モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第04話 肉を求めて

 適者生存、弱肉強食。これは世界が変わっても通用する摂理である。こと、モンスターハンターの世界においては更にこれが言える。

 より強く、より大きく。そうして進化を遂げたモンスターたち。暴虐の世界において強さとは万物に通じる唯一不変の生きる権利。だが強いものが生きる世界だからといって、弱いものは生きてはいけない世界ではない。適者生存であって、強者生存ではないのだ。

 個は弱くとも、数を増やし、時に群れの一部を犠牲とし、それでもわずかながらに生き残った個が次世代を残す。そうして生き続ける種も存在する。長い時代を通して見れば、存続している種が勝者であり消え失せた種は敗者である。これはどのような言い訳も詭弁も必要ない、唯一絶対の種の本能によって定められた法則だ。例え、強大な体を持つ種に勝てずとも、子を残し続けることができるのならそれでいいのである。

 

 そう、それはこの世界の人間、少なくとも紅呉の里においても同様だ。近くには飛竜の巣が存在し、ランポスやブルファンゴといった鳥竜種や牙獣種も存在する。そんな危険地帯で暮らす人々がどのように生活しているのかを考えるべきだった。

 

 

 裏原和也は与えられた家にて落ち込んでいた。それは一重に彼の生きる望みが絶たれたためだと言える。精神的にもそうだが、肉体的にも彼は生きることができなくなりかけている。動物性タンパク質を、肉を得る手段がこの里にはないのだ。

 

「――まさか……狩りどころか武器すらないなんて……。モンスターをハントする世界じゃなくて、モンスターにハントされる世界なのかよ……」

 

 昨晩なんとしても肉を食べると決意した彼は、里の住人に聞いて回った。肉を食べているのか、乳とか卵とかそうしたものは摂っているのか、武器は、作戦は、相手は。それを聞いて回って……恐るべき真実を知ったのだ。

 曰く、肉や卵は食べていない。曰く、武器など存在しない。曰く、狩りだなんてどうやって?

 

 見ていないだけで誰かがしていると思っていた。きっと危険だからとまだ教えられていないだけだと思っていた。ところがそうじゃない。現実はそのような手段などないというものだったのだ。

 適者生存、その言葉の通りだったのだろう。つまり、虫や魚といったわずかなタンパクで生きることができない人は死んでいくしかなかった。肉を狩らねば生きることができない人は、死に絶えるほかなかった。

 

「――俺も死ねと……いうことかよ……。なんなんだよ、この世界。生きようと頑張ってもいつもいつも全力で殺しにかかりやがって……」

 

 別に和也も肉を食べなくても生きていけるかもしれない。というより、本当の意味で肉を食べられなければ死ぬ人はいないだろう。だが、栄養が豊富な世界で生きた彼の肉体は多くの栄養を欲するだろう。それを拒めば当然、やつらえ、やせ細り、肉がそぎ落とされて骨と皮だけに近くなる。それは結局、漫然と死に向かっているだけで生きてはいないのではないか。

 この世界で懸命に生きるすべての人を否定するかのような考えだが、それでも和也は思うのだ。新たな世界で生きる権利を得た故に、日々怒られ家では寝るだけで思考停止していた日々と毎日を生きるために努力して前向きに過ごすことができる日々を比べることができた故に、思うのだ。生きることと生かされていることは違うと。

 別に馬鹿にしているわけではない。ただ思うのだ。自分のしたいことを我慢して、ただ耐え抜いて生きることはあの日々とどう違うのかと。

 

 死ぬなと言っていたあの夕日、生きたいと願ったあの戦い。命を奪おうと向かってくる猪は怖かった。それでも、それ故に生き残れたから嬉しかった。その生きるための戦いを続けることが、即ち生きるということだ。

 武器がない。方法が無い。そんなものは知ったことか。何が何でも狩ると決めた、だから狩る。決意は消してはならない。何かを成そうと努力する。それこそが生きるということだ。

