紅呉の里の西の森を越えた先、そこにある大草原はその名の通り広大な大地の上に広がる草原だ。
アプトノス、ブルファンゴ、ランポス、ジャギィ、リノプロスなどが生息し、大型のモンスターで言えば北の山沿いならばウルクススやクルペッコ、南側の海に近づけばロアルドロス。広大な土地故に多様なモンスターが生息している。
リオレウスが棲んでいた北の山は西へと続きその先には北へ向けて道が開ける荒野がある。その更に先、そこにレイナの出身地白鳳村は存在する。
和也たちが大草原の西の森を越えた頃は太陽がまだ顔を出してから2時間ほど。時間にして午前7時ほどだ。それからまっすぐにレイナの案内の下和也たちは白鳳村へと向かう。
案内をするレイナを先頭に次いで台車を引く劉が歩く。台車の横にはそれぞれ周囲の警戒をする和也とヨウ。リンは台車の上で何時でもアイテムを取り出せるようにと待機していた。
「っ、左方よりランポスが来る。数は5匹」
台車の左を歩く和也が早々にその接近に気付いた。台車があるために行軍のスピードは遅く、先ほどから既に数度こうして群れに襲われていた。それ故に彼らの動きは迅速かつ正確、そして不機嫌そうだった。
「またかよ、しつけえな」
「まったくニャ。ちょっとは休ませてほしいのニャ」
文句を言いながらも劉とヨウはそれぞれ武器を構える。最初は襲われるたびに戸惑っていたレイナも台車へと駆け寄っている。
動きを止めた和也たちに声をあげて迫ってくるランポスたち。接敵までおよそ20秒といったところか。そう見定めた所で和也は台車に上った。高くなった視界は新しい武器に適している。
「――ん」
「サンキュ」
いつもと同じ無表情でリンは両手を差し出す。その上には弓と裸の矢。礼を言いながらそれを番えた。準備の時間も合わせて接敵間近。だがこの弓矢の飛距離はさほどないために都合がいい。
敵は動いているがまっすぐに和也たちへと向けて走ってきていた。警戒のない様子故に動かない的のようなものだ。外しようがない――。浅く呼吸をしてから引き絞った矢を離す。
「グギャ!?」
シュッと空気を切り裂く音と、次いでランポスの悲鳴。飛竜の爪と牙を用いた矢じりはランポスの皮に負けることなく貫いた。
「一匹……」
和也の口から感情のない声がこぼれた。突然の事態にランポスたちは浮き足立って止まっていた。既に狩人と獲物の立場は逆転している。
「ギャッ!」
二匹目も貫く。同時にランポスは和也を危険視したのか、全員が同じように動き出す。
だが、既にこれは数度目の襲撃。全員が全員その行動は想定済みだった。劉は和也の前へと踊りだし大剣を横に構え盾とする。それは盾であると同時に目くらましだ。
その横からヨウが飛びだしその手に構えたハンマーをランポスの脚へと殴りつける。さらに劉がダガー――剥ぎ取り用に使っている――で切りつける。連携によってすぐに一匹のランポスは狩られてしまう。
接敵によって和也は既に武器を持ちかえ、近づいてきていた一匹を狩った。防御力、攻撃力、ともにランポスにてこずるようなレベルではない。慣れも助けて瞬く間にランポスは狩られていく。
「きゃ……!」
少女の悲鳴が上がった。最後の一匹は和也でもなく劉でもなくレイナへと襲い掛かっていた。
レイナは力が入らないのか、体を台車に預け顔を恐怖に張り付かせている。劉も和也もすぐに動ける状況になく、ランポスの爪は遮る物がないままにレイナへと向けて振りかぶられ――
「させない……!」
その爪が赤く光った。いや、それはリンの土爆弾によるものだ。小規模ながらも突然の衝撃にランポスは一瞬怯む。その隙を逃がさないとばかりにリンは跳んだ。
小さな体には大きなダガーを勢いそのままにランポスへと付きたてる。刺したそこから赤い噴水が吹き上がった。
白目を向いて痙攣する一匹。体の一部が切れ明らかに絶命しているのが二匹。矢が突き刺さりすでにこと切れているのが二匹。発見から1分程度の出来事だった。
