モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第20話 別れ

 飛竜によって荒らされ見るも無残な姿となった白鳳村。寒い地域故に木材が腐るということは無かったようだが、それでも人が住める環境ではない。どれだけ能天気な人であろうと、これを見て扉がいらないように壁に穴をあけた、空を見上げることができるように天井はなくした、など言うようなことはないだろう。

 人が住むことに適さない環境、廃村と呼んで差し支えない現状。しかし今、白鳳村は活気に満ちていた。

 村の中央には篝火と焚火が置かれその周りを囃し立てるように人が踊る。手には木でできたお椀を持って時折それを口に運んで。零れることも厭わず楽しむ彼らはまさに宴を体現していた。

 

 そんな白鳳村の住人が騒いでいる箇所より少し離れた場所に和也はのんびりと座っていた。手にはやはり同様に木でできたお椀を持っている。踊る住人を眺めながら手のそれを口に運んだ。途端、ほう、と息を吐く。心なし、顔は赤く染まっていた。

 

「中々美味いな。酒精は強いが飲みやすい」

 

 和也が持っているそれは白鳳村の果実酒だ。寒い地域では暖を取る方法や寒さから逃れる方法は発達する。これも同様であり、体を温める飲み物としてアルコールの類は生まれていた。

 手に持ったそれをまた口に運ぶ。口に入れた途端アルコールが喉を刺激するが舌の上ではまろやかな甘みが溶ける。和也は元々酒に強い人間ではないのだが、これはいくらでも飲めそうだとすでにお代わりをしていた。

 

 最初は村の人に代表として祭り上げられ乾杯の音頭などを取って騒ぎの中心にいた和也だが、果実酒を口に入れてからは離れた場所で騒ぎを眺めるようになっていた。今は劉が代わりに盛り上げている。

 

 

「お口にあったようでよかったです。リコルの実のお酒は私たちも好んで飲むものですから」

「やっぱ温まるためって言っても不味いのは飲みたくないもんな。これは本当に美味しい」

 

 もう少しで空になりそうな椀を一気に煽る。防寒の為のものではあるが、嗜好品として十分通用するその味に、和也は既に二重の意味で酔いしれていた。

 

「そうですね。ホットビートルが元々取れにくいことから生まれたらしいのですが、本当に――どうしましたか?」

「い、いや、なんでもない」

 

 突然口に手を当てた和也を見てレイナは疑問の声を上げた。和也は首を振って否定したが手は離さず目もやや閉じかけ何かを堪えているようだ。レイナはそれ以上の追及はしなかったが、なんでもなくないのは明らかである。

 和也に何があったのかと言えば、猫人の集落で食べたそれの味が思い出されたというだけだ。いや、味はそれほど悪くはないのだ。和也にとって幸いなのか不幸なのかはわからないが、トウガラシのような辛さを肉と果物の中間のような食感のものに振りかけたかのような味。が、あの口の中で弾力があるそれを噛みしめた感触と、それが口の中で暴れるあの感覚はいいものではない。踊り食いを好む人ならば別かもしれないが、和也にはそうした経験はなかったのだ。

 

「そ、そういえばそのリコルの実ってどんな奴なんだ? 見たことないんだが」

「え、ええっと、赤くて掌よりもずっと小さい実です。形は丸っこいのですが、そのいま実物が無いので説明はちょっと難しいです」

「そ、そうか。でも赤い実、ねえ。やっぱり見たことないかもしれないな」

 

 赤い実、というだけならば紅呉の里でも見たことはある。だが、掌よりもずっと小さな実となると恐らくはない。気候の違いによってなる大きさも異なるという可能性はあるが、その可能性を追求するよりは地域性の違いでないと考えた方がまだいいだろう。

 レイナも同じ結論に至ったらしく、『寒いところでしかできないのかもしれませんね』と言った。明るく笑うレイナは年頃の少女らしく、和也の年が近ければ胸をときめかせていたかもしれない。劉ならば何か反応を示していたかもしれないが、この場にいない以上は分かるはずもなかった。

