第11話 新たな狩り
太陽が木の葉に遮られながらも森に陽射しを送る。全ての生命の恵みとなる陽光は誰へともなく分け隔てなく降り注ぐ。それに釣られたのか、ブルファンゴが森の中でも木の少ない、日差しを遮る物がない場所へとやってきた。
あくびをするブルファンゴ。暖かな日差しは眠気を誘うのだろう。元々それが目的だった彼は、周囲の警戒をしつつもやがてうとうとと眠りについた。そして――それを見守る影が二つ。
「(ターゲットはブルファンゴ、動きも止まったしチャンスだな。リン、いいか?)」
「(……大丈夫)」
木の陰にブルファンゴから身を隠しているのは和也とリンだ。二人とも揃いの緑色の鎧を着ている。胴回りは瓦を何枚か重ねたかのような外観、肩にも同様のものが付いており鉄を思わせる丈夫そうな胸当て。古き日本の甲冑にも見える。
だがリオレイアの素材が使われているそれは全て緑色、何よりそこいらの鉱石や獣の素材を使うよりも丈夫である。
兜で音は聞き取りにくいが、リンが首肯したことを確認し和也は再度ブルファンゴに目をやる。動きはなく、どうやら寝入っているようだと認識した。
起こさないように音をたてないようにとそーっと土爆弾を手に持つ。何か音を一つでも立てればブルファンゴは途端に跳ね起きるということを、この世界での経験で和也は知っている。
故にそーっと、音をたてないように慎重にしなければならないのだが……今回はそれを逆手に取るつもりだ。
「(行くぞ、3、2……1……ほれっ)」
ブルファンゴには当てないように、手前の方で落ちるように土爆弾を投げる。それは目標違わずブルファンゴより1m手前で落ち、派手に音を鳴らした。
「ブモッ!?」
「うおおおおおっ!!!」
音に驚き跳ね起きるブルファンゴ。それと同時に和也同様物陰に隠れていた劉が大剣背負って飛び出す。雄叫び一閃、音に気を取られていたブルファンゴに振り下ろした。
「モ゛ッ! ――――」
ドサリ、と音を立ててブルファンゴは倒れた。遅れ、カランと大剣が地面に落ちる音。
ブルファンゴが倒れたことを見て、劉はフウッと息を吐きながら大剣を背負いなおした。
「っし、上手くいったな」
「当然ニャ。なんせこの僕がついてるんだからニャ。でもそれでもすごいニャ、一撃ニャ」
「な、俺らも成長したってことかねえ」
ニシシ、と劉はヨウと笑い合う。この二人もまた、和也とリン同様に揃いの防具を身に着けている。外観こそ似ているが、和也たちの緑に対し二人は赤。リオレウスの素材を使ったものだ。
カズヤとリンも茂みから出てブルファンゴへと近づく。白目を向き、大剣の一撃を受けた背は陥没しており、確認するまでもなく絶命している。だが、和也はそれを見てはあ、とため息をついた。
「油断すんな。まだまだ練習あるのみ。武器の重さに振り回されてるうちはまだまだだ」
「つってもな……。振り回すしか現状方法がないぜ?」
「それはいい。というより、重さと大きさから言ってそれしかできねえしな。けど、武器の重さに振り回されちゃだめだ。具体的には刃が立ってなくて鈍器みたいになってる」
ブルファンゴは明らかに死んでいる。だが、大剣で切りかかったにもかかわらず流れる血の量は少ない。刃傷ではなく打撲による骨折が出血の原因だ。大剣でありながら鈍器のような扱いでは成長したなどと言えないだろう。
「鈍器?」
「槌とかそういう武器だよ。見ろよ、切れ味だっていい武器のはずなのに碌に切れてねえ」
「う……またか。けどこれでも狩れてるんだからとりあえずはいいんじゃないか?」
確かに劉言うとおり、一撃を以てほとんどの狩りは終了している。リオレウスとの戦闘の際ですら、それがトドメとなったほどだ。『斬る』ことができずとも問題はないのではと劉は考えているのだろう。
