モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第12話 遠方よりの客人

 血の海から死体が起き上る。ゾンビゲームを想像させる光景に、和也たち四人は化け物が出たとばかりに驚き固まった。

 時間にすればそう長いものではない。だが、その数瞬程度の時間、彼らは硬直し恐怖さえ覚えていた。

 とはいえその恐怖の対象が悲鳴を上げて倒れたことでそれが人間であるということに遅まきながら気づいた。

 倒れたそれを引きずり出すと小柄な少女が現れる。血で見た目も匂いも汚れ鼻をツンとつく鉄の匂い。気を失っているようだが思わず仕方ないだろうと思うほどに真っ赤に染まっていた。

 飲み水を使って顔をふいたが現れたのは見たことのない少女の顔だ。劉も知らないらしく紅呉の里の住人ではないのだろう。

 少し待つと彼女は目を覚ましたらしく動きが見られる。所在なさげに視線をやり和也たちに目を向けると、目と口を大きく開きかける。が、それをすぐに止めて二三瞬きをすると姿勢を正し頭を下げた。

 

「本当に失礼しました」

「い、いえ、こちらこそ失礼を……」

 

 起きてすぐだというのに少女の最初の言葉は謝罪であった。目には理知的な光が宿り、状況を理解できているようだ。血で汚れていることも喜べることではないだろうが、それを嫌そうにする様子を見せない。どことなく良家のお嬢様をイメージさせる。

 そんな姿に圧されたのか、劉も合わせるようにして頭を下げていた。とはいえ、劉と彼女の二人で謝りあっていては状況を理解できるはずがなく、さっさと口をはさもうと和也は少女の下へと一歩踏み出す。

 

「で、謝るのはいいんだけどさ。あんたはなんだ? なんでこんなところにいた? わかっているのか知らんがランポスに襲われていたんだぞ」

「ランポス?」

 少女の雰囲気に圧されまいと腕を組んで少々威圧的な問いだ。だがそれを気にする様子もなく少女は首をかしげる。それは意味がわかってないというものではなく、わからない単語が出たので言葉に出したというだけだろう。

 内心またかとため息をつきながら捕捉する。

 

「青い鳥竜種だ。そこに転がってるだろ」

 顎をしゃくって示す。先には頭だけや腕だけの肉塊が血だまりの中に落ちていた。一言で言えば惨状だ。あんまりな説明に少女は顔を青くする。

 和也も何気なくやって説明が最悪のものだということに気付き頭を掻いた。いくら雰囲気に圧されまいと気を付けていたと言ってもこれではただの悪人だ。後悔が襲い掛かるが時既に遅し。

 十数秒の時間をおいてから、話は再開された。

 

「失礼しました。――それで何故ここにいるのかというと、私は逃げてきたんです」

「逃げてきた?」

「ええ。つい先日のことですが私が暮らしている村に白い……大きな何かが襲ってきたんです。村の人も次々に殺されて……」

 その時のことを思いだしたのだろう。少女の声に涙が混ざる。

 それはあまりないことなのだろう。そう思いながらも劉に視線をやると、その視線の意味を理解した劉が首を振る。定期的に襲われるような場所では人が生きていけるわけがない。当然人里が襲われるということは多いことではない。

 いかにモンスターがはびこる世界と言えど、モンスターが寄り付かない場所というものも当然存在する。紅呉の里もそうした場所に作られていた。

 多くあるわけでない出来事。それが起きたことの原因を辿るともしかしたらリオ夫妻を狩ったことが原因かもしれないと和也は思い至る。他の飛竜との力の上下は分からないが、リオ夫妻を歯牙にもかけないような大型種は伝説級でないといない。ならばリオ夫妻がいなくなったことで縄張りを広げようとするモンスターがいてもおかしくない。

 

(つまり……この子の村が襲われた原因は遡ると俺らにある……かもしれないのか)

 罪悪感のようなものが襲い掛かる。が、リオ夫妻を狩ること自体が悪く言われるようなことでもないだろう。こうなる未来を想定できたというのであれば話は別だが、和也たちには想像できる状況になかった。責任を感じる必要はないと開き直る。

 

「あの……」

 少女がおずおずとした声が聞こえ意識を戻す。どうやら思考に没頭しすぎていたようだ。

 顔を向けて少女を確認すると、期待と恐怖が混じった顔をしている。否定してほしいのか、肯定してほしいのか。和也には判別がしづらかった。

 

