モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第14話 白鳳村

 夜番をした次の日、明くる朝、歩を進め続けた結果和也たちは白鳳村へと目指す。白鳳村は霊峰ギリスの麓にある。そこに近づくにつれ高度があがり気温は下がるちらちらと地面には白いものが見え隠れし始めた。

 重力に引かれ台車は重い。雪が車輪を取って進むことを妨害する。吐く息は白く、吸う空気は冷たく、喉は悲鳴を上げている。和也たちはそれを無視して進み続け、白鳳村へ到着した。

 紅呉の里とは違い塀で囲まれてはいないが代わりに自然の要塞、雪の乗った岩肌が顔を出している。そんな場所に白鳳村はあった。いや、現状では"元"白鳳村というべきだろうか。

 人が手放して長い時が過ぎ去ってしまったかのような荒れた家々。壁は壊され、屋根は吹き飛ばされ、高度があり寒い白鳳村においてとても人の住める環境ではない。元からそのような造りだった、などということはないだろう。

 

「そんな……」

 

 レイナが呆然と呟いた。人っ子一人いない自分の故郷。荒らされ、壊され、朽ち果てるしかない村。モンスターの襲来によって村を手放すことを考えていたと言ってもこのような辛いものを見たくはなかった。

 

「間に合わなかったって……いうのか……」

 ここまで来たことが無駄になったのか。そう呟く劉の声色は暗く、普段の彼からは想像もできないものだった。

 

 一方で、和也は荒れた村を務めて冷静に見つめていた。なんというか、違和感があったのだ。

 壊れた家は何か巨大な力がぶつかったかのよう。消えた屋根を持つ家は壁は壊されておらず、まるで局地的な台風が屋根を吹き飛ばしてしまったように見える。近くにあった食糧庫だろう野菜や果物が置かれた家も同様に吹き飛ばされているが、中身は辺りに散らばっている。全てが無事とは言い難く潰されぐちゃぐちゃになっているものもあるが、食われたわけではないらしい。

 何かが暴れた跡。それを思わせる村。ギギネブラの襲撃があったのだからそれはおかしなことではないはずだ。だが……と和也は考え、あったであろう過去を脳内で再現しようとして気づいた。

 

(そうか……。ギギネブラがこんな暴れ方をしたっていうのがイメージできないんだ。首を振り回したりはするけど、基本は毒吐きだから……!)

 

 疑問の正体が解け得心がいく和也。だがそこからもまだ違和感は残っている。しかしそれを育てる前に、現実の方へと引き戻される。

 

「俺らがもっと早く来ていればこんなことには……!」

「間に合わなかったのかニャ?」

 

 劉は未だ悔しそうに握り拳を作る。それが白く染まっているのは辺りの白に染められたからではないだろう。ヨウも陽気な顔がいつになく沈んでいた。

 

「ううん、ちょっと待って。確か別の所に避難してるって……レイナ」

「はっはい、たぶんあっちです!」

 

 呆然としていたレイナをリンが呼び戻す。リンのそれにレイナはじかれたように返事をした。恐怖と悲哀に彩られた顔をさっと引締め、彼女は右方、村の中心より東の木々が乱立する箇所を指した。

 無事を確かめたい、答えを知りたい、報われるのか知りたい。彼らはレイナの先導を受けただ走る。邪魔な雪を蹴りあげ、進むごとに深くなっていく足元に苛立ちを覚えながら、それでもただ走り続けた。

 たどり着いたのは洞窟のような場所だった。視界を遮るかのような崖にほんの小さな穴が一つ空いている。大人一人、横歩きで漸く入れる程度の狭く細長い穴が。

 

「このあたりのはずなのですが……」

 あたりを見渡すようにレイナは首を振った。体はまだ洞窟を指し、歩もゆっくりとだが向かっている。あの先に答えはある。それを知りたい、けど知りたくない。その相反する気持ちを抱えてレイナの歩みはどこまでも重かった。

