モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第09話 決戦の前

 ゲームにはとかく俗称が付きやすい。正式名称が長い、言いにくいなどの理由が考えられるが、『一見にはわからない、通じゃなければわからない』という、特別感を出したいが故なのかもしれない。そしてこれはモンスターハンターにも存在した。

 ジエン・モーランという大きな砂鯨のことを『クジラ』と呼ぶことは見た目のままなのでわかりやすい。さらには『ラオート』と呼ばれる武装は老山龍砲・極にスキル自動装填を加えたものでラオシャンロンと自動を示すオートを加えた物。だが『悪魔アイルー』や『リタマラ』など、初見ではまず意味が分からない物なども多い。ゲーム内で出る造語ではなく、プレイヤーの造語はそうして日々増えていく。その中の一つに『リオ夫妻』というものがある。

 

 モンスター二頭を同時に相手にするクエストというのは、実は存外多い。ただ一頭を狩れというのは、慣れたプレイヤーなら難しくなく、慣れていない者でも観察と練習を繰り返せばどうにでもなる。だが、ゲームというものは簡単なものばかりでは飽きられてしまう。故に必要だったのだろう、二頭同時というものが。

 仮にモンスターは100種いるということにしよう。一頭のみを狩れというのであれば、100種類に戦闘が楽しめる。だが、そこに二頭同時という組み合わせも加えれば5050種類の戦闘を楽しむことができる。難易度を上げるのと同時にゲームのバリエーションを増やすということにも一役買うことができるのだ。

 組み合わせのパターンは多い。二頭同時に限定したが三頭同時と増やせばさらに増える。だが、増えようとも難易度や人気などの理由から同じ組み合わせがしばしば登場する。『リオ夫妻』とはその一つだ。リオレウスとリオレイアの同時狩猟。それは俗称がつくほどにたびたび存在した。

 

 見た目がやや異なり異種モンスターと認識されながらも、名と姿から、またリオレウスが火竜に対しリオレイアは雌火竜、この二体は性別の違いを持つ火竜として認識されている。だが、この二頭がリオ夫妻など呼ばれる所以はそれだけでは留まらない。

 リオレウスとリオレイアが別のエリアにいても、片方を攻撃していると咆哮をあげもう片方を呼んでしまうのだ。エリア移動を待っても二人同時に移動してしまうことも多く、片方を怒らせるともう片方も怒る。そうした行動も相まって――製作者の意図だろうが――リオ夫妻と呼ばれるのだ。

 

 

 和也たちは意図せずリオレイアを殺してしまった。そこに正当防衛だ、緊急回避だ、故意ではないなどそう言った理由は関係ない。リオレイアが死んだという結果とその原因を作ったのが和也たちであるという事実のみが問題なのだ。

 呆然とした様子でリオレイアの死骸を見つめていた和也は三人にリオ夫妻について――ゲームという点はもちろん省いたが――説明する。皆大人しく聞いていたが、次第に様子が変わってくる。

 

「……逃げた方がいい……?」

「間違いなく……な」

 怯えるように尋ねたのはメラルーだ。黒い毛皮が特徴の猫型の獣人で、ゲームであればハンターの持ち物を盗んでいく困ったやつである。この世界ではそのようなことはないのか、声を震わせて辺りを見回している。リオレウスが来るんじゃないかと警戒しているのだろう。だが、おかしなことが一つある。

 

「なんで無表情で……」

 思わず和也はつぶやいた。メラルーは抱きかかえた時もそうだったが、表情の変化というものがあまりない。この個体だけなのか種全体がそうなのかはわからないが、目の前にいるメラルーは能面のような顔のままでいる。それで恐怖のままに警戒しているのだからシュールな図である。

 

「リンだから仕方がないのニャ。それよりも僕はお腹が空いたニャ。ご飯の時間はまだかニャ?」

「………………」

 白い毛皮を持つアイルーが和也の呟きに応えるように喋る。リンというのはおそらくこのメラルーの名だろう。仲間のことを庇う心の優しい子かと思えば、続く内容は食事の催促。和也の話を聞いて、緊張するどころか暇していたようだ。思わず無言で呆れてしまう。

 一方でミズキはそんなアイルーを見つめ、ゆっくりとしゃがんでリオレイアの死骸を指差した。

「――おい、そこの緑のなら喰っていいぞ」

「嫌ニャ! 僕はもっとセレブなごはんしか食べないニャ! 具体的にはマタタビニャ!」

 

(マタタビってご飯だったっけ?)

