モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第06話 青い斑点の小さな竜

 時刻は既に夜、ランポスを発見した和也とミズキはすぐさま里に戻りタカモトに報告した。その知らせを受けたタカモトは表情暗く、言葉を発することなく静かにしている。何か考えているようだ。同じくその場にいた竜じいもやはり喋らずにいる。やがて、沈黙に耐えきれなくなったミズキが問うように言った。

 

「な、なあ。別にあいつらだって狩っちまえばいいんじゃないのか」

 

 ミズキのそれを聞いてもやはり黙る二人。それを見ながら和也は改めて思考する。

 ランポスというのはモンスターハンターに登場する雑魚モンスターの一種である。見た目は鳥のような黄色い嘴を持ち、骨格も二足歩行する鳥をイメージするとわかりやすいだろう。だが、その実れっきとした竜種である。

 集団で狩りをする彼らはアクティブ型のモンスターだった。ハンターを見れば恐れるどころか向かってくる。その動きはトリッキーで初心者には対応がしづらいだろう。

 同じ雑魚であるブルファンゴは狩ってみろといえば難しいだろうが、ある一定の範囲内で回避し逃げ続けろと言うのであれば難しくない。距離をとってしまえば直線の動きしかしないブルファンゴは何と言っても動きが読みやすいのだから。

 だが、ランポス相手ではそうはいかない。ステップを踏む彼らの動きは初心者には読みづらく、攻撃手段もあまり大振りとは言えない。即ちなぶり殺しにされる可能性がある。同じ雑魚と言えど、相手のしづらさという意味では、ランポスはブルファンゴよりはるかに面倒な相手なのだ。

 ミズキはランポスを知らない。あの場で初めて見たらしい。現在武器となるのは土爆弾、即ち投擲武器だ。それをステップ踏む相手に使うことは難しいだろうということにたどり着かないのも無理はない。

 一方で竜じいやタカモトはそうではない。かつてランポスが里の近くに現れたということは一度や二度ではない。だからこそ、今の状況に危機感を抱いている。ブルファンゴよりも相手にしづらいということを彼らははっきりと認識しているのだ。

 

 沈黙は続く。和也は思考する。この先の未来を。

 ランポスたちはあの場を餌場と認識しただろう。ならばこれからたびたび近くにやってくるだろう。紅呉の里は危険な状況に陥ることになる。やがて、人との遭遇を果たし、そうなれば……結果は人を餌と認識し、里を襲うようになるかもしれない。

 きっとこれはかつてないほどの危機的状況だろう。そしてそうなった原因はなにか。それは考えるまでもなく……故に和也は思考する。

 

(どうすればいいか……なんて……良くわかってるんだ)

 その選択をするのはとても怖い。きっと後悔に塗れることだろう。だがそれでも……選択しない後悔をするよりはずっといいはずだ。

 それが自分の招いたものなら、見捨てることは人の道を外れることになる。ならば必要なのはただ選択する勇気だけ。逃げるのではなく立ち向かう選択を。

 

 

「俺が行きます」

「なん……と……?」

「俺が行きます。奴らを……俺が狩ってきます」

 

 恐怖を心の奥底に包み隠し、凛とした声を場に震わせた。

 

 

 通常動物には徘徊する範囲が存在する。それは自身の安全と食事や排泄などの場を確保するためだ。食料がない場所だとしても、他の生物が寄り付かない場所であれば安全地帯となる。逆にどれだけ食料が豊富であっても、そこに上位種が寄り付くのであれば危険地帯と化す。

 ランポスたちは労せずブルファンゴの肉にありつくことができた。これにより、ランポスたちはあの場を安全で楽な餌場として認識したことだろう。だが、そこに他のハンターが登場することでランポスたちにひかせることができる。狩ってしまえば問題ないが、仮にできずとも傷を負わせるだけでもとりあえずはいい。この周辺を危険地帯と認識させられれば良いのだ。

 

 タカモトや竜じいの話から得た周辺の土地情報によると、人里は近くになく東には切り立った崖が、北には山が、西と南にはまず森が、その先に草原が広がっている。尤も、川の流れは南へと向かっているので南にずっと行けば海へ行きつくのだろう。