 和也は家を出て、タカモトの家へと向かう。彼自身の望む生の為に。

 

 

 

 

◆◇◆

 タカモトは紅呉の里に住む人のうち一番の老人だ。だからだろうが、多くの場合まとめ役を彼がこなしている。老けて見えるが実は47歳、和也基準で言えば老人ではなく壮年の男性といったところ。しかし、異世界ゆえかそれとも単に栄養などの問題か。皺や白髪の為に彼を形容するのであればやはり老人だろう。

 和也が最初訪れた時も対応したのが彼だったのはそういう訳だ。困ったことがあれば彼へ。そうした事情が交互の里にはあるからこそ、誰かが見知らぬ人の来訪に彼を呼びに行ったのだろう。

 そうした困ったことがあればタカモトを頼れという考えは里の人間を通して和也にも根付いていた。元より最初に食事などを与えてくれた彼を保護者か親のように接してしまうきらいがある。餌をくれた人に懐く野良犬のようだが、そうしたものは本能的なものなので仕方がないだろう。

 

 

「モスを狩りに行こうと思います。今日一日自由を頂けないでしょうか」

 

 来て早々、和也は単刀直入に切り出した。ここを最初に訪れたのは、狩りに行くと言う都合上時間を取られるためだ。つまり、里の仕事を少々できなくなることを許してほしいということである。

 個人の私的な理由で仕事をさぼりたいと言っているわけだから感心しない願い出だ。しかし、和也はまだこの里に来て日が浅いがそれでも仕事を熱心にこなしているという評価を受けている。今までの経験から多少のわがままぐらいは通るだろうと考えていた。

 

「モスを……。ならぬ、奴らは生来大人しいが襲われればそうもいかん。硬い頭蓋を利用した突進は脅威そのもの。矮小な人が敵う相手ではない」

 

 モスとは背に苔を生やし豚のようなモンスターだ。初心者であってもまず問題なく狩れるモンスターで、どちらかと言わずとも襲われれば逃げる雑魚モンスター。そのモスに対してこの物言いだ、どれだけモンスターを脅威と捉えているかが伺える。

 

「存じています。真正面からやれば勝ち目はないでしょう。しかし、方法が無いわけではないかとも思います。時間を頂ければ試行錯誤してみたいと思います故、どうかお許しください」

 

 指をついて深く頭を下げる。相手に訴えを認めさせるというために、というのもあるが何よりもこれは和也の誠意だ。タカモトに対しては少なからず恩義を感じている。それをわがままを通そうというのだ。最大の礼儀は尽くさねば人としての道を外れることになる。

 また、これがうまくいけば悪いことばかりではない。モスというのは背中に苔を生やしているからだろうが、キノコをはぎ取ることができるモンスターだった。今この里で栽培しているキノコはアオキノコだけだが、うまくいけば特産キノコや厳選キノコなどの栽培ができるようになるかもしれない。

 それに多くはないが脂も取れるだろう。火を起こすのに脂は便利であり、火は人里に必要だ。火竜がいる以上、火は万物に通じるとは言い難いが、それでも多くの生き物は火を恐れるのだから。

 少々沈黙が下りた。タカモトは瞑目して思考しているようだった。想像するに自らの常識に照らし合わせれば許可を与えることなどできない――だが、力も知恵もある和也ならばもしくはといった願いめいた考えもある、というところだろうか。やがて、考えはまとまったのか口を開いた。

 

「――わかった、やってみよ。元よりそなたはこの里のものではないお客人。我らがあまり束縛すべきではない。だが済まぬが協力者は出せぬし、里の備蓄を渡すわけにもいかぬ。それでも良いなら……今日より三日の時間を与えよう」

「感謝します。必ずや……、あ、いえ、頑張ります」

 ――必ずや、ご期待に応えて見せましょう。

 

