モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第19話 二匹の飛竜

 ティガレックスの乱入によって幸か不幸か事態は一時停止を見せた。ティガレックスにとってもナルガクルガにとっても和也らは物の数ではないただの餌。だが、その餌は放っておけば逃げてしまうし、かといってさっさと仕留めようとすればもう一匹いる飛竜に隙を晒すことになる。それ故に二匹の飛竜は動けずに固まってしまっていた。

 それぞれに獲物と見定められていた和也たち。彼らはレイナの乱入もあったが全員が一塊になって、ティガレックスとナルガクルガに挟まれる形で停滞していた。

 

(くそっ……ざっけんな! 二匹同時かよ……!!)

 正確な状況を把握し経和也の内心にあったのは愚痴だった。ティガレックスとナルガクルガ、両方の特徴を併せ持っているモンスター、などではない。ただ単に両方がいたというだけだ。

 

(よくよく考えてみれば姿は黒と茶色、特徴はティガとナルガのものだったんだ。気付くべきだった……)

 後悔しようと後の祭り。早く気が付いていればせめて片方がいなくなるまで待つということもできたかもしれないが、現実出会ってしまったのだからもう遅い。

 

「くっ……閃光玉使って離脱するぞ。二匹同時に目眩ませて逃走」

「ああ、それしかねえよな……」

 

 ティガレックスとナルガクルガの重圧に耐えながら彼らは声を絞り出す。何もしていないはずなのに額には玉のような汗が浮かび、常に力を入れておかねば足は崩れ腰が抜けるだろう。

 ティガレックスは獲物が増えた喜びをかみしめるかのように、舌なめずりをしながらじりじりと近づいてきた。少し縮まった距離を離そうと、レイナは思わず後ずさりをする。だが、その先にはナルガクルガがいるのだ。結果彼らはさらに一塊になったというだけである。

 

「レイナは村人に避難の指示を。あの避難場所なら大丈夫だろう。劉、リン、ヨウはここに残って戦闘。付かず離れずの距離を保って引きつける」

「わかりました。その、気を付けてくださいね」

「ああ。互いにな」

 

 冗談さえいえない緊張感。真夏の太陽が照りつけているかのような汗をかき、逆に真冬に裸でいるかのような寒さを感じる。睨まれるプレッシャーだけでどうにかなってしまいそうだ。

 それでも方針を定め後はそれを実行に移すのみ。だがそれが恐ろしい。閃光玉はアイテムポーチの中だ。すぐに取り出せる位置に用意しているとはいえ、果たしてその隙を二匹の飛竜は許してくれるだろうか。

 

 それは和也だけでなく全員が同じだ。いかに取り出しやすくしているとはいえ、アイテムを探るのは隙だらけ。その隙を晒すということは命の危険を晒すということである。

 もしも出会う前に初めから用意していたのであれば話は別だが、和也たちがしていたのはアイテムポーチから取り出しやすくしておく準備だけ。手に持っていて誤作動をさせるのが怖かったとはいえ、この状況に至ると後悔してしまう。

 予め気づいていればよかった。ティガレックスもナルガクルガもいるのだと気づいていればよかった。そうすればそれ相応の準備ができただろう。ティガレックスとナルガクルガの情報は全員で共有していた。それ故にそれも誰もが思った。二匹ともいるのだと気が付けばと。

 

「和也、僕が閃光玉出す。その隙に逃げよう」

「リン? ――頼んだ」

 コクリと頷くリンを視界の端で確認しティガレックスとのにらみ合いを続行する。

 

「リンがやるニャら僕もやるかニャ。劉はその間僕の護衛をするにゃ」

「任せろ」

 和也の背後でヨウと劉の声がする。どうやらヨウも準備に動いてくれるらしい。二人が協力するのなら、リンがティガレックスを、ヨウがナルガクルガを相手する形になるだろう。

 劉がヨウの護衛をするのなら自分はリンの護衛だろう。そう考えて体をリンの方へと寄せる。

 

 そうしている間にもティガレックスはじりじりと迫っていた。ナルガクルガもいるので逃げられず、距離は少しずつ縮まっていく。のんびりしている時間はない。

 

 

「ヨウ、同時にいく。3……2……」

「1……今にゃ!」

 

