ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼   作:バルバトス諸島

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ちょこっとポラリスがこの世界に来た時期について曖昧だった設定を変更しました。ヴァンパイア編の外伝にあるかと。

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第69話 「目覚める影」

俺が炎使いと戦っている間、部長さんが影使い攻略の糸口を見つけようとしていた。

 

『イッセー、裕斗。影について試したいことがあるわ、私の指示に従って頂戴』

 

「はい!」

 

耳に仕込んだ小さな通信魔方陣から聞こえる部長さんの指示を受けて二人が動く。

 

『イッセーは戦闘員を抑えたまま、裕斗は影使いを攻撃して』

 

指示を受けるや否や、『騎士』のスピードで即座に影使いに詰め寄り刃を振るう。しかし当然の如く伸びる影に吸い込まれてしまう。

 

吸いこまれた聖魔剣の刃は、兵藤が相手にする戦闘員の足元の影から元気よく顔を出す。

 

「おっと!」

 

これを手慣れた様子で回避する。アスタロト戦以来木場との手合わせを重ねてきた兵藤には容易に剣筋が読めるようだ。

 

『聖魔剣が出た影にドラゴンショットを撃って!』

 

「は、はい!」

 

躱して間もなく飛ぶ指示。言われた通り、聖魔剣が出現した影にドラゴンショットを放つ。能力で支配された影は突っ込んできたドラゴンショットをそのまま飲み込んだ。

 

『裕斗、その影は向こうのと繋がってる。ドラゴンショットが出てくるわ、その前に影の中のドラゴンショットを切り裂いて!』

 

「!そうか」

 

何かに気付いた木場が再び剣を振るい、聖なる力と魔の力が入り混じる刃が前回と同じように影に飲まれる。

 

「ごはぁっ!?」

 

その瞬間、影使いの男が血を吐いて吹き飛んだ。見えない何かに吹き飛ばされたようで、強力だったのかサングラスが割れて腹も痛々しく鮮血に染めて地に倒れ伏している。

 

「えっ、これは…!?」

 

兵藤も俺も、まさかの現象に驚いた。あんなに厄介だった影使いがこうもあっけなく、訳の分からないまま倒されたからだ。

 

「何となく思ったことを試してみたのだけれど、影の中で攻撃同士ぶつかると威力が自分に返ってくるみたいね」

 

自身の作戦がうまく行った部長さんは不敵に笑う。

 

あの厄介な神器にそんなリスクが…。何はともあれ、この戦闘の壁は越えた。あとはあの射手と残った雑魚だけだ。

 

「コンラ!よくも…!」

 

倒れる仲間の姿を見て、俺達の敵意を増した射手が再び弓を引く。奴の思いに呼応したか、放たれた矢の速度と輝きが先ほどと比べて増している。

 

「あの神器使いは僕が!」

 

「木場君、援護は任せて頂戴な!」

 

光の剣で戦闘員たちを切り伏せる紫藤さんが協力を申し出る。

 

「お願いします!」

 

刹那、木場が射手のいるキャットウォーク目掛けて駆け出す。戦闘員たちが行く手をふさぐがすれ違いざまに切り倒し、倒れゆく戦闘員の肩を踏み台にして一気に跳躍、射手へと距離を詰める。

 

宙に躍り出て真っすぐ向かう木場にすかさず矢を放つが、木場の背後から飛んできた光の槍に相殺される。

 

がたんと音を立ててキャットウォークに着地した木場。そこに距離を詰められ、矢は無意味と悟った射手が直接殴りかかって来た。

 

慌てる様子もない木場は、握る聖魔剣の柄頭をカウンターで迫る男の頭部に叩きつけた。

 

「ごっ!?」

 

「ふっ!」

 

頭部を攻撃されぐらりと体勢を崩した男にすかさず剣光を翻し、鮮烈な一閃をあびせて今度こそ倒した。

 

これで神器使いの構成員は全員片付けた。そう思いきや、物陰からひゅんと光る矢が飛び出した。さっき沈んだ男の矢の色は青だったが、今度は緑だ。

 

「おわっ!?」

 

咄嗟に反応した兵藤、鎧にかすり傷を作りながらもなんとか回避した。

 

「まだ影の効果が残っていたのね。安全圏内にもう一人隠しながら影を利用してこちらを攻撃、そんなところかしら」

 

「これも出ました!光系神器『緑光矢《スターリング・グリーン》』ですぅ!」

 

スターリング・グリーン…さっき倒した男の神器の色違い版か?同じものは二つとない神滅具と違って、普通の神器はそれぞれ複数個存在する。木場の『魔剣創造』だって、世の中には同じ『魔剣創造』を持っている人間が山ほどいるという話だ。

 

その複数個ある神器にまた同じ種類で違う効果と色の神器があってそれも複数あって…え、神器って全部で何種類、いや何個あるんだ?