 どうでもいいことを考える。だが、いつリオレウスが来るのかもわからないのだ。本当ならばできる限り早く山を下りる状況だ。本来なら阿鼻叫喚の逃走劇をしてもおかしくない状況だというのに、のんきな会話を前にしてため息が出る。

 

(のんきというか大物というか……。まあ、おかげで落ち着けたが……。感謝はしねえけど)

 のんびりしている人を前にして慌て続けるということは存外に難しい。ものには相応の雰囲気というものがあるものだ。リンと呼ばれていたメラルーも、アイルーとミズキにつられたのか、忙しなげに動かしていた首を止めて目を閉じている。

「――はあ……」

 ため息をついた。メラルーの溜息などと言う貴重なものを見て、それがなんだかおかしくてぷっと吹き出す。そう言えばさっきリオレイアを前にしていた時も噴出したっけなあと思い出した。

 

「なに?」

「いや、なんでもないよ。それよりもどうすっかなって思ってさ」

 最初にリオレイアの死骸を見た時と同じセリフを、まったく違う心境でメラルーに言った。言われたメラルーは意味をはっきりと理解できていないのか首をかしげている。

 一度リオレウスの危険性などを話したことで、危険性や今後の可能性について和也の頭には整理された情報が詰まっていた。絶望と恐怖に染まりかけていたというのに、今の和也には何をすべきかということがはっきりとわかる。

 

「こいつを持って里に帰ろう。武器と防具を作る」

 

 

 勇ましく、リーダーらしく、頼りになる姿だったと後に三人は語る。同時に、その後リオレイアが重く、訳の分からない愚痴を言っていたのはカッコ悪かったとも語った。

 

 

 リオレイアの素材を持ち帰ったことで、里は浮き足立った。連れ戻しに行っただけのはずなのに、狩ることのできない存在を狩ってきたのだから当然だろう。

 だが、宴だ祝祭だと騒ぐ中、和也とミズキが告げた真実に里中が恐怖の渦に落ちる。飛竜は他にいる、とう真実に。

 ただ飛竜がいるというだけならばまだマシだった。だが、その飛竜は目の前の死骸とは番だと言う。そこから想像される未来は飛竜による惨殺だ。容易く理解できるそれは、明るいものではない。里は恐怖の渦に落ちかける。

 

 

 幸いだったのは、和也のこれまでの行動を全ての人が知っていたということだ。故に誰もが思う。残った飛竜も、狩ることはできないのか、と。

 里中の視線が自分に集中することを和也は感じていた。その視線の意味も当然理解していた。だが、それは荷が重すぎるとも理解していた。

 リオレイアを狩ったなど偶然だ。手に入ったチャンスを、結果として最大に活かせただけ。狙ったものでない以上、そんな偶然は二度と続かない。和也にできようはずがない。

だが、時としてそんな真実が許されない時がある。世界は常に理不尽だ。はいとイエスしかない選択肢などありふれている。ならばより良い方を選ぶべきだ。

 瞑目し、考えをまとめる。必要なのは覚悟だけ。ゆっくりと周りを見渡し、覚悟を口にする。

 

 

 

 

「リオレウスは俺が狩る。手伝ってくれ」

 

 

 

 

 これが、紅呉の里の転換期。歴史が始まった日の出来事である。

 

 

 

 