 リンとヨウは袋のズッと手を突っ込む。その明らかな異常な行動にティガレックスもつられたように跳びかかった。和也はリンとティガレックスの間に体を置き、重心低くし盾を構える。見えなくなった視界の先でティガレックスが盾に激突し、吹き飛ばされそうになったのをぐっとこらえた。

 

「目閉じて!」

 

 リンの声と同時に閃光が煌めく。眩い光はティガレックスの目の前に現れその視力を奪った。

 

「グオオオオッ!?」

「ティガ閃光! ナルガは!?」

「こっちもだ! 逃げよう!」

 

 全員が脅威から逃げるために駆けだす。地面が雪で足を取られるなど知ったことか。命惜しければ無駄なことにかまうなと転びそうになろうが足を無理やりに建て直させて走り続ける。

 

 

 レイナは和也たちとは反対方向へと一人で走ったはずだ。それを確認しようと和也が後ろを振り返る。釣られてヨウも同じく振り返った。

「うへえ、見なきゃよかったな……」

「二匹ともすっごく暴れてるにゃ……」

 

 閃光で視界が奪われた二匹は生存本能からか辺り構わずに暴れていた。木々をなぎ倒し、雪を飛ばして雪原を削り、狙いもつけずに尾や爪を振るう。まるで癇癪持ちの子供の様だ。

 

(レイナは無事に逃げたか……? 確認しようがないけど……まだあの場にいた、なんてことはやめてくれよ……)

 

 暴れる二匹はまるで台風だ。もしもあの場にまだいたとすれば人間などひとたまりもない。生きているかどうかではなく、原形を保っているかさえ怪しい。

 ティガレックスもナルガクルガもたやすく視認できる程度の位置、おおよそ20mほど離れて彼らは止まる。離れすぎて、あの二匹が村人を襲いに行っては困るからだ。

 

 

(さて、二匹同時となると引き離して一匹ずつがセオリーだけど……どうすりゃいいかな……)

 遠くで暴れている二匹を見て考える。ゲームでは同じエリアにいる場合は相手せずに逃亡し、違うエリアに分かれた時を狙って狩るのが定石だった。同時に相手することは不可能ではないが、リスクが一匹ずつに比べ格段に跳ね上がるのだ。そのリスクが跳ね上がった行為を、現実となった世界で命をチップにやろうとは思えない。

 

「なんとかあの二匹を引き離さねえと戦うに戦えねえ。なんか案あるか?」

「――いや、ない」

 

 一人で考えても思いつかず仲間を頼ってみるも仲間も同様。劉にしてみれば和也が思いつかないことなど思いつくはずもないというぐらいだ。

 和也にとってはこの世界の住人の何らかの方法でもあればと思ったのだが特にないらしい。考えてみればモンスターが出れば一も二もなく逃げるの世界でモンスターを分断する方法などあるはずがない。

 

「ねえ、引き離さないとだめなの?」

「どういうことだ、リン。二匹同時に相手するのは難しいだろう?」

「そうじゃなくて。暴れまわって攻撃しあってる。同士討ち誘えない?」

 

 リンに言われて目をやると、確かにナルガクルガもティガレックスも互いに攻撃しあっている。そろそろ閃光玉の効果も切れているのだろうが、未だ二匹は争っていた。

 その光景を目にして少々唖然とするリンを除いた三人。

 

「俺ら……いなくてもいいんじゃね?」

「そうにゃ……勝手につぶし合ってくれてるにゃ……」

「そう……だなあ……」

 

 戦わなくてもいいんじゃないかという現実を見せられ呆気にとられる三人だった。

 

 

 

 数秒、その戦いを見守っていた和也だったが、ふと気になることが生まれた。

(ギギネブラの腹の爪痕はたぶんティガだよな。まっすぐな爪痕だったしナルガっぽくない。でもティガはギギネブラにとどめを刺さなかった。それにナルガにも傷はあったけど今も生きてる。つまり今までだって争いはあったが止めは刺さなかった。何故だ……?)

