モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第28話 見えないものの探索

 誰も姿を見ていない。けれど増え続けた被害者。姿が無いのだから何も存在しないと無意識に決めつけていたが、逆転の発想が必要だろう。即ち、姿は見えないがいるということだ。

 それがどういうことなのかを話し合うべく、和也と劉は席を設け話し合う。と言っても、モンスターの知識があるのは和也だけなので和也主導のやや一方的なものであるが。

 

「けどよ、誰もモンスターを見ていないんだろ? 本当にいるのか?」

 

 劉は先ずそう問うた。逆転の発想、などと言うが姿が見えないのであればいないと考えるのが当然だ。現代日本でも姿が無いのにいると言われて思い浮かぶのは幽霊の類、つまりオカルトである。和也はオカルト話が嫌いではないが、決して好きでもない。故に和也の説明は根拠あってのものだ。

 

「――早すぎて捕捉できていない、という可能性もある。さらに元々見えにくいとかな」

「そんなやついるのか?」

「ああ。目に見えないほど早いと言えばナルガクルガだろう。覚えているだろう? 白鳳村で戦ったあいつだ。さらにあいつの希少種は夜に溶ける透き通った色をしている……はずだ」

 

 既に一年以上が経ってしまったがために、あまり覚えていないことが増えつつあった。それ故に和也の言葉も断言ではなく、不安の色が顔を出す。知識と言うアドバンテージを失いつつあることには不安が絶えない。

 劉はああーと思い出したことを言葉でも態度でも告げていた。何度か頷いた後、聞いた話を確認するためかそれを口にした。

 

「つまり、和也の推理じゃ敵はそのナルガクルガ希少種。元々見えにくい体をしている上、素早く動くから誰も気付けていないんじゃないか、ということだな」

「――ん、ああ。いくら速く動けて見えにくいと言ってもさすがに誰か気づくんじゃないかとも思うんだが……それ以外の候補が思いつかない。ひとまず、敵はナルガ希少種だと考えよう」

「まあ俺はその敵の正体についてまったく想像がつかねえ状態だ。異存はない」

 

 思い切りのいい言葉に安心して、会話は進む。

 

 

「敵がナルガクルガ希少種だとして、どういう準備が必要だ? いつも通り大タル爆弾と落とし穴で良いのか?」

「そうだな……。いや、今回は痺れ罠も持っていこう」

「痺れ罠?」

「ああ、工房の試作品の一つだ。大型種を対象とし、雷光虫の電撃を使って対象を痺れさせ動きを封じる。お絹さんが言うには試験じゃ上出来だったらしい」

 

 甚く感心した、という顔を劉は見せた。狩りの経験が長い劉はゲームの存在なくとも痺れ罠の有効性に気付いているのだろう。が、その感心を通り越した後、表情を疑問に変える。

 

「なあ、試験って何やったんだ?」

「――聞いてやるな」

 

 紅呉の里では久しくモンスターとの遭遇はない。ブルファンゴやランポスのような小型の牙獣種、鳥竜種でさえ碌に出会えていないのだ。大型種など一年前のナルガクルガとティガレックスを最後に遭遇はない。なのにどうやって試験をやったというのか。

 当然のことだが、試験をやるには対象が必要だ。理論上可能でも実験をしてから結論を出すということが多いように、机上の空論であることを避けることは当然のこと。その試験をもう終えたらしい。対象なしに試験などできるはずがないと言うのに。

 当然の疑問は黙殺によって返される。仕方なしに口を閉じる劉だったが、突如閃いたとばかりにはっと見せる。

 

「まさか……一時期剛二が黒こげになってたのは……」

「――聞くな」

 

 またも黙殺。しかし答えでもある。暫し二人の間に奇妙な沈黙が下りた。表情がありありと、黙祷を語っている。

 

「ある人の偉大な犠牲により痺れ罠の効果はある程度実証された。能力としては大型種に限り一時的に動きを封じることができる」

 

 和也は黙殺をやめた。意味がもうないからである。一応本人の名誉のためにか誰の犠牲なのかは伏せたが何の意味もない行為だ。

 そのようなつもりはなかったのだが、劉は意識をそちらに移す。話は逸れた――というより逸れた話が元に戻った。

 