 ランポスたちとの遭遇ポイントは紅呉の里より5km~10kmほど西へ行った森の中だ。おそらくは西の草原からやってきたのだろう。元より紅呉の里周辺ではランポスの目撃情報など一年通してあるかないか。あの五匹を狩ることができれば問題はないはずだ。

 

 和也はそう考えてランポスとの遭遇した場所まで歩き続ける。装備は回復薬を三つ、土爆弾を十。護身用になるかさえ怪しいがブルファンゴの牙で作ったナイフ。防具はジャージに木製の盾のみ。なんともお粗末だ。ゲームで言うところの裸に近い。それを考えると怖さが立つが、何も言わずについて歩く相棒を思うとそれを出すこともできない。

 ちらり、と首を少しだけひねって後ろを見ると、多少おっかなびっくりな所もあるがミズキが和也の後ろを歩いている。

 

「大丈夫か?」

「あ、ああ……平気だ」

 

 言葉に反して声は震えている。気丈に振舞ってはいるが余裕はないのだろう。和也とて本当は恐怖で震えそうなのを必死にこらえている。それは、初心者にあたるミズキにかっこ悪いところを見せたくないというプライドからだった。

 森を歩くこと一時間。多少迷いはしたが彼らは目的地であったランポスとの遭遇場所に到着する。焼け焦げ抉れた地面やブルファンゴの遺骸が残っていることから見てもそれは間違いない。だが――

 

「昨日よりも食い散らかされてる。それに真新しい足跡も……」

 

 しゃがみこむ和也の目には鳥のような足跡がいくつも見受けられた。サイズで言えば人の足よりわずかに大きい。その足跡の主とこれから相対しなければならないということを思いだし、ブルリと体が震える。それを必死に隠し状況を観察する。

 真新しい足跡の主達が実際何匹いたのか。それを推理するのは難しいが無数にあることから複数であることが伺える。ならば昨日の五匹と同じ個体か、それとも別の個か。はたまたランポスではなく別の鳥竜種なのだろうか。逡巡し、作戦を考え、実行に移すことを決意する。

 

「昨日のブルファンゴと同じ手で行こう。つまり穴を掘ってそこに土爆弾を埋める。周囲にいくつか作っておいて一個爆発すれば誘爆するという仕組みを作ろう」

「了解だ。――急いだ方がいいよな」

「ああ、作ってる間に来られちゃ敵わない。さっさと用意して速やかにこの場を去ろう」

「罠を用意するだけなのか? 穴の爆発の後、さらに土爆弾を投げたりはしないのか?」

 

 ミズキの意見を聞きもう一度考える。結果、ランポスの危険性と今回の目的から作戦の変更はしないという結論となった。

 

「いや、今回はしないでおこう。手傷を負わせるだけでもとりあえずは良いんだ。それに仕留めきれなかった時、ブルファンゴ以上にランポスは厄介だ」

「そうか。――悪いな、いつも」

 

 ミズキの声に疑問を感じて視線をやるが、既に作業に入っていたために声をかけることが躊躇われてしまう。あまり気にすることをやめ、和也もまた作業へと入った。

 

 

 

 ミズキにとっては和也はあり得ないほどに博識で、あり得ないほどに頼りになる相棒だった。和也はミズキを楽天的と見ているが、その実ミズキの人生というのは和也の目から見て壮絶なものだ。

 母は弟を生んだ時に亡くなり、父は二人を育てるために働き続けた。周りの助けもあって男三人は暮して行けたのだが……ある時父も弟も、里の西の草原まで下りてきていた飛竜種に目の前で食われてしまった。その際、ミズキが食われなかったのは一重に運がよかったからだ。当時体がまだ弱く畑仕事中心だった彼は肥しの匂いがこびりついていた。その匂いを嫌われたが故に生きのこった。

 モンスターには勝てない。それは紅呉の里の共通認識でありミズキにとっても同様だった。絶対的強者の前で人は為すすべなく、生を諦めるほかない。畑仕事や木々を運ぶことで体は鍛えられていったが、それは所詮人の範疇。絶対的強者に敵うものではない。

 まだ一週間だ。だが、生活は既に一部が変わり、学ぶことも増えたが故に一日の密度も濃い。もう既に何か月もたったかのように思えてしまう。それでも一週間前の感動だけは思い出せる。満身創痍ながらも生きている和也と、その前で木の下敷きになっているブルファンゴの遺骸、それを目にした時の感動だけは。

