モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

27 / 33
第25話 モノ作り

 太陽が己が役目を終え最後に空を柑子色に染める頃。紅呉の里の中でもひときわ大きな建物の中では未だ住人は役目を終えず働きぶりを見せていた。

 今にも死にそうな呻き声が時折漏れる室内で、暗い光の少ない中を働く少女はただ目を皿のようにして、目の前にあるそれだけを見つめていた。やがて、満足いったように声を漏らす。

 

 

 

「薬草の粉末を10杯、アオキノコの粉末を10杯、そこにハチミツを4杯混ぜて……」

 

 すり鉢の中でに入った緑と青の粉末を混ぜ橙色の液を投入する。少女がしたことはそれだけである。しかし、慣れない仕事は確認を繰り返させ、同時に投入量が多量にあることが更に確認を助長させていた。もしも慣れさえあれば、少女の雰囲気はマッドサイエンティスト然としたものから近所の買い物へと出かける主婦のように変化していただろう。

 投入された液体は緩やかに二つの粉末に染み込み水気のない粉に粘りを与えた。それを見届けた少女は次の行程へと移る。

 

「水を投入、よく混ぜる。その後ハチミツを1杯投入して撹拌。これをハチミツが合計10杯になるまで繰り返す……」

 

 彼女が作っているものは薬草とアオキノコということからもわかるように回復薬である。ハチミツが混ぜてあるが、大きな効果はなく回復薬グレートとは呼べないレベルのものだ。しかしただ薬草とアオキノコを混ぜるよりは回復量も増すので投入している。

 

 レイナが今いる場所は紅呉の里の工房。状況からもわかるように彼女は今調薬に勤しんでいる。元々そうした知識を持っていたわけではないが、教えを受けて今は一人で作っている所である。もちろん、レシピを見ながらではあるが。

 一つ調薬が完了したことでレイナは新しい物へと目を移した。

 

「ふう……。えっと、こっちは乾燥させたマヒダケの粉末を火薬草で軽く熱して……その後でねむり草と混ぜる……。その後は……水で溶いた苦虫を投入してすり潰す……」

 

 紅呉の里オリジナル、というよりこの世界オリジナルの漢方薬である。漢方薬はもとより毒を以て毒を制すもの。材料に使っている組み合わせが麻酔薬と同じであるが、薬として成り立つのはそれが理由である。

 加えて漢方薬とは本来化学合成ではない生薬であり、効果にばらつきがあるものだ。

 元々ゲームに於ける漢方薬は毒状態の回復と微量の体力回復効果である。この漢方薬は毒などへの耐性を強めることと、体力の微回復、それにスタミナの増強だ。いずれも多分あると言える程度の微量の効果しかない。

 

「最後にアオキノコの粉末を少々……これでおしまい……っと」

 

 完成を迎えて一息つく。集中すると呼吸さえ忘れてしまうということは世界が変わっても変わらないようだ。終わったことに安堵を浮かべ、大きく吸い込んだ息を吐き出した。

 張りつめていたというほどでもないが、決して緩んでもいなかった空気がゆっくりと平素へと戻る。

 少女はゆっくりと手をあげ、完成したはずのそれの淵に指を伸ばした。ゆっくりと撫ぜ我が子を見守る母親の様な慈しむ目をそれに向ける。暫しそうしていたが、カタンと小さな音が鳴ったことで彼女は現実へと引き戻された。

 

「どう? レイナちゃん。調子の方は」

「お絹さん――」

 

 レイナの振りむいた先には微笑みを携えたお絹が立っていた。お絹は工房における責任者のようなものをやっている。最も調薬に対するセンスが良かったから、という至極単純な理由によるものでだ。しかし生来が姉御肌な部分がある彼女はうまく工房をまわしていたと言えよう。

 先ほどまでの姿を目撃されてはいないかとレイナの心が焦る。痴態というほどではないが、見られても何も思わないという訳でもない。彼女の優しげな微笑みに嗜虐的な色が加わったような気がしてレイナの心がさらに焦る。

 

「調子がいいみたいでよかったわ。うちの連中はどいつもこいつもぶっ倒れて……情けないったらありゃないわね」

「あ……あははは……そうですか……? でもこんな時間ですし仕方ないとも思いますけど」

 

