「ノイズさん、口が出せるようになったけど食べる事は出来ない?」
ある日、響はいつものようにノイズさんとの訓練を終えてそう問いかけました。彼女はアームドギアがありません。なので同じ無手でありながら、奏や翼に勝てるノイズさんを手本に日々学んでいるのです。あとは、ノイズさんが可愛いからでしょうか。
「えっと、何々……した事ないから分からない、か。そっか。そうだよね」
そもそもノイズさんは食事を必要としません。考えてみればノイズはそういう機能そのものがないのですから当然です。響が納得するように頷き、ノイズさんを見つめました。
「でも、せっかく口があるんだし……」
「何やってんだい?」
聞こえてきた声に響とノイズさんが顔を動かします。そこには奏が立っていました。
「奏さんっ! 実は、ノイズさんに一度ご飯食べさせてみたいなって」
「ご飯? ああ、口が出せるようになったからね」
「はい。まぁ、ノイズさんのじゃなくて体にいるネフィリムのらしいですけど」
「いいんじゃないかい? もしかしたら、それでノイズさんも味が分かるかもしれないよ?」
その言葉に響とノイズさんは顔を見合わせます。本当にそうなんだろうか。もしそうならいいな。そんな事をお互いに思って響は笑みを浮かべました。それにノイズさんも嬉しそうに頷きます。こうしてノイズさんは響と奏に連れられて外へと繰り出しました。目指すはスーパーです。
「しっかし、本当に誰も怖がったりしないんだね」
「そうなんですよ。司令やクリスちゃんも言ってましたけど、堂々としてる方が意外とばれないみたいです」
「ま、普通街中にノイズがいて、しかも人間と仲良く歩いたりしないわな」
そんな奏の言葉にノイズさんは頷いて、ボードへ文字をカキカキ。
「だけど、そんな世界になれたら一番いい、か。ノイズさんはロマンチストだねぇ」
「でもでも、私もそう思うよノイズさん。みんなで笑い合えるといいよね」
心からの賛同にノイズさんは嬉しく思ってぴょんぴょんと跳ねました。その行動に響だけでなく奏や周囲の人達も笑みを浮かべます。それと、周囲がノイズさんを怖がらないのは響に手を繋がれているのも大きいでしょう。ノイズさん専用ギア様々です。
やがてノイズさんの視界に大勢の人が出入りする建物が見えてきました。そこがスーパーです。ノイズさんは初めて見るスーパーに興奮したらしく、キョロキョロと辺りを見渡します。そんなノイズさんに響と奏は微笑みを浮かべました。
「何か、こう見るとやっぱ子供みたいだよね」
「ですね。かっわいいなぁノイズさん」
「そうだね。っと、そろそろ中に行くよ。タイムセールが始まったら厄介だ」
「わわっ! そうですね! ノイズさん、行くよ!」
差し出された手を掴み、ノイズさんは響達と共にスーパーの中へ。そこは、ノイズさんの知らない物だらけでした。野菜や果物、魚に肉。それだけではありません。日用品や惣菜など、ノイズさんが関わるはずのない物が所狭しと並べられていたのです。
「まずはオニギリかな?」
「果物なんかもいいんじゃない?」
「あー、ですね。ノイズさん、何か気になる物ある?」
その問いかけにノイズさんは両手で大きな円を描きました。どうやら全部という事です。そんな答えに二人は一瞬面食らい、やがて笑いました。
「全部かぁ。それはちょっと買ってあげられないなぁ」
「ま、考えてみりゃノイズさんにとっちゃ、スーパーなんて来るはずのない場所だもんな。じゃあいいや。ノイズさん、直感で欲しいって思ったもんを三つ選びな。それを買うから」
奏の申し出にノイズさんは嬉しそうに頷くと、興味津々といった雰囲気で棚を眺め始めました。色取り取りの果物や野菜。その光景だけでも目移りしてしまいそうです。困ったノイズさんは一つだけここから選ぼうと決めました。
「お、どうやら決まったみたいだね」
「ホントだ。ノイズさんが頷いてる」
二人の見ている前でノイズさんは目に鮮やかな太陽色をした果物を手に取りました。オレンジです。それを奏が持っているカゴへ入れます。柑橘系の爽やかな香りが少しだけ二人にも届きました。
「じゃ、次行っていいかい?」
「……いいみたいですね」
二人の後をついていくようにノイズさんは歩きます。次に止まったのは魚売り場。独特の匂いが微かにしますが、ノイズさんには分かりません。ただ、キラキラと輝く魚の姿にノイズさんは食い入るように見つめます。
「ん? どうしたんだ?」
「どうもお魚はもういいみたいですね」
首を傾げるノイズさん。何となくですが魚は欲しくないようです。ならばと次に向かったのは肉売り場。そこでノイズさんは足を止めるも、すぐに動き出そうとします。
「嘘っ! もういいの?」