 

しかしその後、さっきのように影から矢が飛び出してくることはなかった。ダメージを受けて弱った男がついに影の能力を維持できなくなったのだろう。

 

「見つけました、一人工場裏にいます!」

 

「そっちは私が片付けよう、案内してくれ」

 

既に塔城さんが仙術で居所を掴んでいたらしく、聖剣で戦闘員を一刀両断したゼノヴィアと塔城さんが背を向けて工場を出た。

 

構成員たちが率いる戦闘員たちももう残る数は少ない。

 

「一気に殲滅するぞ」

 

「OK!」

 

戦闘を終わらせようと俺と兵藤は動き出す。

 

「そらぁ!」

 

向かってくる敵を殴り飛ばす兵藤は赤い魔力を倍加、圧縮してミニ・ドラゴンショットを打ち出し、その威力で左サイドの敵をまとめて吹き飛ばす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!〕

 

そして俺はドライバーにガンガンセイバーをかざして、夜の闇に眩く光る蛍のような霊力の光を剣にともし高速移動で馳せる。

 

〔オメガブレイク!〕

 

残った右サイドの敵を黄色い閃光と共に瞬時に切り裂き、瞬く間に殲滅した。これで最初は100はいた戦闘員は全て片付いた。

 

戦闘員たちも全滅し、残ったのはダメージを受けて呻く影使いのみとなった。ダメージを受けてこちらを睨みつけてくる。

 

「観念なさい、大人しく縄について情報を吐けばこちらも無用な危害は加えないわ」

 

まだ瞳の奥の戦意が尽きない男に、部長さんは降伏を勧める。

 

「お…おお…」

 

しかし圧倒的不利の状況にもかかわらず、男は痛みに震えながらもゆっくりと立ち上がる。

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

立ち上がるや否や喉が裂けんばかりの絶叫を迸らせる。半分割れたサングラスから覗く目は強い意志で輝いていた。自爆覚悟で何かするつもりか?

 

瞬間、ぞっとする怖気にも似た何かが背筋を強く舐めた。すると男の全身から黒い靄が溢れ始める。靄は工場の闇に溶け、辺りの影が変幻自在に異様に形を変え始める。

 

明らかに異常な何かが起ころうとしている。

 

「何か仕掛けてくるわ、気を付けて!」

 

部長さんもこの異変に注意を呼びかけ、次の攻撃に備える。しかし男の足元に魔方陣が展開し、光が溢れ男を飲み込んだ。

 

「あ、あれ…」

 

光が止んだ時には男の姿は失せていた。工場内に残されたのは俺達と、ダメージを受けて倒れ伏した神器使いだけだった。

 

「撤退した…?」

 

戦いが終わり、穏やかな夜の静けさが息を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が終わり、その後始末が始まった。

 

気絶している構成員の男たちを抱えて、一か所に集める。その一方で、前線で戦った組はアーシアさんの回復を受ける。

 

「お疲れ様です」

 

「サンキュー、アーシア」

 

戦いの中で戦闘員から背に打撃を受けた兵藤の痣が消えていく。それを見つつ俺は近くのドラム缶に腰を下ろして一息を吐く。

 

「捕えてきたぞ、死んではいない」

 

ぐったりとした男を小脇に抱えてゼノヴィアと塔城さんが帰って来た。あいつが隠れていた神器使いの男か。二人に外傷はない様子から苦戦もなく無事に倒せたことが窺える。

 

地面に描いた魔方陣の上に構成員を放り込むと朱乃さんが魔方陣を起動させ、光が起こって構成員たちを転移させる。

 

転移した先は冥界だ。彼らは身柄を拘束され、しかるべき場所に送られるのだが…。

 

「今回も、収穫なしでしょうね」

 