 

 ふと生まれた疑問。だが少し考えれば答えは見えてくる。

 当たり前のことだ。生物が他者を襲うのは縄張りや食料などの理由がある。即ち生きるために必要なのだ。ティガレックスもナルガクルガも肉食なので人やその他の飛竜を襲う意味は当然ある。だが、果たして彼らは飛竜を襲うだろうか。もっと安全に狩れる弱い肉がたくさんいるというのに。答えは否だ。危険を避ける本能がそんな手段を取らせない。

 ティガレックスがナルガクルガに狩ったとしよう。そうすれば得られる肉も多い。一食だけでなく数日は食べられるかもしれない。けれど、そのために傷を受けてしまっては? それが原因で今後の狩りができなくなってしまっては? 生きるための行為で死んでしまっては本末転倒だ。それ以外方法が無いのなら仕方ないが、代替案があるのならそっちを取るだろう。

 

(当たり前だな。俺だって肉が食いたいからってナルガクルガとかを狩ろうとは思わん。つまりあれは攻撃しあったからちょっと争っているだけ。殺し合いにはならない)

 

 和也たちの目的は二匹の討伐だ。討伐できずとも撃退できればそれでもいいが、それで済む可能性はとにかく低い。討伐だと初めから考えておいた方がいいだろう。

 

(――なら、乱入するか。弱らせてもらってそこを狩る。漁夫の利といこう)

 

 互いに傷つけ合って弱ったところを仕留める。手軽でおいしい選択だ。そのためにしなければならないことはあの二匹の戦闘を継続させることである。

 

「よし、あの二匹には殺し合いをしてもらう。けど放っておいたらたぶん途中でやめるだろうから俺らで殺し合うよう煽るぞ」

「お、おうっ! ――ってそれ、難しくねえか?」

「まあ、なあ……。とりあえず遠距離から土爆弾や閃光玉使ってちょっかい出して、その怒りは飛竜同士にぶつけあうように仕向けるしかない……かな。あの二匹の間でちょこまかするのは無理だろうし」

「それなら放置して離れた所に討伐に行く方がいいんじゃないか?」

 

 同士討ちではなく各個撃破。劉の提案を考える。だが、少し考えただけで和也は首を振った。

 

「俺もさっきまでならそれがいいと思ってたんだけどな。各個撃破はそれはそれで危険性がある。具体的にはさっきみたいに、戦っている所に乱入されたりな。可能なら二匹同時に仕留めたい」

「あー、俺もあれはもう嫌だわ……。了解」

 

 ナルガクルガと戦っている所にレイナが来て、そこにティガレックスが来た。あれはまだ最初にレイナが来たからいい。レイナが来たから異常を察知することができた。

 けれど、もしもナルガクルガに集中していた所に後ろから迫られたら? もっと悪いことに背後から遠距離攻撃をされたら? 対処できず、それどころか何が起きたのかもわからず死ぬかもしれない。

 元々ナルガクルガやティガレックスがいるかもしれないという時点で、遠距離攻撃を不意打ちでされることは恐れていた。それを劉らにも話していたので劉もそこに思い至ったようだ。

 

 劉が納得したところで話を続ける。

「さっきと同じく俺とリンがティガレックスを、劉とヨウがナルガクルガを相手しよう。ただし正面からではなく、後ろや横から隠れて閃光玉や土爆弾を使ってだ。可能な限り安全に務め、飛竜の攻撃だと勘違いするようにやる」

 

 ティガレックス達は恐らく、ある程度戦ったら戦闘をやめるだろう。どちらが上かわかれば戦う必要はないからだ。弱い方は戦えば死ぬし、強い方も勝てても取り返しのつかない怪我をする可能性がある。戦闘は互いの強弱を測れればよいだろう。

 そこに和也たちがちょっかいを出す。互いに攻撃されたと思わせてうまく戦闘を続行させればよい。

 和也の指示に劉は短く返事をする。

 

「リンとヨウも頼むぞ」

「任せて。それなら僕とヨウが少し得意かも」

「そうなのか?」

「うん。僕たちは力が無いからそういう搦め手は得意」

 

 猫人は小さく当然のことながら力が弱い。こうした搦め手は普段から実行しているようだ。

 頼りになる返事に安心し、大きくうなずいて気合を入れなおす。

 

「じゃあ行くぞ。とにかく見つからないように、安全第一で行こう」

「おうっ!」

「にゃ!」

 

 

 四人は二組に分かれ、二匹の飛竜の下へと戻って行った。そこが死を振りまく場所だと知りながら、慣れと使命と自信で恐怖を押し隠して。

 

 

 和也らがティガレックスの元へと戻って最初にしたのは閃光玉の投擲だった。戻ったことで存在を認められ、攻撃対象とされては困るからだ。

 閃光に眩み暴れる二匹。和也はナルガクルガの後ろの障害物辺りに身を隠しその様子を観察する。

(うへえ……改めて見ると本当に恐ろしいな。台風みたいだ)