はあ、と表には出さずに内心ため息をついた。狩りにちょくちょくこうして失敗とは言い切れない――けれど問題ないとは言えないミスをしているのはそうした心構えが原因だろう。
「今はこれでもいいけどな。でも武器の扱いが完璧にできねえと後々困るだろ。変な癖がついたら矯正するのも難しいだろうし、今のままで通用しなくなった時が死ぬときになっちまう」
んー、そうなのか、と劉は唸る。納得していないのだろう。今までにもこうして何度も口を酸っぱくして言っているのだが中々効果がない。きちんと説明すればわかってくれるはずだが何がだめなんだとずっと考えているが……答えは出ない。
「剣として扱えニャくても、武器にできてるのニャらとりあえずは問題ないんじゃないかニャ?」
「鈍器として使うなら最初から鈍器にしたほうがいいだろ」
ヨウは性格的に相性のいい劉とパートナーとして組んでいる。その分、劉を悪く言うような内容が嫌なのかもしれない。とはいえ、妥協できる点ではないのでばっさりと切り捨てた。
「うー……和也は厳しすぎるのニャ。もっと気楽に行こうニャ」
「ヨウは適当すぎ……」
気楽にいこうというヨウにリンが突っ込む。もう何度も見た光景だ。のんびり楽観主義のヨウと、臆病慎重主義のリン。どうにもヨウが気楽に考えリンが諌めるということが多くなる。
「相変わらずだな、ヨウは」
「俺はどっちかってーとヨウに賛成なんだが」
「俺はリン。お前らは気楽過ぎんだよ」
リオレイアの時みたいに先走るよりはましだが――そう考える。色々なプレッシャーから解放されたからか、劉は和也に比べ楽観主義なところがあった。
劉はうーと唸るヨウの所へと駆け寄り二人でわいのわいのとやりだした。本当に仲がいい。
「にゃああ……」
「わかるよ、リン。俺も……はあ」
リンと和也も仲がいい。苦労性のコンビということで。
やることやってさっさと帰ろう。そう決めてヨウと劉を呼んでブルファンゴの解体に乗り出した。
リオ夫妻の狩りよりひと月――今日も彼らは平常運転である。
◆
解体を終え持ち帰らない素材は埋めておく。こうしないと他のモンスターを呼んでしまうためだ。その後にもう一頭狩って同様の処理をしてから四人は帰ることにした。
一月前とは違い、狩りに慣れたその様子はまさに威風堂々。防具という物は丈夫さ故に重い。それを着こんで歩くことは体力の消耗も激しいだろう。しかし彼らの歩く姿は正中線が真っ直ぐ地面と垂直でありブレはない。熟練とまでは言えずとも、素人とは言い切れない程度に成長していた。
「しっかしやっぱもったいねえよな。仕方ねえけどさ」
だからか、彼らの様子は落ち着き、悪く言えば警戒が緩んでいる。こればかりは和也やリンも同じだ。
劉の言う内容は埋めてきた肉のことだろう。せっかくの成果の一部を捨ててくると考えれば確かにもったいない。それを提言したのが和也なだけに、少々不機嫌になった和也が口を尖らせた。
「仕方ねえだろ。喰えねえ肉持って帰ってもしょうがねえんだ。寄生虫だなんだが怖いしな」
和也は決して生肉に詳しいわけではないのだが、内臓は寄生虫が怖いというイメージがあった。病院などはなく回復薬も根本的な治療には適さないため、罹らないのであればそれに越したことはない。
「ああ、それはわかっちゃいるんだけどよ」
ぼやくように劉が漏らす。頭を掻こうとでもしたのか、右手を頭の近くで所在なさげに漂わせていた。おそらく、理屈でわかっていても感情が割り切れないということだろう。
「一応僕もそれはわかる。使わずに捨てるのはもったいない」
「だろ? そう、それが言いたいんだよ」
リンの言葉を得て我が意を得たりとばかりに再開する。見た目小さいために幼稚園児に追随する大人のように見えてしまうのだが、劉はそれでいいのだろうか。