 レイナの後ろを歩く和也も、洞窟へと駆け寄りたいという思いを無視して辺りを見渡す。足首ほどまで積もった雪が地面を覆い隠している。だがいくつか穴が開いたかのように雪がない箇所があり、そこから木が雄々しく天へと延びている。植林したという訳でもないのだろうが木はまっすぐに天へと向かい、寒さに負けないと言うように枝の先には葉と果実が残っていた。

 はああ、と吐く息は白く。突き刺さるような寒さが肌を苛める。隠れる場所などないだろう。木の周辺は地面が少しだけ見えているので穴を掘ることも可能かもしれないが、それにしたって、集団で隠れるのは無理だろう。ならばあそこしかないだろう。そう結論付けて視線をもとに戻す。

 隠れる場所などない。雪原とそこに生える林。人の集団が隠れる場所はあの一か所を除き他にはない。あの一か所、即ち洞窟だ。レイナも覚悟を決めたのか、先ほどまでとは打って変わって確かな足取りで洞窟へと向かった。

 

 怯えと期待を含蓄する歩み。それは唐突に現れた一人の男によって破られる。

 

「あっ……ああっ!!」

「ああっ! よかった、無事だったんですね!」

 

 驚きと、そこに喜びを乗せた男の表情。察するに白鳳村の住人だろう。レイナも先ほどまでの怯えなど捨て去り、花咲くような笑顔でそこへ駆けた。

 

「おい皆っ! 出てこい! レイナが戻ってきた!!」

 男は自分が出てきた洞窟へと声をかけ、そこから次々と人が湧いて出てきた。横にならねば出れないはずの洞窟の入り口は、いつの間にか広々としたものへと変わり大人一人余裕で通れるものになっていた。

 

「おお、レイナ。良かった、無事だったか!」

「ああ、そうだ本当に無事でよかった。それに無事ということはもしかして……!」

 

 一人の男性が涙を流してレイナの手を取っていた。どこか目鼻立ちがレイナと似ており、外見から察するにレイナの父親だろう。その父親と思しき男の横で、別の男がレイナに詰め寄る。言いたいことを察したレイナは手を和也たちへと向けた。

 

「はい! 平原を越えた先に人里はありました! あの方たちはそこに住む人たちです」

「おお……!」

「これでやっと……」

 安堵の息を漏らす人々。それを本当は邪魔したくはないなと思いながら、気を緩めて欲しくないので仕方ないと諦め手を上げる。周りの視線が集まっていることを確認してから口を開いた。

 

「レイナから大体の話は聞いています。しかし、このまま今すぐに大草原を越えて逃げるのは不可能です。ですので俺たちがとるべき行動は既に決まっています。――ギギネブラの狩猟です」

「ギギネブラ……?」

「あの、白い飛竜のことよ」

 ざわり、と空気が震えた。空気だけでなく人々もまた同様に震えている。それは恐怖というよりは怒りであった。

 

「あれを狩るだなんてできるはずがないだろう!! 俺たちがどれだけ苦労してあいつから逃げてきたと思ってる!! 大体モンスターを狩るだなんてできるはずがないだろうが!!」

 叫んだ男と、それに同調して他もそうだそうだと騒ぎ出す。男の怒声が吹き荒れ、女は恐怖と悲哀に彩られる。そうした変化を見つめながら和也はやはり冷静だった。

 

(やっぱりと言うべきか、こうなったか。レイナから聞いていたが、やっぱりモンスターは狩れないものが常識か)

 今でこそ紅呉の里ではブルファンゴを狩っているが、かつては同じくモンスターを狩るなどできるはずがないという考えだった。狩人だ狩猟だというものは伝承や伝説にすぎず、存在しないお伽噺のそれに近い。その意味で白鳳村の反応は至極当然のものなのだ。

