TIME IS MONEY   作:遠人五円

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第6話 愛は万人に、信頼は少数の人に

「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

  朝。クラスメイトの一言。ハリの一日がそれだけで最悪となった。半ばまだ休眠状態だった脳は直接電極を刺されたように叩き起こされ、遂にハリの心労が加速するカウントダウンが始まったのだ。一体なんのことか分からない一夏の寝惚けた顔が余計にハリの心を蝕んでいく。持って来たものが宝物の詰まったプレゼントなのではなく、人によってはそれが魍魎の匣になりうるということを能天気そうなクラスメイトの女子は気付いていない。

 

「転校生? 今の時期に?」

 

  とおかしそうに首を捻る一夏に、「貴方の厄ですよ?」とハリは弾丸を撃ち込んでもいいのだが、それをぐっと堪えて知らぬ存ぜぬを決め込む。鈴音は昨夜嬉しそうな顔でサプライズと騒いでいた。ここでハリが口を出せば途端に垂れたツインテールは二本の角へと早変わり、「驚かせようと思ったのに!」という理不尽な怒りを向けられることだろう。だからハリは敢えて何も言わない。一夏のこの話題を種に話したいような視線を感じても見向きもしない。しかし、ハリが口を開こうが開かなかろうが世界にハリがただ一人存在しているわけでもないため、噂好きな女子達が勝手に話を進めていく。

 

「そう、中国の代表候補生なんだって」

 

  そのクラスメイトの言葉を受け、一夏は代表候補生という単語に引っ張られたらしく箒やセシリアと何事かを話し始めてしまった。来月開かれるクラス対抗戦のことがあるからなのだが、気にするべきは一つ前、中国という単語である。ただそれは一夏の頭には響かなかったらしい。それを見てハリは二つの意味で肩を落とす。一つはやはり広まるのが早い鈴音の噂と、もう一つはその深度。噂とは信憑性を増すほどにその震源地に近づいていく。地震と同じだ。中国の代表候補生ということまで一組のクラスメイトにまでバレているところから鈴音の襲来が近い。ハリが一人余震を受けて避難しようか思案している横で、何を盛り上がっているのか一夏の席に女子達が群がっている。よくあんな中にいられるものだとハリは眉を吊り上げ、聞こえてくる「スイーツ!」という騒ぎ声が、逆に人生は甘くはないということを教えてくれているようで気分が悪い。そうしているうちに、遂に匣が強引に蓋を開けられた。

 

「その情報、古いよ」

 

  来た。遂に来てしまった。なにを格好つけているのか鈴音は入り口の扉に背を預け、腰に手を当て勝ち誇った顔をしている。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの、そう簡単に優勝できないから」

 

  そう言って笑う鈴音は別に勝負が好きで笑っているのではない。驚いている一夏の顔と、呆れ顔のハリ。二つの顔を見比べて鈴音は軽くウィンクをする。それだけでハリはどっと疲れた気がした。鈴音が下したのは瞼ではなくただの重荷だ。 「あんたはあたしの味方よね?」という鈴音の昨夜の囁きがハリの耳元で繰り返し響く。もはや呪いだ。

 

「鈴……お前鈴か?」

「そうよ、中国代表候補生、凰 鈴音、今日は宣戦布告に来たってわけ」

「何格好つけてんだ? すっげえ似合わないぞ」

「んなっ……⁉︎ なんてこと言うのよ、あんたは!」

 

  結局ハリが何も言わなくてもこれだ。一夏と鈴音の幼馴染漫才など中学の時にハリは見飽きている。サプライズなどと鈴音は言っていたが鈴音の思い通りにいかないだろうということなどハリは元々分かっていた。そして中学よりも今の状況がよくないことも分かっている。

 

「……凰さんそろそろ帰ったほうがいいんじゃないんですか?」

「ちょ、ちょっとハリあんたまで何言うのよ!」

「……ぁあ、もう遅いですね」

「おい」

「もうなによ⁉︎」

 

  パシンッ! 鈴音は早速IS学園の洗礼を受けた。普段は耳障りのよくない音が、この時ばかりはハリの耳に心地いい。薄っすら涙目になっている鈴音は振り返ると同時に石像と化し、仁王立ちする千冬に口を引き絞る。一組に鈴音が来るのはいいのだが、タイミングがよくなかった。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません」

