モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第23話 お勉強会

「それでは授業を始めます」

 

 凛とした静かな声が紅呉の里の一画で響き、共にやや浮き足立っていた若者たちのざわめきも消えていった。残るのは緊張を孕んだ顔つきだけだ。

 時は彼らが紅呉の里を訪れた翌日の朝。里のやや開けた場所にて座学の授業。

 今この場にいるのは紅呉の里と白鳳村の若者たちだ。新たなことを勉強する際若い方が覚えがいいということと、次世代を担う者にこそ知っていてほしいという全員共通の意見があった結果である。剛二が説明したのか、白鳳村も同様だった為訪れた10人は皆若い。その中には和也や劉と親しくしていたレイナの姿もあった。

 白鳳村の者も含めて30人。共に訪れた猫人2人も含めて32人。それが和也の生徒の総数であった。

 

(改めて……多いなあ)

 

 全員の視線を前にしてそう思う。昨日結果として劉を迎えに行ってそれだけいるのを知った12人。そのうち2人が猫人なのはまだいい。白鳳村の近くには猫人の集落があり、彼らに話が及んでも不思議はない。きちんと授業を聞いて邪魔をしないのならだれであろうとも問題はないのだ。

 だがやはり合計して32人というのは想定外だ。紅呉の里も白鳳村も仕事がある以上授業に参加できる人数は当然のごとく限られている。和也の見立てではこの半分以下だったのだからやりにくい。

 実を言えば紅呉の里にとっても白鳳村にとっても和也は博識であり、狩りの手段をもたらした英雄のようなものだ。その彼の知識を学び技法を得るということは最大の今後の財産になる。多少仕事があってもそれを今後に回して授業を受けようとすることは当然である。今日を生きる贄も必要だが、明日を生きる糧も必要だということだ。

 

 仮にも生徒たちを前にしていつまでも辛気臭い顔をしているわけにはいかない。いい加減覚悟を決めようと再度気を引き締める。

 

「では最初に薬草についてですが――」

 

 

 和也にとって普段自分は多少おちゃらけているというか生真面目ではない、という部分があると思っている。元来ゲーム好きな性分なので楽しく生きようとする努力や食欲含め自分の欲求を満たす努力はしている。が、それは果たして必要不可欠なのかと言われればまた異なる。生に不可欠なものでもないのに一生懸命だということが、まるで生きることが戦いである世界に於いて不真面目のように感じてしまっていた。

 もちろん実際の和也は他人から見て真面目である。というより、そんなことをごちゃごちゃ考えてしまう時点で生来の真面目さが出ていると言えよう。不真面目な人間が生きるためとはいえ毎日仕事と残業を繰り返していたはずがない。

 和也は自分が不真面目な部分があると思い、けれど人に教える立場なのだからとできる限り自分を律した。しかし実際は、周囲は和也は真面目な人間であるとしか思っていない。結果、出来上がるのは厳しく真面目な教師が一人だ。

 

 薬草がどんなものか。効果はどういったものか。そんなことはさすがに誰でも知っている。薬草の世話になったことが無い人間などいないのだから当然である。しかしそれでも和也が説明することを選んだのはそれを正確に把握してもらうためだ。大体こんな感じ、などといういい加減な知識ではなく、薬効成分や適切な処方量まで理解し、知っていることと知らないことを理解し、その上で知らなかったということ自体を認識させる。それが目的だった。尤も、和也自身の持つ知識もまたおそらくが頭に付く部分も多いのだが。

 

「――で、薬草とアオキノコを調合することによって回復薬はできるのですが、その調合比率によってまた効果も異なり――」

 

 しかし和也の持つ基礎知識は現代日本の高等教育レベルのものである。薬学の知識は詳しくはないが、それでも高校で学ぶ程度の化学の知識はある。ゆとり教育や学級崩壊など日本の教育現場が問題視されて久しいが、それでも古い時代と比べれば十分すぎるほどに詳しい知識だ。詳しすぎて催眠効果が生まれるぐらいには。

 

「つまり、薬草とアオキノコを混ぜればいいと言ってもその比率によって効果は異なります。調合とはこの比率を最も高い効果の出るように最適な比率で作ることです」

 

