TIME IS MONEY   作:遠人五円

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第11話 女心と秋の空

「ハリー迎えに来たっスよー」

 

  迎えに来るな。嬉しそうな顔で一組の教室に姿を現したフォルテに早速一組の女子達の注目が集まる。まずフォルテを見て、続けてハリを。ハリにとって最も注目されたくないされ方だ。こういうのは本来一夏の役目のはずである。ジトッとした目でフォルテを見るハリにフォルテは小首を傾げて近付いて来た。近付いて来るな。

 

「どうしたんスか?」

「どうしたもなにも教室を間違えてますよ。ここは一年の教室です。三年の教室はあっち」

「間違えてないっスよ。ハリーを迎えに来たんスから。アリーナに行くっス! 今日は負けないっスよ!」

 

  やはり人違いらしいとハリは無視を決め込むことにした。ハリーとは誰だ。ハリはハリでしかなくハリである。伸ばし棒など名前についてはいない。尻尾のように三つ編みを振って机に齧り付くフォルテは、ハリが相手をしなくても勝手に話を進めていく。これなら嫌われていた方がマシだったかもしれないとハリはため息を吐き、それを見てハリのお節介な友人達が近付いて来る。来るな。

 

「おーいハリ。なんだよ新しい友達か?」

「珍しいわよねハリが女の子と仲良くなるなんて、ひょっとして彼女?」

「違いますよ。彼女は二年生のフォルテ先輩。ギリシャの代表候補生です。最近一緒に訓練してましてね」

「え? お前と訓練してるのか? あー俺ハリの親友の織斑 一夏って言います。よろしくお願いします」

「噂はいろいろ聞いてるっスよ。うちのハリーがお世話になってるっス!」

 

  おかしい。いつから自分はフォルテのハリになったのかとハリは肩を竦める。フォルテのやけに馴れ馴れしいハリへの態度を見て、一夏達も目を丸くした。この偏屈な友人と友好的な人間など自分達しかいないのではないかと一夏や鈴音は思っている。だがまだ関わってそこまで時間が経っていない箒やセシリアまで意外な顔をしているとはどういうことだとハリは顔を不機嫌に顰めた。だいたいハリがお世話をしているのであって、ハリが一夏達にお世話になったことなど両手の指の数より少ない。

 

「いえいえ、にしてもハリお前どこで知り合ったんだ?」

「フォルテ先輩は僕の幼馴染の恋人なのでそれで知り合ったんです」

「お前の幼馴染?」

 

  一夏は首を捻り、他の者達も同じく首を捻る。一瞬の間をおいて一夏達の頭に浮かぶアメリカ代表候補生。ダリル・ケイシーその人である。へーそうなんだという短い納得の後、あれれーおかしいぞ? と疑問符が一夏達の頭の中を流れた。

 

「なあハリ、お前の幼馴染って前の写真の人だよな?」

「そうですね」

「……女の子だよな?」

「そうですね」

「え……っと、恋人?」

「はー知らないんスか? 愛に性別は関係ないんスよ」

「そうですね」

「ハリあんたどうでもいいと思ってるでしょ」

「そうですね」

 

  特に取り乱さないフォルテと全く興味がないという冷めた態度のハリのせいで一夏達の湧き上がる驚愕に蓋をされる。愛だの恋だのに最も遠いところにハリがいることを知っている鈴音だけがよく言えば寛容、悪く言えば枯れているように見えるハリに頭を痛める。この子供らしくない友人が女性にうつつを抜かしているところを見てみたいとも鈴音は思うが先は長そうだ。

 

「まあそんなわけで先輩の弟分はウチの弟分も同じっス。ずっと弟が欲しかったんすスよね。気にかけるのは当然ス!」

「どういうわけですか、意味が分かりません」

「ははは、いいじゃんか。にしてもハリと訓練を自らするなんてフォルテ先輩すごいんですね。実は俺たちも放課後一緒に訓練してるんですけど一緒にやりませんか?」

「お断りします」

「お前が断るのかよ!」

 

