故にキャロルやエルフナインは初めてに等しい近い年齢(とノイズさんは思っている)なんです。
「ここ、どこでしょう?」
「俺が知るか」
ゲートをくぐって出た場所は、空の見える場所でした。周囲には柵があって落ちる事のないようになっています。
ノイズさんは、キョロキョロと顔を動かして首を傾げます。ノイズさんは響達に会おうと思って移動したので、ここに響達がいると思っていたのです。
「ノイズさん、ここはどこですか?」
エルフナインが問いかけるとノイズさんはボードへカキカキ。
「……分からないが多分友達がいるはず、だと? お前、自分でも分からない場所に俺達を連れてきたのか?」
「きゃ、キャロル、ノイズさんも謝ってるから」
ごめんなさいと大きく頭を下げるノイズさんを見て、エルフナインがキャロルを宥めます。
と、そこでキャロルはある事に気付きました。
「おい、ここはどうやら学校らしい」
「学校?」
エルフナインとノイズさんが同時に小首を傾げます。キャロルはそんな二人に構わず、柵の外を指さします。
そこには、同じ服装をした女の子達が歩いています。そして、その格好を見てノイズさんが嬉しそうに飛び跳ねました。それは、響達が着ていたリディアン音楽院の制服だったのです。
「……ここはリディアン音楽院? 僕の友達が通ってる場所だよ、だって」
「それは分かったが、これからどうする?」
キャロルの格好は錬金術師としてのもので目立ちます。エルフナインはボロボロの格好でこれも目立ちます。もっと言えば、ノイズさんなどはどうやっても目立ちます。
この三人で校舎内を歩けば、確実に不審者として捕まり怒られるでしょう。
なのでノイズさんは考えます。どうすればキャロル達を連れて響達と出会えるか。うんうん唸って、ノイズさんが思いついたのはある意味で響達に迷惑をかけてしまうものでした。
「……まぁ、お前がそれでいいのなら構わないが」
「多分ですけど、それはその方達が怒られてしまうと思いますよ?」
ボードに書かれた内容を見て、キャロルとエルフナインが微妙に苦い顔をしました。
ノイズさんの考えはこうです。ボードに響達の名前を書いて、出会った人に連絡を頼むというものでした。生徒ならまだいいかもしれませんが、教員の人に見つかれば響達が怒られる事は避けられません。
その可能性を指摘され、ノイズさんは再び考え始めます。その姿を見て、キャロルが呆れるようにため息を吐きました。
でも、その顔はどこか嬉しそうです。実は、キャロルにとって久しぶりに見る青空でした。今まではずっとシャトーや協会の研究室にこもっていたのです。
「風が気持ちいいね、キャロル」
「……そうだな」
ニコニコ笑顔のエルフナインにキャロルはそう返して微笑みます。屋上の風はやや強くもありましたが、キャロルは帽子を押さえながら久しぶりの状況に上機嫌でした。
「太陽の光も眩しいけど、とっても温かいなぁ。あっ、キャロル。あの建物を見て。変わった形をしてる」
「……そうだな。他のは似た形だが、あれだけ楕円形か? 一体何のためのものだ?」
二人が見ているのは、ノイズさんが奏と翼に出会ったライブ会場です。これまで世の中の事をほとんど見聞きしてこなかった二人には、そのライブという言葉さえも知らないものでした。
「ノイズさん、ちょっといいですか?」
分からない事は知ってる人に聞こう。そう思ってエルフナインがノイズさんへ声をかけます。それに顔を動かして、どうしたのと言う様にノイズさんが首を傾げました。
「あの建物が何か知りませんか?」
指さされた方向を見て、ノイズさんは懐かしむように首を細かく動かします。そしてボードへカキカキ。
「……らいぶ会場?」
「らいぶ、とは何だ?」
二人の質問にノイズさんはボードを使って説明開始。そこで期せずして奏や翼の事を二人へ教える事にもなりました。
大勢の前で歌って踊る事。ノイズさんはライブをそう説明しました。本当は違うのですが、ノイズさんが見たライブはそうなので仕方ありません。
キャロルとエルフナインも娯楽の一種と理解し、あの場所はそういうための場所なのだと納得したのです。