「その、あなた方はどういう……人たちなのでしょうか。先ほどのランポス? でしたか。鳥竜種も……あなた方が殺した……のですよね」

「ああ、俺たちは紅呉の里のハンターだ」

「ハンター……」

 

 少女は目を見開いた。驚きに彩られた顔を見るに、やはり紅呉の里でなくともモンスターを狩ることを生業とするハンターは伝承や伝記で語られるような存在なのだろう。

 見開いた眼はそのままに。顔には期待を張りつかせ、まだ血で汚れた手を地面につけて。縋るように彼女は言った。

 

「あ! あの! ハンターというのはモンスターを狩る一族ということで正しいでしょうか!?」

「え? い、いや一族とかじゃないよ。モンスターを狩るってのはあってるけど」

「ではお願いです! 私たちを助けてください!!」

 

 突然頭をこすり付けかねない勢いで少女は縋る。だが助けてほしいというのはどういうことか。和也たちはもう少し話を聞くことにした。

 少女が言うには白いモンスターは未だ村の近くにいて、村人は皆見つからないようにとおびえ隠れているらしい。だがいつまでもそうしていては食料も底を尽きてしまうし、隠れ続けるということ自体も難しい。

 村はいくつかの逃げ道を探し、逃避行を選択することにした。その最初の一人――すなわち偵察と実験台となったのがこの少女ということらしい。

 逃げる場所はあるか、逃げた先は安全かを知るために、彼女は大草原を越えてやってきた。

 

「大草原を……!」

 少女の話を劉は驚きをもって迎えた。その眼は初めて和也がブルファンゴを狩ったときの里人たちと同じ色を宿している。これだけでも簡単なことではないのだろうと推測できた。

 劉の反応は決しておかしなものではないらしい。少女も驚くことなく、コクリと頷く。

 

「ええ。元よりみんなのために命を投げ出す覚悟でした。そのつもりで来たのですが、幸いなことに飛竜に出会うことなく来れたので。ですが……」

「ここにランポスに捕まった、と」

 和也が少女の言葉を引き継ぐと、悔しそうに彼女は頷いた。安い例えだが、100点取れるテストを無記名で出してしまったなどに近いだろう。飛竜に襲われなかったのならその他雑魚になど襲われて死にかけたくはないだろう。

 そんなどうでもいいことを思いながら、一応気になっていたことを確認することにする。

 

「大草原というのは西の草原のことだよな。あそこ、そんなに広いのか?」

「え? 和也もあっちから来たんじゃないのか?」

 

 藪蛇だったようだ。和也は敢えて言うなら西の森から来たのだが、普通に考えれば森の先から、即ち草原の先から来たと考えるだろう。

 どうやって誤魔化そうかと考えていると、特別気にした様子もなく劉は補足を始める。

 

「大草原はまっすぐ突っ切っても一日はかかるって長から聞いたことがある。飛竜を初めとして鳥竜種とかもいるが、広くて隠れる場所がない。だからあそこを越えていくのはとても危険でできることじゃないんだが……そうか。飛竜がいなくなった今なら越えられるのか」

「――なるほど。だがそれなら遠いな。どっちにしろ俺達だけで判断すべきじゃない。一度里に戻るぞ」

 劉の説明を咀嚼してそう判断した。遠出ならば長期にわたる。それは紅呉の里のハンターとしても一員としても、個人の勝手な判断をしていいものではない。少なくとも孝元に相談すべきだろう。

 今まで和也も大草原の先に何があるのかなど意識したことが無く気付かず考えたことが無かった。

 だが、当然のことながら世界は続いていて、越えた先が存在する。それを里の誰も言わなかったのはあることを知らない者が多いほど、草原を越えるということは不可能に近かったからだ。

 即ちそれは未知の世界。重力が逆さになったり、海が水の代わりに火だったり。そんな摩訶不思議なことはさすがにないだろう。だが、在り得そうだと思えることは十分に考えられ、所変われば生態も変わり、行うべき対策も異なる。加えて遠出をするなら里の守りをどうするのかも考えねばならない。

 即座に判断できることでないし、一人で判断していいことでもない。それが和也の結論だった。

 

 少女はそれは不服だったようだ。村の人は皆待っているのに悠長にしている時間はない、と。だが、かといって慌てていくわけにもいかない。議論する時間ももったいないと感じたのか、決定権を持たない彼女はすぐに決定に従った。

 

 