 そのような言葉が出かかって慌てて飲みこんだ。どうやら雰囲気にのまれていたらしい。

 里の備蓄を借りることができない、ということは少々厳しい。最悪の場合、土器を投げつけるという手段もありかと考えていたが不可能だ。また、回復手段である薬草を頼りにできないということでもある。

 狩る手段は未だない、準備もろくにできない。前途多難としか言えない状況であるが、それでもこの日より三日、一時的に彼の立場は変わった。そしてこれが……すべての始まりでもあった。

 

 

 

◆◇◆

 モンスターの狩りに行くとき最も大事なこととはなんだろうか。それは何も狩りに限定された話ではないが、事前準備こそ最も大事なことと言える。

 使用する武器は、防具は、スキルは。相手とフィールド、そこから想定される必要アイテム。相手の行動パターンと作戦。ことゲームの世界でもこれだけのことが求められていた。狩りの時間など実質30分ほどだ。それまでの準備こそが――何もそれだけのために準備していたわけではないが――最も時間をかけていた内容なのだ。

 今回、和也は里の備蓄を借りることができない。よって着のみ着のままで行くしかなく、準備など何もすることが無いように思える。だが、現実はそんなことはないのだ。

 

 里を出て門番には夕方に戻ることを伝えておく。そうしなければ橋が外されたまま、帰ることができなくなるかもしれないからだ。今日一日集中して帰るのが遅れる可能性もあるが、それはないようにしておかねばならない。何より三日と時間をもらうことができたのだ。焦ることはない。

 和也はまずこの日は準備のために時間を割こうと決めた。ゲームとは違うとはいえ、情報や準備というものが大事なことに変わりはない。ターゲットとなるモスはどこにいるのか、どうやって狩るのか。巣はどこか。そう言ったことを一つ一つ知らねば狩ることは難しい。また、持ち込みができなかった以上薬草やアオキノコといった回復用アイテムも現地調達なのだ。それもどれだけ効果があるのかわからないが手に入れておきたい。

 

「まずは薬草とかを集めよう。里に来る前に見つけたし、これはそう難しくないはず。あと、手頃な石とかそういうものを……」

 石を探すのは武器代わりにするためである。投石というのは古来より使われた攻撃手段だ。モスに対してどれだけ有効かはわからないが、試してみる価値はあるだろう。

 呟きながらも視線は下に向き、脚もゆっくりと動かして獲物を探す。草葉が足にこすれ、肌に直接触れればかゆみが出そうだ。それに葉とはいえ、肌を切ることだってありうる。何の気なしに、外に出るのだからとジャージを着たことをいまさらながら自画自賛した。

 

「おっ、アオキノコみっけ。それにこれはマヒダケか? それにこれは……なんだろ。まあ持って帰りっと。今はその余裕もあるしな」

 ゲーム風に言えばキノコ採取ポイントを見つけたというところか。適当に生えているキノコを拾い、持ってきた麻袋に入れておく。逃げている時は結局無くしてしまったこれらだが、今回はもって帰ればそれも収穫と言えるだろう。

「と、そうだ。火薬草とニトロダケで爆薬の調合……。これうまくいければ狩りの手段になるな。睡眠爆殺! ――は、無理でも爆弾使っての狩りはできるだろう。モス相手に大たる爆弾とかもったいねえけど……」

 ぶつくさと呟きながらも手は止めない。それに文句を言いながらも彼の口角は嬉しそうに上がっていた。

 モスを相手に大たる爆弾。それをもったいないと感じるのはまだゲームの感覚が残っているからだろう。費用対効果などは考えねばならないが、命以上に大事なものなどない。ならば大たる爆弾を使っての狩りとて決してもったいなくはないだろう。必要な材料をどれだけ楽に手に入れられるかによるのだが。

 