「ああ、それそれ。さっきも気になったんだが大型種ってのはなんだ? 察するにドスランポスとかは対象外なのか?」

「ああ。平気かもしれねえけどな。お絹さん曰く、人の数倍の大きさのモンスターを対象にするそうだ。そうでないと動きを封じることができないと」

「へえ……。ナルガクルガは……大丈夫か」

「ああ。十分すぎるほどに大きい」

 

 劉の問いに頷いて返す。鳥竜種は小型でも大型でもない、敢えて言うなら中型種といったところか。ゲームであればボスモンスターであり罠にもかかるのだが、試作した痺れ罠の対象となっているかは確かめないとわからない。

 ゲームであれば何気なく使っていた痺れ罠だが、麻痺・雷無効の装備でもなければ電撃は当然それを踏んだ人にもかかる。にも拘らず動けるのは電圧を弄りある程度大型でないと効果が無いようにしているためだ。人には効果なく、モンスターには効果がある。その為には人より数倍程度の大きさを対象とすることが望ましい。

 

「大タル爆弾に罠、回復薬に閃光玉。準備はそんなところか?」

「ああ、そうだな。それに拠点も折角用意したんだし有効に使おう。一度資材はベースキャンプに運び、そこから罠などの用意だ。そうすれば時間をかけて探ることができる」

「時間がかかりそう……ってことだよな」

「ああ。敵がナルガクルガ希少種だとすれば発見は難しいかもしれない。何せ目に見えないのだから。ナルガクルガ希少種じゃなければ正体を探るところから始めることになる。慎重を重ねるぐらいでちょうどいいだろう」

「仕方ない、か。それでも見つからなかった場合はどうする?」

 

 和也は一度考える様子を見せた。しかしすぐに答えを出す。

 

「それならそれでいい……と言いたいところだが現状なにかいるのは間違いない。手がかりが見つかるまで調査だな」

「――了解。長くかかりそうだな」

「ああ。そういう意味でも準備は万端にしておかないとな……」

 

 話を終えた二人はすくっと立ち上がった。外を見る二人の目に写っているのは明るく育った紅呉の里か、それとも遠くにいるであろう飛竜種か。ただ、二人とも無言で外を見続けた後、どちらからともなく言った。

 

「行こう」

 

 

 

◆◇◆

 太陽は空から世界を照らし命を育てる存在だが、常に空にあるわけではない。一日の半分は月と交代するように不眠不休で照らしているという訳ではないのだ。さらに日がある中と書く日中であっても顔を出さない時もまた存在する。つまり天気が晴れでない時である。

 太陽が隠れれば空は暗くなり気温も落ちる。時に涙を流し凍らせて落とすことさえある。紅呉の里周辺に於いては大草原まで出ても気候は安定していることが多いのだが、偶には変化を来たす時もある。今、和也らはぽつぽつと降る雨をベースキャンプの急造のテントにて凌いでいた。

 

「芳しくねえな……」

 

 空が暗いからか声も暗い。和也の呟きは状況についてを物語っていた。

 小雨と言えど天気が悪いために捜索に不向きであること。そうでなくとも拵えた罠には何もかからず姿を見せなかったモンスターは未だ姿を見せないこと。思うように進まない状況に対するいら立ちも呟きには含まれていた。

 

「罠にかかった対象なし、手がかりもなし。本当にいるの?」

「そう思うんだがな。俺も自信を失ってきたよ。イニの傷跡を見るにモンスターがいるのは間違いないと思うんだが……。捜索方法が間違っているのか……?」

「とは言っても地に設置すればブルファンゴがかかるだけじゃないか?」

「そうなんだよなあ……」

 

 手詰まりだ、と和也は嘆く。二人の会話からもわかるとおり、探索用の設置した罠は木と木の間などに中空にかかっている。木を壁にして跳ぶナルガクルガならばひっかかるが、その他モンスターは掠ることさえできないものである。

 ちなみに罠とはただ蔓のロープを掛けたりした程度のもので、ダメージも足止めも狙っていない存在の有無を確かめるだけのものである。行動範囲を知るために設置したのだが、現在行動範囲どころかまったくかからないことから存在さえ怪しい。

 

 

