Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
翌日の朝、またも昨日と同じ面々が同じ場所、兵藤宅の地下一階の大広間に集合した。その理由はミドガルズオルムから授かった知恵を基にした対ロキ・フェンリルの策を組み込んだ作戦の説明が行われるからだ。
作戦が決まったというのもあり、昨日と比べると皆の固く先行きの見えず不安だった表情は幾分か落ち着きが見られる。あとはどれだけ作戦が有効であるかどうか。
ちなみに今日は平日。本当ならこの時間は学校にいるが、非常事態ということで休みにしてもらっている。学校生活が好きなゼノヴィアはいたく残念がっていた。同じ教会育ちでこの町に来るまで学校生活に触れることがなく、新鮮に感じるアーシアさんもそうだが、その思いを押し殺して今この場に参加しているのだ。
「よし集まったな、これから作戦を説明する。が、その前に……」
皆をこの場に呼び集め、その注目を一身に受ける先生が話を切り出す。
「爺さんからのプレゼントがある。…雷神トールの戦槌、ミョルニルのレプリカだ。爺さんが隠してやがったんだ。よくミドガルズオルムは知ってたな」
「ほう、雷神トールの…」
雷神トールの名にヴァーリの表情がぴくりと動いた。その瞳にあるのは好奇の色だ。その理由は言うまでもなく雷神トールの名にある。
確か雷神トールはフェンリルと同じく全勢力でもトップ10に入るくらいには強いんだったか。あのバトルジャンキーがそんな強者の名前を出されて滾らないはずがない。
…俺には強者との戦いを求める思考はよくわからない。自分が戦うのではなく、他人が戦っているのを見るだけなら面白いとは思うんだが。
「これは作戦の要の一つだ。使うのはお前だ、イッセー」
「お、俺ですか!?」
「そうだ。ロスヴァイセ、渡してやれ」
「はい。こちらがミョルニルのレプリカになります。この度、オーディン様が赤龍帝に貸し出すとのことです、どうぞ」
いきなりの指名に鳩が豆鉄砲を食ったような反応をする兵藤の前にロスヴァイセさんが出ると、例の物を丁寧に差し出す。戦槌が放つ仰々しい雰囲気に呑まれ、兵藤はゆっくりと戦神の武具、ミョルニルのレプリカを受け取る。
「……なんかすげぇ豪華なハンマーだ」
見たまんまの感想を述べる兵藤、俺が内心に抱いた感想もそれと大差ない。見た目は大工が使うハンマーに金色の装飾や紋様を施したものだ。よく見ると、オーディン様のグングニルと似た紋様も刻まれている。ルーン文字の一種だろうか。
「レプリカと言っても本物に近い力、神の雷を秘めている。本来は神にしか使えないが、バラキエルとシェムハザの協力で一時的に悪魔でも使える仕様にした」
「少しオーラを流してみてください」
「は、はい…」
ロスヴァイセさんの指示に従い、ハンマーを手に持つ兵藤がふっと力を籠める。
「うぉ!?」
ただのそれだけで急にハンマーが何倍にも天井に届かんばかりに膨れ上がるように大きくなった。突然のサイズと重さの変化にびっくりした兵藤がうっかりハンマーを落とすと、柄が地を叩いてゴッという破壊音と共に床にヒビが入ってしまう。
間一髪、天井まであと一センチというところで巨大化は収まったのでどうにか天井をミョルニルが突き破って地上1階にこんにちはすることはなかった。
「でっかくなっちゃった!?」
いきなりの巨大化にオカ研組は度肝を抜かれた。
そんなに大きくなって……巨人が使うんじゃないんだぞ今回。こんなサイズのハンマー振るえるわけない。デカくなりすぎだろう。
「オーラを流し過ぎだ。それから無暗に振るうなよ?高エネルギーの雷で周囲一帯が灰になるからな」
「こ、こえぇ……」
先生の話に戦々恐々としながらも落としたミョルニルの柄を再度握りオーラを緩めると、巨大化した槌は元のサイズにしゅるしゅると縮んでいった。
レプリカでさえ周囲一帯が灰になるレベルの威力、流石は戦神の武器だ。こんなに強力な武器を貸し出してくれたオーディン様には頭が上がらない。
「そして、今回の戦いに備えてグングニルのレプリカも用意している。そっちは大昔に作ったのはいいが、特に使われることもなく宝物庫に埋もれているのを絶賛捜索中だ。奴が次に来る会談の日までには絶対に持ってくるとのことだ」
グングニルと言えば、オーディン様がロキとの戦いでダメージを与えた神槍だ。あの戦いで唯一ロキにダメージを与え、俺達に一筋の光明をもたらした槍。
神の武具のレプリカを2つも持ってくるとは、相当大掛かりな作戦になりそうだ。というよりロキを相手にするからにはそれくらいの備えがないと不十分…いやむしろこれでも足りないくらいだろう。
「グングニルのレプリカは誰が使うんですか?」
となるとやはり気になるのはその使い手。当然、これを任されることは今回の作戦で大役を任されると同義になる。一体この中の誰がその大役を担うのか。
「お前だ」
「…えっ」
先生は俺の質問に即答する。まさかそんなことはと虚を取られた俺の口から変な声が漏れ出た。
俺?俺があれを使うのか?
