途中までであるが和也は紅呉の里の人間数名と共にミズキを追いかけていた。それはミズキが山へ言った理由を知るためと途中で追い抜いていた場合止めてもらうためだ。
和也ひとり山に入ってからは登って行くうちに戦闘の音が聞こえてきたので見つけることは結果としては難しくなかった。話からミズキが肥しの匂いを嫌われて喰われなかったのだろうという推測の下、途中で手に入れたモンスターの糞を投げつけたという訳だ。
(こやしの臭いを嫌って逃避――とかにはならないか。こやし玉じゃないから駄目なのか、それともこれも相違点か……。どちらにしても難しくなった。逃げてくれりゃあ楽なのに……)
怒りに燃える眼を向ける飛竜種に対し、和也は少し冷静でいられた。少しずつモンスターと相対するということに慣れてきたということかもしれない。もちろん、気を抜けば足は震え漏らしてしまいそうになるほど恐怖を感じるのだが。
(恐怖が一週まわって感じなくなった……とかかねえ。にしても……こいつ、リオレイアだよな?)
冷静に自分のことを見つめながらも、想像と違う点に和也はきちんと気づいていた。見た目はリオレウスに似ている姿を持つ飛竜、だがリオレウスとは違い緑色の外殻を持つ飛竜、リオレウスとは番として行動する飛竜、リオレイアだ。
つ……と冷や汗が流れるのを感じる。二頭同時の討伐は危険だとミズキにも言った。まして相手は絶対的な上位種である飛竜だ。リオレウスが近くにいる可能性が高いことを考えれば、元々0に近かった討伐成功の可能性が更に低くなる。元々逃げに徹するつもりでいたが、その考えをなお強めることになった。
ちら、とうつ伏せに倒れるミズキの様子を見る。浅いが呼吸はしているようで肩や背に動きがみられる。だが、起きることはできないのか、それとも意識が無いのか動く様子はない。
(焦げた様子はないし、たぶん脚か翼で叩かれたとかか? 脚の爪には毒があったはずだ。解毒草食わせてえが……そんな隙はねえよな)
目の前には未だ目をぎらつかせているリオレイアがいる。おもちゃで遊んでいたら異臭を放り込まれたのだ。その怒りは計り知れない。冷静と言っても慌てないで済むと言うだけで、恐怖がすべて消えたわけではないし緊張で体も硬くなる。リオレイアを前にして余計なことをする余裕などあるはずがない。
(準備はしてきたんだ……。後はタイミングを間違えなければ……!)
ゴクリ、とつばを飲み込む音が鳴る。それは恐怖からか、はたまた興奮からか……。睨み合いは十数秒続いた。和也にとってはもっと長く感じられた十数秒。それはリオレイアの咆哮によって破られた。
――ゴアアアアアアアアアアアア!!!
一瞬首を引いたような気がしてもしかしたら咆哮かと気付いたが意味はなかった。相対する敵を拘束する咆哮、空気を震わせる音量に両手は耳を守ることに使われた。
だが、その威圧を以てしても意思は挫けないようにと強く律する。何より、討伐の必要はなく逃げればいいという条件が、成功可能性が見えるという状況の為に屈する必要などどこにもない。喰われる寸前だったということを考えれば、ミズキとて討伐に固持することはないだろうということもそれを助けていた。
首を前に、威圧を込めて、リオレイアは突進をしてきた。ブルファンゴなど比べ物にならない巨体は、先ほどの咆哮も相まって強烈な存在感だ。だが、そのスピードは脅威というほどではない。相手の動きを見ておけば躱すことはできる。
「ぬおっ!」
ゴロンと転がって突進は回避、だが硬い地面に渋面をする。回避し続けることは難しいとそれだけで理解できた。だが、リオレイアの突進は少し逃げるだけでは追いかけてくる。逃げ切ろうと思えばそうした咄嗟の回避は必要になってくるのだ。
(回避し続けるのが無理となると、隙を伺うなんて考えている暇はないな。早めに逃げないとまずい。――元々か。リオレウスが来たら逃げきれないんだし)