「使い道があれば俺も捨てねえけどさ……、現状ないんだから仕方ねえよ。持って帰っても里にモンスターをおびき寄せる餌にしかならねえし」
「それは……嫌だな」
「ニャ? ニャりゃ僕が持って帰って利用するニャ」
「ん? 何か使い道あったのか? いやもう遅いんだけどさ」
「ないと思う。ヨウはいつもこれだから」
リンを見やるといつものよう澄ました顔だが、その中にどこか苦労性がにじみ出ている。
昔何度か見た顔だ。何かに使えるかもとあちこちから拾ってきてはゴミを増やす友人の嫁の顔だ。つまりはそういうことなのだろう。
「相変わらずなんだな、やっぱり」
思わず笑いをこぼす。ヨウはいつもこうで、元気で楽観思考だが根はいい子だ。リンはそんなヨウに苦労かけられている慎重な子で、上を向いて騒ぐヨウに対してどちらかと言えば俯きがちだ。だがそれでも二人仲は良い。劉はそんな二人を見守るように見ていた。
少し騒がしいけどそれでも日常と言えるこれ。毎日続いても未だ飽きることはなく。そのまま遠足のような気分で彼らは帰る。
四人はそのままやいのわいのと騒がしく歩き続け、無事に里へと到着した。
「んじゃあ、俺は肉を貯蔵庫に置いてくる」
「ああ、じゃあこれも頼むわ。俺は長の所に行ってくる」
「じゃあ僕たちはごは――」
「その前に備蓄。見に行くよ」
それぞれが別行動をとる。こうした役割分担は慣れた物だ。
劉の向う貯蔵庫は肉を置いている場所だ。現代の貯蔵庫であればよく冷えた倉庫のことを言うのだろうが、この場においてはただの倉庫である。塩漬、燻製などをした肉を置いている。それらの工程を踏む施設も貯蔵庫付近にあるため、生肉も貯蔵庫に持っていけば後は専門の人がやるようになっている。
リンとヨウが向かったのは備蓄庫。回復薬や閃光玉など里で使うものを管理している一画だ。数の管理はかなり大雑把なため、狩りに行くうちの誰かが把握しておいた方がいいという考えのもとリンとヨウが行っている。
和也は孝元に報告だ。特別いうことはなくとも、外に出ての危険な仕事。帰還の報告は必ずするようにしていた。
孝元の家は紅呉の里の北、一番大きな家だ。建物という意味であれば最近は別のものができているのだが、個人用の家という意味でならばやはり一番である。
入って囲炉裏が置かれた部屋へと向かう。いつも孝元がいることが多い場所だが、今回も違わずそこにいた。
「長、和也と劉、ただ今戻りました」
「おお、おかえりなさい。今日もご苦労じゃった。成果はどれほどかの?」
「ブルファンゴを二頭です。閃光玉と回復薬を一つずつ使いました」
「おや、怪我を?」
ここ一か月の狩りで回復薬の使用は数えるほどしかなかった。丈夫な防具に強い武器があるのだから当然である。そのため怪訝な顔を孝元は見せた。
「ええ、まあ。武器の扱いの練習をしている際に。まだ使いこなすという意味ではだめですから」
「ふむ、それは確かに……」
回復薬は二頭目の狩りの際に劉が怪我をして使った。刃を立てるということができず、ブルファンゴを相手にてこずったことが原因である。
こうした報告で武器の扱いがまだだということを孝元も把握していたため、報告はすんなりと終えた。
「ところで、一ついいですかな。実は最近森で鳥竜種を見かけたというものがおってですな」
「鳥竜種……またランポスですかね」
ランポスは大草原を主な縄張りにしている為、あまり森へは入ってこない。精々が森の入口程度で里の住人と遭遇するようなものではないのだ。
鳥竜種、ランポス。一月前に死に物狂いで狩った相手だ。だが今はあの時とは違い武器も防具も揃っている。成長したかどうかを見る相手として都合がいいかもしれない。
和也は考えをまとめ上げるとはっきりと頷いた。
