ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

72 / 196
頭が痛くなる例の回です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド(+)
7.ゴエモン(+)
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ(+)
13.フーディーニ




第64話 「覇龍の嘆き」

猛烈な速度を伴ってシャルバに突撃する、その身を龍に近づけた兵藤。

 

「ぬうん!?」

 

奴の反応速度が一瞬兵藤のスピードに遅れた。

 

ぶちっと嫌な音を立て、両者がすれ違う。

 

「……ッ」

 

体を横にそらし、反応が遅れながらも咄嗟に兵藤の突撃を躱しきれたかに見えたシャルバだったが、ぶしゃっと音を立てて傷口から夥しい量の鮮血が噴き出す。

 

「私の左腕を…!?おのれ!!」

 

あの刹那の内に、兵藤が兜が変形して出現した龍の顎でシャルバの左腕を食いちぎったのだ。赤い鎧が、ぬめりとした血に濡れさらに妖しい光沢を放つ。

 

激痛に顔を歪め左腕を一瞬で持っていかれたことに動揺するも、すぐにシャルバは残った右腕から魔力を撃ちだし、兵藤に攻撃を加える。

 

「GRRRR…」

 

幾度も赤い鎧に魔力を撃ちこまれる。鎧が爆ぜ、爆炎と光を上げる。だがそれを歯牙にもかけず、ドスンドスンと足音を立ててゆっくりと確実にシャルバの下へ進撃する。

 

「赤龍帝の『覇龍』…だがここで退く私ではなごぎゃっ!!」

 

シャルバの言葉に興味はないと話の途中で荒々しい腕の一振りがシャルバをさらい、野球のホームランのように吹き飛ばす。

 

弾丸のように飛んでいく奴は近くに建つ、隣の神殿の屋根にドゴンと大きな音を立てて激突し、その衝撃で屋根全体にヒビを入れた。

 

「がはっ!な、何なのだこの強さは!?オーフィスの蛇でパワーアップした私が手も足も出せないだと…!?」

 

強烈なダメージ、さっきの攻撃で鋭利な爪で腹を裂かれ、腹を真っ赤にしたシャルバが血反吐を吐く。

 

「GRRRR」

 

龍と化した兵藤が、顎に咥えたシャルバの腕を地面に吐きつけ勢いよく踏みつぶす。その際にはじけ飛んだ血が俺の頬にいくつかかかった。

 

「……ッ!!」

 

ゼノヴィアも、部長さんも、皆があいつの変貌っぷりに圧倒され、恐怖した。今のあいつは完全に我を失っている。もはや誰がどう見ても、今のあいつを怪物と呼ぶだろう。

 

兵藤の怒りの攻撃はそれでは終わらない。

 

〔Divide!Divide!〕

 

羽根や鎧に埋め込まれた宝玉が白い光を発する。すると向こうで呻く、蛇で強化されたというシャルバのオーラが小さくなり逆に今の状態でさえとてつもないパワーを発揮している兵藤のオーラがさらに高まる。

 

ヴァーリとの戦いで白龍皇の鎧の宝玉を奪った時に得た力だ。使用するには命を削るうえ、自由に発動できないと聞いたがもしかして今の状態なら自由に使えるのか?

 

「半減の力まで…ヴァーリめ、どこまでも私の邪魔を!!」

 

忌々し気にヴァーリへの恨みと血を吐く。

 

「だが……いくら『覇龍』といえども次元の狭間に送り込まれれば、無に飲まれて消滅するだろう!?」

 

にやりと笑うと、アーシアさんとディオドラを次元の狭間に飛ばしたという腕の装置を起動させ、猛る兵藤に向ける。

 

だがその装置が恐るべき効果を発揮することはなかった。腕が突き出されたまま装置ごと固まってしまったのだ。

 

「う、動けん!?」

 

まさかの事態にシャルバも目を見開く。装置を起動させることはおろか、腕を上げることも、引っ込めることもかなわない。

 

腕だけではない、両足も固められている。赤龍帝に相手の動きを封じるような力はなかったはずだが……。

 

「ぼ、僕の神器とリンクしている…?」

 

ギャスパー君の目が神器発動時と同じ輝きを放っている。距離が離れていて完全にシャルバはギャスパー君の停止を使える視界の範囲に収まっていないはず。

 

そうなれば、兵藤が停止の邪眼を…!?どうしてあいつがギャスパー君の停止の力を使えているんだ!?

