ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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型月型月って何のことかと思っていたら、タイプムーンのことかとようやく気付いた今日この頃。

軽く今後の予定を載せておきます。

ホーリー編最終話
外伝(ル・シエル)
ラグナロク編(物語のターニングポイント、長くなる可能性大)
外伝(内容は未定)
設定集更新(大幅な更新になる予定)
新章に向けてドキレディで各勢力についておさらい



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



第65話 「夢幻の真龍」

「…はっ」

 

それは帰還だった。睡眠時に感じる闇からの帰還でもなく、気絶の時のようなものでもない。まるで魂が一時的に抜けていたかのような…言葉にし難いがそんな感じだ。

 

「悠が正気に戻った!」

 

「ちゃんと戻ってこれたんだね…」

 

俺の周りでゼノヴィア達が安堵の息を吐いている。…どういう状況だ?俺が正気に戻った?正気に戻ったのは兵藤の方じゃないのか?

 

「あれ、何か、記憶が飛んでるんだけど…」

 

兵藤のジャガーノートドライブが解除されてからさっきまでの前後の記憶がおぼつかない。特についさっきまでの記憶は完全に途切れており、思い出そうとするといやに頭痛が走る。

 

記憶が飛んでいる…つまり、時間が飛んでいる…?もしかして、これがキングクリムゾンか?

 

というかいつの間に船を降りてさっきまで兵藤が暴れていた神殿の跡地にいる。兵藤の暴走がおさまったから皆であいつの下に移動したようだ。

 

「そ、そうか…何も思い出さない方がいいぞ」

 

「きっとストレスが溜まってたんだと思います」

 

「?」

 

何やら皆、引きつった笑みで思い出すな思い出すなと言ってくるが…飛んだ記憶の中でまずいことでもあったのか?

 

「紀伊国、お前も辛かったんだなぁ……ごめんな」

 

皆に混じって涙ながらに兵藤が俺に謝罪してくる。…って、兵藤?

 

「兵藤!お前、もう大丈夫なのか?」

 

「ああ、今はこの通りピンピンしてるぜ!アーシアもな!」

 

元気さを示すように、笑顔でどんと胸を叩く。まるでさっきまで命を削って『覇龍』で暴走していたのが嘘のようだ。

 

その隣でアーシアさんがいつものように心が癒されるような笑顔をこっちに向けてくる。

 

「全員お目覚めか」

 

ヴァーリと俺の視線が合う。するとヴァーリの表情が次第に変化していく、まるで可哀そうなものを見るようなものへと。

 

…俺、そんなまずいことした?

 

「ヴァーリ…今回は世話になっちまったみたいだな」

 

「『覇龍』で勝手に死なれては困るからな…余計だったか?」

 

「いいや、そうでもねえよ」

 

二天龍と呼ばれる者同士で、兵藤とヴァーリが言葉を交わす。しかし礼を言う兵藤の表情はうかない。

 

助けられはしたが、兵藤にとっては敵だし、なにより両親の殺害を目の前で提案されたりとあまりいい感情は持っていないはずだ。

 

「それよりもだ、そろそろ来るぞ」

 

真剣な表情で、ヴァーリが向こうの空を見る。特に向こうには変わった様子は何もないが…。

 

「来る?何が?」

 

「まあ見ていろ、滅多に拝めん者だ。一生の思い出にもなるかもな」

 

その時、空に大きな裂け目が生まれる。裂け目の向こうには冥界行きの列車で見た空間と同じ世界が広がっている。間違いなくあそこに次元の狭間は通じている。ヴァーリたちが出てきたものとは比べ物にならない大きさだ。

 

そしてさらにそこから途方もない大きさの生物がゆっくりと姿を現した。

 

「ど…ドラゴン?」

 

あのトカゲらしさのあるフォルム、とげとげしい鱗は間違いなく龍だ。

 

王道を行く西洋のフォルムのドラゴン。頭には幾つものその偉大さを示す角が生えており、全身を覆う鱗は兵藤の鎧と同じ赤で、空を覆いつくさんばかりに大きな翼がある。

 