今までもこうして倒した構成員たちを冥界に送って来たが、彼らが目を覚ますと英雄派にいた時の記憶がすっかり消されているらしい。この町でなく各勢力の拠点に送られてくる英雄派の構成員たちは皆そうで、脳に記憶消去の魔法の術式を仕込まれている。

 

記憶の復元もできず、手をこまねかざるをえないのが現状だ。旧魔王派の神祖の仮面と言い、今回の英雄派の動きと言い、『禍の団』は不穏な動きが絶えないな。

 

「…ねえ、一つ思ったんだけどいいかしら?」

 

手を挙げて俺達の注目を集めたのは紫藤さんだった。

 

「私たちを倒したいなら結界を越えられるし幹部が出てきたらいいのに、どうして下っ端の神器使いだけを送り込んでくるの?」

 

「…確かに」

 

自分で言うのもなんだが、自分含めたグレモリー眷属はそこそこの実力者だ。神滅具の赤龍帝もこれ以上強くなると厄介になるだろうし今のうちに倒した方が奴らにとっても得だろうに、なぜ敵は小競り合いだけで終わらせる?

 

「何だか、私たちを攻略しようという割には変だなーと思って」

 

「そうね、本気で攻略するなら幹部が出てきてもいいはずなのに、依然として何度も神器使いを送り込み、私たちと交戦させるだけ」

 

「2、3回目で私たちの行動パターンを把握して4回目で決戦をかけるかと思えば、戦術と厄介な神器使いを組み込みはしたけど4回目も今回も同じ。目立つ実力者もなく私たちを全力で倒そうという気は感じられない。他の所でも同じことを繰り返しているらしいし…」

 

朱乃さんが言った通り、この町だけではなく三大勢力が構える拠点で英雄派による突発的な襲撃が行われている。

 

数人の神器使いとそこそこ数を揃えた異形の戦闘員たちを送り拠点にいる戦力と交戦、返り討ちにされては拘束され、記憶が消えている。それを何度も繰り返している。

 

大物が出てこないという点も、戦力をぶつけてくる割にイマイチ俺達を倒そうという気がないと感じる理由の一つか。一見闇雲に戦力を減らすだけの行為に何の意味が…?

 

「僕たちを使って、何かの実験をしている?」

 

「実験?一体何の?」

 

木場が口にした、まだ根拠の薄い推測を得て核心に触れかけたのは兵藤だった。

 

「…最後のあの変化、まさか禁手?」

 

「…そうか!確かにあの感覚は僕が至った時と同じものだ」

 

「だよな。俺も部長の乳首を押して至った時、似たようなものを感じたんだ」

 

オカ研の神器使いの中でも禁手に至った二人には影使いが最後に起こしたあの感覚が何なのかわかるらしい。

 

というか部長さんの乳首押してあんなものを感じたの…?やっぱり神器使いは変…いや、兵藤がおかしいだけか。

 

「…見えてきたわ、奴らの思惑」

 

二人の意見を聞いて、いよいよ敵の目的にたどり着いた部長さんが顎に手を当てる。

 

「奴らの目的は神器使いを実力者が集まる拠点に送り込んで戦闘させ、禁手に至らせることよ」

 

「禁手に?」

 

…これはまた、随分と大胆な方法だな。だがこの考えなら今までの行動に合点がいく。

 

今までの襲撃事件は神器使いを各勢力の拠点に襲撃させるテロに見せかけて、本当の狙いはそこに集まる実力者たちにぶつけて、禁手に至るきっかけを生み出すことだったのか。

 

幹部が出てこないなど俺達を倒す気が感じられないのも納得できる。

 

「禁手に目覚めた、あるいは目覚めかけた神器使いだけが魔方陣で帰還できる、そういう風に細工でもして送り込んでいるんだわ」

 

それがさっきの影使いの男か。何か仕掛けてくるかと思いきや、いきなり魔方陣で転移していった。禁手に目覚めたということは、英雄派のちゃんとした戦力に加わり今後また交戦する可能性が出てきたということでもあるんだろう。

 

禁手に至る条件は所有者の劇的な変化。恐らく肉体的なものでなく精神的なものなんだろうがまだ禁手に関しては先生は未知の部分が多いと言っていた。

 

英雄派はその未知の領域に手を伸ばそうとしている。だが…。

 

「そのために何人もの神器使いを使い潰していくって言うんですか?そんな滅茶苦茶な方法…」

 