 和也の宣言の後、里総出のリオレウス討伐作戦が始まった。和也の指導の下、討伐に必要なものを集めて行く。

 例えば光蟲。リオレウスに限らず、多くのモンスターの狩猟に役立つそれの繁殖。例えば回復薬の材料とハチミツの確保。例えば爆薬の改良。ハンターとして必要なそれらを手に入れること。それが里に協力を願った最大の理由だ。

 アイルーのヨウ、メラルーのリンがこうした採取には役に立った。ゲームでそうであったように、アイルーやメラルーは出かけるたびに色々と拾ってくる。

 最初はモンスターにも見える彼らに恐怖していた里の住人も、そうした協力を経て馴染んだようだ。

 

 

 リン、ヨウはこうして紅呉の里に協力していていいのかと尋ねたこともあったが、『僕らにそんなことは些末事なのニャ!』という一言に話は終わった。

 ミズキはそうした人々の中には見つからなかった。だがリオレイアの毒を受け、その殺意を目の前にしていたのだから、どこかで療養しているのだろうと深くは考えなかった。

 里がそうした助力を尽くす中、和也は一人違う事をしていた。それは武器の訓練である。

 これまでの狩りは武器任せだった。本来のそれと比べて劣化型だろうが、ブルファンゴやランポスの狩りに大タル爆弾を使っていたようなものだ。対しリオレウスは強大な相手だ。大たる爆弾をいかに改良しようとそれだけで狩れるほど甘くはないだろう。ならばまともに戦闘をするために、武器の扱いに慣れる必要がある。ゲームの動きを参考に、タカモトに確認してもらいながら、リオレイアの片手剣を振り回す。

 

「であああっ!! ――大体できてきた……と思う」

「うむ、武器の強度も大丈夫そうじゃ。これなら戦える……のかの」

「どう……だかな。あくまで最低条件はクリアしたってだけだろう。不安は多いな……」

 

 ややうつむくようにして和也は考え込む。武器もそうだが身を守る盾や防具も必要だ。それ故に武器は片手剣を選び、盾も使っての動きを練習している。だが、時間はあまりないのだ。

 この練習はリオレウスを狩るためのもの。即ちリオレウスとの戦闘前に仕上げておかなければならない。そのリオレウスとの戦闘のタイミングはこちらで指定できるものではない。リオレウスが紅呉の里を見つけるか、森を焼き払うかすればそれが戦闘のタイミングとなる。

(リオレウスが森を焼き払うなんて……想像できるものじゃなかったけどな……。けど、遠くでだがリオレウスを見たという目撃情報は多く挙がっている。所構わず火炎弾を放っているのを見たというのもある。悠長にしている時間はない)

 

 和也の想像できないというのはゲーム知識故のものだ。森で火炎弾を放とうと、少し火がつくだけで森が燃え盛るということなどあり得ない。だが、ゲームの話をするのであれば、このようなリオレウスを狩らねばならないという事態もあり得ない。ゲームの世界であるというイメージはいい加減に壊さなければならない。

 

 ブルリ、と体が震える。ゲームでない、現実だと認識するたびに体は恐怖を思い出す。ゲームと同じ感覚でいようとするのは和也の現実逃避であると同時に生存本能だ。より自然により生き残る可能性を上げるために、そうした理由で和也は無意識のうちにゲームだと逃げている。

 

(もう……そんなふうに逃げちゃだめだ。ゲームは卒業しないといけない。これが今の現実だ。あの時……リオレウスを狩ると、里を引っ張ることにしたあの時から、もう弱音を吐いちゃいけないんだから)

 ドンと構えて、下に指示を出すことが上の役割だ。この人に従えば大丈夫だと安心させるのがリーダーの役割だ。だから和也は弱音を吐いちゃいけない。それが例え虚勢だろうと和也は張らねばならない。

 カチャリ、と片手剣が音を鳴らす。手の震えの伝播の音か気づき首を振る。不安も恐怖も押し流すように。ギュッと強く柄を握りしめる。

 

 

「――勝てますとも。皆、協力しているのですから」

 

