モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第24話 訓練を開始した

 紅呉の里の入り口は決して人にやさしくできていない。入り口とは玄関であり即ち訪れる箇所だ。よってここを人に優しくしていないということは来るものを拒むという意思の表れだと言える。

 しかし、紅呉の里に於いて拒んでいる対象は人ではなくモンスターだ。里の敷地の中でさえ木々を配し里の存在そのものを隠している。結果里村というよりも森の中に民家が建っているようなものになっており、畑などを作る都合上開かれた土地は存在するが、その割合は通常の里村よりも著しく少ない。そうして里を守っているのだから、入り口が放置されているはずがない。

 堀を大きく作り、跳ね橋を用意する。杭の敷かれた落とし穴を作る。歩いただけで罠にかかるよう仕掛けを作る。見晴らしが悪くなることなど承知で里を隠す様に木を配す。上空からも前方からも里は発見しづらい様にされているのだ。

 そうした壁のような役割を持つ木々、それを避けて通るものを落とす落とし穴など、正しいルートを通らねば罠にかかる。その意味ではレイナが最初訪れた時、森の中で出会えたことは本当に運がよかったのである。

 

 

 尤も、和也が来る前までは堀と木々だけで落とし穴やブービートラップは存在しなかったのだが。

 

 

 とかく、里の入り口はそうした防衛機構を兼ね備えているので人が集まるべき場所ではない。しかし和也は敢えてその場を確認場所とした。出る直前で最後の確認をしたかったということと、それらとの関わりが少ない人でもいかにして普段守られているのかを正確に把握させたかったからだ。

 今日は座学をした次の日。実習をする日だ。モンスターと直接相対し、武器やアイテムを使って狩りをする――ということを想定した野外探索である。

 

 

 

 

 

「もう一度言うがくれぐれも単独行動はとるな。三人一組で行動し、何か異常があれば一人が速やかに連絡。自分たちだけの問題だと思わないこと。それを忘れるな」

 

 生徒たちを前にして和也の指示が飛ぶ。児童の遠足の先生のような言い方だが、あらゆる意味で和也はそのような立場である。隣では威圧するように劉が仁王立ちしているが和也のそれが終わるのと同時に頷いた。

 彼らに背を向けるようにして少しだけ距離を取った。

 

「これだけ言っておけば大丈夫じゃないか?」

「そう思うがな。何が起こるかはわからん。備えはしっかりしておかないと」

 

 もはやいつものことだとさえ言えるが劉は楽観的思考だ。どちらかというと常に何とかなるだろうという考えがある。そうした彼の考えは準備や議論よりも実践を重くとらえる傾向にある。

 対し和也は悲観的思考だ。何とかならないかもしれないで考え続け行動を縛ってしまうのが和也だ。悪くなる可能性を考え、そのための保険を考える。

 二人とも常にそうあり続けるほど極端な人間ではない。しかし二人の捉え方の大体はそうしたものである。ふと、和也の脳裏に凸凹コンビと言われたことが思い出された。

 

「まあ備えは大事だしなあ。俺も昨日は役に立てなかったし、今日はしっかり頑張らねえとな」

 

 今回は、というより狩りについてはほとんどなのだが、劉が和也の意見に折れる結果となった。劉自身が既に準備の大切さを理解しているということも起因している。

 特別議論することなく話が通ったことに信頼感を感じ――ふと気づいた。

 

「というかお前、昨日はほとんど寝てたじゃねーか」

 

 つい口を尖らせてしまう。前日の劉は座学の授業をほとんど寝て過ごしたのである。武器の取り扱いの際はさすがに実演することもあって起きていたが、小難しい話は御免だとばかりに眠っていた男だ。役に立ってないどころの話ではない。

 

「まあまあ。とりあえず和也は先頭で指導、俺らは後方で列に逸脱が無いか確認する。これでいいんだよな?」

「――ああ。後になると別行動もするつもりだが、まあ最初のうちはな。後半は別れて監視役になる」

 