 

俺の疑問に答えは返ってこない。代わりにもはや怪物とも呼べる兵藤は胸部を前面に突きだす。すると胸を覆う鎧がカシャカシャと変形を始め、やがて大きな砲口の形へと変わった。

 

「あれは何だ…?」

 

赤龍帝の鎧って、あんなロボットアニメめいた変化をするのか?

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

宝玉から壊れたように倍加発動を告げる音声が鳴りだす。ちかちかと何度も全身の宝玉が点滅を繰り返し、それに伴いどんどん空恐ろしいほどに胸部の砲口にオーラが収束し、圧縮に圧縮を重ねられる。

 

間違いなく、特大のやばい一撃が来る。

 

「皆、今すぐ退避よ!!」

 

これから来るだろう破壊を察知した朱乃さんの指示を出す。

 

兵藤の暴れっぷりに恐怖を覚えていた皆だったが数秒で何とか我に返り動き出した。

 

だがけがを治したとはいえ失血で指示を出した朱乃さんの足取りがおぼつかない。…こういう時こそ、あいつの出番だ。

 

「俺は飛べないが…皆を乗せる足ならある」

 

俺の言葉が合図になって、近くの瓦礫の山が内側から吹き飛ぶ。

 

「ギャウギャウ!」

 

瓦礫の山から姿を現したのは、キャプテンゴーストだった。船体から生えた怪腕で自信にかぶさる瓦礫を振り払ったのだ。

 

「皆、キャプテンゴーストに乗り込め…」

 

皆が頷き、急いでキャプテンゴーストの甲板に乗り込む。俺もゼノヴィアに肩を貸してもらいながらなんとかたどり着く。

 

「イッセー……」

 

退避に動く皆をよそに、部長さんだけはまだ呆然とした瞳で兵藤を見つめていた。アーシアさんを失い、怪物と化したあいつへのショックが大きいのはわかる。

 

「リアス!」

 

だが今は彼への思いにふけっている場合ではない。足取りが遅かった朱乃さんが手を掴み、無理やりにでもこちらに連れてくる。

 

「全員揃ったわ!」

 

「離脱する!!」

 

全員が乗ったのを確認してから船を徐々に離陸させる。そしてすぐさま船首を180度回転、船体を逆方向に向かせ一目散に離脱する。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

退避してもまだまだ音声と倍加は続いた。全身に埋め込まれた宝玉もそれに応じて点滅を繰り返す。そして繰り返されるそれは唐突に終わりを迎える。

 

〔Longuinus Smasher!〕

 

それは死刑宣告に等しかった。音声と同時に蓄えに蓄えたオーラを一挙に解放し、極太のビームのような赤いオーラを撃ちだした。とんでもない質量だ、今まで見たどの攻撃をも上回る威力なのが見て取れる。

 

大気を揺るがし、進行方向にある岩も神殿も一切合切を飲み込んで進む。

 

「おのれェェェ!!二天龍共めェェェェ!!」

 

シャルバも例外でなくそれに巻き込まれる。停止の力で動きを封じられて回避の手段を失ってしまい、あえなく凄まじい赤いオーラの奔流に飲まれた奴は絶叫を上げて、叩きつけられた神殿ごとやがてその身を消した。

 

「…倒した、の?」

 

旧魔王派のリーダー、シャルバ・ベルゼブブ。決して弱くない、むしろ強者の類に入る奴があっという間に蹂躙され、消された。そうなってしまうほどに今のあいつがとんでもないパワーを発揮している。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

ロンギヌス・スマッシャーなる大技を撃ち終えたあいつは天に向かって大きく吼えた。

 

それは勝利の勝鬨でもなく、ただ強大な力を振るうだけの化け物の嘆きにも似た叫びだった。

 

「あれが、赤龍帝の奥の手か……」

 