 

  折角の鈴音の転校初日がなんとも格好のつかないものになってしまった。とはいえ、千冬に逆らえる者など学園にいないのだからしょうがない。

 

「また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏! あとハリも後でね!」

 

  ついでにだったら呼ばないで欲しいというハリの文句を受け付けるよりも早く千冬に急かされた鈴音は走り去ってしまった。千冬の冷たい目が一夏とハリの方を向く。理不尽極まりない。

 

「っていうかあいつIS操縦者だったのか。初めて知った。ハリは知ってたか?」

「……知ってましたよ」

「え? マジで?」

「まあ半分くらいは予想ですがね」

「なんだよそれ」

「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん⁉︎ あの子とはどういう関係で」

 

  ほうら修羅場が始まったと話を打ち切りそっぽを向くハリの対応は正しかった。この場にはそれを強制的にシャットダウンさせられる鬼教官がいるからだ。力技であろうともハリが千冬を尊敬できる点の一つ。お気に入りのCDを聞くように、連続で響く出席簿の音をハリは鼻歌混じりに聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  昼休み、上の空で授業を聞いていたのを一夏に擦りつけている箒とセシリアを尻目に、ハリは自分だけさっさと学食へと向かった。わざわざ火の中に飛び込む趣味はハリにはない。火を消す役目は火をつけた者がやるべきだ。例え自分に火をつけた自覚がなかろうと、燃え上がっているのは確かであり、火事に巻き込まれるのはハリは御免で、また火事場泥棒になるつもりもない。そして、放っておいても燃え焦げたまま一夏はどうせすぐに来るだろうとハリが食堂へ足を踏み入れれば、見慣れた女子が一人ラーメンの乗ったお盆を持って突っ立っている。ハリはすぐに目を逸らしなぜか食券販売機にあるナシゴレンのボタンを押した。

 

「ちょっとハリ、なんで見て見ぬふりするのよ」

「世の中には知らないほうが、気がつかない方がいいことというものがあるものですから」

「あんたまたわけわかんないこと言って煙に巻こうとしてるでしょ。ほんっとにあんた中学の頃から変わらないわね」

「それはどうも……、後で彼は来ますから先に席を取っておきましょう。僕と貴女がいればこっちに来るでしょうからね」

 

  ハリがそう言うと少し迷う素振りを鈴音は見せたが、足が疲れたのかハリの提案に従った。一年前に一度離れたとはいえ、ハリも鈴音も背丈さえ変わったが中身は全く変わっていない。一夏の前ではツンツンしている鈴音だが、一夏が関わらなければ気のいい少女だ。これを一夏の前でも出せれば少しは鈴音の恋路も上手くいきそうなものであるが、そうでないから人間関係とは難しい。

 

「あんたナシゴレンなんて食べるの? 中華食べなさい中華」

「中学の時に食べ飽きましたね」

「……一夏もそうかな」

「さて、貴女のならなんにせよ食べるんじゃないですか?」

「そ、そうよね!」

「彼はそんな男ですからね」

 

  あっぶねーと内心冷や汗を垂らしハリはイエスマンと化す。蜂の巣を突っつくわんぱく小僧の精神などハリは持ち合わせていない。一々会話に注意しなければならないのは面倒なことであるが、地雷を踏み抜くよりはマシだ。

 

「しかし、貴女が本当にIS学園に来るとは驚きましたよ」

「ふっふーん、そうでしょ!」

「ええ本当に」

「ま、まああんたのおかげよ」

「僕はなにもしていませんよ」

「全く、褒めてるんだから少しは嬉しそうにしなさいよ」

「なにもしていないのに何を喜ぶと言うのですか」

 

  本当に。そう言ってもいいのだが、ハリはその言葉を飲み込んだ。不毛な会話を続ける気などハリにはない。

 

「まあいいけど、それより聞いたわよ。一夏も大分騒がれてるみたいだけど、あんたも天才って言われてるみたいじゃない」

「そうみたいですね」

「みたいって……、あんたはもっと自分のことに興味持ちなさいよ。そうすればもっとモテるのに」

「モテる必要などありませんから、僕に必要なのは女性ではありません」

「…………あんた将来結婚できなさそうね」

「先のことなど考えても無意味です」

 