と、その時です。屋上への扉が開きました。聞こえた音にノイズさん達が振り向くと、そこにはクリスが立っていました。その手には携帯端末が握られています。
「ったく、こんなとこにいたのかよって、一緒にいるのは誰だ?」
クリスはノイズさん専用ギアの反応を確認出来た弦十郎からの連絡を受け、こうしてノイズさんを迎えにきたのです。
そこで見つけた良く似た二人の女の子に不思議そうに首を傾げます。クリスはノイズさんが本部からここへ移動したとしか思っていなかったからです。
ノイズさんはクリスへボードを使って説明します。キャロルとエルフナインは自分の友達なのだと。詳しい事情は分からないクリスですが、ノイズさんと友達になったなら悪い奴ではないと判断して、ならばと自己紹介を始めました。
「あたしは雪音クリス。こいつの、その、友達だ」
それを聞いて嬉しそうに飛び跳ねるノイズさんに照れながら、クリスはキャロルとエルフナインを見つめます。
「で、お前達の名前は?」
「俺はキャロル・マールス・ディーンハイム」
「ぼ、僕はエルフナインと言います」
「キャロルにエルフナインな。それで、何でお前はそんな格好してんだ? もうちょっとまともな服ないのか?」
クリスの困ったような顔にエルフナインが自分の服を見つめてからキャロルへ目を向けました。その視線は、自分の服はそんなにおかしいのかと問いかけるものです。
それにキャロルは少しだけ心が痛くなり、顔を背けて帽子で隠しました。それを見たクリスは、キャロルがエルフナインの服を決めたのだと察します。
「ったく、仕方ねーな。いいか? ここから動くんじゃねーぞ?」
お姉さんオーラを出してキャロルとエルフナインへそう言い聞かせると、クリスはその場から動き出してドアへと向かいます。
それを見送るノイズさんはどこか嬉しそうでした。そう、ノイズさんにはクリスの気持ちが分かるのです。クリスはエルフナインのために自分の教室へと戻ったのでした。
そこから待つ事数分後、再びドアが開いてクリスが姿を見せました。その手にはある袋があります。
「これに着替えろ。サイズは合わないだろうが、それよりはマシだ」
「あ、ありがとうございます」
エルフナインはクリスの体操服を借りる事になりました。その着替えを見られないようにノイズさん達と出入り口付近の壁で守ります。
「何で俺がこんな事を……」
「我慢しろ。お前の妹だろ?」
「妹? ……ああ、そういう事か」
顔が似ている事から、クリスはキャロルとエルフナインを双子の姉妹と判断したのです。それをキャロルも察し、余計な事を言うよりそっちの方がいいかと思って黙りました。
「き、着替えました」
「どれ……あ~、やっぱぶかぶかだな」
振り向いたクリスが見たのは、大き目の体操服を着て笑うエルフナインの姿でした。袖は長く、丈も長く、子供がお姉ちゃんの服を借りたような状態です。
それでも、エルフナインは嬉しそうに笑っていました。初めて誰かから優しくしてもらえたからでしょう。
「あの、雪音さん、本当にありがとうございます」
「気にすんなって。ま、これならさっきの格好よりはマシだろ」
「それで、これからどうするんだ? こいつは俺達を会わせたい相手がいるらしいが」
「会わせたい相手ぇ? ……バカとあの子か」
クリスの言葉にノイズさんは頷きます。クリスとは会わせる事が出来ましたが、一番ノイズさんがキャロル達を会わせたいのは響なのです。
「馬鹿?」
「あの子?」
名前で呼ばないクリスに、揃って疑問符を浮かべるキャロルとエルフナイン。その視線にクリスは若干恥ずかしくなったのか顔を背けて咳払いを一つ。
「あいつらを呼んできてもいいけどな、あいつらの友達まで来たら面倒な事になるんだ。それは分かってるか?」
ノイズさんはその言葉に思い出します。自分があまり人に知られてはいけない存在だと言う事を。
見られるぐらいはまだいいですが、ノイズさんと知り合いとなれば響や未来が普通ではない事を証明する事になってしまいます。