 

 

「おい、和也! この肉食ったか!? ちょっと硬いけど滅茶苦茶うまいぞ!」

「びっくりだにゃ! 頬がこけるとはこのことにゃ!」

 

 いつの間にか騒ぎの中心にいたはずの劉とヨウがやってきていた。手には焼いた飛竜の肉を持ち、骨を串代わりにして豪快にかじっている。俗にいう漫画肉のようなその食べ方に、和也は思わず喉を鳴らした。

 

「こける、じゃなくておちる。こけてどうするのさ」

 小さな声が傍から聞こえたので視線をやると黒い影が和也の前を横切った。それはそのままレイナの前へと行くと膝の上にポスンと音を立てて座った。

 黒い影の正体は言うまでもなくリンだ。ずいぶんとレイナに懐いたものである。レイナもそれが嬉しいのか、笑みを浮かべてリンの頭を撫でていた。

 

「でも、皆さん無事でよかったです。本当に一時はどうなることかと思いましたから」

「だよな! 俺今回ばかりは死んだ! って思ったよ」

「ふん! 僕は今回だって乗りきれるつもりでいたけどね!」

「ふふっ、そうですか? ヨウさんはかっこいいですからね」

「当然ニャ。何せ僕は劉のお兄さんだからニャ」

「ちょっと待て、俺が兄だろう!?」

 

 笑い合う三人。一人リンは相変わらずの無表情でそれを眺め、和也はそれを渇いた笑みで眺めていた。

 

(俺、今回どころか毎回死んだって思ってるけどな……)

 

 周りがどう思っているかはさておき、和也にとって狩りは毎回命がけだ。リオレウスもリオレイアも、いやブルファンゴでさえ狩るときは足の震えを強制的に止め、逃げろと騒ぐ本能を無視している。慣れはしたが恐怖は消えない。何かあるたびに死ぬ!? など怯えているのが現実だ。

 もちろん和也はもう逃げるつもりはない。狩りがどれだけこわかろうと、それを自分の責務として戦うつもりだ。逃げずに戦うこと、それが和也にとって生きるという意味だから。

 

 そう言えばと思い出す。レイナは最初、和也に狩りの義務や恐怖について聞いていた。今に思えば村を守ることを自分の責務だと捉えていたからこその質問だったのだろうが、質問をしたということは何か思うところがあったということだろう。加えてレイナは何か悩んでいる様子を見せていた。だが、今はそれが鳴りを潜めている。何があったのだろうかと和也は疑問を持った。

 

「でも、皆よく食べるね」

 

 和也が疑問を口に出す前にリンが陶然として呟いた。和也は既に酒を何杯か飲んでいるし、劉やヨウは肉を現在進行形で食べている。何を当たり前なことをという口調でミズキが答えた。

 

「この肉うまいぜ? それに酒もうまい。となりゃそりゃあ食べるよ」

「そうにゃ。食べなきゃ損だニャ」

「そうじゃなくて、白鳳村」

 

 ああ、と全員が視線を彷徨わせた。どこに目をやっても肉をほおばり酒を浴びるように飲む姿が目に入る。生を謳歌しているその姿は今の白鳳村の姿と言える。

 

「そうですね……。こうして生きていられるのも、騒いでいられるのも、皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」

 

 どこか遠い目をした後、レイナは深々と頭を下げた。

 

「よせって。んな畏まるなよ」

「そうだな。それにこの光景はレイナが助けを呼びに行って、その後も頑張ったからこその光景だ。それに、礼はもう貰ってるしな」

 

 飛竜討伐の直後にレイナからお礼の言葉は貰っている。『あなたの笑顔、プライスレス』などと言う気障な言葉は和也にはとても言うことはできないが、それでも終わった後のレイナと、それに村の人の笑顔と喜びの言葉。それらに勝る礼もないというのもまた事実だろう。

