モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第05話 狩人

 木の下敷きとなったブルファンゴ。その遺骸を引きずり出すためにはどうすればいいのかと悩んでいたが、幸いにも爆発音などから異常を感じた紅呉の里の住人が来てくれたため、速やかに済んだ。その際、ブルファンゴを狩っていたということに驚いていたことは割愛する。

 通常のイノシシでさえ体重50kgを超す。より強く大きく進化したブルファンゴの体重は100kgを超えていた。木をどけ遺骸を引きずり出すのも、その後遺骸を里へと運ぶのもとても苦労した。加えて、和也自身も満身創痍だ。見た目にも泥と血で汚れている為、それに気を使うこともあって一行の帰るスピードはとても遅かった。

 

 和也としては、達成感と疲労感、それに気恥ずかしさに包まれていた。元はと言えば自身のわがままだ。それをこんな里の男手が総出となって――実際そこまでではなかったと後々知るのだが――自分と獲物を迎えに来てくれたということには顔から火が出てくる思いだ。だが、そんな考えは里につくのと同時に吹き飛んだ。

 

 雄叫び、歓声、勝鬨。大きな声が里から上がる。黄色い悲鳴とも表現できるそれは里に残った住人の咆哮だ。彼らは既に戻ってきていた一部から和也の勝利を聞いていたものの、現実その眼で確認するまではどこか信じられない思いがあった。それが戦闘をしたとはっきりとわかるほどに汚れた和也と、明らかに死んでいるとわかるブルファンゴ。その光景を見て信じられない阿呆はいない。皆が皆一様に受け入れ、そして歓喜に震えた。

 人はモンスターに敵わない。立ち向かうことなどできず、ただ受け入れることしかできない。その常識に和也という紅呉の里の居候は穴をあけた。明らかに自分の常識を覆すその光景、誰もが異常性を、そしてある種の希望を抱いていたのだ。

 

 

「――おおう……。なんか……やっちまった気がする……」

 

 その希望の星は疲労や達成感も落ち着いて平常心を取り戻していたために、一人周りに付いて行けずに呟いていた。

 

 

 

 

 里にはすでに中心地におおきな篝火が焚かれていた。肉を食す経験などなくとも、魚や虫を焼いて食べる彼らは肉も焼かねばならないという考えがあった。肉を食べる機会のない世界故に、肉焼きセットなどないことに今更ながらに気付いた和也はこの光景にほっと息をつく。いくら落ち着いたと言っても、今から火を起こして焼くのは面倒だった。

 里一番の力持ち、ミズキがその解体に乗り出す。全身の解体より先に体の一部だけ先に切り取って、木の串に刺した。ん、とそれを和也に差し出す。

「お前が狩ってきたんだ。まずはお前から食え」

 

 まだ生のそれを受け取って、魚を焼くように遠火にした。今回の狩りの成果は里で食べるということで話は付いている。というのも、保存食の作り方の知識などないし、狩ってきたのは和也であっても、火を起こすことや持ち運びに多くの協力を得ている。何より今日まで世話になっているのだ、恩返しの一つぐらいしたい。

 パチパチと薪が爆ぜる音に肉の焼ける音が加わる。脂が滴り落ち、熱された地に落ちてジューッと爆ぜた。表面は少々こんがりと焼け、火の当たらない反対の肉はまだ赤いがそれでも肉汁が滴るそれは十分に食欲を誘う。

 ゴクリ、と喉が鳴る音がした。気付けば何人かの目が和也の肉に集中している。肉を食べずとも生きていけるはずだが、それでも肉に対しての食指は和也と同様のようだ。反対も焼くために一度手にとったら、その際も視線が肉を追って動いていた。

 指をこする様にして串を回して肉をひっくり返すと、とんだ脂が火に飛び込んだ。ジュッと一瞬で燃え尽きたが、その音と立ちこめる匂いには言いようのないほど食を誘う。

 

 

「じゃ、じゃあいただきます」

 十分に焼けたと思われるそれを手にとって口に運ぶ。誰かがごくりとつばを飲み込んだ音が聞こえた気がした。ガブリと噛り付いたそれは当然のように熱い。肉汁が口の中ではね、肉塊が踊る。口の中の皮膚が剥がれ、痛い思いもした。だがそれ以上に――