神器使いを集めるのにも苦労するだろうに、それをとっとと送り込んで使い捨てるような強引すぎるやり方、俺には理解できない。禁手に至らせたいならもっと別のやり方だってあるはずなのに。

 

「テロリストに人道なんて無意味なものよ。無能はいらない、何百人でも使い潰して、使える有力な禁手使いが生まれればいい。そう思っているのでしょう」

 

「赤龍帝、聖魔剣、デュランダル、ネームバリューのある実力者が揃ったこの町は、禁手に至るための劇的変化を起こすうってつけの場所というわけね」

 

「戦闘で仲間がやられていく様も、それを促しているかもしれない」

 

「数撃ちゃ当たるの理屈、ゲームみたいな経験値稼ぎに敵は俺達を利用している…あまりいい気はしないな」

 

俺らは倒さなくても経験値が貰える攻撃力を持ったメ〇スラか?こちとら連中の実験に付き合うつもりはさらさらないというのに。

 

己の実力を越える強敵、それになすすべなく倒されていく仲間…少年漫画の覚醒イベントみたいだ。それを疑似的に起こして禁手使いを増やそうというのか。

 

今までそういうイベントでパワーアップする側だった俺達が、今度は敵がパワーアップするために利用されている。…なるほど厄介だ。こっちのパワーアップは大歓迎だが、敵のパワーアップは願い下げだ。

 

「それも気になるが私が気になるのは、奴らが悠を狙っていたことだ」

 

ゼノヴィアの向日葵色の瞳が俺に向いた。

 

「そういえばそんなこと言ってたな…殺すんじゃなく、連れ帰るって」

 

「英雄派を名乗るくらい、彼らと同じ人間で過去の偉人の力を使う悠は興味深い存在かもしれませんわね」

 

言われてみればそうだ。俺の力は眼魂に秘められた偉人たちの力を引き出すこと。昔の英雄の子孫たちがそれに興味を持つのも無理はない。

 

もしかすると、15の眼魂に選ばれた偉人の子孫が英雄派にいたりするかもな、リーダーか、あるいは幹部クラスにそういうやつがいるから狙われているとか。

 

「ネクロムだけじゃなく、英雄派にも狙われるのか…人気者は辛いな」

 

いずれにせよ、多くの敵に狙われている俺。不安が絶えない。

 

…その不安を打ち消すためにも、奴らに負けないためにももっと強くならなければ。シャルバの時はたまたま覇龍が発動したからどうにかなったがあのままなら連戦で消耗した俺達は間違いなく全滅していた。

 

…やはり、パワーアップが必要だ。八極拳という戦闘技術だけじゃない、禁手のような劇的なパワーアップが。

 

そんな俺の不安を見透かしたかのように、ゼノヴィアが声をかけた。

 

「安心してくれ。奴らに悠は殺させないし、連れていかせない」

 

「あ、ありがとう」

 

ゼノヴィアの心遣いに、何故だか照れてしまった。

 

…ゼノヴィアって肉付きが良い割にはボーイッシュだから、こういうセリフを言うとデュランダル使いという称号も相まってすごく頼もしく感じる。事実、学園の女の子にも人気らしいし。

 

「後でアザゼルにも聞いてみましょう。彼ならもう掴んでいるだろうし、何より神器に関しては彼が一番ね」

 

そう言って部長さんが話を終わらせ帰りの魔方陣を展開しようと手を伸ばしたところ、不意にその動きが止まった。

 

「…ところで懐かしいわね、この工場」

 

「部長?」

 

「この工場で、紀伊国君の手掛かりを掴んだのよ。大きな力の波動を感知してね」

 

「そんなことありましたね」

 

部長さんが俺の存在に気付いたのは、転生した際のあの駄女神の波動を感じ取ったからだ。一度目は転生した際、二度目はこの工場でゴーストドライバーが送られた時に波動は発生した。

 

二度目の際のここでの戦闘で残った変身した俺の足跡とその後の俺の戦闘で浮かび上がった紋章が同じことでスペクターの存在に気付き、最後にレイナーレを倒した後で目の前で変身を解いたことで俺の正体が判明した。

 

それももう5か月は前のことか…時間が過ぎるのはあっという間だな。

 

「そんなことがあったのか?」

 

「そう言えば、ゼノヴィアとイリナさんは知らないのね」

 