今はリオレイアが下、すなわち麓側にいる。逃げるにしてもリオレイアの傍を突っ切らねばならない。もう一度突進を回避し、その後がチャンスだと腰に用意しておいた麻袋を手に持った。
おそらくチャンスは一度だけだ。消耗品を利用するということもそうだが、生物には慣れや学習というものがある。一度した行為は対応される可能性が十分にある。
「――こいよ。こええなんてもう今更だ。生きると決めた、生きのこってやる……!」
それでも和也は必死の思いで挑発をする。言語が通じるかどうかなど関係ない、必要なのはその意思だけだ。相手を昂らせ、自身は余裕を保つための挑発。例え虚勢だろうと必要だった。
挑発は正しく効果を発揮したのか。そう尋ねられれば答えはノーだ。いかに抑えようとも和也にはまだ怯えや恐怖があり、声や表情にはそれが写る。それを隠すための虚勢なのだと野生の本能がリオレイアに教えていた。
だが、意味がなかったのかと言えばそうではない。狩られるだけでしかないはずの獲物にして玩具が、ただ地を這いずり逃げ回ることしかできない雑魚が、目の前で立っている。そして、あまつさえ挑発さえもしてきた。言語は正しく理解されない。だが、効果はあった。
――ゴアアアア!!
再度の咆哮。それに追随するように突進。咆哮によって拘束し、動きを鈍らせたところで突進を、というところだろうか。だが、突進を同時にするが故にその音声は本来の咆哮に比べて弱い。
そも咆哮というものは肚の底から息をすべて吐き出す勢いでするものだ。モンスターと言えど生物には変わりない、また生物として大きく異なりこそするが動物でもある。和也がそうであるように、リオレイアとてそれは同じ。咆哮、即ち声は口を開いて出すものだ。大声を出すのなら止まってするのと走りながらするのと、どちらがいいかということである。
だが、同時に想定外でもあった。
「っつあっ!?」
それがゲームであったなら。その咆哮に意味はない。所詮拘束しないのであれば威嚇でしかないのだ。気にせず行動できる。咆哮が来たのであれば耳をふさいで動けなくなるが、そうでないのなら関係ない。それがゲームの動きだった。
迫ってくる突進、即座に走れば回避は容易かったそれを和也は避けきることができなかった。咆哮に一瞬体はすくみ、手は耳を庇おうと動いてしまった。その硬直が戦闘では命取りとなってしまった。
(う……おお……。いって……)
顔を顰めて痛みに耐えながら、パニックになることだけは防いだ。防具替わりに身に着けていたランポスの皮が意外にも丈夫だった結果である。加えて、下から登るという重力に逆らう動きであったことも幸いした。
(ますます長期戦は無理だな。最初からやる気はないが……)
口角が吊り上るのを感じた。痛みは当然ある。だが、それよりも偶然が作用したとはいえ生きているのだ。そしてそれは、チャンスが目の前までやってきたということである。
「喰らえっ!!」
投げたそれは茶色い麻袋だ。この世界においては特別変哲もない――いや、ぼろぼろで袋というよりは目の細かい網に近くなりつつある麻袋だ。空中を踊るそれには黄色い虫が詰まっていた。
リオレイアが振り返る。その時既に和也はミズキの下へと走っていた。狙いがうまくいったのかどうかなど確認はしない。うまくいったのなら問題はない、失敗すれば万策尽きた。そんな思い切った行動は、何よりも出遅れてチャンスを逃すことを恐れていた。
振り返ったリオレイアは再度突進をしようと重心を下にした。そこへ麻袋が飛んでくる。彼女はそれを煩わしげに翼で払った。
瞬間、世界は光で包まれた。暖かな日の光などではなく、暴力的な光の奔流。その発生源を目の前にしてしまったリオレイアはうめき声をあげた。
選別の暇さえなく、ただ黄色い虫を詰めた袋。ぼろぼろになった麻袋に詰まった虫、それは和也の知識で言う光蟲と雷光虫の詰め合わせだ。光蟲は素材玉と調合することで閃光玉ができるアイテムであり、絶命時に光を発する虫である。