 話がひと段落つき一度言葉を完全に切った。話すことに集中していた意識を目の前の生徒たちへと戻す。

 二極化した顔つきが目に入った。集中が保たれ必死になって理解して記憶に残そうとする人と、集中とは対極に近い今にも眠りそうな顔をした人と。人が一生懸命説明しているのに居眠りとは、と怒ることもできるが理解しづらい話をした自覚はある。多少は仕方がないだろう。

 

「すみません、比率というものはなんですか?」

 

 授業の目的は全員に基礎的な理解を施すことだ。理解が追い付いていないのなら一度休憩にしてもう少し簡単な内容に変えようか。そう考えていた所に質問が入った。質問の主は理解を示している方の人間だ。

 比率、比例など現代日本においては小学生で学ぶ概念である。しかしこの世界は日本とは似て非なる世界。日本においても計算が庶民に浸透したのは商工業が盛んとなった安土桃山時代と言われている。それまで計算の必要が無かったからだがこの世界に於いてもそれは同様であり、他所の地域との交流が生まれたのもつい最近のこと。単純な足し引きならばともかく、比例計算の概念が存在しないのも無理からぬことだった。

 

「比率とは複数の物を比べた時の割合のことです。えーと……これとこれは全体の量は異なりますが、薬草とアオキノコの比率は同じです」

 

 この説明だけでわかった人とわからない人がいるようである。もう少し例を取って詳しく説明をすることにした。

 

「アオキノコを増やして薬草を1アオキノコを2にしたものと、薬草2アオキノコ4は同じ比率です」

 

 グラムと言ったような単位は存在しないのである。

 あまりにも単純な比例計算の話だ。しかしそれでも理解できる人と理解できない人と差が生まれてしまっている。理解できない人は現時点で話についていけていないが、理解できている人はむしろ続きを促している。様子見も含め続けることにした。

 

「土爆弾も作る段階は似たようなものです。火薬草とニトロダケの粉末を土に練って作ります。土爆弾の理想は火薬草2に対してニトロダケが5ぐらいです。このようにものによって最適な比率も変わります」

 

 調合比率は当然ものによって異なる。何気にゲームとは大きく異なる点でもあった。薬草とアオキノコの回復薬の調合はゲームと同じ1:1なのだが、爆薬の調合において最適は2:5だ。火薬草よりもニトロダケの方が多く必要なのである。

 理解できる人、理解できない人。その差がさらに強まったことを和也は感じ取った。はっきり言って理解が追い付いていない人は最早理解しようとしているのか眠らないようにしているのか、どういう風に頑張っているのかさえわからない。

 しかしあまり悠長にしている時間もない。今後工房に携わるのならばこの程度の知識は持っていてもらわねば困るのだ。逆にいえばこの程度の知識さえ蓄えられないのならば工房には携われないということである。

 あまり悠長にしている時間もないということを建前に、話についていけない人は見捨てることとした。

 

「あとこちらは紅呉の里の工房でつくった薬です。滋養強壮や免疫力の向上が見込めます」

「免疫力とは?」

「平たく言えば病気になりにくくなります。体力の向上と捉えてもいいかもしてません」

 

 話を聞いている一人であるレイナの質問に答える。するとおおーと歓声が軽く上がった。病に罹りにくくなるということはそれだけ生存率も高まり需要も高い。

 しかしまだあまり数が無く試作段階なので白鳳村どころか紅呉の里でもまだ知れ渡っていないものだった。

 

 あくまで似たようなものという段階だが和也の介入なしにして紅呉の里の工房では漢方薬や強走薬を既に作っていた。こうした変化の一つが地味に和也に今回の授業へと至らせた原因の一つになっていたりする。

 

「およそ薬と呼ばれるものは薬効という薬としての効果を出す何かがあります。それを正確に理解し自分の望むベクトルへと傾けること。これが薬師としての基本的な目的です」

 

 あくまでこの世界の話ではあるが。そう心中で付け足して薬の話を終える。薬剤師といったものを目指したような経験などない和也だ。当然21世紀における薬の知識など持っていない。

 しかし、地球にモンスターハンターで登場するアイテムに相当するものなどなかったのだから別段問題はないかもしれない。死にかけでも全快し体力の上限さえ突破する秘薬に相当するものがあったらまた違うだろうが。