俺が堕天使とひと悶着していた時にはまだゼノヴィアと紫藤さんは教会にいた。駒王町に来たのはそれから2か月くらい後の話だ。

 

「…話したくないことがあるなら、話さなくてもいいのよ」

 

「!」

 

ふと部長さんが言った言葉は明らかに俺に向けての物だった。彼女の澄んだ瞳が俺に向けられている。

 

「あなたが何か隠し事をしてることぐらいとっくにわかってるわ。列車の時もだけど、とても思いつめような、苦しそうな表情をしているもの」

 

…あの時か。

 

初めてグレモリーの列車に乗った時、俺は元の世界で巻き込まれた事故と今わの際の記憶を思い出し、一時的にパニック状態に陥った。当然皆を困惑させたわけだが、過去を悟られたくない俺は強がって何もなかったと無理矢理それを有耶無耶にした。

 

やっぱり、バレてしまうか。元々波動の時点で怪しさ満点だったのだ。ここの所凛の存在もあって、皆の疑念は高まっているに違いない。一緒に行動する中で、俺の気持ちに気付かないわけがないな。

 

「裕斗も、小猫も、朱乃も、うちの眷属は皆過去に色んなものを抱えている。そういう人とどう付き合っていけばいいかはわかってるつもりよ」

 

俺だけではない、皆神妙な面持ちで部長さんの話を聞いていた。その中で朱乃さんだけが一瞬、複雑そうな表情を浮かべた。

 

木場は聖剣計画で集められ、多くの同志と共に教会の悪意に利用され、最後には殺された。塔城さんは悪魔になったことで力に目覚め、主を殺して血にまみれた姉の姿にトラウマを刻まれた。朱乃さんはまだ知らないが、彼女もまた人には言えない何かを抱えている。

 

部長さんも伊達にそんな彼らと付き合ってきたわけではない。彼らと過ごすうちに、自然と苦しみを抱える彼らとの付き合い方が身についてきたのだ。

 

思えばグレモリー眷属は過去に何かしら辛い物を抱えた人たちの集まりだ。しかしそれがあるからこそ、それと向き合って乗り越えようとするからこそ強くなれるとも言える、今の強さがあるのだろう。

 

そしてそっと歩み寄ると、優しく俺の肩を叩いた。

 

「何を隠しているかは知らないけどあなたに敵意や悪意がないのはわかってるわ、私たちを仲間だと思っていることも。でないとあなたは私たちのためにあそこまで必死になって戦ったりしないでしょう?」

 

「…!」

 

「あなたのタイミングで話してくれればいいわ。あなたも私たちの立派な仲間だから、無理強いはしないわ」

 

俺の内心に抱える不安を和らげようと、笑いかけてくれた。それ以降、彼女は何も追及しなかった。他の皆も何も言わず、魔方陣の方へと歩いていく。

 

「……」

 

その中で一人、ゼノヴィアだけは不安そうな表情で見つめてくる。

 

俺が色々隠していることをわかって、それでも仲間だと認めてくれる部長さんの優しさが、返って俺には痛かった。

 

こんなに優しくしてくれるのに、俺に配慮してくれているのに、どうしてこんなにも心が痛むのか。

 

部長さんの言う通り、俺は皆に色んな隠し事をしている。だが、これは人に頼まれたりで隠さなければならないが別に隠していて皆にとって損になるようなものじゃない。ポラリスさんだって、部長さんたちと敵対する意思はないと明言している。

 

だが、今まで隠してきたことがバレた後のことが恐ろしい。

 

部長さん達は隠してきたことを責めるのではないか、そもそも異世界のことなど信じてもらえないのではないか?

俺を慕ってくれるゼノヴィアは、裏でこそこそしていたことで俺に不信を抱くのではないか?

 

秘密を隠すように頼んだポラリスさん側からは秘密の一つすら守れないのかと見限られてしまうのではないか?そもそも、自分のミスを隠すように頼んできたあの駄女神はどうなる?そして隠ぺいするために異世界に送られた俺は?もしかすると駄女神の上司が出てきて魂を消滅させられるのではないか?