 朝から指導を受けていたレイナを含めた生徒たちは当然のごとくグロッキーだ。腕が吊っただの指が痛いだのを呻くその他と違いレイナにはまだ体力が残ってはいる。

 しかしそれは白鳳村で村全体を見て回っていて体力が人よりあるからであり普通の人は倒れていて当然である。そんな批判を暗に込めるもお絹はどこ吹く風だ。

 

「男衆は狩りばっかり考えているみたいだけど実際そんなんじゃ回らないわ。今の需要を満たすためには供給も相応に増やさないと。それで苦労しているのだからあの子曰く因果応報って所じゃないかしら?」

 

 元々が批判されて素直に聞き入れる性格ではないが、加えて和也からの理論武装もある。本人の苛烈な性格に加え既に紅呉の里になくてはならない人物の一人。多くの住人にとって逆らえない女性である。

 情けないと言いながら彼らを見る眼もまた苛烈。どのようにしてさらに追い詰めようかなどと考えているのかもしれない。よく見れば口元や頬の緩みと目の奥の穏やかな光が優しさを携えていることに気付けたかもしれないが……この時それに気づける人はなく。レイナもまた気づくことはなく、静かに彼女の目が自分に向いていないことだけを感謝していた。

 

「さて、それじゃあさっさと起こしましょうか。あんまりのんびりしている暇もないことだし――――どうしたのかしら」

 

 不自然に止まったお絹の言だが、それをレイナが不審に思うことはなかった。歓声としか思えない声が外から聞こえたからだ。

 唐突にさ抉られた会話は戻ることはなく、自然体が外へと通じる扉に向く。

 

「行ってみましょう」

 

 レイナは外へと飛び出した。

 

 

 外に飛び出したレイナは黄昏色に染め上げられる。黄金とも取れる夕日が森の奥に沈もうとしていた。刹那の光が照らす紅呉の里の中心部には人が長い影を落としそれがまるで林のように立っている。

 歓声の主は人だかりの辺りのようだ。そこを目指して駆けよればさっと人が別れ原因の特定もすぐにできる。

 

「ブルファンゴじゃない。どうしたのよ」

 

 レイナのすぐ後を追っていたお絹の声が背中からかかる。彼女の言うとおり人だかりの中心にあったのはブルファンゴだ。もちろん生きていることはなく、既に絶命している。

 そばには解体の準備だろう、ナイフや布が置かれている。包まった布は雑巾と呼ぶにふさわしいもので、いかにもったいないお化けでもこれは文句を言わないであろうものである。

 

「おうお絹。劉の奴が持ち帰ってな。遠征の成果らしい」

 

 そばに突っ立っていた剛二がそれを告げる。

 

「ふう、ん。で、あんたは何してるの?」

「ん、いやな。既に血抜きもしてあるしすぐに解体しないとって程でもない。なら若造共に譲ってやらねば――と思ってな」

「要するに面倒だから若い子に任せるかってことね」

 

 ジロリと射抜くような目が剛二に突き刺さる。その視線に圧され剛二の重心が気持ち下がった。それだけで二人の普段の夫婦としての関係が推し量れるというもの。

 

 

「まあいいわ。それにしても、足手まといを連れて行った割にやるじゃない、坊やも」

 

 生徒たちのことをはっきりと足手まといだと言い捨てるお絹に剛二は顔に乾いた笑いを浮かべた。しかしお絹が今日、和也や劉同様に生徒を並べて調薬をしていたことを知っているので余計なことは言わないと決めた。触らぬ神に祟りなしである。

 

「劉さん、戻られたんですか?」

「ん、おう。あっちにいるはずだ」

 

 そういって剛二が指した先は工房の一画、ただし調薬をしている場所ではなく備蓄庫であるが。どうやらすれ違いになってしまったようである。

 軽く剛二に頭を下げた後レイナは一目散に備蓄庫へと向けて走り出した。後ろで少しだけ、剛二とお絹の頬が緩んだように見えたが割愛する。

 

 元々里自体が広い場所ではない。備蓄庫へとはすぐについた。

 