和也にとってリオレウスとはなじみ深い敵だ。亜種やら希少種やらと戦い、時には闘技場で夫婦を同時に相手にしたりしていた。そうして戦う際はいつも重用していたのが閃光玉。閃光によって相手を目くらませ、逃げる時間を稼ぐにはもってこいのアイテムである。
発光の度合いや光蟲が死に至る衝撃など、確かめたいと思いながらも選別の暇もなかったのだ。当然そんなことはできなかった。だから、理想は相手の目の前に叩きつけ発光すること。その意味では麻袋をリオレイアが叩いたことは僥倖だった。これには、ミズキが土爆弾を投げていたため、それが印象付けられていたことも要因の一つだ。誰だって、眼前で土塊が破裂することは嫌うだろう。
「逃げるぞ! 動けるか!?」
「あ……ああ。すまん……!」
和也はミズキに言いたいことがあった。ミズキにも和也に言いたいことがあった。だが、それを置いておき二人は逃げるために走り始めた。説教も謝罪も後にして走り突如として悪寒におそわれた。
「――っ!!」
避けろ。シンプルな本能の命令を躊躇うことなく聞いた。前へと倒れ込み、地面を削るはずだった勢いによってミズキを巻き込みながら倒れ込む。次いで前方で爆裂の音。見れば大きな焦げ跡がついた岩石が転がり落ちる所だった。
何が起きたのか。すぐに和也は思い至る。そしてその答えはなおやってきた。ボン、ボゥン、と次々放たれるそれは火球。火炎袋という炎の生成器官のある飛竜種ならではの攻撃。リオレイアお得意の攻撃方法だと言っていい。近づけば爪や尾による攻撃、離れれば突進や火球。何と攻撃方法の多彩なことだろうか。ゲームであれば嬉しいそれは、現実になったとたんに文句しか出てこない。
ならば相手の攻撃が落ち着くまで待つ。そう考えて青くなる。
「――っ! あっちのくぼみに!」
突如喚くような言い方をしてしまったが、ミズキも和也の言わんとすることは分かったのか、すぐさま移動しくぼみの影へと隠れる。整備もされていない山だ、火竜種ならばともかく、彼らにとっては隠れる場所は事欠かない。そこに隠れて和也は一息つく。
和也が思い至った可能性は単純なものだ。閃光玉の効果は所詮目くらましの一時しのぎであり永遠ではない。光蟲が何匹も詰まった麻袋の閃光は、光蟲一匹の閃光玉と比べて恐らく強烈なものではあるだろうが……それだけだ。やはり永遠の効果など期待できない。閃光玉によって暴れる飛竜、それが落ち着くのは閃光の効果が消える瞬間だろう。そしてそれは、突進が再開される瞬間でもある。
(まっじーな……。閃光が無きゃ逃げられない。けど閃光やると暴れて火球ばらまき……。どうしろってんだ……)
無理ゲーだくそげーだとでも怒鳴って投げつけてやりたい気分だ。だが、現実ではそうもいかない。現実でそれをするというのはつまり死ぬということだ。死なないと決めた以上それはできない。
(リオレイアってあとどんな攻撃したっけ……。つーかそれ以前にこれどうやって逃げればいいんだ? 飽きるのを待ってエリア移動したら俺らも逃げる……。なにそれどうやるの?)
ひたすらにゲームのことを思い漁る。そうすれば少しぐらいはヒントがあるのではないかと信じて。実際それはただの現実逃避だった。
「――わりい……。巻き込んで……」
無言になった和也に顔面蒼白のままにミズキは言う。そんな今更な謝罪に対して和也には怒鳴る度胸も否定する勇気もなかった。何も言えずただ黙りこくってしまう。一応、回復薬などを飲ませていなかったことだけ思いだし、解毒草含めて渡した。
相棒を回復と休息に専念させて、和也はもう一度思考しようとする。だが、その前に前提条件がおかしいということにようやく気付いた。ゲームにおいて、ただ逃げようとする経験などないのだ。ましてや体力を奪われた相棒を連れての状態では。
(くそっ……落ち着け。それでも何か方法が――!)