 途中、リンとヨウが全く喋ってなかったことに気付いた和也が尋ねた所、二人とも大事な話をしていることを感じて黙っていたらしい。そう言う気遣いをリンはともかくヨウもできるということに驚くという一幕、さらにアイルーメラルーに驚く少女という一幕もあったりした。

 

 

 

 紅呉の里に戻った五人はざわめきを持って迎えられる。最初は見慣れぬ少女に対してのものかと思った彼らだが、どうやら全員のようだ。思い思いに何故だと顔を見合わせて当たり前のことに気付く。

 ランポスの討伐をしていた彼らは血で汚れている。いかにも狩りをしてきましたと言わんばかりの姿だ。今までは全員が汚れていたために気付かなかったが、ごく普通の清潔さを保った人間には当然のことく異常と写る。

 

「最初に綺麗にした方がいいな」

 苦笑して言うと劉も同じように苦笑した。だが彼ら以上に汚れている少女はというと居心地でも悪いのか辺りを忙しなく見渡している。

 

「どうした?」

「え? いえ、そのなんでもない……のですが」

 どうにもキレが悪い。最初はざわめきが原因かと感じたが、ざわめきが収まっても少女は忙しなげに眼を動かしている。視線の先に目をやると調薬場や工房が気になっているようだ。とはいえ、観光案内をしている暇はないので先へと促す。

 孝元の家に入る前に水場にて布を濡らし体をふく。あまりのんびりしていられる状況ではないが、それでも清潔になってすっきりしたのか。血の気がよくなり少女の顔は少し赤くなった。

 いつもいるであろう囲炉裏へと案内し、そこで佇んでいた孝元へまずは和也が声をかけた。

 

「長、ただ今戻りました。それと大草原の先からのお客人です」

「なんじゃとっ!? 真か?」

 孝元の声が狭い部屋で響いた。驚きのあまりに立ち上がり、天井から下げられた鍋がぐらりと揺れる。やはりごく普通のことではないのだろう。今まであったことのないような大声だ。

 孝元の驚きに応える形で少女が前へと出た。音を立てずに座り、手をついて軽く一礼した。慌てる気持ちは未だあるだろうに見事な振る舞いは気品すら感じる。

 

「白鳳村より参りましたレイナと申します。鳥竜種に襲われたところこの方たちに救われました。また、不躾ながらお願いがあります」

 その見事な振る舞いに孝元もはっと気づき座り姿勢を正す。その速さはさすがに年の功というやつだろう。

 

「紅呉の里の孝元じゃ。話を続けよ」

「白鳳村の近くには未だモンスターがいます。その退治を、ハンターだというこの方たちにお願いしたいのです。私にできることでしたら何でもしますのでどうか……!」

 

 言葉を終えて手をついて深く頭を下げた。土下座の形だ。語先後礼というビジネスマナーの基本があるが、それにさえ則った礼儀正しいふるまい。

 ほう、と誰かがため息を漏らした。威厳という意味では孝元はかなりのものがある。里の長として住人を束ねてきた貫禄というものだろう。

 その孝元を前にしてレイナは堂々とふるまいあまつさえ礼の所作には気品さえ見え隠れしている。助けを願う際は言葉も震えたが、それ以外は堂々として素晴らしいものだ。

 不躾と言っているが、助けを求める側として誠意は伺える。助けあわねばならない人同士。礼を尽くされれば答えるべきだろう。少なくとも和也はそう感じた。

 孝元はどう答えるつもりかと見てみると孝元と視線が交わる。尋ねるような視線に聞きたいであろうことを察して首肯を示した。

 

「相わかった。助力しよう」

「あっ、ありがとうございます!」

 希望が生まれつつあるのだろう。花が咲いたような笑顔を浮かべる。それを見て少々気が重いと和也は感じながら、それでも必要なことは告げねばならない。注目を集めるように手を上げる。

 

「だが、時間は必要だ。今すぐにはいけない」

「ふむ、そうじゃろうな。和也殿準備はどれほど必要か」

「――最低でも一日。できれば三日ほど欲しい」

「そんな!」

 敵を知ることが必要だ。知ったのなら対策が必要だ。里を出ている間、里の防衛をする人間が必要だ。やらねばならないことは沢山ある。

 里には備蓄がある。だがそれでも遠出することを想定した量など用意していない。ゲームではないのだ、アイテムボックスの中にあらかじめ作っておけばいいという訳ではない。現実には使用期限というものがあるのだから。