「劉さんっ」

「おう、レイナ! ただいま」

「ただいまにゃ!」

「おかえりなさい。成果もあったようですがまずはご無事で何より――和也さんは……?」

 

 備蓄庫に飛び込んだレイナを劉とヨウが太陽のような笑顔で迎えた。二人は備蓄庫にいる以上当然であるが、荷物の整理と補充をしていたようだ。

 帰郷を果たした劉と挨拶を交わすレイナだったが、劉もヨウもいるのに和也やリンはいないということに気が付きその顔を曇らせる。

 

「ああ、いや。別に何かあったってわけじゃねえよ。けど今日はちょっと草原の方に残るらしいんだわ。なんでもヴェースギャングというのを作るだとかなんだとか……」

「ヴェ、ヴェースギャングですか……? なんですか、それ?」

「いや、わからん。まあ和也の言うことは時々わからんからな。まあおかしなことにはならないだろう」

 

 言うことが時々理解できないと言いながらもおかしなことにはならないと言えるだけの信頼が伺える発言である。

 和也は現代日本で生きて、語彙文法もそれを由来としている。この世界に於ける言語は皆現代日本語で通じているが、外来語や英語まで通じているわけではなかった。モンスターという単語も、和也が使っている言葉を聞いて使うようになったもの。飛竜や牙獣全てをひっくるめた言葉と認識されている。

 ヴェースギャングをそのまま英語だと捉えるのなら"vase gang"であろう。しかしvaseとは花瓶、gangとは不法集団をさす言葉であり、それを作るだなどと全く意味を理解できない。

 

「ま、まあそれを作るってんで一部同じく残ることを志望した生徒を置いてその他引き連れて帰ってきた。リンも一緒だし大丈夫だろう」

「だ、大丈夫なんですか……? もう暗くなりますし慣れないことは危険だって言ってましたけど……」

「さあなあ……。そもそも朝にはヴェースギャングとやらを作るだなんて聞いてなかったし、たぶん思いつきなんだと思う。色々不安要素はあらあなあ……」

 

 劉の言葉の文字面だけを見れば不安は解消されるどころかむしろ煽られている。けれど、そんな言葉とは裏腹な口調と思いが安心させるものだった。

 続くであろう言葉を待つレイナの顔に揺らぎはない。

 

「まあ、和也なら大丈夫だろう。和也は危険に突っ込むような馬鹿な真似はしないさ」

 

 声色から既にそれは言われていたようなものだ。落ち着かされた心がそれを受け入れて、レイナはただ頷いた。

 

「それに明日になったら俺達ももう一度大草原に行くつもりだ。回復薬とかの備蓄も持っていくし、まあ大丈夫だろうさ」

「あ、でしたら私も――」

 

 共に行きます、と言おうとしてそれが劉に遮られた。

 

「いや、レイナは里に残ってくれ。明日は生徒たちは連れて行かないから、彼らに今日学んだ人たちで調薬を教えてやってくれ」

 

「ちょっと、聞いてないんだけど」

 

 

 唐突に劉の言葉にレイナの声とは違う声で返事があった。尤もレイナの後ろから来たためにレイナは気づけなかったのだろうが、劉は見えていたので驚くことはなかったが。

 

 

「お絹さん、突然声を出すからレイナがびっくりしてますよ?」

「驚いたのはこっちも同じよ。何? 私達でまた明日も教えろって? 偉くなったものね、坊やも」

「す、すみません……。ですが和也も何か考えがあってのことだと思うんです。どうかお願いします」

 

 ばっと劉が頭を下げる。90度の直角のお辞儀である。お絹は一度小さく嘆息し、その後に言った。

 

「わかってるわよ、ただ無茶な要求だって教えてあげたかっただけ。レイナちゃん、明日も忙しくなるわ。今から準備するわよ」

「え、ちょちょっとお絹さ――」

 

 劉に対し両省の意を述べるとレイナの手を引っ張って去って行った。かつて市場へと売られていく子牛のことを歌ったとも、戦場へと連れてゆかれる我が子のことを謳ったとも言われる曲、ドナドナ。もしかしたらそれが流れるかもしれない。そんな鮮やかさだった。

 後に残された劉には乾いた笑いが張り付いていた。

 

「ははは……ま、まあ俺らはきちんと休んでおこう。大草原までの遠出だし体力は十分に必要だ」

「了解ニャ!」

 

 その為に必要な回復薬などの準備を終えて外へと出る。既に空は暗くなっていた。

 

(和也、無事でいろよ……!)