必死になって記憶の海を漁る。だが、やはり無駄。とうにリオレイアの目は回復しているだろう。となれば、もういつ襲われても不思議ではない。幸いにしてやたらめったに炎を打つ様子はなく、突進する地響きもないのだ。だからといって探ることは恐怖故に出来なかった。
詰み、と言ってもよかった。それぐらい、和也には状況を打開するすべは思いつかなかった。逃げるだけなら可能だと、そもそもそう考えたのが間違いの元だったと。いや、それを言うのであれば連れ戻しに来た時点で間違っていたのかもしれない。
(――――――死ぬんかな)
ふと、思った。恐怖が少しずつ消えていき、無感動になりつつある心が。そう言った。
◆
ボゥン、と火球を放つ音がした。それがどこかにぶつかり、何かが転がり落ちる音もした。痺れを切らしたリオレイアが無差別攻撃を始めたのか、そう和也は思った。
だが、それにしてはおかしかった。リオレイアは動き回っているかのようなのだが、それは依然として和也たちの下へ来ない。
和也よりも先にミズキがそれに気付き、率先してそれを探る。くぼみからそーっと顔を出して何が起きているのかを知り――
「うぇっ?」
妙な声を上げた。
「なんだよ……? いったい」
「いや……なんか変なのが飛竜の周りをうろついてて、それをうっとうしがっているみたいだ。なんだあれ……?」
形容する言葉が無いのか、ミズキはかなり困っている様子だった。解毒草も回復薬も渡したが、それでもまだ体力全快とは言い難い。それなのにこうして素のままの言動を見るに、驚きがそれだけ強いということだろうか。自分も知るために和也は顔を出す。
リオレイアは最初にいたのと同じあたり、和也たちがいる場所より10mほど登ったところにいた。そして、近くには白と黒の小さな何かがうろついている。形容するならば直立した黒と白の猫。
「――アイルーとメラルーだ……。え? なにこれ」
痛みも恐怖も忘れて和也もミズキ同様に素のままに声を上げた。アイルーだのメラルーだの知らないミズキはその存在そのものに驚いていたが、和也はその光景に驚いた。
アイルー、メラルーとはモンスターハンターに登場する亜人種だ。見た目は直立した猫でありながら、牧場の管理や料理、ハンターのお供まで何でもこなす白猫。ハンターの相棒こそがアイルーである。メラルーは敵として登場し、ハンターに攻撃する。ダメージを与えることはないが、代わりにアイテムを盗むという変わった敵だ。その彼らがリオレイアを相手にしている。
「――え? なにこれ」
もう一度和也は同じことを呟いた。それほどまでに眼前の光景は意味不明だった。決して戦っているわけではなく、怒るレイアに逃げ惑うアイルーとメラルーという光景。ただ、そうした光景は決して見ることはなく、想像もしていなかっただけに驚きが増す。
「うニャー! こっちくるニャー!」
アイルーが叫びながら逃げる。ずいぶんと陽気な声だが、悲鳴を上げる暇があるのなら黙って逃げるべきだろう。現にメラルーは何も言わずに逃げている。
それを和也は黙って見ていたが、ミズキはそうもいかなかったらしい。体を浮かせるようにして出て行こうとし……途中でその動きを止めた。首だけ振り返り、伺うような視線を和也に向けている。
(助けたい……ってことか?)