  そう言うハリに感情の揺れは見受けられず、一人で騒いでいる自分が馬鹿らしいと鈴音は拗ねた顔をする。中学の頃ならここで弾が鈴音を揶揄うのだが、その一人がいないために鈴音はむくれたまま。そんな顔を見ながらの昼飯が美味しいわけもないので、ナシゴレンを掬っていた手を止めた。

 

「それに僕を天才と呼ぶのならば貴女だってそうでしょう。たったの一年で代表候補生、それも中国のです」

「まああたしはこう見えてやるときはやるのよ」

「そのようで……。それで?」

「それでって、なに?」

「貴女の専用機とはどんなものなのでしょうか」

「あんたあたしが喋ると思ってるでしょ。あんたがあたしに力を貸してくれるって言うならいいけど〜〜?」

 

  ハリがNOと言うと分かっているからこそ鈴音はハリを揶揄いに掛かるのだが、頭のできはハリの方が一枚上手だ。笑顔の鈴音に向けてハリはにっこりと微笑み返す。鈴音の口元が引きつった。

 

「確か貸しが一つあったような」

「いっ⁉︎ あれはナシよナシ! あんなんで話せるわけないでしょ⁉︎」

「仕方ありません。ではそれはまた別の機会に」

「だからナシ!」

「しかし安心しました。ちゃんと代表候補生をやっているようですね」

「……当たり前でしょ、中学の頃にあんたに言われたもの」

「そうでしたか?」

「一夏と一緒にどんだけしごかれたと思ってるのよ」

「それに自主参加した貴女に問題があると思いますが」

 

  この姿勢をセシリアにも見習ってほしいものだとハリは思う。多くを語らず、必要なことだけを話す。差し出す情報は最小限に、引き出す情報は最大限。それができれば完璧だ。ハリも出来る訳ではなく、鈴音も出来るわけではないがそれが目指すところ。とはいえ一夏が関わると鈴音は途端にポンコツになるのだからどうしようもない。

 

「それはそれとして! 今も一夏とやってるの?」

「たまに。それより今はISに彼は忙しいですからね。放課後はよく篠ノ之さんとオルコットさんに扱かれてますよ」

「しの……オル……誰?」

「ほら、彼がよく話してた幼馴染とイギリスの代表候補生です」

「あぁぁそう言えば剣道やってる幼馴染がいるとか言ってたっけ? オルなんとかさんは知らないけど」

「あの篠ノ之束の妹ですよ」

「うそ! そんなのが一夏の幼馴染なの⁉︎」

「そうみたいです」

「ぐぅぅ、ねえハリ! あんたはあたしの味方よね!」

「……またですか」

「だってだって! 負ける気はないけど、な い け ど !」

「僕は名声よりも付き合いの長さを優先するタイプですからね。まあ、期待さえしてくれなければいいでしょう」

「分かってるったら〜〜」

「ですがクラス対抗戦は別ですよ、彼に勝ち目がなくなっては見てて面白くありませんから」

「……あんたもなんて言うか大概よね」

 

  呆れた鈴音の声を最後に、食堂の入り口が少し騒めき出す。声の波が打ち寄せるのは3つのパターンがある。一つは誰かが千冬を発見した時。もう一つはハリを誰かが発見した時。最後は一組のクラス代表を発見した時。ハリは目の前のツインテールが嬉しそうに跳ね出し、鈴音が顔を綻ばせるのを見ながら、今日はもうこれ以上関わりたくないので放課後は訓練場には絶対近寄らないようにしようとナシゴレンを口に掻き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー」

 

  やっほーではない。ここは山ではない。やまびこが返るはずもなく、ハリは冷たい目を返し、寮の部屋の扉を勢いよく閉めた。

 

「ちょっと! あんたは味方でしょうが!」

「昨日の友は今日の敵です」

「なによそれーー⁉︎」

「なんだよハリ、鈴が来たのか?」

 

  昼休み以降、一夏に関わらなかったおかげで久しぶりに平穏な日常を過ごしていたハリだったが、平穏は長くは続かないらしい。鈴音の登場によってセシリアと箒に詰め寄られ続けた一夏がハリと話す隙はなく、放課後も二人に一夏はさっさと引き摺られていってしまった。その後こってりと扱かれたらしい一夏の愚痴を聞くだけでも面倒なのに、これ以上面倒ごとを部屋に入れる気はない。それにもう8時だ。空には月が浮かんでいる時間。叫びたいなら夜の山に行って欲しいと、一夏の質問には答えずハリは天の戸岩と化す。

