櫻井了子の研究室。そこにノイズさんはいた。彼を目の前にして彼女は何とも言えない顔をしている。その理由は、彼が見せているボードにあった。
「ブラック企業じみてきたんで止めて欲しい、ねぇ」
その言葉に首を大きく動かして頷くノイズさん。何の事か分からない。そう返そうとした了子へ、彼はボードにこう書いて見せる。「ソロモンの杖の乱用、ダメゼッタイ」と。その瞬間、了子の表情が引きつった。ノイズさんはそんな彼女に構わず、片手を差し出してくいくいと動かしている。まるで早く出せと催促するように。
「な、何を言っているのか」
しらばっくれようとする了子へ、ノイズさんはまるでため息を吐くかのように体を動かすとボードへ新しく文字を書いて見せつけた。そこにある文字をしばし見つめ、了子は絞り出すように声を出した。
「…………それはあの男と見た映画の影響か?」
その問いかけに頷くノイズさん。楽しげにボードへ文字を書き、了子へ見せる。そこには「任侠モノっていいですな」の文字。どっと疲れた気がして、了子は項垂れるようにため息を吐いた。
「分かった。私の負けだ」
何せ、その前は「おう姉ちゃん、ネタは上がってんだ。こちとら同胞から話聞けるんやぞ。デュランダル、ネフシュタンとぶつけたろか?」と書かれていたのだ。もう了子は降参した。先日あったデュランダルの移送。それをノイズが襲撃したのだが、それさえノイズさんが平和的に解決したのだ。それに、彼女自身も過去ノイズを使って人を襲わせた事がある。どこから聞いたのか知らないが、ノイズ同士のコミュニケーションなど理解しようがない以上、ノイズさんの書いた事を信じるしかないのだ。こうしてソロモンの杖はノイズさんが没収する事になる。だがしかし、更にノイズさんは了子を追い詰めた。
「……そうか。あの子の事も知っているのだったな」
彼女の視線の先には「ネフシュタンを着てノイズを使役していた女の子、ちゃんと普通に暮らさせなさい」と書いてある。そちらもおそらく使役しようとしたノイズから聞いたのだろう。それがノイズさんのとどめであった。こうして了子はノイズさんの希望により、密かに車へ彼を乗せて隠れ家へと向かう。
「フィーネ? って、あの時のノイズっ!?」
「クリス、落ち着きなさい。彼は敵ではないわ」
「は? 何言って」
そこでノイズさんが見せたのはボードに書かれた「こんにちは。僕、ノイズさん」という文字と、周囲を囲う様に描かれた花やハートという物。あまりの事に言葉を失うクリスへ了子はため息と共にこう告げた。
「もう潜伏生活は終わりよ。貴女を自由にしてあげる。それとソロモンの杖とネフシュタンの鎧も二課へ渡すわ」
「な、何言ってるんだよ。杖と鎧を渡すって……じゃあ、あたしは? あたしも捨てるのか?」
「違う。そこにいるノイズさんがお前に普通の生活をさせてやれとな。でないと面倒な事になる」
「は? ……はぁ!?」
告げられた内容に疑問符を浮かべ、視線をノイズさんへ向ければそこには「やったねクリスちゃん。友達出来るよ」と書かれたボードを向ける彼がいた。あまりの事に混乱するクリスであったが、そんな彼女へノイズさんは機械の手で優しく肩を叩く。
「んだよ?」
視線をやれば、ボードには「いつかノイズさんも友達にしてくれる?」と書かれていた。その内容を理解するのに数十秒はかかったクリスだったが、理解した瞬間無意識に笑っていた。そしてこう告げたのだ。
「いいぜ。なら、あたしの初めての友達はオメーだ」
その言葉にぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現するノイズさんに、クリスだけでなく了子も呆れた。だが、二人して知らず小さな笑みを浮かべていたが。こうして翌日、ノイズさんと了子による雪音クリス発見の報と共にフィーネの野望は誰にも知られず砕かれる。先史の巫女はノイズさんへ強い恨みを抱くも、どこかで微かに感謝をしながら櫻井了子として生きる事となり、数年後とある男性からとんでもない申し出を受ける事になるのだが、それはまた別の話。
ちなみに、隠れ家は某国のエージェントが使っていた事にして罪を全部了子がなすりつけたとさ。そんな事があって数日後、二課本部にめでたくリディアンの制服を着たクリスの姿があった。
「へぇ、クリスちゃんもノイズさんと友達になったんだ?」
「あ、ああ。てか、どうしてこいつは将棋の本なんて読んでやがる」