 頼りになる相棒には常に迷惑をかけている。それを認識してはいるが、かと言ってどうすることもできない。ミズキにできないことを相棒はできる。けれど、相棒のできないことはミズキにもできない。理解できることと対策し実行できることは別の問題だ。

 楽観的というのはあくまでも和也の目から見てのことだった。

 

 

 

◆◇◆

 罠を用意した後、彼らは移動する。ゲームであったモンスターハンターであれば罠というのは痺れ罠か落とし穴のことであり、相手の動きを一定時間制限するというものだった。落とし穴に爆弾なり竹槍なりを用意しておけばダメージを狙えるというのに、そうしたことはできなかった。

 しかし、この世界においてそうした制限は存在しない。大型モンスターにしか使えなかった罠も、この世界でならば好きなように使用できる。行動の制限ではなくダメージを与えられるように爆弾を置くことも、一つと言わず無数に仕掛けることも。それが和也があの場に留まることを選ばなかった理由の一つだ。

 ブルファンゴを相手にしていた時は、狩り自体は目的ではなく手段だった。だからその場にとどまり狩った肉を確保する必要がある。そのためにトドメの手段を用意することも、横取りされないように動かないことも必要だった。

 しかし、ランポスたちは追い払えればそれでいい。確かに皮や爪が手に入れば今後の助けになるだろう。しかし、そのために命を賭けられるかと言えば答えは否だ。ブルファンゴ相手ならば現状でも平気なのだから。

 そう考えて和也は移動した。別の場所にも罠を仕掛けるために。草葉を踏み分け、けもの道を歩き、見つけたのはまたも足跡。それも、とても真新しくほんの数時間程度も立っていないであろうというほどのもの。

 

「――鳥竜種。これもランポスたち……か? ならこの足跡をたどった先にランポスがいるのかもしれない……」

「どうするんだ。足跡があるってことはここも通り道なのか? ならここに仕掛けるか。それとも――」

「いや……ああ、そうだな。先へ行く。穴を掘るのには時間がかかりそうだし、土爆弾も浪費はできない。先へ行って……もし近くにいるのであれば……どうするかな……」

「なら穴を掘らなくてもここに土爆弾をいくつかおいておくと言うのはどうだ? 近くにいるのならここに誘導してさ」

「――なるほど、穴に落ちた衝撃での起爆ではなく、俺らが土爆弾を投げてそれで起爆、というわけか。悪くない……が、まずは確認からだな」

「了解」

 

 話がまとまったところでけもの道を進む。もしかしたら近くにランポスがいる。そう考える故に彼らの進みはとても慎重なものとなった。一歩歩くごとにそれが死へ向かっているかのような恐怖を感じる。また一歩踏み出すと大してなってもいないはずの足音がとても大きく聞こえてしまう。慎重に、臆病に、彼らは進んだ。

 歩いて出た先は木が密集している薄暗い場所。常に日が当たらないのであろうそこは地面には苔が生え、雨でも降ったのか水気がついている。そんな場所でランポスたちは昼寝をしていた。

 

「(発見……。寝てるな)」

 

 じっと見やる。動く様子はなく彼らは多少重なり合うようにして眠っていた。残念ながら体が規則正しく上下している様子が見られるので、死んでいるということはないようだ。和也の目から見て数が六だか七だかに見えるのだが、あまりつぶさに観察している暇はない。

 

「(戻るのか?)」

「(――いや、やめておこう。下手に足音を立てるのは怖い。折角寝ているんだ、ここで攻める。準備を)」

 和也の沈黙を戻ることを考えていると取ったのか、ミズキが尋ねる。瞬時にそれは拙いと判断をした。睡眠時の三倍ダメージというものもあるが、何より睡眠中で動かないという状況は、いかに複雑な動きをするモンスターだろうと関係ない。今この時こそが千載一遇のチャンスだろう。

 コクリと頷いてミズキは手に土爆弾を持つ。和也もまた同様に両手で土爆弾を構えておく。土爆弾は殺傷範囲も殺傷力もあまり強くない。だが、そこは数で補う。最初の一投こそ同時だが、その後はできる限り迅速に連続で投げ続けることとする。元より不意打ちで仕留めるのが現実的と思っていたのだ。相手が眠っているというのならその成功率が上がり願ってもない。