「で、でけぇ……」

 

皆が赤い巨体に圧倒され、ただただ息を呑む。タンニーンさんよりもはるかに巨大だ、こんなにデカい生物は見たことがない。

 

「この世に『赤い龍』と呼ばれるドラゴンは2匹いる。一匹はお前の神器に宿るウェールズの古の龍…赤龍帝ドライグ。そしてもう一匹があれだ」

 

「二匹の…赤い龍」

 

「『真なる赤龍神帝《アポカリュプス・ドラゴン》グレートレッド』。黙示録に記されし真龍とも呼ばれる龍の中の龍、『D×D《ドラゴン・オブ・ドラゴン》』だ。次元の狭間を住処とし、悠久の時をそこで過ごしているといわれている」

 

「グレートレッド…」

 

偉大なる赤、か。それに龍の中の龍ね。それに赤龍神帝って、まるで赤龍帝の進化版みたいな名前だな。もしかして、二天龍と同じ様に白龍神皇グレートホワイトなんて呼ばれるドラゴンもいたりするのか?

 

「次元の狭間に?何であんなとこに?」

 

「さあな。諸説あるがそれは本人に聞いてみないとわからない」

 

まああれだけの大きさの生物だ。次元の狭間ぐらいしか落ち着けるような住処はないのかもな。あそこなら誰も来ないし。列車は通るけどな、あと戦艦も。

 

「今回の俺達の目的はあれを見ることだ。シャルバの作戦はあくまでおまけでしかない」

 

おまけにしては大規模すぎるし、各勢力にかけ、あるいはかけるかもしれなかった迷惑のレベルが半端なさすぎるんだが。下手すれば俺達を含めたVIPも全滅するかもしれなかったし。

 

「俺はいつの日かあれを倒し、『真なる白龍神皇』になる。それが俺の夢だ。赤の最上位がいて、白だけないのは面白くないからな。だから、俺がなる」

 

あの宙を泳ぐ巨大な龍を、ヴァーリは真剣に見つめる。赤き偉大な龍を映す鋭い瞳には戦士としての闘志が、夢を追う者の輝きが宿っていた。

 

…こいつにも、夢があるんだな。テロリストにも、夢が。だが俺には…。

 

「グレートレッド、久しい」

 

ひとりでにネガティブな思考に沈もうとした矢先、知らない少女がヴァーリの傍らにいた。その出現は音もなく、気配もなく、誰もそれまで気づく者はいなかった。

 

長い濡れ羽色の髪を垂らすゴスロリの少女。全開にした胸の大事な所はバツ印のシール?で隠されており、今の凛のように感情に乏しいように感じる顔立ちだ。

 

「…この場にいるってことは、一般人じゃないな」

 

「彼女こそ『無限の龍神《ウロボロス・ドラゴン》オーフィス』。『禍の団』のボスであり、神をも超える世界最強の龍だよ」

 

「えええ!!?」

 

完全に不意を突かれる形で出現した俺達が敵対する組織の首領、驚かないはずがない。

 

皆驚きはしたが、流石にさっきの一連の流れで精神的にへとへとになってしまったのもあって警戒のオーラは出せなかった。

 

出したとしても、俺達が束になっても世界最強と言われるドラゴンに勝てるはずはないが。

 

しかしこいつが『禍の団』のボスか…?なんか、俺の想像してた悪の組織のボスというイメージとかけ離れていて拍子抜けした感じがするが。

 

そんな俺達を気にも留めず、雄大に宙を泳ぐグレートレッドにその小さな手で銃の形を作って向けた。

 

「我はいつか必ず、静寂を手にする」

 

…静寂だと?あんな各地でドンパチテロを起こして、静寂とは程遠い混乱を生み出す奴が?