 任せろなどという劉にため息をついてやりたくなる和也。暢気に言っているが本当に大丈夫なのかと不安にさえなる。それを大丈夫だろうと容易く拭い去れるのは今までの信頼があるからに他ならない。同時に、何も言う気になれないのも今までの信頼の結果――である。

 

「あの、和也さん、連絡終わりました」

「ん、レイナ、お疲れ様」

 

 いつの間にやら後ろに立っていたレイナ。彼女は孝元の所にこれから出るということを連絡してきたところである。外に出るということ自体は伝えてあるため連絡はなくともよかったのだが、レイナの手が空いていたので連絡を頼んでいたのだ。というのも――

 

「あのう……どうして私もその監督役なのでしょうか……」

「ああ、聞いてたのか。白鳳村の人達と知り合いだからまとめやすいとか俺らが一番見知っているとかいろいろ理由はあるけど、一番の理由はギギネブラの時の行軍経験だな。俺達も連携が取りやすい」

 

 そう、レイナは今回の実習は生徒側ではなく教師側の枠組みである。座学で学ぶ知識はレイナも知らないことも多いが、モンスターと実際に相対した時の恐怖、モンスターを探す際に注意すること、出会った時の対処。そうしたことはギギネブラの際にレイナには話し経験している。人手不足のこともあり、レイナには教える側に回ってもらっていたのだ。事実、これから外へ出るというのにレイナは緊張と落ち着きの中間を保っている。

 そうした理由があって和也はレイナに教師役を頼んだのだが、それらは全て和也の都合である。もしかして拙かったのかと今更になって気づいた。

 

「レイナ、もしかして嫌だったのか? 何なら断ってくれてもいいんだ――」

「い、いえ! そういう訳ではないのです。ただ私にそんな大役が務まるのかと思ったので……」

 

 しかしそれはどうやら杞憂だったようだ。言い被せて否定するところを見るに嫌なのではなく、不安なだけなのだろう。必要なことは背中を押すことだ。

 

「まあ、あまり難しく考えないでくれ。十分に教えてから行動に移すつもりだし、皆自分の命がかかってるんだ。勝手な行動は慎む……と期待したい」

 

 安心させるようにと言っていた言葉が、出始めとは正反対にしぼんでいった。和也の目は隣の男を捉え、誰が原因なのかは明らかである。

 かつて、自分の命を蔑にする勝手な行動をとった男。果たして大丈夫なのだろうかといまさら不安になってきてしまった。

 和也の視線と言葉の意味がわかったのだろう。劉は乾いた笑いを浮かべる。

 

「あはは……まあ大丈夫だって、きっと。ほら、ヤマトたちだってリオレウスの時の経験があるし、白鳳村の人もギギネブラやらティガレックスやらあったんだし。その経験に和也の教えが加わってるんだから大丈夫だって」

「だ、だといいのですが……」

「俺もなんか不安になってきた……」

 

 劉を育てた里だ。同じような行動をとる人間はいるのではないのだろうか。レイナもまた白鳳村の人々に不安でもあるのか、心配を加速させる結果となったようだ。そのままでは役目を下りたり中止さえ訴えかねないことになったかもしれないが、それ以上不安が煽られる前にリンとヨウがやってきた。

 

「和也、皆準備できたって」

「いつでもいけるにゃ」

 

 使うつもりなどほとんどないが非常用のアイテムと、獲物を獲った場合の持ち帰り用の台車。その準備を生徒たちにやらせリンとヨウに確認を頼んでいたのだが、こうしてきたことも言葉の意味からも分かるように無事終わったようである。

 いつまでも不安に駆られているわけにはいかないと和也は心中のそれをみて見ぬふりをすることにした(断ち切った)。

 

 