 右手に持った土爆弾を構え、投げる手前で止めておく。相棒も同じ状況へと持っていき、二人は同時に顔を見合わせた。どちらからともなく、二人は頷き――投げる。

 ゴォン、ボォンと爆発音があたりに響く。ニトロダケと火薬草を固めていた土が衝撃ではじけ飛びあたり一帯に焦げた土をふるまった。小石も混ぜておいたそれは爆風で飛び散って幹を切り裂き木々に傷を残す。それはあたかも手りゅう弾のようだった。

 

 一しきり投げ終えてあたりを見渡した二人は思わず呆然としてしまった。命のやり取りに対する慣れなのか、ブルファンゴとの初陣の時とは比べ二人とも落ち着いていた。故に逸ることなく同時に投げるということが可能だったと言える。が、それでもこうして連続で投げたことはなかった。そのあたり一帯を破壊尽くさんとばかりの破壊力には驚きの一言だ。

 

 呆然としていた意識を突如戻す。昨日のブルファンゴの時と同じだ。いくら驚き心奪われようとも、常に警戒は怠ってはならない。安全なぬるま湯の世界で生き続けた和也に警戒心を抱き続けるということは中々慣れず難しい。

 土爆弾はすべて使い切った。手元にあるのは頼りないナイフと回復薬だけ。ナイフから鞘代わりの布を外しておく。――瞬間、土煙の中から何かが飛び出してきた。

 

 咄嗟にナイフを横に構えてその何かを防ぐ。だが咄嗟のことで腰を落としてもいなかった故に軽々と吹き飛ばされてしまった。背中をすりながらも視線をその何かの方へとやり……その正体を悟った。

 見た目はほとんどランポスと同じだ。だが、その体長は大きく、今まさに襲い掛かっているミズキを頭上から爪を振り下ろせるほどに大きい。そしてランポスにはない赤いとさか。ランポスの群れのリーダー、ドスランポス。それが影の正体だった。

 

「ぐっ…………!!」

 

 なんとか指示を出そうとするも声が出ない。背中を打った時に息を大量に吐き出してしまったのだ。和也はすぐに対応できるような超人ではない。

 ミズキは初見ながらもなんとか爪の猛攻を躱しているようだ。というより、ドスランポスの動きには精細さが欠け、どこか鈍い。おそらく爆発のダメージは十分にあるのだろう。ならば勝ち目はあるか……? そう考えた時だった。

 

「がっ!?」

 

 爪が一閃、次いで二閃。ミズキの胸元を真っ赤に染める。肉をえぐり取るような一撃――ではなく、ただ少々裂いただけのもの。だが一度攻撃を受けたことで、ぎりぎりで躱していたミズキには対応できなくなってしまう。追撃が襲いかかる。

 

(くそっ……早く……!)

 痺れる腕をなんとか腰の回復薬に伸ばし、それを口元へと持っていく。飲んでる途中で落とし胸へとかかる。だが傷にしみるそれは瞬く間に痛みを引かせる効果を持っていた。

「だあああっ!!」

 急ぎ立ち上がって回復薬を入れていた麻の袋を投げつける。多少残っていた回復薬が重りとなってそれはドスランポスへと当った。攻撃の手を止め、血走った目が和也を見やる。

 改めて見ればドスランポスは皮膚の所々がただれ、火傷の跡がある。初撃の土爆弾はきちんと効果があったのだろう。だが、それで殺すまでには至らなかったということか。

 体がずきりと痛む。やはりゲームのように回復薬を飲んで怪我をする前と同じ状況に、という訳にはいかないようだ。無いよりは遥かにいいが、無かったことにするほどのものではない。

 敵はドスランポス。群れのリーダー格。対する和也たちの装備は防具は木の盾、武器はブルファンゴの牙でできたナイフ。お粗末だ。だがそれでも――負けられない。

 ミズキも回復薬を飲んでふら付きながらも立ち上がり……死闘が始まった。

 

 

