モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第10話 終わりとはじまり

 ゲームの世界が現実となった世界。和也はこの世界をそう考えていた。物理法則、人の能力、思考、時間の推移。そうしたものは定められたゲームとは言えず、確かに現実と考えるにふさわしい。だが、その一方でゲームと同じだと考えているものがある。

 和也が今まで上位種たるモンスターたちと渡り合うことができたのは、ひとえにモンスターの動きがゲームのそれと同じだったからだ。モンスターにとっては特に何でもない予備動作が、和也に予知能力と見まごうほどに行動を予見する根拠となる。これは本能に基づいたものほど、ゲームに等しくなる。

 現実でありながらゲームと同じ。だが現実ではあるがゲームではない。ゲームでできなかったことが現実となった世界ではできるように、あくまでもゲームを基にした世界ということだ。土爆弾によるダメージもあったとはいえ、麻痺と落下による衝撃によってリオレイアが死んだことも。ゲームとは違うということを教えてくれている。

 ゲームと考えていれば和也にできることは武器と防具を作り真正面から挑むことだけだった。だが、ゲームではないという現実がその可能性を教えてくれる。直接戦闘以外の方法で倒すことが可能だということを。

 

 和也たちがここまで運んできた台車は全部で三つ。うち一つは回復薬や閃光玉などを含めたアイテムだが、残り二つは大タル爆弾を四つ乗せていた。どんな大きなものでも入るアイテムポーチなどないのだから、運ぶのには当然相応の準備が必要だ。それを教えてくれた剛二――和也がオッチャンと呼んでいる虫の管理をしている男性である――が台車を用意した際、同時にある作戦を授けてくれた。大タル爆弾を乗せた台車をリオレウスに突っ込ませるという作戦を。

 ゲームであれば爆弾とは地面に設置し、そこから動かすことはできない。また、設置できるのは二つまでとなっている。そうした『常識』は和也の無意識に刷り込まれている。無駄なことをしないようにしようとする人の思考が、その常識が間違っているということに気付かせなかった。

 だが、幸いにもその常識にとらわれていない人は沢山いるのだ。彼らが和也に知識の点で助けられることがあるように、和也もまた彼らに助けられる。英雄という一人に頼るのではなく、相互に助け合う協力の図が完成されつつあった。

 

 

 もうもうと立ち上る黒煙を見つめながら和也は片手剣と盾を油断なく構えた。ヤマトたちはどこか気の抜けた表情をしているが、ミズキは構えこそしていないものの重心を低くしていつでも動けるようにしていた。

 

「――っ!」

 油断なく構えていたところにリオレウスの首が飛んでくる。遅れて体が出、煙は二つに割れた。咄嗟に驚き、体に近づけさせたくない、止めようと手を伸ばしてしまう。

 

――ガキィィィッッッ

 響き渡る金属音。一瞬の拮抗さえも許さず、和也はリオレウスに吹っ飛ばされる。伸ばしていた腕は無理やりに曲げられ、力を逃し骨折こそ避けたがズキズキと痛む。ぶつかった衝撃で肺の中の空気は吐き出され、地面にたたきつけられた衝撃で目が回る。

 

「ぐっ……」

 自身の口から出た呻き声に続いてヒッと誰かの悲鳴が聞こえた。幸いにして和也のダメージは大したことが無い。リオレイアの素材をふんだんに使った防具は、明らかに和也の身を守ってくれている。

 だが、周りはそうもいかない。そんな上等な防具など身に着けていない。何より殺せると思えたほどの一撃を、見た目無傷で切り抜けて、あまつさえ最も危険な和也を狙い吹き飛ばした。この一回の攻防で絶望しかねないほどに圧倒的な光景だった。

 

 腹は痛む。腕も痛い。恐怖で挫けて逃げ出してしまいたい。だが、曲がりなりにも和也はこのリオレウスの討伐の責任者だ。たとえそれがちっぽけなプライドだろうと、和也にとってそれは逃げてはいけないと律するだけの理由とはなる。

 肘を地面に刺し、上体を無理やりに起こす。リオレウスは倒れる和也よりもまずは周りの有象無象の掃除を優先したのか、狙いをヤマトに変えて突進をするところだった。

 