「よし、じゃあそろそろ出発しよう。リンとヨウは他の猫人二人と協力して遊撃役だからな。もしかしたら一番大変な仕事かもしれない。頑張ってくれよ?」

「まっかせろにゃ! 僕が大船に乗せてやるにゃ!」

「任せて」

 

 いつかの間違いの様に泥舟とか言いだされないことにほっとする。これ以上不安を煽られたくない。リンは気持ちレイナの方を向いているような気がするのだが、とやかく言うことでもないだろう。

 

 今回の実習に参加しない人は4人。レイナを除いた27人が里の外に同時に出る生徒たちである。考えるほどに不安になるそれを無視し、一行は里を後にした。

 

 

 里を出て10分ほど歩いたのち、一行は森の中にいた。かつては牙獣種が我が物顔で歩いていたこの森も、今では探してもなかなか見つからないほど物静かになっている。獣の足音も鳥のさえずりも消えた森が、今はにわかに騒がしくなっていた。

 森の中は危険か安全かで言えば安全だと言える。確かに地面に落ちた枝や伸びた草葉が肌を荒し、滑る地面や硬い樹木は凶器へと変わることもあるだろう。しかしそれらを危険かもしれないということさえ把握しているのなら、この程度は危険とは呼べない。危険とはモンスターに対して使うべき言葉である。そこまで言うかどうかはさておき、モンスターが跋扈している時から食糧や水を求めて森へとは入っていたのだ。彼らの脅威が消えた今、森は安全だと言えよう。

 

 しかし和也はその森を顰め面で歩いていた。理由は単純にその危険への捉え方が原因だった。

 

 

 

(確かにモンスターは今はいないが消えたわけじゃないんだ。なのに騒いで……ピクニック気分かよ……)

 

 決して大口を開けて笑っているわけでも姦しい悲鳴を上げているわけでもない。ただ、声を噤むということを忘れているだけだ。

 だがそれが和也には許しがたかった。火急の危険はなくともリスクが全て消え去ったわけではない。何が起きるかわからない森の中を警戒をせずに歩くなど火山の火口に飛び込むようなものだ。

 

 

(――仕方ないか。モンスターとの遭遇が消えて一年近く経つ。それに出会っても何とかなるだろうと思えば気も緩むか。けど、絶対に大丈夫ってわけでもない……)

 

 

 最後にモンスターと遭遇、発見ではなく遭遇があったのは果たしていつのことだったか。少なくとも三か月は前の話だろう。探しても出会えないモンスターは、ただうろついているだけの時に出会う可能性は極端に低くなる。警戒せずとも出会うことが無い。飛竜含めたモンスターへの警戒が薄れた理由はそこにある。

 しかもモンスターと出会っても対処可能だということを誰もが知っている。出会って、そこから逃げることができれば後は狩りをするだけなのだ。相手も警戒している以上遭遇の可能性が低い上に、遭遇しても対処可能。この純然たる事実が人々から警戒心を拭い取った。

 

 

 だが、それは安全が保障されているという訳ではない。およそ事故と付くものが無くなったことはない。事故直後は誰もが警戒をするが、その警戒はいずれ薄れる。そうしてまた繰り返される。同じことは紅呉の里でも想像されるだろう。

 天災は忘れた頃にやってくる。物理学者にして随筆者である寺田寅彦氏のこの言葉は有名であろう。警戒を忘れ油断した時、それこそが最も危ない時なのだ。和也や劉も歩けばすぐにブルファンゴやランポスと遭遇したときに比べれば大分落ち着き気を緩ませている。だが、それはあくまでその時に比べての話。普段と同じ程度の、里の中にいる時程度の警戒にまでは落としていない。

 

(要は線引きの問題なんだよな……。これぐらいは大丈夫、これぐらいはダメっていうのがわかってない。けどこれは感覚的なものもあるしうまく説明できそうにねえな……。慣れるしかないか……?)