「グングニルはお前が使え。ただし、使用するにあたって条件が一つある」
先生が俺に向けた指を今度はすっと上に向ける。
「コカビエルとの戦いの領域まで、お前の力を極限まで高めることだ。今までの戦いのデータの中でもあの戦いが最も神器の力が発揮されていた。それができなければグングニルは発動できない…あれもまた、神の武具だからな。本来人間が使える代物じゃないし、使うにしても相応の力が求められる」
「う……」
その厳しすぎる条件に言葉が詰まった。
ポラリスさんの言葉で戦う意思を決め、コカビエルと対峙したあの時。今でも鮮明に覚えている。普段とは比較にならない反応速度、急激に跳ね上がった身体能力、全身のラインから迸る青い光。俺の意志に呼応してその力は極限まで高まっていた。
当時の実力的にもまず俺はコカビエルに勝てる可能性はただの1%もなかったはず。それがどういうわけか、倒せてしまった。後にも先にもあそこまでの力を発揮できたのはあの戦いだけ。もしかすると、凛との戦いの最後のゴリ押しは近い力は発揮できたかもしれない。
…自分で言うのもなんだが俺、なんであの時コカビエルを圧倒できたんだろうな。十中八九ゴーストドライバーの力のおかげだが。
考えられるのは先生が解析した結果判明した神器の要素と、ドライバー独自の謎の技術による相乗効果。どうにもこのドライバーにはとんでもない力が秘められているらしい。いつかこのゴーストドライバーに秘められた謎も解き明かしたいところだ。
だが正直に言ってあのレベルの力をまた発揮できる自信はない。あれはやろうと思ってできる類のものではないし、こんな不確定な要素に頼ろうなど、作戦としては博打のようなものだ。
むしろ、そんな不確定なものに頼らざるを得ないくらい厳しい条件での戦いだということか。英雄派のテロでピリピリしてるこのタイミングでよくもまあこんな面倒ごとを起こしてくれた。
「ヴァーリじゃダメなんですか?」
覇龍をコントロールできるレベルの魔力の持ち主であるヴァーリなら厳しい条件がある俺よりも上手く、確実に使ってくれそうなんだが。
「俺に外付けの力はいらない。天龍の力のみで、俺は神に挑む」
だがヴァーリは相変わらず自信満々に笑むだけだ。魔王ルシファーと二天龍の片割れの力を持つ奴は神の武具がなくとも己の力のみで何とかできると言えるほど自信があるらしい。
先生も奴の自信ありげな態度に思った通りだと苦笑して見せる。
「…だそうだ。それにこいつは『禍の団』なんでな、そんな希少なモノを渡したらコトだ。最悪の場合は任せることになるがな」
ですよねー。戦いが終わった後も「気が変わった」と言って借りパクされたら溜まったものじゃない。しかも神の持ち物だから文字通り罰が当たるぞ、天罰だ。
「では作戦の説明を始める。まずは会談の会場で奴の出現を待ち、シトリー眷属の力で奴を強制転移させる。奴の魔法を無力化できる能力に対抗できるよう、この手の結界に詳しいアジュカ・ベルゼブブとラファエルが共同で転移結界の術式を構築している。後でシトリー眷属はそれについて説明するから来てくれ」
「わかりました」
話は変わり、ようやく本題である作戦内容についての説明が始まる。
現ベルゼブブはサーゼクスさんと並ぶ悪魔と言う種のカテゴリーを外れたとも言われる常軌を逸した力の持ち主『超越者』の一人。パーティー会場の時に会ったラファエルさんはあらゆる傷を癒すオーラ、卓越した結界術で多くの天使を救い名を馳せた。その実力はあの最強の熾天使にも劣らないとも言われている。
そんな二人が組めばあるいはと希望が見えてくる。本当なら、一緒に来て戦って欲しかったが。
