TIME IS MONEY   作:遠人五円

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第4話 畳の上の怪我

  一夏とセシリアの戦いは熾烈を極めた。ハリとの戦いでは満足に動かなかったBT兵器が飛び回り、レーザーライフルの閃光は淀みなく白式の装甲に傷を付ける。そんな戦いの様子をハリはピットからではなく、会場の隅から眺めていた。

 

  怪我をしたわけではなかったが、一応ということで保健室に押し込められたハリは早々に脱出し、ピットに戻るのも仲のいい者がいるわけでもないので会場の方へ逃げていた。それにしても長い。慢心のなくなったセシリアが甘くはないだろうことは分かっていたが、もう10分は経っている。一日で五分しか戦えないハリからすれば長く感じるのは仕方がない。

 

「よーう、ハリじゃねえか。目立つなあお前の髪だと」

 

  青と白のISが空へ光の尾を引く姿は見ている分には美しいだけ。それを囲うように飛び回るBT兵器も合わせて踊っているようだ。熱帯魚の入った水槽をただ眺めているだけのように時間を潰すのは悪くない。それこそ贅沢な時間の使い方というものだ。

 

「おい聞いてんのかよ、折角オレが話しかけてやってんだぞ」

 

  全世界に467機しかないISのうちの専用機として技術を積み込まれた二機の舞踏。見る者が見ればそれこそヨダレものだ。テレビの中ではなくそれも生でときた。もし入場料を取るならいったいいくらになるか分かったものではない。

 

「あーあれか、女に群がられすぎて女に話しかけられるありがたみってヤツを忘れちまった感じー? 姉さん悲しいぜ」

 

  だから視線をそれから外すなどと勿体無い。例え非常にグラマーな美人に声をかけられたからといってそれがなんだというのか。世界の人口の半分は女性なのだ。一々そんなものに目をやっている場合ではない。

 

「おーい、無視してんじゃねえぞ」

「……何ですか?」

 

  馴れ馴れしく肩を組まれてハリは対応するしかなくなった。言葉だけなら流し続ければ誤魔化しようもあるのだが、身体を掴まれてはそうもいかない。観客は空を舞うISに注目しているおかげでハリが絡まれていることなど眼中にないのがせめてもの救いだが、それにしてもこの状況はよろしくない。誰かの視線がハリ達の方へ向けば一発でバレてしまう。それはマズイ。追求されるのが目に見えている。なぜ三学年のアメリカ代表候補生と知り合いなのかと。

 

「何ですかって、負けた後輩を慰めにな」

「いりませんよ、話が終わったならさっさと離れてください」

「何だよ冷えなあ」

「僕と貴女がなぜ知り合いなのかの言い訳を考えるのが面倒なんです」

「そりゃあ、恋人とか?」

「ふざけないでください。僕はまだ貴女の恋人に刺されたくありません」

「フォルテはそんなことしないって……多分な」

 

  目を引く金髪はホーステールに纏められ、少女が動くごとに元気よく揺れる。男勝りな喋り方をする割に、女性らし過ぎるその肢体とのギャップが人気の秘訣だとか。そんなどうでもいい情報を学園に入る前から聞いてきたハリは、そんな彼女、ダリル・ケイシーに会ったら「仕事をしてください」と言う気だったのだが、あまりの自由奔放さにその言葉も出なかった。

 

「んー、でもわざと負けたとはいえ堪えねえの?」

「刹那的勝利や敗北など興味ありません」

「ほー、天才様の言うことは違うねえ」

「からかわないでください、用件があるなら手早くお願いします」

「まーそういうなよ、久しぶりに会ったんだし少しお喋りといこうぜ」

 

  少しもクソもあるかとハリはダリルを睨みつけるが、柳に風、暖簾に腕押しで全く気にした素振りはなく口笛さえ吹いている。ダリルも単身IS学園に入り二年間、馴染みがいないことが寂しかったりするのかもしれないが、その吐け口になる気はハリにはない。どうせなら相手に乗っかり、さっさとお引き取り願おうとため息を吐くことでダリルに応えた。にんまり弧を描く口元が忌々しい。

 