 

 結局のところ、油断をすることも警戒することも人の学習の結果に過ぎない。劉とて今は十分に警戒しているが、初めの頃は警戒が不十分なときも何度もあった。それは和也とて同じ。誰もが最初は初心者である。

 

 

(つまり、今はどうしようもないか。まあ放置するわけにはいかないしなんとか気を引き締めねえと……、っと)

 

 追々慣れていくしかないと諦めることにし、せめて今は引き締めるだけに留める。その為に何か都合のいいものはないかと軽く探した程度だったが、和也の目にこれ以上は見込めないであろうものが入った。異臭を放つこげ茶色のそれは生き物の糞だ。無意識のうちに口元へと行く手をそのまま空高くへと突き挙げる。

 

「モンスター、おそらくは牙獣種の糞だ。足跡から見てもわかるだろうが少なくとも二頭、複数いるとみていいな」

 

 草と土に隠しているようだが、探しているのなら見つけるのは難でもないという程度、そこにあったモンスターの糞は大きなものが一つしかないが、屯でもしていたのか近くには足跡が数個見つかった。一頭が動き回ってつけた足跡という可能性もなくはないが、その可能性を考慮するよりは複数いる可能性を考えた方がリスク管理も実現可能性もいい。

 今までモンスターの影すら見つからないという状態だったのがこうして糞と足跡が見つかった。モンスターが近くにいる可能性という物を現実的にとらえたのか、生徒たちの顔に緊張が奔る。

 

「一頭だけならばたいした問題じゃないが、二頭いるのなら厳しいな。一頭を相手していたら横や後ろから突進されるかもしれない」

 

 緊張を孕んだ生徒たちにこれ幸いとばかりに和也は追い打ちをかける。気を引き締めるための良い材料と判断したのだ。もちろんこれは脅しであるが、同時に起こりうることとして捉えねばならないことでもある。

 

「それにこうしている間にも横から来るという可能性だってある。劉に体当たりされて踏ん張れるやつはいるか? できないのならブルファンゴの突進にだって耐えられると思うなよ。それで死ななくても怪我をして行動不能、そのまままた喰らえば死ぬかもな」

 

 さらに追撃。現実的に起こりうることなのだとはっきり認識できている内に教え込む。一度でも攻撃をされればそれが死へとつながる可能性もあるということを正しく認識させる。

 

「さ、行くぞ。ブルファンゴの糞はまだ乾燥していない。近くにいるのかもな。余計なことは喋るなよ、敵に位置を教えるだけだ」

 

 適当に恐怖を掻き立てた後、それを投げ捨てるかのように和也はこともなげに言い放った。それを実は安全なんじゃないかと取るか、無関心と取るかは人それぞれだろう。だが、いざという時に人に守ってもらえるなどと盲信できる人間は実はそういない。それ故に全ての生徒が黙りこくり、うち一部は吐きそうなほどに顔色を悪くしていた。

 

(極端だな。ここまでだんまりになるとは。気が緩んでいるのは想像力の欠如が原因か?)

 

 こうして森に出る前にその覚悟は尋ねてある。ならば既に恐怖などという物はある程度払しょくされているかのようにも思えるだろう。しかし、現実はそうではない。危険が目の前にまで迫っているのにそれに気が付かないということはしばしば起こるものだ。

 

 

 人の判断基準は総じて相対的なものだ。ブルファンゴが出てきても倒せるのなら攻撃されても大丈夫なのかもしれないという印象さえ生まれてしまう。

 現実にはそんなことはない。和也も攻撃を受けずに倒すことを最上としている。劉の体当たりよりブルファンゴの突進の方が上だと暗に示したことで、生徒たちは危険の一端を認識することができていた。

 実に悲しむべきは強弱こそあれどそれまでの呑気な危機管理だろうが。

 

 

(怪我させないように――なんて考える必要はないかもな。というよりもむしろ――)

 

 わざと危険に近寄らせて危険を教えるか?