 

 薬の話が終わりひと段落ついたということを皆が感じ取ったのだろう。どこか虚ろとしていた目に生気が戻る。全員に共通して言えることだがやる気はあるのだ。ただ理解ができず授業の文言が眠気を誘っているというだけで。それが話が変わることを感じ取り、次はきちんと理解しよう、しっかり学ぼうと皆が再びやる気を取り戻した。元々の仲の良さやら慣れやらで大分うつらうつらとしていた劉もまたやる気と集中が蘇った――。

 

 

 

「これら調薬に必要なのが数学の知識です。先ほどの比率も数学に属します。数学とは呼んで字の如し、数を学ぶことです」

 

 話の大筋は変わっていない。それを理解した全員が先と同じ顔になった。

 

 

 製薬の授業を終えて数学の授業を始めてから30分ほど経った頃。日は既に頂点を過ぎ一日の終わりへと向かい始めた時間。和也は休憩時間ということを宣言し一人静かにため息をついていた。ため息は重く疲れがありありと浮かんでおり、今初めて和也と出会った人でも疲労状態だということはわかるだろう。

 かろうじて木材に尻を置き座っていると言える状況だ。何せ背は寝るかのように後ろへと傾け腕を後ろに伸ばしついている。足も投げ出し、木材が無ければ四肢を投げ出して、という表現しかできそうにない。

 休憩ということで授業をしていた場からは少し離れた場所にいる。教師役である和也がいつまでもそこにいたら生徒は皆休めないだろうという配慮の結果である。質問したい人がいたかもしれないが、それは和也も休憩が欲しいということで考えないことにした。

 

(――本当は三角関数とかもやりたかったんだけどなあ。あとベクトルとか。計算が実生活でどれだけ役に立つかということを理解してもらえればやる気も十分に湧くだろうし……)

 溜息と共に反省と不満を生んだ。一人考えることは授業のことだ。本当は和也はもっと突っ込んだ内容をやりたかった。具体的に言えば運動力学をだ。

 和也は元々が理系であり計算やら推理やらは好きな分野である。考え、推理し、思考する。そうした人間であるが故に計算が好きなのは当然のことと言えよう。そうした人間だからこそ、余計なことを考えがちだとも言えるが。

 

(弓の張力だとか大剣が重く感じる理由だとか、こういうのって物理、数字の世界だからなあ。話せば興味を持ってくれそうなのが数人、あとは……たぶん寝るな)

 

 理解できない分野に興味を持つことはできず、興味を持たないことに集中することは難しいだろう。むしろ、今まで集中ができていなくても寝ないで聞いていた分ましだとさえ言える。

 

 世の法則のことを物理法則と言うように、世の中には物理学が溢れている。物が落ちる万有引力の法則、力を入れなくても物が動く運動の第一法則、位置エネルギーと運動エネルギーの関係を示した力学的エネルギー保存の法則。それらを理解し解明するのに必要なのが数学であり物理学だ。

 和也も物理にそう詳しいことではないが、神たる者がいない世界でそれらが解明されたように人の知的好奇心や探究心は果てしないものがある。最初のきっかけさえ与えれば和也なしに強走薬を作ったように物理学を発展させ、罠や武器がより良いものなるかもしれない。そのためにはもっと立ち入った話もしたい。したいのだが残念ながら時間もないのに理解できる人が少ない話をするわけにもいかない。

 

(まあ、何人かはしっかり理解の色を見せていたし、彼らに製薬の知識をもっと叩き込んでいけばいいか。今は小学校みたいなもの、ここから専門に分ければいい。その為の篩だ)

 仕方なく今後に期待することにした。今はまだ基礎的な部分のみを教えてこれから枝分かれさせればいい。枝葉にあたる細かい部分をどれだけ発展させられるかは今後の彼ら次第だ。

 発展させたいのなら和也がもっと関わればいいとも考えられるが、実際和也の持つ知識はさほど専門的ではない。最初の基礎の部分はともかく、それ以降は知らない人特有の発想に期待した方がまだ可能性は高いのだ。

 

「結局、それしかないかあ……」

 