 

「一夏⁉︎ ハリに言って開けさせてよ! たまには昔馴染み三人で喋るくらいいいでしょ!」

「だってさハリ、それぐらいいいんじゃないか?」

「……先に言っておきますが僕は助けませんよ」

「なにが?」

「なんでもですよ」

 

  扉からハリが退けば、ハリが閉めた以上のスピードで扉が開く。恋する乙女のパワーは恐ろしい。ハリを睨む鈴音の顔にハリが冷めた目を送り続ければ、鈴音の方が先に折れたようで呆れた顔でため息を吐いた。

 

「ま、これも懐かしいから別にいいけど」

「ははは、これで弾がいれば昔みたいだな」

「そうすれば僕は喋ることもなく彼に全部押し付けられるのですがね」

「そのおかげで中学の頃に一番強くなったのが弾ていうのが皮肉よね」

「それでもハリには一度も勝てなかったけどな」

「当たり前です」

 

  たったの一年、されど一年。思い出話に浸るには十分な時間だ。この時ばかりはハリも薄っすらと笑顔になり、他の二人と同じ表情を浮かべる。

 

「まあそんな話もいいけどさ。今日はその、一夏に聞きたいことがあって来たのよ。ハリには悪いと思ってるし、一夏も疲れてるだろうからとりあえずそれだけ」

「……僕は離れていましょうか?」

「いいわよ別に、こ、こ、告白するわけでもないんだし」

 

  そうでなくてもここにはいたくない、というかもう告白してしまえというハリの空気には残念ながら二人は気がつかない。薄っすらと顔を上気させ、バッチリ髪型をきめメイクを施している鈴音を前に、話に関係ないだろうハリにここにいろというのは酷だ。

 

「あのね一夏、その、約束覚えてる?」

「約束?」

 

  首を捻る一夏に、鈴音から視線を外しハリは冷たい目を向けた。鈴音の約束。それは一年前、鈴音が中国へ旅立つ前の日に一夏と喋っていたことだとハリはすぐにアタリをつけた。その時一夏は快挙していたというのに、本気で頭を悩ましている一夏にハリはもうお手上げだが、パッと明るくなった一夏の顔を見てハリは逆に苦い顔をした。

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を……」

「そ、そう、それ!」

「おごってええッ⁉︎」

 

  一夏の鳩尾にハリの肘がめり込む。鈴音には絶対に見えない角度で打ち込まれた肘打ちの威力は凄まじい。身体をくの字に倒す一夏に鈴音は近づこうとするが、それより早く二人の間にハリは身体を滑り込ませた。これぞ職人技。中学の頃から知らぬ間に身についてしまった。

 

「ちょ、一夏大丈夫⁉︎」

「彼は今日はもう疲れてダメみたいです。彼はしっかり貴女との約束を覚えてていたみたいですし良かったですね、今日はもうこれでお開きにしましょう」

「え、いやでも」

「早くしないと織斑先生が見回りに来てしまいますよ」

「そ、それはヤバイわね、じゃあ後はハリに任せるわ」

「はい、おやすみなさい」

「うん、おやすみ!」

 

  元気よく嬉しそうにスキップしながら去っていく鈴音にハリは手を振り、手早く入り口の扉を閉めると丁度一夏が復活しハリに食ってかかるところだった。「お前なあ!」という一夏の大きな声は学園寮のしっかりとした防音性の高い壁に阻まれ外に漏れ出ることはない。心の芯に届くほど深く息を吸い込んで、ハリは部屋の温度を数度下げるようなため息を吐いた。

 

「……人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬそうですが、人の愛に気付かぬ者はきっと一人寂しく死ぬのでしょうね」

「? なんだよハリ?」

「いえ、これから先の労力を少し考えましてね。全く僕のやることではないのですが……、他にやる人は、まあいないでしょうし少し話をしましょうか」

「なんの?」

「はあ、貴方は彼女との約束を覚えてはいるのでしょうが意味を理解していないでしょう」

「意味って……おごってくれるんじゃないのか?」

「あれは彼女なりの愛の告白ですよ、プロポーズと言ってもいい」

 