 そういった準備のことを考えれば時間はほしい。だが、助けを待つ村人のことを思う少女にはそれはつらいものだ。彼女にとっては今すぐにでも向かいたい。

 

「短縮はできませんか!?」

「できなくはない。極端な話今すぐ向かうことも不可能じゃない。だがその場合、俺達が行く意味はほとんどないし、モンスターに出会えば即、死亡だと思っていい」

「して、準備をおけば多くを助けられるということでいいかの?」

「ええ。恐らくとしか言いようはありませんけどね。準備はどうしても必要です。とりわけ敵の正体すらまだわかってない」

 ゲームに於いては敵に対して武器や防具を選択するのは常識だった。相性の悪い武器で挑めば勝てる相手にも勝てなくなる。さらに土地のことを考えずにクエストを受けて、場所が砂漠でクーラードリンクがないということも多くの人が体験したことがあるだろう。準備は必要不可欠である。

 それを抜きにしても今は昼だ。今から草原を越えようとすると夜を草原で明かすことになる。そうなれば夜番は必要だし、寝不足で挑むわけにもいかないので十分な休息を取る必要があるだろう。万全を期さねば勝てる相手にも勝てないのだから。

 

 そうした準備の必要性は理解できるのだろう。レイナは唇を噛みながら頷いた。

 

「さて、まずは敵を知りたい。特徴を教えてくれるか? 今は白くて大きいということしか聞いてないんだ」

「は、はい……。ええと、大きな羽が生えてます。それで鱗とかは無くて……その、変な形でうまく説明できないのですが……」

「鱗がない……? 四足歩行の獣か? 飛竜なら大抵鱗あるだろうし……いやでも羽があるのなら、空は飛べるのか?」

「ええ。それは間違いないです」

 それなら……とぶつぶつと言いながら候補を上げていく。白いモンスターと言えばウルクススやベリオロスが思いつく。どちらも寒いところに生息するモンスターだ。

 外観が白いということは雪が保護色になるという可能性が高い。それを考えれば即ち白鳳村は――

 

「なあ。その村って寒いところなのか?」

「え? ええ。そうです。霊峰ギリスの麓ですから」

 なら間違ってないかと推測を続ける。羽が生えて空を飛べるというのならウルクススはない。ベリオロスは飛べるが、果たして変な形と言えるだろうか。

 

(変な……? フルフルか? たしかにあいつは形状しがたい……)

 

 そうして答えが出かかったとき、レイナは最後のピースを提示した。曰く、紫色の何かを吐き出していた、と。

 

「っ! ギギネブラか!」

「え?」

「心当たりが?」

 首肯にて肯定を示す。

 ギギネブラはその見た目を言うのなら平べったいフルフルだ。地を這うのに適した骨格に前腕には翼があり飛行が可能。洞窟の壁にへばりついて移動したり、天井からぶら下がったりと奇妙な動きをすることができる。

 何より恐ろしいのはその口だろう。ハンターを押さえつけて口を伸ばして捕食する姿は多くのハンターにとってトラウマなのではないだろうか。加えて、尾も頭と同じような形をしており、そちらには毒腺がついている。

 スタミナが減るとポポを狩って食べていたことも考えれば、間違いなくあれは肉食だ。

 上記のことをゲームのことには触れずに説明すると、話が進むにつれレイナの顔は青くなっていった。

 

「毒を……もしや解毒薬が役に立つのかの?」

「ええ。しかし数はあまりなかったはずです。至急調合を進めて数を揃えましょう。それに他の準備も必要ですし」

「ではそれは私が」

 孝元が製薬場へと動く。

 

「俺らは竜じいの所に行くぞ。武器も考えた方がいい」

「え? おう。けど武器はあるんじゃあ……」

「遠距離攻撃手段が欲しい。毒を持ってるんだ。遠くから戦える手段があった方がいい」

 

 ゲーム時代、和也は剣士とガンナーの両方をプレイしたことがある。その経験から言えば、ギギネブラのようなモンスターはガンナーの方が適しているのだ。加えて、壁に張り付くということも剣士では攻撃が届きにくく面倒である。

 だが、適していようと慣れていない武器での討伐は可能だろうか。ボタンを押せば攻撃できるゲームではないのだ。武器に精通していなければ使うことも難しい。

 それを考えるが結論は同じ。あった方がいいのは間違いない。そうまとめた。

 

「リンはその子を頼む。劉、行くぞ」

 