 今後の発展はこの世界の人任せ。その為に最初の基礎の部分のみ手助けをする。今はその為の準備期間でありあまり余計な色気は持つべきではない。そう考えをまとめた。

 

「和也さん、お疲れ様です」

 

 ふとそうしていた所に声がかかった。一瞬の驚きを胸中に隠し振り返る。

 

「ん? おお、レイナか。お疲れ。今のところどうだ? 理解できているか?」

「ううーん、正直難しいです。でもまったくわからないという訳でもないという感じですね」

「ふむ、ならいいか。劉に至っては半分ぐらい寝てやがったし……あいつ完全に体力馬鹿だよなあ」

 

 レイナの言を信じるならやはり難しいが理解できないほどでもないらしい。そうしたレベルであることを考えれば理解できる人と理解できない人が出てくるのは仕方ないだろう。

 劉は和也の授業中ほぼうたた寝していた。彼は決して和也の言うように体力馬鹿という訳ではないのだが、見た目がっしりとした体つきで難しい授業は寝ているとなるとその評価も仕方ないのかもしれない。

 

「ふふっ、どちらかというと劉さんは考えるよりもまず行動、という感じですもんね」

「ああ。俺はむしろしっかり考えてから行動したいクチだし、そう考えるとよく俺らコンビ組めてるな」

「ふふっ、でもいい組み合わせだと思ってますよ? リンさんとヨウさん然り、でこぼこの方がうまくいくんじゃないでしょうか」

「あー、そういうのはあるかもしれないな」

 

 互いが互いを際立たせる凸凹コンビはそれだけで一つの完成を迎える。和也と劉は性格は大きく異なり体格も違いがある。そうした個性の違いが彼らの狩りを成功させてきた秘訣の一つ、なのかもしれない。和也も思い当たる節はあるのだろう。点頭して肯定を示す。

 個性や性格、考え方が同じだと行動も同じになりやすい。同じように狩りをして、同じような判断基準の元行動する。有性生殖の生き物はその遺伝子を多様性に富ませることで生き残りの道を探っている。その点を鑑みればなるほど、凸凹コンビというものは理に適っているのかもしれない。

 

 二人の間に静けさが取り戻される。元々和也はレイナに特別用があるわけでもなし、レイナも少し様子を見に来たという程度だ。話すことが無い以上、二人は口を開くことが無くなった。

 しかしそこにあったのは話のネタが無くなったが故の気まずい沈黙ではなく、まるで言葉が無くとも通じ合っていると言わんばかりの穏やかな静寂だった。

 

 

 

「私も……」

 

 二人の関係はおよそ男女の仲と呼ばれるようなものではない。和也にとっては年齢差もあるし何より戦友のように感じていてそういった対象として見ていないきらいがある。そのために少々、沈黙が下りたのとはまた別の気まずさがあったのだが、レイナが言葉を発することによってそれは破られた。自然和也は言葉の続きを待つ。

 

「私も二人にお世話になって、二人とも全然違う人だからきっと大切なんだと思います。だから……これからもよろしくお願いしますね」

 

 しかし内容はむしろその雰囲気を助長するかのようなものだった。沈黙を破るような何かを期待していたのにかかわらずだ。更にレイナは心なしか頬をほんのり赤く染めているように見えた。

 

 

(――え? 何これ、いったい何がどうなってんの? 何がどうしてこうなったの? 誰か教えて……)

 

 一応二人の名誉のために言っておくと、だ。和也は決して女性に免疫が無いという訳ではないし、レイナも別に深い意味合いは含ませていない。ただ、和也は6歳も年下の、元の世界で言えば社会人と中学生という関係にあるはずの年齢差がある少女にそんな雰囲気になったということに混乱を来たし、レイナは幼い自分を知る異性に素直に礼を述べるという行為が少々気恥ずかしかっただけである。その後は和也の雰囲気に当てられて少々赤みの意味も変わりはしたが。

 ただ言えることは二人の間にあるそれが大して意味もないということだ。間違ってもそのまま間違いが起きるようなことは無い。しかし意味もないそれに、暫し二人は時を奪われてしまっていた。

 

 

 

「さ、さーて! そろそろ授業を再開するか!」

「そ、そうですね。では戻りましょう」

 少しして再開のために戻るまでその雰囲気は続いたそうな。

 