 この日は予定通り、採取だけをして過ごした。火薬草、ニトロダケ、薬草、アオキノコ、ハチミツ、マヒダケ、眠り草といった役に立つアイテムを沢山手に入れることに成功した彼はご満悦だった。モスを見つけることはできなかったし、ハチミツはみつけたはいいが保管ができず捨てる羽目になった。それでも悪くない滑り出しだと。そう思って帰還した。

 

 

 

 翌日、再び彼は狩りへと出かける。前日は昼過ぎからだったためにあまり時間もなかったが、今日は朝からの出発だ。大分狩りに回すことができる。

 

「っし、じゃあ頑張るか! まずはモスを見つける! ――前に、調合をどうやるかを見つけないとなあ」

 

 狩る手段として爆薬を使おうと考えた。ならばどうやれば爆薬ができるのかも考えねばならない。加えて、この調合という手段が確立できれば回復薬という回復手段も得ることができる。一石二鳥だと和也は早速乗り出した。

 まずは薬草とアオキノコを粉末にしてみることにする。調合というものが二つの物を一つにすることであるが、ただ合わせるだけならば調えるという字は使わない。成分の比率や重量を考えるからこそ、調合なのだ。

 薬草を粉末状に、昨日擦れた肌に少々沁みたがそれは無視する。アオキノコはちぎろうとしても弾力があり難しく、結果、石でグリグリとすり潰した。薄汚れたアオキノコの粉末を見て達成感を、同時に回復薬を作ろうとしていたことを思いだす。誰が目の前でこうも汚れ真っ黒となったアオキノコから作った薬を飲もうというのか。

 はあ、とため息をついた。飲むことができないのなら仕方ない。それはその場に捨てることとした。どうしようかと悩んだ後、近くに水場があったことを思いだして移動する。適当な石を拾いそれを洗い、土台となる大きな石も洗い、そこですり潰した。

 回復薬というものは水薬だろう。そう思って薬草の粉末を水で溶かし。さらにアオキノコの粉末を振りかける。水で溶いた時点では苦みの強そうな濃い緑色の薬だったが、アオキノコの粉末を振りかけるごとに色がだんだんと薄くなっていく。こんなものかと適当な所で止めためしに一口飲んでみた。

 

「――まずい。いや、美味しくない。あ、でもちょっと疲れが取れたような気がするな」

 味は表現するならホウレン草とシソの煮汁を飲みやすいようにリンゴなどの果物を入れてえぐみをとったようなもの……だろうか。濃い野菜の煮汁のような味なのだが、少々すっきりとした飲みやすさもある。ただ間違いなく飲みたい味ではない。

 回復薬という回復手段として求めているのであり、食事の為ではないことを考えれば別に味など気にしなくてよい気もする。だが、回復薬が不味ければ不味いほど、いざ飲もうとした時に躊躇いが生まれかねない。さらに、何度も何度も飲むことはできないだろう。戦闘の最中の回復さえありうるだろうにそれではまずいのだ。

 ついでに、疲れが取れたような気がするということさえプラシーボ効果の可能性もある。結論を言えば成功したとも失敗したともいえないのだ。

 

「ま、まあ仕方ない。とりあえず次にいこう」

 元より回復薬はついでだ。飲めばたちまち傷が治り、骨折さえも治療可能。死の淵からさえも蘇る。それほどまでのものができるのならば作りたい。だが、現実にそれほどまでの効果は制作可能なのだろうか。軽い傷を作れば確かめられるかもしれないが、それで回復しなかった場合、それがそんな効果は見込めないということなのか、それとも回復薬が失敗しているのかわからない。結局これも試行錯誤するしかないのだ。

 狩りの手段として爆薬を作りたいと思っている。材料は火薬草とニトロダケだ。これがうまくいけば武器が無くとも狩りができる。つまり本命はこちらなのだ。

 

 爆薬という危険なものを作ろうとしているのだ。今までとは違い神経を隅々まで集中させる必要がある。目の前に火薬草とニトロダケを用意し、深く息を吸い込んで吐く。一度瞑目して確認をすることとした。