 

 そんな思考を浮かべた。

 

 例えそれで1人が死のうとも、その結果99人が危険を認識すればその後は死傷者は生まれにくい。何もしなければ危機管理を誤った10人ほどが死ぬかもしれない。結果としてその方がいいのであれば――和也の思考はそうしたものだ。

 しかしその思考は育てられぬうちに断ち切られた。いくら命が容易く消し飛ぶ世界といえど、いやだからこそというべきか、わかっている危険に向かわせるような真似はさせたくない。それができるほど、和也の心は冷たくもない。

 

(まだ、まだだ。後々それは必要になるかもしれねえけど……今はまだだ)

 

 ずっと続くのなら一芝居売ってでも。そう心の底程度の意識が決めた辺りで和也の視界に青い線が入った。

 

「水辺、だ。人に限らずモンスターも生きるのには水が必要だ。だからこの周辺にもモンスターがいるかもしれない。ひとまずここで水を補給、後に周辺の探索をする」

 

 川を基点とした捜索は和也や劉も普段からやっているものだ。近くに川がなく、迷った時の目印としてもわかりやすいということもある。源流からそれた小さな、川と呼ぶのもおこがましいような流れならばいくつかあるが、橋などが必要な程度の川はこれしかない。ちなみに台車などがある時は、もっと上流の浅い部分を無理やりに渡っている。

 

 

「これから班分けして捜索する。最初に言ったように何かあったらすぐに一人が連絡に走るように。少しの油断で命が容易く消し飛ぶことを忘れるな。それじゃあ、始め!」

 

 

 

 

 水辺を基点とした捜索を始めてからおおよそ一時間。和也はそのほとりで石に腰掛け劉を待っていた。和也が監督をしていた半は既に捜索を終えて待機、レイナも同様であり後は劉を待つのみとなっていた。

 既に予定していた時間は過ぎている。時計などわかりやすいものはないので太陽を目印にした大雑把なものだが、それでも今まで大体は問題なかったのだ。今日に限って間違えているという可能性よりは何かあったという可能性を捕えるべきかもしれない。

 

 しかし和也もレイナも実は予定よりはやや遅れてしまった。モンスターとの遭遇こそなかったのだが、緊張のあまり怪我やらなんでもない風による草の揺れをモンスターと勘違いしてパニックになったりだとか。モンスターを倒す手段を人は手に入れたと言っても、それを正しく実行できねば意味はない。緊張でうまく体が動かないことと煽られていた死の恐怖がパニックの原因だ。

 

 そうしたハプニングがあって、和也もレイナも予定よりは遅れた。つまり、劉もそれが同様であるという可能性を考えている。

 

(まあ、あんまり遅いようなら行かないとだ……けどリンもヨウも戻ってきてねえ。劉の近くにいて何かがあったっていうならこっちに誰か連絡は来てるはず……。まさか前の時の様に二匹いる……? 馬鹿な。ここしばらく見ていなかったのがいきなり活性化するはずがない)

 

 人が大勢訪れたことによる興奮など原因として考えられることはある。しかし、武装した劉やリンが対処できないほどの敵が沢山、ということは考えづらい。

 それでももしかしたらという思いはあるが、もし連絡に来たらと思うとこの場を動くわけにもいかなかった。

 

 

 あまりにも遅いのならいかないといけないだろうか。それを悩んでいる所にようやく劉は戻ってきた。リンやヨウも連れて、妙に苦笑して。

 

「あー……、一応報告する。途中一つの班からモンスターに襲われたと連絡を受けた」

「何っ!?」

 

 戻ってきてそうそうの爆弾に驚かされる。モンスターとの遭遇事態は想定していなかったわけではないのだが、それでも劉が遅かったことも合わせて悪い想像が頭をよぎる。

 それで口を開こうとするも劉は機先を制した。

 

「待ってくれ。別にまずいことがあったってほどじゃない。というか、俺が行った頃にはもう問題は片付いていた。いや、というより、最初からなかったと言うべきか……」

「なんだ、煮え切らないな。はっきり言ってくれ」

 