 ドスランポスの振り下ろされる爪を大きくステップを踏んで躱す。そのまま追撃として来る爪も後退して躱す。そうして一人だけを狙っているのならもう一人が攻撃できる――かと言えばそうでもない。後ろについている尻尾が、爪をふるたびに振られ、そのたびに接近が阻まれる。

 ドスランポスの出血は既に止まっている。体力は明らかに減っているだろうが、体の大きいドスランポスを相手に持久戦をやって勝てる保証はない。できるなら確実に攻めて仕留めたい。

 ならばと攻撃に合わせてナイフを振るおうとする――が、爪や牙を避けるのに必死で攻撃は届かない。片手剣にも満たないほどに短い武器。リーチの短さは致命的だ。

 

(きっついな……。どうにかして攻撃を届かせる手段を考えないと……!)

 痛みか、それともブルファンゴのと戦闘の経験ゆえか、和也は比較的冷静でいられた。それはもしかしたら冷静でいないと死ぬという、この世界で生きる故についた本能なのかもしれない。そして事実、その和也の思考は正しい。

 剣を持たない者が剣を持つ者を相手に、剣を使うものが槍を使うものを相手に。それぞれ三倍の実力が必要とされる。その喩の是非はともかくとして、リーチの差というものは戦闘に多大な影響を与えることは確かだ。体の大きさ、持つ武器の長さ。どちらもドスランポスは和也たちに勝っていた。

 

 ドスランポスが攻撃が当たらないことにいら立ってか、標的をミズキに変える。右の爪をふりおろし、次いで左の爪を振り下ろす。その後もあげて、おろし、薙ぎ払いと爪を使った攻撃を繰り返す。一流から見ればただ爪を振り回しているだけだろう。だが、和也たちにとってはそれで十分脅威だ。

 向けた背へとナイフを突き立てようと考えるが、即座にそれを廃棄する。相も変わらずふられる尻尾は和也の接近を依然として拒んでいる。下手な接近は却って状況を悪くするだけだ。

 

「ぐぅっ!!」

 再度、ミズキに爪が刺さる。苦痛の呻きを漏らすミズキに、尚もドスランポスは爪を振るおうとした。

「くそっ!!」

 それを防がんと和也は尻尾を無視して攻撃へと走る。だが、当然それはグルンと降られたしっぽに阻まれた。腹にあたったそれでまたも体中の息を吐き出してしまう。

 だがその一瞬で、ミズキは後退していた。回ったことでドスランポスは和也もミズキも見ていなかった。その隙にミズキは回復薬を傷口に振りかける。麻の袋を投げ捨て、もう一度武器を構える。

 

(――あれ、いけるか!?)

 その光景を見て打開策を思いつく、瞬間浮かんだ案を採決。即座に指示を出した。

 

「その袋に小石詰めろ!なけりゃ土でいい!」

「んあ!?」

「急げ!」

 指示を出してからは即座にドスランポスへと襲い掛かる。この間にミズキを襲われてはかなわない故の囮の行動。

 ミズキも指示の意味は理解していなかったようだが、それでも和也への信頼が行動へと繋げた。それを横目で確認しながらドスランポスとの戦闘へと身を乗り出す。

 爪をナイフで捌き、もう片方の爪を何とか避け、いらだちながらの噛みつきを体をひねって回避。ミズキの準備の間はとても長く感じた。ミズキは指示通り素早く小石と土を袋に詰めていたのだが……その僅かな時間さえ永遠に思えてしまう。

 それでもなんとか躱し続け……ついには準備を終えた。

 

「できたぞ、和也!」

「紐をっ! 持って! 振り回せ!!」

 

 例え小石や土だろうと、袋に詰めればばらけることができずに固くなる。大して長くはない紐だが、それでも遠心力によって勢いを増す。変則的なブラックジャック。それが和也の狙いだった。

 二人にとって幸いだったのは、土爆弾によって地面がえぐれていたことだ。必要な小石や土はおかげで簡単に得ることができた。

 

 今まで防戦一方だった二人だ。いかに傷を負って怒り狂っていたと言えど、嬲るようにしていた状況からドスランポスには余裕ができていた。そしてそれは、この場において油断となった。

 メキィ、と大きな音を立ててミズキの振るうそれがドスランポスの頭蓋にあたる。眼球を飛ばし、頭がい骨を陥没させる強大な一撃。肉も骨も抉る一撃がドスランポスに決まった。