 

 ニトロダケはどんな効果があるのかはわからない。だが、火薬草とで爆薬、空きびんとで強撃ビンができる。つまり、アオキノコと同じく効果の上昇があると考えられる。火薬草は持っていると熱を感じる。そこから、火薬草が火を、その温度をニトロダケが上昇させるような効果があるのではと考えた。

 そこから、火薬草を粉末にすることにした。下手にすり潰そうものなら摩擦熱で発火しかねない。ゆっくりと手で細かくちぎることでそれを成した。問題なのはニトロダケだ。すり潰して爆発して火傷を負うのは馬鹿馬鹿しい。だが、包丁のようなものがあれば切るということもできるが、そのような手段はない。思考した後に、結局気を付けてすり潰すしかないということとなった。

 

 誘爆を恐れて近くにあった物はすべてどけておく。その上でできる限り手は伸ばし、体や顔はニトロダケから遠ざける。どうなるかわからない、それでもやらないわけには……と半ば強迫観念のようなものを感じながら……すり潰す。ゴリゴリ、ゴリゴリと。

 

 ゴリゴリ……ゴリゴリ……と低い音だけが鳴る。それをずっと繰り返し……結果として無事すり潰すことができた。少々石が焦げているような気がするのだが、和也は見なかったことにしようと思った。

「じゃあ、次はこれを混ぜる……わけだが」

 それは怖いなあ……とぼやく。そも、ニトロダケのすり潰しに踏み切れたのは、火薬草との調合で爆薬となるのであって、ニトロダケだけでは爆発などしないだろうという思いがあったからだ。摩擦熱があるとはいえ、ゆっくりやれば温度はそう上がらないのだから。

 だが、この段階に至れば当然やることは調合だ。火薬草とニトロダケを合わせることになる。それは大きな危険をはらんでいた。即ち、誤爆という……。

 

 安全面を考慮した結果、穴を掘りその中にニトロダケの粉末を入れる。次にそこに火薬草を投入、瞬間即座に逃げるという方法をとることとなった。逃げた時の風圧で粉末が散らないかという危惧もあるが、それはそうならないように気を付けようという何とも締まらない方向に。

 まずは穴を掘る。これは問題ない、次にゆっくりとニトロダケの粉末を底に入れる。まさか爆発したり……とか少々考えたりはしたが問題はなかった。では最後に穴の傍らに立ち、手には火薬草の粉末を。スーッ、ハーッと深呼吸をして、いざ!

「とりゃ……あオゥルッ!?」

 

 転んだ。投入して逃げようとした瞬間、転んだ。相変わらず和也はそう言った締まらないミスをする。鼻っ面を抑えて立ち上がり、付いた泥をこすって落としながら穴の方を見やる。

「――爆発……してないな。いや、してたら危なかったけど」

 失敗か、そうため息をついて蹲る。穴の近くには散らばって入らなかった火薬草の粉末が落ちていた。それを何の気なしに拾って、粉末だから空気抵抗で飛ばないということを知りながら投げ入れてみて――爆発した。

 ボゥン、という爆発音と煙が穴から出る。自然、和也は目の前で起きたことに呆然としていた。爆発させようとして爆発してびっくりするというのは、何とも間の抜けた話だが、現実目の前で起きれば中々に受け入れがたかった。

 

 

 結論から語れば、おそらくは火薬草を最初投入した際は火薬草とニトロダケがくっついていなかったか量が少なかったのだろう。だが、最後投げ入れたことにより火薬草起爆剤としての役割を果たし、それは爆薬となった。

 ゲームであればまとめて袋の中に入れておけたが、現実はそんなことは恐ろしくてできはしない。ひとまず、火薬草の粉末とニトロダケの粉末は別の袋に入れて保存。爆薬は一度諦め――一定量くっつけると爆発するということがわかった、爆薬に調合しようとしたら即爆発する他ない――代わりの物として土爆弾を作った。