「わかりました。俺と劉で調査、見つければ狩ってきます」
「おお、頼まれてくれるか。すまんな。ではよろしく頼みます」
一か月続けたブルファンゴ狩り。それによって培われた武器の扱いと度胸。それらの確認に適した狩り。和也は闘志を静かに燃やしていた。
◆
翌日、孝元と話した通り、劉たちを連れ森の調査へと赴く。時間は調査も兼ねて言うため朝早くだ。そのため、ヨウは眠そうに眼をこすりながら歩いていた。
「そろそろ教えてくれないか? 昨日も行ったのになんで今日も狩りに行くんだ?」
説明の時間を惜しんだため劉たちには詳しいことを言っていない。内心疑問であったのだろう、代表代わりに劉が和也に問うた。
彼らは普段三、四日に一回ほどのペースで狩りに出ている。劉の疑問も尤もだ
「ランポスを森で見たらしい。それの調査だ」
「え゛っ……?」
和也の返事を聞いて劉は表情をひきつらせて固めてしまう。表情だけでなく足も止めてしまい、行軍が一時止まってしまった。
劉の記憶で言えばランポスと言えばリオレイアの前に戦った相手だ。敵の手強さという意味ではリオ夫妻よりも劣っているが、怪我や危険度という意味では実は同等だった。
劉にしてみればランポスとの戦闘はあまりいい思い出ではないだろう。そのランポスと再び戦うとなればいい気持ちしなくて当然だ。
(時間惜しんで黙って連れてきたが……正解だったか? ここまで来てごねることはないだろ)
心中結果的な自分の判断を自讃する。リンとヨウは特別気にすることもないのか、劉の表情の変化を気にするだけに留めていた。
「い! いやいやいや! ランポスは俺ら倒したじゃんか」
「いや、あの群れだけしかいないって訳はないだろ。元々は草原の方を縄張りにしているらしいが、それがリオ夫妻がいなくなったことで行動圏が広がったのかもな」
紅呉の里周辺における生物の頂点であったリオレウスとリオレイア。その最強の存在がいなくなったことでランポスたちは我が物顔で動けるようになった……のかもしれない。
「どういうことニャ?」
「つまり――怖い飛竜がいなくなったから隠れる必要が無くなった……ってことだと思う」
ヨウの疑問にリンが答えた。そうなのか――とヨウが和也を見るので、その理解で間違っていないと頷いておく。
「ニャニャ……早く倒さニャいといけないかニャ?」
「そゆことだ。まあ、見間違いとかの可能性もある。だからまずは調査だな」
「って言っても……いたら狩るんだよな。――いけるのか?」
「問題ないと思うが。落ち着けば大丈夫だ」
トラウマとでもいうことだろうか。劉は乗り気じゃないと渋面だ。が、再開し始めた脚は止めない。察するにやらなきゃいけないのはわかるが、自分はやりたくない――というところだろうか。
(ランポス相手にビビってるわけにはいかないんだけどな……。さっさと倒さねえと)
武器も防具もあってあの時とは全く異なる状況。アイテムも土爆弾と能力的には低い回復薬しかなかった。万全と言える今の狩りと比べれば、当時は苦労して当然だ。
だが、現在の状況ならばあまり苦労はしないだろう。大剣という強力な武器を得た今、狩り自体はゲームのそれに近しいものになっている。ランポス如きにてこずるということをあまり想像できない。
もちろん、大剣は土爆弾以上にランポスとの相性が悪いことは和也もわかっている。だが、ランポスとて当たれば即死だろうという武器が振り回されるのを見て近寄ろうとはしないだろう。
遠距離攻撃手段がランポスにはない以上、ランポスに攻撃手段はない。縦しんば攻撃できたとしても飛竜の鎧に阻まれる。狩ることは難しいかもしれないが、劉が思っているような苦戦はないだろうと和也は考えていた。