  一夏のツッコミを華麗にスルーしてハリは一夏の後ろを見る。鈴音にセシリアに箒。この三人はまだいい。セシリアと箒の扱いも最近ハリは分かってきたし、鈴音においてはまるで問題はない。だがその中に新たに混じっているシャルルが問題だ。わざわざ間者の前で実力を披露するなどハリは御免だ。相手がどんなに小さな石ころであろうともそれが自分の道端に落ちていればハリは蹴り上げる。それに今はシャルルに構っている時間はない。ブリュンヒルデと手合わせできるかもしれない絶好の機会なのだ。

 

「別に連携の訓練をするわけではないのですから、僕達がいると人数が多過ぎます。それでは効率が落ちる。ねえボーデヴィッヒさん」

 

  最もらしい理由をつけて、ハリは教室を出て行こうとしているラウラに話を振る。急に誰も関わりがないはずのラウラにハリが話を振ったことで全員訝しげな顔をした。それも当然だ。ハリがラウラを気にかける理由を知るのは千冬だけ。それよりもハリが自ら親しくもなさそうな女子に話しかけたことの方に驚いた。

 

「聞こえていますか?」

「……なぜ私に話を振る」

「今日の訓練少し付き合ってください。ぜひ見てみたいですね。ドイツの実力を」

「そんなことをする理由がない」

「おや負けるからですか? 織斑先生の教えも存外しょうもないのでしょうか」

「貴様!」

「お、おいハリ⁉︎」

 

  ハリらしからぬ安っぽい挑発。だが効果は抜群だ。人の心象が悪くなろうが、目的を達成できればハリはそれでいい。慌てる一年生をよそに、静かになっていたフォルテが動いた。大きく手を上げて、ハリの頭に目掛けて振り下ろす。

 

「コラハリー、女の子を困らせちゃダメっスよ!」

「……そういうの言ってみたかったんですか?」

「言ってみたかったっス」

「……ぁあそうですか」

「なんなんだ貴様ら!」

「お、いたいた。おーい!」

「今度はなんだ!」

「あ、先輩早いっスね」

「お前らまだこんなとこにいたのかよ。先にアリーナにいたのに全然来ねえし、オレが一人だけやる気あるみたいじゃねえか」

「貴女は逆にもう少しやる気を出してください」

 

  固まっていたおかしな空気を打ち破ったのはダリル。新たな代表候補生の登場にまた少し教室が騒がしくなるが、当事者達は気にしない。ハリと見つめ合っている、というか睨みつけているラウラとハリの顔をダリルは見比べると、にんまり悪い顔を浮かべ、ダリルはラウラの方に抱きついた。

 

「な⁉︎ なんだ貴様は! 離せ!」

「おおいいねー、オレお前みたいな勝気なやつ好きだぜー、折れた時が最高」

「先輩に気に入られるなんてかわいそうな子っスね」

「僕のせいではないですよ」

「離せ!」

 

  ダリルの腕の中でラウラは暴れるが、ダリルは慣れたものだ。ラウラがダリルには身長で負けていることもあるが、大人気なく亡国機業で叩き込まれた技術を実践しドイツ軍人を押さえ込んでいる。それが唯一分かるハリは、頭痛がしてくると顳顬を抑える。

 

「ぐッ! なぜ離れん⁉︎」

「先輩舐めんなー、おいハリこいつも誘ってんだろ? いいねー、お姉さん達がIS学園の怖さを教えてやんよ」

「なにが怖さだ! こんなISをファッションかなにかと勘違いしている者たちに囲まれて時間を無駄にしていることの方が恐ろしい!」

「ふーん……なあハリ、まずはオレにやらせろよ」

「ム……いえいえ先輩、まずは私が相手するっス!」

「時間の無駄です。僕がやりますよ」

「……なんか怖えよ」

 

  すっかり蚊帳の外になってしまった一夏達を置いて、ダリルがラウラを引きずっていく。その日、第二アリーナは地獄と化した。炎と氷と弾丸がたった一人の少女を蹂躙し、ラウラはしっかりIS学園の怖さを知ることになった。ハリとダリルとフォルテの放つ恐ろしい雰囲気にIS学園の生徒達もこの日だけは第二アリーナに近寄らず、第三アリーナで訓練していた一夏達は訓練とは思えぬ隣のアリーナからの轟音の嵐に、よくは思っていなかったラウラに優しくしてやろうと同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生」