あまりの強さに、呆然とそんな言葉が出た。

 

極めれば神をも滅ぼす具現、それが神滅具だったか。その本領を俺は今、目の当たりにしている気がする。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

シャルバを打倒してなお、暴走は止まらない。力のままに、天に向かって吼え続ける。すると全身の宝玉が光を放ち、次々と光弾を辺りにまき散らすように撃ち始めた。

 

奴を中心に、次々と破壊の跡が生まれていく。

 

「…今の暴走したイッセー君とやり合うのは僕達じゃ無理だ」

 

「それ以前に、俺達じゃあいつを殺せない……殺すことなんてできない」

 

それは実力的な意味ではない。精神的な意味でだ。苦楽を共にし、笑いあった友達を殺すことなんて俺にはできない。オカ研の誰も、そんなことはできない。

 

それは俺の誓いを、力の責任を自ら否定するのと同じだ。そんなことをすれば、俺は取り返しのつかないことになってしまう。

 

「あ…しあ…あああAAAAAAAAAAA!!!」

 

やはり命を削って超パワーを生み出す覇龍の特性ゆえに、兵藤は苦しそうに吼える。だが本人には止めることができない、どうしようもないのだ。

 

そんな兵藤の様子から何かに気付いたのは、ゼノヴィアだった。

 

「今、アーシアって言ったぞ!」

 

「…やっぱりアーシア先輩の死が引き金になったんでしょうか」

 

「そうとしか考えられないな」

 

何しろ、アーシアさんは兵藤を庇う形で消えたのだ。単に彼女を失った悲しみ、怒りに加えて自分のせいでアーシアさんを死なせてしまった、レイナーレの時のようにまたアーシアさんを死なせてしまったという自責の念もあるだろう。

 

自我を失い、シャルバを倒してなお、あいつの悲しみは残ったまま終わらないのだ。

 

「あれが兵藤一誠の『覇龍』か」

 

そんな時、予兆もなく何もない宙に人一人通れそうな大きさの裂け目ができ、そこから銀髪の男が姿を現した。

 

忘れもしないその顔と声。かつてグリゴリに所属し、俺たちの目の前でアザゼル先生を裏切った二天龍の片割れ、白龍皇を持つ男。

 

「ヴァーリ…!」

 

突如としてこの場に現れたのは白龍皇ヴァーリ・ルシファーだった。皆が警戒心を露わにし、戦闘態勢に入る。もっとも今の俺では警戒はできても全く動くことはできないんだが。

 

「今戦うつもりはない。たまたま近くを寄ったので見に来ただけだ」

 

俺達の敵意を軽く流し、それだけ言って吼え続ける兵藤に視線を移す。

 

現れたのはヴァーリだけではなかった。開いたままの裂け目からさらに男たちが出でる。

 

「よぉ、推進大使さんよ。随分とボロボロじゃねえの、お?」

 

にやにやとこっちを見てくるのは猿の妖怪、孫悟空の美猴だ。

 

「…おちょくってくれるじゃないか。ケガ人は労るもんだぞ、カカロット」

 

「誰がカカロットだ!?」

 

「アーシア!?」

 

美猴とくだらないやり取りを交わしていると、ゼノヴィアが大きな声を上げて驚いた。

 

ヴァーリと美猴に追随して現れた金髪の美男子、彼が腕に抱えているのは次元の狭間に消されたはずのアーシアさんだった。

 

「次元の狭間を調査していたらたまたま見つけました。もう少しで無に飲まれ手遅れになるところでしたよ」

 

男は丁重に、ぐったりとしたアーシアさんを甲板に下ろしてやる。すぐさま部長さん達が集まってその容体を確認する。

 

「気絶してるだけで息はあるよ」

 

「よかった…アーシアぁ……」

 

安堵の表情を浮かべ、涙すら流して彼女は喜ぶ。

 

「ディオドラはどうした?」

 

アーシアさんと同様に次元の狭間に放逐された彼。恐らくこの近くの空間を漂っているとは思うんだが。

 

「ディオドラ・アスタロトですか…彼は見ませんでしたね」

 

「代わりに、巨大な鋼鉄の戦艦を見たがな」

 

「戦艦?」

 

「ああ、船体に『NOAH』と書かれた次元を航行する戦艦…ノアの箱舟か?ともかく、非常に興味深かったな」

 

ヴァーリはそう言って、深く口の端を笑ませる。

 

それって、もしかしなくてもレジスタンスの戦艦だよな。ポラリスさんたちもこの辺に来ているのか?