 火薬草の粉末を混ぜた土で小 さな団子を作り、さらに土をかぶせる。その上からニトロダケの粉末を混ぜた土を塗り完成だ。調合したら爆発する以上、こうするのが最善だろうという和也の爆薬の草案だ。これは、ためしに三つ投げてみた所、三つとも地面にあたり爆発した。衝撃が起爆剤となっているのか、それとも衝撃で火薬草とニトロダケが合わさっているのかはわからないが、一先ずは完成だろう。

 時刻は既に遅く、日が傾きかけていた。これ以上は無理だろうとこの日の狩りは諦めることとなる。明日、与えられた自由の最終日、その日こそが勝負だと決めて帰還した。

 

 

 

◆◇◆

 三日目、この日は最終日となる。いかに今までの行動から情報という宝を得たと言っても、それは通過点に過ぎず目的のものではない。即ち、この日の成果によって失敗か成功かが決まるのだ。

 和也はまずは前日のレシピに従って土爆弾を用意する。モスを見つけてから一々作るなど不可能な以上、これは当然のことだ。

 次に回復薬を念のため3個ほど用意し、その後でモスを探し始める。茂みをかき分け、木に体重を預けながら休み、その後また再開する。

 地面はアスファルトではないが硬く、なだらかなどとても言えないでこぼこした道。いや、道ですらない。そこを歩き続けることに疲れが増す。だが、ここで見つけることができねば今までの努力の成果を発揮することができないのだ。そう奮い立たせて探し続け、ある物を見つけて頬が緩んだ。

 それはけもの道。道などない広い場所に、動物が通ることでできるけもの道だ。通る道であることを示すそれを見つけ、和也は歓喜に震える。それを見つけるまで、もうどれだけの時間が経っただろうか。ようやく進歩を見せたのだ、これで喜ぶなという方が無理な話だ。

 喜色満面、これまでの苦労が報われると彼は駆ける。でこぼこ道で走りにくいなど知ったことか。努力の成果が現れる、努力が報われるという方がでこぼこ道などよりずっとましだ。人は未来を見据えるから努力できる。だが、努力の成果が無ければ努力を続けることは難しい。時間をかけたために、その大詰めを見つけることができると和也は喜んでいた。

 

 一言で言えばそれは油断だった。努力が報われると思って警戒が薄くなっていた。心の片隅程度にはあったかもしれないが、駆けだした時にはもう放り投げてしまっていた。そう、見つけたのはただのけもの道に過ぎない。何もそこを通るのはモスに限った話ではないだろう。そして……ここはモンスターが跋扈する世界なのだ。

 

 ガサッ――ガサッ――、草場を踏み分ける音、どたばたと荒々しい足音、それらは周囲に自分の存在を教える。そんな当たり前のことに気付いていながら、それでもそれをやめなかったのは一重にモスの動きが鈍く、見つけさえすれば問題ないと考えていたからだ。

 

 ガサガサッ――和也の右前方から音がする。それは和也が立てた音ではないだろう。ならば誰が立てたのか。

 考えるまでもないと和也はスピードを緩め、手にした土爆弾を走った勢いそのままに投げつける。ボゥンと小規模ながら爆発し――それは姿を現した。

 

 茶色い毛は土がついたからではない。口元に白いものが見えるのは肉を割いて骨が露出したわけではない。ただ、元々茶色い毛で、鋭い牙が生えた『牙獣種』というだけだ。

 

「ブモーーーーーーーーッ!!!」

「んなっ、ブルファンゴ!?」

 まるで象のような雄たけびをあげてそれ――ブルファンゴは突進してきた。それはそうだろう、ブルファンゴにしてみれば散歩でもしていたのかぶらぶらしていたところに突然爆弾を投げつけられたのだ。怒り狂って当然だろう。