「…………ハリ、なぜ呼ばれたか分かっているな」

 

  次の日の早朝、ハリは千冬の部屋に呼び出されていた。職員室ではない。寮監を務めている千冬の自室だ。至るところに置いてあるゴミ袋を見るに、千冬の生活力の低さが伺える。今千冬を取り巻いている様々な問題によって千冬は大変悩ましい顔を浮かべているが、対してハリはこれまで以上に爽やかな顔を浮かべている。

 

「はい、早速問題を解決しました。約束を守っていただけるのでしょう?」

「ば、馬鹿者! そう簡単に付き合えるか!」

「む、まあそれもそうですか。骨折り損でしたかね」

「い、いやまだダメだと言っているわけでもない」

 

  珍しく心底残念だとしょぼくれた顔をするハリの姿に千冬は難しい顔になる。ハリとはハリが一夏と仲が良かったこともありそれなりの付き合いはあるが、どうも前の一件から千冬はハリのことが気になってしょうがない。元々手がかからず年不相応に大人びた男だ。一夏にないものを補い、千冬が一夏にできないことをしてくれる頼れる男。千冬の中で一夏のいい友人という立ち位置だったハリが向こうの方から千冬に一歩寄ってきた。それも小さくない一歩だ。千冬も一夏と同じく異性に疎い。遠回しならいざ知らず、最短距離で近寄ってきたハリに千冬はどう対応していいか分からなかった。千冬はブリュンヒルデ。男に言い寄られたことも一度や二度ではない。しかし、そんな者達と比べてハリは誰より千冬に近い。ISは関係ない。ISがなかろうと、身の内に潜んでいる何かが自分と同じだと千冬の本能が訴えかけてくる。そして少なくない要因の一つとして、ハリの容姿がいいこともある。燃えるような赤い髪はいやでも目につき、鋭い眼光は心の内まで見透かされているような錯覚に陥る。今もその目を千冬の目から逸らさず見つめてくるハリに少なくない気恥ずかしさを覚えながら、千冬は不器用に話を戻す。

 

「ま、まあそんなことはいい!」

「……そんなことですか」

「んっんー! 兎に角! ボーデヴィッヒの件だ!」

「ああ、あの出来損ないのことですね」

「VTシステム、まさかあんなものを組み込んでいたとはな」

 

  VTシステム。正式名称をヴァルキリートレースシステム。

 過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするという代物だ。ラウラをボコボコにしていた過程で千冬の動きを組み込まれVTシステムが起動したが、それで逆にやる気になったハリと、面白いとやる気を出したダリル。二人がやるならとフォルテも突っ込み、学園に危険を報せるアラームが鳴るより早くあっという間に沈静化させてしまった。そのあまりの弱さにハリもダリルも早々にやる気をなくし、後に残されたのは干物のようになったラウラ。見たところ身体に支障もなさそうだったため、ハリと同部屋だったこともあり寮の部屋にラウラを押し込め先生方に報告。そのおかげで先生方は徹夜に追い込まれる羽目になったが、よく調べもしないで転入を認めたのだから自業自得だ。

 

「ボーデヴィッヒも災難だったな」

「あんな欠陥品を組み込まれていたのには流石の私も同情しますね」

「それもそうだが転入早々お前達三人の相手をしたことがだ。いったいなぜそうなった」

「さあ? なるべくしてなったというべきか。ボーデヴィッヒさんの日頃の行いが悪かったのではないですか?」

 

  いくら代表候補生とはいえ、連携がなっていなければ麻耶と戦ったセシリアと鈴音のようになっておしまいだ。しかし、ダリルとフォルテはコンビでならIS学園最強。どころか世界でも有数のコンビネーションを誇る。それに加えてダリルとならば問題なく、そうでなくても個としてラウラを圧倒できるハリにラウラが一人で勝てるなどという甘い未来は当然訪れなかった。このトリオを相手にして勝てる者はIS学園では千冬に可能性があるぐらいだ。