 

 爪や牙を振るい、自身を回転させて尾で薙ぎ払い、少しでも手ごたえがあればそこに追撃を掛ける。狂化という言葉が似あいそうだ。

 閃光玉で生じる状態は目くらましだけで相手を狂わせるような効果はもちろんない。だが、五感のうち視力というものは生物は大きく頼っている感覚だ。それが奪われた時の焦燥は計り知れない。自分の目が見えないのだから相手も見えないはずだ、という状態ならばいい。だが自分の目は見えないが相手の目は見えるというのであれば、圧倒的不利な状態でどんな強者も容易く狩られる得物と化す。それ故にそれを防ごうと暴れるのは当然だった。

 

「和也」

「おう……間違えるなよ、俺らはティガレックスに当てる」

「うん、それがナルガの仕業だと思うように、ね」

 

 和也はリンがきちんと把握していることに安心してコクリと頷く。普段以上に勘違いが怖い状況だ。最終確認というものは重要である。ならば劉とヨウは別の組み合わせの方がいいのではと言いたいところだが、普段から共にいるコンビの方がいざという時安心できる。互いにそれは同様なので、組み合わせを変えるには至らなかった。

 

「今だ……ほれっ」

 ナルガクルガにあたらぬようにと投げられたそれは確かにティガレックスに命中した。ボゥンと小さな爆発を起こし、熱と衝撃を与えたことだろう。

 ギロリ、とティガレックスの目が和也らへと向く。身を隠している上閃光玉による目くらましもあるのだから見つかっているはずはないのだが、それでも冷や汗を感じてしまった。

 

 ティガレックスは攻撃があった方へと尾を振るう。近くにいる敵を攻撃するためだったろうそれはナルガクルガへと命中する。和也らの狙い通りだ。

 ナルガクルガもティガレックスの攻撃を受けてそこへ向けて前肢の刃を振るった。互いに傷つけ合う二匹の飛竜を見て、思わずガッツポーズが飛び出す。

 

 再び攻撃しあう二匹、互いの殺傷能力は飛竜同士に向けられる。ティガレックスの爪はナルガクルガの腹を裂き、ナルガの尾の棘がティガレックスへと食い込む。

 劉とヨウがナルガクルガの流れた棘を大剣でガードして金属同士がぶつかり合ったかのような音もなった。大きな音で心配にもなったが争う二匹には些事だったか、ターゲットが劉らへと移ることは避けられた。

 

 ティガレックスが身をかがめ、前肢を後ろへと退いた。それを見てその動作の意味に思い至った和也は焦る。

 

「逃避っ!」

 

 ティガレックスが前肢を思いっきり突き出した。それによって削られた雪と地面が弾丸となって襲い掛かる。ゲームでは雪玉となっていたそれだが、まるで散弾銃のように塊とはならず散らばって放たれた。

 

「ガアアアアアアッッ!!」

 何かが雄たけびをあげた。それを確認する間もなくどしどし足音が迫ってくる。自身の経験と勘で、和也はリンを抱えて先へと身を放り投げた。

 足音が通り過ぎたと感じてその方向へと目をやる。いたのはティガレックスだ。突進のスピードを緩め方向転換を果たし、再度迫っている。

 

「くそっ!」

 

 ほとんど地面に寝転んでいる状態だったが、それでも転がるように立ち上がり再度身を投げ出す。かろうじてティガレックスの突進をかわすことができたが体力的にはぎりぎりだ。

 

 グルルルゥゥ……と唸りをあげて睨む二匹の飛竜。血を流した満身創痍の状況ながら、怨敵を見つけたと言わんばかりに二匹は和也とリンを睨んでいる。

 

「やっべえな、ちょっかい出したこと怒ってんのかな」

「怒ってないはずがないと思う」

 さっきまでの争いはどこへ行ったのか、たがいに並びながらも攻撃する様子を見せない二匹。それほどまでに和也とリンが憎いということだろうか。――飛竜の心などわかる人間はいないだろうが、それでも大抵の人間は飛竜の立場に立って考えれば憎いと思っていても不思議はないと気づくだろう。

 

 体を沈め跳びかかろうとするティガレックス。そこへティガレックスの背後から土爆弾による奇襲が仕掛けられた。

 

「グゥゥゥ…………」

 