 

そんな俺の疑問を代弁するように、兵藤が前に出た。

 

「…オーフィス。お前の目的は何なんだ?」

 

「…赤龍帝、ドライグ」

 

兵藤に目線を移すとぽつりと漏らした。同じドラゴンだからか知ってはいるのか。

 

そして再び、グレートレッドに視線を戻した。

 

「我、グレートレッドを倒す。そして次元の狭間に帰り、静寂を得る。それだけ」

 

…たった、それだけ?俺はシャルバみたいな連中を率いているからてっきり世界征服とか、そういう類のものだと思っていたが。

 

だがそれを聞いて得心したことがある。

 

「…だから、『禍の団』に入ったのか」

 

ヴァーリに視線をやる。奴はああと頷いて答えた。

 

「静寂はさておき、俺とオーフィスの目的は一致しているのでね。強者との戦いも勿論だが、俺が一番戦いたい相手があれだからな」

 

世界最強のオーフィスと神に喧嘩を売った白龍皇が手を組むか。でもあれだけの大きさで大仰な二つ名を持つ龍だ、例え白龍皇の覇龍を使っても相当骨が折れる相手だと思うが。

 

「すまん、遅くなった!」

 

黒い翼を羽ばたかせてこの場に降り立ったのはアザゼル先生。目立つ傷もなく、無事にあの混戦極まる戦場を切り抜けてここまで来たようだ。

 

「お、イッセー!無事に戻れたんだな!秘密兵器が役立ったわけだ!」

 

「はい!」

 

先生は俺達と共にいる兵藤の姿を認めると、嬉しそうに口の端を笑ませる。

 

そんな彼の出現に反応したのはヴァーリも同じだった。

 

「アザゼルか、久しいな」

 

「何だお前もいたのか…育ての親としちゃ、あまりやんちゃして欲しくないんだがなぁ」

 

「悪いが、俺は自由に生きる。それが白龍皇というドラゴンとして相応しい生き方だと思っているからな」

 

「…そうかよ」

 

悪びれる様子もなくふっと笑って腕を組むヴァーリ。そんな彼にアザゼル先生は寂しそうな表情を一瞬見せると、オーフィスと向かい合う。

 

「この場に現れた旧魔王派の連中はすべて降伏及び退却した。残る旧魔王派の勢力はアスモデウスだけ、旧魔王派は半壊したも同然だ」

 

「そう」

 

自分の仲間の状況を聞くが素っ気なく返す。反応から見るにオーフィスには奴らとの仲間意識はないようだ。

 

「我、帰る」

 

ふとオーフィスは立ち上がる。瓦礫の散らばる地面をペタペタと歩き、突然俺の方へ振り向くとまじまじと見つめてくる。

 

「…人間、懐かしい気配がする」

 

「それはどういう…?」

 

何気なく呟かれた謎めいた言葉、それに対する俺の疑問に答えることなくオーフィスは元からそこにいなかったかのようにいつの間にか姿を消した。

 

「俺達も退散するとしよう」

 

それに続くようにヴァーリチームも動く。アーサーがコールブランドを鞘から抜き放って掲げ何もない宙に振り下ろすと、現れた時と同じ様な裂け目は生まれた。

 

あの聖剣には空間を斬る能力があるのか?それとも、アーサー自身の能力か?

 

踵を返して裂け目の中へと歩みを進めようとしたヴァーリたちだったが、ふと何かを思い出したかのように歩みを止め振り返った。

 

「兵藤一誠…俺を倒したいか?」

 

唐突な問いに一瞬びっくりするが、すぐに訊かれた兵藤は返答をよこす。

 

「倒したいさ。けど…木場も、匙も、俺には越えたい奴がたくさんいる」

 

おい待て兵藤、大事な人を忘れていないか?

 

「俺は?」

 

「お前は…そうでもないかも」

 

兵藤の返答に俺はちょっぴりショックを受けた。

 

そうかよ、俺は壁じゃねえのかよ。…でも匙はレーティングゲームでぶつかることがあるし、木場は同じ眷属内でライバル意識はあるだろうな。

 

俺は…言われてみれば別にゲームで戦う訳でも、特にライバル意識を持たれるような関係ではないな。むしろ肩を並べて戦う戦友のような感じか?