 

「――うめえぇぇぇっ!!」

 狩りの成果の達成感の味は極上のものだった。

 

 

 数十分後、たらふくとは言えずともある程度食べて満足した和也は周りを見渡した。ある程度解体も進んだようで、肉はほぼ切り分けられ、残るのは最早内臓だけだ。ミズキが竜じいにあれこれ言われながら解体に四苦八苦していたことを思いだし苦笑する。そのミズキも今は焼けた肉を涙を流しながら食べている。美味しいのだろう、気持ちはわかると勝手に頷いたりしていた。

 そうしている内にひとつ気づく。老若男女問わずこの宴に参加して肉を食べているようだが、一人食べていないように思える人がいたのだ。あまり仲良くしているわけではないのだが、どうも自分が主催したかのような宴だ。気に入らないのかと思うとどうも気になる。その人の下へと足を運ぶことにした。

 

「竜じいは食べないんですか?」

「ん? おお、おめぇさんか! いやぁ、今回はごくろうお疲れだった! こんな得物の解体に立ち会えるなんぞおどれぇたもんだ!」

 ――お、おおう。

 竜じいの怒濤の剣幕に押されて和也は気持ち一歩下がる。頑固一徹という雰囲気を持っているというイメージだったのだが、それを一新するほど竜じいは陽気に喋る。ある種微笑ましいかもしれない。それだけ驚きと感動に包まれているのだろう。

 人の中ではタカモトが最長老だが、竜じいという名のように彼は――ゲームではであるが――竜人。ならば竜じいはタカモト以上に長く生きている可能性もある。それ故に、感動も大きいのかも……しれない。

 だが、それはともかくとして和也は思う。

 

(え? 誰この人。いや、ゲームのあの人っぽくはなった。なったけど……え? 竜じいってこんな人だったっけ!?)

 思い返すのは初めて挨拶した日。こちらに少し目を向けただけで碌に喋らなかった。それからも喋ることなど全くと言っていい程なく、必要に迫られて仕方なくという程度だ。きちんと話した初めの挨拶の時だってタカモトに促され漸く喋って――

 

(――あれ? あの時はもっとしわがれた声だったような……)

 そう、間違いない。竜じいはもっと喋りにくそうにしわがれた声でしゃべっていた。だが、今は陽気に明るい声で喋る。ゲームと同じ気のいいおじいちゃん風だ。

 

「いやぁ! とにかくおでれぇた! 古い伝承に狩人なる人がいたらしいが、おめぇさんもそれになるんか!」

「――――え? いや! いやいや。俺は、あいや、私はハンターなんかにはなりませんよ!?」

 

 思考に沈んでいた和也の意識は竜じいの突拍子のない言葉で蘇る。和也にとって今回はあくまでも仕方なくだ。よって今後とも狩りに出る気などさらさらない。というかありえないと言える。足がまだズキズキ痛いのだから。

 しかし竜じいは和也の回答はお気に召さなかったらしい。顔をしかめてしょぼくれた顔をしていた。が、急に思い出したように顔をあげ問う。

 

「じゃあ、こんなうめえ肉は今回限りでいいのか?」

 

 うぐっ、と和也は息が詰まる思いがした。確かに今回は死ぬほど怖かった。比喩などでなく文字通り死ぬかと思った。だが、それ故に達成感があり、食べた肉は美味しかった。これをもう味わえないのかと思うと惜しくなる。

 そうした心情の他に、栄養といった意味でもやはり肉はほしい。安定供給は無理でも、定期的な狩りは必要なのではないだろうか。

 

 竜じいの質問に答えに窮する和也。最終的にはハンターになるかどうかはさておき、狩りは今後もするだろうという話となった。今後は里の住人の協力も期待できるのだろうし悪くない選択だろう。

 

 

 

 竜じいとの会話の後、和也は少しぼーっと考えていた。狩りは今回だけでなく今後もすることになるだろう。それに気づいてしまい、そのことの意味を考えていた。

 思い返せば苦労の連続だった。武器も防具もない状態から始め、アイテムの調達から始めた狩り。調達に苦労して、調合に苦労して、その後も戦闘で死ぬ思いをした。

 そも、ターゲットはモスだったはずなのに、狩ったのはブルファンゴだ。比較的おとなしい故にターゲットとしたモスとは違い、気性が荒く突進攻撃を繰り返す、ついでに殺されかけたトラウマの相手だ。ククッと思わず笑いがこぼれる。