「正直言ってこのまま空振りってのは避けたい。けど、そろそろ食糧にも不安があるしな……。今日明日手がかりなしなら一度帰るしかないだろう」

「成果なし。お絹に何か言われそう」

「うええ、何とか見つけて帰りてえなあ」

「成果なしじゃあ実質里の仕事サボってたのと大差ないからな……。仕方ないっちゃ仕方ないが勘弁してもらえないものかなあ」

 

 探した結果見つからないというのも一つの成果ではある。ある程度捜索をしても見つけることができなかったという事実が生まれるのだから。が、それを理解してくれるかどうかは別だろう。

 お絹に怒られる未来を幻視してため息をついた。そんな和也を見て劉はのんきに笑う。

 

「ははっ、やっぱり和也もお絹さんは苦手か?」

「苦手っていうより……敵わないなあって感じだ」

 

 久しく会っていないが母親という感じだ。決して逆らうことができない、という印象をお絹は与えてくる。実際のお絹が母性溢れているかどうかはさておく。

 

 4人は思い思いに体を休めながらどうするかを思案する。ぽつぽつと降る雨の音だけが静寂の中に聞こえていた。

 

「今まで探して見つからなかったなら、方法を変えるのが有効」

「にゃ! リコルで釣れないにゃらクロムで釣れというニャ」

 

 リンが提案し、ヨウが追従した。何故かヨウの方が偉そうに。

 一方で和也はそれを思案する。同じ方法を使うのであれば同じ結果が得られる、と決まっているわけではない。方法が同じでもその他の条件が違えば結果も異なるからだ。だが、数回同じ方法を試して得られなかった以上、方法を変えるということは悪いことではない。

 

(押してダメなら引いてみろと同じ意味かな。――確かに二人の言うとおりここまで成果が無いんだ。やり方を変えてみるべきなのかもしれない)

 

 和也の脳は賛成を示した。リスクやもう一度罠を張るという手間もあるがそれだけの価値があると判断したのだ。

 よし、とそれを示そうとする。が、その前にリンが口を開いた。

 

「ねえ、初めて聞いたんだけど誰が言ってたの」

「僕にゃ!」

 

 開きかけた口がそのままになった。猫人の使う諺のようなものかと思えばどうやらヨウの勝手な言葉だったらしい。恥ずかしいのか馬鹿馬鹿しいのか、少々唖然としてしまう。

 

 

「――とにかく方法を変えよう。木と木の間に蔓を仕掛ける。高めに設置して小型種がひっかからないようにはしよう」

「それで様子見、だめだったら明後日にでも帰還か」

「ああ。ひとまず今日は暗くなるまでの間にできるだけ新たな罠設置をしよう。碌に見つからないし二手に分かれて――いや、やっぱ一塊になって行こう」

「安全第一、だな」

「ああ。ドスファンゴはなんとかなったが飛竜だった場合どうにもならないかもしれない。やはり油断は禁物だ。できる限り戒めていかないと」

 

「雨が止んでからの方がいいんじゃない?」

 

 話がまとまりかけた所でリンはそう言った。止めるためというより確認の為という言い方だった。確かに雨が降っているのだから、安全を期すのなら滑る危険や視界不良な中の作業は避けるべきだ。

 一瞬の逡巡の後、和也は首を振る。

 

「いや、食料が心もとないしあまり時間を掛けられないのも事実だ。一人を周囲の警戒に回して対応しよう。体力の低下は避けられないが……手早く終えるしかないな。もしこれ以上強く降るようなら帰ろう」

「ん、わかった」

 

 強行策、というほどではないが、雨の中の決行を決定する。口にはしなかったが、雨の中モンスターの徘徊が少なくなること、また雨という今までとは違う条件の違いが何か新しい発見につながる可能性を期待したということもあった。

 

 しかし、リンの心配は杞憂で終わり和也の期待は裏切られる。この日、結局罠を仕掛けるだけで留まり新しいことも危険なことも何一つ起きなかった。

 

 

 

 新たに罠を設置した次の日、前日の雨は止み雲一つないとは言えずともカラッとした晴れた空。再び和也らは捜索を開始し、再び捜索は難航していた。

 

「見つからねえ……ホントどこに隠れているんだ……?」

 

 探せども探せども姿は見えず。そのことに和也は不安と苛立ちを隠せない。

 

(ナルガクルガはそんな隠れられるような大きさじゃない。透過するっていっても完璧じゃなかったはず。大体探索のためにこんだけ彷徨いてるのになんで出くわさないんだ? 同じ場所を彷徨いてるだけだからか? いや、ナルガクルガは動き回るはず。それでも出くわしているはずだ……。まさか、ナルガクルガじゃない……?)