 

「そうか、俺も同じだ。俺にも戦いたい強者が…知りたい世界の謎がたくさんある。おかしいな、赤龍帝と白龍皇、因縁よりも戦いたい相手、大切な目標があるなんてな」

 

「でもいつかは決着をつける」

 

「そうだ、それまでもっと強くなれよ。…赤龍帝、兵藤一誠」

 

不敵で満足げな笑みを残して、今度こそヴァーリは裂け目に消えていく。

 

「じゃーな、おっぱいドラゴン、スイッチ姫!」

 

「スイッ!?」

 

去り際のセリフに、部長さんが顔を真っ赤にする。

 

「聖魔剣の木場裕斗君、デュランダルのゼノヴィアさん。いずれあなたたちとも聖剣使いとして相まみえたいものですね」

 

爽やかではあるが、どこかヴァーリと同じ様なぎらつく笑みを見せてからアーサーは踵を返す。

 

アーサーのセリフを最後に、3人は空間の裂け目へと歩みを進めついには消えた。

 

ヴァーリチームもオーフィスも消え、この場には俺達オカ研メンバーだけが残された。

 

俺はふと思ったことをアザゼル先生にぶつけてみる。

 

「…先生、グレートレッドを何とかすれば、オーフィスは『禍の団』を解散してくれるんじゃないんですか?」

 

「馬鹿野郎。グレートレッドは戦うことはないが、実際に戦った時の戦闘力はオーフィスレベルかそれ以上と推測されている。まず俺はおろか神ですら束になってもどうしようもねえし、仮にオーフィスがあれと本気でやりあったら間違いなく世界が消えてなくなるぜ」

 

「い!?」

 

俺のアイデアを先生はため息を吐いて否定した。

 

…あれ、そんなやべぇやつだったのか。道理で世界最強と言われるオーフィスがすぐに倒さないわけだ。

 

「アザゼル…あなたいつの間にあんな歌を?」

 

俺の次に部長さんが呆れ気味にさっきの歌について訊いた。

 

あの歌…思い出しただけでもちょっと頭が痛くなってくる。歌を聞いて頭が痛くなるとか、こんなこと初めてだ。

 

「サーゼクスからオファーが来てな、ノリノリなのは俺やセラフォルーだけじゃなかったんだぜ?」

 

アザゼル先生は苦笑気味に答える。残る二人の魔王、ベルゼブブとアスモデウスはせめてまともだといいな…。

 

「それはともかく、よく生き残ってくれた。面と向かって言わせてくれ。…お前らを囮にするような真似をして本当に悪かった」

 

普段のような腹の読めない自由奔放さのない真剣な表情で先生は謝罪の言葉を告げる。

 

禍の団を一気に叩くためとはいえ、先生は部長さん達グレモリー眷属をわざわざ回避できるはずの危険に晒した。

 

それくらいは言ってもらわないと、表の日常も裏の異形界でも今後も続く俺達との関係に響くし先生自身ももやもやしたものが残るだろう。

 

部長さんも兵藤も皆、いつもとは違って至って真面目なアザゼル先生に驚きながらも、謝罪を責めることもなく素直に受け入れた。

 

「イッセー、特にお前はすげえよ。覇龍を発動して生き残った奴なんて数えるぐらいしかいないんだぜ?」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ、やっぱり今までの赤龍帝とは違う何かをお前さんは持ってる。まあ、ひと段落着いたら神器を見せてくれや。覇龍の覚醒で変化が起こってるかもしれないからな」

 

そう言う先生は楽しそうな顔をしている。あ、これは多分神器マニアとして早く兵藤の神器を調べたいんだな。

 

「お前たちは先に帰っていいぞ、後始末は大人に任せろ」

 

「私は残るわ。お兄様に報告したいことが色々あるから」

 

サーゼクスさんに報告したいことと言えば、仮面か。旧魔王派が狙っている前魔王達の遺産。もしかしたら、調べれば詳細が色々出てくるかもしれないな。

 

それに凛の言う特異点とやらもだろう。アレに関しては、兵藤がそうと呼ばれる存在以外は全く分からないし本人も全く知らない。

 