資源の有限を気にして使った矢は回収しておく。ならば使うなという話だが、最初に遠距離から攻撃を仕掛けるのは数を減らし安全性を高める。加えて不慣れな弓矢の練習という意味もあった。
素材も含めた資源の回収をものの数分で終え行軍を再開しようとする。そこまで手慣れた物である。
だが、それまでリンは台車に載っていたのだが、台車には乗らず前方へと向かう。
「リン?」
「――護衛。必要だと思う」
言葉短に交わすだけだったが、意味は通じた。今の襲撃の際、レイナに危険が迫ったことを気にしているのだろう。一応土爆弾の使い方も教えレイナにも護身用の武器は渡しているが突然それを使えるかどうかは別問題だ。
狩りという意味ではレイナは役に立っていない。元々そのつもりでいる人間ではないので仕方ないだろう。だが、土地勘があるレイナを失うのは今後厳しくもなる。ある意味で最重要の存在だ。
(なんて……理屈つけてみたけどな。そんなの抜きにしても女の子だし守ってやらないと、か)
リンも男の子だ。か弱い女の子は守ってやらねばならない――というのもあるのかもしれない。だがとうのレイナはというと申し訳なさそうな顔をしている。
「あの、お役にたてずごめんなさい」
申し訳なさそうな顔そのままに謝罪の言葉が出てきた。役割分担を考えれば別に気にすることでもないだろう。だがレイナにとっては護身用の武器の扱いの教えを受け、さらに武器も借りているというのに自分の身すら守れない。ただの足手まといというのは気にしないでいられるものではないのかもしれない。
「気にするな。慣れないうちは仕方ない」
「しかし、皆様にお願いを聞いてもらった身でこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
和也は特別考えずにそう告げた。しかしレイナの声は浮かないものだった。
ただの役割分担だと考える和也だったが、レイナがそう割り切れていないことに気付いた。
――参ったな……。
このまま余計なことを気にしていれば大型モンスターと遭遇してしまった時命取りになる可能性がある。ほんの少しの心の余裕が生死を分けることがあると和也は直感的に信じていた。そう信じていたからこそ、レイナの悩みは無視できなかった。
「別に迷惑なんかじゃねえよ。困ったときはお互い様だからな」
「そうニャ。お互い様だから気にすることないのニャ」
悩む和也を余所に劉は軽くそう言い放つ。ヨウもそれに追従した。
「大体初めの内なんてそんなもんだって。俺なんて初めの時は和也の指示無視して敵攻撃して怒らせたりしたからな」
「うにゃあ……それはよくないニャ。お姉さんの方がよほどましだニャ」
「だっ、だろう? まあだから気にすることないって」
漫才のような様子を見せる二人。だが、そんな彼らを見てレイナはクスリと笑った。儚げな雰囲気を持ちながらも少女らしい花のような笑顔で。
「そういうものですか?」
「ん、ああ、そういうものだ。なあ和也」
「ああ、そうだな」
劉の話を聞いてレイナは落ち着きを取り戻したようだ。その顔には先ほどの笑みの残渣がある。
そう言えばと和也は思い出す。ランポスの死骸から引きずり出したあの時から、レイナは一度も笑っていない。状況を考えればそれは不思議でもなんでもないが、それはつまり余裕がないということだ。
(なんだかんだ言って、俺もやっぱ劉には助けられてばっかだな)
話を聞かずに暴走するところもある。だが劉はブルファンゴの狩りをしている頃から付いてきてくれている。ランポスを狩ろうとなったときも、和也が何も言わずともついてきてくれていた。そうして共に在ろうとしてくれたことにずっと助けられていたのだろう。だから飛竜に挑んだという時も恐怖を飲みこんでおいかけることができたのだろう。
頼りになる仲間。安心させてくれる仲間。そういうものは大事だろう。ただ一人で頼るものなどいないはずの異世界で、そうしたものを得ることができたのは本当に幸せなことだった。