 

 焦り、苛立ち、思考し、悩み、その結果捜索から意識がそれていきなおのことうまくいかない。それが悪循環を生むとわかっていながらどうすることもできない。

 和也は何でも一人でできるなどとは考えていない。しかし知識という点でなら和也は誰よりももっている。モンスターを探るということはゲームによって得たモンスターの知識を発揮すべき場面であり、和也でなくてはならない場面である。それを理解できるからこそ、和也は焦っていた。

 しかし和也一人では同じ着眼点で見続けることになる。それはあまりいいことではない。その意味で、和也は仲間に恵まれたと言えよう。リンから声がかかる。

 

「ねえ」

「――どうした?」

「ナルガクルガってあの黒猫だよね」

 

 正確には稀少種なので黒くはない。しかし色が違うことは既に伝えてあるので外見的特徴のことを聞きたいのだろう。和也は首肯した。

 

「じゃあ気になってたんだけど、本当にナルガクルガの攻撃跡だったの? 爪とか刃で大事になってるんじゃないかと思うんだけど。」

 

 それまで、苛立ち焦りながらも止めていなかった足と手をぴたりと止める。手足だけでなく喉や肺も活動を止めてしまったのか、カラカラに喉が渇き息苦しさを覚える。張り付いた唇を引き離すようにして、和也は答えを口にする。

 

「確かに……そうだ」

(というか当たり前すぎた――! くそっ、なんで気づかなかったんだよ!)

 

 ただ肯定を声にだし、自身への罵倒を心中で発する。姿が見えないという点からナルガクルガ希少種だと考えてしまったが、ナルガクルガ系統は刃やら棘やら、傷痕は裂傷であり痣ではないはずだ。長い尾を叩きつけた場合、棘が出ていなければ同じような跡になるかもしれないが、その可能性は低いだろう。そのような攻撃は風圧も強くさすがに他に気付く人がいたはずだ。

 臍を噛む思いで和也は思考を続ける。罵倒ではなく後悔でもなく、正しい答えを導き出すために。

 

(じゃあなんだ。目に見えない……透明……、くそっ、わからない。傷痕から考えるか……鞭のような蚯蚓腫れ……。鞭……舌……? ――! オオナズチか!)

 

 長い舌を鞭のように扱うモンスターを思い浮かべる。カメレオンのような爬虫類型のモンスターだがその実古龍。周囲に合わせて擬態する能力を持っているが、その完成度の高さ故に実質透過させる能力と言って差し支えない。霞龍という二つ名の通り、正確には透明ではなく霞がかかったようになるのはずなのだが……そこにあると知ったうえで探さないと見つからない程度なのかもしれない。

 

 

(くそっ、役割分担を考えるならおれがもっと早く気付くべきだった!)

 

 いくらリンやお絹など知識、知恵の場面で頼りになる人が増えたと言っても、やはりモンスターに一番詳しいのは和也なのだ。誰よりも早く、和也が気付いておくべきだったと後悔する。

 

「和也どうした?」

 

 突如動きを止めた和也を劉は訝しむ。和也は黙っておく理由もないのでそれを口にすることにした。

 

「作戦変更だ。対象は恐らく、ナルガクルガ希少種じゃなくてオオナズチ、古龍種だ」

「古龍種?」

「ああ。古龍種ってのは……――」

 

 古龍種とは。それを話そうとした和也の口は動きを止める。

 クシャルダオラ、テオ・テスカトル、ナナ・テスカトリ。ひとまずそれらを思い出す。オオナズチとは三すくみの関係にあった他の古龍。しかし、その共通点はなどと言われてもわからないし、ゲームの時でも強くて珍しいモンスターという程度の認識しかなかった。覚えていないというより知らないと言っていい。

 答えに窮した和也は仕方なしに否定を述べる。

 

「――すまん、俺も良くはわからん。ただ、遭遇もあまりしない珍しい種のはずだ」

「ああ、だから和也も気づかなかったのか」

 