「……多分だけど、命の鼓動がないからじゃない? ノイズさんはそれを感じ取ってんだよ」
「あー、そっかぁ。だからお魚はいいやってなったんだ」
奏の考えは当たっていました。ノイズさんは綺麗に輝くのに弱い命の鼓動の魚や、加工されてまったく命の鼓動がない肉を嫌がったのです。ならばと菓子売り場へ行くと、ノイズさんは再びキョロキョロし始めました。
「あれ? お菓子には反応しますね?」
「う~ん……子供だから?」
「まっさかぁ」
笑い合う二人を余所に、ノイズさんはあるスナック菓子を見つけて手に取りました。赤いパッケージのそれは時々クリスが食べていたものです。だからでしょうか。ノイズさんは頷いてそれをカゴへと入れました。
「意外だね。ノイズさんがチョコ菓子なんて」
「でも、これクリスちゃんが好きなやつですよ。だからかな?」
満足そうにしながら周囲を見て歩くノイズさんを眺め、二人は小さく首を傾げます。最初から加工されている物ならばノイズさんは気にしないのです。次に向かったのは飲料売り場。すると、ノイズさんは迷う事なくある物を選びました。青いラベルの大きなペットボトル飲料を。
「「スポーツドリンク?」」
揃って疑問符を浮かべる二人へノイズさんは力強く頷くと、ボードへ文字をカキカキ。やがて書き終えたノイズさんは、それを二人へ見せました。それで二人はノイズさんの選択の意図が分かったのです。
―――最初は響と奏、次はクリス、最後は翼。
どうも色で装者四人をイメージしていたようです。こうして買い物を終え、本部へ戻るノイズさん達。そしてそのまま食堂へ向かいます。そこには、奏に呼び出された翼とクリスもいました。
「奏、一体何?」
「何か大事な話があるらしいけどよ」
「それはノイズさんから聞きな」
「ノイズさん、はい、どうぞ」
響から渡された袋を受け取り、ノイズさんはそこからオレンジとスポーツドリンク、そしてチョコ菓子をテーブルの上へ置きました。それを見つめ、翼とクリスは首を傾げるしかありません。そんな二人へ奏が先程のスーパーでの事を話してあげました。
「……そうか。ノイズさんなりの私達か」
「にしても、あたしが食べてた菓子なんてよく覚えてたな」
「色がギアに似てるからじゃないかな? あと、それだけノイズさんがクリスちゃんを好きなんだよ」
「なっ! そ、そういうこっぱずかしい事言うんじゃねーよ!」
「クリス、照れるなって。顔、赤いよ?」
仲良さそうに話す四人を見つめ、ノイズさんは小さく頷くとボードへ何かをカキカキ。それに気付いた翼がノイズさんの後ろへと回ります。すると、他の三人も気付いて同じようにノイズさんの後ろへと移動し始めました。ノイズさんは絵を描いています。それは、響達四人の笑顔です。その拙いけど優しい絵に見ている四人も自然と笑顔になっていきます。
「……いいもんだね」
「うん、心が温かくなる」
「ま、悪くはねーな」
「ノイズさんの絵、可愛いなぁ」
絵を描き終えたノイズさんは、その一番上に文字を書き始めました。そこには「僕の大事なお友達その1」と書かれています。そこで四人揃って小首を傾げました。その1が自分達ならその2は誰だろうと思ったのです。するとノイズさんもそんな四人の気持ちを察したのでしょう。描き終えた絵を保存し、また新たに描き始めました。それはマリア達F.I.Sの装者三人。初めて見る顔に四人は小首を傾げます。
「これは……櫻井女史と訪れたという施設の者達だろうか?」
「多分そうじゃないですか? にしても、ノイズさんの絵もあって可愛いなぁ」
「だけどよ、こっちのも笑顔なんだな」
「ノイズさん、誰かが笑ってるの好きだからねぇ」
描き終えると一番上へ「僕の大事なお友達その2」と書きました。そしてそれを保存すると、ノイズさんは絵を見せながら響達と絵を交互に指し示しました。揃って首を傾げる四人でしたが、何となくノイズさんの言いたい事が分かってきました。
「もしかして、この絵の三人とあたしらが同じって言いたい?」
奏の言葉に嬉しそうに何度も頷くノイズさん。するとそれがどういう意味かを察したのは翼でした。
「まさか、彼女達も装者?」
更に嬉しそうに頷くノイズさん。顔が取れそうなぐらいの勢いです。
「成程な。じゃ、おめーの友達は装者ばかりかよ」
その言葉にノイズさんは首を横に振りました。どうやら違うようです。理解出来ないクリスへ響が笑顔で補足しました。
「違うよクリスちゃん。装者が多い、だよね? ノイズさん」
響の言葉にノイズさんは力強く頷いて再びボードへ顔を向け、何か操作を始めます。そして、ボードを四人へ見せました。それは、あの飛行機の中で描いた絵。ノイズさんの大切な人達がみんな笑っているものです。それを見て響達は言葉がありませんでした。何も絵が凄いからではありません。彼女達を黙らせたのはその上に書かれた文字です。