乗り出そうとした身を止めているのは反省の色か。元々血気盛んな所もあることを考えれば、成長したと感激してもいいぐらいだ。
だが、同時にそれは和也の動きを止めてしまう。そうでなくとも動きが機敏でない和也だ。判断をゆだねるとばかりの行為に、助けるべきか助けないべきかを計算しろと言われているような錯覚――いや、事実そうなのかもしれないが、考えが起こる。
人を助けることに理由はいらないと誰かが言っていた。情けは人の為ならずという言葉があるように、ただ善意の行動で構わない。
だが、命を懸けて見知らぬ相手を助けることができるか、と言えばノーだ。誰だって自分の命は惜しい。誰もが憧れる英雄ならばイエスと迷いなく言えるのかもしれないが、和也はそんな英雄なんかではなかった。
――だが、同時に自分さえよければ後はどうでもいいと言いきれるほど小悪党にもなれなかった。
自分の命を懸けて誰かを救うことなどできない、かと言って見捨てることもできない半端者。だから――和也は理由を求めた。奇しくもそれはミズキが求めた物でもある。
「~~~~!!! 助けるぞ!」
「! おう!!」
和也が至った考えは単純だ。二人よりも四人の方がいざという時に対処がしやすくなる。ばらけて逃げるだけでも的が増える。つまり、彼らを助けることは自分たちにも利益があるという訳だ。
くぼみから飛びだし、大きめの石を拾う。
「翼を狙え! 体は鱗があるから駄目だ!」
「おう!」
和也が投げるそれは宙を切る。が、ミズキのそれは狙い通りにリオレイアの翼へと命中する。
「ニャっ!? なんニャ!?」
足を止めて乱入者に驚くアイルー、そしてメラルー。そして……戻ってきてまた邪魔をする愚か者にいら立つリオレイア。
――ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
咆哮は辺り一帯に響き渡る。リオレイアのバインドボイスは四人の動きを止めた。咆哮に隠れてしまう悲鳴を上げて、耳を押さえて蹲る四人。そんな的へと向けて、リオレイアは突進を開始した。
やはりと言うべきか、最初に拘束から逃れたのは和也だった。何をしようとしているかということを、知識からなんとなく読める和也は先んじて耳をふさぐことができていた。リオレイアの突進はアイルーに向けて。途中メラルーを巻き込むコースだ。
「アイルーを頼む!」
走りながら相棒へ頼む。何を頼むのかなど言う暇もなかったが、それでもミズキはすぐにその意味を察して動いてくれた。和也はメラルーを、ミズキがアイルーをそれぞれ抱え、リオレイアの目の前を横切った。
重力の乗った突進をかわされたリオレイアは、尚も気炎を上げて怒り出す。ちょろちょろと目障りな侵入者たちに怒りを抱いていた。前へ、右前方へ、左前方へ、火炎球を放つ。
「ずっうおっ! あっぶね……」
地面にあたった火炎球は爆発し、土礫を飛ばす。リオレイアがキレた時の攻撃だと気づき、内心冷や汗をかいた。
「放すニャ! これぐらい一人で何とかなるニャ!」
「うおっ、暴れるなって! 危ねーから!!」
ミズキと、抱えられるアイルーは元気に騒いでいた。ある意味あの火炎球の後であの態度はすごいのかもしれない。一方で、抱えているメラルーが妙に静かで気になって様子を見る。
「…………」
無表情だった。死んだ瞳だとか血の気の引いた顔だとかそういうものではなく、人形のように無表情だった。だが、それがなぜかおかしくて、ぷっと和也は吹き出してしまう。
「――何?」
「いや、なんでも」
リオレイアは目の前にいたままで、怒り狂っていて、とっても危険な状況で。だというのに和也の心には平常心が戻ってきていた。以前であればあり得ない状況ながら、それでも慣れつつある。実に恐ろしいのはその人の持つ順応力なのかもしれない。
「放せニャ! 飛竜にゃんて怖くないニャ!」
「だーっ! 暴れるなー!! 飛竜なんて怖くねえけど暴れるなー!!!」
ミズキとアイルーは喧しいままだ。抱える手から逃れようとアイルーは尚も暴れる。ミズキはそれを抑えようと必死になる。そんな二人は隙だらけと見たか、苛立ちを覚えたのか。リオレイアはターゲットをミズキとアイルーにし突進を始めた。
「きたぞっ――っていつまでやってんだ!」
「来たニャ! 離すニャ! 逃げろニャ!」