 突進はあいも変わらず単調な直線的な動き。だがそのスピードは目にみはるものがある。

「危ねえっ!」

 

 横にステップを踏んで辛うじてそれを躱す。ブルファンゴは躱されたことなど意も解さんとばかりに突進し――木に激突した。

 

「お? もしやラッ…………嘘だろ?」

 

 四足動物故に頭から気に激突した形だ。それで目をまわして倒れてくれないかと期待したのだが、世の中そうもうまくいかない。めきめきと言う音を立て、木はブルファンゴに負けて軋んでいる。もう一度、そうでなければ二度激突すればもうあの木は保たないだろう。

 木をへし折りかねない突進を人の身で受ければどうなるのか。それを想像して顔から血の気が引いた。

 顔から血が失せて蒼白くなった和也に、対照的に血走った目を向けるブルファンゴ。最初の爆発によるものだろう、体からは少々血を流している。それでもフーッフーッと息を荒くして和也を睨む。

 ドンッ、と爆発したかのような音を立てて、ブルファンゴは尚も突進をしてくる。勢いは衰えることなく、けれど狙いだけは冷静に和也に。和也の脳裏に先ほどの木の悲鳴が、そして一週間前のブルファンゴとの死闘が再生される。

(し……死ぬ! 殺される!!)

 

 一週間前は生き残れた。しかし、回避をし続けたためにあの時はどうなった? 疲れ、足がもつれ、転んで突進を喰らいかけた。あの時は相手のブルファンゴも同様に疲れていたようだったが――怒り狂ったこのブルファンゴはアドレナリン全開だ。疲れ知らずに突進してくるかもしれない。それどころかそうなる前に突進を回避しきれなくなるかもしれない。

「くっ……来るなああ!!」

 

 用意していた土爆弾の内の2つ目を投げる。しかし慌てて投げたが故に方向など滅茶苦茶だ。当然それは当たることはなく、あさっての方向へと飛んでいき爆発する。

 突進するブルファンゴ、迎撃と投げた土爆弾は見当違い。そうして決着がつくかと思われたが、2個目の土爆弾は和也に味方してはくれた。爆音によってブルファンゴの気がそれたのか、突進はスピードが落ちてしまう。それでも、慌てて躱そうとする和也にきちんと当てたのはブルファンゴの野生の意地だろう。

 

「う……があああっ!!!! ぐううぅぅぅ……!」

 速度は落ちた、当たったのも体の芯にではなく足だけだ。だが、それでも激痛が和也に襲い掛かる。焼けるように痛みが主張する。意識がそこへ持って行かれる。ただ痛みだけが頭の中を支配する。

 ブルファンゴはその一撃で満足していない。通り過ぎた後でまた方向転換し、とどめの一撃をするのだろう、足で勢いをつけようとしている。その間、和也の頭の中は痛みのことだけ。戦うことを意識できなくなれば待っているのは敗北だけだ。

 

 

 そう、戦うことを意識できなければ。

 

「――っだあああああっ!!!!」

 雄たけび一括、和也は体を無理やりに起こす。足を宙に浮かせ軸足だけで体を支え、荒く息をして片手は木に預け。既に手負いだ、方やブルファンゴは最初の傷があるとはいえまだまだ元気。明らかに和也が不利となった。

 だが、手負いの獣とは存外危険なものだ。痛みとは生きている証であり、危険に対する警告信号だ。故に、和也は警告に従って逃げたいと思う。だが、目の前のブルファンゴは逃亡を許してはくれないだろう。ならばどうすればいいか。答えは一つ。

 

「やってやる……そうだ、決めたんだ……。俺は生きてやる、死なないって!!」

 

 そろりと袋から回復薬を取り出して一息に飲み干す。残った容器の袋など投げ捨て、両手には土爆弾。両者はともに手負いとなり、共に攻撃的に目を光らせる。

 