 まだ顔を青くして震えるレイナをリンに任せ和也たちは竜じいの所へと向かった。リオレウスの狩りより一か月。大きな飛竜の狩りが再び始まろうとしていた。

 

 

 

 竜じいと話し合ったところ、目的はすぐに果たすことができた。モンスターハンターに存在する遠距離武器はボウガンと弓の二種。弓は構想自体は竜じいも持っていたために、すぐさま材料集めに移行したからだ。

 大剣を振り回し木を切り倒す劉。最初は斧を使って切り倒すことを考えていた和也は頬をひくつかせていた。

(前にもやったと言っていたが……こりゃあすげえな)

 ズズン……と地響き立てて倒れる木を眺めていると感嘆の息さえ漏れてくる。当初考えていたよりもずっと早く済みそうだ。

(台車で荷物を運んで……盾は左手に剣は腰にでも挿しておく。んで弓は背負えるか……? 二つの武器を持って使いこなせるかという疑問はあるが……遠距離攻撃手段はやっぱ欲しいな。ギギネブラは全方位に毒ガス出すこともできたはずだ)

 

 仕事は劉が頑張ってくれているので和也は討伐の算段を頭の中で整えている。

 ブルファンゴをはじめとしたモンスターの狩り。それができたのは里の協力や運もあったが、一番は相手の動きを知っているということだろう。

 ならば少しでもイメージを形にし、対応できるようにしておいた方がいい。考えをまとめ続ける。

 そうして考えていくうちに引っかかったのはギギネブラのある攻撃だ。少し体を浮かせた後に腹部にも毒腺があるのか、そこから毒ガスを全方位へと放つ。近づいて斬りつけていれば間違いなく毒を浴びるだろう。

 走ってダイブという緊急回避をすればゲームでなら間に合ったかもしれない。だが現実そんな動きで回避できるはずがない。息を止めていたとしても、触れただけで毒を浴びるのだ。おそらくは皮膚からも浸透するのだろう。

 

(となるとやはり遠距離攻撃を基本にしたいな。それに罠もほしい。毒ガス対策はひとまず肌をさらさない様にすれば少しはマシか? ランポスやブルファンゴの素材を使ってインナーを作れば……。寒いところだしそれがいいかもな。あ、ホットドリンクどうしよう)

 考えていなかったことにひとつ気づくが、それはレイナに聞けばいいだろうと結論づける。最悪、保存食を沢山持っていけばいい。

 

 考えをある程度まとめ上げた所に劉から声がかかる。どうやら待っていてくれたようだ。

 

「大体切れたぜ。大きさはこれぐらいでいいか?」

 大きさは100cmほどの丸太が数本。これをさらに細く切って矢として調える。矢じりには竜骨を使うつもりだが、作成についてはおそらく竜じいに丸投げになるだろう。

 和也は武器の作り方に詳しくなどない。そのため、たぶんとしか言いようがなかった。尤も、劉は和也以上に完成形がわかっていないので聞くしかないのだが。

 

「いいと思う。あとは弦とかも必要か。いや、あの形とかどうやって作るんだろう。――だめだ、やっぱり想像がつかない」

 

「おおい、和也?」

「あ、わりい。えと、現状これで問題はないはずだ。材料を揃えたら俺らは里の防衛のことを考えた方がいいだろうな」

 それに保存食も、と述べる。一日かかる場所への遠出だ。最短でも3日は帰ってこないだろうし、帰ってきてすぐにまた狩りに行くということもできないだろう。ならば先んじて肉を多めに勝っておきたい。それにいない間の防衛のことも考えた方がいいが……それは元々里に用意があるし、加えて一つこやし玉という裏技もあるので大丈夫だろう。

 

 

「なあ。今回の狩りは爆弾は使えねえよな」

「ああ。一日の移動で爆弾を運ぶのは危険すぎるからな。一応調合前の火薬草とニトロダケは持っていくが、あまり数は用意できないな」

 アイテムポーチに入れておけば問題なかったゲームと違い、運搬のことや誤爆のリスクを考えねばならない。そうなると途中草原でモンスターに襲われるかもしれない以上、そんな危険物を持ち運ぶことはできないだろう。

 相談するまでもなく、これは全員共通の考えだ。リオレウスの時に草原まで運ぶのでさえ危険だったのだから。

 