 怒声と悲哀。パニックになりかけているそれを見つめながら、完全にパニックになる前に、けれど落ち着きを取り戻さないうちに。それを見計らって和也は告げる。

 

「モンスターを狩ることは、不可能じゃない。俺達は北の山の飛竜を狩った。俺らが身に着けている鎧と、これがその証拠だ」

 腰につけた鞘から片手剣を抜きだし天へと掲げた。リオレイアの外殻で作られた柄が周囲の意雪の白とのコントラストでひときわ目立ち、透き通るような銀色の刀身が雪の反射光を浴びて輝いた。

 和也の後ろで音が鳴り影が差した。和也の後ろで劉も同様に大剣を掲げる。リオレウスの赤い外殻が雪の白の上で燃えているかのように写り、片手剣よりはくすんだ色の刀身が鈍い光を放っている。

 上位の存在に勝つための武器。その圧倒的な威圧感に白鳳村の人々は固まってしまう。刃を見るのは初めてではない。はっきりとした精製の技術こそないが、金属の精錬技法は僅かながらに存在する。そこから食物を切るための包丁のようなものは作られていた。

 だが、できるのはなんでもない野菜や果物を切るためのものだ。鎧の役割を果たす鱗を持つ飛竜を狩る鋭さを持った武器など作りようがない。風が吹いたわけでもないのに、全員が一斉に震えた。

 

「モンスターを狩るのは不可能じゃない。生き残るためにはギギネブラを狩る必要がある。だから狩る。目的はただ生き残るために」

 

 なすべきことを成す。やるべきことをやる。ただそれだけを告げる和也の声色は冷たく平坦だった。恐る恐るといった態で一人が自信の考えを告げる。

 

「狩らなくてもすぐに逃げれば関係ないんじゃあ……」

 

 うんうん! と何人かがすごい勢いで頷いた。だが和也はそれを否定する形に首を振る。

 

「狩ることにはいくつか理由があります。まず一つ目の逃走の安全。ギギネブラがいなくなれば逃げるのが安全です。もし逃げている途中でギギネブラに見つかれば逃亡が可能かという以前に生き残れませんから」

「逃げる最中に見つかったらその時戦うっていうのは……?」

「だめです。というより、俺たちはまだそれでもいいのですが、その場合あなた方を守ることはできません」

 

 その言葉にゾクリと恐怖が心にしみこんだ。何も和也はおかしなことは言っていない。ごく当たり前のことを口にしただけだ。だが、それ故に恐ろしい未来を容易く想像させる。村人全員で移動している所に飛竜が来襲し、逃げ惑う村人たちという未来を。

 モンスターを狩れると聞いて、勝手にモンスターが現れても平気だなどと考えてしまった。だからならばさっさと逃げた方がいいと考えた。だが、現実はそうもいかない。悪い未来は容易く訪れる。男が口を閉じたのを見て、言葉の先を続ける。

 

「ギギネブラを狩る二つ目の理由ですが、逃亡の必要性自体をなくすためです。というのも、紅呉の里に現在あなた方全員を受け入れることは不可能です。土地も食料も足りません」

 ギギネブラがいるから逃げようとしている。ならばギギネブラがいなくなれば逃げなくていい。そんな簡単な理屈を提唱する。それは簡単さ故に簡単に理解できるし、その後に続いた内容も同様だ。

 白鳳村がそうであるように、紅呉の里も必要以上に土地を広く持っていない。土地を広げると言うだけなら木を切り倒し開拓すれば事足りるが、それでも食料は足りない。肉を狩るにしても限度はある。何より開拓は大きな危険を伴うだろう。

 白鳳村の面々にとっても、生まれ育った故郷を捨てるということに抵抗がある者は当然沢山いる。それがギギネブラがいなくなればまだ住むことができる。そんな当たり前な未来を提示され、それがいいと未来を望む。

 加えて言えば、白鳳村の周辺には当然水や食料があり人の生きるための環境はそろっている。土地も家が壊されたとはいえ当然まだある。開拓を考えるならばこの場所を利用した方が都合がいいとも言えた。