 

「…ていうか、あんた誰だ」

 

俺はさっきまでアーシアさんを抱えていた男に言う。美猴とヴァーリは知っているが、このイケメンは初見だ。少なくとも、塔城さんの姉である黒歌でないのは確かだが。

 

「おっと、自己紹介が遅れました。私、聖王剣コールブランドの使い手アーサー・ペンドラゴンと言います」

 

端麗な顔立ちだけでなく物腰のやわらかで丁寧さ、気品さに溢れるイケメンを絵にかいたような男だ。腰に携えている剣が聖王剣コールブランドか。まるで芸術品のような美しい装飾が施され、鞘に納められた状態でもその壮麗さが伝わってくる。

 

聖王剣と呼ばれる剣を使い、ヴァーリチームに所属するだけあって相当な手練れなのは間違いない。

 

ふとヴァーリが向こう、我を失い破壊を周囲にまき散らす兵藤に視線を戻した。

 

「オーラの禍々しさから見て完全に先代の残留思念に飲まれたな。それに、中途半端な状態で発動している。これが完全な発動で人間界や冥界で起きていれば、町の一つや二つじゃすまない被害になっていた」

 

「先代の残留思念…?」

 

「二天龍の神器には『覇龍』を発動して死んだ歴代所有者たちの思念が残っている。皆力と負の感情に溺れていて、とても手を出せるような物じゃない」

 

それって、呪いみたいなものじゃないか。使用者の生命を吸って力を発揮する『覇龍』の特性ゆえに起こった現象と言うべきか。今まで俺達の窮地を救ってきたあいつの神器に、そんな危険なものが隠されていたとは。

 

「先代たちの怨念とイッセー君のアーシアちゃんを失った悲しみと怒りが同調した、そんなところかしら」

 

「だろうな」

 

朱乃さんのヴァーリが話した情報を基にした推測にヴァーリは軽く頷いて見せた。

 

「イッセーを戻すことはできるの?」

 

真剣な表情で部長さんがヴァーリに訊いた。ヴァーリへの敵意はなく、今の彼女にあるのは純粋に兵藤を元に戻したいという思いだ。

 

「さてな。不完全な発動だから戻れる可能性はあるがこのままだと確実に命を削り切って死ぬ」

 

「なら、アーシアの無事を伝えることができれば…」

 

「無理だ、暴走した今の奴に襲われて死ぬぞ」

 

アーシアの無事を知って安堵し、希望を持ったゼノヴィアの考えは無謀だと断定される。

 

「お願い、イッセーを助けて。勝手な願いなのはわかってる」

 

「私からもお願いするわ」

 

真剣なまなざしで部長さんは覇龍を睨むヴァーリに頼み込む。そこに朱乃さんも加わる。

 

「…こいつは敵ですよ?」

 

和平会談の情報を敵に流してテロを起こし、ギャスパー君を危険な目に遭わせたのはこいつだ。挙句に兵藤の目の前で両親を殺すなんて言うような奴に助力を乞うなんて俺にはできない。

 

ヴァーリは彼女たちの思いを敵と言う理由ですぐに拒否するわけでもなく二人を無言で見つめ、一息ついて答えた。

 

「……俺も、赤白対決をしたいのでな。勝手に『覇龍』を発動して死なれては困る」

 

どこかツンデレ感あるヴァーリの返答に、皆安堵の表情を見せた。

 

……でも、俺だけは納得がいかなかった。しかし今のあいつを助けるには、それぐらいしか手がないのも分かっていた。言葉にしにくい、何とも言えない気分だ。

 

「古より、龍を沈めてきたのは『歌』だった…が、この状況では期待できないな」

 