 

「おお、和也殿。此度はお疲れかと思いましたが中々に気丈で。いや、驚きました」

「え? ああ、長ですか。いや、疲れで少し高潮しているだけですよ。モスを相手にしに行ったはずなのに、まさかブルファンゴを狩ることになるとは思いませんでしたし」

「そうですな……。ブルファンゴなど狩ることができるとは……。長生きはしてみるものですな。このような日が来るとは夢にも思いませんでした」

 

 長。それは和也のタカモトに対する呼び名だ。本当は長老や里長と呼びたかったのだが、実際長老ではない人間を『長老』と呼ぶのはだめなのではないか……という配慮の結果呼び名は『長』となった。『長』という呼び名では配慮の意味がないのだが、和也曰く『長老』と『長』はニュアンスが違うらしい。

 タカモトはどうやら狩りから帰った和也をねぎらいに来たらしい。竜じいもそうだが彼は長く生きている分、この世界の常識に染まりきっている。当然、モンスターを狩ってきたという事実には驚いているようだった。

 

 タカモトはうんうんと頷きながら和也の様子を伺うようにしていた。しかしところで――と前置きをしてから声を落として続きを喋る。

「よろしければ……どのようにして打ち勝ったのか教えていただいてもよろしいですか?」

 

 タカモトの目が鋭く光る。妙に丁寧な口調な気がしていたがそういうことかと和也は内心苦笑した。考えてみれば当然のことで、和也は正式な紅呉の里の住人ではない。いつ他所へと流れても不思議ではないのだ。ならばその狩りのノウハウを知っておきたいと考えるのは当然の流れだろう。好々爺に見えてもそこは里のまとめ役だ。やはり強かな部分もあるということだろうか。

 

「ええ、いいですよ」

 和也にしてみれば断る理由がない。情報という価値ある物を安売りする行為と言えるが、先払いでタカモトには恩がある。ならばここで返しておくのもいいだろう。加えて、先ほどの竜じいとの会話のおかげで気づいたこともあった。

 

 

 土爆弾について、回復薬について、ブルファンゴの動きについて。そういったことを事細かに和也は話す。タカモトは黙って話を聞いていたがやがてゆっくりと息を吐いた。

 

「――当然のことですが命がけですな……。ブルファンゴの動きは確かに単調かもしれません。しかしそれには彼のものの動きや予兆をきちんと正確に読み切る必要がある。言うは易し、行うは難しですな……」

 和也が何気なく語った内容を聞いてそう漏らす。そも、和也がブルファンゴの動きを読めることはゲームの経験に由来する。そうした痛みを伴わない練習ができたからこそ、和也はブルファンゴの動きについて話すことができる。

 だが、この世界で生きる人々にとってはそうはいかない。ブルファンゴの動きを知りたければ、直接相対して観察するしかないのだ。時速40kmほどで迫る大きな猪を目の前にして。

 和也もようやくそうした事情に気が付いた。ブルファンゴの動きが単調だなど言えるのはブルファンゴの動きを知り尽くしているからだ。ゲームでの経験という他の人にはないアドバンテージの意味をようやく理解する。

 タカモトも何か考えているようで、瞑目していた。少しの間沈黙が下りるが、タカモトに頼んでおきたいことが和也にはある。それを先にしておくことにした。

 

「あー、で長。少しいいですか?」

「――ふむ、構いませんよ。どうなされた?」

 タカモトは和也の問いにさもなんでもないように返す。

 

「実は竜じいと話して今後も狩りが必要じゃないかと思ったんですよ。それで今回使ったものとか、回復薬や爆薬を里の方で作れない……かなーって……思うのですが」

 

 和也の主張はこうだ。狩りは今後もする。だがその際一々爆弾の材料を採取し調合するのは面倒だ。ならば里で予め作っておき、里の人間で狩りをする。狩りをすれば周辺の安全、肉という高い栄養価を持つ食材の確保などが得られる。つまり、狩りが里に対して利益を与えるので、里の方でも協力してほしいというもの。