「あぶっ……ゴホッ!!」

 声を出そうとするも出ない。息は詰まる。攻撃を喰らった後で普段通りに話せるはずがない。だが、そんな和也に代わって指示を出す人間がいた。

「閃光玉! 投げて逃げろ! 後ろに下がらず横へ走ってリオレウスの攻撃範囲から抜けろ!」

 ミズキだ。今まで和也と共に狩りに出ていた経験から、戸惑うヤマトたちへと指示を飛ばす。同時にリオレウスに向かって走り追い打ちの準備もする。ガリガリと地面を削る大剣を引きずりながらリオレウスへと迫る。

 

 カッ、と閃光が奔る。闇雲に怯えながら投げたのか、閃光玉はあちらこちらへと無意味な場所で光る。多少距離はあるがそれでも直視するには眩しいそれは、リオレウスへと向けて走るミズキにとって邪魔以外の何物でもないだろう。

 だが、そのうちの一つが功を成した。『ガアアッ』という悲鳴と共にリオレウスが首を曲げ足を止めた。どうやら閃光がうまく効いたようだ。そこへミズキが追い付く。リオレウスの後ろへと迫り、もう二三歩というところで足を急に止めた。

「おおおおおおおっ!!!!!」

 野球のバッティングのように、ミズキは大剣を振るった。走った勢いと遠心力が力となってリオレウスへと襲い掛かる。持ち上げて構えることを躊躇ってしまうほどに大きい大剣は、当然その威力は高い。大きさ故に刃を立てることができずとも鈍器として役に立つであろう程だ。

 ブオン、と空気を切り裂く音がした。――そう、空気だけだ。リオレウスへと迫った刃は躱されてしまった。音と、気迫を込めた声。もしくは気配や殺気。そうしたものがリオレウスに迫る危険を教えてしまった。見えないながらも前へと走り、大剣の横なぎを躱すリオレウス。

 

「ゴアアアアアッッッ!!」

 今度はこちらの番だ。そう言ったのかどうかは分からない。だが、リオレウスは足を軸に旋回し尾を鞭のように振るう。まだ距離があったためにヤマトには当たらなかったが、ミズキは攻撃の直後で躱すことができなかった。

 

「ミズキッ!」

 どこかにあたったのか、ミズキはよろめく。体勢の位置関係上おそらくは右肩。ランポスの皮で作った防具を身に着けてはいるが、安心してみていられる状況ではない。

 腕の痛みなど知ったことか。無理やりに体重をかけ立ち上がる。腰につけていた麻袋の一つを取り、一息にそれを飲み干し、容器だった麻袋を投げ捨てた。痛みは完全に消え去ることはないが、それでも無視できる程度に収まった。

 盾も剣も手放してはいない。まだ戦えると、まだ負けていないと和也は走る。

 走る和也に気が付いたリオレウスが顔を向ける。もう閃光玉の効果が消えたのか、その眼はまっすぐに和也に向いていた。

(火炎玉! 避けないと拙い!)

 相手の狙いを即座に察知。回避のために体を外に逃がそうとする。が――その前に次が起きた。

 ド、ド、ドと土爆弾が連続してリオレウスへと襲い掛かった。距離を保ちながらではあるがヤマトたちの援護だ。彼らにはリオレウスが何をしようとしているのかはわからないが、それでも視線を和也に向けた以上そこに攻撃の意思があることは当然読み取れる。大タル爆弾に劣る土爆弾では到底ダメージにはならないと承知ではあるが、気を引くために彼らは必死の行動をした。

 リオレウスにとってもそれは邪魔だったのか。動きを中断し大きく空気を吸い込んだ。

 

―ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 咆哮が響き渡る。空気を震わす王者の威圧がその場にいた全員を襲い掛かった。耳をつんざくそれに誰もが思わず身を守る。

 音は遮る物さえなければ全方位への攻撃だ。散らばっていた和也たち全員に向けて、都合の良いものだった。

 蹲り隙をさらす和也たちの前でリオレウスは飛びあがる。逃げ去るためでないのか、中空で飛翔したまま留まった。

(――まずい!)

 和也の脳裏にゲームの光景が思い浮かぶ。飛翔したまま火炎球を放つリオレウス。場合によってはそのまま降りてこないということもあった。この飛翔は逃げるためのものではなく、攻撃の為。余計な邪魔が入らない中空から攻めるためだ。

「散開! リオレウスから距離を取れ!」

 すぐに周りへと指示を出す。ゲームであれば飛び上がった際の対処はリオレウスの真下に移動することだが、今も真下が本当に安全圏かはわからない。何より真下に移動するのは攻めに転じやすいことから最大の理由だ。今はリスクを背負った攻めは可能な限り避けたい。