 

 早く逃げた方がいいから狩った方がいいと思考が推移していく。説明の意味があったことを感じた和也は締めにかかった。

 

「以上がギギネブラを狩ろうとしている理由です。危険はあるが得られるメリットも大きい。大体理解してもらえたかと思います」

 

 不安を残しながらも大体の顔がそれに頷いた。残る面々も多少渋面ながらも反対するつもりはないようだ。代表ということなのか、レイナの父と思われた男が前に出て頷いた。

 

「わかりました。それで私たちはどのようにすれば……?」

「そうですね、一先ずは先ほどまでの場所に隠れていて下さい。狩るのは俺たちがやりますから。――ああいや、ただ案内を一人つけてほしい。俺達はこの周辺には詳しくないですから」

 

 隠れていていい、という言葉を聞いて歓喜にざわめき。案内をつけてほしいと言われて絶望に呻いた。それもそうだろう。今まで危険を承知でギギネブラと相対することを考え始めていたのだ。何をするかまでは大雑把なイメージで考えていなかったものの戦うことを考えていた。それが隠れてていいと言われれば嬉しいだろう。地獄から天国へ。そしてそれが地獄へと戻された。隠れていていいと和也が言った時、渋面だったものも表情が明るくなっていたと言えばわかりやすいだろう。

 ざわめいた空気は留まったまま消えず。互いに顔を見合わせて誰も返事をできずにいた。案内は最低でも一人は必要だ。だが一人いれば別に他はいい。その明らかな貧乏くじを引きたがる者はいないのだろう。全員が貧乏くじを引くのなら諦めがつく。誰も引かないのなら万々歳だ。だが、誰か一人が引かねばならない。それが誰にとっても引けない理由となる。

 

 そのまましばらくは沈黙が続くのか。そう思われた。

 

「私が行きます」

 

 一人の少女の声がその場に響く。そこにいた全員の視線がその少女に、レイナへと向けられた。

 

「レイナ!?」

「私が行きます。この周辺には詳しいので案内はできると思います。よろしいでしょうか」

「――ああ。わかった、頼む」

 

 レイナに任せるということには躊躇いが少々あった。思わず叫んでしまうがレイナは凛とした態度で意思を示す。苦虫を噛み潰したような顔で和也はうなずいた。

 先ほどまで長い旅路を歩いてきたのだ。和也たちと出会う前から、この場所から紅呉の里の西の森まで歩いていたのだ。当然疲れは溜まっているだろう。休息は何度かしているが、その全てが消えたわけではあるまい。何より、肉体的なものだけでなく精神的な疲れは未だ消えてなどいないだろう。

 それでもレイナは返事をした。必要なのは土地勘で、他は案内をしようとする意思だけだ。他人に無理やりさせても効率が悪くなるだけだろう。レイナがやるというのなら、レイナに任せる他はない。

 

 レイナが案内をすると返事をして。そこにあったざわめいていた空気は霧散した。残ったのは安堵と躊躇、それに言い様のない罪悪感だろう。複雑そうな表情を見て内心ため息をつきたくなる。

 

「だいじょーぶニャ。ギギネブラニャんて、僕たちがちょちょいのチョイで狩っちゃうニャ!」

 ヨウの明るい声がそこに響く。楽観的な空気は重い空気と同様に伝播し感染していく。重くのしかかるような空気が消えて、場に少し明るい雰囲気が戻った。光を反射して雪の地面が光るように、ヨウの明るさが周りへと染み渡り、伝染っていった。

 ただ何人か、不機嫌そうな複雑そうな顔を残したままに。

 

 

 白鳳村の片隅で劉は座り込んで不機嫌そうにしていた。苛々と不機嫌を表すそれは今にも聞こえるように注意した舌打ちをしそうだ。

 内心ため息を吐きたくなりながら、和也は劉の視線の先を見る。先には白鳳村の住人が数名、食糧庫から食料を運び出している。今は和也たちの護衛の下、食料を洞窟へと運び出している最中だ。