 和也が何故気づかなかったかと言われればナルガクルガ希少種だと思った以降は思い込みのせいだ。が、否定はしないでおく。わざわざ自分の過失を事細かに喋る趣味は和也にはない。

 

「――とにかく、敵はナルガクルガじゃない。どうする? このままの装備でもオオナズチとの戦闘は可能だとは思うが」

 

 敢えて問題を言うのであれば心構えと言ったところだろうか。ひとまずの所、このままオオナズチと戦闘しようとしても問題はないだろうと和也は考えた。それ故に、戦うことを前提とした言い方で問う。

 

「俺は問題ない」

「僕も大丈夫にゃ!」

 

 劉とヨウは肯定を示す。

 

「相手の特徴は?」

 

 リンは即答せずにモンスターの特徴を尋ねた。それを聞いて判断する心づもりだろう。

 オオナズチの特徴をナルガクルガ希少種と大体同じと考えての先ほどの結論だ。しかし聞かれた以上は改めて特徴を上げる必要がある。和也は思考を巡らせた。

 

「姿が見えにくく体は硬い。舌が長く、弓矢程度の距離から攻撃が可能だ。けど動きは鈍重で近づけばその辺は問題ないと思う」

「なら戻った方がいい。想定と違いすぎる」

 

 和也の説明を聞いたリンは首を横に振る。リンの出した結論は和也のものとは異なるものだった。

 

「想定?」

「遠距離攻撃をしてくる、っていうのは同じ。でも近づけない相手だったはず」

「ニャア……そう言えば真逆ニャア……」

 

 リンの説明にヨウが追従を示したように、ナルガクルガ希少種には近づくことは難しい。そのために罠と大タル爆弾の多用が考えられていた。しかしオオナズチはむしろ動きが遅く動きを封じる罠は必要性が低くなる。代わりに古龍種故に体力が高いことが想像されるため、爆弾の類は必要性は上がるだろう。

 相手の特徴が違うということは求められる準備も違うということだ。リンが否定したのはそこにある。それを理解した和也は首を縦に振った。

 

「――そうだな。確かに全然違う」

 

 ならば戻った方がいいだろう。それに古龍種が相手というのであれば狩りにかかる時間も増えるのではないだろうか。何せ、ゲームでは2,3回のクエストの結果倒すということがざらだったのだから。

 

「となると、一度戻るのか?」

「ああ、気は重いが……、ああいや、敵がナルガクルガではなくオオナズチの可能性が高いとはわかったし成果なしではないか」

 

 成果なしではないとなればお絹の小言もないだろう。少なくとも前進はしたのだから。それに対策が必要なモンスターである以上、一度帰ることは必須である。それに文句を言うのであれば言い返してやればいい。

 一同はそれまで設置していた罠はそのままに、武器防具、それに持ち物を確認する。帰る前の簡単な確認作業だ。その途中、和也はふと気になったことを口に出した。

 

「拠点の荷物はどうするかな」

「またすぐに来るんだろうし、そのままでいいんじゃないか?」

「それもそうか。よし、このまま戻ろう」

 

 

 ほぼ独り言だったが劉が答えた。それを受けて和也も納得する。劉の言うとおり準備をしてまたすぐに狩り、もしくは調査へと来ることになるのだ。わざわざ荷物をすべて引き揚げることはないだろう。

 それを聞いたヨウも口を開く。普段の陽気さがやや隠れた、陰鬱な色を孕んだ声を出す。

 

「にゃら他の荷物も置いていきたいニャア……重いのニャ……」

「帰る途中で出会う可能性だってあるんだし、ダメ」

 

 武器、防具、大タル爆弾に土爆弾、閃光玉に回復薬。携帯している持ち物だけでも数多い。ヨウとリンが持っている分は和也らに比べれば少ないが、それでも体が小さい分重いのだろう。

 そんな猫人の事情を孕んだお願いは、同じ猫人であるリンによって否定される。事実、身を守るアイテムを置いていくなど自殺行為に等しくしてはいけない行為だ。

 

「そうだな。近くにいるのは間違いないんだ。警戒を怠るわけにはいかない」

「だな。諦めろ、ヨウ」

「にゃぁ…………」

 

