……理想は、届かないから理想なんですよねぇ。
弦十郎と共に街を行くノイズさん。だが、周囲はそれを見ても騒ぐ事はない。それは人間心理を利用した行動だった。こんな街中に、しかもノイズが人間と行動を共にするはずがない。きっと着ぐるみか何かだろう。そう勝手に思い込んでいるのだ。まぁ、ボードを使って意思疎通をしているのもそれに拍車をかけているかもしれないが。
「ん? どうして連れ出したりしたか?」
細かに頷くノイズさんに弦十郎は小さく笑った。
「なに、たまには外の空気でも吸わせてやろうとな。それに、俺なりの礼をしたかったのもある」
その言葉にノイズさんが足を止めて小首を傾げた。それに周囲の女性達が可愛いと声を上げている。事実を知ればきっとそうはいわないだろうが、意外とノイズさんの真実を知れば分からないかもしれない。そう思いつつ、弦十郎は口を開く。
「了子君の、いや彼女達の事だ。クリス君は某国の頼みでやったと言っていたが、そうではない事ぐらいこちらも分かっている。その方が都合がいいからそうしているだけにすぎん」
弦十郎の言葉にノイズさんはボードへ文字を書き込み見せた。そこには「さすがOTONA。おみそれしやした」と書かれている。最近よく見ている時代劇の影響だろう。それに気付いて弦十郎は苦笑した。
「何故ローマ字表記が知らんがそれ程でもない。にしても、本当にお前はすぐに影響されるんだな?」
恥ずかしそうに後頭部を掻くノイズさん。その光景に小さく微笑み、弦十郎は歩き出す。その動きに気付いてノイズさんも後を追う。
「今日連れて行くのはこの辺りで一番大きな本屋だ。将棋ばかりではなく娯楽としての読書も勧めてみようと思ってな」
実はノイズさんへ響が漫画を見せたところ、思いの外受けが良かったのだ。おそらく文字と絵の両方があるからだろうと了子が判断し、ならばとノイズさん自身に選ばせてみようとなったのだ。そこで非番となった弦十郎が責任を負う形で街へ連れ出したと、そういう訳だった。
「ま、気楽に選んでくれ。気に入ったものがあれば買ってやるし、なければないでもいい。お前には、もっと人間の事を知って欲しいんだ」
一度立ち止まって振り返る弦十郎の視線の先では、ノイズさんが嬉しそうに跳ねていた。その子供のような反応に笑みを零すと彼は再び歩き出す。こうして二人は本屋を見て回り、ノイズさんが興味を抱いたのは幼児向けの絵本だった。分かりやすく絵も多いそれが、ノイズさんの中で一番興味を引いたのだろう。
「……俺が言っておいて何だが、本当にこれでいいのか?」
本屋の袋に入った数冊の絵本を大事そうに抱えて歩くノイズさんへ、弦十郎はどこか微妙な表情で語りかける。すると、ノイズさんは大きく頷いてボードへ文字を書く。
「…………そうか。たしかにそういう風にも考えられるか」
そこには「自分はまだ生まれて五年と経っていない。だから子供向けが一番しっくりくるんです」と書かれていた。
こうしてノイズさんは数冊の絵本を持ち帰り、何故か了子の研究室で読みふけるようになりました。その理由が分からない了子でしたが、後年その理由を理解出来たといいます。
―――きっと、あれは私とあの男の接点を作るためだったろうな。
部屋の隅で絵本を読むノイズさん。それを横目にしつつ研究に励む了子でしたが、そこへノックの音がします。
「どうぞ」
「やあ、すまん。あいつは来ているか?」
やってきたのは弦十郎でした。彼は部屋の隅で絵本を読んでいるノイズさんを見つけると、どこか困ったようにため息を吐きます。最近では、ノイズさんはここにいる事が増えてきたからです。別に何か邪魔をしている訳ではないので、了子も弦十郎も止めろとは言えません。
「お前の見たがっていた物が手に入ったぞ。一緒にどうだ?」
どうやらノイズさんは弦十郎と何か映画を見る約束をしていたようです。一度は絵本から顔を上げたノイズさんでしたが、弦十郎と了子を見るなり顔を絵本へ戻してボードを手にします。
「……今日は気分ではない、だと? ふむ、珍しい事もあるものだ」
「そうねぇ。基本的に娯楽の系統は何でも興味を示してくれるものね」
「何々? 普段からのんびりしている自分より、仕事ばかりで息抜きをしていない人を誘ってやってくれ?」
「それって、私の事かしら?」