話も終わると、すぐに部長さんとアザゼル先生が翼を羽ばたかせて飛び立っていく。二人には二人の仕事がまだ残っている。

 

二人を見送るようにその後ろ姿を暫し眺めていると、兵藤が動き出した。

 

「じゃあ、帰ろう、アーシア。父さんと母さんの下に」

 

兵藤はアーシアさんに手を差し出す。今度こそ離さないと。

 

「はい!」

 

アーシアさんは今度こそ離れないと手をつなぐと、とびっきりの笑顔を見せた。

 

「さて、私たちも帰りましょう」

 

「僕はもうへとへとですぅ…」

 

「録画したアニメがやっと見れます」

 

その言葉を機に、俺達もようやく日常の雰囲気へと戻り始める。

 

アーシアさんが捕まって次元の狭間に飛ばされた、兵藤が暴走した、そして俺の記憶が飛んだ。色々大変なことがあったが、何とか無事に全員揃った。これでまた、俺達はあの日常へと戻れる。

 

帰るべき日常への帰還へと、俺達は歩み始める。

 

そして兵藤はふらりと力なく倒れた。

 

 

 

 

 

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冥界の旧ベルゼブブ領に存在する旧魔王派のアジト、そこには先の戦いから転移魔方陣を使って逃れてきた旧魔王派の構成員たちが流れ込んできていた。

 

皆負傷しており、救護班をフル稼働してケガ人の対処に当たっている。その様子を、険しい顔つきでシャルバ・ベルゼブブに次ぐリーダー格であるクルゼレイ・アスモデウスは腕組んで見ていた。

 

「この様子だと、私が出ても同じ結果になっただろう…全てあの女の言う通りに事が運んだな」

 

当初の計画では、クルゼレイも参加する予定だった。しかしそこへ謎の女クレプスが神祖の仮面の情報を持ち込んだことで状況は変わった。

 

クルゼレイとシャルバは相談し、既に練られていた作戦の実行をシャルバ、そして仮面にふさわしい使い手の交渉をクルゼレイが請け負うことに決めた。

 

そして来るべくして来た作戦決行の日、その結果はこのありさまだ。大量の犠牲者を出し、アーシア・アルジェントの回復の力を逆手に取る英雄派と共同で組み上げた結界もおしゃか、シャルバとは連絡が取れない。ものの見事に作戦は失敗した。

 

「…」

 

今後についてあれこれ思案しているうちに、再び転移魔方陣が開く。また傷を負って泣き言を言う構成員かと思いきや。

 

「クレプスか。それと…シャルバ!?」

 

「シャルバ様!?」

 

両腕を失い、力なくうなだれるシャルバを肩に担ぐ黒い女、クレプスだった。

 

彼女もパートナーであるル・シエルと共に作戦に参加したが、彼女とル・シエルだけは期を見計らって自由に撤退するよう要請されていた。

 

仮面について知識を持つ彼女と、その彼女が重要視する天王寺大和ことル・シエルの存在は旧魔王派にとって特に重要なものだ。

 

彼女が担ぐシャルバの痛々しい姿に、構成員たちが驚いた。

 

「早く手当なさい、そうしないと手遅れになるわ」

 

「おい急いでシャルバ様を運べ!」

 

いち早く我に返った構成員たちがすぐに用意した担架に乗せられ、シャルバは緊急治療室に運ばれていった。運ばれていく彼をクルゼレイは心配げに見て、クレプスに話しかけた。

 

「…クレプス、お前はこの結末を見透かしていてあえて私に作戦に参加せず『仮面』の捜索に専念するよう助言したのか?」

 

「今回の作戦であなたまでやられてしまっては、誰がこの旧魔王派を指揮し前魔王の威光を冥界に取り戻すというのです?」

 

クレプスとしても、クルゼレイまで失い仮面の捜索の足掛かりにする旧魔王派が瓦解しては困る。だから前もってクルゼレイに働きかけ、シャルバと相談するように持ち込んだのだ。