 

「そうそう。あ、けどだからってもうあんな無茶な真似はするなよ? 何度もしてたらさすがにいつか死ぬぞ?」

「ええ。劉さんに言われたことは重々承知しています」

 

 ん? と疑問を浮かべた。劉は基本和也と共に行動している。ティガレックスとナルガクルガの探索をしていた時は別行動をしていたが、あの時はレイナもまた別行動だった。つまり、劉がレイナと共にいた時というのは和也も一緒にいた時のはずである。しかし和也にはレイナの言う『劉さんに言われたこと』は思い当たる節はない。先ほど浮かべ沈んでいった疑問が再度蘇る。

 

「なあ、何言ったんだ? というかいつの話?」

「え!? ――ああ、いいや、別に――」

「にゃあ。和也は気絶してて知らにゃいんにゃろうけど、ギギネ――ブグッ」

「よし! ヨウ! あっちにまたうまそうな肉があるぞ! 食いに行こう!」

 

 そう叫ぶと劉はヨウを小脇に抱えて走って行った。酒で元々赤かった顔をさらに赤くして。

(えー……。あんな反応初めて見た……。本当に何言ったんだろう)

 

 どちらかといえば朴念仁や唐変木といった劉が慌てる様は恐らく初めてのことだろう。最初は純粋な疑念だった感情に悪戯心が湧き上がる。何としても知りたい。好奇心が自制心など振り切った。

 

「なあ、俺が気絶してた時ってあれだろ? ギギネブラの最後らへんだよな。一体何があったんだ?」

「内緒です」

 

 ヨウの言葉から時期は既に分かっていた。確かにその時ならば何があったとしても和也は知らない。それを口に出して尋ねるが――敗退。

 

「――リン」

「レイナが内緒って言った」

 

 どうやら教えてはくれないらしい。レイナは微笑んだままにこにことしているし、リンは義理立てなのか喋ることはなさそうだ。関係者の口はどうやら堅いようである。

 ならば諦めるしかないのだろうか。いや、そんなことはない。人は有史以来さまざまなものを活用してきた。つまり、人の優れた所とは頭脳、頭を使うことだ。和也もそれに則って頭を働かせた――!

 

 30秒と経たないうちに諦めた。思い出そうにも密度の濃い毎日を送っているのでいまさら思い出せない。ギギネブラの後、猫人の集落、二匹の飛竜とあったのだ。遠い記憶の彼方に沈んでいる。

 加えて今は酒がまわっている。頭を働かせるのには適していない。尤も、酒が無ければ好奇心が勝つこともなかっただろうが。

 

 

「和也さんたちは明日帰られるんですよね」

「ん、ああ。そうだな。もう大分空けちまった。いい加減帰らないとまずいしな」

 

 行に一日、狩りに一日、帰りに一日という程度の行程の予定だった。だが現実は狩りに五日もかけてしまい七日という日数がたってしまう。元の倍以上だ。

 

「そう、ですよね。和也さん、本当にお世話になりました」

 また深々と頭を下げた。その際、リンが窮屈そうに抱かれていた。

 

「もうよせって、そんな何度も礼をされても困る」

「はい、すみません」

 

 謝罪の言葉だがレイナの表情は笑みだ。本当に明るくなったものである。和也はほんのわずかな日数でしかレイナのことは知ら無い訳だが、それでも明るくなった気がすると思う程度には変化があった。

 少し沈黙が下りた。しかし気まずいようなものではなかった。周りのどんちゃん騒ぎをただ眺め、何もないその時間が妙に心地よかった。

 

 まるで少年少女の恋愛のようなその状況に、和也は一人頭を掻いた。気付いて気恥ずかしくなったのである。6つも年下の少女相手に何をやっているんだという思いもある。

「あー、とりあえず俺らがいなくなった後モンスターに襲われた場合は隠れろよ。んで自衛は土爆弾で何とかなると思う」

「はい、無茶はしないと約束しましたから」

 約束をしたらしい。また妙な気持が沸き起こる。だが今度はその前にリンが口を開いた。

 