鎧というものが隠密行動には適していないことは明らかである。かちゃかちゃと音を立てながらの行軍だった為、隠れるつもりはないのか、獲物を見つけたとばかりに姿を現した。
数は七匹。ドスランポスはなくランポスが七匹の集団。だが、それでもトラウマは刺激されたのか劉はヒッと悲鳴を漏らす。
和也とリンはただ身構えるだけだったのだが、ヨウは何故か和也達より前に出た。トコトコと短い足で歩き、その小さな手をランポスたちへと突き出した。
「紅呉の里がハンター劉とヨウが参上ニャ! お前らを成敗しに参ったニャ!!」
突然ヨウは名乗りを上げた。言うまでもないがランポスに言語は通じない。ブルファンゴにも通じないので今までこんな名乗りは見たことが無かったので、和也は目が点になる。
ヨウ……などとリンが小さくため息をついた。そんな芝居かかったことをやるためにわざわざ前に出るという危険を冒したのかと言いたいのだろう。
(ちょっとかっこいいかも……とか言ったらリンに怒られるかなあ。にしてもなんであんな――)
「お! 同じくハンター劉! お前らを討伐する!」
戦闘の前だというのに暢気に思考。だがそれは劉の名乗りで遮られる。先ほどまでの震えを隠し、見た目だけなら堂々としたものだ。
(ああ……。劉に発破掛けるためか。なるほど……)
突然のヨウの奇行の原因に思い至る。パートナーである劉が縮こまっているのをほぐしてやろうと考えたのだろう。それが何故名乗りなのかはわからないが。加えて、『同じく』と言っているが劉の分は既にヨウが言っているのである。
チラッ、チラッ、と劉とヨウが和也とリンを見る。同じことをやれということだろうか。だが、さすがにそのような余裕はないだろう。
ランポスたちは人間の意味の分からない行動に多少尻ごんではいたが、それが折角の獲物を見逃す理由にはならない。統率者もいないためか、それぞれが連携もなく、だが同時に襲い掛かってくる。
「やるぞ! 落ち着けば問題ない!」
「お、おう!!」
一歩前に出ていた劉からさらに距離を取り盾と剣を構える。劉も大剣を、ヨウは小さなハンマーを、リンはダガーを構えた。
ランポスと遭遇した際は距離5mほど。その距離は瞬く間にゼロとなる。跳びかかり襲い掛かるランポスに、合わせるように盾を構える。
ガシッという音と衝撃。だがそれだけで体勢を崩すほどではない。ランポスが再び距離を取らないうちにと勢い付けて剣をランポスの腹へと刺す。
ゾブリという感触と共に皮を裂いて肉を貫いたという確信を得る。自身の意思でやっていることとはいえ、それでも好きになれる感触ではない。
悲鳴を上げて逃げるランポス。奪われないようにと柄をしっかりと握りしめ、敵の数が多いためそれを追わずにまた身構える。
と、そこへランポスが二匹宙を舞った。劉が大剣を振るったのだろう。体の軽いランポスは易々と吹き飛ばされる。
「っし、いける!」
以前の狩りとは違うということを再認識したのか、劉の声が上がる。リンとヨウは体の小ささを利用して、ランポスの群れの中をチョロチョロと動き回り、すれ違いざまに攻撃していた。
数の優位も種の優位も存在しないことに気付いたのだろう。ランポスたちがにわかにざわめきだす。が、もう遅い。既に二匹が死に、一匹は腹に怪我を、二匹軽傷を負っている。ざわめいたのは負傷のない二匹だ。負傷したランポスはアドレナリンでも出ているのか、むしろ怒気をあげて襲い掛かってきた。
盾で叩き敵の出鼻を挫き、そこに剣で傷を作る。今度は逃がさないようにと追い打ちをかけ、きっちりその一匹にとどめを刺した。途中、他のランポスが爪を振るったが鎧に阻まれ意を成さない。
更に劉と和也が一匹ずつ狩り、残りは負傷のない二匹のみだ。が、不利からかランポスたちは逃げ出した。背を向けて一目散に走りだす。
「んなっ!? リン! ヨウ!」
「大丈夫」