ボードを置いて大きく頷くノイズさん。それに二人は互いの顔を見合わせ、どうしたものかと思案顔。弦十郎は誘ってもいいのかと考え、了子は別に息抜きをしたい訳でもないからと迷っていました。ですが、やはりこういう時は動くべきだろう。そう男らしく決断した弦十郎は了子へこう声をかけました。
「久しぶりにどうだ?」
「……そう、ね。それもいいかもしれないわ」
お酒を呷るような仕草を見せる弦十郎に、どこか嬉しそうに了子も応じます。こうして二人はノイズさんを置いて部屋を出て行きました。その背をノイズさんがじっと見つめていると知らずに。ノイズさんは人の感情がよく分かります。中でも負の念には敏感です。だけど、それ以外の感情も感じない訳ではないのです。
誰もいなくなった研究室から立ち上がり、ノイズさんは絵本を片付け出て行きます。ドアはオートロックなので心配いりません。そのままノイズさんは二人の背中へボードを向けました。そこには「お幸せに」と書かれてあり、それを大きなハートが包んでいました。二人の互いへ抱く恋心をノイズさんは感じていたのです。
「あれ? ノイズさんだ」
「そんなとこで何してんだ?」
丁度二人の背中が見えなくなったところで、後ろから聞こえた声にノイズさんは向き直ります。そこには訓練終わりなのか。どこか疲れた響とクリスがいました。なのでノイズさんはボードへ文字をかきかき。
「ん? 人間って不思議だね? どういう意味だ?」
「えっと、それを言うならノイズさんの方が不思議なんだけどなぁ……」
「だな。お前、もう少し自分がどういう存在かちゃんと理解した方がいいぞ?」
苦笑いの響と呆れるクリスにノイズさんは少しだけ肩を落とします。どうやら自分が化物扱いされていると受け取ってしまったようです。なので慌てて二人は両手を横に動かしました。
「違うよ!? 別にノイズさんの悪口言ったとかじゃなくてね!」
「そうだぞ!? ただ、珍しいのはお前の方だって言ってるだけだって!」
その言葉に顔を上げ「ホント?」とボードを見せながら小首を傾げるノイズさん。そのどこか可愛らしい様子に二人は心からの笑みを浮かべて頷きます。それでノイズさんは嬉しそうにその場で小さく跳ねました。どうやら機嫌が直ったようです。
「ね、クリスちゃん。ノイズさんって飲んだり食べたり出来るのかな?」
「あ? 無理だろ。大体どこが口だ?」
「あー、そうだよね。じゃ、無理かぁ」
「何がだよ?」
「ん? それはさ……」
不思議そうに疑問符を浮かべるクリスとノイズさん。そんな二人へ響が教えたのは、とあるお店のとある食べ物。こうして響とクリスに手を引かれ、ノイズさんはふらわーへと来店する事になりました。そこで初めて見る鉄板や座敷、座布団などにノイズさんは興奮し切り。おばちゃんは子供が着ぐるみを着ているのだろうと思ったらしく、楽しそうに微笑んでいました。
「はい、これがお好み焼きだよ」
「お~……うまそうだな」
「でしょ? ホントに美味しくてほっぺた落ちちゃうんだから」
響の表現に頷くクリスでしたが、ノイズさんは驚いたようにボードへかきかき。
「え? あー……ほっぺたが落ちるって言うのは例えなんだ。それぐらい美味しいって事」
「でも、こいつはどうすんだ? 食べられないぞ?」
「う~ん……ノイズさん、無理かな?」
二人に尋ねられ、ノイズさんは腕を組んで考えます。たしかにノイズさんに口はありません。だけど、せめて二人と同じ行為はしてみたい。そこまで考え、ノイズさんはポンと手を打ちました。そしてボードに絵を描き始めます。それを覗き込んで二人の少女は次第に笑みを浮かべて行きます。
「……うん、分かった。それなら大丈夫」
「ああ、お前の気持ちは伝わったぜ」
焼き上がったお好み焼きを響が六等分していきます。その内の一つを箸で掴み、ノイズさんの顔へと近付けていったのです。そう、人でいう口がありそうな場所へ。ソースと青のり、鰹節がかかったそれがノイズさんの顔へ触れた瞬間炭化します。それでもノイズさんは嬉しそうに頷いて、ボードへ文字をかきかきします。そしてそれを二人へ見せました。そこには……。
―――これで僕も少しはみんなに近付けた気がする。
と、そう書かれていましたとさ。
途中からは絵本のような書き方を意識しました。よりほっこり出来るかなと思います。どんどん脳内の絵柄がしないフォギア化していくなぁ……。