「で? 織斑一夏はどうよ? お前が遠距離だけで戦って遠近感狂わせたってのに随分長えこと戦ってんじゃねえか」

「まあ今の彼の実力で代表候補生と戦えばこんなものでしょう。セシリア・オルコット、彼女は弱くはないですよ」

「お前が言うと説得力ねえな」

「うるさいですよ、ただまさか彼の武装が剣一本とは……、本当にアレが無駄にならないとは笑えます」

「あー剣道場で放課後毎日なんかやってたな、お前が竹刀降ってて遠巻きで見たオレは笑い堪えるのに必死だったわ。一緒にいたフォルテをごまかすのマジで苦労したんだぞ」

「知りませんよそんなこと」

 

  ため息を吐くハリの何が可笑しいのか、素っ気ないハリに満足してダリルはバシバシ肩を叩く。ハリがISに乗った後は何であろうとフラフラになることを知っているだろうにダリルのこの蛮行。への字のハリの眉毛が叩かれるごとにつり上がっていく。上りきったらば堪忍袋が切れる合図、それを見極めるかのように、切れるギリギリのラインでダリルの手が止まった。それに合わせてダリルの顔が少し真剣味を帯びる。影の差した表情は先程までの飄々としたものではない。この変わりようを初めて見れば度肝を抜かれるかもしれないが、人の二面性など見慣れているハリはようやくかと緊張することなく、むしろ気楽に肩の力を抜いた。

 

「で? どうだったよブルー・ティアーズは」

「見事。その一言に尽きますね。使う者によっては相当の脅威になるでしょう。BT兵器を上手く使えばレーザーの檻の完成です。そうなれば僕でも厳しい」

「へー、なら決まりか?」

「上はなんと?」

「オレ達に任せるとさ、アラクネを奪ったみたいにな。ただお前だったら別として、アレがまだ素人の織斑に負けるようならダメだな。機体がいくら良かったとしても泊がなさすぎる」

「ではダメですね」

「お? なんだよ、お前織斑が勝つ方に賭けるのか?」

 

  何が嬉しいのか笑顔で詰め寄ってくるダリルが鬱陶しいと手で払う。それでもダリルの表情は変わらず、理由を話せと目でこれでもかと催促してきた。ダリルは期待しているのだろう。ハリの口から友情だのなんだのといった台詞が出るのを、子供がサンタにプレゼントを頼む時のようなキラキラした目で待っている。ハリがそんなことを言うことほど似合わないものはない。その通り、何を期待しているのかとダリル相手に何度目かも分からぬため息を交えながら、その鬱陶しい顔を掻き消そうとハリは動いた。

 

「僕がピエロになったんです、勝たなければ困りますよ。そうでなければ僕は会場をただ飛び回っていたハエと変わらない。故に彼が勝ちます」

「はー、自分への自信ね。でもさー、それは期待しすぎじゃね? 皆がお前と同じじゃねえ、まあオレとかは別としてだ。もし、織斑が負けたらどうするよ?」

「賭けですか? その時は貴女の言うことをなんでも一つ聞いてあげましょう」

「はっはっは! そこまで言うかよ! 面白え! あのセシリアよりお前の方が傲慢だろ! よーし乗った! じゃあオレが負けたら、そーだなあ、お前とならベットで一回くらいは」

「いりませんよ、貴女の恋人に刺されるのが目に見えます」

「お前その歳で枯れてんの? オレそんなに魅力ないかなあ」

 

  悩ましげに身体をくねらせるダリルに魅力がないことはないのだが、手を出したらどうなるか分かったものではない。ダリルの叔母と恋人から包丁片手に追い回されるのが目に浮かぶ。綺麗な薔薇には棘があるというが、その棘に致死毒が含まれていると分かっているのにわざわざ手を出すほどハリは悪食ではない。そういった手合いは一夏にパスだ。

 

「馬鹿言ってないでもうちょっとマシな景品を出してください。賭けになりませんよ」

「な⁉︎ お前なあ! あーもうアレだ、今のでお前の負けが決まったな。オレの身体以上に豪華な景品なんてあるわけねえだろ⁉︎」

「騒がないでください。ま、今に決まりますよ、その顔が情けなくなる準備をお願いします」

「かー! お前本当に可愛くねえな! クラスでもそうなのか? オレにばっかり辛辣過ぎだろ!」

「クラスでこんなこと言うわけないでしょう、貴女だからですよ」

「余計悪いわ⁉︎」

 