 大型の飛竜であるリオレウスの狩りにはふんだんに爆弾を使った。リオレイアには使わなかったが、あれはそもそも墜落という想定外の倒し方だった。どちらにせよ、大きなダメージソースがないと倒せないと言える。

 弓はそれに至らない。ゲームで弓と言えば睡眠ビンを用いた睡眠爆殺だった。こと一撃という意味で弓は多くの武器に劣っている。

 近距離は毒ガスが危なく、遠距離は威力に欠ける。そこに爆弾という大きなダメージソースがなくなってしまう。考えると不安になってしまう。

 

「勝てっかな……」

 ぽつりと漏らした弱音が耳をうった。心中の不安を漏らしてしまったのかと焦ったが、どうやらそれは劉が漏らしたものだったようだ。劉とて考えがないわけではない。和也より知識という点で劣るが――いや、だからこそわかりやすい高威力の爆弾が使えないということに不安を感じるのだろう。

 

「――勝てるさ。そのための練習だったんだからな」

 だからこそ和也は内心を隠して虚勢を張った。今までにも何度となく痛感していることだ。上の役割は下に不安を感じさせず安心させることだと。

 

「楽な相手じゃないだろう。だがそれでも負けない。そのために……今まで頑張ってきたんだ。そうだろ、ハンター殿?」

「お、おう! そうだな」

 

 劉も虚勢かもしれないが、元気よく返事をした。だが虚勢だとしても構わないのだ。恐怖を感じないなどあり得ないのだから。

 

 

 不安はある。恐怖もある。だが、ハンターとなった時点でこうした恐怖と戦うことは覚悟していた。それでもまだそれが首をもたげてしまうが。

 不安があるならそれを解消すべきだろう。ダメージソースに悩むのなら別のそれを用意すべきだ。和也たちにとって他の大きなダメージソースと言えばやはり大剣だろう。極論、四肢を切り落とすことができればそれだけで脅威は落ちるのだから。

 不安と言えばずっと刃を立てることができてなかったこと。刃を立てる意味を理解してそれを気を付けるようになってすぐにレイナと出会ったがためにまだまだ不安だ。

 

「よし、なら丸太を置いてその後はブルファンゴの狩りに行くぞ。保存食確保と練習を兼ねてな」

「ん、そうだな。じゃあ戻ったらヨウたちも呼ばねえとな」

 

 準備を続ける彼らの顔には恐怖や緊張が張り付いていた。だが、その瞳だけは強い意志に燃えている。それはまさしくハンターの顔だ。

 

 

 

 その日より、白鳳村のレイナの来訪より数えて三日目。和也が最初示した通りにこの日に狩りの為の準備は終えた。

 解毒薬、回復薬、閃光玉、火薬草とニトロダケの粉末。必要なものをできるだけ多く揃え、それは既に運搬用の台車へと載せてある。時間がないことを考えれば台車を用いるほどの量にすべきではないだろう。だが、初めて相対するモンスター、移動の際に在る危険性などを考えれば必要数はとても多い。レイナとまたもひと悶着はあったが、揃えた物はすべて持っていく心算である。

 竜じいに依頼をした弓矢の製造もうまくいった。和弓というより洋弓に近いそれは初心者である和也の為に工夫されたものだ。同じ軌道で放ちやすくするアローレストや照準をつけやすくするサイトまである。矢も矢筒と共に十分数用意され、ギギネブラの狩り程度ならば矢が尽きることはないだろう。

 インナーの用意ももちろん十分だ。麻の布を手や口元に巻きその上からランポスの皮を巻く。手触りは決してよくなく、顔や手がかぶれないかと心配になったが命を守るためだ。妥協はできるものはなかった。

 準備ができた翌日、まだ日が昇る前の紅呉の里。その入り口に老若男女混ざった集団があった。

 

「では行って参ります」

「うむ、留守の間のことは任されよ」

 

 和也と孝元が挨拶を交わす。孝元の後ろでヤマトが大きくうなずいた。和也たちが留守の間、何かあれば狩りや防衛はヤマトがすることになっている。

 ヤマトを見つめ軽くうなずいた後里に背を向ける。そこには既に劉とレイナ、それにリンとヨウが待っている。これからの冒険に彼らは恐怖と、それを乗り越えようとする覚悟を張りつかせていた。

 彼ら全員をゆっくりと見渡した。全員が頷き和也の視線に応える。準備はできている。それを無言にて感じた。

 

「――行こう」

 




まだ文章が説明くさいですね……。本当に難しい

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