「転移した先は冥界の採掘場だ。広大で、存分に暴れられるようになっている。ロキの相手は二天龍と悠が担当する。フェンリルは残りのメンバーで対処してもらい、強化したグレイプニルの鎖で拘束する」
フェンリルは倒すのではなく拘束か。やはりこのメンバーでは倒すのは困難と判断しての手だ。いっそ抑えている間に全員で集中攻撃をかけて倒すというのは…いや、むしろ俺達の攻撃のせいでグレイプニルの鎖とやらが外れたら目に手も当てられなくなるな。
ここは犬、いや狼らしく首輪を掛けて大人しくしてもらおう。
「そして問題のロキだが…奴の厄介な右腕をグングニルのレプリカで破壊、あるいは切断する。それからミョルニルの一撃で奴にとどめだ」
「あの右腕を破壊するのね、本当にできるの?」
「ああ。奴の能力は前回の戦いを見るに、異能の攻撃へのアンチに特化している。オーラの吸収、魔法の無効化、そして元々備えている突出した魔法の腕前……近接戦においても世界樹の腕は聖魔剣と打ち合えるレベルの強度は持っている。付け入るスキがあるとすれば近接戦だけ。おまけに奴は神ときた、今のあいつとまともに戦える奴はかなり限られてくる」
魔力やオーラの吸収は中々に厄介だ。それはつまり、パーティー会場を襲撃された時のように戦闘を自身の強力な魔力に頼るほとんどの上級悪魔が封殺されることに他ならないからだ。
現に部長さんと朱乃は先の戦いで得意の滅びの魔力と雷を無力化されてしまった。グレモリー眷属の主戦力でもある二人を封じられるのはかなり痛いところである。
「だが言ってしまえば今の奴の強さのほとんどが世界樹の腕によってもたらされたものだ。あの戦闘で分かったが、決して破壊できないものじゃない。あれをどうにかできれば勝ち目は見えてくる。そしてその攻略法は爺さんのおかげで見いだせた」
「…そういうことですか」
先生の言わんとしてることを察した会長さんがくいっと眼鏡の位置を戻す。俺も話が見えてきたぞ。
「そうだ。奴の腕を破壊するにはおそらく、グングニルしかない」
そして作戦の根幹、前提とも呼べる事実をはっきりと断言した。
「同じユグドラシルを源にする力、爺さんのオーラ攻撃が奴の腕に吸い取られながらも多少のダメージを与えられたのは多分それだからだろうな。まったく、爺さんには感謝してもしきれないぜ」
聞けば聞くほど、なんともグングニル頼りな今回の作戦。それしか手がないのは承知だが正直、そのグングニルを任された人間の気にもなってほしい。
それにしてもまさかあの最後の攻撃が攻略の糸口になり、ここまで希望をもたらすことになろうとは。オーディン様が腰と肩を犠牲にした甲斐があった。今までエロ爺とか内心思ってしまって本当に申し訳ない気でいっぱいだ。会談が終わったら詫びのしるしに何かおいしいお土産でも渡しておこう。
「そして最後に匙」
「は、はい!」
先生に呼ばれた匙の背筋がビシッと正される。匙にも何か大きな役目を頼まれるのだろうか。
「お前のヴリトラ系神器で試したいことがある。お前も作戦で重要な役だからな」
先生の話に匙は一瞬話が読めないと顔をぽかんとさせた。そして動揺は遅れてやって来る。
「いやちょっと待ってくださいよ!俺無理ですよ!?ロキやフェンリルと戦えませんって!俺、会長たちと一緒に転移させるんじゃなかったんですか!?」
たたみかけるような早口で内心の動揺も露わに必死に先生に抗弁する。今までの作戦の内容から転移要員ということでロキとの戦いを避けられたと安堵してからのこれだ。本人にとっては命乞いと何ら変わりないだろう。
言っちゃ悪いが匙も前線で俺達と戦うのは厳しいかな…。禁手になれないのはもちろんだが、ヴァジュラの雷もオーラ攻撃だからあまりある威力で多少のダメージにはなってもユグドラシルの腕がある限りは決定打にならない。