 洞窟はいざという時の避難所と保存用の貯蔵庫を兼ねている場所らしいが、さすがに食料が無くならないわけではない。狩りを始める前に、護衛をつけて運んでおこうという訳だ。これには、護衛がついた事で安全に作業できるということもそうだが、レイナを休ませるという意味もあった。

 劉とてそれは分かっている。だがというべきか、だからというべきか。劉は不機嫌になっていたし、和也にもそれは分かっていた。

 

「気に食わねえな。この村」

 不機嫌のままに舌打ちこそしなかったが、それは明確な言葉で吐き出された。村を救うための狩りを拒むような言い方だが、防具も武器も身に着けやる気は十分だ。劉が不機嫌になっているのは先ほどからある村の空気が原因だろうと和也にも想像がついていた。それを肯定するように劉は先を紡ぐ。

 

「レイナ一人に押しつけやがって……。自分がやろうっていう気概はねえのかよ」

 淡々と苛々を吐き出すミズキ。大草原を越えるという大業をレイナに押しつけ、その後さらにギギネブラを狩るための案内もレイナに押し付けた。今の食糧運搬こそレイナはしていないが、これとて和也たちが『力のある男たちの少数にしたい』という制限を掛けていなければレイナは動いていただろう。

 レイナは初め15,6歳ほどだと思っていたが、話を聞けば実際は14歳だった。14歳の少女に村の命運を分ける仕事を背負わせ、自分は安全な穴倉でただ座して待つ。それがどうにも許せないのだろう。

 

「そう言うな。誰だって死にたくねえし痛いのは嫌なんだ。誰かがやってくれるっていうのならそれに甘えても仕方ないだろう。それに複雑な表情してたし、罪悪感はあるんだろうさ」

 それでも14歳の少女に押し付けるな。内心ではそう思わずにいられなかった。不和を作ると後々面倒かとも思い宥めてはいるが、和也とて思うところがないわけではない。それを飲みこむことができたのは一重に理不尽な社会に晒された経験ゆえだろう。

 

「だー! 納得いかねえ! 助け合えよ、助けろよ!」

「こればっかしはなあ……。理想論だけじゃどうにも」

 

 助け合いの精神を持てなど理想論だ。そう和也は断じる。だが紅呉の里ではそれはきちんと根付いていると言えよう。それ故に劉は白鳳村に違和感が強い。しかし処変われば常識も変わる。白鳳村においてはそれは育たなかった。白鳳村が優れているとか劣っているとかそう言う話ではない。ただ、紅呉の里では助け合いは必要であり、白鳳村では助け合は必要なかったというだけだろう。

 人は助けあわねば生きていけない。それは綺麗事ではなくただの現実だ。だが、白鳳村ではその程度が、紅呉の里に比べて低いと言うだけである。

 

 未だ納得できずに喚いている劉をヨウは不思議そうに見つめていた。何が不満なのかわからないという顔で、小首をかしげて疑問符を浮かべている。

 

「僕は変な人じゃなくてレイナで良かったって思うんだけどニャ」

「同じ。レイナは信用できる」

 

 案内を頼むのなら信用できる相手がいい。そう言う二人に最初は呆然として見つめる劉だったが、項垂れるようにして呟いた。

 

「それは俺も同じなんだけどさあ……」

 

 複雑なようだ。確かに劉にとっても信用できる相手で良かったと考えられる。今白鳳村は信用できないというような考えがある現状、レイナ以外の案内など無い方がましだとさえいえる。だがそれを認めたくない、そうであってほしくないという気持ちが整理つけずにいた。

 

 

 じゃり、という足音がその場に響く。あまり人に聞かれたくない話だ。反射的に音の方へと首をやる。いたのは白鳳村の村長――レイナの父親だった。

 