 唐突にタカモトの声がした。視線をやれば丸っこい瞳に強い意志を乗せて和也を見ている。元気を出せ、大丈夫だと語りかけている視線に思わず苦笑する。どうやら、タカモトには虚勢がばれているようだ。

 

「そんなにわかりやすいですか、俺」

「――そうですな……。リオレウスとリオレイアの違い位には」

「そりゃ……わかりやすいですね」

 これには思わず苦笑するしかない。和也の必死の虚勢はタカモトの前では意味をなさないらしい。上の役割というのであればタカモト以上の存在はいない。安心させるという役割は任せて、狩ることのみに専念した方がいいのかもしれない

 

(……って言っても、結局俺がうじうじしてるのもまずいか)

 狩りの知識は和也が最も豊富なのだから、和也は結局虚勢を張らねばならないことに変わりはないということに気が付いた。

 仕方ないなと諦めて練習を再開する。リオレウスの火炎が森に及んだと聞いたのはその日の夜のことだった。

 

 

 

 夜、明日リオレウスと戦うということを取り決めた。最後の晩餐になるかもしれないという思いと共に食事をし、和也は一人里の中央で空を見上げる。

 思えば予想外から始まった狩りの日々だ。元々どうぶつの森をイメージしていたことを考えれば数奇な運命だとしか言いようがない。ただそれでも、始まりが偶然でもその後は和也の選んだ結果だ。つまり、それが和也の生きた結果なのだ。

 

「生きるってのは難しいな。自由も難しい」

 胸に去来する思いから、そのように呟いた。言葉は夜の闇に溶け心地よい風を運ぶ。

 冷たい空気が熱くなる体を冷やすのを感じながら、一人ゆったりとした時間を味わっていた。そこに足音が届く。自然和也の意識はそちらへと動いた。

 

 

「――どうした?」

「…………明日、行くのですよね」

 一人ではなく何人かの集団。誰だったか、何度か顔を合わせたことはあるだろうにすぐには出てこない。特別問題なさそうだったので、それは隠して首肯だけする。

 

「……私たちも行きます。カズヤ殿一人に任せるわけにはいきません」

 

 返事は想定外のものだった。和也の計画ではあくまでもリオレウスと戦うのは和也だけだった。相手の動きに対する知識、武器や防具の素材が一人分しかなかったということ、そしてなにより里の住人は皆リオレウスに対し和也以上に恐怖を抱いているということ。これらの理由が和也に一人で戦うことを考えさせていた。

 だが、そうした考えは和也の勝手な考えだった。そう示すものが目の前に広がっている。

 

 弓矢、土爆弾をはじめとした投石、回復薬や閃光玉を持つ人々。顔は青白く四肢は震えを帯びて恐怖を表している。だが、瞳と眉は力強い意思が込められ口は震えを隠すためか固く閉じていた。皆一様に恐怖と覚悟を秘めた顔だ。

 どう答えるべきか悩む和也。だが、足音が近づきさらなる追い討ちがかかる。

 

「言っておくが、俺は行くこと決めているからな。来るなって言っても行くぞ」

「ミズキ……! それは……――」

 大きな、大剣と思しき武器を背に背負ってミズキは集団の後ろに立っていた。火の光を浴びて濃緑に光るそれはおそらくリオレイアの素材を使った大剣だろう。

 療養していると思っていたのに彼は己の両の足で立っている。恐怖におびえているかもしれないと思っていたのに、確かな決意を瞳に宿している。そこにいるのは敗北者などではなく、一人の戦士だ。

 

「素材……足りなかったんじゃ……」

「鉱石で繋いだ。後虫。ヨウとリンがその辺詳しくてな。竜じいと話してなんとかなった」

「そ、そうか……けど……」

「俺は行く。敵を取りにじゃない。里を守るために」

 まっすぐにミズキは和也を見つめる。そこには後ろ暗いものは見えなかった。自らの道を切り開く剣士のようで、主を守る騎士のようで、今までにはなかった頼もしさのようなものが見える気がした。たとえそれが勘違いであったとしても、和也はそれを否定したくなかった。今のミズキを否定することは、和也自身の否定につながってしまうから。