「劉か……」

「わりい、不意打ちで殺したかったが無理だった」

「仕方ねえ、というより悪いな」

 

 二匹同時に跳びかかろうとしていた所に奇襲をかけたから和也らは助かった。土爆弾ではなく大剣ならそのまま殺せたか致命傷を与えるに至ったかもしれないが、それでは和也を見捨てることになる。だから劉は土爆弾を選んだのだし、和也も文句は言えなかった。

 奇しくも状況は最初の焼き増しとなる。だが最初とは逆に挟み撃ちをしているのは和也と劉だ。しかもナルガクルガとティガレックスは満身創痍。これだけを見れば大分状況は良くなったように見える。

 しかしティガレックスとナルガクルガは同じ状況にあるためか、ある種の共闘状態にあるようだ。下手に攻撃を仕掛ければ、攻撃を仕掛けなかった方の飛竜に襲われるだろう。最初の時は放っておけば飛竜同士の同士討ちを始めただろうが、今はそれが起こるとも思えない。状況は悪くなったとも言えた。

 

「閃光玉と土爆弾でなんとかするしかねえか。大タル爆弾用意できなかったしな……」

「あんなの運んで索敵できないし仕方ない」

 

 モンスターに対する最大の切り札となりうる爆弾を今回用意できなかったことが悔やまれる。雪で台車による運搬はできず、索敵という都合上用意できなかったのは当然のことだ。だが、二匹同時だと言うのであればせめて爆弾を使って一匹は手早く仕留めてしまいたいと思うのは当然だろう。

 

 最初の繰り返しとなった状況。だが、ティガレックスもナルガクルガも挟まれたということを危機だとは感じていないようだ。威嚇しながら和也らの隙を探っている。おそらく隙を探るのも生命の危険を感じて、ではなく余計なちょっかいを出されることを嫌ってのことだろう。

 

 

 ティガレックスが和也に襲い掛かった。体を宙に舞わせ大口開けてその巨体で迫る。瞬間、僅かに硬直する劉だったがナルガクルガの威圧を受けて動けずに睨み合う形となった。

 和也は盾を構えてティガレックスの動きとは垂直に動き回避する。回避しきれなかった分は盾に受け流させて凌いだのだ。

 攻撃の直後で隙を晒したティガレックスにリンがダガーを突き立てる。どれだけ硬い皮膚や鱗を持とうとも弱くやわらかい部分、眼へと向ける。しかし回転してそれをはじき、そのまま尾による薙ぎ払いが襲い掛かった。

 

 和也とリンがティガレックスと戦っている間、劉もやや遅れてナルガクルガとの戦闘が始まっていた。その黒く大きな体を俊敏に動かし獲物を翻弄する飛竜に対し、劉は大剣を肩に担ぎいつでも振り下ろせるようにして動かない。

 劉は待っているのだ。相手が目の前に現れるその時を、溜まった力を振り向けられるその時を。その間、劉は横や背後からは無防備になるが、ヨウが代わりに警戒をする。加えて元々木々による障害物があった場所だ。劉を攻めるのなら真正面からが望ましい位置取りである。

 ナルガクルガにとって劉は取るに足らない存在なのだろう。何も考えていないとでもいうかのようにまっすぐに迫った。黒い影しか見えないほどの俊敏な動き、だが劉は向かってくると気づいた瞬間、まっすぐに大剣を振り下ろした。

 一撃で落とさんとする攻撃はナルガクルガの前肢を斬りつけるだけで終わった。タイミングとしては良かったのだが、野生の勘かナルガクルガは寸前で動きを止め劉の攻撃を回避してしまったのだ。大剣は勢いよく振りぬいた故に地面へと突き刺さる。さらにナルガクルガの急停止によって雪が飛ばされ埋もれてしまった。

 

「まずっ……!」

「ニャッ!」

 武器が動かせなくなって焦る劉。その劉を守ろうとヨウはナルガクルガの顔面目がけて土爆弾を放る。さすがに顔にダメージを受けるのは避けたいのだろう。後方へと飛んで躱すナルガクルガ。

 劉がふう、と一息つきかけた瞬間和也の怒声が飛ぶ。

 

「危ねえっ!」

 

 その声を耳が聞いて、目の前の状況を目が見た瞬間、劉は体をかがめた。いや、力を抜いて崩れ落ちたと言っていい。そうしなければティガレックスの尾は躱せなかったからだ。

 