 

「はあ、しかしコテンパンに負けてボーデヴィッヒも変わるだろうか」

「もしこれでダメでも何度でもやれば変わるでしょう」

「それはやめておけ、ただでさえまたお前のラファール・リヴァイブが中破して整備班が地獄を見ている。それに加えて第二アリーナまで中破した。IS学園の整備班は学年別トーナメントに間に合わせるために今日は授業も休みで復旧に励んでいる。このままではお前達三人に学園が壊されるからな。VTシステムを片付けたこともあって私達もここ数日のお前達の蛮行には目を瞑るが、これ以降は庇えんぞ。それにボーデヴィッヒが死ぬ」

 

  校門が凍りついているのとかな。と口には出さずとも千冬の目が訴えかけている。なんと脆弱なことだとハリは呆れるが、ハリも学園の生徒である以上従うしかない。

 

「まあいいですよ。やりようはいくらでもある」

「すまないな。だがボーデヴィッヒも懲りただろう。高くもない鼻柱をこれでもかと叩き折られたんだ」

「折る気もなかったんですがね」

「ボーデヴィッヒのフォローを頼む。ああ見えて奴もまだケツの青いガキだ。それにVTシステムの件はくれぐれも他言無用で頼む。先日の所属不明機襲撃のおかげで学園に注目が集まってしまっているからな。これ以上学園を火薬庫にしたくはない」

「微力を尽くしましょう。織斑先生も約束の件なるべく早くお願いしますよ。今の私の数少ない望みですから」

「え? あ、ああ、分かっている。分かっているぞ」

 

  惚ける千冬を部屋に残し、ハリは部屋へと急ぐ。ありがたいことにラウラに逃げ場はない。一日どこで何をしようと一日の終わりには部屋に帰ってくるのだ。初日は部屋に入ってきたラウラはすぐに眠りにつき大変静かで良かったが、今日からは少々夜更かししなければならぬだろう。ISを使えぬのならば身体に聞く以外あるまい。そんなことを考えながら部屋の扉を開けたハリの目におかしなものが映る。ベットの上に何かが丸まっている。三つ指つけて頭を下げていたそれはゆっくり頭を上げた。

 

「お帰りなさいませ旦那様」

「……困りました。どうやら昨日やり過ぎましたか」

「いえ、これまでの無礼をどうかお許しくださいませ。お姉様方にも大変な失礼を。どうぞ御洋服をお預けください。未だ至らぬ身ではございますが、その、私も初めてですのでどうか優しく……って痛! 何をする⁉︎」

「それはこちらの台詞です。何をしているのですかいったい」

「む、いけなかったか? 謝罪の仕方をちゃんと聞いたのだが」

「誰にですか。その人はただの馬鹿です。耳を貸すだけ無駄でしょう」

 

  どこから引っ張ってきたのか白い着物を着たラウラは持ち前の白い髪も相まって人形のような美しさがあるが、ハリにとってはどうだっていい。それよりも軍人らしさが風前の灯火と化しているラウラの方が問題だ。

 

「はあ、どんな心境の変化があったのかは知りませんがいったいどうしたんですか?」

「いや昨日の戦いで私は私の至らなさを知った。教官のおかげで強くなったと思っていた私だったがお姉様方に手も足も出なかった。私は私に足りないものを知りたい。ハリ、強さとはなんだ?」

「強さですか? そんなもの僕にはどうだっていい。必要なのは望みとそれを叶えられる力。それさえあれば僕は強くなんてなくたっていい。貴女の望みはなんですか?」

「なんだろうな……教官を連れ戻すという当初の望みはもういい。お姉様やお前のような者がいるんだ。ここも捨てた場所ではない……私に新たな望みやそれを叶える力が持てるか?」

「知りませんよ。ただそれも望みではあるでしょう。時間はある。なら後は貴女次第だ」

「そうだな……では改めてよろしく頼むぞ旦那様!」

「その呼び方やめてください。誰です貴女にそんなものを吹き込んだのは。早急に教えてください、ヤリに行きます」

「何をだ⁉︎」

 

 

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