 狩りをすることを考えなくともそうしたものの備蓄は必要だ。怪我をした時、襲われた時、そうした時の為の防備はあるに越したことはない。そうした理由からか、タカモトはうなずいた。

 

「ええ、いいですよ。今後のこともあらためて考えねばなりませんね」

「ええ、すみません。苦労を掛けます」

「――いえ、こちらの方こそ」

 

 そう言って頭を下げタカモトはその場から去った。和也は快諾してくれたタカモトに心の中で再度礼をする。空を見上げると元の世界では見られなかった満天の星空が見える。その煌めきはまるで和也の未来を祝福しているかのよう。

 

「頑張れるかな……。いや、頑張ろう……!」

 

 そう、和也はひとり呟いた。決意は誰の耳へと届くことなく、暗闇の中へ溶けて消えていった。

 

 和也と別れた後、自宅へと戻りながらタカモトは再度黙考していた。

 タカモトは和也がした話の内容以上の価値に気付いていた。すなわち、このノウハウ自体よりも、こんな異常なことをさも平然と語る和也にこそ価値がある、と。

回復薬だ土爆弾だというものも常識外なのだ。確かに紅呉の里の住人ならば薬草やアオキノコの効果は知っているし、混ぜることで効果がわずかながらに増すことも知ってはいる。が、水で溶き飲み薬にすることなどは想定外。ましてや爆薬など発想になかった。

 戦闘を想定しているのなら違うだろう。だが、彼らにとって火薬草やニトロダケはせいぜいが火をつけることができる程度の危険物でしかなく、調合することで爆薬とするなど発想がない。ましてや、それを土で固めて投擲して使うなど。

 だがだからこそ問題だった。和也は現状紅呉の里の居候。いつ他所へ流れても不思議ではない。どのようにすればつなぎとめることができるのか。そうしたことを考えていたところにかけられた内容から、和也に里を出る意思はないことをタカモトは知る。和也は苦労を掛けるなど言われたしほっとした様子を見せてもいたが、そうしたことをしたいのは実はタカモトの方だった。

 

 

「ひとまず安心……紅呉の里の先も明るいか……?」

 ほっと一息つきつつ、彼は会話の内容を反芻し始めた。今後の為に、より良い関係のために。未来のために。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 宴の日より一週間、里の協力をつけての初めての狩りの日となった。

 あれからタカモトをはじめとした里の住人のバックアップの甲斐あり、多くのことがわかっていた。

 例えば爆薬の作り方。和也は混ぜることで爆発、もしくは衝撃によって爆発するとそのどちらかかと見当をつけていたわけだが、実際はそのどちらもが正しく、どちらかを満たすと爆発するということがわかった。

 正確に言うのであれば、混合しただけでは爆発の条件を満たせない。だが混合したそれはとても不安定な物質で、少しの衝撃で反応を進めその際にエネルギーを放出する。それが爆薬の原理なのだが、その衝撃は僅かなものでも反応するので実質混合によって爆発と言って差し支えないわけだ。

 その点和也の作った土爆弾は原理としては優れているということがわかった。一つの塊に混ぜ合わせながらも、混合しているわけではない。目標に当てることで爆発する、何らかの衝撃を与えることで混合するように作るということが爆薬製造への道だというヒントを与える結果となった。

 科学、化学といったものを学んできたわけではない彼らだが、命がかかっていることを理解している彼らは和也の説明をとても勤勉に学んだ。結果、一週間で爆薬の製造へとこぎつけることができるまでに至った。

 回復薬も同様だった。万が一の際の怪我を癒す回復薬は攻撃手段である爆薬と並んで必需品だ。和也が最初にある程度の形を示していたこともあり、開発は順調に進んだ。

 結果、武器は爆薬、回復手段は劣化回復薬、防具はなしというなんともお粗末なものではあるが、ハンターらしき状況には至ることができた。

 

 和也とミズキ――里で一番力のある男――の二人は紅呉の里を出てからおおよそ一時間の場所にいた。里の住人が通常来ない程度まで離れて、けれど帰ることができなくなるほど遠くない位置。そのあたりがブルファンゴの生息地だ。

 和也は知らなかったが紅呉の里の住人にとってそういった敵対生物の生息地は一つの生命線。当然のように知っていた。と言っても、狩りに出る必要なく近づかないようにしていたため、ある程度のものだったのだが。