 

「私たちもそうです。飛竜には因縁があります。けれどそれ以上に、私たちの家族を守るために戦いたいのです」

 

 集団の代表者がまた口を開く。彼らはミズキと違い、声に震えがある。恐怖はやはり消えようはずもない。

 だが、それでも彼らもまた戦うことを選んだのだ。和也は決心した。

 

「――ああ、明日行く。協力してくれ」

 

 おお、ああ。そうした小さな歓声があがる。恐怖に塗り重ねるように覚悟と決意が広がった。

 ミズキが集団へと加わり、そこに和也を手招きする。全員で輪になるようにして彼らは立った。

 

「明日、必ず勝とう」

「ああ、里を守ろう」

「飛竜なんかに負けんな」

 

 思い思いに彼らは口にする。和也がそうだったように、例えそれが虚勢だろうとも強い意志を口にしたいのだろう。そんな彼らを見て、和也は一つ思いつく。少々気恥ずかしさがあるが、けれどこの場にはふさわしいかと誤魔化すことにした。

 右手を前に、手は開いて中空に。

 

「ん?」

「ミズキ、俺の手の上に手を重ねろ。他もその上に」

 

 戸惑いながらもミズキは手を置いた。その後も全員が乗せていく。折角の円陣だ、全員で意気込みをかけてもいいだろう。

 

「あー……正直どう言えばいいのかわかんねえ。けど言いたいことはある。明日、俺たちはリオレウスを相手に戦う。勝てるかどうかなんてわかんねえ。それでも……やらなきゃいけないし、勝たなきゃ未来はない。だから……勝つぞ」

「ああ」

「おう、もちろんだ」

 皆が皆、和也の言葉に賛同する言葉を口にする。それを見て言わなければならないことがわかった。

 

「明日はリオレウスとの戦いだ! 何が何でも勝つ! お前らの命は俺が預かった!! ついて来い!!」

「「「「「応ッッッ!!!」」」」」

 

 彼らは勝利を誓う。月夜に雄叫びが響いていた。

 

 

 月夜の誓いの次の日、宣言通り和也たち一行はリオレウスを狩るために草原へと向かっていた。落ちている枝葉を踏んでなる音がうるさく聞こえる。全員の息遣いさえ聞き分けることができそうな静寂の中を歩いていた。

 戦闘を歩くのは和也。彼らのリーダーとして行動しなければならない和也は当然先頭を切らねばならない。次いでミズキ、その後ろに昨日の集団の代表的存在だったヤマトが続く。その後ろにはバックパッカーとして数人が荷物を簡易的な台車に乗せて運んでいた。

 無言のままに歩いていたが、先の方から聞こえる異音に気付く。後ろに向けて止まるようにと掌を伸ばし、音の主を探す。

 

「(どうした?)」

「(何かいるみた――いや、いた。ブルファンゴだな。一頭だけだが先にいる。少し待とう)」

「(了解。後ろも止まってろ)」

「(ミズキ、ならばそのブルファンゴも狩ってしまえばどうか? カズヤ殿もどうだろう)」

 ミズキが振り返って指示を伝えるとヤマトが反論をしたようだ。内容自体は悪くない提案なので一度吟味する。

 

(ブルファンゴをここで狩れば後々自信に繋がるか……? けど土爆弾も回復薬も消耗品だ。回復薬グレートにあたる物もできはしたが……数は少ない。得るものに対し失うものが多いな。それに音を立ててここにリオレウスを呼んでしまうのもまずい。やはり待機だな)

 伺う視線に首を振って応じる。考えた上での否定であったことが伝わったのか、ヤマトはそれ以上は言ってこなかった。そのまま待っているとブルファンゴへ別の場所へと移動する。あまり待たなくて済んだことに安堵して、先へ進むぞと声をかける。