「な、大丈夫だって。準備をして和也が大丈夫だって言ったんだ。だから大丈夫に決まってる」
頼りになる仲間はレイナを安心させようとさらに言葉を紡ぐ。が、『ん?』と思ってしまった。
「なあ、なんかその言い方だと俺が臆病なだけみてえじゃん。俺はただきちんと準備をしてその上でないと挑まない――あれ? 間違ってないのか?」
諌めようとしたが間違っていないのかと思ってしまい止まってしまう。それを見て笑い合う劉とレイナ。それは悪くはないのだが……なんだか釈然としないものを感じる和也であった。
◆◇◆
昼食をはさんで行軍は続く。しかし当然のことながらそれ以外にも時折休息は挟み、不測の事態への対応もしていた。加えて台車を引くことでスピードは遅い。結論を言えば未だ白鳳村につかないまま辺りは薄暗くなっていた。
「――まずいな。そろそろ止まろう。この辺で夜を明かせる場所を探した方がいい」
「ん? 夜ならモンスターも見えないのは同じじゃないのか? そのまま行った方がいいんじゃねえ?」
夜を明かす場所を探すことを提案した和也と反対意見を述べる劉。提案は和也からすることがほとんどだが、常識や知識が異なる劉のこうした反対意見は考えの精査の意味で役に立っていた。
和也の考えは夜行性のモンスターがいるのではないかという危惧からだ。地球でも梟など夜目が効く種は多数いる。それゆえの提案だったがここはモンスターハンターの世界。果たして夜行性というのはいるのだろうか。
夜行性とは本来的に、見つかりにくい時間を行動時間にする動物種の習性だ。それは即ち狩る側より狩られる側であることを意味している。敵に見つからないように暗くなった夜に移動するというのはそういうことだ。
和也が恐れるのはモンスターたち。夜に移動しなければならないのはむしろ狩られる側であり、今の和也たちにとっては敵ではないのではないだろうか。むしろ空を飛ぶ飛竜種は恐らくは昼行性であり、夜に移動する方が安全ではないのだろうか。
そうして思考を巡らせる。そこにインナーが引っ張られる感覚を覚え下に目をやる。リンが鎧の下に手を入れていた。
「どうした?」
「ギギネブラ、洞窟の中にいるんでしょ? なら暗いところでも見えるんじゃない?」
リンの指摘にハッと気づく。ギギネブラは頭に目のような模様がついているが、その実目は退化し視覚はない。
地球において洞窟にいる種と言えばコウモリを最初に思い浮かべる人が多いのではないだろうか。そのコウモリも目が退化し、代わりに超音波を用いて探索する。
リンは恐らく暗いところで生活する生き物は暗いところでも目が見えると思っての指摘だろう。実際は目が退化し代替器官の発達なのだが、結果としては同じようなものだ。目が退化した種は光量に関係なく視えるのだから。
「――お手柄だ、リン。白鳳村が近ければギギネブラも近いかもしれない。下手に動くのは危険だったな。それにギギネブラだけでなく、他にも暗くとも視えるモンスターはいるだろう。ここで夜を明かした方がいい」
「了解だ。にしてもリン、よく気付いたな」
「すごいニャ、リン。僕は鼻高々だニャ」
リンがほめられているのに何故ヨウが鼻高々など言いだすのか疑問を覚えたが飲みこんだ。既に太陽は沈みかけ、辺りは闇に染まりつつある。夜を明かすのなら急いで準備をしたほうがいいだろう。
和也とリンが薪になる木を拾いに行き、その間に劉とヨウが台車の護衛をしつつ夜番の準備を始めた。こうした生活面らしき部分ではレイナも手伝うことができ、準備は瞬く間に進んでいった。
「なあ、ギギネブラってどういうモンスターなんだ?」
食事を摂りながら劉が唐突に尋ねた。夜は昼食と違い湧水とキノコを見つけたために肉とキノコのスープだ。単純な味ながら肉のうま味と塩がスープにもよくあっている。
劉の質問はそんなスープを食べながらのものだった。問いかけられた和也はちょうどキノコを口に加えた所だ。
「う゛ん゛?」