 出るであろうと見当をつけたその場所。少しうろついただけであるが、それでも何種か今まで見なかった物を見ることができた。里の住人からは和也は博識であるというように見られるようになったが、実際それはゲームの経験ゆえだ。当然ゲームになかったものなどはわからない。見つけた物の中には、そうしたわからないものもいくつかあった。

 例えば一週間前の散策の際にも見つけた名称不明のキノコだ。ミズキ曰く食用として使える美味しいキノコらしいが、これの名前は和也にもわからない。

 

 数十分ほど散策しただろうか、そろそろ成果をあげたいと思いイラつきと戸惑いが出始めた頃、ガサッと草葉が揺れる音がした。

 

「(あっち……ぽいな。行ってみよう)」

「(ああ)」

 手によるジェスチャーと小声での会話で意思の疎通を図り、移動を開始する。整備などされているはずのない道だ、気をつけねば大きな音がたってしまう。音を立てては気づかれて逃げられる。彼らは慎重に進んだ。

 移動した先は少し視界の開けた広場のような場所だった。そこではブルファンゴが二頭、雑草を食べている。

 

「(見つけた……はいいが、二頭か……。同時に相手するのは拙いな)」

「(なんでだ? あっちは二頭、こっちも二人。条件は同じだろう?)」

 二頭いたことで心の中で舌打ちをした和也だが相棒はその心情は分からないようだ。一瞬悩んだ後、和也は自分の乗り気でない理由を説明することにする。逸って飛び出されては適わないからだ。

「(二頭いても狩れるのは一頭だけだ。二頭狩っても持って帰るのは恐らく無理。消費しきれるかもそうだし、土爆弾が足りない可能性もある。そうなれば手負いの獣を相手にすることになるんだ。――手負いの獣ってのは恐ろしいぞ。なにするかわからない)」

「(ん、んう? まあ了解した)」

 

 ――こいつ、わかってんのか?

 頼りない返事に不安になるが、一応この場での追及はしないでおく。視線をブルファンゴに戻し、頭も再度切り替える。

 二頭同時というのはゲームでもよくある設定だった。だが、そうなると途端に難易度が上がる。単純に敵が二頭だから攻撃の手数が増やされるというだけでなく、意図しない連係プレーがよくあったからだ。最悪なものになると、片方がビーム、その間にもう片方が近づきタックル、またビームというようになり、回避し続けないといけなくなる。そうなればスタミナが切れて攻撃を喰らい……そのままハメ殺しだ。

 現実となったこの世界においてそういった理不尽さまで現実になっているのかはわからない。だが、二頭同時に相手することが危険なことは間違いないだろう。二頭同時クエストの鉄則は片方が違うエリアに行ってから相手するというもの。各個撃破すれば問題はない。

(そうなると単独行動を待つか……? けど番っぽいしなあ……)

 

 番ならば単独行動はしにくいのではないか? 仮にしたとしてもそれはほんの少しの間だけではないのか。観察を続けている間、ブルファンゴは常に二頭沿うようにして行動している。別れての行動は期待できそうにない。

 

「(よし、あいつらは諦めよう)」

「(えぇっ!? せっかく見つけたのにか!?)」

「(――相手が悪い。だがあそこが餌場なら罠を仕掛けられる。ひとまずは待機だ)」

 二頭同時に相手にしたくないと言ったことを忘れているのか、ミズキの否定的な返事に少々イラつきを覚える。だが、二人での行動だ。仲たがいなど絶対に避けたい。それで別行動すれば各個撃破は簡単だと、そう思考したばかりなのだから。

 

 10分ほどしてからブルファンゴ達は移動する。それを見送り――ミズキは残念そうにしていたが――ブルファンゴが食べていたと思われる餌場を確認する。どうやらキノコや果物を食べているようだ。

「よし、ここに穴を掘る。穴底に土爆弾を用意しておこう。ブルファンゴが来たらその穴に落ち爆発するという仕組みを作る。俺達は茂みに隠れ、穴の爆弾が爆発したら土爆弾を追加。こんな作戦で行く」