そして何よりあれは寿命を削る技だ。会長さんもなるべく人生に響くような負荷を匙にかけたくはないだろう。
匙のてんやわんやな慌てっぷりに先生は苦笑した。
「何も前線で戦えって言ってるわけじゃない、ヴリトラの呪いの力で二天龍と悠のサポートだよ。そのためにちょいとトレーニングと実験をする必要があるから、今からグリゴリに直行だ」
「い、今からですか!?ていうか今実験って言いませんでした!?言いましたよね!?」
「ああ、実験だ。ソーナ、こいつを借りていくがいいか?」
「構いません。匙、強くなってきなさい」
「か、会長ぉ…」
匙の悲痛な訴えは無視され、会長さんから無慈悲にもゴーサインが出される。
実験されるのか…。先生が言うとなぜかトレーニング2、実験8の割合に思えてくるのは気のせい…だと思いたい。
打ちひしがれる匙はばっと振り向く。その視線の先にいた相手は。
「兵藤!お前ならたす…」
「匙、先生のしごきは地獄だ。俺は夏休みの修行で死にかけた。今度はお前の番だ」
助けを求める匙に返す兵藤の笑顔はすがすがしいほど晴れやかだった。
「よし、んじゃ行こうぜ」
「お前ェェ!!」
匙の懇願は届かず無情にも開かれる転移の魔方陣、先生と共に光に消えゆく匙が最後に見せた表情に涙が走っていた。
…あいつ、本当に生きて帰ってこれるんだよね?作戦に出すとは言われてるけど、この様子を見ていたら心配になって来た。
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説明会が終わってしばらくした後、俺は廊下を歩きVIPルームへと足を運ぶ。先ほど説明された作戦について先生に訊きたいことがある。
グングニルを発動できる領域まで、本番で俺がうまく力を高められる自信はない。だから手を打たなければならないのだ。より確実に、短期間で神器の力を増大させる手を。餅は餅屋ということで、先生の助言を伺いに行こうというわけだ。
もちろん先生が言うように最悪ヴァーリに任せる手もある。だがそれだけは避けたい。単に俺があいつを信用できないのもあるし、何よりあいつに美味しいところを持っていかせるのは納得がいかない。今は手を組んでいるとはいえ奴は本来、敵なのだから。
今までの行いについて謝罪の一言でもあれば多少は信用できたかもしれないが、奴がそんなことを言うようには思えない。いずれにせよ、俺はこの不信感を抱えたままロキと再戦することになる。
「…」
目的の部屋を前にして、ドアをノックしようとした時室内から声が聞こえた。
『…わかった。助かるぜ、ミカエル。しかし本当にいいのか?そんな大戦力をこっちに回すなんて周りの連中が納得しないんじゃないか?』
『―――』
聞こえてくるのはアザゼル先生の声だ。言葉の内容からして誰かと会話しているのは間違いない。だが会話にしては妙に相手の声が聞こえない。もしかして通信魔方陣か?今先生はミカエルさんと通信している?
『いいや、それで十分だ。これなら作戦の成功率、いや勝利の可能性がグッと上がる』
『―――』
『ああ、作戦も会談も必ず成功させるさ。じゃあな』
…会話は終わったようだ。タイミングを見て、ドアを軽くたたいてノックをする。
『入れ』
「失礼します」
返ってくる先生の声、ガチャリとドアを開け、VIP用と言われるだけあってソファーもインテリアも見るからに高級そうな物ばかりの室内に進むと、ソファに腰を下ろして何枚かの資料に目を通す先生の姿があった。
「随分と早い帰りですね」
「他にやることがあるんでな。匙に関してはうちの優秀な研究者たちがばっちり仕上げてくれるさ」
資料を確認しながら言う先生の口元には不気味な笑みが浮かんでいた。本当にあいつは大丈夫なのだろうか…。実験の影響で頭のねじが数本飛んだりしない?