 

幾つもの恐怖が湯水のように沸いては脳裏によぎる。他人に不信感を抱かれ、やがて拒絶され、捨てられ、一人になる未来。俺の胸中に渦巻く恐怖は秘密を抱え続ける中で日に日に増していった。

 

転生のこと、凛のこと、そしてポラリスさんのこと。気付けば今の俺は、色んな人との縁に雁字搦めにされていた。それはまるで、戦うことへの恐怖に囚われていたあの頃と同じ様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、俺達が自宅に帰ってこれた時にはもう12時は回っていた。戦闘でかいた汗を流すためにシャワーを済ませて、寝る前に少しくつろいでいこうとリビングのソファーに腰かける。

 

「悠、明日朱乃副部長がイッセーとデートするのは知っているな?」

 

いきなりゼノヴィアはそんな話を振ってきた。…あんなシリアスなやり取りが目の前であったのによく話しかけられるな。怒ってるわけではないが、相変わらずの彼女の肝の太さに驚いた。

 

「まあ、それは知ってるけど」

 

「ついさっき、部長から連絡が来た。明日のデートを追跡すると」

 

「えっ」

 

目の前でデートだと嬉しそうにしている朱乃さんを見て何もしないはずないと思っていたら案の定動いてきたな。

 

しかし追跡か…思い切ったことをするな。

 

「お前も明日、一緒に来い。二人のデートを見て勉強しようじゃないか」

 

「えっ、ちょ、何をべんきょ」

 

「意見は求めん、今日は遅いからさっさと寝よう。おやすみ」

 

それだけ言い残すと浮足立った足取りで、自室のある二階へと上がっていった。

 

「えっ…うそん」

 

唐突過ぎる展開に困惑したまま置いてけぼりにされた俺はしばし、その場に座ったままになった。

 

俺がどれだけ悩みを抱えていようと、あいつのゴーイングマイウェイな所は通常運転だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ここはアースガルズ、北欧神話に語られる神々の世界。燦々と輝く太陽の光が降り注ぎ、数ある神の中でも特に位の高い神々が集まる領域、その一角に構えられた神殿で昏い表情で頭を抱える男がいた。

 

「オーディンめ…何故わからんのだ」

 

その男の名はロキ。北欧神話で悪神、トリックスターとして名高い神だ。

 

彼は今、己が神話の未来を深く憂いていた。三大勢力の和平を機に変わりゆく世界、そして己が神話でも始まるだろう変化の行く末を。

 

「……」

 

憂慮の最中、彼の座する間にかつかつと靴音が響いた。

 

現れたのは新緑の長髪を伸ばす女だった。ビシッと輝く鎧で身を固める彼女の表情も、鎧と同じくらいに硬い物だ。

 

「ジークルーネか」

 

ロキは暗い声で彼女の名を呼ぶ。

 

戦乙女の一族、ジークルーネ。彼女の家はヴァルキリーでも珍しくロキ直属の配下であった。彼女の家のヴァルキリーはこれまで幾度となくロキを支えてきた。

 

「オーディンが日本の駒王町へ向かった、日本神話の神々と和議を行うつもりだ。私は何度も止めたが…私の話に耳を貸さなかった」

 

堕天使、悪魔、天使の三大勢力が和平を結んだ。それ以来、各神話も和平に向けての動きが活発になりつつあった。その流れのきっかけになったのは和平だけでなく、世界最強のドラゴン、オーフィスを首魁とする『禍の団』が水面下での活動から表舞台に躍り出て脅威となったのもあるが。

 

ロキ達北欧神話も、和平の流れに乗ろうとする神話の一つだった。今まで他神話との交流を閉ざしていたオーディンも、変わりゆく世界を見て重い腰を上げたのだ。それにロキはいい思いをしなかった。

 

「これでは我らが迎えるべき黄昏が…未来が失われてしまう。残されたエインヘリヤルたちにどう顔向けすればいい?また我らは聖書陣営に与えられた屈辱の過去を繰り返すのか?」

 

彼ら北欧神話は、やがて来る『神々の黄昏』のために武に秀でた勇者や勇敢な戦士を集めてきた。ヴァルハラ神殿に集められた戦士たちは日々、殺し合い武を競い高め合う。たとえ死んでも生き返る彼らはエインヘリヤルと呼ばれている。

 

和平が進めば大きな戦が起こらなくなってしまう。人間の王たちを騙して戦争を起こしてまで集め、戦死こそ最高の誉れと信じるエインヘリヤルたちはどうすればいい?彼らの戦にかける思いはどうすればいい?