―――僕の宝物達(もっと増えてくれると嬉しいな)
気付けば四人は微笑んでいました。ノイズさんにとって人との出会いは宝物なのです。そして、その人達が仲良くしてくれたら余計に。友達になろう。これはノイズさんにとっての唯一にして最大の攻撃です。触れる物全てを炭にしてしまうノイズさんだからこそ、目には見えないし触れる事の出来ない絆が大好きなのです。だって、絆や友情はノイズさんであっても炭化させられません。まさしく永遠不滅なモノなのですから。
「……翼、もしさ、もしノイズが本当はみんなこう思えるんだとしたら、あたしは許してやれるかもしれない」
「奏……」
「ノイズさん、あたしはもっと早くお前に会いたかった。ううん、もっと早くこの世に生まれてきて欲しかったよ。そうしたら……」
目に涙さえ浮かべて奏はノイズさんを優しく抱き締めます。その悲しみを感じ取り、ノイズさんは顔を動かして翼を見つめました。
「……奏、ノイズさんが悲しそうだ。笑っていて欲しい。そう思ってるみたい」
「そっか。ノイズさんはあたしらの感情が分かるんだっけ。ごめんね、ノイズさん。つい愚痴っちまった」
「奏さん……」
「こいつ、ホント不思議な奴だよな。どんな相手とも友達になろうとしやがる。しかも、ギアがない時だってそうだったんだろ?」
「ああ、初めて会った時からこちらへ友好的だった。ノイズと私達を争わせないようにしていた」
ノイズさんを見る翼の目はどこか優しいものでした。彼女はノイズさんの姿に本当の強さを見たからです。争う事なく物事を解決する。それが出来る事こそが真の強さだと翼は思ったのでしょう。
「だって、みーんなで仲良く出来るのが一番だもん。そうだよね、ノイズさん」
まるで自分と同じ考えをしてくれる響の言葉に、ノイズさんは心から嬉しく思って深く頷きました。そしてボードへ文字をカキカキ。
―――響は僕と同じ考えしてくれるから嬉しい。
その言葉に響はとびっきりの笑顔でこう返しました。
―――じゃ、私はノイズさんといっしょだね!
眩しい笑顔とあったかい言葉。それにノイズさんはしばらく動けませんでした。何故だか胸の歌が大きく反応していたからです。響達はそんなノイズさんに疑問符を浮かべました。いつもであれば跳ねたり頷いたりしてくれるノイズさんが何も反応を返さなかったからです。どうかしたんだろうか。そう思って声を掛けようとしたその時でした。
―――あ、りが……と、う。
聞こえてきたのはたどたどしい日本語。ただ、それは耳にではなく彼女達の頭の中に響きました。揃って顔を見合わせる響達でしたが、何となく声の主は分かっていました。
「今のって……」
「ああ、多分そうだろう」
「子供みてーな声だったな」
「あれがノイズさんの声かね?」
頷き合って四人はノイズさんを見つめます。ノイズさんは不思議そうに首を傾げていました。ノイズさん自身も今の声がどうやって出せたのか分からないのです。
「ノイズさん、もう一回言ってみてくれるか?」
「こういうのは何度もやって身に着けるものだ」
「頑張れ、ノイズさん」
「オメーなら出来る」
四人の励ましを受けてもノイズさんの声が再び聞こえる事はありませんでした。だけど、一度出来た事。それが感謝を告げるものだった事。それがノイズさんだけでなく四人の中で希望となりました。いつかまた出来る日がくる。その時は、叶うなら会話をしたい。それがその場にいた五人の共通の想いでした。
「じゃ、まずは飲み物から」
「おー、飲んでる飲んでる」
「どうだ、ノイズさん? 味は分かるか?」
「……無理みてーだな。だけど、嬉しいみたいだぞ」
「じゃあじゃあ、次はオレンジいってみよう」
その後は、買ってきた物をみんなで食べる事にしました。ネフィリムの口へ飲み物や食べ物を入れて食べてもらいます。ですが、ノイズさんには味が分かりません。だけど、ネフィリムが喜んでいるので嬉しくなっています。なので結果オーライです。
この日の日記は、こう書かれました。
―――今日は奏と響と一緒にスーパーへ行きました。見た事のない物がいっぱいで楽しかった。おれんじとちょこ菓子とすぽーつどりんくを買ってもらって、みんなで食べたよ。ネフィリムも喜んでくれて嬉しかったな。今度は、司令やマリア達ともしてみたいな。
これにて一旦終了です。短編でさっくり終わるつもりが書いてる内に長くなりそうだったので、一応の区切りを付けます。連載にするような内容かとも思っていましたのでね(汗
まえがきにも書きました通り、もしかしたら続きを書く覚悟が決まって再開するかもしれません。その時は連載に切り替えますので、その際はどうぞよろしくお願いします。