 全員がそれぞれにリオレウスから距離を取る。元より大部分が森へと逃げ込みリオレウスの視界からは消えている。危険なのはリオレウスに突っ込もうとしていた和也とその援護をしていた二人、それに攻撃を喰らったミズキだ。和也は当然指示と共に避難、援護をしていた二人も同様。ミズキも回復薬を飲んだのか、ふら付く様子もなく遅まきながらも避難している。加えて大剣を横に構え、盾代わりにしていた。

 

(悪くない。ミズキも反応がいいな。――たださっきの動きを見る限りまだ武器の重さに振り回されてる。あれじゃあブルファンゴにだって当てづらいだろう。盾には出来ても武器としては期待しない方がいいかもしれない。土爆弾も威力に欠けるし……、俺の片手剣と大タル爆弾四つの荷台。実質これが俺らの武器か)

 できる限り、ではあるが和也は冷静に周囲を観察していた。先ほどのミズキの攻撃の際も、攻撃としては武器の振りが遅く、また動きにも無駄が見られていた。その原因は重さに振り回されているのだろうと読んでいるが、移動の際などは引きずっていることを考えればそう外れてはいないだろう。

 バサリ、バサリとリオレウスの翼の音が静かになった空間に響き渡る。顔を和也へと向けて、煌煌と輝く口を開いた。瞬間――和也の視界の全てが赤に染められる。一瞬のうちに極大の火炎球をリオレウスは放ったのだ。

 即座に盾を構える。先ほどの失敗を活かして重心低く、腕は伸ばさずに。次いで盾を通して衝撃が奔る。盾の脇からから炎が溢れ、その熱が和也に襲い掛かる。

(熱っ……。けど今はまだ動けない。幸いにして火炎には質量がない。盾で十分防げるとわかっただけでも僥倖!)

 質量があれば勢いに重さが加わって盾を構えても防ぎきれなかったかもしれない。そう考えればこの程度の熱は屈するに値しない。

(けど勢いも衝撃もあった。火炎球だけならそれはないんじゃあ……空気でも吐き出しているのか?)

 リオレウスの攻撃を分析しながら観察を続ける。火炎球を立て続けに放つことはできないのか、まだ飛翔したまま中空に留まっている。

 閃光玉をうまくぶつければ落とせるかもしれないが、火炎球から逃れるために距離を取ってしまったのだ。当てることは少々難しそうである。

 

「カズヤ殿!!」

 突如声がかかる。構えはそのままに声を見やればどうやらリンたちが戻ってきたらしい。ヤマトたちの下でだらしなくうつぶせに寝ているが、その顔はどこか誇らしそうだ。ヤマトたちも顔を綻ばせて頷いている。

 ――どうやら準備はできたようだ。

 

「リンたちの準備が終わった! この場を放棄して山へ向かうぞ! 一部は残って落とし穴掘りを再開してくれ! 見張りを立てることを忘れるな!!」

 声とともに全員が動き出す。リオレウスの注意を引こうと土爆弾を投げながら、リオレウスの巣がある北の山へと走り出した。

 

 

 立て続けに攻防を続け、大声を張り上げ、和也の息はあがってとうに苦しい。だが、休息など倒した後に取ればいいと和也は走った。

 途中リオレウスに何度か攻撃されその度にヒヤリとする思いをしたが、無事に目的の場所へと到着する。そこは崖のすぐそばの、山と草原の境となる場所。いくつか地面にはいびつな円が描かれていた。

 

「カズヤ! こっちニャ!」

 ヨウの声に従って走る。リオレウスの挙動を見るために首はひねって後ろに、けれど作戦の要の円の描かれた地面は避けて通る。

 集まったことを好機と見たのか、リオレウスは低空を滑空する。火炎を放たなかったのは今まで効果が無かったからであろう。初めて見る動きに一瞬戸惑うヤマトたちだったが、それが好機だと理解して即座に動いた。落とすために閃光玉を投げる。

 もう何度目かの光景、リオレウスは閃光によって落ちる。だが、その結果は今までとは違っていた。リオレウスが落ちた場所は円が描かれた地面。そこに落ちた瞬間、リオレウスの体は傾ぎ開いた穴へと落ちる。

 さらに追い打ちだとある物を投げつける。それは縄の両端に石を括り付けた投石器のようなもの。リオレウスへと絡まらせ、行動を阻害するために用意したものだ。

「うう……りゃああああ!!!」

 さらに追い打ち。いや、トドメの攻撃だ。例え遅かろうとも動きを封じてしまえば当てることは難しくない。今度こそはと振るった大剣はリオレウスの肩へと当たり――

 