「申し訳ありません、皆様にはご迷惑をおかけします」

 深々とお辞儀をする彼を前に、それまでの気勢を削がれ言葉に詰まる劉。それを一瞥して和也が応える。

 

「いえ、お互い様です。それでどうしたのですか? 運搬の準備はもう整ったのでしょうか」

「いえ、そういう訳ではないのですが……ご相談がありまして……」

 

 まだ準備は終わっていないだろう。急ぎではあるがすぐに終わるわけでもない。そう思っての質問は正しく否定を以て返される。

 相談というのは言いづらいものらしい。目が泳ぎ手持無沙汰の手を摺合せ、顔全体は俯きがちだ。だが、余計な時間は掛ける気はないと言うように、すぐに口を開く。

 

「案内ですが、誰もつけずに行くと言うのは可能でしょうか」

 

 その言葉を聞いて背後の空気が熱くなったかのような錯覚を覚えた。それが果たして錯覚なのか、それとも真実なのか。知りたくないと思いながら余計なことを言われる前に先に告げる。

 

「無理ですね。不慣れな土地で隠れる場所もわからない。そんな状態ではとても飛竜を狩ることなどできません」

「そう……ですよね」

 

 言わずもがな。その態度を見てわかっていたのかと確信を得る。ならばなぜそのようなことを聞いたのだろうと疑問に思うが、続く言葉を聞いて納得した。

 

「では、せめてあれを守ってやってはくれませんか」

「レイナのこと、ですよね」

 頷く村長を見て改めて気づく。この男もまた、レイナ一人に押し付けた者の内の一人ではある。だが、だからと言ってやはり気にしないでいるわけではない。特に彼の場合、村長という立場上まとめ役であり危険なことはできないのだろう。

 

「あれは……あれの母親はモンスターの犠牲となりました。それは必要な犠牲だったと、今でも思っております。あれの犠牲が無ければそれ以上の被害が出ていたでしょうから……。しかしそのためにレイナは同じ道を歩もうとしている。私はそれが……我慢ならないのです」

 レイナを守るためならどんなことでも――言葉にこそしなかったがそうした気勢を村長は見せる。それこそ、村人を犠牲にすることさえ受け入れかねない。

 なんとなく気づいてしまった。きっと彼は父親としてレイナのことを止めたいし、草原を越えるという話になった際も止めたかったのだろう。

 だが、レイナは押し付けられたでもなく自分から望んでやっている。自由意思だからと父の意思がひっこみ、村のためにと村長の立場が首をもたげる。そうして止めることができず今もこうして後悔に塗れている。

 

 なんとなくわかってしまった。別に望んでなどいないのに、レイナは自分から危険に飛び込んでしまって。それが必要なことだと公人としての立場が訴えて。説得されて飲みこんできたのだろう。

 胸中にあった靄が消える。劉を窘めながらも和也にも抱えているものがあったらしい。村長の目を見て、できる限りではあるがまっすぐに見つめる。

 

「――お話は分かりました。できる限りの努力は……します」

「ええ……お願いします」

 

 深く頭を下げ、村長は背を向けて去って行く。運搬の方を確認に行こうというのだろう。時間的には確かにそろそろ終わりそうである。

 和也も一度状況を確認するために付いて行くべきかと体を動かした。

 

「なあっ!!」

 

 そこへ後ろから声がかかる。大きく響いたそれは劉のもので、誰に問いかけたのかはその眼が訴えている。視線の先にあった村長もまた振り返っていた。

 

「俺たちが守る。この村も、レイナも。だから……安心してくれ」

 

「――ええ、お願いします」

 

 どこか、憑き物が落ちたような。少しだけ頬を緩ませて村長はまた同じ言を告げた。心配する気持ちは変わらず、危険なことに変わりはない。それでも、少しだけそれは軽くなったようだった。

 

 

 


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