「ねえ、爆薬の方がよくない?」

「んー? 爆薬か。けど俺、あれの調合比率とか覚えてねえしなあ……」

「和也さんにもわからないことがあるんですね。それに爆薬……ですか?」

 

 レイナにも和也は知らないことが無いと思われていたらしい。辞典じゃあるまいし何故だと一人ぼやく。言うまでもなく、誰も狩れないと思っていたモンスターのことに詳しいからである。

 和也の知識はモンスターのことが多い。それは周りから見た場合、高校大学レベルのことを何でも知っている、というように見えるのだ。当人はこの世界の当たり前のことを知らないが、そのレベルのことを知っている人間が小学校レベルのことを知らないということはあまり考えないだろう。

 

「大タル爆弾の元。これを作って村に置いておけば安全」

「取り扱いを誤れば逆に危険だけどな」

 

 子供が雪玉投げの的にもでしたら大惨事である。現代でもそうした危険物は厳重に管理されていることが常であった。

 

「でも取り扱いを正しくすれば武器になる、ということですか?」

「まあな。今回あんまり使わなかったとはいえ武器というか兵器だし」

「鳥竜種ぐらいなら一発で平気」

「すごいです! それは是非用意したいです!」

「んー、けど危ないんだよな。それに俺が覚えてないって言うそもそもの問題が……」

 

 結局そこに戻るのである。火薬草とニトロダケを調合すればいいのだが、その最適比率は最早専門の人しか知らないのだ。これは秘密にされているという訳ではなく、覚える必要が無いから誰も覚えていないのである。

 

「けど、それでも欲しいよね。なんとかできない?」

「無茶な……。まあとりあえず村長さんに話してみよう」

 

 土爆弾などとは比べ物にならない危険物である。それを置くかどうかは責任者に話を通すのが筋だ。宴の最初の方で礼の言い合いのようなことをして以来距離を取っていたが、椀と肉を持って近づいた。

 

 事情を説明したところ、村長の反応はおおむねレイナと同様のものだった。爆薬の危険性はいいのかと和也が不安になったほどだ。

 ちなみに村長やレイナが危険性をまるで無視しているのは一つに爆薬の危険性をイメージできていないということもあるが、何よりもモンスターの危険性の方がはるかに高いからだ。いくら爆薬が危険と言っても手を出さない限りは問題ない。だが、モンスターは何もしなくとも襲ってくるのだ。どちらの方が危険かは言わずもがもな。

 

「ぜひとも爆薬を置かせていただきたいのですが……」

「しかし俺も覚えていませんからね……」

 

 やはりここに戻った。爆薬の調合をするというだけならば無駄を承知で試行錯誤から始めるという手もある。しかし紅呉の里ではブルファンゴの毛皮や回復薬といった誤爆対策を準備できていたからこそだ。リスクヘッジをできずに危険に挑むのは無謀というもの。

 加えて火薬草はともかくニトロダケはあまり白鳳村の周辺では取れないと言う問題点もある。手軽に使える土爆弾程度のものならばともかく、爆薬に必要な分を確保できるかどうかは疑問が残る。そんな状態で試行錯誤する分などあるはずもない。

 

「参りましたな。知ってしまったからには何とか手に入れて常備したいところなのですが……」

 

 調合の方法はわからない。調合の材料も心もとない。これではどうすることもできない。八方ふさがりとなってしまったかと思われた。

 

「ねえ、だったら交換したら?」

「え?」

 

 それまで黙っていたリンが救いの手を差し伸べた。

 

「リコル酒と爆薬。交換できない?」

 

 今の話でわかったことだが、ニトロダケは白鳳村より南に行かねばあまり数が取れないらしい。そしてリコルの実は逆に寒い地域でないと手に入らない。用途は多く異なる二つだが、どちらもそれぞれの特産品と呼べるものだ。