 重い物を持ち歩けばその分体力の消耗を招く。そもそも動きも遅くなる。いいことはない。しかし防具や回復薬はモンスターと出会った時の生命線だ。身を軽くして出会わないようにするというのも選択肢としてあり得るが、出会ってしまった時のリスクを考えればそれを取れるはずがない。

 ヨウのお願いを却下して、一行は紅呉の里へと帰路につく。すでに日も高いが、暗くなる前には紅呉の里に帰れるだろう。そうして彼らは歩いて歩いて、大体一時間半ほど歩いた頃。紅呉の里の西の森の中、広場とさえいえる開けた場所へと出た。

 草木は生えず、均したように真っ平らな地面。砂利という程度の小石こそあれど、大きな石は転がっていない平坦な面。平和な世界ならキャンプに最適だと思える広場だった。

 

「あ……」

 

 そんなキャンプに最適な環境でもこの世界に於いてはそんなことはない。開けた場所ということは周囲からもよく見えるということであり大型のモンスターでも来ることが可能な場所ということだ。邪魔な障害物が無いという意味では戦闘の場所として悪くはないが、戦闘が起こりやすい危険な場所とも言える。劉の呻きはそうしたこともあるが、同時にもう一つ悪い予感があったためだ。

 

「どうした?」

「ここ……最初襲われた場所だ」

 

 少しの震えを秘めて劉は手を伸ばす。その指が示す先には人が腰かけるのにちょうどいい丸太が転がっている。近くには明らかに人が作った物と思われる、麻の袋が落ちていた。前回の際の残渣だろう。

 

「いるかも……しれねえな、気をつけろ……」

 

 理由を聞かれればなんとなくとしか答えられない。しかしそれでも和也の脳内は警報が鳴っていた。自然、左手には盾を構え、右手は片手剣の柄に伸びる。

 

「気をつけろって言っても……」

「見えない」

 

 ヨウとリンがそれぞれぼやく。しかし二人とも既に武器は構え言葉とは裏腹に見えない何かを視ていた。

 武器を構え臨戦態勢を取り彼らの間に緊張が奔る。それが杞憂なら良いが、それがないことを全員が知っていた。やがて――どちらが先だったか、彼らは互いに見つめ合う。

 

「――っ」

 

 ギョロリと、大きな目が四人を睨む。口の周りでも舐めようとしたのか、長い舌が宙をさまよった。青みがかかった風景の一部が四足の何かに彩られ、その上方に大きな目玉と舌があるのは軽いホラーでもある。霞龍オオナズチは音もなく姿を現した。

 

「――戦闘よりも逃亡を中心に。少しずつ距離を取って紅呉の里へと逃げる。準備が不十分だと結論は出てるんだ。戦闘はできる限り避けるぞ……」

「け、けどよ……それをやると里にこいつが来ちまうぞ」

「っ……そうだった。くそっ、それじゃあ……――」

 

 

 オオナズチはゆっくりとだが動いている。和也らを敵と見定めたのか、少しずつ前へ前へと。長い舌を宙を這わせいつでもそれで捕まえられるようにと思っているのだろうか。今しないのはさしずめ和也らの格好から異質さを悟って警戒している……のかもしれない。

 和也らも武器をそれぞれに構えなおす。もしもの時のためにという準備ではなく、はっきりとした戦闘のためにと持ち直した。

 

「――戦闘だ! 討伐できなくても追い返す!」

 

 新しい戦いの火ぶたが今、切って落とされた。

 

 

今回、会話が多くなるように意識して書きました。これは多いのか少ないのか、活動報告の方にコメントしていただけると嬉しいです。また、文体についての感想・批評お待ちしております。

 

 

活動報告

普段文章が地の文が多くなるので今回は会話文が多くなるように意図的に書きました。結果、地の文と会話文の比率が3:7。大体会話文が30%です。普段は会話文は18%ぐらいですので今回は本当に多いなあと思います。その分文体等いつもと違うので不安も大きいですが。

地の文と会話文の比率、これぐらいがいいのか。それとももっと増やした方がいいのか、少なくした方がいいのか。また、文体についてなど好みの問題もあるとはいえ皆さんの意見をお聞かせいただけると幸いです。

言われた通りにする、などと言うつもりはなく、あくまでも参考です。そのため、お持ったままの意見を書いてください。よろしくお願いします。

 


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