そうなれば、二人の友達も機密保持のために色々と弦十郎達と約束しなければいけません。
「……どうしたらいいか、な。あたしは大人しく本部で待ってるのがいいと思うぞ。この二人と一緒に、な」
しょんぼりと肩を落とすノイズさんへ、クリスは少しだけ困った顔をしてから小さく息を吐くとそっとギアを展開しました。
それを見てキャロルとエルフナインが目を見開きます。初めて見るシンフォギアだからではありません。クリスが自分達へそれを見せた事が持つ意味を理解したからです。
シンフォギアも秘密にしなければいけないものです。それを見せる事は、場合によってはクリスが怒られる事です。それでも迷う事なくクリスがそれをした理由、それは……
「んな落ち込むな。お前がそうしてるとあのバカまで落ち込んじまうだろ」
優しくノイズさんの頭を撫でるためです。ギア部分を触ればいいのですが、それではダメだとクリスは感じたのでしょう。
そのあったかさにノイズさんが顔を上げます。そこにはクリスの可愛い笑顔がありました。
「ん? なんだなんだ? ……っ?! そ、そんな恥ずかしい事書くんじゃねぇ」
ノイズさんからボードを取り上げ、クリスは大慌てでその文字を消していきます。
実は、ノイズさんが書いたのはキャロルへも書いたあの言葉だったのです。
――今のクリス、とっても可愛い笑顔だよ。
顔を真っ赤にしたクリスはボードの文字を消し切った事を確認すると、小さく頷いてボードをノイズさんへ返しました。
「いいか? あんなのは二度と書くんじゃねーぞ?」
「そこまで恥ずかしい内容だったのか?」
「僕、気になります」
「んなもんじゃねーよ。くだらない事だから忘れろ」
ひらひらと手を振って二人へそうクリスは言いました。だけど、絶対そうじゃないのは見れば分かります。なので、ならばと二人はノイズさんへ顔を向けました。
「ノイズさん、何て書いたんですか?」
「俺達に教えろ」
「んなっ?!」
ノイズさんは二人を見てからクリスを見上げます。それは、教えてもいいのかと問いかけているようでした。
当然クリスは首を横に振ります。そこからクリスの気持ちを読んでノイズさんは二人へ顔を戻すと申し訳なさそうに首を横に振りました。
「それにしても、お前は変わった格好してるな。それ、どこの民族衣装だ?」
「民族衣装じゃない。これは……」
「これは?」
錬金術の事をクリスに話していいものだろうかと、そう思ったキャロルでしたが、エルフナインへの対応やノイズさんへの対応などでクリスが優しい人間だとは分かっていました。
「……実はな」
なので、少しだけ迷いを見せただけでキャロルは錬金術の事を話したのです。その話を聞いて、クリスは驚きはしましたが怖がりはしませんでした。
そのため、キャロルはノイズさんの友達はやはりいい人ばかりなのだと感じていたのです。
「錬金術、かぁ。科学の始まりだったか?」
「そうだ。まぁ、今ではかなり乖離してしまったがな」
と、そこで可愛らしい音が二つ鳴りました。クリスはその音の出所であるキャロルとエルフナインを見つめます。
二人はそれぞれ恥ずかしそうに俯いてお腹を押さえていました。そこでクリスは思い出します。今は昼休み。二人はお腹が空いたのだろうと思ったのです。
「ははっ、態度は可愛くねーけど体は可愛い音出すじゃねーか」
「う、うるさいっ! 生理現象だから仕方ないだろっ!」
「きゃ、キャロル、あまり大きな声出さない方がいいよ。余計お腹が空くから」
そうエルフナインが忠告した時です。またキャロルのお腹が鳴りました。その音にクリスがお腹を抱えて笑います。キャロルは帽子で真っ赤な顔を隠して俯き、エルフナインは小さく笑います。
ノイズさんはそんな三人を見て頷くとボードへ何かをカキカキし始めます。それに気付かず、クリスはキャロルとエルフナインのためにと携帯端末で本部へ連絡を入れました。