歌、か…。俺はあいつを鎮められるような清い歌は歌えないぞ。せいぜいカラオケのノリくらいだ。仮にアーシアさんが目覚めても、彼女が歌えるのは讃美歌だし悪魔のあいつには逆にダメージになる。

 

「あるいは、何か彼の心を揺さぶるものがあればいいが」

 

「歌なら、あるわよぉぉ!!」

 

緊迫した状況に、元気のいい声が響き渡る。兵藤がいる方向とは逆方向から純白の翼をはためかせて甲板に現れたのは紫藤イリナさんだった。

 

何やら大きな機械を両手で抱えてきているが…。

 

「イリナ!」

 

「ミカエル様達も『覇龍』の発動を感じ取ったみたいで、私にこれを持っていくよう頼んだの!」

 

そう言ってどすんと甲板に機械を下ろした。確か、冥界でこれと似たような機械を見たことがある気もするが…。

 

「紫藤イリナ…ミカエルのAか」

 

「ってヴァーリ・ルシファー!?何で白龍皇がここに!?」

 

ヴァーリの存在に気付き、目を丸くする。奴は三大勢力に敵対する『禍の団』所属のテロリストだ。俺達と居合わせて、戦闘になっていないことに驚かないはずがない。

 

「今は戦うつもりはないらしいわ」

 

慌てる紫藤さんに部長さんが軽く説明を入れてあげた。

 

「そ、そう…とにかく、これは魔王ルシファー様とアザゼルさまが作った秘密兵器よ。きっと、今のイッセー君に効果抜群のはずです!」

 

「お兄様とアザゼルが?」

 

悪魔と堕天使のトップが共同開発か。特にアザゼル先生は神器に詳しい。あれだけの暴れっぷりを見せる覇龍も神器の力、きっとこの状況を打開する有効打になってくれるはずだ。

 

「リピート再生で行っちゃうね!ミュージック、スタート!」

 

快活な性格の紫藤さんらしく、腕をブンブン回してスイッチを押す。すると光を放ち、虚空に映像が投影された。

 

「……」

 

黒い画面が続くこと数秒、ふっと明るくなり映像が始まった。

 

『みーんなー!おっぱいドラゴン、はーじまーるよー!!』

 

『おっぱーい!!』

 

そこに映ったのはN〇Kの子供向け番組のようなセットで、禁手の鎧を纏って体操のお兄さんみたいなことを言う兵藤と、楽しそうな笑顔を浮かべるたくさんの子供たちの姿だった。

 

――――はい?

 

「えっ、ナニコレ?」

 

ぽかんと口を開け戸惑う俺達をよそに、いかにも幼児、子供向けの軽快な音楽が流れだす。それに合わせて映像の兵藤と子供たちも踊り始めた。

 

歌のパートに入ると、作詞作曲者を示すテロップ、歌詞も表示された。

 

えーっと、『おっぱいドラゴンのうた』。作詞、アザ☆ゼル。作曲、サーゼクス・ルシファー。ダンスの振り付け、セラフォルー・レヴィアたん。

 

なんていうタイトルだよ!!そのまんますぎるけど、おっぱいドラゴンというフレーズだけで破壊力抜群すぎるんだよ!!

 

「……いや待って、何やってんの!?アザゼル先生とサーゼクスさん、セラフォルーさんだよね!?どう見ても!!あんな個性的な名前、そうとしか思えねえよ!!先生は申し分程度に真ん中に☆を入れるな!!もうちょっと捻るか、サーゼクスさんみたいに潔くそのまんまにしろ!!」

 

「せ、先輩のツッコミが冴えわたりますね……」

 

あんたらトップの仕事ほっぽりだしてなんてもの作ってんの!?俺はこの状況にツッコまずにはいられなかった。

 

おっぱいドラゴンの歌、その歌詞は…何と言うか、作詞した人の頭がどうなっているか見てみたいと真剣に思うくらいの酷さだったとだけ、言っておく。

 

「……本当にこれが秘密兵器なのか?」

 

「わ、私はミカエル様達からはそうとしか……」

 