 

「なるほど、交易すれば……。ああ、でも大草原越えないといけないのか。どうすっかな……」

「また護衛」

「それしかないか」

 

 少々がっくりと来る内容だが仕方ない。和也は今しがたリンと話し合った内容をまとめ、村長に向き合って説明をする。

 

「リコル酒は紅呉の里でも求められるのではないかと思います。それで紅呉の里で作る爆薬と白鳳村の作るリコル酒を交換するというのはどうでしょうか。もちろん、詳しいところは紅呉の里の孝元に話さねば決定はできませんが」

「ふむ、なるほど、それならば互いに利がある。良い取引だと思います。恐らくは紅呉の里の方も納得していただけるかと」

「ええ、大丈夫だろうとは思います。まあ私が決めるわけにはいかないのですが。とりあえずいくつか持って帰らせていただいてもいいでしょうか」

「ええ、もちろんですとも。互いにいい結果になることを祈りましょう」

 

「あっ、それなら猫人の集落もどうでしょうか」

 

 話がまとまりかけていた所にレイナの声がかかり、当然視線は彼女へと集まった。その圧に少々たじろいだ様子を見せながらもレイナは説明する。

 

「猫人の集落でもまた交易することは可能じゃないでしょうか。近いとはいえできることも違うでしょうし……その……」

「あ、ああ。なるほど、それに種族も異なる。求めるものもできることも多分違うだろうな……。リン、どう思う?」

「いい話。断られないとは思う。互いに利もある」

 

 決まりだな、とまとめあげられる。細かい話はまた詰めねばならないが、恐らくはうまくいくことだろう。一つの村や一つの集落という狭いブロックの中で生きていた住人達が、外の住人と交流を深める。問題も発生するだろうが、悪いことよりはいいことの方が多いだろう。

 和也に決定権はない。紅呉の里の今後を左右するような話ならば孝元に話を通すのが筋だ。狩りというだけならば和也が単独で動いてもいいかもしれないが、爆薬やニトロダケの備蓄は紅呉の里の財産だ。和也が一人で決めていい話ではない。

 それでもおそらくという注釈をつけて話を進めることはできる。和也の職歴に営業職はないが、それでも話をすり合わせるのに必要なことはわかっている。

 白鳳村村長も特別難しいことは言わなかったため、和也が話を持ち帰って孝元が頷けば交易を開始できるように話はまとめられた。

 猫人の集落にはレイナの案内で白鳳村の代表が話をつけに行くそうだ。本来飛竜やその他モンスターの危険があるのでできないのだが、ギギネブラやティガレックスといった飛竜種がいなくなった直後だからできる方法である。

 

 話は進み夜は更けていく。そこにいた誰もが新しい何かを感じ始めていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 宴の翌朝。和也たちは帰るための十分な準備をして白鳳村入口にいた。まだ太陽が昇る直前といった朝早く。草原で野営することなく一気に帰る心算だった。

 

「それでは、お世話になりました」

「いやいや、それはこちらの方こそ。飛竜の討伐にその後の交易の話まで。何から何までお世話になりました。今後とも付き合いがあるでしょうし、ここは別れの言葉よりもこう言わせていただきましょう。お元気で、そしてまた会いましょう」

「ええ、お元気で」

 

 和也の後ろには劉とリンとヨウが待機している。待たされることを不機嫌に思わず、一時的であろうとも別れを噛みしめている。その顔には憂いや悲しみはあっても喜びはない。白鳳村を嫌っていた劉は変わったようだ。

 近くには台車がありそこに飛竜の素材の一部が置かれている。今回の狩りで和也も劉も武器防具がだいぶ痛んでしまったので、それらの素材を用いて新調する予定だ。残れば新しい武器を作るという手もある。

 