  一際大きなダリルの叫びにハリはからかい過ぎたかと周りに視線を散らすが、ざわめきだした観客のおかげで聞こえていなかったらしい。試合会場に目を向ければ状況は変わっていたようで、遂に初期化を終えた白式がBT兵器を落としていたところだった。先ほどよりも鋭さの増した白式の動きは、確かに一週間の成果があったことを示している。瞬時加速(イグニッションブースト)を使わずともセシリアに向かって肉薄していく一夏の姿にハリは笑顔を向けた。

 

「これは決まりですかね」

「あー、マジかよ……マジか」

「その顔写真に撮っていいですか? 待ち受けにします」

「お ま え な ⁉︎」

「で? 結局景品は? もうこれは僕の勝ち」

「試合終了。勝者ーーセシリア・オルコット」

「…………ようハエ、何か言うことあるか?」

 

  なぜか白式のエネルギーが底をついている。勝ち誇ったダリルの顔はそれは素晴らしい一生のうちに見れるかどうかという見事な笑顔だ。ハリはそんなダリルの顔を見ながら心に決めた。

 

  一夏殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では一年一組代表は織斑 一夏君に決定です。一繋がりでいい感じですね!」

 

  麻耶の嬉しそうな声が教室に響く。それを聞いてクラスの女子達も大いに盛り上がっているのだが、それ以外の負の感情を一身に背負っているかのように一夏の顔は死んでいた。その姿はリビングデッド、死体と見間違えそうな程だ。体の周りにはハエが飛び交い、窓の外でカラスが鳴く。あまりに毒々しい一夏の風貌は、沼地の底なし沼を擬人化したようであり、投げ込まれる言葉は沈んでいくだけで浮き上がってなどこない。虚ろな瞳は教室の真っ白い天井にある染みの数を数えており、一人だけ別世界にいるようであった。

 

「あのー織斑君?」

 

  心配してマヤが声を掛けてくれるのだがどこ吹く風。砂漠に流れる風のように閑散として一夏の心に波も経たない。試合後、試合以上の地獄を一夏は見た。千冬や箒の小言などまだ優しい。どこに行っていたのかピットに戻って来たハリの顔を見た瞬間に一夏は凍りついた。「負けはしましたが、よくやりましたね」といった言葉はさすがに期待してはいなかったが、千冬や箒、麻耶がドン引く程の言葉の羅列は一夏の心を抉るには十分過ぎる。泣くを通り越して真っ白い灰になる一夏の代わりに、なぜか薄っすら涙目になっていた千冬が、「その……なんだ……もうそれぐらいでな」と姉らしくない姿を見てしまったことも相まってダメージが大きい。

 

「あ、あの織斑君?」

「あー……なんですか?」

「だ、大丈夫ですか?」

「え?…………だいじょうぶですよー……いきてはいます」

 

  しかも困ったことに一夏とハリは同部屋だ。ピットでは千冬のおかげで取り敢えず終わりとはなったわけだが、本当の地獄はそれからだった。部屋に帰れば閻魔大王がそこにはいた。しかも天国へは裁かない地獄直通一直線しか示さない閻魔様だ。地獄めぐりを一度終えてももう一周、もう一周、魂魄はとうに焼け落ちたが、それでも容赦されなかった。言葉の暴力、その言葉の意味を初めて知った瞬間だ。

 

「そーいえばー……なんでおれがくらすだいひょうなんですかー……?」

 

  取り敢えずそこら辺の生ゴミと間違われないように私人間ですアピールをする。そして、これは一夏の当然の疑問でもあった。セシリアを五分とはいえ終始圧倒していたハリ。そのセシリアに負けた一夏。勝敗の数で言えばセシリアが妥当。セシリアでなければハリだろう。麻耶は一夏の今の産まれたての子鹿のような状態を気の毒に思いつつ答えてあげようとするのだが、それより早く教室の後ろの席で誰かが立ち上がる音がする。

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

  相変わらずのセシリアの自信満々といった声。だがそれに一夏が反応することはない。川に聳える巨岩の如く、流れる水をそのまま後方へと受け流し、今生きてます。という生の喜びを噛み締める作業に没頭する。そんな一夏に気付いているだろうに、セシリアは動く口を止めることはなかった。