声と共に小規模な爆発がランポスの逃げる先で起きた。踏み込もうとした足をおろすことができず二匹はたたらを踏む。その隙にと和也はランポスに追いついた
「でりゃああああっ!!」
一閃、二閃、三閃。逃げる相手の背を切りつけるのはあまり褒められた行為でないかもしれないが、そんなことを気にすることはさすがにできない。
倒れる一匹にとどめを刺し、群れの討伐を完了した。
死骸から素材をはぎ取る。この行為は死者を弔うという意味では頂けないのかもしれないが、相手の命を奪ってまで生きたのだから何が何でも生き抜こうとする――という意味では真摯と言える。つまり、物は言い様、捉え方の問題だ。
ランポスの皮は衣服に利用できるだろう。鎧にするには心もとないが、衣服にするには十分すぎるほどに丈夫な素材だ。ブルファンゴの毛皮ですら丈夫で身を守るのにいいと紅呉の里全体で利用されている。ランポスの素材ならばもっと適しているかもしれない。
(その意味では、この狩りはいいものだな。里に潤いが増える)
冷静に手に入れた素材の使い道を考えながら剥ぎ取りを続ける。最初は不慣れ、狼狽などからうまくできなかったこれも、今では考え事をしながらできる。やはり慣れたくなくても慣れて適応してしまうのが人間だろう。
「なんか拍子抜けって言うか……楽勝だったな。やっぱり成長したってことかねえ」
「ニャ! 前の時は僕たちがいなかったからニャ。今は僕たちがいるから楽勝ニャ」
「んー? おお、そうだな。さすがヨウだ」
お調子者コンビが調子のいいことを言っている。自信を持つのはいいのだが、調子に乗るのは良くない。またか――などと内心考えながら昨日と同じ言葉を口にする。
「油断すんな。この程度は武器と防具の性能がある分楽勝で当たり前だ。飛竜相手じゃ鍛錬なしじゃ通用しないんだから、これからも精進あるのみだ」
「とは言うけどさ……、飛竜は番を狩って子供もいないみてえだし……、練習しても出番はないんじゃないのか?」
「ニャ? 飛竜はもういないのかニャ?」
「んー? そうだろ。子供もいないんだし」
(――おい、まさかそういうことか? そういう勘違いしているのか?)
ヨウと劉の会話を聞きながら愕然とする思いを感じていた。まさかと思う。だがそうだとすれば練習のモチベーションが低かったことも頷ける。確かに目標が低ければ練習の意味を見いだせずやる気は出ないだろう。
これを訂正するのかと思うと気が重い。もう安全だと思っていたところにまだ脅威があるなどということは知りたくないだろう。
だが、劉は和也をハンターへと誘った張本人。今までは知らなかったのだから仕方ないにしても、知る機会があるのならきちんと知って現状把握をすべきだろう。
そのために言わないといけないのか、と考えるとやはり気は重いのだが。
「あー……悪い知らせだが、他に飛竜はいるぞ。あの山にはもういないかもしれないが、他の場所には他の飛竜が」
「え゛っ……」
劉は表情を歪めてヨウを見つめる。そうなのかと聞きたいのだろうが、そのヨウも微妙な顔をしている。
ついでに和也もリンに聞いてみることにした。アイルーメラルーの常識ではどうなのかを知っておきたい。
「僕たちもあまり知らない。けれど、遠くにはビリビリする竜や水の中にいる竜がいるって聞いたことがある」
「フルフルにガノトトスのことかな……。まあリンも知っているわけだ。リオレウスとリオレイアだけでなく、手ごわい敵はいる。ハンターになったからにはそいつらの狩りも俺らは考えないといけないだろうな。――怖気づいたか?」
「だっ! 誰が! ただ……そうか、そうだったのか……」