 

クルゼレイをまるで世界を危機から救う勇者のように崇めるようなクレプスの耳障りの良い言い回しが彼のアスモデウスとしてのプライドをくすぐる。

 

「そうか…そうだな。だが、かなりの戦力を削られてしまった。俺のアスモデウス側の軍勢が残ってはいるが、それても今回の一件で『禍の団』での力はかなり落ちる」

 

「しかし逆に言えば、『禍の団』一の勢力を誇っていた我々の衰退を機に『英雄派』が活動を活発にします。彼らが表立って行動し始め、敵勢力の注意を引いてくれるでしょう」

 

神器持ちの人間や、歴史に名を残した者の子孫たちが集う派閥、それが『英雄派』。彼らは己の力を高めんと神器研究や異形の研究に余念がない。

 

これまでのテロ活動は旧魔王派が中心だったが、今回の弱体化を機に次第に英雄派が動きを見せ始めていくだろう。

 

「…ところで、交渉の方はいかほどに?」

 

クレプスは訊ねる。

 

シャルバ達がディオドラと手を組みアーシア・アルジェントを利用した作戦を展開している間、クルゼレイは冥界の某所を訪ねていた。

 

彼が旧魔王派に引き入れんと交渉をかけた相手はあの白龍皇の祖父、そして前ルシファーの息子という、最も前ルシファーと近しい血縁関係を持つ『超越者』の中にも含まれる男だった。

 

「ダメだな、やはり今の奴は抜け殻だ。仮面の情報を提供し、一応の興味を示したがそれでも奴を動かすには足りない」クルゼレイはその交渉の様子を思い出し、苦い顔で首を横に振った。

 

懸命にクルゼレイは仮面を得て共に前魔王の世を取り戻そうと訴えた。しかし交渉相手は気怠そうにソファーに寝転がり、行儀悪く資料を読んでふーんと声を漏らしてはまたワインを呷る。

 

そして挙句の果てに、仮面の資料をポイ捨てするような感覚でクルゼレイに投げ渡した。

 

傲慢の悪魔のあまりの怠惰っぷりに、偉大なるルシファーの血を引く者の情けなさっぷりにクルゼレイは呆れてものが言えなくなりかけたことも交渉中に何度もあった。

 

「もう奴は魔王の座に興味はない。かといって、ヴァーリに仮面の情報を与えるのも癪だ」

 

思い出すだけでも頭が痛くなる光景を思い出し、ため息を吐いてクルゼレイは首を振った。

 

「…ルシファーがいなくとも、サタンがいればどうにでもできます」

 

「サタンか…だが奴の血族はいない。誰に『神祖の憤怒の仮面』を与えるのだ?」

 

「それについては心配ご無用です」

 

「?」

 

クルゼレイの懸念に、クレプスは意味深に微笑む。

 

「…まあいい、以前から交渉を進めているマモンとベルフェゴールも乗り気でない。今回の件で交渉の難航は確実、やはり実物がなければ状況は動かないか」

 

「なら、当面は仮面の捜索に注力すべきかと」

 

「お前の言う通りだな。『禍の団』ナンバー1派閥の座、今は英雄派に預けることにしよう。交渉に使っていた人材も仮面の捜索に回しておく」

 

アスモデウスの末裔として、シャルバの負傷でこれから率いていかなければならない旧魔王派、そのリーダーとして堂々と威厳を持ってクルゼレイは告げる。

 

「クレプス、一刻も早くル・シエルと共に7つの仮面を見つけるのだ。全ては前魔王のために」

 

「はっ。仰せのままに」

 

恭しく跪き、一礼してからクレプスはこの場を後にする。

 

「……やはり、シャルバよりは使えそうね」

 

去り際、背を向けて暗闇へと消えていく彼女の冷たい呟きがクルゼレイの耳に届くことはなかった。




いよいよホーリー編も次回でラストです。

最近はガンガン筆が乗ってますので遅くとも来月の頭にはラグナロク編へいきます。

次回、「体育館裏のホーリー」

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