匙のことはさておきだ。早速俺はここに来た目的、本題に入る。
「先生、俺の神器の力を無理やりにでも引き上げることってできますか?」
「無理矢理、か」
「例えば、オーフィスの蛇みたいなドーピング手段とか」
英雄派の連中は神器使いにオーフィスの蛇を仕込んで各勢力の拠点に送り込んでいた。オーフィスの蛇で神器の主に禁手に関する未知の部分を刺激し、禁手の覚醒を促していたのだ。
向こうにできて神器研究で最先端を行くグリゴリにできないはずがない。その手の方法についてまさか何も研究していないことはないだろう。
「…お前、死ぬ気か?」
すっとオーフィスの蛇と言う言葉に先生の眉がつり上がる。長年神器を研究してきた先生の反応は、俺がいかに危険な賭けに出ようとしているかを認識させる。
リスクがあるのはわかっている。だが多少のリスクを背負ってでもやらなければ勝てる相手ではない。元々数名の戦死は確実とされていたのだ、それに比べれば安いものだ。
「どうなんですか?」
「…ハァ。グリゴリの技術ならできないこともない。だが、神器は魂と密接に繋がっている。神器をバーストさせれば相当な力が出るだろうが神器がぶっ壊れて死ぬぞ。仮に死ななかったとしても心が壊れて廃人になるのは避けられん」
盛大にため息を吐いて、神器研究者として真剣に説明を始めた。神器研究に携わる先生だからこそ、そのリスクがどれほど危険なモノか承知しているし説明に説得力がある。
…やはり、死ぬほどのリスクは伴うか。まだやらなければならないこともあるし、流石に死ぬのは勘弁だ。凛と言う不安の種を残したまま死ぬことはできない。何としてもあいつとの決着は俺の手で付ける。
ならどうすれば神器を人為的に強化するリスクを軽減でき…あ、そうだ。
「兵藤が使っていた禁手補助のリングは?俺が禁手になればグングニルを使える域に…」
和平会談の際に先生が兵藤に渡したリング。その力で兵藤は本来は未覚醒ながらも一時的に禁手を使い、ヴァーリと戦うことができた。
それを使えば、一応神器に分類されるゴーストドライバーの禁手を一時的でも発動できるのではないか?今の所禁手がない可能性が高いとされるこいつにも、禁手でなくともそれに近い力を発揮させることができるのでは?
「前にも言ったが精製に時間がかかる、今からじゃ間に合わん。それに、お前の神器は構造も力も全てが特別だ。無理に普通の神器と同じ様に扱って禁手を発動させればどうなるかわかったもんじゃない」
しかし先生は険しい面持ちでかぶりを振った。
「…ダメですか」
「それにそんな実験まがいのことをすれば俺の首が飛びかねないし、リアス達も悲しむ。ゲームとは違う、仲間の死と引き換えに得られる勝利なんてあいつらが望むと思うか?色々経験を積んできた俺だって、そんなのは御免だ」
「……」
先生の諭すような言葉に押し黙るしかなかった。
…そうだよな、あんなに心配してくれる奴らが、俺が死んだら悲しまないわけがない。ロキに勝つことはできてもその後が問題になってしまう。俺の死で仲間が救われるどころか傷ついてしまうのなら、やはりそれは俺の望むところではない。
もしやという希望を持ってこの場に足を運んだが八方塞がり、やはり都合のいいパワーアップアイテムは望めない。自力で何とかしろということか。
「…可能性があるとすれば、やはり何かお前の中で大きな変化があったら、だな。一か八か禁手に近い力を発現できるかもしれん。そうだ、お前まだ童貞だろ?」
「ふ!?」
ど、童貞って!何でいきなりそんなことを!?シリアスムードをいきなり壊さないでくれます!?というか二日連続で童貞呼ばわりされたぞ!
「そうかそうか…この際ゼノヴィアを抱いたらどうだ?もしかすると劇的な変化で起きる禁手みたいな力のトリガーになるかもしれないぜ?ついでにお前も男としてレベルアップできる。悪くない話だろ?」
最低なことを言いながらいやらしく先生が笑みを深める。
ど、童貞を捨てて禁手だと…!?何て最低なパワーワードを…!
「せ、先生!なんてことを言うんですか!?」
童貞捨てて禁手なんてそんな…それ、兵藤より酷いじゃないか!流石に嫌だぞ!!兵藤みたく冥界のゴシップ誌に載ってみろ、『推進大使、女を抱いて禁手になる!?』なんて見出しでコンビニやら書店に並び、果てにはニュース番組で放送される未来。
…考えただけで恥ずかしさで死にそうになる。顔から火を噴きそうになる。なれるとしても、絶対に別の方法で禁手になるからな、俺は!!絶対に俺は嫌だ!!