予想外過ぎる内容に、あのヴァーリですら戸惑っている。

 

ロンギヌス・スマッシャー、そして先から続いていた無差別破壊に崩れ去った神殿群、荒れ果てたフィールドに場違いも甚だしい明るい幼児向けの音楽と映像が流れる。

 

誰がこの光景を見てツッコミを入れずにいられるだろうか、いやいられない。

 

「お……お…ぱい」

 

「!?」

 

歌が流れてから突然咆哮と破壊をやめた兵藤が、呻きながら何かのフレーズを口にし始める。

 

「もみ…もみ……ちゅう」

 

歌詞だ。歌の歌詞を口にしながら、両手を虚空に伸ばして、何かを揉むような動作をしている。

 

「ずむずむ…いやーん……」

 

「き、効いてる…」

 

「もしかして、イッセー君の意識が戻ってきている…?」

 

本当に、あのふざけた歌があいつを呼び戻しているのか?

 

「…今だな」

 

〔Vanishing Dragon Balance Braker!〕

 

すぐさま禁手を発動させ、見惚れるような白い鎧を身にまとったヴァーリが飛び立つ。

 

それに気づいた兵藤が腕を振るって攻撃するが、歌の影響で鈍くなった動きのため易々と回避されヴァーリに軽く触れられる。

 

〔Divide!Divide!Divide!〕

 

光翼が輝きを放ち、『半減』の力が発動する。音声の度に荒ぶる兵藤のオーラが弱まっていく。

 

半減を発動させ終わると、白い光の尾を引いてすぐにこちらに戻って来た。

 

「リアス、やるなら今しかないわ。イッセー君にあなたの乳首を押させるの」

 

「!?」

 

と思っていたら、朱乃さんが真顔でとんでもないことを言いだした。

 

「はぁ!?朱乃、あなた何を!?」

 

「イッセー君はあなたの乳首を押して禁手になった、なら逆も然りよ。おっぱいを求め、おっぱいに生きるイッセー君にとってあなたのおっぱいは特別なモノのはず。白龍皇の力で弱まった今なら近づけるわ」

 

「すみません朱乃さん何言ってるかわからないです」

 

朱乃さんはぶっとんだことを確信めいた調子で語る。

 

もうだめだ、体もしんどいしこんな酷い話を聞かされて頭もしんどくなってきた。寝れるものなら寝たい、でもあいつが大爆音で鳴きまくるこんな状況で寝れるわけがない。

 

というか、もう俺みたいに朱乃さんも頭をやられてしまったかもしれない。そうか…皆、疲れているのか。

 

「私だってわからないわ、でもなぜか確信があるの。リアスの胸ならきっと…!」

 

「おっぱいって、あなたじゃダメなの…?」

 

「私じゃダメよ…悔しいけど、こういう役目ってリアスじゃなきゃ」

 

黒髪を撫でる朱乃さんがどこか悲しそうな表情で笑った。…これって朱乃さんも本当はやりたかったってことだよね?

 

というか、乳首で覇龍を解除するってどういうことだよ。まじで何をどう考えればそう言う発想に…。

 

「酷い会話ですね」

 

「やー面白すぎて腹痛ぇわー!」

 

「……」

 

やれやれと眼鏡をくいっと上げるアーサー、げらげらと面白おかしく笑う。ヴァーリに至ってはもう関わりたいといわんばかりに視線をそらしてくる。

 

誰も止めてくれない、というか止められない。みんながその作戦を進める方に話が進んでいる。

 

俺の心労を代弁するようにぎゅるると俺の腹が痛々しく唸った。

 

「ごめん塔城さん、胃が痛くなってきた…」

 

「後でバファ〇ン出しておきますね」

 

「頼んだ…」

 

やっぱ頭痛も腹痛もバ〇リンだよな…。

 

「……わかったわ、イッセーのためなら」

 

深く息を吐いて、覚悟を決めた瞳で朱乃さんの説得についに部長さんは頷いた。悪魔の翼をばさりと広げると、船を離れて兵藤の下へ飛び立つ。

 

俺達はそれをただ見守る。狂った作戦だが、今の俺達にできることは半信半疑ながらもそれに賭けることぐらいしかない。

 