 

 紺色に染まった空を見上げ念う。暗くなった視界は悪くなり、奇襲を受けやすくなってしまう。警戒されていることを考えれば大丈夫かもとも思えるが、劉はその一つだけで楽観視できるほど経験が浅いわけではない。

 

(生徒連れて暗い中、安全なはずがねえよな……。信じるしかねえんだ。無事でいてくれよ……!)

 

 祈ろうが念じようが何かが変わるわけではない。それだけでモンスターを倒せるはずがないことなどだれでも知っている。ただそれでも祈らずにいられなかった。

 聞こえるはずのない剣戟も、見えるはずもない血潮も無視して。劉は休むために家へと向かった。

 

 

 劉が祈ったのと同じ頃。和也たちはまさに戦闘の真っただ中であった。青い斑点模様の鳥竜種に生徒共々囲まれて、爪と牙が振るわれる。生徒たちも負けじと槍を振るうが悲しいかな、近すぎる距離はむしろそのリーチが欠点となってしまう。なんとか距離を取って振るう。それで漸く生き残ることができていた。

 防具こそつけていなかったが生徒たちと違い一年の経験がある和也は獅子奮迅の働きを見せていた。彼が右手を振るうたび、鳥竜種の鮮血が舞い。彼が左手を掲げるたび、敵の攻撃は弾かれた。

 

「ふっ!」

 

 右切り上げを一閃。剣閃に沿って赤い線が生まれる。それに喜びも安堵も抱けぬまま次の敵へと走る。

 

「うわあっ!!」

 

 誰かの悲鳴。槍を手放し左腕の上にランポスの前肢が置かれ、今まさに首に噛みつかれようとしている少年の悲鳴。

 

「ちっ」

 

 走って間に合う距離じゃない。瞬時にそれを察して盾を投げた。形は違えど土爆弾によって鍛えられた投擲の腕は狙いたがわずランポスの頭へと命中する。

 一匹目は凌いだ。しかし恐怖からか安堵からか少年の動きは精彩さが無縁なもの。すぐに次のランポスがやってくる。

 中空で右手の片手剣を左手に渡し。右逆手で腰元の剥ぎ取り用ナイフを取り出した。それを掌の上で回転させて順手に持ちかえる。

 

「――らぁっ!!」

 

 一振りで二閃。両の手が敵を切り裂いた。

 

「拾え!」

 

 少年に盾を持たせ、それを背にして守るように立つ。尚も向かってくる敵。両の武器をそのままに両の手が振るわれる。イメージしたものは鬼人状態の乱舞。武器をただ滅茶苦茶に振るうだけのはずだった動きがそのイメージによって舞いへと変わる。

 近づくものは切り裂く。命惜しくば逃げうせろ。無言のメッセージを受けて残ったランポスたちは背を返して逃げ出した。

 

 

 

「ぜえーっ…………。ふう……お前ら無事か?」

「なんとか……」

「死ぬかと思った、死ぬかと思った……」

「す、すみません、助けてもらって……」

「疲れた」

 

 息も絶え絶えに返事をする生徒たち。一言だけのリンは疲れてはいるものの落ち着いている。やはり慣れだろう。

 

「っし、すぐにそこに防御壁を作ろう。その後で洞窟に……っ……洞窟に避難して休む」

 

 

 

 

 彼らがいまいる場所は大草原の東の一画だ。南へと通じているのであろう洞窟と、同じく南へと流れてゆく小川があり狩りの拠点とするにはもってこいの場所である。

 遠征をするうえで最も恐ろしいのは見知らぬ土地で獲物を引っ提げて野宿することだ。警戒をしなければならず休まることはなく、獲物を持っている為に常に危険。その危険を避けるために必要なものは遠征用の拠点、すなわちベースキャンプである。