 

(しかし、どこかで一度狩りをさせた方がいいか……? よくよく考えれば俺やミズキは最初にブルファンゴを相手にしている。その後でランポスとやって、それでから飛竜だ。けどヤマトたちはいきなり飛竜。――果たして動けるのか……)

 ブルファンゴを狩ることを考えた際にひっかかったことだ。少しずつ弱い敵と戦って慣れていったからこそ、飛竜と相対した時にだって冷静でいられた。最初に出会った相手がリオレウスであった場合、知識がある和也だって恐怖に固まってしまっていただろう。

 首を少しだけ動かして後ろの様子を観察する。彼らに恐怖や怯えは見られるが、同時に覚悟を秘めた強い意志を感じられる。恐怖がないはずがないことを考えれば悪くない、いや最善と言ってもいいぐらいの状態だ。

 

 ――大丈夫なのだろうか。

 疑問が浮かぶ。やはり一度どこかによって、狩りやすい相手と戦って慣れさせるべきだろうかと逡巡する。だが、それでも行軍は止めることなく。結論は出ないままに草原へと着いてしまった。

 緑色の草が茂る美しい大地は今は姿が変わっている。所々に茶色い大地が見え隠れし、燃えた草葉が散っている。リオレウスが暴れまわった跡なのだろう。何か死骸が転がっているようなことが無いのは、おそらくそうしたリオレウスからほぼすべての生き物が逃げているからだろう。元々リオレウスの膝元であまり近寄らない場所だというのに、災害めいたこの状況では逃げ出すのが当然だ。

 だが、いつまでも呆けてはいられない。山で戦うことは人数も増えたことから避けるべきであり、ならば草原で戦うことになる。リオレウスが今は近くにいないと今がチャンスなのだ。

 

「よ……よし、まずはリオレウスもいない。作戦通りに行こう。――頼むぞ」

「は…………はいい! 任せせてくだあさいい!」

 指示をする和也に対し、返事をするヤマトは恐怖が勝ってどもっている。この光景を前にした以上は仕方ないかもしれないが、まだリオレウスと出会ってすらいないのだ。甘いことは言えない。

 幸いにして動けないほどではなかったらしく、ヤマトたちは作戦通り別行動を開始する。一部を周囲の警戒に割き、鍬や板を土に刺し始めた。

 

「俺らはリオレウスの警戒と発見したら引きつけ役。それと戦闘……だ。」

「ああ。――リンたちの方もうまくいっていればいいんだが……」

 リンとヨウもリオレウスの討伐には賛成らしく、準備だけでなく討伐自体にも協力をしてくれている。現在は作戦のために別行動中なので、どうなっているのかはわからない。

 別行動をすれば当然通信手段もない世界なので、準備の進み具合を知ることはできず、もっと言えば生きているのかどうかも確認することができない。もしもの事態が起きていないかと不安になるのも無理はない。

「――大丈夫だ。あいつらだってリオレイアを前にして逃げ惑いながらも生き延びたんだ。もしもリオレウスと出会ったとしても生き延びるさ」

 ミズキと同様の不安を和也も抱えているが、自分が不安を出せば全員に伝播しかねないと無理やりにでも鼓舞をする。本当は打ち上げタル爆弾を作ってそれを信号弾としたかったのだが、上空に向けて飛ばすということがうまくいかずできなかったという事情もあった。

 

 だが、その時だ。ある意味で幸運の、そしてある意味で不運の出来事が起きる。

 ヒッという誰かの悲鳴によってそれはわかった。声の主の視線の先はとつられて全員がそれを見た。獲物を見つけたと飛んでくるリオレウスを見てしまった。

 飛んでくるスピードなど正確には測れない。だが瞬く間に接近し、戦闘が開始するだろう。呆けているような余裕などないのだ。

 

「っ、ヤマトたちは一度森へ! 作戦通りだ!」

 