「またあいつらが来るのを待つってのか? なら別に今これ投げてもよかったんじゃないか?」

 手に持つ土爆弾を投げるしぐさをしながら尋ねるミズキ。相も変わらずの反応にため息が出る。

「だから、あの状況で投げて同時に仕留めることができなきゃ、やられるのは俺達だよ。同時に仕留めるなんて難しい」

「けどこっちにゃ回復薬だってあるんだし」

「それだって万能じゃないだろ。それに、回復している暇があるかどうかも疑わしい。――納得したか? じゃあ準備するぞ」

 

 本音を言えばミズキの考えも間違っていないと和也は思っている。元より土爆弾は多数用意してある。回復薬も同様だ。だから準備をすることを考えるより、あの場で攻めてもよかったのではないかとも思う。拙速か、巧遅か。それはどちらも正しいのだろう。ただ、命がかかっていることを考えれば、安全をとることは間違っていないはずだ。

 和也とミズキは年齢もある程度近いが、こと狩りに関しては和也に一日の、いやそれ以上の長がある。ならば和也が指示する立場である必要がある。ミズキもそうしたことは理解していたため、和也の指示は受け入れていた。

 穴を掘り土爆弾を敷き詰めておく。その間に何度かガサッと音が聞こえた気がしてびくびくしていた。それでも何とか準備ができ、彼らは茂みに再度身を隠す。

 

 

 何時間か経った。朝とは言えないが昼前には穴に用意をしたはずなのだが、だんだんと空は暗くなってきている。まったく訪れないターゲットにいらつきを通り越して諦めが現れ始める。

 もう来ないのではないか、今日はこのまま帰るべきではないのか。あの時狩りに動けばよかったのではないか、自分の判断は間違っていたのではないか。そうした後悔が心の裡を占める。

 空が夕焼けに染まる。橙色が空を染め木々の木洩れ日も弱くなる。

 

 ――帰ろう。今日はもう駄目だ。

 そう思って諦めを告げようとした。だが口を開こうとしたその瞬間、確かに音が聞こえた。ガサガサと茂みをかき分ける音が。

 

「(来た……か?)」

「(ようやくだな。準備はできてる。指示があればいつでも動けるぜ)」

 辟易していた和也とは違い、ミズキの方はまだ余裕があるようだ。既に手には土爆弾を持ち、狩りへの期待で顔は上気し夕焼けのせいか爛々と輝いている。

 

 そうしてそこに現れたのはまたも二頭のブルファンゴ。朝に出会った二頭だろうか。

 

「(また二頭かよ……)」

「(どうすんだ? また見逃すのか?)」

「(――いや、たぶんそれはもう無理だ。足元には爆弾があるんだ、賽は既に投げられている)」

 足を踏み入れれば落とし穴に落ちるだろう。そうなればその重さが与える衝撃で土爆弾は爆発する。折角用意したそれを無駄にすることは避けたいし、それにまた前回のように痛みで暴れる可能性がある。ならば最初からしとめるつもりでいた方がいい。

 両手に土爆弾、足元にも用意してじっと耐える。ブルファンゴはゆっくりと罠へと近づいて行く。あと五歩……四歩……。

 ゴクリ、とつばを飲み込む音がする。今か今かと気持ちは逸る。だがそれをじっと我慢する。罠にはまってから投げればいいのだ、先んじて投げる必要はない。

 

「(――――いけっ!)」

「――――へ?」

 

 突然の声に反応し、とぼけた声が和也の口から出てくる。それよりわずかに遅れて聞こえる爆発音。ミズキが土爆弾を投げた。それを理解するのには数秒を要した。

 

「ばっ! おまえ! 何やってんだよはやい!」

「えっ!? 拙かった!? だって罠の所に来たぜ!?」

 罠にはまってから投げればいい、ということを理解していなかったらしい。というのも、罠に嵌めるために土爆弾を投げるという理解をしていたようだった。和也は土爆弾の罠はあくまで最初の一撃、という意味合いでいたのだが、ミズキはそれが数を敷き詰めたこともありトドメだと理解していたのだ。

 短い会話でそれを理解する。だが、実際それをやるべき時ではない。何せ、賽は、いや土爆弾は既に投げられたのだ。幸い罠の土爆弾も誘爆し土煙が上がっていたためにブルファンゴにとっても視界は悪いのだろう、攻撃は来ていない。だが、大声で話せば危険しかない。それを二人して理解し、口を閉じて両手に土爆弾を用意する。