「ああ、いやすまん。食べ終わってからでいい」
返事と共にキノコの軸が飛び出す。あまりにもタイミングが悪かった。
口に含んだキノコ共々咀嚼して飲みこんで、それでから漸く質問に答えることができた。
「見た目はちょっと説明しづらいんだよな。なんかちょっと気持ち悪い風貌してるし。ああ、そう言えば興奮すると体皮が黒くなるんだっけ」
箸の代りの木の棒を宙を彷徨わせながら説明した。なんだかイカみたいな特徴だなあなどと思う。当然これだけではわからないようで眉をひそめている。
「脅威は毒腺だな。上級になるほど――ああいや、強くなるほどその毒も強くなる。最上位になると触れれば一分程度で死に至る」
「ッ、それは恐ろしいな。解毒薬は常に使えるようにしておいた方がいいか」
「ああ。それに今更逃げるわけにもいかねえしな」
ハンターだから。だから逃げ出すわけにはいかない。言外にそうこめる。
劉は毒の話を聞いて少々怯えを見せたものの、決意が込められた瞳がまっすぐに和也を射抜く。焚火の炎を受けて影は揺らぐ。けれど瞳が揺らぐことはない。それは確固たる決意を秘めた証だ。
「恐ろしくは、ないのですか」
レイナの声がぽつりと焚火に混ざり溶けた。それは誰へ向けてのものだったのだろうか。和也たちに向けられたようで、同時にレイナ自身に向けられているかのようだった。
「怖くないわけがないな。恐ろしいとか、怖いとか、逃げたいとか。そうした気持ちは当然ある。――けど逃げちゃいけない。逃げたらだめなんだ。逃げずに戦うのがハンターだからな」
レイナの為に、白鳳村の為に。そして何よりも自分たちのために。戦うと決めた決意と覚悟を萎えさせないために、ここで逃げるわけにはいかない。例えどれだけ恐ろしくてもだ。
和也の言葉にはそうした意味がある。本当にそれが実践できているのか、しり込みしたり逃げ出そうとしたりしていないのか。それはわからない。けれど、声に出して、逃げないという意思を出して、逃げられなくしたかった。
「ハンター……だから」
「ああ、ハンターがいる。ハンターが戦う。だからモンスターが出ても安心できる。ハンターはそうでないといけないと思う」
ランポスがいい例だろう。最初に出会った時は村の存亡さえ考えなくてはいけなくなったというのに、今では調査と並行して狩りをできる。和也の存在の有無という意味では変わっていないが、ハンターの有無では違いがある。
安全を守るのがハンターであり、それはつまり安心を守るということでもある。和也はそう考えていた。
「ああ、確かに和也がいるのといないのとで全然違うんだよな。飛竜の時だって、和也がいなかったらきっとみんなで逃げ出してたし」
「そ、そうなのか? まあそういう希望とかなんだと思う。他の人を引っ張って、安心させてくれる存在。そういうのに俺はなりたい。だから今だって怖いとか感じても、逃げちゃいけないって思う」
内心で遠くに来たものだ、などと思う。
英雄になりたいと考えたことが無かったわけではない。けれど、自分はそんな器ではないと思っていた。今も怖いし逃げ出したい。そうした気持ちもあると言ってしまっている。安心させる存在になりたいと言いながら、そう隠すべきことを隠せていない。やはりそんな器ではないのだろう。
だが、劉がいて、リンがいて、ヨウがいる。だから和也は戦える。逃げ出さずにいられる。一人で何でも解決できる英雄や勇者にはなれなくても、リオレウスの時のように協力して解決できればそれでいい。ヒーローなど望まないと思っていたのが懐かしい。
「希望……そうですよね」
和也の話に思うところがあったのか、レイナは小さくつぶやいた。その眼は悲しげな憂いを帯びている。冷めつつあるスープで手を温めながら、やがてレイナはぽつぽつと語り始めた。
「私の母はモンスターから村の皆を守って亡くなりました」
表情こそ憂いを帯びているが声は淡々としたものだった。ただなんでもないことを言うかのようなそれ。よくあること、だからなのだろう。