「う……うあ……」

 呆けるなと自分を叱咤し指示を飛ばす。だが、ヤマトたちは視線をリオレウスに固定したまま動かなかった。口を半開きにし体を震わせて足は棒のようにして動かさない。

 

「おい! 逃げろ!!」

「う、うあああ!!」

 再度指示を飛ばす。だが恐慌に陥った相手にそれは効果をなさなかった。手に持っていた土爆弾などをあさっての方向に彼らは投げる。まだ距離もあるためにあたるはずのなかったそれらは地面へと落ちて爆発する。が……

 突如そこに眩いばかりの光が放たれる。投げた物の中に閃光玉が混じっていたのだろう、強烈な閃光があたりに叩きつけられる。ドスンと言う地響き、空中でまともに閃光を浴びたリオレウスはゲームと同じように墜落した。

 

「よ、よし! 突撃だ!!!」

 ヤマトが号令をあげて護身用程度のランポスやファンゴのナイフを手にリオレウスへと駆け寄る。まだ目がくらんでいるのだろうがリオレウスは立ち上がろうとしている所だった。

 

「お、おい! 馬鹿違う!!」

 しかもそれは作戦とは違う行動だ。確かにある意味突撃するのは間違っていない。最初にヤマトたちは森へと避難させ、確実に当てられるという状況を作ってから閃光玉を投げる。それは意図せずであるが為った。

 だが、続く作戦は持ってきた荷物の一つの台車と共に突撃をするという手はずだ。まさかこれだけで倒せるなど勘違いをしているのだろうか。

 そうして……凶刃は振るわれた。

 

 レオレウスは、雄たけびをあげて近づいてくる人間に気が付いていたのだろう。眼が見えなくとも足音と声で大まかな距離は分かる。己の聴覚に従って、体を横に回転させた。

 回転によって長い尾が遠心力で鞭のように振るわれる。それはヤマトたちにカウンターのようにして当たってしまう。

 『ぐふっ……』という声と共に吹っ飛ばされるヤマトたち。偶然距離を詰め切っておらず、当たらずに済んだ者たちもその動きと吹き飛ばされる仲間を見て固まっていた。

 

「っ、まっず……」

「カズヤ! 俺が突っ込む! 援護を!!」

 

 想定外の事態に和也は焦りかけた。そこに追い打ちをかけるようにミズキまでが突っ込むと言いだす。それを怒声と共に止めようとして、理解してミズキに追随するように走り出した。

 ミズキは当初の作戦を自分が変わりに実行すべく、台車を押しながらの突撃だった。ならば自分の役割はと、即座に切り替えた。リオレウスはまだ目がくらんでいるはずだ。ならばまだ頼りは音のみのはず。今ある音とはうめき声と台車を転がす音のみだ。

 

「おお……りゃああ!!!」

 ならばとあさっての方向に向けて土爆弾を投げる。リオレウスが自分から当たりに行かなければ当たるはずのないそれ。当然地面に落ち爆発する。爆音と共に。

 

 台車の音を無くすことはできない。ならば隠してしまえばいい。難しいことなど何もなく、そんな簡単な作戦だ。そして、ミズキは台車をリオレウスのすぐ近くまで運ぶことに成功する。

 

「カズヤ! 頼む!!」

 十分に近づいてから台車をリオレウスに向けて放り投げる。同時にミズキは声をかけた。必要なのは最後の詰め。それはリオレウス、いや台車に向けての土爆弾の投擲だ。和也はそれをしようとする……ところにリオレウスが口を開けた。

 現代の技術もない世界で、綺麗な円を作ることはできずに台車の車輪はかなりがたついている。それ故に音も大きく、近くまでくればさすがに土爆弾で誤魔化せないのか、リオレウスは台車に顔を向けていた。そしてその口は煌煌と赤く輝き、迎撃せんと火炎弾が放たれようとしていた。

 

「――って、伏せろ!!!!」

 

 和也の咄嗟の判断による命令。その後、爆音が轟いた。

 

 


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