「ハハハ!何てな、冗談だよ」
そんな内心を見透かしたか先生は俺の反応を心底面白がるようにけらけらと笑う。
「ハァ、冗談には見えませんでしたよ…」
わりと本気で言ってたようにしか思えないんだが…。実は先生、兵藤という前例があるからいけるんじゃないかと本気で思っていたんじゃないだろうな?
「まあお前の意見はよくわかった。俺もこの戦いは保険を用意するつもりだ。後日伝えるからお前も模擬戦なりで力を高めておけ」
「はい…それと先生、朱乃さんのことで訊きたいことがあるんですけど」
「どうした?」
「先生って、バラキエルさんと朱乃さんの間で何があったか知っているんですか?」
バラキエルさんの上司、形式的には朱乃さんの上司でもあるアザゼル先生なら何か知っているだろうと思って、俺は訊ねた。
「…ああ、知ってるよ。全部な」
先生は隠すこともなく答える。足組む先生の表情に暗い影が差した。
「この際、お前も知っておいた方がいいかもな」
そして後悔と懐かしさの入り混じった色語り始めた。
今から20年以上前、任務で日本にいたバラキエルさんは偶然出くわした敵との戦闘で負傷し、近隣の神社に飛来する。
そんな彼を発見した神社の巫女は傷を負った彼を手当てし、介抱した。その巫女の名を姫島朱璃。彼女は日本の異形界では有名な術者の名家である五大宗家の一つ、四神の朱雀を司る姫島家の者だった。
介抱を受けるバラキエルさんは彼女と共に暮らす中で二人は惹かれあい恋仲に落ち、遠からぬうちに子を授かる。
それこそが今のグレモリー眷属の『女王』の朱乃さん。彼女は堕天使幹部のバラキエルと五大宗家の姫島、優秀な二つの血を継ぐサラブレッド、堕天使と人間のハーフなのだ。
生まれたばかりの娘と妻を放っておけないバラキエルさんは神社の近くに家を建て、そこで家族と一緒に暮らすことにした。
だが彼らの関係を認めない者がいた。朱乃さんの母方の姫島家が、堕天使が血族を洗脳し手籠めにしたと思い刺客を放ってきたのだ。元々厳格な家風であり、余所者や異端を嫌う五大宗家の一つたる姫島家の攻撃は激しかった。
しかし送られてくる刺客たちはバラキエルさんが全て追い払った。堕天使の中でも最高峰の実力者である彼に敵う者などそうそういない。家族の平穏は彼の手で守られたが、姫島家の追撃は激しかった。
襲撃は度重なり、姫島家の目に付かないよう彼らは慎ましい暮らしを送らざるを得なくなった。だが彼らは3人が一緒にいられるならそれでよかった、幸せだった。そんな彼らの暮らしは平穏に続いていくはずだったのだ。
そんなある日、バラキエルさんは家族の元を離れてしまう。どうしても彼でなければできない任務だったのでアザゼル先生が招集をかけたのだ。
そんな時に限って、奴らはまた現れた。
今回は今までのようなただの襲撃ではなかった。何度も撃退される術者たちが策を弄し、バラキエルさんに恨みを持つ者に家族の情報を与えたのだ。
果たして彼らはバラキエルさんが留守にしている間に3人が住んでいた家に襲い掛かった。朱璃は敵から娘を守ろうと必死に襲撃者を相手にした。危機を察知したバラキエルさんが家に戻ってきた時に家にあったのは血まみれで物言わぬ骸となった愛する妻と、泣きじゃくる娘の姿だけだった。
襲撃の時、襲撃者は朱乃さんに母を殺された現実を突きつけると同時に堕天使という種族の闇を語った。血生臭い光景、目の前で母を殺されるという辛すぎる現実は幼心に奴らの話と共に深い深い傷跡を残すことになる。
そして、どうして母を守らなかったのかとバラキエルさんを責め立てた。優しかった家族の思いでは母の死と共に終わりを告げ、絆はずたずたに引き裂かれた。
そこから今に渡るまで、朱乃さんは母を失った悲しみの記憶とあの時母を守ってくれなかった父への恨みを抱えることになったのだ。