「私も母のようになろうと。母のようになりたいと村人を守れるようになりたい思っていました。それがこの体たらく。私は自分が情けないです」
昼のことを気にしているのだろう。村人どころか自分の身さえ守れなかった。他人を守りたいと願う故にそれは悔しいだろう。
だが劉も言ったように初めはそういうものではないだろうか。いきなり成功する人物はいない。初めは失敗をして、それを繰り返して成功を収めるのだ。言葉を選びながらそれを告げる。
「レイナがそう覚悟や意思を持っても、慣れというものもあるし適性だってある。昼の件なら仕方ないんじゃないのか?」
しかしレイナは首を振った。
「それではいけないのです。このような有事に何もできずただ震えているだけなど……」
少し低くなった、悔恨のこもった声だった。
和也の目から見て、レイナはずっと頑張っている。台車を引いてとはいえ丸半日歩いてもまだ白鳳村にはつかないのだ。それだけの距離を、女の子一人で越えてきた。モンスターを狩る手段などなく、身を守るすべなどなく。モンスターが徘徊するであろう草原を越えてきた。決して震えているだけなどではない。
だが、レイナは満足していないのかもしれない。レイナはできていることではなくできないことに目を向けている。何を言えばいいのか、和也にはわからなかった。
夜の食事会に訪れた沈黙はそのまま消えることはなく。どれほどの時間が過ぎ去っただろうか、食事も終え片付けを済ませる。
食事も終えれば当然することはない。普段からそうなれば後は眠るだけだ。食事の時間も早く、空はまだ少し暗くなってきたという程度だが、夜眠る際に番をだれか経てないといけないと考えるともう休むべきだろう。
「俺と劉で交代で番をしよう。レイナはそこで寝て――」
「え? なんでレイナはしないんだ?」
もう休もうと切り出し、順番や寝床について話し合おうとした。だがすぐに横やりが入る。
「そりゃあ女の子だし――」
「関係ないんじゃないか?」
「ええ、私一人暢気に寝るなどあり得ません」
理由を述べるも意味はなかった。劉だけでなくレイナにも否定される。
確かにこの世界においても女性は男性に比べ筋力は劣っている。それ故に力仕事などは男性が従事している。
だが、寝ずの番は違う。起きているというだけなら筋力ではなく体力の問題であり、そこは最低限あれば大丈夫だ。
確かに起きていても対処はできないのでハンターである和也や劉に任せた方がいい。だが、そのハンターである二人は十分に休息を取る必要がある。劉とレイナの考えの方がよほど合理的であった。そんな二人に一抹の疎外感を感じていた。
両手をあげて静かに首を振った。
「わかった、じゃあ三人で交代で番をしよう。ただレイナ一人起きててモンスターが出た時に困る。サポートにリンとヨウ任せたい」
「了解ニャ!」
「わかった」
降参を示して話を進める。元々リンとヨウは一人だけで起きていても対処が難しいだろう。彼ら三人で組み合わせるのがいいかとまとめた。それには反論はないらし。リンとヨウもそれぞれ飛び上がるのと首で肯定を示した。
「俺か劉がどちらかが起きている状態が本当は望ましいが……それをしていると明日寝不足になりそうだ。そこは諦めて極力休もう」
「ニャ。何かあったら僕たちが起こすから泥船に乗ったつもりでいるがいいニャ!」
「――それ、沈む。寝たまま起きられなくなる」
(泥船だとか大船だとかあるんだなあ……)
疎外感はなかったが、今度はただ純粋に不安になった。
◆
浅い川底で砂金を拾う。見つけられた砂金はお椀のような手ですくい上げられ水面から顔を出す。和也の目覚めはそんなものだった。
何かに揺さぶられる感覚から目を覚ましたものの、仄かに明るいがまだ周囲は暗いままだ。変な時間に起きてしまったと再度目を閉じたが、再度起こされることで漸く次第に覚醒しし、和也は夜番のことを思いだして目を覚ました。
「交代か。了解した」