 

 だが、それらはすべて杞憂だった。何故なら土煙が晴れた時、そこにはブルファンゴが二頭、倒れていたのだから。

 

「お? 大丈夫だったみたいだぜ。まああれだけ数敷いたしな」

「――そう、か。ならいいんだが……。でも作戦はきちんと理解しようぜ。当たらなかったら惨事だ」

「了解っと。まあ今回は……どわっと!」

 

 急に大声を上げるミズキ。眼をやると倒れていたブルファンゴはまだ息があったようで頭を振りその牙を使ってミズキの腕に切り傷を作っていた。だが、それは最後の抵抗。そのまま頭を力なく落とす。

 

「あ……あぶね……。今死んだかと思った……」

「だから! きちんと作戦は理解しろ」

「あ、ああ。わかった……」

 まあこの程度の傷なら大丈夫だろう、と和也はほっと安心。ある意味これで作戦の重要性をわかってくれたのならいい勉強となっただろう。そうした意味では悪くない成果だ。それに結局ブルファンゴを二頭も狩った。持ち帰るのは大変だが悪くない、いや良い成果だろう。

 

「よし、じゃあかえ……!?」

「え……? 足音?」

 パタパタパタ。どこか軽快な足音がする。だがそのスピードは速い。すぐにでもこの場にやってくるだろう。

 

「ぐっ……隠れるぞ!」

「あ、ああ!」

 短く言葉を発し、先ほどの茂みへと身を隠す。程なくして足音の主はその場に現れた。数は五頭。彼らは皆同じ姿をしていた。

 嘴がある鳥のような姿。だがその実竜種。斑点模様の青い皮。ブルファンゴと同じく雑魚の一種、だがブルファンゴよりは厄介だろう相手。鳥竜種、ランポス。

 彼らは肉の焼けた匂いか血の匂いにつられたのか。鼻をひくひくと動かしていた。やがてブルファンゴの死骸に目をやるとがつがつとその死肉を喰らい始める。

 

(くそっ……俺らの成果だってのに……。けどまああいつらを相手にするのに土爆弾はまずい……。ステップ踏む相手に投擲は相性が悪いだろう)

 憤りながらも冷静に和也は見ていた。直線攻撃しかしないブルファンゴすら恐怖の対象となるのだ。すこしだが複雑な動きをするランポス、しかも五頭。相手にするのは厳しいだろう。

 がつがつと肉を貪る姿は見ていて気分が悪くなりそうだ。刃を使って解体しようが、牙や爪を使って解体しようが、やっていることは変わらない。だというのに気分が悪くなるというのは人のエゴだろうか。

(まあ、こんな血の匂いがしてりゃあ気分も……!!)

 食べることによる解体で血の匂いがあたり一帯に立ち込める。それに気が付き背筋に氷柱を差し込まれたかのような感覚に陥った。

 血の匂いは彼らのような肉食のハンターを呼ぶ。いつまでもここにいればその他のハンターもやってくるかもしれない。それにミズキも怪我をして血を流している。ランポスはどの程度遠くからやってきた? もしかしたらミズキのちの匂いもかぎ分けることができるかもしれない……!

 和也の心に焦燥が湧き上がる。血の匂いで気分が悪いなどすっ飛んだ。今はとにかくこの場を去ることを考えたい。だが、それにはミズキに伝える必要があるし、それに離れる際に音を立てないということも難しい。ならばできることと言えば結局姿を隠し、見つからないように祈ることのみ。 

 

 

 針の筵のような数分をすごし、幸いにもランポスたちは彼らに気付くことなくその場を去った。十分に腹は膨れたのか、二頭どちらも肉がまだだいぶついている。骨にも利用価値があることを踏まえれば、肉が残っていることも合わせて持って帰るべきだ。だが――

 

「帰ろう、とにかく今ははやく」

「――あ、ああ……」

 

 二人はそれをしようと思えないほどに焦燥していた。それでも持って帰りやすいキノコや果物は手に持って帰ることにはした。

 焼けたブルファンゴの死骸を背に二人は里へと帰る。その顔にはどちらも戸惑いと驚きが彩られていた。

 


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