 

 休憩前の時間は座学の授業だった。教室で机を並べて授業をしたわけではないが、それに相当する内容だ。そして、それの後と言えば実践に移る、すなわち実習だろう。

 机で勉強するだけというのは頭に入りにくい。ただの文言は頭に入らない。意味を持たない言葉の羅列は覚えにくいが、意味を持つ文章は覚えやすいだろう。実践には座学における文言を意味を持つ文章に変える効果がある。

 薬学における実習ということはすなわち調薬だ。自らの手で薬を生み出し、その効果を実感することで座学に対する理解と興味を強める。ただ問題なのは、それに至るだけの知識を与えることはできず、加えて時間は少ないということである。

 実習と言われて学生時代を思い出した人は多いのではないだろうか。今学生の人も自分の実習時間に当てはめて考えるのではないだろうか。そうすればわかるだろうが、実習は常に教師一人で行うのではなく内容を理解した助手がいるものである。工房から人を引っ張ってきて実習をして、その効果が薄いのではやってられない。

 

 結果、休憩の後の授業は午前と様変わりを見せることになった。

「今紅呉の里にある武器は大剣が一つ、片手剣が一つ、弓矢が一つ、それに槍が複数。全てモンスターの素材でできている丈夫なものだ」

 言いながらそれぞれの武器を掲げて見せる。劉が使うリオレイアとティガレックスの素材が使われた大剣が陽光に鈍く輝き、和也の使うリオレイアとナルガクルガの片手剣が黒光りする。

 二つの武器の後に作られたリオレウスの端材を使って作られた弓と、飛竜と牙獣の骨を主に使って作られた槍もまた静かに存在感を放っていた。

 

「それぞれに特性があり使用目的こそ同じだが、それ以外は異なると言っていい。例えば劉が使う大剣は振り下ろしの一撃は強く飛竜でさえ一撃で仕留めることができる。対し、片手剣は一撃が軽く何度も斬りつけねば殺すことはできない。だが、その代り軽いために取り回しに長けている」

 

 劉と和也がそれぞれ得物を振るった。劉は袈裟切りに一度、和也は目の前の敵を何度も斬りつけるかのように。大剣が空気を割る轟音と片手剣が空気を切り裂く風切音が響く。

 

 

「槍と弓はどちらも距離を取って戦う武器だ。相手は攻撃できない距離から攻撃して仕留める。一撃は片手剣よりも軽いがその代り安全性が高い」

 

 和也が今度は槍を手に持ち取回した。扱いに慣れていないために片手剣に比べれば大分ぎこちなくそれを自覚できる分気恥ずかしさもある。しかし武器の特徴の説明という程度ならば十分だろうと誤魔化した。

 

 紅呉の里にある槍はゲームに於けるランスとは別物だ。

 ゲームに於けるランスとは主に中世ヨーロッパで使われた武器であり柄の先を円錐状にした突くための武器だ。取り回しの良さより一撃の重さと安全性を持った武器であり、鎧と盾でがちがちに防御を固めた重歩兵用の武器といえよう。

 対し紅呉の里にある槍は木製の柄の先に飛竜や牙獣種の骨を加工して作った物であり、突いて斬って薙ぎ払いができる使い勝手の良さがある。だが柄が木製である分丈夫さに欠け、硬い外殻を持つ飛竜種を突こうものなら柄の部分から折れてしまうだろう。

 紅呉の里にある武器はモンスターと戦うことを想定したものだ。では何故そんな丈夫さに欠ける武器を使っているのか。その答えは単純に素材不足である。

 

「弓については後で見せよう。ただどちらも丈夫さにやや欠ける節がある。弓は弓自体の強度はともかく矢はただの木材、槍も柄の部分は木でしかないからな。牙獣種や鳥竜種程度ならばともかく、飛竜相手にするには心もとないがな」

「つまり、飛竜相手に安全を保って戦うことはできないということでしょうか」

「いや、そんなことはない。あくまでも現状ではだ。丈夫さという点で十分な槍や矢ができれば何も問題はない。特に槍の方は考案はある。ただ素材が無いためにできないだけだ」

