「かあさま!おいていかないで!」
「…私は貴女の兄のデルムッドを向かいにいかないといけません。したり離れ離れにしてしまっては可哀想ですから…」
「やだ!ならわたしもいく!」
「ナンナ、ラケシスを困らせたらダメだろう?」
「でも…!」
「…ごめんなさい、もう行くわ…。……ナンナの事をよろしくね…フィン…」
「…ああ」
短く言葉を交わした母さまはそのまま行ってしまった。これが最後に見た母様の姿だった。母さまは私のお兄さまの元には辿り着くことなく、行方不明となってしまった。私はいつまで経っても帰ってこない母さまは、お兄さまの元に着いてから帰ってこれない理由があったから帰って来てくださらないのだと思いたかった。
でも現実は非情だった。私の願いは届いてはくれなかった。
レンスター城が陥落し、西の教会に身を隠して解放軍が来てくれるのを待っていた時、セリス様、お兄さまたちが私、リーフ様、お父さまを助けに来てくださった。
その時は死地から助かった安堵感が大きかった。でもお兄さまと再会し話をした時、そこにはラケシス母さまはいなかった。お兄さまは母さまに会ったことはないと言っていた。
これが何を指しているのか…それは、ラケシス母さまは行方不明になってしまったということであった。あの日の夜は涙が止まらなかった。
いつか、どこかでまた母さまと再会できると思っていた母さまはもうこの世にはいないのかもしれない、それを知るのはとても辛いことだった。
そして今日の夜は、あの日を思い出すような雨がポツリポツリと降る肌寒い夜だった。
夜になると出撃することは基本ないので、私はエクラさまから貸していただいている私室のベッドの上に寝転んでいた。
エクラさまは嬉しいことに、私を頼りにしてくださってるので、よくフレンドさまへの友好の証を持っていく役割や、フレンドさまの救援といった仕事をさせていただけています。これは数ある英雄の中でも、私だけがさせていただけているお仕事なので、頑張らせていただいているのですが、最近は休みがなかったので、今日一日は休みをもらっていたのです。
せっかくの休みだったので、アスク王国城下のお店でペンダントを買ってみたり、美味しそうなものを食べてゆっくりしていたのですが、午後にはすることがなくなったので、最近アスク王国へとやって来たリーンさんやオルエンさんとお話ししてました。
やがて夜になったので、今日は早めに寝ようかと思ってお風呂にも入り、ゆっくりしていたのですが、部屋の扉がノックされたので、返事をしました。
すると、エクラさまが中に入りたいので開けて欲しいと言われていました。
正直なところ、お風呂上がりでしたので、男性と会うのは気がひけるものではありましたが、わざわざこの時間に直接部屋にやって来られる訳ですから、何かしら理由があってのことだろうと思い、少しお時間をいただいてからエクラさまを部屋の中へとお通しいたしました。
エクラさまは、こんな時間に突然押しかけたことを謝っていらっしゃいましたが、気にしていませんよ、と伝えて、部屋にあった紅茶を出しました。
お互いに紅茶を飲んで少し明日からの動きや、私にくださった武器の持ち替えなどを相談し、もう時刻も11時を回ろうとしたときでした。
エクラさまは、1人ここに呼んでいるから話をして欲しい、そうとだけ伝えて、自分のお部屋へと帰っていってしまいました。
こんな時間に誰なんだろう?そんな気持ちと、そろそろ眠たくなり、瞼が重くなってきたことを感じながら、その人物を待っていると、少ししてから、同じようにノックをする音が鳴り響いたため、その人物を中へと招き入れた。
そして、その人物に私は心底驚かされました。
サラサラとしたきれいな金髪、きれいな茶色をした目、それはまさに、私が会いたいと願ってやまなかった、ラケシス母さまに間違いありませんでした。
「…貴女がナンナ…ね?」
「……はい…ラケシス母さま…私は…貴女の…娘です」
私はそう言いながらもラケシス母さまに抱きついていました。
気づいたらそうしていました。抱きついた時の母さまの匂い、それは確かに、昔にラケシス母さまに抱きかかえてもらった時に匂っていた匂いと同じものでした。この匂いを嗅いでいると、自然と昔を思い出すようで、涙が溢れて止まらなくなってしまいました。
そんな私を母さまは、何も言わずに抱きしめ、頭を撫でてくださりました。
昔はこうしてよく撫でてくださりましたが、今となっては会うことすら叶わない母さま…そんな母さまが目の前にいる…そんなことがとても信じられないでいました。
「今まで寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。私はまだ貴女を産んではいないけど、幼い貴女を置いて一人行ってしまったということを聞いてしまった。これがどんなに寂しいことか…今の私はまだ貴女を産んではいないけど、私に謝らせて欲しいの。ごめんなさい…」
母さまは謝ってこられました。確かに今までは私を置いて行ったことを恨んだことや、しないで欲しかった、と何度も何度も思いました。でも今は不思議とそんな恨むような考えは浮かんできませんでした。
ただひたすら、ひたすらに生きている母さまに会うことが出来たことに嬉しさが溢れてくるばかりでした。
「ううっ…母さま…母さま…!また…こうして…お会いできて嬉しいです…この世界では、私を置いてもう一人でどこにも行かないでください…」
「ええ…せめて…この世界だけでも…貴女の近くにいるわ」
そんなラケシス言葉に涙が止まらなくなってしまったラケシスだったが、それとは対照的に雨は降り止み、綺麗な月光が部屋へ射し込むようになっていた。