 ゲームに於いて当たり前にあったコレだが、当然そんなものはあるわけない。今まで和也も深く気にしてはいなかったが、モンスターに警戒されて遠征がこれから増えるであろうということ、白鳳村含め狩りに参加する人が増えるということなどの理由、そして偶然見つけたベースキャンプに適した土地。これらが相まってほぼ思いつきの行動をすることになったのだ。今は後悔もしているが。

 

(まあ、ハンターとして必要なものは慣れと経験と考えれば、こいつらにこうして経験を詰ませるというのは悪くないんだが……けどやっぱり思いつきはダメだな)

 

 先ほどのランポスに囲まれたことを思えば特別問題ないなどとはとても言えない。防御壁を作った後なんとか洞窟までたどり着くことができて改めて思う。

 和也たちが半日かけたおかげで、この土地は今洞窟の前にはやや広い広場、その先は丸太や落とし穴などがあり出入りが可能な道は二つしかない。今その二つにも防御壁を用意しモンスターの侵入を難しくしたところだ。絶対安全とは言えないが、しないよりは確実にマシである。

 

 ふう、と安心できる環境になったことで和也含めそこにいた全員に落ち着きと恐怖と、封じ込めていた感情の全てが帰ってくる。戦闘中に余計な感情に振り回されないよう、人の防衛本能だろうが後で纏めて圧し掛かるのはそれはそれで苦しいものだ。

 幸いにも生徒たちにあったのは恐怖よりも興奮と安堵のようだ。顔は上気し、生き残った喜びとモンスターを屠ることができた嬉しさを噛みしめて讃えあっている。

 

「あとあれだ、和也さんの最後のあれ! 鬼神の如き働きってのはああいうことを言うんだろうな!」

「ああ、あれはすごかった!」

(あれ……ねえ……)

 

 好奇と尊敬の目が突き刺さる。今まで見せたことの無い動きだから余計にだろう。和也自身、できるという自信があってやったことでもなかった。それでもできたのは――やはり一重にゲームの経験だろう。

 和也のゲーム時代における愛用武器は双剣だった。ゲームの経験が活きて今まで生きることができた。その上で言うのならゲームにできる限り近づけて生きる方がいいのかもしれない。だがそれを今までしなかったのはゲームがゲームであるが所以だった。

 プレイスタイルは攻撃は最大の防御。回復薬があるということは攻撃を受けても大丈夫という意味、三回死んだらクエスト失敗ということは二回までなら死んでもいいという意味。それが和也のプレイスタイルだ。

 

(無理だな。あれをまたやれとか。他の奴にも教えたくないわ……)

 

 和也に言わせれば双剣を使うなど命知らずだ。安全に戦いたいのなら片手剣を使えばいい。防御よりも攻撃を重視した結果が二刀持ちなのだ。ゲームとは違うやり直しがきかない世界、そこでそんな戦い方はできるはずも教えられるはずもない。

 

「あれは忘れろ……。俺も咄嗟のことだったし再現できそうにねえわ」

 

 あり得ない。そんな拒絶の意思も込めてぶっきらぼうに言った。

 

「え……ですが――」

「再現できたとして……やる気はない。あれを飛竜相手にやれるのか、お前ら」

 

 和也の言葉で生徒たちは押し黙った。むしろ、鬼人乱舞など飛竜相手にやるものである。だが繰り替えすがそれをやるのは命知らずだ。飛竜の足元、頭の前で逃げずに武器を振るうことなど。

 片手剣然り、双剣然り。片手で持つことができるこれらの武器は一撃という物に難がある。それを補うためのものが手数であり乱舞である。しかしそれは己の命を捨てる行為とさえ言っていい。飛竜の爪でも牙でも翼でも、なんでも一撃を受けた後すぐに回復できるのか、できたとしてまた戦えるのか。迷わずイエスと答えられない限り、そのような戦い方はすべきではないだろう。

 

 

「ふう。で、お前らの方はどうだ。武器の調子は」

 

 話を変える意味、それとこうして一部に残らせた意味を含めて武器の調子を尋ねる。曲がりなりにも激しい戦闘の後だ、何かしら思うところはあるだろう。

 

「僕は和也さんの武器のような剣の方があっている気がします」

「あー、お前はそうかもなあ」

 