同時に堕天使への嫌悪感も抱くようになる。あの黒い翼は、彼女が心の奥底に押し込んだ忌々しい記憶と父を呼び覚ますモノだから。
「…だから朱乃さんはバラキエルさんとアザゼル先生を」
「そう。全部、俺が悪いんだ。あいつを任務で呼ばなければ朱乃の母親が殺されることもなかったし、あいつが自分の娘にここまで恨まれることもなかった…俺があの家族を壊したも同然なんだよ」
語り終えた先生は普段の豪胆さはなく、自身の行いへの後悔、悲しみに満ちた表情で俯く。俺は先生にかける言葉も見つからない。
結果的にバラキエルさんを呼んだ先生が悪いと言えばそうなんだろうが、一概に先生を責めることもできない。悪気があったわけではないし、ましてや襲撃を予期することもできなかった。バラキエルさんにもバラキエルさんの任務があった。
…言い方は悪いが、起こるべくして起こったことだ。先生も、バラキエルさんも責められない。でも朱乃さんは違違う。目の前で母を失った、幼い朱乃さんはそうでもしないと心が壊れてしまっただろう。
「俺が夏休みの修行であいつに雷光を習得するよう言った時、あいつはどれほど苦悩しただろうな。話を聞いたお前ならどういう気持ちだったか少しはわかるだろう?」
夏休みの修行で朱乃さんは自信に宿る堕天使の力を雷に付与した雷光と言う技を習得するよう指示された。あの時の朱乃さんの表情には普段の穏やかな様子からは想像もつかないような憤怒があった。
あの時はどうしてだろうと思っていたが今ならわかる。自分に流れる堕天使の血の力を解き放つことはすなわち、嫌いな父の力を使うことと同義だからだ。
「だがそれでもあいつは戦う力が欲しいと、雷光を会得した。あいつもあいつなりに、自分に流れる憎い父の血と過去と向き合っているのさ」
「過去と向き合う、ですか」
グレモリー眷属は皆何かしら重い過去を背負っている。木場も、塔城さんも、アーシアさんも今まで様々な形で過去と直面し向き合い、それを乗り越えてきた。
そしてその時いつも隣にいたのは兵藤だった。がむしゃらなまでに困難に立ち向かおうとする彼の姿は、震える彼らの心を奮い立たせた。木場達本人に訊ねても兵藤無くして今の自分はないと口をそろえて言うだろう。
もしかしたら今回もあいつなら、と思ってしまう。朱乃さんは間違いなく兵藤に対し恋情を抱いている。父と再会し肩を並べて戦うになり、嫌でも過去と向き合わなければならなくなるあの人の心を支えてやれるのはあいつだけだ。
…どうやら、俺は戦って皆を守ることはできても、皆の心を救うことはできないらしい。それはやはりグレモリー眷属の中心になっている兵藤、あいつにしかできない仕事だ。
「…もしかしたら、あいつも心のどこかで大好きだった父を許そうとしているのかもしれん。雷光を身に付けたのも、その証なのかもな」
二人の関係に思いを馳せ、しみじみとした調子で独り言のように呟いた。
父と娘、間近に両者を見てきた先生は誰よりも壊れてしまった二人の関係を悔やんでいる。
もし、二人の関係を修復できたら。二人だけでなくきっと先生も救われるだろうな。二人がまた親子だと言えるようになった時、先生も長年心を縛り続けてきた後悔から解放される。
「先生。兵藤ならあの親子を救える、俺はそんな気がします」
少なくとも、俺はそう確信していた。あいつならやってくれると。あの記憶と悲しみを終わらせてくれると。先生はその確信に一瞬目をぱちくりさせた。
「…そうだな。俺じゃできなかったことを、あいつなら成し遂げてくれそうだ」
一拍間を置き、先生は様々な思いを乗せてフッと笑んだ。それからすぐにまた作業に戻った。
(朱乃さんも、バラキエルさんも、先生も救えるのはお前だけだ、兵藤)
彼らが救われるその時を、俺は願ってやまなかった。
童貞捨てて禁手化したらグリゴリの神器研究史に刻まれそう。
次回はいろいろと動きがあります。頑張って早めに上げたい…!
次回、「行かないでくれ」