 

またロキが抱えるのは憂慮だけではなかった。それは和平に向けた動きの中心となっている三大勢力への恨みだ。

 

かつて聖書陣営、キリスト教は帝国に迫害されながらもその勢力を拡大し、その中で布教された国や地域に元々根付いていた多くの神話は信仰を奪われ、衰退の一路を辿った。信仰は神にとって己が力や影響力を示す最も重要なものであり、今でもそのことで聖書陣営に恨みを抱く神は少なくない。事実、ロキもその一人だ。

 

「……」

 

ジークルーネは彼の嘆きを黙って聞いた。彼との付き合いが長い彼女には傲慢で気まぐれな面が多々あれど、主神たるオーディンに負けず劣らずこの神話の未来を思っている彼の思いが痛いほどわかっていた。

 

「お前はもちろん、お前の一族には随分世話になった。私がヤケを起こしてしでかす前に、早くオーディンの下に下るといい」

 

その声に宿る諦観と決意も、彼女は感じ取っていた。そして彼女は、閉ざしていた口を開く。

 

「…ロキ様は、彼らのもたらす我らの破滅を変える力をお望みですか?」

 

「…お前も私の話を無視するか」

 

「我らが北欧神話に輝きを取り戻すための力を望みますか?」

 

ジークルーネは念を押すように、再び語り掛ける。ロキはうんざり気に答えた。

 

「…ああそうだな、和平派はオーディンだけではない、トールもいる。数的にも私とフェンリルたちだけでは太刀打ちできまい」

 

北欧神話の和平派だけではない、三大勢力も和平派に味方するだろう。ある意味、念願の『神々の黄昏』に近いことになるが自分たちがやられては意味がない。自分亡き後に改革を進め、他神話との交流を活発にするであろうオーディンの思い通りになるのは癪だ。

 

その答えに満足げに彼女は薄い三日月状の笑みを浮かべた。

 

「そう思って、これをお持ちしました」

 

魔方陣から彼女が取り出したのは、古ぼけた小さな木箱だった。

 

それを手のひらに乗せ、ロキに跪いて差し出す。怪訝な顔をして彼はそれを受け取るとゆっくりと木箱の蓋を開け、その中に隠されたモノを表に出した。

 

「これは…ユグドラシルの…種?」

 

ロキが目にしたのは、小さな手のひらサイズの植物の種だった。一見どこにでもあるような植物の種を大きくしただけのものに見えるが、ロキにはそれが秘める凄まじい力をしかと感じ取っていた。

 

北欧神話世界の中心となる世界樹ユグドラシル。北欧神話に属する者なら誰もが知っている叡智と神秘の決勝だ。

 

「オーディン様に叡智を授けたとされるユグドラシル、我らが対抗するにはやはりこの力が必要だと思いませんか?」

 

「…どこで手に入れた」

 

「ユグドラシルの研究班が偶然発見した物をツテを使って入手しました」

 

嘘だ。ロキにはすぐ彼女が嘘を吐いたとわかった。悪神、トリックスターと呼ばれ他者に散々嘘をついてきた彼が他者の嘘を見抜けないはずがない。だが今の彼は、すっかり彼女が差し出したものに興味を奪われていた。

 

「我々はこの神話世界の根幹に手を伸ばそうとしています。禁忌と言ってもいいでしょう。しかし、オーディン様がユグドラシルの情報を他神話との取引材料に使うのなら、北欧神話のために立ち上がろうとする我々が使っても許されると思いませんか?」

 

「…なるほどな、確かにそうだ。だがこれをどう使えば…」

 

「簡単です」

 

彼女はそっと面を上げた。彼女の綺麗な顔に浮かんだ微笑みは戦乙女と呼ばれるヴァルキリーらしからぬ妖艶で底知れぬモノに歪んでいた。

 

「その身に取り込めばいいのですよ。直接取り込めばよりダイレクトにユグドラシルの叡智を、力を行使、パワーアップできます。オーディン様も成し得なかったことをロキ様が今成すのです」

 

悪神と、その陰で戦乙女の陰謀が動き出す。

 




隠し続けてきたからこそ、かえって言えなくなってしまったといったところでしょうか。まあ悠の転生関連の話がこれだけで終わるはずがなく…。

北欧神話も不安よな。ロキ、動きます。種に関しては追々。

次回、「デート・チェイサーズ」

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