翼を広げて兵藤に近づく部長さん、やがて降り立つと一歩一歩距離を縮めていく。

 

兵藤は頭を抱えて苦しそうに唸るばかりで、気付く様子もない。

 

やがて至近距離に達するとそっと、禍々しさすら感じるオーラを恐れることなく上着を脱ぎ、惜しむことなく上半身を晒す。

 

遠くで見えないが、かなり大きなマシュマロなのはわかるぞ。真正面という特等席で見れるあいつがちょっと羨ましいな。

 

ってブラジャーを脱いだ!?ピンクだ!いや、違う、本当にやるのか?

 

「戻ってきて、イッセー」

 

呻く兵藤も、眼前に現れたおっぱいに気付いた。のそりのそりとした足取りで近づき、すぐ目の前にあるおっぱいに手を伸ばした。

 

「おっぱい……ずむずむいやーん……」

 

両手から生える鋭利な爪が引っ込む。目と鼻の先までに近づいたそれを大胆に掴み、もにゅっと揉んだ。

 

「…あっ」

 

熱っぽい声を漏らす。

 

それが引き金となり、赤い光がパッと弾けた。そして光の中から元の兵藤が姿を現した。

 

前のめりに倒れる兵藤は、豊満な胸を晒す部長さんに受け止められるかたちになった。

 

「本当に戻ったァァァァ!!?」

 

眼が飛び出るくらいに、作戦が成功したことに俺は驚いた。

 

え、あ、え?本当に成功したの?あの頭のおかしい作戦が!?嘘だ、嘘だといってよバーニィ!!いいのか、本当に俺らはこれでいいのかァ!?

 

「イッセー先輩!!」

 

作戦の成功に皆が破顔し歓喜の声を上げる。

 

「…やっぱりイッセー君はおっぱいドラゴンだよ」

 

隣で呟いた木場の独り言が、妙に印象に残ってしまった。お前だけはまともだと思っていたのにィ……!!

 

「リアス・グレモリーの胸は奴の制御スイッチなのか?」

 

「制御スイッチって、そんな言い方ないだろ!」

 

まさかの解除に困惑するヴァーリの感想に、美猴は面白おかしそうに突っ込む。

 

ぶ、部長さんの胸は…制御スイッチ…あ、兵藤が戻った…まだおっぱいドラゴンの歌が鳴ってる、リピートされてる。

 

おっぱい…制御スイッチ…乳首…覇龍を解除…ずむずむいやーん…あは、あひぇ。

 

暴走が終わってもなおリピート再生されるおっぱいドラゴンの歌、耳に絶えず流れ込む強烈すぎるフレーズ、緊張が抜けた反動、視覚から飛び込んでくるぶっ飛び過ぎた怒涛の展開。

 

それらが次から次へと俺の精神に強烈な一打を残していき、とうとう耐えかねた俺の精神の何かが頭の中で吹っ飛んだような気がした。

 

「あはっ、もうどうにでなーれ!」

 

変な笑いと変な言葉が口から出た。

 

「見てよ皆。綺麗な空だ…鳥が飛んでるよ。あれ、空って紫色だったっけ?いや、青だったもんな…てことはここは地獄かなー?それとも天国かなー?いや、どっちにしたって俺は死んでるってことだよね」

 

「悠が完全に壊れたぞ!?」

 

「度重なる戦闘ダメージと追い打ちをかける精神的ダメージが…!」

 

「さすがにこれは仙術でもどうにもできませんね」

 

「うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!何だこの光景!面白すぎるぜェ!!わ、笑い死ぬぅ!!」

 

馬鹿笑いする美猴、別の意味で暴走を始めた俺、それを止める皆。

 

おっぱいドラゴンの歌から始まった混沌は、覇龍が解除された後もしばし続いた。




もしかしたら悠が先代白龍皇達の「赤龍帝被害者の会」に入る展開もあるかもしれない。というか今後次第では下手をすればドライグと一緒に薬+カウンセリングコース行きの可能性も…。

次回、「夢幻の真龍」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。