 最初に答えたのは最後、ランポスに襲われていた少年だ。身長150cm代ほどの小柄な少年で槍を渡しても持たされているという印象が全くぬぐえない。小柄で体力もなく、槍を振るうより暗器のような小さな武器の方が適しているのだろう。ランスが完成したとしたら、猶更武器に振り回されることが目に見えている。

 

「俺はこれで良いです」

「俺は……正直弓って奴の方がいいかと思ってます」

 

 次いで、二人が答える。どちらも165cmほどの、少年とも青年とも呼べない年頃の男だ。

 ほとんど同時に答えた二人だが、一人の答えに納得しなかったのか、呆れたような顔をする。

「またかよ……逃げ腰ならやめちまえ」

「誰も怖いだなんて言ってないだろ!」

「怖いだとは――」

 

 ガン! と音が洞窟内で鳴った。金属と鉱物のぶつかり合った音は狭い洞窟内で反響する。それをやった主である和也は武器を叩きつけた格好のまま睨んだ。

 

「うるせえ……、また鳥竜種を呼びたいのか?」

 

「す、すみません……」

「ごめんなさい……」

 

 二人は白鳳村からの生徒である。座学の授業の時も言い合いをしていた二人で、やはり普段からこの調子のようだ。

 元々ベースキャンプつくりの際にランポスに囲まれたのも、和也が防具をつけていなかったとか警戒が緩んでいたとかもあるだろうが、大本はこの二人が騒いだことが原因である。少し、らしくない行動であったが、その程度の威圧を込めた注意は必要でもあった。

 二人が大人しくなったのを見て、一息ついた。同時に、叩きつけた武器が心配になったが、それを確認するのは気恥ずかしさと威厳が台無しなのでやめておいた。

 

「ひとまず弓は帰ったら試せ。悪いがもうしばらく槍で頑張ってみてくれ。意外とコツがつかめるかもしれん。レンジ、お前は?」

「なんでもいけます。というより、今の所これだってものがないですね」

「ふむ、万能でこなせるというのはいいことだが……いっそのこと劉の大剣借りて試してみるか?」

「い、いえ! あれはさすがに……」

 

 まあそうだろうな、と和也は思う。大剣はその大きさゆえに当然重く、振るう際にかかるGは更に大きい。劉も今でこそ振るえているが、最初はまるで鈍器のような扱いだったのだから。栄養ある物を取ることができるようになり、一年前に比べて誰もが体格が健康的によくなっている。しかしそれでも……あれは進んで持ちたい武器ではないだろう。

 

「じゃあレンジはまだ槍を試してみてくれ。様子を見て今後どうするかは決めよう」

「わかりました」

 

 全員の武器の調子を聞いた後で少し見渡してみる。全員疲れが浮かんでおり休みたいという色がありありと見える。それでももし、モンスターに襲われれば戦わねばならないということは理解しているはずだ。全員、ここに残ることを自ら望んだのだから。

 二人組の一人は逃げ腰など揶揄されているが、そもそも本当に逃げ腰ならばここにいるはずがない。少年も小柄な体躯ながら進んで残り戦った。こうして教える立場にたって、未来を憂えてよかったと思える。

 

「よし、しばらくここで休んで明日になったらキャンプ作りの続きだ。見張りは二人一組の三交代でやろう。まずは俺が行くからお前らは休んでおけ」

「和也。僕も行く?」

「いや、リンはまだ休んでくれ。レンジ、お前が来い」

「――了解です」

 

 経験のある和也とリンは別々の方がいいだろう。そう判断して生徒の一人を連れて行くことにする。レンジにしたのはリオレウスの経験がある分、他よりましだろうと思ったからだ。その他三人に比べればまだ疲労の色が薄い。

 

 洞窟を出て入り口にて外を見据える。暗い、暗い見知らぬ土地。それでもこうして成長して前に進んでいることが理解できれば宵闇など恐怖の対象ではないようだ。和也の眼は明るい世界を見続けていた。

 

 

 翌日、劉とヨウが持ってきた回復薬を飲み干した一同は更にキャンプの作成に勤しんだ。完成を迎えたのはそれより3時間後のことであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。