「来いよ猪があ! てめえなんぞに負けるかああ!」

「ブモーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 突進が再開される。だが、既に和也も手負い。あまり大きな動きはできない。だが躱しているだけでは未来がない。故に和也は……どちらも諦めた。

 

「オラアッ!!」

 ブルファンゴはまっすぐに和也を狙って突進してくる。だから和也の正面にはブルファンゴがいる。その正面へと投げつけた。

 例えそう丈夫ではない土塊と言えど、真正面から、しかもそれに向かうようにしていたところへの激突は痛い。加えて衝撃によって土爆弾は爆発し、その熱と光はブルファンゴの目を焼く。

 

「ヴモッ!?」

 

 悲鳴と共にブルファンゴはよろけ……そうしながらも突進を再開した。しかし方向へ見当違い、そのまま木へと激突する。

 痛みと目が見えないためだろう、それで我を無くしブルファンゴは和也などお構いなしに暴れまわる。走り、木に激突し、また別を目指しまた激突し。

 自暴自棄になったかのような状況だが、同時にこれは和也のピンチでもある。今までゲームと同じ動きだからこそ躱すことができたのだ。こんな動きはゲームにはなかった、在ったとしても予測がつかないだろう。となれば躱すことは難しくなる。

 

 ――逃げるよりも仕留めた方がいい。

 和也は瞬時にそう判断した。元より、目的は肉を得ること。別に対象はモスである必要などない。惜しまずに土爆弾を追加、投げつける。

 

「ブモモォッ!!」

 

 だがそれは悪手だったようだ。投げつけた土爆弾によって毛とさらに皮まで焼かれながらもブルファンゴは和也へと向けて突進する。

 音か、投げられた方向か。どちらにしてもまずったと舌打ち。ふら付くようなそぶりは見せず、ブルファンゴは尚も突進を繰り返す。それから逃げて、どうすればいいかと片手を木に預けた。するとめしめし……と音がする。既に何度かブルファンゴの突進を受けていたのだろう、木はもはや倒れる寸前のようだ。

 

(――これなら!)

 

 瞬時に浮かんだ作戦を採用。痛む足を考えれば長期戦などやってられない。

「こっちだ! 来い!!」

 誘う和也、罠など知らず突進をするブルファンゴ。痛みを無視して体を転がしてそれを躱し……ブルファンゴは和也が睨んだ一点へとやってくる。

(今だ!!)

 

 土爆弾を投擲、ブルファンゴを狙うことなく投げられたそれはある木の幹、高さ1mほどの箇所にあたる。それは爆発し、そしてとどめとなった。既に何度か突進を受けた木は限界寸前。爆発の衝撃によって耐えきれなくなった幹は裂け、木は根と少々の幹を残してへし折れる。それは巨大な剣の一振り。それは……ブルファンゴの背に落ちた。

 

「ブモォオッッッ!!?」

 

 いかに丈夫な体を持とうと、その一撃には耐えられなかったらしい。木にのされたままに四肢を投げだしブルファンゴは最後に力なく鳴き……動かなくなった。

 

 

 

 

「勝った……のか……?」

 

 時間はとてもかかった、もう暗くなろうとしている。体中が痛い、まさしく満身創痍だ。だが……それでもこの事実は変わらない。

 和也はブルファンゴを狩った。

 

 

「勝ったーーーーーー!! ――っていってええええ!!!」

 

 足が痛むことを忘れて地面にたたきつけてしまい、今更痛がっている。勝利の雄たけびには締まらないとしか言いようがない。それに、木がのしかかっているためにブルファンゴを引っ張り出すのも、ブルファンゴを運ぶのも大変だろうが……今はそれを言わないでやるのが華だろう。何せ……初めての勝利なのだから。

 

 

 




やっと村クエがほぼ終わりました。
集会所に行くようになりましたが、やはりみんなでやるのは楽しいですね。
時間を忘れてやっていたら、書くのも忘れてました。
もしも野良でお会いしたらよろしくお願いします。

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