あくび混じりに体を起こす。柔らかいベッドでなど久しく寝ていないが、それでも木と布のベッドと地面では違うらしい。背や腰が凝り固まったかのように痛む。
「おはようございます。和也さん、辛そうですが大丈夫ですか?」
「ああ、辛いのはみんな一緒だろう。後は俺が起きているから寝ていいよ」
「了解ニャ!」
その声と共にバタンと何か音が鳴った。目をやると先ほどまで夜番をしていたはずのヨウが地面に突っ伏している。もちろん、布団代わりの布さえかけずに。
「――何してるの?」
「寝るのニャ」
寝ていいよ、じゃあ寝よう。そういう考えらしい。何故布団をかぶることもせず、よりにもよってうつ伏せで寝ているのか。そもそもなぜ転がるのではなく倒れ込んだのか。疑問はあるが和也は放置した。もしかしたらまだ眠いのかもしれない。
リンが母親のように世話するのを横目で眺めながら、焚火の前に陣取って眠気を取る。パチパチとやや単調に爆ぜる音は眠気を誘うが、痛いぐらいに火に近づけば眠気は消えて行った。おやすみなさいとレイナが寝転がり、和也は一人となる。これからおおよそ3時間、眠らずに一人起きていなければならない。
(退屈だな、これ。思っていたよりもつらい)
何もない夜をただ過ごすというのは和也が想定していたよりも辛かった。何も考えずにただぼーっと佇んでいると、きっとそのまま寝てしまうだろう。だが退屈を紛らわせるものは何もなく、そこに在るのは薪が爆ぜる音と火の温度、それに仲間たちが時折寝返りを打つ音や寝言だけ。楽しいものではない。
パチパチ、と爆ぜる音を和也は数え始めた。何の意味もない行為だが、眠気を取る効果ぐらいはあるだろう。それが千を超えたあたりのことだった。
「和也さんは……怖くないのですか」
聞き間違うはずのない女性の声はレイナのものだ。起きてしまったのか眠れなかったのか、レイナの声は寝ぼけているようなものではなくはっきりとしたものだ。
和也はレイナが起きていたことに驚きながら、けれどどこかそれを冷静に受け止めていた。なんとなく、そんな気がしていたのかもしれない。
レイナの質問は、やはり昼間のことを気にしているのだろう。食事の時も同じことを話したはずだが、少し言葉を選びながら紡ぐ。
「怖いよ。すごく怖い」
「…………」
和也が先を言おうとしていることがわかっているのか、レイナは無言で言葉を待った。ただ木が爆ぜる音だけが場に響く。
「けど、誰かがやらないといけないんだ。それの適性が一番合ったのが俺だった、ってとこかな。俺がやらないと誰がやる。そんなところかな」
最初の狩りだけは自分が望んだものだった。ターゲットこそモスであったはずがブルファンゴを狩ったが、それでもあの狩りは和也自身が望んだものだった。だが、その後のランポス、リオレイア、リオレウスは流されるままにだった。望んだものではなく、ただやらねばならなくなっていた。
だがそれでも逃げることはできた。状況に強制されたとはいえ、逃げるという選択肢は常にあった。それでも逃げなかったのは、何よりも和也が望んだからだ。誰かを犠牲にして生き残るのではなく、全員で協力して生き残るということを。全員を引っ張っていくのに和也が最適だった、といったところだろう。
昼もそうだったが改めてそんなことを言うのは気恥ずかしかった。そも意識して、していることではない。結果として言葉で表すならばそんなところだろう、というのが和也の気持ちだ。
「――そう……ですよね」
レイナはそれに何かを見出したのか、決意と覚悟を秘めた声で返事をした。
レイナへ視線をやるが、彼女は和也に背を向けて横になっている。どういう気持ちでそれを言ったのか、探るのは難しかった。
パチパチと気が爆ぜる音がこだまする。もうその音だけしか聞こえなくなった。
一章よりは読みやすくなったでしょうか。個人的には一章よりはシンプルで読みやすくなった分単調になっていると感じています。うまい書き方は未だ模索中……