 和也がそれを言うや否や、劉はさっと渋面をする。とはいえ、想定はしていたのだろう、浮かんだと思えばすぐにそれは消えていた。

 はああ、とため息をつくとじゃあいうぞと前置きを置いて劉はそれを言った。

 

「一言でいえば悪ふざけだ。悪気があったようじゃないみたいなんだが、あまりにも緊張をしているから紛らわせようとしたらしい。それが想定以上の効果があったみたいだけどな」

「――は?」

 

 話をさらに詳しく聞くと、だ。

 まず劉はやや離れた場所から悲鳴を聞いた。それで拙いことでも起きたかとそちらに向かっている途中、班の一人と思しき青年からモンスターに襲われたと連絡を受けた。この時点で劉は大剣を抜き共にいたヨウ共々現場へと向かった。すると……、悲鳴を上げて泣きじゃくる少女と、彼女をあやしながら劉に気付いてばつが悪そうにする少年がいたそうだ。

 

 

「ほら、リオレウスの時に狩りに参加したレンジでな。あまり緊張が過ぎると危ないと思ってのことらしいんだ。驚かせて、それで緊張をほぐそうとして……まあさっきも言ったが失敗した」

「え、え……ええー…………」

 

 話を詳しく聞いてもそれしか言えなかった。というのも、驚かせる、わざと危険な目に合わせるという芝居を打つという意味では和也がやろうとしていたことそのままだ。和也は現代知識で学んだ心理学――子供のお遊び程度だが――に基づいてもう少し、ほんのもう少しだけうまくやれるかもしれない。しれないが、自分と同じことをやろうとしていたと気付くと怒るに怒れなかった。

 

「ああ、なんだ、その……」

「いや、別に、その、な。俺も怒っているわけじゃなくてだな。というか俺もレイナの方でも似たようなことはあったし……」

 

 さすがに大きな悲鳴を上げて連絡に来たようなことはなかったが。パニックになった少女も、同じ班がうまく落ち着かせて事後報告程度のものであった為、劉のこれは今回一番大きな問題だ。しかし、五十歩百歩という程度である。

 和也ではなくレイナに焦点を当てても同じだ。何もないところで転んだものやら、川を見失って迷子になった班やら、小突き合いをして喧嘩になりかけた班やら、問題を起こさなかった班がない。

 全員が視線を一致させ、誰からともなくため息をついた。

 

「私、こんなに大変だとは思いませんでした……」

「右に同じ……」

 

 レイナと劉がぼやく。その視線はどこか和也を恨みがましげだ。

 

「はは……その辺は俺も同じだっての……。緊張しすぎが原因なんだろうなあ」

「緊張か……。悪いことじゃないんだけどな」

 

 リラックスしすぎているよりは適度に緊張している方がいい。それを言外に劉は零す。

 過ぎたるは及ばざるがごとし。何事も行き過ぎはダメなのだ。

 

「にゃあ……これ、次もやるのかニャ……」

 

 ヨウがぼやいたそれはまたこうした実習をやるのかということだろう。劉と共に悲鳴とパニックになった班に向かった分、ヨウの疲れもひとしおだ。リンやその他猫人は悲鳴を聞いて向かいはしたが、着くころには完全に落ち着いていたそうだ。その程度の無駄足はずっとだったので大して気にしてもいない様である。

 

「できれば……やりたくない」

 

 だが、それはあくまでもその事件に関しては、だ。むしろ、いちいち呼ばれては無駄足でしたを毎回繰り返したぶん、猫人達は皆疲れ切っている。

 

 

「慣れるしかないからなあ……。本当言うとやるしかないんだが……やりたくねえなあ……」

 

 

 はあああ、と全員がため息をついた。

 

 せめて回数を減らすなり、時間を短くするなり楽にする方法なりを考えた方がいい。この日はそれで終えたのであった。

 

 

 


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