少々顔色を悪くしたので意地悪をしてみたが、劉は面白い様に反応を返してくれた。今はまだ衝撃を知った直後で混乱しているかもしれないが、落ち着けばきちんとしてくれるだろう。大丈夫だと思うぐらいに、和也は劉のことを信頼している。
(これでひとまず現状認識はできた、か……? ならとりあえずは良し。多少足踏みしてたけど、今後の成長は期待できるだろう)
人にとって世界とは自分の知覚できる範囲のことを指す。劉にとって世界とは精々が大草原までであり、その先にまで広がっているということなど想定の範囲外なのだろう。それ故に他の飛竜種――大型モンスターの存在を想像できなかった。
モチベーションが低いと言うだけでブルファンゴの狩りは今まできちんと劉は行っていた。大剣にも慣れて来ただろう時期と考えれば、今この時知ったということは都合がいいのかもしれない。
「――帰る?」
「ん、おお、帰ろう」
少し思考に走ったところをリンが正す。劉とヨウも呼び、四人は里へと戻ることにした。
時刻はまだ昼。いつも狩りに出た時ならもう少し狩りを続けているだろうが、今回はランポスの調査と討伐が目的だ。これを果たした以上、一度里に戻るのがいいだろう。
そうして四人は里に向けて歩き出したのだが――途中、森が騒がしくなる。
「なんニャ?」
「――これ、ランポスか? まだいたのか」
ギャアギャアという声は確かにランポスを、鳥竜種の鳴き声だと思われる。先ほどに出会った七匹の他にまだランポスが森にいたようだ。
和也が三人を見つめる。その視線の意味は『まだ狩りに行けるか』という意味だ。多少の疲れは全員に共通してある。だが、ランポス森にがいれば里の安全は保障しかねる。故にその程度の疲れは無視だ。
「もちろん行ける。行くぞっ!」
「OKだ。劉は大剣の振りを意識しろ。今回は殴るようにではなく、きちんと斬れ」
「了解だ!」
答えるより早く劉は駆け出す。大剣という重いものを背負っていながら、それを感じさせない足取りだ。その姿を頼もしく思いながら和也たちも追いかけるようにして走った。
走った時間は一分にも満たない。四人はすぐにランポスの群れを発見する。
走った勢いをそのままに、劉は大剣を横に薙いだ。勢いと重さと筋力、それらによって振るわれた一撃は――一匹だったランポスを二つに分けた。血を吹き出しながら倒れるそれを一瞥し、唇にまで飛んだ血を舌でなめとりながら獰猛に笑った。
ドスランポスもいた五匹の群れだったが……瞬く間に掃討を終える。後に残るのは血だまりの中に伏す肉塊だけ。
「っし!」
「瞬殺だな。それに今回はきちんと刃も立ってた。やっぱやる気のもん――」
やっぱやる気の問題だったのか――。そう言おうとして言葉を止めてしまった。和也だけでなく劉も、リンもヨウも言葉を発さず一点を見つめて動かない。
ランポスたちの血でできた水たまり。その中には肉塊やランポスの遺骸が散らばりまさに死屍累々。そこの一部が突如ゆっくりと盛り上がったのだ。
動き出したそれ。驚愕に表情を彩り見つめることしかできない四人。そして――
「きゃあああああっ!!!?」
悲鳴と共にそれは崩れた。パシャン……という水音だけがその場に響いていた。
二章はこういう書き方の予定
一章はあたふたしながらも恐怖だとか、狩りに対する不慣れなどから文重め。
二章は慣れもあって軽めの文という風に変えています。
作品の雰囲気などもあるでしょうが、どっちの書き方の方が好みか教えていただけると作者の今後に役立つので嬉しいです。
ところで作品中で散々武器の刃が~~などと書きましたが、私は武器類について詳しくありません。そのため、もしこれはおかしくないかというところがあれば言っていただけると助かります。
具体的には「刃が立てなくてもよくない? むしろ大剣ってその方がいいよ?」とか。いや、空気抵抗が無駄にあるでしょうからそれはない……ですよね?