 

 弾かれた。

「なっ!?」

「ゴアアアアアアアアアアアッッッッ!!!?」

 意味のない攻撃ではなかったはずだ。リオレウスは悲鳴を上げ拘束を解かんと暴れている。だが、それを持って止めとしようとしたはずの一撃が、痛かっただけで済んでしまうというのは苦しかった。

 ガラァァン、と大きな音が鳴る。眼だけ動かしてその正体を見ると、それはミズキが持っていたはずの大剣だった。攻撃が弾かれたことで飛ばしてしまったのだろう、ミズキの手元には大剣がなくなっている。そればかしか両腕共にだらんと下げて、顔を苦痛でゆがめている。

 

 腕を痛めた。それを理解する。

 

「ミズキ下がれっ! ――他っ! 気合入れろ! あとちょっとだ、絶対倒すぞ!」

 倒せなかったという驚きと絶望しかけた心を奮い立たせるために、和也はまた声を張り上げた。

 負けられない戦いは最終局面へと移行する。

 

 

 

 落とし穴にはマヒダケと毒キノコの粉末を塗った骨の針が剣山のように並べられていた。麻痺と毒で自由を封じ、さらに大剣の一撃が入った。それはリオレウスにとってなんでもない、ということはなく、明らかにそれ以降の動きは鈍っていた。

 だが、それはあくまでも鈍ったと言うだけだ。まだ倒すのには至らない。残った策と言えばまた最初の場所へと戻り落とし穴に嵌めることだ。大タル爆弾の荷台もまだ残っているし、これで倒せる可能性も十分にある。

 しかしそれはまだ早い。本来、出会う前に終えておきたかった準備だったが、早々に出会ってしまったがためにまだ準備はできていないのだ。残った数名が今準備をしているだろうが、早々に終わるはずがない。まだここで戦い続けなければならないのだ。

 

「ぐっ……くそっ……」

 もう何度目になったのかわからないほど、和也はリオレウスの爪を盾で防いだ。リオレウスは集団の中で和也が最も危険だと判断したのか、執拗に和也を狙い続ける。既に何度か攻撃を受け、和也の持っていた回復薬はすべて使い切ってしまっていた。

 

「回復薬と閃光玉! 残りは!?」

「あと三つです! 土爆弾はもうありません!!」

 焦る和也に追い打ちをかけるように状況が悪いことが伝わった。荷台の下へと戻ればまだいくつか残っているだろうが、アイテムの備蓄はもう残りわずか。このまま戦い続ければじり貧だ。仮にあったとしても、回復薬でゲームのように完全回復などできない以上、じり貧なのは同じなのだが。

(無いよりはあった方がいい! つかまずいな、攻め手に欠ける……! 片手剣じゃ威力に欠ける。ミズキがもっと大剣をうまく扱えれば違うかもしれねえけど……。それとも俺が持つか? ――いや、練習もしてねえんだ、ミズキ以上に扱えるはずがない。ってあれ、大剣はどこ行った?)

 

 きょろきょろと首を振って探してみるも見つからない。だがどうせ扱えない武器だと思考の隅へと追いやった。邪魔になるので誰かがどかしたのだろうと無意識のうちに考えていた。

「カズヤ!!」

 だがそこに声がかかる。それはミズキのもので、声のを方を見やれば当然ミズキがいた。少しばかり高い場所、崖と表現しえる場所の頂に。

 ミズキがそこにいたのはあることを思いついたからだ。そしてそれを実行するために和也へと声をかけた。それは戦いの前に決めたことではなく、この場でのミズキの思い付き。だが、瞬時に和也はその内容を理解した。

 黙って頷き、リオレウスの下へと駆ける。和也に求められるのは時間稼ぎだ。それに使える投石器はまだいくつかあるし、消耗品ではないのだからいくつか地面に落ちているのもある。

「ヨウは閃光、ヤマトたちは投石器! リン、地面の投石器を集めてくれ! 当たるなよ!」

 端的に示した指示だったが、全員が即座に動いた。戦闘が続いたことで集中力はだんだんと切らしつつあったが、思考は既に戦闘だけの為に没入している。今この場だけ、彼らの動きはまさに阿吽の呼吸だった。

 毒だ麻痺だで弱っていたリオレウスだ。それでもまだ動けはする。それを和也が止めるために突っ込んだ。今まで散々狙ってきた和也の特攻。リオレウスにして見てもそれはチャンスに写っただろう。