 劉が攻撃を躱した直後、和也がティガレックスの横を通り過ぎ様、片手剣で二度斬りつける。

 

 悲鳴を上げて後方へと下がるティガレックス、結果として事態は人間同士飛竜同士で一塊となった。

 

「挟み撃ちのメリットがねえな。かたまって一匹ずつ確実にしとめよう」

「ああ。にしても大分傷だらけのはずだがしぶといな……」

「さすがは飛竜なのニャ……。その体力を分けてほしいのニャ」

「同感」

 

 口々に勝手なことを言い合って攻撃に備えて身構える。

 ポタポタと二匹の飛竜からは鮮血が垂れ落ち純白の地面を赤く染める。終わりの時は近いはずで、現在すでに最後の悪あがきのようなもののはずだ。だが、それが終わらない。迫ってきているはずの終わりお時は果てしなく遠く、まるで永遠のように引き伸ばされる。

 

(まっずいな……一匹ずつ仕留めるったってこいつら死ぬのか? ゾンビだとか言われても信じそうだ。どうやったら仕留められるんだよ……。このタフな生命力、死を恐れぬ闘争本能、正直まずいな。なんか隙があれば……)

 

「劉、何とか隙を作る。それで今度こそ大剣で仕留めろ」

「ああ。やってみる」

 

 暢気におしゃべりをしている時間はなくなりつつあった。二匹の飛竜は視線だけで射殺さんとばかりに睨み少しずつその距離を縮めている。最後の決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 ――そこにやってきたそれは、飛竜にとって残酷な邪魔で、和也らにとって救いだった。

 

 

 数個の土爆弾が降り注ぐ。今まさに襲い掛かろうとしていた二匹に背後からの奇襲。前へとだけ向いていた意識が瞬く間に後ろへと集められる。そしてそれはどうしようもないほどの隙だった。

 

「仕留めろっ! 俺はティガを!」

「おうっ!!」

 

 地面の雪を削る勢いで走り、その勢いのままにそれぞれ武器を振るう。

 劉の一撃はナルガクルガの肩深くを切り裂き、前肢を切り落とすまでには至らなかったがとても動かせるものではないほどの傷を与えた。

 和也もまた走った勢いのままにティガレックスの首へと片手剣を突き立てる。後ろを振り返る形となっていたために浮かび上がっていた静脈へと突きたてた。

 

 

 悲鳴と慟哭をあげて苦しむ二匹の飛竜。だが、そのどちらもが喰らったものは致命傷。その場で暴れるようにしていたが、やがて二匹は静かに眠りについた。覚めることのない永遠の眠りに。

 

 

「勝った……な……」

「ああ……」

「やったニャ……でも最後のはなんだったのかニャ」

「あ……レイナ」

 

 声に釣られてリンの見る先へと目をやると確かにレイナが走ってきていた。共に数名の村人を連れて。

 

 はああ、と力を抜いて和也は後ろへと倒れ込んだ。大丈夫ですかと慌てた様子で尋ねるレイナを尻目に深く息を吐く。

 

「レイナー……」

「はい! なんでしょうか!?」

「依頼完了……疲れた」

 

 

 ギギネブラを狩るだけのはずだったのに、何故か他二匹の飛竜まで狩ることになってしまった。準備も不十分で無理やりの狩りだった。だが、それでも無事に終えた。

 とりあえずの脅威は去った。『村を救ってくれ』という依頼は完了した。その意味を正確に受け取ったのだろう。レイナは優しく微笑んだ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 何も隠しても悩んでもいない、優しい微笑み。純白の地面と背後に太陽を受けて、慈悲深い女神のような微笑みだった。

 

 

「あー、俺もつかれた! とりあえず飯にしようぜ。こいつらの肉ってうまいのかな」

「どうかニャ。けど僕たちを食べようとしていた飛竜を食べると言うのも中々オツだニャ」

「おっ、そう思うよな。よっしゃ、まずは白鳳村で宴だな」

 

 

 暢気な声は誰にも咎められることなく続いた。危機は去った、みんな生きてた。それが何よりも喜ばしい。生きる事、生きのこったことの喜びをかみしめ、彼らは笑い合った。憑き物などない、劉もレイナも何も含むものなどない爽やかな笑い声があたりに響き渡った。

 

 

 

 

 

 帰る際、台車もないのに二匹の飛竜を持ち帰るということが途方もない重労働だったことは言うまでもない。

 


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