 

「ま、まあ勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

「しかたない……?」

「ええ、代表候補生たるわたくしが本気でお相手したのですから」

「…………そうだよな」

「はい?」

「そうだよな! セシリアは代表候補生だもんな! むしろこれが普通だよなぁ‼︎」

「え、ええ。それでまあわたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして一夏さんに代表を譲ろうと」

「そうだよそうだよ! 俺はよくやったんだって! な! ハリ!」

「山田先生、生ゴミが喋っています。不思議ですね、研究所に送った方がいいのでは?」

 

  さらりと普段見せない笑顔で毒を吐くハリの姿は恐ろしい。こんな感じで二人目の男子の笑顔を見たくはなかったとクラスの女子の顔も総じて引き攣る。セシリアでさえ苦笑いを浮かべて何も言わない。

 

「うぐっ……そういうならハリが代表やってくれよ!」

「馬鹿ですか貴方は、いや馬鹿でしたね、いえこれでは馬鹿に失礼ですか。戦える時間に限界のある僕が代表になるわけないでしょう。そんなだから負けるんですよ生ゴミ。いえ生ゴミの方がまだ使いようがありますね。おや困った、貴方のことはなんとお呼びしていいやら」

「あ、あのハリさんそれぐらいで。それにそれでは勝ったわたくしも浮かばれないというか」

「もっと彼はぞんざいな扱いで構いませんよ、貴女は勝者だ。またこの一週間のように高慢ちきな態度で接してあげてください」

「いや、それは、わたくしが悪かったですわ。クラスの皆さんにも迷惑を掛けてしまって申し訳ありません」

「何を言いますか、貴女は素晴らしい。ほら、前のように言葉で相手を撃ち抜いてあげてくださいスナイパー」

 

  学校が始まり一週間。クラスの女子達と少なからずコミュニケーションを取っていた一夏と違い、一夏といる時以外はあまり喋らずいたハリの本性を全員が知った瞬間だった。一夏が昨夜これに一晩中巻き込まれていたとは御愁傷様だと誰もが心の中で手を合わせる。それが飛び火して燃え上がってしまったセシリアはどうしていいか分からず誰かに助けを求めようと目を走らせるが、麻耶はオロオロとしているだけ、一夏はもうダメだと絶望に暮れ、箒に至っては関わらないことにしているらしい。教室の空気はどんどん冷めていくようで、ハリがクラスの中で取扱注意の要注意人物になったのは言うまでもない。ただドMの間ではハリの株はうなぎ登りのようで、何人かの熱い視線がハリの方に向いている。

 

「座れ馬鹿ども」

 

  そんな異様な空気を破ったのは、当然クラスの支配者織斑 千冬。流石ブリュンヒルデだぜ! といった無音の歓声が教室中に轟いたのを誰もが幻聴した。千冬はハリの方を向くと大きなため息を吐いて肩を落とす。ハリの扱いに困っているのは千冬も同じだ。これで実力がなければお前もひよっこだと言えるのだが、同じ戦いの天才である千冬にはハリの実力が分かってしまう。このクラスではハリが頭幾つも抜けている。もし動ける時間に制限がなければ、もし機体の性能がよかったら、そんなたらればがあればセシリアとの戦いの結果は見なくても分かる。

 

「ハリ、お前の言いたいことは分かる。が、結果は結果だ。そして代表を辞退したのもお前だ。そろそろ勘弁してやれ」

「……分かりました。織斑先生がそういうならいいでしょう。そろそろ彼を虐めるのも飽きてきましたしね」

「ハリお前なあ!」

「静かにしろ馬鹿者」

 

  一夏の頭に出席簿の一撃。なんたる理不尽と頭を抑える一夏は放っておかれ千冬はようやっと落ち着き静かになった教室を見回して話し出す。

 

「クラス代表は織斑 一夏だ。依存はないな」

 

  はーい。と元気のいい女子達の声が千冬へと返り、教室の空気が再度温まっていく。ハリにやり込められたおかげでセシリアへと向いていた僅かなヘイトも同情へと変わり、結果だけみればクラスの結束が強くなった。ハリの好感度を微妙に下げて。




ハリにはやっぱオレっ娘が似合う。
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