  一夏の表情が固まった。不意の一撃を貰ったかのようなその表情にハリの苛立ちが募るが、それを口に出しても意味はないので平常を装う。あの鈴音の姿を見て、その考えに至らないとはどういった思考回路を一夏がしているのかハリの持つ大きな疑問の一つだ。

 

「中学の頃に習ったでしょう。比喩ですよ。月が綺麗ですね。毎日味噌汁を作ってくれ。彼女のいう約束は後者の亜種ですね」

「は? いやちょっと待った」

「待ちません時間の無駄です。貴方はもうちょっと相手の気持ちにアンテナを張り巡らせた方がいい。常に圏外なんですか? 拾っているところを見たことがありません」

「いやそんなこと言われても」

「いくら相手の愛情表現がゴミのように下手だからと言って、動物の求愛行動以下だと言ってもあそこまでレントゲン写真のように丸見えならば普通気がつくでしょう」

 

  一夏は鈍感ではあるが馬鹿ではない。アンテナは短かろうと感度は良好。ハリにここまで言われ冗談ではないと気がつけば、顔をどんどん困らせていき黙ってしまった。

 

  それを見てハリは面倒だと思いながらも、少し満足気な顔を浮かべた。これまでの鬱憤が晴れるほどに困ればいい。ハリがさっき一夏に肘を打ち込んだのもこんなくそ面白くない話をするのも別に一夏を助けるためではない。一年前に鈴音が中国へと渡る少し前にハリは鈴音からちょっとした相談を持ちかけられた。「もう一夏には会えないのかな……」と涙を目尻にたっぷりと溜めた鈴音に向けて、泣かれるのはとても面倒だと「ISの代表候補生にでもなればIS学園のある日本に来れると思いますが」なんて言う適当な返事を返した。その結果がこれだ。鈴音はその通り一年足らずで代表候補生になりここにいる。ハリは鈴音の味方をする気はない。ただ敬意は払う。鈴音が一年自分のためが多分に含まれているとはいえ、一夏という他人のために費やした一年に。ハリにはそれができない。できそうもない。自分のできないことをやってのけた鈴音にハリのできる最小限の助力だ。

 

「……なあハリ、俺はどうすりゃいいんだ?」

「知りませんよ、所詮他人事ですし、僕が答えを出していいことでもないでしょう。せいぜいこれまでの分悩んでください」

「そんなこと言われても困るぞ……」

「はあ、さて、クラス対抗戦もありますし、それまでは彼女に僕の方から上手く言って時間を稼いであげましょう」

「それって何かの解決になるのか?」

「さあ? ただ僕が昔言ったことを覚えていますか?」

「昔って……、中学の頃?」

「そうです」

「確か二つあったよな」

 

  一つは時間の使い方。なにをしようと流れる時間は同じだ。なにも考えずいる五分と、頭をフル回転させた五分。同じ五分でも中身は全く異なる。そしてもう一つは勝つこと。何かをやる時、目指すべきは勝者である。勝ちが全て、勝つことにこそ価値がある。勝者は全てを手にできるが、敗者が手にできるものなど多くはない。

 

「クラス対抗戦で鈴に勝てってことか? それでなにが分かるんだよ」

「さあどうでしょうね、ただ何かは摑めるでしょう」

「はっきり言ってくれよ、お前はいつもそうだ」

「自分のことは自分でしてください。僕がいつまでもそばにいるわけではないんですから」

「うぅぅ……そりゃそうだけどさ。ああああ! どうすりゃいいんだ! こんなの初めてだしさ!って痛え! なにすんだよ!」

「いえ、どうしても殴らなければいけない気がしたので」

 

  頭を摩りながら拗ねる一夏のことはもう放っておく。どんな答えにたどり着くのかハリの知ったことではないが、今必要なのは勝利だ。それがきっと自信に繋がり一夏の背を押すことになる。世間の評判やクラス対抗戦の優勝者などハリにはどうでもいい。クラス対抗戦でもっと価値のあるものが手にできればそれに越したことはない。

 

「よく分かんないけど勝って何かが分かるならやるしかないか……、よっしハリ! じゃあ鈴に勝つの協力してくれ!」

「死んでください」

 

  ハリの苦労は終わらない。

 

 

 

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