 カズヤとリオレウス。二人の間で視線が交わる。互いに殺さんと一瞬の間に睨み合う。が、そこに異物が放り込まれた。

 閃光玉、馬鹿の一つ覚えのようにまたそれだ。だが、何度となく放たれるのはそれが有効だからである。あらかじめそれが来ることをわかっていた和也はともかく、リオレウスにすれば怨敵を睨みつけていたところに来たわけだ。和也は盾で回避するもリオレウスはまともに閃光を見てしまった。

 

「グ……ガアアアアッ!」

「今だ! 投石器!!」

「「おうっ!」」

 尚も猛るリオレウス。だが、そこへ投石器が投げられる。ブルファンゴの毛を共に編んだ縄はただ丈夫。リオレウスの膂力をもってすれば引きちぎることも可能だろうが、それは一瞬で行えることではない。

 

「……ヨウ」

「ばっちりにゃ!」

 さらに和也の指示には無かったことだが、それぞれが最高の結果を出すために動いてくれた。投石器を投げた後、ヤマトたちはリオレウスへと駆け寄って絡まった縄の両端を地面へと抑え込んでいる。体を、首を、動けないようにと封じ込めている。

 

「ミズキッ!!!!」

「おうっっ!!」

 最後に、ミズキは飛んだ。リオレウスの体高よりも高い崖の上から。その手に大剣を背負って。

 肩を支点にてこの原理で大剣を振り下ろす。主さに重力が加わったそれはリオレウスの首へと落とされた。

「ガ……アアァ……」

 ゴン! という凄まじい音が鳴る。その衝撃にヤマトたちは手を放してしまった。だが、リオレウスは暴れることなく、そのまま……地面へと倒れ伏した。

 

 

 

「勝った……?」

「勝ったのか……?」

「勝った……」

「勝ったんだ……」

 

「「「うおおおおぉおぉぉぉぉおぉ!!!!」」」

 最初は疑問から。そして段々と勝ったことを理解し始めて勝鬨が轟きわたる。絶対なる上位種を狩ったことに、ヤマトたちは嬉しさと達成感と驚きから雄叫びが上がっていた。

 その立役者となったミズキは大剣を放り投げ地面に寝転んでいる。最後の一撃も体に負担は大きかったのだろう、リオレウスを殺すほどの衝撃が作用反作用の法則に従ってミズキにも来たと考えれば当然のことだ。

 そんな寝転がるミズキに和也は近づき、途中で受け取った回復薬をミズキへと手渡した。起き上って回復薬を飲むミズキに、気になった一言を聞いた。

 

「仇は取れたか?」

「……そんなんじゃねえよ」

 ふてくされる様に、ミズキはそっぽを向いて言った。

 

「俺は……ただ守りたかったんだ。うまく言えねえけど……誰も死なせたくなかったんだ」

「ああ……。わかるよ……。俺もだ」

 決して嬉しくないわけではない。勝てた喜びがないわけではない。ただそれよりも心に去来する思いは……

 

「生きててよかった。誰も死ななくてよかった。――皆無事でよかった」

「――ああ、本当に」

 

 誰も死ななくて済んだ。失うものが無くて済んだ。それが何よりも喜ばしい。

 罠の用意をしていた数名が遅れてやってきて、用意していた罠が無駄になったと知っても彼らは嘆くことなく喜んだ。涙を流し抱き合って勝利を祝い合った。

 そうして一しきり勝利を噛みしめた後、誰ともなく言った。

 

「――帰ろう。皆が待ってる」

 

 

 リオレウスの討伐。それは里全体で行われたことだ。当然ではあるがただの傍観者と参加者ではその喜びや達成感が違う。今までただ見ているだけだった里の住人も、リオレウスの討伐に関わったことで誰もが喜び、感動に打ち震えていた。

 リオレウスの死骸はある程度解体してからではあるが荷台によって里に運ばれた。今後などない方がいいが、それでもせっかく手に入れた素材だ。それを活かさない手はない。皆疲れてはいたものの、何度となく攻撃を受けた和也が大きな怪我がないこと、止めを刺したのがやはりモンスター素材の武器であることなどから、その必要性を理解し文句を言うことはなかった。そうして持って帰ったリオレウスの素材は里の感動を助長する結果にもなっていた。

 祝宴となり誰も彼もが飲み騒ぐ。酒は元々里にもあり、肉だ魚だと乱痴気騒ぎ。それを諌めるものは誰もいない。皆が皆酒だけでなく状況にも勝利にも酔っているのだから当然だろう。