「和也さん、えっと……、また、お会いしましょう。皆さんのご無事をお祈りします」

「ああ、レイナも元気で。劉との約束とやらは知らないけど、達者でな。無茶はするなよ」

「はいっ」

 

 少女に別れを告げる。ほんの一週間だけだったがずっと行動を共にしていた少女だ。色々と思うところはある。開けた白鳳村より、森深くの紅呉の里の方が安全じゃないか、彼女一人ぐらいなら連れ帰ってもいいんじゃないか。そうした思いさえある。

 けれどそれらは飲みこんだ。何よりもレイナ自身がそれを望まないだろう。また会おうとは言ってはいるが、平均寿命も低い世界だ。また会えるかなどわからない。それでも、また会おうと言っているのだ。それ以上は野暮というものだろう。

 

「それじゃあ、また」

 

 最後に合掌して頭を下げて。それを最後のあいさつとした。

 振り返って歩き出す。もう振り返らないと固く意識して。

 

「――行こう。いや、帰ろう。紅呉の里に」

 

 そう声をかけて歩き出した。劉も、リンもヨウも声に出さず頷いた。

 ガランと台車の車輪が回る音がした。すぐに雪に埋もれて音を消して、代わりにギュッギュッと鳴らしだす。

 足を濡らす感覚、足を取ろうとする感覚、肌を突き刺すような寒さ。きっと少しずつ消えていくだろう。それらと共に、胸にある悲しみも消していくことを決める。

 

「長く開けた。早いところ戻ろう」

「まあな、けどいいじゃねえか。皆わかってくれるさ」

 

 和也の声は少々湿っていたが、劉はあっけからんとしたものだった。だがそれはどうでもいいと思っているわけではない。その証拠に劉は言った。

 

「色々あったけどよ、最後は皆で立ち向かったんだ。きっとこれからは大丈夫だろう。白鳳村はもう大丈夫だ」

「そうにゃ。もう大丈夫にゃ」

「ん、そだね」

 

 白鳳村と交易をするのなら白鳳村が安全であることが求められる。長い旅路の果てに交易しようとしたら滅んでましたじゃお話にならない。その意味で白鳳村の今後が安心だと言える状況に立ち会えたのは無駄ではない。

 けれど劉の言葉にそうした意味は込められていない。ただ純粋に白鳳村を思ってのもので、それを紅呉の里が理解してくれると思ってのものだ。

 

 仕事は時に個人の感情を蔑にする。何よりも結果を求め過程を無視される。だが、どうやら紅呉の里はそうした仕事の無情さとは無縁のようだ。何よりも劉がそう信じている。だから和也もふっと笑った。

 

「ああ、交易の話もあるんだし持ち帰って驚かせてやっか」

「おう! きっとびっくりするぜ? なんせ猫人に飛竜が三匹だ。素材も一部貰ってるしな」

「竜じいもきっと喜んで寝込んでしまうにゃ!」

「いや、寝込んじゃだめだろう」

 

 別れの後でも相変わらずで、和也もそれに釣られていく。今日も彼らは平常運転のようだ。

 

 

「でも、よかったよね」

 

 リンが唐突に言った。けれど不思議と、和也にはその続きの言葉が理解できた。同じことを思っていたからだろう。

「ん、ああ。そうだな。劉」

「あーなんだー?」

 

 前へ前へと歩く劉に声をかける。大剣ごしに劉は振り返った。

 

 

 

「白鳳村、まだ嫌いか?」

 

 

 その言葉に劉は一瞬きょとんとした。けれどすぐに理解できたようで口を笑みの形へと変える。男臭い笑みと共に叫ぶかのように劉は言った。

 

 

 

「言うまでもないだろ」

 

 

 

 

 彼らは歩く。既に路は大草原へと差し掛かった。きっと彼らの未来も同じように先の先まで広がっていることだろう。

 固い地面を踏みしめて、車輪はカラカラとなる。

 回り始めた運命の歯車も止まらない。からから――からから。

 


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