 ドスランポスは倒れ、ピクリとも動かない。顔の左半分は陥没して眼球は消えうせ虚空となっている。生きているのなら激痛に悶えているはずだ。つまりこの状況が意味することは一つ。

 

「勝った……のか?」

「みたい……だな」

 呆然と呟いた。信じられないと言うように。だが、呆然としていた彼らの顔は見る見るうちに表情を明るくしていく。

 

「ッッッ!! 勝った!!」

「やっったあああ!!! 勝ったああああ!!」

 

 痛みも忘れ、死闘を制したことを喜び合う。猛る勝鬨が響き渡った。

 

 

 

◆◇◆

 疲労困憊、満身創痍。怪我と疲れは酷かったが、それでも交代しながらドスランポスの遺骸は持って帰ることにした。ランポスたちは爆風によって見るも無残な状態になっており、それでも形を保っていた爪や牙だけいくつか袋に入れておく。

「なあ、これとこれは使えるんじゃないか?」

 遺骸を漁っていたミズキが声を上げる。何かと思って見ればランポスの遺骸を二つ抱えていた。

 

(――――ってあれ? おかしいな。あんな抱えられるはずないんだけど)

 

 よくよく観察すると、ランポスの頭を二つにランポスの皮を数枚持っている状態だった。頭と言っても嘴周辺から目にかけての辺りだけだが。

 

(首切るのは難しいしなー。――なんか慣れちまったな、この状況)

 

 遺骸を漁ることも、首を見ても動じないことも、以前ならばあり得ないことだ。それがこうしてくだらないことを考えていられるのは慣れたということなのだろう。

 

「よし、帰るぞ。あまり遅くなるのもまずい」

 

 一通り選別を追えて彼らはそこを去る。焼け焦げていたりぼろぼろでちぎれていたりするが、それでもまぎれもなく今回の狩りの成果だ。どうせ手に入るのなら持っていきたい。疲労感もあるが達成感もある。二人は疲れを押して荷物を持って帰る。

 疲れは彼らの歩を遅くする。その上、肉は付いていない故に元よりは軽いがランポス数体を抱えているのだ。ドスランポスに至っては碌に解体されていない。引きずるようにして歩いているのだが、それらが彼らにさらに疲れを強いる。

 そうしてしばらく歩くと草原に出た。どこまでも続くかのような緑色の大地。草原は森の西側にある。方向を間違えたかと気付き項垂れる。

 

「これ……やっぱおいて帰りたい……」

「すっげえ同感だ……」

 

 今来た道をまた戻らねばならない。それを理解して二人はしょぼくれた。ゲームであれば剥ぎ取り素材を何種も袋の中に入れて、その重量など気にせず狩りができていた。今思うとあれはおかしい、とくだらないことを愚痴る。

 

「もうどっかで野宿しないか? もうそろそろ暗くなってきたし……」

「了解だ。草原……で寝るのか?」

「あ、いや……森に少し戻って火を焚こう。ドスランポスの遺骸が魔除け代わりにもなってくれるんじゃないか……?」

 

 ランポスもブルファンゴもモスも、ドスランポスに襲い掛かろうとはしないだろう。まだ解体していないために形を保っているのだから大丈夫じゃないだろうか。その夜はそう考え、火をたいたのち二人は死んだように眠った。翌朝になってからそれでも危なかったのではと気付くのだが……無事だったのだから良しとしよう。

 

 

 

 

 

 だが、無事ですまないこともあった。翌朝彼らが起きて数分後、近くで大きな、耳をつんざく咆哮が聞こえたのだ。

 

「――――!!」

 二人ははっと顔を見合わせた。見合わせた相手のミズキはとてもひどい顔をしているが、自分も同じだろうと和也は内心思う。木々に身を隠しながら恐る恐る咆哮の主を探す。

 

 それはすぐに見つかった。草原の真ん中に堂々としていた。

 絶対的な強者故に隠れる必要などないと堂々と。赤い翼と尾を持つ飛竜。この世界で最初に見た大型モンスター。

 

「リオ……レウス……」

 

 

 王の姿がそこにあった。

 




ドスランポスの頭が欲しいです。全然出て来ません。なんでドスランポスはギルドクエストしかないんだ……。

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