「知らないの? 風鳴司令が教えて、本も買ってあげたんだって。翼さんは今はノイズさんに勝てなくて、司令も五分五分だってさ」
「……世界初で最後のノイズ棋士だな、こいつ」
二人が今いるのは訓練施設内のシミュレータールーム。その片隅で本を片手に将棋を指すノイズさんを見つめていたのだ。イチイバルの装者として二課に配属となったクリスはまず響と友人になり、その流れで同じ学院に通う彼女の親友である小日向未来や安藤創世、寺島詩織、板場弓美とも友人となっていた。余談ではあるが、同じクラスの数人ともぎこちなくではあるが交友関係を築き、クリスはそれをノイズさんにだけ教えている。
「あ、そうそう。奏さんに聞いたんだけど、ノイズさんって訓練の相手にもなってくれるんだって」
「はぁ? あいつが?」
すると、その会話を聞いていたノイズさんが二人へ向き直り、首を縦に振った。更にボードには「俺は、いつ何時誰の挑戦も受ける」と書かれていた。その某プロレスラーのような内容にクリスは呆れ、響は苦笑した。なので、クリスがならばとギアを纏う。響も付き合おうとギアを纏った。それを見てノイズさんは将棋盤を持ち上げて一旦シミュレータールームから運びだし、再び中へと戻ってくるなりその場で軽く飛び跳ねてボクシングのように腕を動かし始める。
「……何かやる気満々だね」
「おもしれえ。ノイズさんの実力を見せてもらおうじゃねーか」
「なら設定してくるね」
「おう、頼む」
未だにシャドーボクシングを続けるノイズさんを見つめ、クリスは響とのコンビなら良い線いけるのではないかと考えていた。何せ射撃と格闘のコンビだ。対するノイズさんはどう見ても接近戦のみ。これならいける。そう思って彼女は微かに口の端を吊り上げた。
「設定してきたよ~」
「うし、ならお前はノイズさんと接近戦だ。あたしは後方から援護する」
「うん、頑張ろうねクリスちゃん!」
こうして周囲の景色が変化したのを合図に二人はそれぞれ動き出す。が、結果から言えば惨敗だった。まず響の打撃はノイズさんにこれっぽっちも通用せず、むしろ彼女がノイズさんパンチで一撃KO。それに面食らったクリスへノイズさんダイブが炸裂。こうして僅か三十秒にも満たない時間で二人は敗北したのだった。気絶する二人をバックにシミュレータールームで両手を掲げるノイズさんの姿があったとかなかったとか。
「あははははっ!」
「笑い事じゃねえっ! 本気で死ぬかと思ったんだ! 真っ黒いのがドーンって飛んできたんだぞっ!」
「ノイズさんは本気で強いぞ。何せ、今のノイズさんは専用ギアのおかげで人が触れても大丈夫だ。だから、軽く司令が手ほどきをしていてな。とは言っても、最初は軽いお遊びだったそうだが」
「あー、司令って凄い強いですもんね。それでかぁ」
ノイズさんのでたらめな強さの裏を知り、響は納得するように笑った。それに奏と翼は少しだけ苦い顔をする。それに気付いたクリスが小首を傾げた。
「どうした?」
「いや、たしかに今のノイズさんの強さは司令が関わっているんだが……」
「そうなる前から、タフネスさはとんでもなかったんだよ。多分だけど、絶唱ぐらい平気で耐え切るね」
思わず絶句するクリス。逆に絶唱を知らない響は不思議そうな表情を浮かべた。そんな彼女へノイズさんがボードを見せる。そこには、ギア装者の捨て身の必殺技と書いてあった。
「へぇ、そんなのあるんだぁ」
首を小刻みに動かして頷くノイズさんに癒されるような笑みを見せる響だったが、クリスはとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。何せ絶唱と言えば一歩間違えば死ぬようなものだ。それを使っても平気で耐え切るノイズなど恐怖でしかない。と、そこまで思ったところで気付いた。
「そういや、あいつってどうしてあたしらの味方してくれてるんだ?」
「ああ、何でもノイズさんをノイズさんにしたのはあたしら人間の恨みとか憎しみなんだって。で、そのせいか、そういうの感じると嫌な気分になるんだってさ」
「故に人を殺させないようにしているそうだ。自分のようなノイズを増やさぬためにもな」
「おーっ、ノイズさんカッコイイ」
「……照れてんじゃねえ」
響の発言に片手を後頭部へ動かしてどこか困っているようなノイズさんを見て、クリスは心の底から疲れた声を出した。そんな二人を見て翼達が小さく笑った。今日も世界は平和です。