 そうした騒ぎの中、和也はタカモトの家へと出向いた。少し話がしたいと言われたためだ。行ってみるとそこにはミズキ、竜じい、タカモト、それにリンとヨウが囲炉裏を囲んで座っていた。

 

「参りました。どうしましたか?」

「おお、和也殿。此度は本に御苦労じゃった。話というのはの、ミズキの方から言いたいことがあるということでな」

「ミズキから?」

 視線をやるとミズキが頷く。似合わない神妙な顔を張り付けて、それがつまらない相談ではないということを示していた。

 

「――今回の戦いでまた飛竜の素材が手に入った。竜じいによればまた一つ防具を作ることができるらしい」

「へえ……。まあリオレイアだけで軽鎧とはいえ防具と片手剣、それに大剣まで作ったわけだし……できるだろうな。話ってのは素材の使い道の相談か?」

「それもある……。だがそれ以上の相談がある……」

「――なんだよ」

 

 言いにくいのか、和也は言い淀んでいた。口は真一文字に閉じられ、目は少々下を向いている。だが、張り詰めた雰囲気はやはり軽い相談ではないと教えてくれていた。

 軽い相談ではないのならあまり急かすべきではないだろう。和也はミズキが話す決心をするのを待った。パチパチと薪が爆ぜる音がその場を支配するかのように聞こえていた。

 やがて、ミズキはその重い口を開く。

「俺は頼りないと思うし、頭の出来だってよくねえ。お前に迷惑ばっかかけていることは分かっている。それでも……それでもお願いだ! 俺と……俺とこの里のハンターになってくれねえか?」

 ハンター。和也の知るハンターとミズキや里の住人がハンターの意味は多少異なるものの、ほぼ同じだ。モンスターを狩ることを生業とし、あらゆる危険に立ち向かう存在。命を懸けた職業だ。

 

「危険ばっかだってこともわかってるし、お前が元々この里の住人じゃないってことも重々承知だ。けど、俺達にはお前が必要なんだ。頼む、この通りだ」

 驚きから言葉が出なかったのだが、それを否定と取ったのか。ミズキは縋るように言葉を紡ぐ。ミズキにとって頭を下げるという行為がどれほどの意味を持つかなど和也にはわからない。だが、そんなことは抜きにしてもミズキの想いは知っている。

 

「和也殿、お願いできないだろうか。今まで頼み続けでこうして頼むことも心苦しいが……それでもわし等にはお主が必要なんじゃ」

「わしももちろん協力する。魚や虫取りはわしらの方でできる。おめぇさんが肉を狩るにしても協力者は必要じゃあねえのかと思う。わりぃ話じゃねェと思うんだが……」

 タカモトと竜じいが話に加わる。あらかじめこの話の内容は聞いていたのだろう。驚きもなく和也の説得に参加する。だが、それは無意味とも言える。もう答えなど出ているのだから。

 

「リン、ヨウ、お前らはどうしてここに?」

「ん? ミズキは僕の子分ニャから、ミズキがハンターにニャるのニャら僕もここにいなければニャらニャいのニャ」

「協力……するつもり」

「そっか……」

 一人はメラルーというのは少々異なるが、まるでゲームの組み合わせのようだ。ハンター二人に、パートナーとして猫二人。武器や防具もリオ夫妻であることを考えればまさしくそれらしい。

 最初からリオ夫妻の素材があるなんておかしなゲームだ。だが、それも自分たちで狩ったものなのだから、おかしくないのかもしれない。ならばここが……オープニング画面だろう。フッと笑ってミズキへと手を伸ばす。

 

「和也だ。改めてよろしくな、ミズキ」

「あ、ああ! 劉だ、こっちこそよろしく和也!」

「ヨウニャ!」

「リン……」

 

 伸ばした手の意味を察したのかミズキが合わせる。リオレウスの討伐の前にやった円陣と同じだ。リンとヨウもそこに手を置いて名乗る。

 

「うぅむ、わしゃあ竜じいでええ。武器や防具は任せとけ!」

 

 竜じいも手を重ねる。しわがれてゴツゴツした手だがどこか暖かい。最後にそこにタカモトが手を乗せた。

 

「孝元と申します。改めてよろしく、そして歓迎しますぞ、狩人殿」

 

 騒がしい夜はそうして更けていく。それぞれの決意を胸に秘めて。




火竜の紅玉をやっと手に入れてリオソウルシリーズが完成しました。
二次創作でもゲームでも討伐しまくってごめんよリオレウス。

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