「つまり死んだ、ということだ」

 

「!!!」

 

残酷すぎる事実が、俺達の心に突き刺さる。激闘を征し、ようやく彼女を助け出せた俺達に訪れた唐突過ぎる、最悪の結末に心が折れそうだ。

 

「こんなこと…」

 

「そんな…」

 

突然すぎる仲間との死別に涙を抑えきれない者、奴の言葉に呆然と立ち尽くす者、反応は様々だ。

 

だが皆等しく、アーシアさんの死を悲しんでいる。俺だってそうだ、やっと名前で呼ぶようになり距離を縮めたと思った矢先にこれだ。辛いに決まっている。

 

何のために…俺は戦ってきたんだ。覚悟のを決め大切な人達を失いたくないと戦い抜いた先に、アーシアさんを失って悲嘆にくれる仲間の姿が結末として待ち受けていただなんて。今にも心がどうにかなってしまいそうだ。

 

「何、そう悲観することはない。私の力を以て貴公たちもすぐに後を追わせてやろう」

 

「お前!!」

 

怒りに震えるゼノヴィア。しかし彼女よりも先に前へ進み出たのは兵藤だった。

 

「…」

 

無言で、ややおぼつかない足取りでゆっくりとシャルバの下へ歩みを進める。

 

おかしい、不気味なほど静かだ。あいつがあんなことを聞かされたらブチぎれないはずがないのに。

 

そんな中光を発して、あいつの左腕に赤龍帝の籠手が出現した。

 

『リアス・グレモリーとその眷属たちよ、死にたくなければ今すぐこの場を去れ』

 

そこから籠手に宿る龍、ドライグの声が聞こえた。普段はシステム音声だけで俺達に話かけることは滅多にない。そんな彼が俺達に真剣な声色で、警告をした。

 

…何か、よくないことが起こるようだ。

 

そしてふと、歩みを止めた。

 

『お前はもう、超えてはならない一線を越えた』

 

刹那、赤い星が爆ぜた。超新星爆発と見まがうほどに眩く、とんでもない量の赤いオーラが兵藤の全身から迸る。

 

「あいつ…まだあんな力があったのか!?」

 

虚空に鬼火がともるように、籠手の宝玉と同じ緑色の光がぼうっと現れる。一つだけでない、あいつの周囲にいくつも、あいつを囲うように光がともった。

 

角度のせいで表情が見えない兵藤が、低い声で詠唱を開始する。

 

「我、目覚めるは―――」

 

『始まったよ』

 

『始まるのね』

 

どこからともなく声が聞こえてくる、老若男女問わず複数人の声だ。

 

声が兵藤と共に、初めて聞く詠唱を唱える。それと同時に、

 

この場にいる誰もが兵藤が起こす異様な現象に、意識を奪われている。

 

『覇の理を神より奪いし二天龍なり――』

 

『いつだってそうだ』

 

予備動作も2分間のカウントもなく、禁手の鎧が装着される。

 

『無限を嗤い、夢幻を憂う――』

 

『世界が求めるのは』

 

『世界が否定するのは』

 

赤いオーラに覆われた鎧が変化を起こし始めた。鎧がより鋭利で凶暴な形になり、より生物的な様に変わった。背部から爪のような異形の翼が大きくせり出し、そこに開けられたいくつもの空洞に周囲を漂う緑色の光が収まっていく。

 

『我、赤き龍の覇王と成りて――』

 

『いつだって力だ』

 

『いつだって愛だ』

 

胸部と両腕の籠手は肥大化し、尾と首も伸びて人の形は崩れ、よりドラゴンのフォルムに近づいた。

 

『『『『『汝を紅蓮の煉獄に沈めよう―――!!』』』』』

 

最後の詠唱は、バラバラだった声達と兵藤の声が重なって詠われた。

 

『何度でもお前たちは滅びを選択するのだな――ッ!!』

 

〔Juggernaut Drive!!〕

 

力に満ち満ちた音声、ようやくあいつの変身は完了した。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

刹那、大気が爆ぜたと錯覚せんばかりに咆哮という大爆音に震える。

 

その暴虐的なまでの猛々しさは聴覚的にだけではない、爆音に大気がびりびりと震えボロボロだった神殿の床を、柱をさらに砕き物理的にも視覚的にもその荒々しさを訴えてくる。

 

「く…なんて威力なんだ!?」

 

咆哮だけで吹き飛ばされそうな衝撃に、皆が両腕を交差させて踏ん張って耐え抜く。

 

あいつが纏ういつもの澄んだ赤いオーラがどろどろとした血のような色に変色し、地を叩いて手を地面に下ろし四つん這いになった。

 

しかし、さっきのジャガーノート・ドライブと言う音声。やはり…。

 

「まさかあれが先生の言ってた『覇龍』か…!」

 

「『覇龍』…!?」

 

今の現象が何なのか、知識を持たないゼノヴィアが俺に訊く。

 

「神器には魔獣や龍が封印された、封印系神器ってのがある。神滅具にもそれに分類されるものがあって、そういう神器が使える禁手とは違う奥の手だ」

 

夏休みの合宿で学んだ、先生が研究する神器の知識。そこで俺は神滅具を中心に多くの神器について学んだ。

 

全ての神器が至るという究極の領域、『禁手《バランス・ブレイク》』。その中でもごく一部の特殊な神器が持つさらに先の領域があると先生は言った。

 

「『覇龍』…赤龍帝の籠手と白龍皇の光翼だけが使えるそいつは、使用者の命を吸って死ぬまで暴れまくる暴走状態。今までの所有者もこれを発動させては色んな勢力に被害を出したって話だ」

 

「暴走状態…」

 

「イッセー……」

 

ただの力の化身と化した今の兵藤を、部長さんは憂う。だが既に暴走状態に入った兵藤は露程も気にしない。今のあいつにあるのは内から湯水のように湧き出る怒れる龍の力と、それによる破壊衝動だけだ。

 

まさか…こんなにも早く、こんな形で発動することになろうとは。

 

「GRRRRR……GAAAAAAAAAAA!!」

 

暴走した兵藤は雄々しく咆哮する。

 

そして暴走した龍は、己が抱える力を解き放たんと眼前に浮く旧魔王の血族へと襲い掛かった。

 




カテレアやコカビエルの過去も書いてみたらよかったかな。カテレアは完全に消滅したけどコカビエルは…。

次回、「覇龍の嘆き」

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