「ももももちろんだああああ!!」
慌てているのか、いつも通りなのか。それがいまいちわからないが二人は突進をかわした。緊急回避ではなく走って躱すことができたために怪我もない。今のうちに後退して逃げるべきだと考え、それを指示しようとする。
「って、あれは――!! ミズキ、そこのそれ拾え!!」
「っへ!? これか? でもなん――」
「いいから早く!」
「それは僕のニャ!! 返すニャ!」
「お、おう……」
「いや、返さなくていいから! こっちに寄越――ってきたあ! 投げろ!! レイアの口に!」
「お、おう!!」
逃げるように指示しようとしたミズキが見つけたもの。それは逆転の一手になりうる強力なアイテムだった。アイルーが言っていたように、それを元々持っていたのはアイルーなのだろう。山の岩がむき出しの場所に、ポンとおいてあるようなものではないのだから。
逆転の一手は狙いたがわず突進をしていたリオレイアの口に収まり――呼吸の為かそれを嚥下してしまう。
突然のことだった。リオレイアは突如足が動かなくなったかのようにもつれ転ぶ。重力の助けを受けての突進の勢いそのままに。
「躱せーーーーーー!!!!」
直線上にいたミズキたちに、指示ではなく願いを込めて叫んだ。願い叶って、二人はそれを何とか避ける。自らの意思で止まることのできないリオレイアはそのまま転がっていった。
「な……なにしたんだ……?」
転がり落ちるリオレイアを見ながら、ミズキは呆然と呟いた。抱えるアイルーも同じ気持ちなのか、不思議そうな顔で和也とミズキを交互に見つめている。
「どうしたもなにも……お前がやったんだよ。――マヒダケ。喰えば麻痺して動けなくなる」
レア度も高くない、よくあるアイテムの一つ。見た目は赤茶の斑点がついた黄色いキノコ。実を言えばそれがマヒダケかどうかなど、和也には確かめる余裕はなかったのだが……どうやら大丈夫だったらしい。見た目からしておどろおどろしい警戒色をした黄色いキノコなのでマヒダケだと瞬間的思っただけだに運がよかった。
(まあ……想定とは違ったが)
ゲームであるのなら麻痺するとその場から動けない。だが、突進の途中であったリオレイアは慣性の法則に従って止まることができず落ちて行った。これで無傷ということはないだろう。逃げる時間は十分に稼げそうなので結果オーライか。
「じゃあ逃げるぞ。麻痺させただけで毒じゃねーんだ。今のうちに逃げねえとまずい」
「お、おう。いや、今回は……その、すまん」
「――後で聞く。まあ、互いに無事で何よりだ」
詫びの言葉が妙にむず痒く、そっけなく返してしまう。コミュニケーション能力が高いものならばもっとうまく返すのだろうなあなど、ズレたことを考えていると服というかランポスの皮をくいくいっと引っ張られた。
「…………ありがと」
「――ああ、どういたしまして」
「あいつを倒すなんてすごいニャ。お前のこと気にいったニャ。子分にしてやるニャ」
「俺が子分なのか? それ」
メラルーが可愛くてなごんだり、アイルーが素直じゃなかったり。そう言う一幕があった。それもすべて、一先ずは無事であったからだ。それでもまだこの場は安全ではない。いつまでも留まるべき場所ではない。彼らは山を下りる。
それはリオレウスの存在もあるが、何よりも手負いとなって怒り狂ったリオレイアと出会うことを恐れてだ。巨体ゆえに近づいて来ることに気付きやすく隠れることは容易いだろうが、それでもやりあっていた巣の周辺と思しき場所にいつまでもいるのは愚策だと思ったからだ。
だが、それらはすべて杞憂であった。それを知って、それが杞憂であると教えるそれを前にして、彼らの顔は表情を驚愕と絶望に染めた。
「――――どうすりゃ……いいんだよ……」
呆然と呟いた。リオレイアの死体を前にして。
難産だった。戦闘描写は難しいし恐怖をどう克服するかとか葛藤とかが難しくて。休日完全につぶれた。それでもうまくできたのかどうか、よくわからない。
見直してみてやっぱりきちんとできているのかよくわからない。でもうまく書き直すこともできず、このまま。
どうでもいい情報
アイルーの性格:陽気
メラルーの性格:冷静
ミズキは色々と考えた上での楽天家、アイルーは考えなしの楽天家
和也は臆病さが勝つ冷静、メラルーは無感動な冷静さ。