「あっ、おっさんか? 実はノイズさんの奴が可愛い客を連れてきたんだ。数は二人。で、今からそっちにノイズさんと一緒に連れてくけど、腹を空かせてるみたいなんだよ。だから食堂で飯、食わせていいか? え? それはいいけど何でギアを使ったかって? ……ちょ、ちょっとノイズが出たんだよ。で、一応念のためにギアを纏っただけだっての。……何だその声! くそっ、全部お見通しみたいな声出してんじゃねぇ! ホントにノイズが……ちっ!」
最後は不機嫌になって通信を終えたクリスは、さっきまで近くにいたはずの二人がいなくなってる事に気付きました。
慌てて顔を動かすと、二人はノイズさんの後ろでボードを覗き込んでいます。その姿にホッとするクリスでしたが、すぐに自分もノイズさんの後ろへと移動しました。
「やれやれ、今度は一体何書いてるんだ?」
小さな二人の後ろに立ってクリスが覗き込むと、そこには帽子を押さえているキャロルを笑顔のクリスとエルフナインが見ている絵がありました。
「……相変わらず笑顔ばっかり描きやがって」
どこか噛み締めるように呟いて、クリスはノイズさんを見ました。ノイズさんは描きあげた絵を見つめ、満足そうに頷くとその一番上に何かを書き始めます。
”友達の輪その1”
その文字を見てクリスだけでなくキャロルとエルフナインもお互いを見ました。
「……友達の輪、か。こいつが俺達を他の奴に会わせたいのはそういう事なんだな」
「僕らをノイズさんは繋げたいんだ。でも、どうして?」
「決まってる。こいつは誰かの笑顔が好きなんだよ。あたしらを会わせて、笑顔を増やしたいってとこだ。だろ?」
クリスの問いかけにノイズさんは大きく頷きました。そしてその絵を保存すると、また何かをカキカキ。それを黙って待つ三人は、優しい笑顔を浮かべていました。
やがて書き終えたノイズさんがボードを三人へ見せます。そこには、こう書かれていました。
――一つの笑顔が誰かの笑顔を作る。僕はそう思ってるんだ。
それは、かつてノイズさんがマリアへ見せた言葉です。その言葉にクリス達も笑みを深くして小さく頷きました。
その後、ノイズさんはクリスに言われた通りゲートを展開、シミュレータールームまで向かう事になりました。
そして出た先で待っていた弦十郎にきつく叱られ、ノイズさんには罰が与えられる事となりました。
その内容とは、連れてきた二人をちゃんと元いた場所まで送り届ける事です。弦十郎らしい粋な計らいでした。
食堂でクリスや弦十郎と一緒にご飯を食べたキャロルとエルフナインは、その初めての味に目を何度もパチクリさせ、何とおかわりまでしました。その食欲にクリスは微笑み、弦十郎は嬉しそうに頷きます。
ノイズさんはそんな様子を眺め、一人満足そうに頷いていました。
――またいつでも来てくれていい。こいつが初めて連れてきた友人だからな。
――連絡用にこいつを使っていいってよ。それと、その服は返さなくていいからな。
――ありがとうございます。
――食事、美味かった。この礼は必ずする。
ゲート前でのやり取りを聞き、ノイズさんは嬉しそうに飛び跳ねていました。これでキャロルやエルフナインと遊ぶ事が出来るからです。
二人はノイズさんと手を繋いでゲートを歩いて行きます。その背中を見送り、弦十郎とクリスは笑みを浮かべました。
「あいつも、成長してるんだな。まさか錬金術師なんて友人を作ってくるとは」
「ったりまえだろ。あいつはネフィリムなんてもんを友達にしたんだからな」
「……そうだったな。一体あいつはどこまで友人をつくるんだろうか。楽しみだ」
まるで父親のような弦十郎にクリスは苦笑しました。そして、クリスも思うのです。ノイズさんの友達の輪は、どこまで大きくなるのだろうと。
(楽しみのような、怖いような……)
この数日後、再びやってきたエルフナインが着ている体操服がクリスのだと知った響が、クリスを褒めて恥ずかしがらせてしまい殴られる事になるのだが、それはまた別のお話……。
クリスお姉ちゃんモード。直接撫でてやらないといけないと感じ取り、ギアまで使うクリスはマジ天使。
そして現代のご飯、それも色々と手を広げた日本食を味わったキャロルとエルフナインの今後の食生活はいかに?
まずは胃袋を攻めろって言いますもんね(苦笑