 例えば金属製の矢ができれば。例えばモンスター素材の矢ができれば。矢の丈夫さは十分すぎるほどになるだろう。それを飛ばせるのか、扱えるのかという疑問は残るがそれはうまくバランスを取るしかない。

 槍もまた、ゲームと同じランスを想定したものを既に竜じいに話してある。きちんと素材が手に入れば作ることは可能だろう。

 

 

「狩りをするのに安全なんて考えるなら行かない方がいいだろ。何言ってんだ?」

「いや、安全を保てるのならそれに越したことは無いだろ?」

 

 和也の説明からか質問からか、生徒二人が言い合いとなった。どちらも嫌味や皮肉のような意味合いはなく純粋な考え故のもののようだが、それ故に自分の考えが正しいと譲るつもりはないようだ。自然二人は視線を集め、その二人の視線は和也に向けられる。

 

「あー……現状だと危険の方が大きいな。安全性を保ちたいのなら狩りに出ない方がいい」

 

 ほれみろと言わんばかりの顔をする者が一名。それを見て少々悔しそうな顔をする者が一名。妙に張りあっていたが元々関係がある二人なのかもしれない。白鳳村の人なので、和也はあまり知らないのだが。

 苦笑しながらけれど、とつけて言葉を続ける。

 

「ただ安全性を狙うと言うのは間違っていない。例えばブルファンゴは過去に土爆弾で罠を仕掛け狩られたことがある。直接戦闘せずに仕留められるのならそれが一番だ。戦闘する場合も遠くから仕留められるのならやはりそれがいい」

「えっと……結局どっちなんですか?」

 

 どちらの意見も肯定するような和也の言葉に二人が疑問を投げかける。ひよった意見を言っていると取られたわけではないようだが、それでもどちらが正しいのか結論を出さねば気が済まないのだろう。

 しかしこういったことにどちらが正しい、などということは難しい。むしろ敢えて言うならどちらも間違いだ。安全性は高く保ち、かつ命を容易く捨てられるような無謀とも言える勇気もまた必要なのだから。

 だがそれでは議論が終わらない。どちらも否定するのではなく受け入れて終わりを示すことにした。

 

「どちらも正しい。どうしても命を掛けないといけない箇所は出てくる。だけど安全を考えないといけない。まあこの辺は考え方次第だな」

 

 これで納得してくれたのかはわからないが、和也に言わせればこうとしか言えなかった。一応二人も言い合いをやめてはくれたのでそれで終わりとする。

 簡単なレベルでではあるが武器の説明も終えた。あとは武器の扱いに慣れることだ。武器を取り扱うことができれば狩りへ行くことはとりあえずはできる。

 白鳳村でのティガレックスとナルガクルガの狩りの時も土爆弾の投擲について多少練習した程度だ。その時の経験――紅呉の里でも同様の練習はしている――を考えれば土爆弾とその他の武器を使ってブルファンゴやモスの狩りへぐらいは出れそうである。

 

(怪我させないようにしたいけど……最悪それは我慢してもらう。狩りに行く前にその覚悟ぐらいは聞いておけばいいだろう。ないのなら調薬の実習ということで里に残ってもらってもいいし。――さーて、現状はひとまずよし、あとはどうなるかな)

 

 和也に教師の経験はなく、それを夢見たこともない。故に今上手くいっているかどうかなど自分の推測と思い込みだけだ。だがそれでも上手くいっているように見えるのだから一先ずは良しとしようと思った。

 紅呉の里と白鳳村の未来を変える留学はまだ始まったばかりである。これからの彼らの活躍に期待しよう――。

 

 

 

 ちなみに。

 

「ニャニャニャ!!! どっからでもかかってこいにゃ!!!」

「ねえねえ、回復薬にハチミツ入れると効果が上がるということはハチミツにもアオキノコみたいに強化する効果があるのかな。なら他の薬にも量を変えて試してみたいんだけどいい?」

 

 この日の授業で最も活躍したのは、成人用にと用意された槍を危なげなく振るう白い猫と、調合に強い興味を示しマッドサイエンティストにさえなりかねないほどの研究欲を見せた黒い猫である。槍は最も小さいものだし、猫人は元々好奇心が旺盛だということもあるが……紅呉の里と白鳳村にはもっと頑張ってもらいたいものである。

 

 

 


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